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2024.11.25

「103万円の壁」撤廃で地方財政が破綻?:冷静な議論のための論点整理

中里透 マクロ経済学・財政運営

経済

「103万円の壁」をめぐる議論が引き続き活発に行われている。この問題をめぐっては新たな論点も浮上した。それは基礎控除の引き上げなどによる所得税と住民税の減収によって、都道府県・市町村の一般財源に大幅な減収が生じることに関するものだ。

各県の知事からはこの問題をめぐり相次いで懸念が表明され、中には「このままでは財政破綻」との声も聞かれる。これに対し、国民民主党の玉木代表はSNS上で、減収分は地方交付税で補てんされるという趣旨の説明を行っている(https://x.com/tamakiyuichiro/status/1858810419525415362)。

結論からいうと、両者の見方はいずれも極端で不正確なものだ。後述するように、各都道府県・市町村の収支がきちんと合うよう減収分が補てんされる仕組みがあるから、財政破綻が生じるおそれはない。だが、その調整の仕方は、減収分がそのまま地方交付税で補てんされるという形にはならない。各県の知事から懸念の声が上がっているのはこのためだ。

玉木代表の説明を支持する形で、SNS上では「交付税で補てんされるから心配ない」「交付税で補てんするのが当然だ」という趣旨のつぶやきが数多くみられる。だが、このような理解の仕方は、高校の「政治・経済」の教科書などに出てくる地方交付税の説明が中途半端なために生じる誤解に基づくものだ。

地方交付税の議論を「基準財政需要」と「基準財政収入」(これらについては後述)の話から始めるのは、「銀行は預金者から受け入れた預金をもとに貸出を行っている」という理解に基づいて信用創造の説明をするのと同じように、大きな誤解や錯覚を生む原因となる(教科書に出てくる信用創造の説明を額面通りに受け取ると、マイナス金利についておかしな説明が流布してしまうことについては下記をご参照ください。信用乗数論は信用できるか――マイナス金利について考える (https://synodos.jp/opinion/economy/24113/))。

となれば、地方交付税という制度についての適切な理解を確保するという観点からも、この問題について論点整理を行うことに一定の意義があるように思われる。そこで、以下では「103万円の壁」をめぐる議論の現場から少し離れて一歩引いたところから、この問題について解説を試みることとしたい。

なお、「自治体」という用語は主に市町村を指すものとして使われるものであり、都道府県を含む場合の呼称としては「地方団体」という用語が用いられることが多いが、「地方団体」という用語はあまり見慣れない、聞きなれない用語であるため、以下では都道府県・市町村について「自治体」という表記を用いて記述を行っていくこととする。

地方交付税とはどのようなものか

地方交付税は、各自治体が標準的な行政サービスの水準を適切に確保することができるよう、一定の基準に基づいて国から交付される資金のことである。

地方自治の基本からすると、国から交付される財源(依存財源)にはあまり頼らず、各自治体が自ら収入する地方税などの財源(自主財源)をもとに行政活動を行っていくことが望ましい。だが、47都道府県1718市町村の中には、所得の高い住民がたくさん居住し大きな企業が多数立地する自治体と、そうでない自治体があり、自治体間に「財政力」の格差が生じることは避けがたい。

こうしたもとにあって、財政力の格差を均し全国どこでも標準的な行政サービスを受けることができるよう、地域間の財政調整を行うことが地方交付税に求められる役割ということになる。国から各自治体に交付される財源にはもうひとつ国庫補助金(負担金)というものがあるが、国庫補助金が使途を定めて交付されるもの(特定補助金)であるのに対し、地方交付税は使途を定めず基本的には各自治体が自由に使えるもの(一般補助金)として交付されるところに両者の違いがある(実際には「補助裏」という話があって、交付税も完全に自由に使えるわけではないが、このことは暫く措くこととしよう)。

教科書的な説明をすると、地方交付税は各自治体の財源不足を埋め合わせるべく、それぞれの自治体の財源不足の程度に応じて交付されるものである。それでは財源不足の大きさはどのように測られるのかというと、各自治体において標準的な行政サービスを確保するために必要となる財源の額が「基準財政需要」、標準的な行政サービスに充てる財源のうち各自治体が税収などにより自ら確保することのできる財源の一定割合が「基準財政収入」とされ、この両者の差が各自治体の「財源不足額」ということになる。

ここまで「地方交付税」と書いてきたが、「地方交付税交付金」というのが正式な名称ではないかという指摘があるかもしれない。そして、この名称の違いは地方交付税(交付金)というものの性格を考えるうえで興味深いものとなっている。

地方交付税(交付金)は、国から地方に配分される資金であるが、この資金を「国」の側(財務省)から見ると、国から地方に渡す一般補助金(使途の指定がない補助金)という性格をもつものなので、これは「地方交付税交付金」であるということになり、「地方」(総務省と各自治体)の側から見ると、便宜上、国税の形で徴収してはいるものの、交付税は地方固有の財源であり、地方全体にとっての共同税という性格を有するものだから、「地方交付税」と呼ぶのが適切だということになる。

本稿はこのいずれかの側に肩入れする趣旨のものではないが、専ら表記を簡素なものとするという理由から、以下においても「地方交付税」あるいは「交付税」という表記を利用して記述を進めていくこととする。

「103万円の壁」の撤廃で地方財政に起きること

国民民主党の提案通り「103万円の壁」が撤廃されると、所得税(国税)と住民税(地方税)を合わせて7兆円ないし8兆円の減収が生じるとされている。実際の減収額については幅をもってみる必要があるが、ここでは所得税と住民税がともに4兆円ずつ減収になるものとして議論を進めていくこととしよう。

所得税は国税であるが、その税収の約3分の1(33.1%)は地方交付税の原資となり各自治体に配分される。したがって、所得税において4兆円の減収が生じると、「地方」全体としては1.3兆円程度の交付税の減少が生じることになる。一方、住民税は地方税であるから、4兆円の税収減はそっくりそのまま地方全体の減収につながることになる。これらを合わせると地方財源の減少幅は5.3兆円程度となる。

このうち住民税の減収分(4兆円)はそのまま各自治体の税収の減少をもたらすことになるから、交付税の算定の基礎となる基準財政収入の減少を通じて各自治体の財源不足(基準財政需要と基準財政収入の差額)を拡大させることになる(なお、基準財政収入にカウントされるのは、税収の75%相当分となっている)。もっとも、この財源不足は、地方交付税の増額で埋め合わせることができるから心配ないというのが玉木代表の説明の趣旨だ。

だが、ここで留意が必要なのは、所得税の減収によって交付税の原資も減ってしまうことだ(4兆円×33.1%=1.3兆円程度)。住民税の減収は各自治体の税収減を通じて地方全体の財源不足を拡大させることになるが、その補てんをしたくても原資がない。無い袖は振れないから、このままでは財源不足の補てんができないことになる。

もっとも、一部の県の知事から表明されているように「このままでは財政破綻」という話になるかというと、そのようなことにはならない。リーマンショック後の2009年度には国と地方の税収が9兆円を超える大幅な減収となったが(2008年度との差額)、どこかの県が破綻をして財政再生団体になるというようなことはなかった。というのは、交付税の原資が足らず地方全体の財源不足を埋め合わせることができない場合に、それを調整する仕組みが用意されているからだ。

「一般財源総額実質同水準ルール」と「折半ルール」

ここまで「地方交付税の原資」と書いてきたのは、所得税や法人税などの税収の一定割合を地方交付税の財源とする「法定率分」のことであるが、法定率分のみでは地方全体の財源不足を埋め合わせることができない場合、国の一般的な財源の中から工面をして不足分を補てんする措置がとられる。この場合に不足分の補てんをどのような形で行うかを定めたものが「一般財源総額実質同水準ルール」と「折半ルール」と呼ばれるものだ。

このうち「一般財源総額実質同水準ルール」は地方税・地方交付税・臨時財政対策債(後述)などによって確保される地方一般財源の総額が前年度と実質的に同水準となるよう調整を行うという予算編成上の指針を定めたものである(一般財源実質同水準ルールは2011年度に導入され、2025年度以降も継続することが「骨太の方針2024」(経済財政運営と改革の基本方針2024)においても確認されている)。

「103万円の壁」の撤廃をめぐる今回の事案では、先ほど説明したように地方一般財源に5.3兆円程度の減収が生じることが見込まれるから(内訳は先ほど示したように住民税が4兆円程度、地方交付税が1.3兆円程度)、上記のルールのもとでは、この分が補てんされて一般財源が前年度と実質的に同水準にならないといけないということになる。  

実際にどの程度の補てんが必要になるかは法人税や消費税など所得税以外の税収の状況や、財源不足を解消するために行われるその他の措置のいかんによって変わるが、現時点でこれらの要因を見通すことは難しいため、補てんすべき不足分をひとまず5.3兆円と置いて話を先に進めることとしよう。

5.3兆円の財源不足は次のような形で補てんされる。まず、財源不足額の半分は国の責任において地方交付税を加算することで埋められる。所得税の減収に伴い交付税の法定率分は1.3兆円程度減少するが、地方全体の財源不足額(5.3兆円程度)に対応するための加算によって2.6兆円程度交付税が増加することになるから、最終的には交付税は差し引き1.3兆円(=2.6兆円-1.3兆円)程度増加することになる。

一方、財源不足のうち残り半分は臨時財政対策債(臨財債)の発行によって財源が確保されることになる(臨財債の詳細については後述)。臨財債は地方債のひとつであるが、交付税の代替財源という性格から、その元利償還に要する費用は全額が後年度の地方交付税によって措置されることとなっている。

本来であれば交付税で措置されるべき財源について、いったん各自治体が自ら借り入れを起こして資金を調達し、後にその元利償還費を交付税で受け取るという格好になるから、わかりやすく言うと、交付税が充てられるべき経費について各自治体が借り入れを起こして確保した資金で立て替え払いをするのが、臨財債を通じた財源不足の調整の実質的な意味ということになる。

このようにして、地方一般財源の不足分を交付税の増額と臨財債の発行によって半分ずつ埋め合わせるのが、「折半ルール」のもとでの財源不足の調整の仕方ということになる。

「臨財債」という不思議な地方債

臨時財政対策債(臨財債)は不思議な地方債である。交付税の代替財源といっても、各自治体が自らの名義で起こす借り入れである以上、発行した自治体にとって臨財債は自らの債務に他ならない。もっとも、その元利償還費については後年度の交付税によって措置されることになっているから、その意味では臨財債は自治体にとって資産ということもできる。

国が金銭による給付の代わりに交付する国債は「交付国債」と呼ばれるが、国との関係において臨財債は交付国債と同様の性格をもつものだ(細かいことであるが、元利償還費に充てるために措置される交付税は、正確には臨財債の実際の発行額ではなく「臨時財政対策債発行可能額」という枠に応じて支払われることとなっている)。

ここで急いで付け加えなくてはならないのは、発行した臨財債の元利償還費について、いつの時点で交付税によって手当されるのかは明確に定められてはいないということだ。これまでの経緯を振り返ると、ほとんどの場合、臨財債の元利償還費は新たな臨財債の発行によって措置されてきた。つまり、「借金を借金で返す」という格好になっていて、交付税の代わりに臨財債の発行で財源を確保した自治体にとっては、立て替えた分のお金がいつ戻ってくるかがわからないという状態になっている。

したがって、交付税の代替財源と言われても、自治体の側からすると臨財債は交付税とは別物であり、両者を同視することはできないということになる。これは売掛金を現金と同じものと捉えることができないのと同じだ。「103万円の壁」の撤廃に伴う所得税・住民税の減収について、各県の知事から懸念の声が表明されているのはこのことによるところが大きいものとみられる(もちろん、住民税が大幅に減ってしまうのも心配の種である)。

教科書の中と現実の地方交付税

冒頭に掲げた玉木代表の説明にもみられるように、「地方交付税は各自治体の基準財政需要と基準財政収入をもとに、その差額で示される財源不足を埋め合わせるべく、国から交付されるものである」という教科書的な説明を額面通り受け取ると、地方交付税という制度についての理解が歪んでしまうことになる。

というのは、「基準財政需要」が天から降ってきたもののように最初から存在するわけではなく、各年度の基準財政需要の額は、すでに決まった交付税の総額をもとに、後からつくられるものであるからだ。この点は、「はじめに本源的預金ありき」という形で説明を始めると信用創造についての理解が歪んでしまうのとよく似ている。

毎年の予算編成と交付税額の決定過程からも、交付税の総額が先に決まり、基準財政需要は後からつくられる(したがって、各自治体の財源不足額も、先に決まった交付税の総額を前提に後からつくられる)ものであることが確認できる。年末の予算編成において、財務省と総務省の間の協議(地財折衝)により「地方財政対策」が決まり(ここで翌年度の地方交付税の総額も決定される)、年明けに翌年度の地方全体の財政のフレームを示す「地方財政計画」がつくられ(閣議決定を経て国会に提出)、それと同時期に基準財政需要の算定の基礎となる数値の改定などを含んだ地方交付税法の改正案が国会に提出されるというのが、実際の流れとなる。

高校の「政治・経済」の教科書などにも交付税の総額の確保についての言及はあるが、総額がどのように決まるのかということについての説明は曖昧で、このことが交付税をめぐる議論に混乱が生じてしまうことの原因のひとつとなっている。最近ではさすがにあまり聞かれなくなったが、かつては「基準財政需要の算定の仕方を見直せば交付税の総額を抑制できる」というような議論がしばしばあった。このような誤解に基づく提案が実り多いものとならないことは、改めて言うまでもない。  

年末の税制改正と予算編成に向けて

ここまでみてきたように、「103万円の壁」の撤廃によって生じる各自治体の財源不足が、交付税の増額によって自動的に補てんされるということにはならないから、「国」と「地方」のいずれが、どのような形で不足分を埋め合わせるのかということが、年末に向けた議論の焦点ということになる。

もちろん、法律は法律によって改正することができるし、「一般財源総額実質同水準ルール」と「折半ルール」はあくまで予算編成上の指針だから、必要があれば見直せばよいという意見もあり得よう。だが、所得税と住民税合わせて7~8兆円という減収幅は、まさに「リーマンショック級」となるから、この問題に対する調整は容易ではなく、さまざまな紆余曲折が予想される。

地方財政への影響に配慮して、与党内からは所得税の基礎控除の額を引き上げる一方、住民税については引き上げを見送る「分離案」というものも出ているが、これをやると「壁」の一部が残ってしまうおそれがある。

所得税と住民税の減収に対応すべく消費税率を引き上げて財源を確保するというのは、「手取りを増やす」という国民民主党の提案の趣旨からすると本末転倒ということになるから、そのような対応もできそうにない。経済対策のために補正予算で13.9兆円の「真水」の追加がいとも簡単に行える国で、「財政が大変だから増税を」という話をするのはそもそも整合性がとれないから、現時点だけでなく近い将来についても安易な増税には理解が得られないだろう。

地方交付税法には、恒常的な財源不足が生じる場合には交付税率(地方交付税の原資に充てることとなっている国税4税の税収の交付税財源への算入率)を引き上げるとの規定があるから(地方交付税法第6条の3第2項)、この規定を利用すれば地方交付税の総額(法定率分)を増やすことも可能であるが、この点についての「国」と「地方」の間の調整は厳しいものとなりそうだ。

地方一般財源の不足分を補てんする際の「一般財源総額実質同水準ルール」や「折半ルール」の変更は、交付税率の引き上げよりはハードルが低いかもしれないが、はたしてこのような対応が可能となるかは、今後の調整次第となる。

この問題をめぐる関係者間の調整がどのように進んでいくのか、現時点では見通すことができないが、今後の動向を引き続き注意深くながめていくこととしたい。

プロフィール

中里透マクロ経済学・財政運営

1965年生まれ。1988年東京大学経済学部卒業。日本開発銀行(現日本政策投資銀行)設備投資研究所、東京大学経済学部助手を経て、現在、上智大学経済学部准教授、一橋大学国際・公共政策大学院客員准教授。専門はマクロ経済学・財政運営。最近は消費増税後の消費動向などについて分析を行っている。最近の論文に「デフレ脱却と財政健全化」(原田泰・齊藤誠編『徹底分析 アベノミクス』所収)、「出生率の決定要因 都道府県別データによる分析」(『日本経済研究』第75号、日本経済研究センター)など。

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