八代目 市川 團十郎(いちかわ だんじゅうろう、文政6年10月5日(1823年11月7日) - 嘉永7年8月6日(1854年9月27日))は天保年間から幕末にかけて活躍した歌舞伎役者。屋号は成田屋。定紋は三升、替紋は杏葉牡丹。俳名に白猿がある。その美貌によって広い人気を集めたが、32歳のとき突如として自殺するという衝撃的な最期を遂げた。