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元SansanCTO藤倉成太「最後の10年」の挑戦。キャディ参画の真意と、周囲からの期待に今思うこと

働き方

Sansanの創業期からエンジニアとして活躍し、CTOやVPoE、グローバル開発センターの責任者などを歴任した藤倉成太さんが、新たなキャリアを踏み出した。次の活躍の舞台として選んだのは、製造業のデジタル改革に挑むスタートアップのキャディだ。

同社が提供する図面データ活用クラウド『CADDi Drawer』の開発・運用を担うDrawer事業本部のVPoEとして、事業グロースに向けた開発組織づくりを担うという。

なぜ今、キャリアチェンジを決断したのか。転職の理由を「もう一度大きな挑戦をしたかったから」と語る藤倉さんに、キャリア選択の指針を聞いた。

プロフィール画像

キャディ株式会社
Drawer事業本部 VPoE
藤倉成太さん(@sigemoto

株式会社オージス総研に入社し、ミドルウエア製品の導入コンサルティング業務に従事。赴任先の米国・シリコンバレーで現地ベンチャー企業との共同開発事業に携わる。帰国後は開発ツールやプロセスの技術開発に従事する傍ら、金沢工業大学大学院(現・KIT虎ノ門大学院)で経営やビジネスを学び、同大学院工学研究科知的創造システム専攻を修了。2009年にSansan株式会社へ入社し、クラウド名刺管理サービス「Sansan」の開発に携わった後、開発部長に就任。16年からはプロダクトマネジャーを兼務。18年、CTOに就任し、全社の技術戦略を指揮。その後VPoE、Sansan Global Development Center, Inc. のDirector/CTOを歴任したのち、2024年1月にキャディ株式会社に入社

難しい挑戦ほど面白い。だから環境を変えようと思った

今年1月、藤倉さんのキャディ参画が発表されると、テクノロジー領域に関わる人々から大きな注目を集めた。転職を考えるきっかけとなったのは、自分の年齢だったという。

「もともと50歳になったらリタイアしたいと思っていたんです。でも昨年47歳の誕生日を迎えて、リタイア後のプランを真剣に思い描いてみたら、『どう考えても暇だし、全然楽しくないぞ』と。そこで、キャリアを60歳まで延長するとしたらどうしたいかを考え始めました」

この時、藤倉さんには改めて気付いたことがある。それは「自分は一つのことを10年くらいかけてやり込まないと手応えを感じられないタイプである」ということだ。

事実、藤倉さんのキャリアを振り返ると、新卒で就職した会社には9年9カ月在籍し、前職のSansanは入社15年目を迎えていた。

「手応えを感じる段階へ行き着くまでは『もっとできるはずだ』という思いが強く、なかなかその場を離れられない。そんな感覚がありました。

それが10年ほど経つと、ようやく『自分の能力ならここまではできて当然』というレベルには到達したと納得できる。どこまで続けてもやり切ったと感じることはないですが、少なくとも自分が目指すべき最低点は与えてもいいのかなと思えるまでには、私の場合10年程度必要なんです」

藤倉成太さん

仮に60歳まで働くとしたら、「10年」というサイクルはあと一回。「まだ、もう一度大きな挑戦ができる」と藤倉さんは考えた。

問題はどんな挑戦をするかだ。

「これまでの延長線上にあるチャレンジなのか、それともまったく別のチャレンジに踏み込むのか考えたんです。

Sansanには長年かけて築いてきた組織体制や周囲との関係性という資産があります。それにレバレッジをかける挑戦と、何もない状態でゼロから資産を築き上げていく挑戦。その二つなら、後者のほうが断然難しいですよね。

私は難しい挑戦ほど面白いと感じるんです。『どうせできないでしょ』と思われていることを成し遂げた時の達成感が、これまでも自分の原動力になってきた。だから今回も、より難しいチャレンジを選択することにしました」

新たなチャレンジの場を選ぶに当たり、まずはかねてから関係の深かった企業から話を聞くことに。その中の1社がキャディだった。

「いくつかの企業と事業や組織について話をするうちに、自分がどんなことに強い興味や感情のたかぶりを覚えるのかが見えてきました。その一つが『グローバル』というキーワードです。

私は20代の頃に米国のシリコンバレーで仕事をする機会に恵まれ、前職でもフィリピンに設立した開発センターで組織づくりに力を注いできました。キャディはすでに米国やベトナムなどに進出し、今後のグローバル展開についても確度の高い戦略を描いている。そこに魅力を感じました」

そして藤倉さんの琴線に触れたもう一つのキーワードが「製造業」だ。

「私は子どもの頃から機械をいじるのが好きで、大学でも機械工学を専攻し、ハードウエアエンジニアになることを夢見ていました。

最終的にはソフトウエア業界への就職を選択しましたが、『あの時ものづくりの世界に入っていたらどうなっていただろう』という思いが心のどこかに残っていたのかもしれません。だからキャディの事業内容を聞いた時、ワクワクするような高揚感を覚えたんです」

藤倉成太さん

そう語ってから「……と言いつつ、最後は『人』で決めちゃったんですけどね」と笑う藤倉さん。キャディの共同創業者である代表取締役の加藤 勇志郎さん、CTOの小橋昭文さんと一緒に働きたいと思ったことが決め手になったと語る。

「CTOの小橋とは以前から面識があったので、技術者としてもビジネスパーソンとしても素晴らしく優秀なのは知っていました。それに加えて代表の加藤と初めて会った時、彼が語るビジョンの壮大さに衝撃を受けるとともに、この人ならそれをやってのけるだろうと思わせる何かを感じたんです。それは思い返すと、16年前にSansan創業者の寺田(親弘)さんに会った時と同じ感覚でした。

きっと私はそういう人に引かれるんでしょうね。だから彼らと同じ景色を見て、彼らが思い描く世界を一緒に実現したいと思ったんです」

二度目のVPoEでも「全く新しいチャレンジ」はできる

キャディに参画した藤倉さんのポジションはDrawer事業本部のVPoE。この部署は2022年6月にローンチした図面データ活用クラウド『CADDi Drawer』の開発運営を行う組織で、同社が従来から提供する部品調達プラットフォーム『CADDi Manufacturing』を扱うチームとともに、ものづくり産業における課題解決とイノベーションの創出に挑む。

立ち上げから間もないサービスなだけに、海外展開も含めていかに事業グロースを加速させるかが課題となる。とはいえ前職でもVPoEの経験があり、グローバル領域でも実績を積んできた藤倉さんなら、過去の経験を活かせるという大きなアドバンテージがあるはずだ。

だが本人は「キャディでの挑戦は、これまでの挑戦とは別物」と話す。

「これまでの経験の中で蓄積した一定のベストプラクティスは、キャディでも活用する場面は当然あると思います。ただし前職との大きな違いは、キャディがソフトウエアサービスだけの会社ではないこと。

Drawer事業で扱うのはSaaS型プロダクトですが、もう一つのManufacturing事業は完全な製造業です。この二つのビジネスを連動して世の中に価値を提供し、『モノづくり産業のポテンシャルを解放する』というミッションの達成を目指しています。

製造業はビジネスの仕組みから収益構造、KPIの設定まで、あらゆることがソフトウエア事業とは違う。全く性質の異なる二つの事業をうまく連動させて結果を出すのは、非常に難しいチャレンジです。

しかもリアルなモノを動かすビジネスは自分にとって未知のものだし、製造業は扱う金額の大きさやステークホルダーの多さもソフトウエア事業とは桁違い。VPoEとしての仕事の難易度や責任の重さも、これまで以上に増すはずです」

藤倉成太さん

そしてDrawer事業の組織づくりにおいても、未知の領域が藤倉さんを待ち受けている。一つは組織拡大のスピードだ。Sansanでも創業まもないスタートアップが成長を加速させていくプロセスを体験したが、「キャディの拡大スピードは私の経験をはるかに超える」と藤倉さんは語る。

「『CADDi Drawer』はまだ競合と呼べるプロダクトが少ないこともあり、最小限の価値提供でもお客さまに喜んでいただけている段階。顧客ニーズや市場動向を踏まえてさらに付加価値の高いプロダクトを作り上げれば、次の急拡大フェーズがやってきます。

それに備えて、キャディでは短期間でエンジニアを一気に増やしました。この組織を、スピーディーで生産的な開発が行えるように筋肉質な組織にしておきたい。そのためには、実力あるエンジニアの採用や育成に加え、開発組織の要となるEMの数も増やす必要があります。

前職では初期からエンジニア採用に関わり、全体のバランスを考えながら専門領域のバランスやマネジメント育成などをして組織を拡大していきましたが、現在のキャディはスピードが最優先。事業規模の拡大というテーマは同じでも、前職とは解くべき問題は全く違います

重要なのは他人の評価よりも「自分で『よくやった』と思えるかどうか」

今まで以上にチャレンジングな課題と向き合うことになる藤倉さん。キャディの経営陣や現場からの期待も大きいはずだ。Sansanでの実績が広く知られているだけに、IT関係者やスタートアップ界隈からの注目度も高い。「プレッシャーは感じませんか」と尋ねると、本人からは即座に「ノー」の答えが返ってきた。

藤倉成太さん

「たぶん私は、他人からどう思われるかということに興味がないんですよ。もちろん目の前の課題を解決して期待に応えるために全力は尽くしますが、最終的にそれができるかどうかは自分次第。どんなに頑張っても自分の能力を超える問題は解けないし、自分の能力を下回る問題なら解けて当たり前。ただそれだけです。

たとえ課題を解決して周囲に誉められたとしても、それが自分のスキルに対して難易度の低い問題だったら『もっと難しいことができるのに』と心外に思うかもしれないし、もし他人から期待はずれだと言われても『自分はよくやった』と思えるなら私は満足。つまり自分がどう思うかが重要であって、他人の評価は気にならないですね」

外部から参画した新しいリーダーが就任すると、既存メンバーと信頼関係を築くのに苦労するケースも多い。だがこの点についても藤倉さんに気負いはない。

「信頼関係は双方向で成り立つもの。自分が相手を信頼していないのに、相手が自分を信頼してくれることはほとんどない。だからまずは私がメンバーたちを絶対的に信頼すると決めています。

先輩社員としてキャディに在籍するエンジニアは、私が信頼するCTOの小橋が採用した人たちなのだから、信頼できないはずがありません。口先だけでなく、態度や振る舞いの端々からも信頼が伝われば、きっと相手からも信頼が返ってくる。そう信じているので、メンバーたちとの関係づくりについても私は極めて楽観的です」

藤倉成太さん

挑戦を原動力に前へ進み続ける藤倉さんが、キャディでどんなエンジニア組織をつくり上げるのか。そのチャレンジから目が離せそうにない。

取材・文/塚田有香 撮影/桑原美樹

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