2024/11/29 - 2024/11/29
67位(同エリア1752件中)
キートンさん
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この旅で利用したタイ国際航空はバンコクのスワンナブーム国際空港経由となるのですが、このフライトに限りなぜか24時間以上の滞在でも料金アップなしでした。
ならばバンコクも観光しちゃおうということで、2日間ほど滞在することにしました。
とはいえ、カトマンズからバンコクのフライトは3時間30分と短く、スワンナブーム国際空港1:45着と真夜中の到着。
この時間にタクシーでホテルに移動し宿泊なんて考えはさらさらないので、空港で少し仮眠することになります。
となると睡眠不足は必至になるので、2日間のバンコク滞在で行こうと思っていたアユタヤに現地ツアーで行くことにしました。
なぜなら、往復の車移動中に寝ることができそうだから。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス
- 航空会社
- タイ国際航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
スワンナブーム国際空港に定刻より少し遅れて到着し、エアポート・レイル・リンクが動き出す5:30まで3時間程度。
エアポート・レイル・リンクに比較的近い場所で横になれる椅子を探した。スワンナプーム国際空港 (BKK) 空港
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何人か横になって寝ているような場所はそれほど治安も心配なさそうなので、適当な場所で1時間ちょっと仮眠した。
エアポート・レイル・リンクの近くの両替店が5時に開くのを待って、両替後すぐに近くのコンビニで朝食を購入、急いで食べて、5:30の始発に無事乗車。 -
ホテルのあるマッカサンまでエアポート・レイル・リンクで約25分。
まだ暗い中、駅から徒歩でホテルに向かう時、ホテルまでもう少しというところで思いっきりつまずいて転倒。
スマホを持っていた左手のひじと小指を負傷した。
明るくなってから確認すると、舗装の目地の黒い目地材が舗装面から飛び出して固まったところにつまずいたらしい。
日本ではありえないような施工不良である。
そんな災難を経て、6時過ぎに本日宿泊するFXホテル・メトロリンク・マッカサンに到着。FX ホテル メトロリンク マッカサン ホテル
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まだチェックインできないので、荷物を預け、1階のトイレで傷口を洗って簡単に処置して、ロビーでツアーのお迎えを待った。
風邪気味で、足の爪が浮き、唇が荒れ、左手を負傷し、睡眠不足、ほとんど満身創痍状態である。 -
6:40頃、ツアーの車が到着。
VELTRAで予約した、アユタヤ6遺跡と日本人町跡を訪れる日帰りツアーで、ツアー料金は約9000円。
アイスランドの時に貯まった約1000ポイントあったので、実質約8000円となった。
https://www.veltra.com/jp/asia/thailand/bangkok/a/7229
ガイドは日本語を話せるタイ人(名前を忘れたので仮にA氏とする)、ツアー客は私のほかに関西在住のY氏ひとりだった。
7:30過ぎ、サービスエリアでトイレ休憩。
ツアー車は結構乗り心地の良いトヨタのミニバンだ。 -
8時頃、最初の遺跡ワット・チャイ・ワッタナーラームに到着。
全ての遺跡の入場料はツアー料金に含まれている。 -
各遺跡のエントランスには、完成時のミニチュア模型がある。
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アユタヤの地図があったので、本日訪れる遺跡の順番を記載してみた。
①ワット・チャイ・ワッタナーラーム
②ワット・ロカヤ・スターラーム
③ワット・プラ・シー・サンペット
④ワット・プラ・マハタート
⑤ワット・ラチャブラナ
⑥ワット・ヤイ・チャイ・モンコン
⑦日本人町跡 -
イチオシ
ワット・チャイ・ワッタナーラームは、1630年に第24代王プラサート・トーンが亡くなった母を偲んでチャオプラヤー川の西側に20年もの歳月を費やして建設した寺院である。
このタイミングで晴れ間が見えてきた。
思ったほど暑くもないので観光もしやすい。 -
四角い境内の中央には高さ35mの中央塔堂が建ち、それを取り囲むように塔堂が建っている。
中央塔堂はトウモロコシの形のカンボジア様式、塔堂は先端に向かって細くなるスリランカ様式だと、ガイドのA氏は説明する。
ちなみに、カンボジア様式はクメール様式とも呼ばれる。 -
中央塔堂には急な階段があり上部に部屋があるようだが、残念ながら現在観光客は上れない。
ワット チャイワッタナーラーム 寺院・教会
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中央塔堂を取り巻く回廊には、首のない仏像が並ぶ。
大半は1765~1767年に起こったコンバウン王朝ビルマ(現ミャンマー)とアユタヤ王朝シャムの泰緬戦争で破壊されたようだ。
泰緬戦争によって、426年続いたアユタヤ王朝は完全に滅亡した。 -
塔堂には首のある仏像も残っているが、無傷というわけではない。
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30分程度A氏の説明を聞きながら見学した後、ワット・ロカヤ・スターラームに移動してきた。
ワット・ロカヤ・スターラームは、高さ5m全長28mの巨大な涅槃仏(ねはんぶつ)で知られている。
1956年に復元されたもので、80歳で入滅した仏陀を表しているという。 -
巨大な涅槃仏の前の台に小さな涅槃仏がある。
身体の悪い部分に金箔を貼り祈ることで治ると信じられているとか。 -
巨大な涅槃仏は、現在修復工事中で足場が組まれていた。
ワット ローカヤースッター 史跡・遺跡
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ワット・ロカヤ・スターラームで見かけた野鳥。
ガイドのA氏もめったに見ない珍しい鳥だという。
インドトサカゲリ(Vanellus indicus)というチドリの仲間だと思われる。 -
次に訪れたのは、アユタヤ・エレファントパレス。
日本語の案内図があったので、余計なコメントより画像を拡大して御覧ください。 -
希望すれば、別料金でゾウに乗って散歩する時間がとられる。
Y氏も私も希望しなかったので、寄っただけ。アユタヤ エレファントキャンプ テーマパーク・動物園・水族館・植物園
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ゾウの傍らに、象の頭をもったガネーシャ。
ヒンドゥー教の神やけど。 -
9:30頃、3つ目の遺跡ワット・プラ・シー・サンペットに到着。
正面は現在の寺院。 -
イチオシ
ワット・プラ・シー・サンペットは、ラーマーティボディ王時代の1491年に建てられた。
中央に並ぶ3基のスリランカ様式の大きな仏塔が特徴で、それぞれにラーマーティボディ2世とその王子らの遺骨が納められていたと言われている。 -
3基の仏塔が建てられた後も増築が繰り返され、最盛期には大小合わせ34もの仏塔が並んでいたとされる。
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しかし、泰緬戦争でコンバウン王朝ビルマ軍に多くが破壊された。
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アユタヤのツアーでは必ず訪れるワット・プラ・シー・サンペットは、アユタヤ遺跡の中でも中心的な存在である。
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アユタヤの他の仏塔遺跡と比べ、漆喰などが当時の状態をよく保存されていて、アユタヤ時代の建築がそのまま見ることの出来る貴重な遺跡である。
ワット プラ シー サンペット 寺院・教会
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10:20頃、4つ目の遺跡ワット・プラ・マハタートに到着。
ワット・プラ・マハタートは、1374年のパグワ王ボーロマラーチャー1世が建てたという説と、ラーマーティボディ1世が建てたという説があるという。 -
泰緬戦争で無残に破壊され、多くの仏像の頭が切り落とされたが、その一つが奇跡的な状態で残っていた。
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ワット・プラ・マハタートで最も有名なのが、木の根で覆われた仏頭である。
最も奇跡的なのは、上下が正確になっていること。
転がっていたというより、人為的に置かれたものが木の根に覆われたのではないかと個人的には思うのだが・・・ -
この時間帯になると観光客も増えてきて、僧侶の姿も見かける。
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イチオシ
かつては高さ44mのカンボジア様式の中央塔堂が建っていたという。
仏像はほぼ完全に修復されたものも見られる。ワット マハータート 史跡・遺跡
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地盤が緩いせいか、傾いた仏塔も時々見られる。
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ワット・プラ・マハタートの北隣にあるのが、5つ目の遺跡ワット・ラチャブラナ。
1424年、8代目の王サームプラヤー(ボーロマラーチャー2世)が王位継承争いで相打ちして亡くなった二人の兄たちのために建てた。 -
イチオシ
礼拝堂正面壁の入口開口部からカンボジア様式の中央塔堂が望める。
アユタヤ遺跡の中でも有数のフォトジェニック・ポイント。
観光客の多い時間帯は、どうしても人が入ってしまいがち。 -
礼拝堂は天井がないものの、四方を取り巻く壁は結構残っている。
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イチオシ
カンボジア様式の中央塔堂とスリランカ様式の塔堂。
ワット ラーチャブラナ (アユタヤ) 寺院・教会
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ワット・ラチャブラナの中央塔堂は内部に入ることができる。
下へ降りる階段もあるが、そちらは立入禁止だった。 -
中央塔堂内部の最奥部。
タイ最古の壁画が見られるということだが、おそらく立入禁止となっていた階段を下りたところだったよう。
それが見れなかったのは残念だ。 -
中央塔堂から見た礼拝堂。
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中央塔堂から見たスリランカ様式の塔堂。
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中央塔堂の上部には、インド神話の神鳥ガルーダや蛇神ナーガなどの彫刻が見られる。
バンコク発のアユタヤツアーでもこのワット・ラチャブラナを訪れるツアーは少ない。
これまでの5つの遺跡の中で最も見ごたえがあったのでこのツアーを選択して正解だった。
というか、場所もワット・プラ・マハタートの隣で寄りやすいはずなのに、ここをはずす理由がよくわからない。 -
次に訪れたのは、ロッティサイマイの店。
サイマイを作成中。
アユタヤの綿菓子の一種で、絹の綱という意味のサイマイをロッティで巻いて食べるらしい。 -
クレープのような黄緑のロッティ。
このロッティサイマイもツアー費用に含まれている。 -
11:20過ぎ、6つ目の遺跡ワット・ヤイ・チャイ・モンコンに到着。
ワット・ヤイ・チャイ・モンコンは、1351年にアユタヤ王朝を創設した王ウートーン(ラーマーティボディ1世)により建てられた。 -
ひときわ高い72mの大仏塔は、1592年に19代ナレスワン王が象にまたがり一騎打ちでビルマ王子を敗り、ビルマ軍との戦いに勝利した記念の塔だという。
この大仏塔は、上って内部に入ることができる。ワット ヤイ チャイ モンコン (チャオプラヤー タイ寺院) 寺院・教会
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大仏塔の内部は中央に深い井戸がある。
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井戸の周りは8体の仏像が取り囲んでいる。
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ワット・ヤイ・チャイ・モンコンは、セイロン(現スリランカ)に留学中の修行僧たちの瞑想のために建てた寺院だという。
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大仏塔の上部には一周できる通路があり、展望が楽しめる。
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ワット・ヤイ・チャイ・モンコンは、ほかのアユタヤの遺跡とは離れた位置にあったことで、泰緬戦争でビルマ軍の破壊を免れたという。
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大仏塔上部の一周できる通路。
奇跡的に人がいない瞬間に撮影できた。 -
周回の通路の最初と最後は階段になっている。
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ガイドのA氏は各遺跡のフォトジェニックなポイントを教えてくれる。
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イチオシ
直線状に並ぶ仏像も、破壊されずに残っている。
戦火に遭わずに残っているという意味でも、ほかのアユタヤの遺跡とは異なる印象を受ける。 -
大仏塔の前には、レンガ造りの本堂。
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本堂には金の仏像。
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ワット・ロカヤ・スターラームの半分くらいの大きさの涅槃仏もある。
涅槃仏の足の裏に手を合わせて願い事をすると良いそうだ。
午前中でアユタヤの6遺跡見学終了。
各遺跡に平均30分程度の見学時間を確保しながら、4時間弱で6遺跡周ることができて、ここまでは超効率的。 -
12時過ぎに昼食会場となるクルンシー・リバー・ ホテルに到着。
入口の「MICHELIN」の表示が気になるが、期待して良いのか? -
昼食タイムは60分でビュッフェスタイル。
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デザートの種類も豊富。
ちなみに、この昼食もツアー料金に含まれている。 -
本日のランチの一皿目。
おかわり自由。
失敗したのはスープの選択。
とにかく辛すぎた。
ほかの料理はたぶん美味しかったと思うが、スープの辛さのインパクトが強すぎて、そのほかはほとんど記憶がない。 -
昼食後の1:20頃、最後の訪問地である日本人町跡に到着。
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入場して最初に数分間の日本語ガイド映像を鑑賞して、基礎知識を学ぶ。
館内の展示物はあまり多くない。 -
アユタヤ王朝の初め1351年以降の、タイと日本の年表。
アユタヤで日本人勢力が大きくなるのは、16世紀後半から17世紀初頭にかけてである。
日本で徳川幕府による天下統一が成し遂げられ戦が無くなったため、傭兵の形で雇われていた浪人の多くが失業、海外に働き口を求めたのが原因と考えられている。
国交・親善に尽力し日本人町の頭領になった山田長政は、1630年にムアンナコーンシータンマラートへ左遷され、イスラム勢力のパタニ軍と交戦した後死亡した。
1630年に、日本の勢力拡大を危ぶんだプラーサートトーン王によりアユタヤ日本人町は焼き討ちにあい没落し、1635年には日本からの朱印船交易が廃止され衰退した。アユタヤ 日本人町跡 旧市街・古い町並み
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アユタヤ王朝は、日本以外にも中国、ポルトガル、オランダ、イギリスなどとも交易を持ち、それぞれの外国人町ができた。
日本人町の対岸にポルトガル人町、北側にはオランダ人町があったという。 -
オークヤー・セーナーピムック、山田長政像。
オークヤー・セーナーピムックとは国王から最も高位な軍人に授けられる官位・欽賜名で、山田長政はチャオプラヤー川に入る船から税を取る権利を得た。
日本人町跡にトイレ休憩を含めて30分程度滞在した後、バンコクに向けて出発した。
参加したツアーは6遺跡を日本語ガイドの案内で効率的に観光でき、昼食とお土産のロッティサイマイも込みで、なかなかお値打ちのツアーだった。
特に、ツアーで立ち寄ることが少ないワット・ラチャブラナとワット・ヤイ・チャイ・モンコンが良かったので、そういう意味でもこのツアーを選んだ価値があった。 -
復路はバンコクに近づくにつれて渋滞がひどくなり、15:25頃にルンビニ公園横を通っていた。
途中でY氏のホテルを経由して、最後は200m程度歩いて16:15頃にFXホテル・メトロリンク・マッカサンに到着した。
平日の日中にバンコクの中心地を車移動するのは避けた方が良いと実感した。 -
FXホテル・メトロリンク・マッカサンは、アゴダで予約して1泊食事なし約7000円の部屋。
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ベッドはキングサイズで客室も広々。
テレビ、冷蔵庫、ポット、セーフティーボックス、ミネラルウォーター2本付き。FX ホテル メトロリンク マッカサン ホテル
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洗面、シャワー、トイレも清潔感がある。
何よりもこのホテルのメリットは立地である。
明後日はスワンナブーム国際空港8:15発のフライトなので、エアポート・レイル・リンクの駅に近いことが必須だったが、観光に便利なMRTブルーラインの駅にも近いので、このホテルの立地は抜群なのである。 -
本日の日没は17:48頃。
日没前に行きたいところがあったので、17時を過ぎてからホテルを出てMRTブルーラインに乗り、サナーム・チャイまで移動。
MRTブルーラインはマスターのクレジットカードでタッチ決済できるのが非常に便利。 -
向かったのはチャオプラヤー川のワット・ポー・ピア。
ここは対岸のワット・アルンを眺めるビューポイントになっている。 -
バンコクの三大寺院の中でワット・プラケオとワット・ポーは外からあまり見えないが、ワット・アルンは高さ67mの大仏塔と4基の小仏塔が川越しによく見える。
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ここでワット・アルンと夕日鑑賞を楽しむ人は多い。
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18時頃、ワット・アルンのライトアップが始まった。
ライトアップの開始時間は日没時間に応じて、季節変動すると思われる。 -
日没後、ライトアップで浮かび上がるワット・アルン。
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イチオシ
日没後約20分が過ぎ、十分夕暮れのワット・アルンを鑑賞した。
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MRTブルーラインでサナーム・チャイからスクンビットに移動。
目的地はターミナル21なのだが、その隣にあるロビンソン百貨店に来てみた。
突然だが、世の中の邦楽には曲のタイトルが歌詞の中に一度も出てこない楽曲がしばしばある。
とはいえ、歌詞やメロディーになんとなくタイトルをイメージさせる何かがあるものである。
ところが、曲の内容とタイトルが全く結びつかない不思議な曲と初めて出会ったのが、スピッツのロビンソンなのである。
「ロビンソン」ってどう考えても一般名詞じゃなくて固有名詞だし、どちらかというと「スピッツ」よりバンド名っぽいので、「スピッツ」の方が曲のタイトルだと勘違いしそうだ。
普通に考えるとロビンソンといえは人の名前っぽくて、サイモンとガーファンクルのミセス・ロビンソンではミセス・ロビンソンが歌詞の中に登場するが、スピッツのロビンソンにはロビンソンさんが登場しない。
「君」がロビンソンなのか、「僕」がロビンソンなのか、それともロビンソンとは別の人なのか、人ではない何かなのか?
実は、スピッツの知名度がまだ低かった頃、作者の草野マサムネはこの曲を地味な曲と感じ、どうせ売れないだろうとシングル曲にすることにあまり乗り気ではなかったという。
草野がタイを旅行した際に印象に残っていたというロビンソン百貨店から仮のタイトルをつけていたものがそのまま正式名称で発売されたようなのだ。
ある意味、事故で世に出てしまった楽曲ともいえる。
その事故の原因にもなったロビンソン百貨店を見ることは、私のバンコク観光のミッションのひとつになった。
草野の予想に反して、「ロビンソン」はじわじわと人気が出だしてロングヒットとなり、162万枚を超える売り上げを記録した。
草野は後に「人気テレビ番組やCMのタイアップではないし、テレビによく出ていたわけでもないのに、なぜあの曲がこんなに長く売れているのか、と当時抱いた疑問の答えはいまでもわからない」と話したという。
個人的には、サビのメロディーがキャッチーで親しみやすく今聴いても飽きない曲なので、ヒットするのも不思議ではないと思うのだが・・・
「ロビンソン」スピッツ1995年
https://www.youtube.com/watch?v=51CH3dPaWXc -
ロビンソン百貨店の入口の右に、レートの良い両替店がある。
ここで今回タイで使いそうな額の両替をした。 -
両替後、ターミナル21に移動。
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ターミナル21は、2011年10月にオープンした。
空港のターミナルをイメージして建てられたという。 -
各フロアは、東京、サンフランシスコ、パリ、ローマなど各都市名が付けられ、その国のイメージに合った内装を施された店舗が並んでいる。
こちらは東京のフロア、アパレル関係が多し。 -
柱を相手にするお相撲さん。
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サンフランシスコといえばゴールデンゲートブリッジ。
ターミナル21 (アソーク) ショッピングセンター
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そして目的地のPier21というフードコート。
「COUPON」と表示されたカウンターでカードを購入。
何も言わずに100バーツ(約460円)を払うと100バーツチャージしたカードを渡してくれる。 -
フードコート内の店舗数は30くらいだったと記憶する。
本日は10の「A LA CARTE」にしようか。 -
番号で注文できるので、外国人にも利用しやすい。
⑥の Fried Rice With Chinese Sausage を注文。 -
これで35バーツ(約160円)。
夕食が160円ってリーズナブルにもほどがある。
このフードコートは激安で有名なのである。ピア21フードコート(ターミナル21) 地元の料理
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MRTブルーラインでベッチャブリーに移動し、20:20頃にFXホテル・メトロリンク・マッカサンに帰ってきた。
コンビニで明日の朝食を買いたかったが、コンビニに寄る元気がなかった。
アユタヤツアーでもらったロッティサイマイを少し食べてみよう。 -
サイマイをロッティで巻いて・・・
これは中身のサイマイが少な過ぎた。
サイマイはほとんど砂糖の味。
残りは明日の朝食にしよう。
明日はこの旅の観光最終日。
怒涛のバンコク終日観光を予定している。
果たして身体はもつのか・・・
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