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2014.05.19

生殖医療は「科学の濫用」か?――「自然」と「不自然」の狭間で

『生殖医療はヒトを幸せにするのか』著者・小林亜津子氏インタビュー

情報 #生殖医療#新刊インタビュー#生殖医療はヒトを幸せにするのか

精子・卵子の凍結保存、人工授精、代理出産……生殖医療技術の発展によって「子どもを持ちたい」という願いをかなえる人が急増している。その一方で、そうした技術を使って子どもを産むことを「科学の濫用だ」と批判する声も耳にする。生殖医療の発展で生じた様々な軋轢、価値観や倫理への問い。『生殖医療はヒトを幸せにするのか』で、当事者と非当事者の「温度差」に橋を架けたかったと書く小林亜津子氏にお話を伺った。(聞き手・構成/金子昂)

生殖医療はどこまで発展しているのか

── 生殖医療が発展していることは多くの方がご存知と思いますが、社会や命に関する価値観が根底から揺さぶられるような事態になっているとは思ってもみませんでした。最初に、現代の生殖医療ではどんなことができるようになっているのか、いくつかご紹介ください。

そうですね。例えば精子の凍結技術に比べて、卵子の凍結技術はうまくいっていなかった、あるいは凍結できても妊娠率がかなり低かったのですが、培養液の開発などによって、かなりの精度で凍結することができるようになりました。

「卵子の老化」によって生殖能力が低下することはよく知られていると思いますが、この技術によって、若いうちに卵子を凍結する女性も増えるでしょうし、精子のように卵子の売買も行われるでしょう。

オンラインショップで自分好みの精子と卵子を購入して、出会ったこともない男女の子どもが、別の夫婦の子供として生まれるケースもでてくると思います。もし精子と卵子を買って、さらに代理母によって出産した場合、当事者夫婦とはまったく関係のない子どもが生まれるわけですよね。ある意味、養子と変わらないですよね。

──ゲイやレズビアンの方でも養子とは違った方法で自分たちの子どもを持てるようになるかもしれないんですね。

ええ、レズビアンの方はいまでも精子バンクを使えば出産できますよね。

マウスを使った実験では、iPS細胞で精子をつくることに成功しているようです。その技術を応用すれば、いずれは女性、そして無精子症の男性でも体細胞から精子を作って子どもを出産することができるようになるかもしれません。

── アーノルド・シュワルツェネッガーが実験によって妊娠する「ジュニア」という映画を思い出しました。SFの世界が現実になりつつあるというか……。

男性が子どもを生めるようになるかはわかりませんが、体細胞から子宮を作れるようになる可能性だってあるでしょうね。それに、いまは子宮を摘出してしまった人に別の子宮を移植する技術もあります。人工子宮の技術も開発中です。

代理母のリスクや産まれた子どもを代理母と依頼主で奪い合うようなことが起こらないためにも、人工子宮による出産が望ましいのかもしれません。ただそうした生まれた子どもが「試験管ベビー」と揶揄されたような状況が生じてしまうかもしれませんが……。

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生殖医療への懸念と批判

── 生まれ方によってスティグマが押されてしまう可能性もある、と。「生殖医療技術を使うと障害を持った子が生まれやすいのでは」という声も耳にしたことがあります。

当初から、生殖医療技術は障害の発生率を高めるのではないかという指摘はありました。しかし結果として、自然に妊娠して出産した場合と比べても、障害の発生率はほとんど変わりません。

例えば体外受精の際に異常のあるものが出来てしまっても、子宮に移植すると自然と流れるようになっているんです。女性の子宮は、妊娠初期に異常を感知して流産をさせるという機能をある程度もっているんですね。

ただ長期の影響はわからないところもあります。例えば無数の精子の中からひとつを取り出し、顕微鏡を使って卵子に注入する顕微授精は、比較的新しい技術のため、日本では追跡調査がされていないんです。普通、精子は自然淘汰されて、もっとも優れた精子が受精するわけで、培養士が選んだ精子を受精させることでなにか影響があるかもしれない。ベルギーでようやく追跡調査されるようになったのですが、なにしろ新しい技術のため子どもがまだあまり成長していないんですよね。

── 精子バンクや顕微授精は優生学だ、という批判もありそうですね。

あるでしょうね。顕微授精を無精子症の方が使った場合、選択した精子に無精子症の遺伝子が入っていると子どもがまた無精子症で悩むのではないかという指摘もあります。無精子症が遺伝するかどうかはまだわかっていないのですが……。ただ、そもそも自然に考えれば子孫を残せない人が無理やり残しているのであり不自然だ、という意見もあります。

生殖医療は「科学の濫用」か?

―― 生殖医療技術を使ってまで子どもを産むのは「科学の濫用」であり「不自然」だ、という批判があるんですよね?

治療には、根治治療と救済治療があります。根治治療は、患部そのものを治すこと。例えばある臓器が病んでいるときに、炎症を鎮めたり薬剤を用いることで正常な状態に戻すような治療を指します。一方で救済治療は、根治はできないけれど、本人の苦しみから救い出すような治療のことです。

救済治療は命にかかわらないような印象を持たれる方もいるかもしれませんが、ペースメーカーは救済治療です。心臓自体は治していません。人工透析も、臓器移植もそうですよね。でも生殖医療は、子どもを産む、産まないは、本人の命にストレートに関わらないせいか、「科学の濫用」と思われがちなんです。

―― 「子どもを持ちたい」という切実な思いと、それを可能にする技術があるのに、「不自然だ」といって否定するのは、納得しがたいように思います。

日本人は「不自然」な営みに嫌悪感を抱くみたいで、生殖医療に限らず諸外国に比べて「自然」がキーワードになることが多いらしいです。そのために「生殖医療」ではなく、「生殖補助医療」という言葉を使うようになったんですよ。あくまでサポートだと言って、人工的な生殖というイメージを薄くしたんですね。

いまでも年配の方の中には、生殖医療によって出産することを、汚らわしいもの、恥ずかしいことと考える人がいるみたいです。生殖医療によって子どもを産んだと人に言いにくいという雰囲気ができてしまっている。

現在「出自を知る権利」についての議論が行われていますが、なかなか進展がないのは、親の意識が壁になっているところがあるんですよね。よく言われる近代家族の考え方、異性のカップルで、子供中心主義で、社会的に承認を得た、法律婚がいい、という社会通念が強い。子なし夫婦はなにかが欠落しているという意識が強いために、「不妊だ」と聞いたときに、喪失感をもつのかもしれません。男性はとくに、不妊治療は恥ずかしいことと思っているようです。そのせいで、生殖医療の話をしたがらなくて。

── 「卵子の老化」が進む前に卵子を凍結しておくというお話が先ほどありましたが、子どもを育てながら働くことができないという問題が解決すれば、そもそも凍結技術を使わなくてもいい方だっている。この場合、生殖医療を使うか否かではなく、現在の社会のあり方が問われていると思いました。

そうですね。女性が育児のために休職すると、職場に復帰しづらくなるとか、元の部署に戻れなくなるといった理由で、子どもを産めない方は多いと思います。

大学の世界でも、例えば私は倫理学が専門ですが、同じ倫理学の先生は他にいないため、産休や育休をするとなると非常勤講師を雇ってもらわなくてはいけない。休暇を取る時期も、学期が終わった後など区切りのいいときでないといけない。そんなに計画的にはできないだろうと思うのですが、やっぱりどうしても考えてしまいますね……。

代理母と依頼主、そして戸籍問題

―― 日本では代理出産や出自を知る権利の法整備について議論されていますが、海外の事例も含めて、議論の中身や問題点についてお教えください。

まず日本で法的に代理出産が可能になるのは難しいのではないかと思っています。

諏訪マタニティークリニックの根津八紘医師が、制度の穴をついて代理出産を行ったことが大きな報道になりました。根津医師は、その記者会見の際に、代理母ボランティアを募集しました。結果的に40人くらいの女性から応募があったようですが、リスクについての説明を書いたアンケートを送ったところ、誰からも返信がなかったそうなんですね。人のために役立ちたいという女性はいても、実際に医学的なリスクを見せられると、単なる人助けではすまないと感じたのだと思います。

男性の精子提供はリスクがかかりませんし、「人助けのため」でいいのかもしれません。でも代理母となる女性自身にも家族がいるわけですよね。アメリカでは、ある子どものいる女性が代理出産をしたところ、母親のおなかが大きくなっていくのをみて、小さい子どもが「いつ生まれてくるの?」と楽しみにしていたそうです。でもいざ出産して、依頼人の夫婦に赤ちゃんは引き取られたら、その子が「赤ちゃんが連れて行かれてしまう」と泣き喚きながら、依頼人の夫婦を蹴とばした。トラウマはずっと残ってしまったそうです。

── 代理母が「これは自分の子どもだ」と主張するケースもありますよね。

訴訟も起きています。少なくとも80年代のアメリカでは、代理出産契約を結んだ際、なにがあっても絶対に依頼人に子どもを引き渡すこと、また代理母側の中絶要請は一切認めないと契約の中にありました。一方で、依頼人は障害が見つかったとか、夫婦が離婚してしまったといった理由で代理母に中絶を強要することができた。

なかには、「ちゃんと依頼人に渡せる」と思っていたけれど、妊娠5か月頃に母性が湧いて、「これ以上続けたら渡すのがつらくて産めなくなるので、中絶させてください」とお願いした人もいるらしいのですが、結局、産ませられたそうです。

―― 依頼人の国籍と代理母の国籍が違うと適用される法律も違いますから、戸籍の問題も生じてきますよね。世界的なガイドラインが必要になってくると思うのですが……。

まだまだそんな段階にはありません。宗教などのバックグラウンドが違うのでなかなか難しくて。

日本は50歳以上の女性が出産した場合、実際にその人が生んだのかを確認することがあります。そのため、高齢の女性が外国で代理出産を行った場合、日本に帰国した際に本当にその方が出産をしたのか確認されて、生まれた子どもが日本人として認められない場合があるんですよ。

出自を知る権利か、ドナーのプライバシーか

── 急いで整備しないと、せっかく子どもが生まれたのに、不幸な状況に追い込まれてしまう人たちがたくさん出てきてしまいますね……。出自を知る権利についてもお話いただけますか?

日本の場合、慶應義塾大学が、医学部の学生に精子を提供してもらって生殖医療を行っているんですね。個人で提供しに行くというよりは、謝礼を運営資金に充てるために、サークルなどの団体で提供することがあるようです。

学生たちは匿名だと言われていますし、精子提供によって子どもが生まれるなんてイメージはできていないと思います。「いいバイトがある」くらい。いずれその学生が卒業して、医者になり、家庭をもつ。そんなときに、もし提供した精子から生まれた子供から電話がかかってきたら……。だから「ドナーのプライバシーを守るための匿名だ」「出自を知る権利を認めると、提供者が減って利用するチャンスが減ってしまう」という意見もあるんですよ。体外受精をされた野田聖子議員も以前、そのように発言されていましたよね。

慶應大学で、「子どもが18歳になったときに、情報を開示する場合に精子を提供するか」というアンケートをとったところ、3割の学生が提供すると答えたそうです。ゼロにはならないけど、激減してしまう。いまは慶應大学による提供がほとんどです。ひとりの学生が、60人の子どもの「父親」になっているケースもある。精子提供を待っている方も多くて。

―― 日本では慶應大学だけのようですが、海外は精子バンクが発展しているんですよね?

アメリカでは70年代に、あとで自分が使うために精子をストックする、文字通り銀行(バンク)としての精子バンクが始まりました。80年代には商品として精子が売られるようになります。

最近では、非匿名を売りにしている精子バンクもでているんです。しかも精子を選ぶときに追加でお金を払えば、ドナーの子ども時代や現在の写真が見られる、ビデオレターが許可される、ドナーと子どもが手紙をやりとりしてもいいとかオプションが追加できる。

―― うーん、なるほど……。すごい世界ですね……。

ドナーの身元を明かすような流れが生まれてからは、子どもを持つ男性が、この幸せを他の人も感じて欲しいと願って精子を提供するケースも増えているみたいです。バイト感覚ではなくて。提供した精子で生まれた子どもが「会いたい」と言ってきたときに、どうするか選択できるようにしておきたいと考える人が増えたのかもしれません。もちろん匿名を希望する人も多いのですが。

あとはドナーやその近親者がどういった病気になっているのかを知りたいというニーズもあるようです。ある提供者が提供時は判明していなかったけれど、あとから遺伝性の病気を発生した場合にどのように伝えるかは考えなくてはいけない問題ですよね。

重要なのは、親が子に伝えること

―― 子どもたちはどのように考えているのでしょうか。

成人したAIDチルドレンもだんだん増えています。カナダでは「人工授精児の会」のような自助グループができ、国際的な会合を開いたことで注目されました。

子どもたちは「父親としての義務を果たせ!」とかではなくて、どんな人なのか、どこが似ているのか、人となりを知りたいと思っているみたいです。おそらく、親と似ていないということで疎外感を覚えながら育ったのかもしれません。それに育ての親から、人工授精によって生まれたことを隠されていたという裏切り感が強いと言われているんですね。だからこそ、ドナーに会いたいと思うのかもしれません。

学生時代に身元の開示を許可して精子を提供した男性が、そのことをすっかり忘れていた頃に、「子どもが会いたがっている」と精子バンクから電話があり、子どもにあったという話があります。このケースでは、ドナーが子供の成長に感動し、子どもも会えてよかったと喜んだ。それから2、3カ月に一度のペースでお茶をしているようです。望ましいケースですよね。

── 匿名だからこそ提供したいという人もいる。自分の親を知りたいんだという子どももいる。どこかで落としどころを見つけないといけないと思います。

デンマークでは、ドナーを匿名と非匿名にわけて、用いる側が選べるようになっています。

日本でもこうした選択肢ができたらだいぶ違うのかもしれませんが、それでもやっぱり匿名を選ぶ人が多いと思います。それに、非匿名のドナーを選んでも親が教えなければ子どもは知ることができない。やっぱり親の意識が壁になっているんですね。

── とはいえ、例えば成人した頃に、政府や医療機関から「あなたは育ての親と遺伝上の親が違いますよ」と突然知らされても、それはそれで暴力的ですよね。

そうですよね。オーストラリアのビクトリア州では、子どもの出自を知る権利、ドナーの子どもの情報を知る権利を認めています。すると、もし子どもが事実を知らされていなかった場合、ドナーが子どもの情報を知りたいと情報を要求したときに、子どもへ連絡が行き告知になってしまうという問題があるんですね。

その防止のためにも、親に告知を促すキャンペーンを行っているようです。日本だけでなく、親が子どもに教えない、する気がない、したくないという人はいるので、その意識が大きな問題なのだと思います。

生殖医療はヒトを幸せにするのか?

── お話をうかがっていると問題が山積し過ぎていて……。

どこから手をつけてよいかわからないですね。

── かなり漠然とした質問になりますが、何が最も問題になっていると思いますか。

先ほどもお話したように、近代家族のイメージが強いことなのだと思います。子どもがいて家族が完結するという社会通念によって、生殖医療技術を使用するところに追い込まれる人が多くいるでしょう。子どもを持つかどうかまだ具体的なイメージもできていないのに、姑から「子どもはまだか」と言われて焦ってしまう。大金を払って、体にも無理のかかる技術を使わせてしまう。

だから子どもがいてもいなくても、結婚してもしていなくても、どちらでも構わないのだという雰囲気になるだけでだいぶ違うと思います。プレッシャーが軽くしてあげたいなと思っています。

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── 最後にふたつ質問があります。まずこの本をどんな人に読んで欲しいですか? そして小林先生は「生殖医療はヒトを幸せにする」とお思いですか?

できれば生殖医療なんてまったく関係ないと思っている人に読んで欲しいです。当事者の気持ちを知ってもらいたい。「技術はとんでもなく進化しているらしい」くらいのイメージをお持ちの方に読んで欲しいです。

そしてふたつめの質問ですが……。種としての「ヒト」と「人」は違いますよね。この本のタイトルでは「ヒト」を使っています。

ヒトとして見た場合、やはり自然界のどんな生物でも一定の割合で子孫を残せないものがいます。そこに技術を使って産むということが、ヒトという種のあり方をゆがめてしまうのではないかという懸念はあります。でも、人として、当事者一人ひとりの状況、切実さをみると、それで幸せになってもらえるならいいのではないか、と思っています。

── 先生もまだ揺らいでいらっしゃるんですね。

そうなんです。編集の三野さんから、営業部の方が書店に営業に行くと、「結論はなんですか?」と質問されると聞きました。この本には結論は書かれていません。結論を出すというよりも、まず考えなくてはいけない問題をみなさんに知っていただきたい。そういう問題提起のつもりで書きました。

――ぜひ多くの方に手に取っていただきたいと思います。今日はありがとうございました。

プロフィール

小林亜津子生命倫理学

東京都生まれ。北里大学一般教育部准教授。京都大学大学院文学研究科修了。文学博士。専門はヘーゲル哲学、生命倫理学。映画や小説などを題材にして学生の主体性を伸ばす授業を心がけ、早稲田大学でも教鞭をとる。著書に『生殖医療はヒトを幸せにするのか』(光文社新書)、『看護のための生命倫理』『看護が直面する11のモラル・ジレンマ』(ともにナカニシヤ出版)、『はじめて学ぶ生命倫理』(ちくまプリマー新書)、共著に『近代哲学の名著』(中公新書)、『倫理力を鍛える』(小学館)などがある。

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