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わたがしをつくる

目の隈が永遠に抜けないままなにか書いている。

この世界は

www.pixiv.net

 

小説を書きました。

 

みなさんお久しぶりですわたあめです。

オフラインイベント、楽しいですよね。私は自発的に行くのを前半期やめました。

やらねばいけないことが……あったから……っ!

 

しかし行けなくて悔しいには悔しい。

そこで構想1時間の話を1万文字ちょい1日で書き、気付いたのです。

 

――1万文字を1日で書けるなら、3万文字は3日と少しで書ける、と。

 

構想2時間、1日平均7000文字。2月3日から書き始め――

――2月14日、64000文字で終わりました。(?)

 

掛かったのは11日間。まあ6時に起きて19時に寝る生活をしていたのでいいんじゃないでしょうか。(?)

 

まぁそんな感じで書かせていた小説。『スウィートタブレット・チョコレイトランナウェイ!』いいタイトルだと思います。

中身は結月ゆかりと紲星あかりのお話。素晴らしい出来だと思っています。

構想は2時間ですが、普段であればオフラインイベント用の本として書いているレベルです。文字数は少ないですが、本気度合いは過去作に劣るとも取らない物に出来たかと思っています。

 

今回書くにあたって意識したのは二点。

・文字数をできる限り少なく。(理想は3万文字)

・削った文章は読者に想像の余地がある形を取る。

この二点でした。

 

私の書く小説はどうにも……結構手厳しく言われる時は「難しい」

柔らかく言っても「装飾され過ぎている」です。

 

言葉、好きです。大好きです。でも一個一個の言葉に飾りが多く、そのせいで文字数が嵩んでしまう、のかと考えました。

そしてもう一つは説明しすぎている。

分かってほしい一心で、分からないと言われる怖さが拭えず必死にキャラクター達に伝えて貰おうとする。言葉というのは完璧ではないと分かっていながらも、都度100を語って貰おうとしてしまう。

それを少し、いやかなり気遣って書いてみました。

勿論ただ文字を削るだけではやはり不親切。だから小さなヒントは幾つも置いた、つもりです。それでも分かってほしい、分からないと言われるのは怖い。

私の思想と違う物を得ていてもいい、どうかこの小説に対し感じるものが1つでも多くあると、嬉しい。

 

 

そんなこんなで感想戦行きましょう。

構想は2時間、24枚入りの海外製チョコレートを食べていたら思いつきました。

ゆかりさんとあかりちゃん、略ゆづきずが書きたかったので書きました。

 

百合ってなんだろうなあって突き詰めた結果、琴葉でもゆづきずでもキャラクターってどっちでもいいなあって最近なっちゃいました。男性だから、女性だから、そういうのじゃなくてそもそも「あなた」だから好きになったって結論を持ち始めたからだと思います。

ただそこに行き着くと、一つ考えなきゃいけないことは増えるんですよね。

作中でもありましたが、女性同士の恋愛って血が途絶えるんですよね。今の時代に何言ってるんだっていう話ですが。

これに対しても突き詰めて答えは出していて、人は多分いつか滅びるんだろうし、早まっているだけかな、と。

小学生の理科でありませんでしたか?男女を分けるXY染色体は徐々にX染色体が増え始めていて、いつかこのままだと男性のY染色体が消える……つまり男性がいなくなる可能性がある、と。

まぁ物事はそんな単純な物ではないし、動物には進化というのがあります。Y染色体が途絶えようと、また今にはない別の形で種の存続が進んでいくのかもしれません。

けれど女性同士、男性同士の自由恋愛形式を推し進めている今、男女の結びつく機会が(多少強引な形 例として少し怪しいけれどお見合いのような恋愛への機会発展の消失等)消えていくというのは進化の機会も消失させていて、まぁいつか滅ぶんだろうなあとしか言えなくなってきました。

それに対して血を残すのではなく知を残すというのは科学世界に置いて美談的ではありますが、血を蔑ろにして知に頼ろうとする世界も不順というか不純というか。

 

長くなりましたが、じゃあゆづきずはそれに対し何を答えとして出すのか。

単純です。ただひとえに好きになってしまった、好きになった人へ誠実であろうとする。これが答えだと思っています。

 

これはゆづきずであろうと琴葉であろうと、私の中でのある種信頼のような形で彼女たちの思想はここに行き着くかと思いました。

今の世界、個人主義に誰しもが染まる中で日本人というのは結構な生きづらさを抱えやすい人種だと考えています。それは義理と人情を愛してきたお国柄と言いましょうか、仏教の生活様式が土台にある中でどれだけ敬虔な方々でも略式的な形で大抵を済ますことが多くなってきており(例 49日)……まぁ有り体に言えば縛られなくなった世界でどう生きるか!って話!

オープンワールドゲームで自由にやれ!言われても困る人はいるよね!

ルールを自分の都合よく解釈した人間がいるせいで自由の域が狭められてもしんどいよね!

 

彼女たちはノブレス・オブリージュ、とまで言うつもりはないですが、責任を感じて生きていくと思うんですよね。

作中「責めるのは畢竟自分自身」とあかりちゃんの描写がありましたが、ここが大事なんだと思います。

彼女たちに接する人たちは皆優しい。けれどそれは経験があるから、だと思います。大人で、苦労を知っていて、他人の苦しみも知っている人たち。それが彼女たちに優しさをもたらしてくれる大人達です。

彼女たちも多分、同じような経験はしていくでしょうし、作中の出来事だって間違いなく彼女たちにとってこれからの人生に多大な影響を及ぼす経験でしょう。

 

これは拙作星月の話ですが、他人に知られていなかろうが本来起こるべくして起こった事を自分勝手に変えることに彼女たちは罪の意識を背負っていきます。

今作も同一で、彼女たちは誰にも責められる事はしておらず、なんなら事故を起こす筈だった運転手達の事故を起こすという未来を消し去っています。それでも彼女たちは自分自身は悪いことをしたと思って共通の罪を背負っていく。

 

あかりちゃんの好きになったゆかりさんは「自由な人」と呼ばれていましたね。

それは自由に対する責任を持って生きていこうとする、そういう事を意識して生きていこうとする人っていう意味です。

ラスト、ゆかりさんはあかりちゃんにその「自由な姿」が愛されている事に気付いているし、それに伴った行動を起こします。

 

彼女たちは

「あなたがいて」「わたしがいる」

「わたしがいて」「あなたがいる」

そういう個人主義に倣った行動原理を持ちつつ、今ここに居る、そしていつか終わる時までの生きていく責任、並びに自分と生きていたいと願ってくれた想いへの責任を抱えていける女の子たちなのではないでしょうか。

 

そんな彼女たちの周りにいる大人も、そう生きていける、いいえ、生きていこうとしている人たちだったらいいなと願っています。

 

この小説は多分、祈りです。

彗星の如く 再編

 

 

また本を出しました!

 

11月10日にて開催された『コトノハーズフェスタ8』にて頒布させていただいた文庫本、『200マイルより先、赫耀のように』

及び、前回頒布数が少なかったため言及を控えさせて頂いた本、

『彗星の降りきる前に』

今回こちらの二点についてお話を出来たらと思います。

 

それでは感想戦、いつものように行ってみましょう。まずは200マイルより先、から。

 

今作、葵ちゃん視点で書きたいなと前々から思ってはいたので、葵ちゃん視点を軸に時たま補完を兼ねて茜ちゃん視点等を入れていきました。

 

あくまでも主人公は葵ちゃん。彼女が選択を選び取っていく訳ですが……

今回書いてて思ったのは、やっぱり葵ちゃんってかなり書きづらい、というか説明しきれない子だなあと。

※茜ちゃんの場合は目的意識がずっとハッキリと、1-2個しか彼女はずっと抱かない。だから凄く一緒に走りやすい。けれど葵ちゃんの場合は目的意識が彼女の中でも胡乱な状態であり、そもそも過ぎ去ってしまった物はもう終わったこと、と彼女は意外と……そう、以前も何かでお話しした通り、リアリストなんですよね。

これに関しては理由は分かりきっていて、自分の中で葵ちゃんという存在は自我がとても強く、茜ちゃんと違ってある程度一人で物事を決められる主体性があるんですよね。彼女の主体性というのはそこそこ意思が強固な、よく言えばまっすぐ、悪く言えば曲げれない意思を持っており、これこそが茜ちゃんを上回れる唯一性でありつつ、葵ちゃん自身が忌避している正体でもあります。

 

彼女はなあなあながらも自分一人で生きていけてしまう。

この物語の琴葉葵は琴葉茜のように一生引きずる事はあったとしても、普通に生きていけてしまう。それを薄々ながら理解している彼女にとって、全部、我儘でしか無い。傷つけを発生させかねない想いを抱いているだけに過ぎない。だって既に自己完結が生きる上で出来ているのに、そこに誰かを……いいえ濁すのはやめましょう。

琴葉葵にとって唯一、琴葉茜という一生の人生に巻き込んではいけない立場の人間を自分の欲求のためだけに巻き込む事を、彼女は、葵は良しとしない。彼女はリアリストで、茜と同じくらい自分の欲望に酷く敏感であり、一人生に対しての年数の少なさを感じ取ってしまっている。

それが琴葉葵にとってのある種、諦めのような心の縛りとして存在しています。

 

ただそんな葵ちゃんだとしても茜ちゃんの苦しみを知ったなら!!!!!振り払って走れるよなあ!!!!!!!!!!!!!

 

それが今作、200マイルより先、赫耀のようにとなります。

赫耀とは赤い煌めき。彼女たちにとって唯一の行き来の手段が200マイルの新幹線だとしても、心に持つは全てを置き去りに、いいえ、唯一の片割れを置いていかないだけの速さで追いつこうとする願いのような走りが出来るはずです。

どこまでもどこまでも走り抜けろ琴葉姉妹。空を突き抜け自分たちの居場所が台風の目になるくらいに、全てを今のためだけに過去にしてしまえるくらいに、いいや過去も未来も、全てを置き去りにするくらい速く、遠く。そんな願いを込めて書きました。

 

本作、色々な要素のツギハギに近い(と思っている)ためちょっと解説が難しいんですが、何となくでもいいので嫌さを感じてもらえたら良いなあって書いていました。

たとえば葵ちゃんの私室にはサボテンが出てきましたが、これは理想の夢に至った場合花が咲いてしまいます。サボテンといえば不器用な人でも育てられる植物として有名ですが、茜ちゃんという要素が彼女に加わった時、枯れはしなかっただけというのが葵ちゃんに対し打ちのめしてくるんですよね。

サボテンには枯れない愛なんて花言葉もありますが、彼女にとってほんのボタンを掛け知違えただけの未来では成就していた願いが沢山あったでしょう。

不貞腐れながらも連れて行かれた遊園地はきっと、一生の思い出になったのでしょう。

家事が趣味という姉が洗濯してくれたタオルや衣服からいい香りがし、アイロンや乾燥機にかかった物からは彼女の欲しかった温かみが手に入ったことでしょう。

ただ毎週、隔週出すだけだったゴミの日も姉と一緒に外に出る機会だった筈です。

料理ももしかしたら姉から教わっていたからこそ当番表があったのかもしれない。

 

葵ちゃんに突きつけられたのは、19年の歳月を持ってしても手に入らなかった未来とは、これです。

 

「嫌いにならないでなんて言わない、怒んないでなんて言わない、でも、でも、6年同じ言葉を 知りたかった、6年たくさんの初めてを知りたかった、3年努力して実る嬉しさと実らない苦し さを知りたかった、3年大人になる全部ひっくるめたドキドキを知りたかった。全部、一緒に知 りたかったけど我慢したの!!我慢して、生きてきて、でも、でも、私の体が弱かったのが悪い の、私の心が弱かったのが悪いの、でも…… っ」

 

6年、この世に生まれ、自分の足で立ち上がり、その国の言葉を覚え、喋れるようになり、字を少しずつ知りはじめ、時間を覚え、物の意味を知り始める。そんな沢山の時期が2人ではいられなかった。

6年、小学校という同年代の人と人とが繋がる時期、授業を通して知るいつかの興味に繋がるかもしれない数多の時間を1人で過ごし、もしお姉ちゃんが、もし葵がいたらと他者を知る度に幾度も夢想したでしょう。

3年、遅めながらも初めての身体の変化に不安を覚える時、傍にはお姉ちゃんは、葵はいないという事に少しずつ慣れている事に痛みを覚える時期でもあるかもしれません。中高一貫のため彼女たちは先んじて受験をしていたのかもしれません。そんな沢山の不安の中でもやはり自分一人。勉学の難易度も上がり、思った以上に自分の努力が実らずに悔しさに似た苛立ちすら覚えた時期もあるかもしれない。

3年、心が少し落ち着き始めた最中、周りが恋などを知り始めた時期、ずっと想い続ける相手へ恋なのかどうか悩む時期すらあったかもしれません。心で分からないことが今までよりずっと増えたかもしれない。

19年というのは……葵にとってずっと想い続けた時間そのもの。

 

そして同タイミング。茜ちゃんはあくまでも葵ちゃんと過ごした日々をスマホを通して知ったに過ぎません。

※理想の夢の茜はどこかのタイミングでまた現実の自分が入れ替わるであろう事を想定し、メモを自分たちのために残している

この理想の夢では琴葉茜はきっと葵ちゃんがなぜ入院に至ったのか突き止め、その上で問題解決を図れたのでしょう。ぎこちないながらも再スタートさせた日々。きっとそこには葵ちゃんにとっての理想だけでなく、茜ちゃんにとっての理想も混じっているでしょう。一緒に、いいえ、自分にとってだけでなく彼女のために使うことを想像した家具。病院で一緒に泊まりたいなんて言っても叶わなかった過去があるからこそダブルベッドにはきっと子供にとっての二段ベットのように羨望があったでしょう。彼女に食べてもらうご飯だって、茜ちゃんにとって健康を考えた日によった献立があったはずです。

 

なのに、突きつけられたのは自分の作った記憶のないご飯においしいと、涙をなんとか拭った後の顔で笑みを浮かべる妹の姿。

互いにここのシーン、ズタズタで、嫌で、嫌で、どうしようもない場所として上手く作れたでしょうか。

僕はここのシーン最低最悪に作れたと思います。ハハ。

 

ここ、2人はまだ未来を諦めていないんですよね。いつか必ずと、互いに願いを持っている。だからこそ2人は余裕が無くなってしまう。

なぜなら2人が思い描く願いが叶った時にあるべき景色とは、彼女たちにとってひとえにたゆまぬ努力をした結果の物として欲しいのであって、簡単にポンと出されてしまえば自分自身の否定に繋がるから。

 

十で神童~云々はコロンブスを考えていました。

これが正しいと教わってきたはずなのに、今では違うと言われるどころか180度真逆の事をきちんと知識として知っていなければ、義務教育の内容全てを把握していなければ後ろ指を簡単に刺される時代となりました。

皆さん覚えていますか?食塩水濃度の計算を。またはミシンの使い方を。または48都道府県の位置名称及び特産を。または英単語の比較級、最上級を。または漢字の部首や書き方、熟語の構成を。またはまたは……

全部常識らしいですよ。怖すぎますね。

 

そんな中茜ちゃんはせめて一人には正しくあろうと、誠実であろうと努めていると書かせていただきました。それは多分、凄く難しいことだと思います。分かった上で彼女はそれを言っているのがどうしようもなく愛おしいですけれどね。

これを愛と呼ばずしてなんと呼ぶのでしょう。

 

もう一個のシーン、最終章の灯籠を流すシーンについて語らせてください。

ここ、葵ちゃんは目を瞑って祈る茜ちゃんを想像し、茜ちゃんは静かに眠ってしまっているんですが……。

茜ちゃんが葵ちゃんの横で眠っている時って、基本作中では式後の夜なんですよね。つまりは彼女にとって祈りとは死後の葵ちゃんの隣で眠ること。

逆に葵ちゃんにとって祈りとは隣で眠る茜ちゃんの姿。

正直2人の関係性にもうこれで答えでいいですか……?思って書いてたんですが、夢ラスト

 

「もう、夢で死ぬのはこりごりかも」

 

これは

「うちは、好き。葵の事が、好きなん」

への返答として……今でも分かんないな。でもこの夢という互いに共通した過去の場所で言う物としては最適解かなと思いました。

月が綺麗ですね、私死んでもいいわ、このまま時が止まればいいのに……沢山ある中で何かを模した答えではなく、この場に辿り着いた葵ちゃんだからこそ出せる言葉

「もう、夢で死ぬのはこりごりかも」なんじゃないでしょうか。加え最後の

「今日バイクの後ろに乗ってもいいよ」という言葉。これって台風の目の真っ只中、加え彼女は浴衣を着たまま。事故が起きかねない中連れ去って良いという言葉だと思います。

多分この作品はまだ、恋も愛も始まれてすらいない、でも愛は確かにあるんじゃないでしょうか。

 

「――まぁ、すぐ追いつくよ」

「……ちゃんと、待ってるからね」

 

これは葵ちゃんが目を開いてしまった時、ちゃんと茜ちゃんが子供の姿から追いつけて隣に、対等になれたタイミングのセリフだと思います。

彼女たちはリアルタイムでこそ同じ時間でも、精神がやはり夢のせいでズレている。

僕はそれを魂の寿命のズレと認識していますが、多分幾星霜生まれ変わった時を過ごした時、ここのズレで彼女たちは別々の死を迎えてしまうんじゃないかなと思ってしまう。

なので2人は今生の誓いとして追いつく、待っている。そんな言葉を交わす。

どうでしょうね。やっぱりただ夢のズレ分茜ちゃんが頑張って葵ちゃんの元へリアルに辿り着けただけかも。2人にしかここは多分わからなくてもいいかもと思ってセリフだけにしました。もしセリフだけでも情景が浮かべていたならとても嬉しいです。

 

あともう一つ。これは……削った部分でもあるのですが、茜ちゃんの関西弁、作中でなるべく僕は関西弁と言及を控えています。

なぜならどの作品でも琴葉茜は関西弁を使っていないので。

ののはのでこちらに関してはかなり言及しましたが、茜ちゃんは簡単に葵ちゃんとの共通点である標準語に近い言葉を捨てるか……と言われたらNoだと思っています。だからこそ茜ちゃんのシーン、常に心情では「私」と「標準語に近い言語」を彼女自身が扱っています。時たま素が出て「うち」と使いこそすれど、彼女は「私」が心の一人称なんですよね。

そのため、葵ちゃんが正しく関西弁を聞いた場合、姉とは違うという違和感を感じ取るかと思います。

それを作中で出そうかと思いましたがやむを得ずボツったんですが……。代わりにエキストラとして関西弁……に似た言語を扱う方々を出しました。

ここ、夢なんですよね。夢で関西弁に似た言語って、葵ちゃんにとって関西弁=優しさの象徴として存在しているからこそ、出てこれた人々かなと思っています。

(今の世界って結構冷た目な人多い中でも、きっと書ければそういう人が増えたらいいななんて願いも籠もっていますが。あと冷たい人ばかりではないときっと願いたかった)

 

 

200マイルより先、赫耀のようにはこの辺りでよろしいでしょうか。

ゆづきずに関しては、葵ちゃんの力の本質は、などあるかと思いますが……それはまた別作品で!またあるのでね!

 

 

さて続いて『彗星の降りきる前に』

これはTwitterで纏めていたものをきちんと形にしたものですね。当時ZTF彗星が流れてくる状況であり、それと同タイミング、1日1話形式で作っていたものになります。

夢十夜みたいですね。(コトフェス8直前に読みふふ、となりました)

 

これは短い話のためあまり語ることはない……のですが一点だけ。

33P~ラストですね。

 

「わたしと、おねえちゃん。一緒に叶えたい願い事を言うの。三回…… 全部一緒なら、きっと叶うって」
三回全部。その言葉を境に葵の心拍数が上がる。本当に…… 最後まで妹は、私と同じでいじっぱりで、怖がりで、わがままだ。
「…… ふふ、いいよ。三回ね?」
「…… うん、三回」
ふっと互いに息を吐き出す。それから私は葵に抱きしめられていた手を離させ、右手に右手、左手には左手を合わせ、指を組むような、願い事をするときのような手の形にさせた。

 

また、葵と一緒にいられますように。
お姉ちゃんが離れても、元気でいますように。


その願いを、二つ分込められるように。
互いに息をもう一度吐き出し、思いっきり息を吸い込む。それから「「せーの」」と言葉を合わせた。
「「また元気になったら一緒にいられますように」」
「「また元気になったら一緒にいられますように!!」」
「「また元気になったら…… !!一緒にいられますように…… !!!!」

 

ここ、とても大好きなんです。まずこの作品、かなり葵と茜が少しずつ重なり合う事を意識していて、互いが互いのために願うような願いの言葉を口にします。

そうして最後、「……うん、三回」の後に

 

右手には右手 左手には左手……と描写していますが、これ正確に読み取るとおかしいんですよね。右手に重なるのは左手なので。

つまりここ、茜と葵で心理描写が重なっているんです。右手と右手を動かし、左手と左手を動かす。鏡合わせのようにお互いが重なり合うんです。

 

そうして3回同じ願いを言葉にする。

 

 

それだけで、今回感想戦を終わろうと思います。

また次は1年後に!

 

今回コトフェス8に出る機会となった熱量をいただけたコトフィル関係者様、ヒロ様、赫耀のネタとして拾わせて頂いたぼたもち様、様々な方々に感謝を。

そしてまだまだ動画や小説など、創作を続けたいと思わせてくださる沢山の関わりに感謝を。

私の何かから熱を貰ったからと言って貰えてとても嬉しいです!まだまだ色々やります!締め!

 

蒼星 外核

 

また本を書きました。

 

5月3日にて開催された『声音の宴3次会』にて頒布させていただいた新書本、『忘れ時の蒼星』略称『蒼星(そうせい)』。

今回こちらについてお話を出来たらと思います。

 

……と言いたいのですが、今作は諸事情により前後編となっており、後編はまだ先の11月頒布予定。

そのため中身に関してはざっくりと、「これから先」という部分に焦点を当てた話をさせていただこうと思います。

 

それでは前作ののはのと同じ様に感想戦、行ってみましょう。

 

 

まず本の手触り。

今回はマットPP加工(ののはのの初版と同じ加工)をカバーにさせていただいてるのですが、やっぱりいいですね……。

マットPPは感触がほんのり人肌に近くすべすべしており、手触りが正直好きです。触れてる、という感覚の体験がかなり強いので。

それはそれとして、今回は締切がののはのの時とは大きく違い、3週間ほど前倒しの状況になっていました。そのため二版で行ったベルベットPP加工を断念しています。(本当は今回もベルベットにしたかった)

前編と後編、今回はギミックとして2冊両方を持っている場合に……という体験を用意しているため、ベルベットPPに関しては通販含め行わないと思います。(ある程度共通の体験を手に入れた人にはしてほしい、というのが今回に限っては強いため)

それでもマットPPは妥協した、みたいな気分にはならず、本当に良い手触りで凄く好き。撫でたくなるような質感と、イラストの質落ちがし辛いのが加点ポイント高いです。

 

そして見た目。

今回もナごと先生にお願いして描いていただきました。

表紙

めちゃ良です。(後編へのネタバレがありすぎて多くを言えなさ過ぎる)

今回お願いさせて頂いた表紙のテーマとしては

『結月ゆかりが最も欲しかった、その上で手に入らないからこそどうしようもないほどキラキラと美しく』

です。

本作、忘れ時の蒼星は『土台』がどこまでいっても付きまといます。

それはなぜかと言えば主人公たる結月ゆかりには踏む足場すらない、謂わば宙に投げ出された状態でただ死を待つ(※1)だけの存在だったからです。

 

本作結月ゆかり、偽名結月雫は一章の時点で判明しますが、両親を最悪な形で亡くしています。ゆかりはそれに対し「私がパパとママを殺した」と前編ラストまで幾度となく明言しており、ゆかりにとってこれから先、何があろうとその一点は揺らぐことのない、心に刺さった釘のような物となっています。

ですがその釘は紲星あかり、偽名紲星かがりが出会った時点で錆となり、毒としてゆかりの思考と心を侵していました。

元来のゆかりはまっすぐ、朗らかで、自信に満ち溢れた強く、優しい少女です。

しかしプロローグ~一章、そして前編終幕までの間、その姿は垣間見えこそするものの、どちらかと言えば自我を守るための防衛的行動……端的に言えば幼子に近い行動をあかりに対してしていきます。

この様子を踏まえ、話を進めていきましょう。

 

まずプロローグ。

結月ゆかりは極度に会話が出来ない状態になっており、謂わばゲームの選択肢式の会話を想定した話し方しかできなくなっています。

それは両親の死に対し『自分の発言』が結果として関わっているため。

 

一章 P51-52

「葬式の日、私はたくさんの憐れみ、と言えばいいんでしょうか。そんな目を向けられました。幸い祖母が健在だったので施設とかそういうのは無かったですけど、それでも父と母をいっぺんに亡くした子供というのは、やっぱりそういう風に見られます。それがきっと普通なんでしょう。でも私はあの日、その雰囲気が吐きそうなほど気持ち悪かった。だって、だって違うんです。パパとママが亡くなった本質的な理由は、不憫とか不慮とか不運とかそういうものじゃない。そうじゃないんです。なんで頭のいいパパとママがあの日に、自分たちの車で帰る事を決めたかって、選んだかって、私のせいなんです。私が、パパとママに選ばせたんです。パパがクリスマスには帰るって言ってくれてたのに、私は誕生日は家族で過ごすものだって、そうパパとママが前に言ってたってごねたから、だからパパは無理して仕事を終わらせて帰ろうとして、ママだって仕事が忙しかったのにパパを迎えに空港までいって、豪雪によるホワイトアウト?違うの。路面凍結による事故?違うの!私が、私がパパとママの運命を変えたの、私がパパとママの命を奪ったの。私が、パパとママを殺したの。 ―― だから、私は皆にそう言ったんです。私が二人を殺したんだって。私は被害者じゃない。私が、私の責任で、二人は死んじゃったんだって。…… それから、ずっと一人で過ごしています。みんな、私に近寄らないので」

―― でも。そう言葉を付け加える。
「自分で選んだのに、自分で招いた事なのに、言ってはいけないと、口にしてはいけないと、思ってはいけないと分かってるのに、分かってるのに…… 苦しいんです。こんな自分は誰とも関わっちゃいけないと思って一人でいるのに、家に帰るたびに苦しくて、胸が痛くて、身体が寒くて、こんなこと、私は思う資格なんてないのに、
それでも―― 」

――寂しい。ああそうだ。私、寂しいんだ。ふっと浮かんだ言葉は、心にストンと落ちた。その言葉が浮かび安堵した瞬間、身体が浮いてしまうんじゃないかと思うくらい強く引き寄せられ、次の瞬間にはもう、隣りにいた彼女に痛いほど強く、強く、身体の芯が折れてしまいそうな程に強く、抱きしめられていた。

 

そう、物語の始まりからゆかりは死を引きずり続けているのです。

中学1年生のゆかりは一人、ずっと両親を亡くしてからの一年間、両親が死んだ原因と向き合い続け、両親の死を直視しようとしている。

にも関わらず、結月ゆかりは両親の死と向き合えたことはありません。

※ゆかりはあかりへと作中の色んな所で両親の死後に関する一年の話をしますが、ゆかりにとって実家たる家には仏壇が無く、葬式も最後までその場にはきっと居ることは出来ず、墓参りもできていない。

 

三章 208P

私はその手を握り返しながら、言葉を選び続ける。
「篝さんに教えた通り、私はパパとママを殺しました。…… そんな怖い顔しないでください。やっぱり私の中でそれはずっと、変わらない事なんです。私が生きてる限り忘れもしないし、毎日でも思い出すことなんです。…… でも正直、本当は、結構しんどくて。だってパパとママが生きていた頃の記憶は家にも、この街のどこにも、無い所が無いんです。少しずつ霞んでいくのかなって思ってたけど、声も表情も、香りも仕草も、思い出せる場所しか無いんです。パパとママに謝りたいって思っても、家には仏様もいないし、一周忌があるって分かってても呼ばれることもなくて。あ、篝さんは49日って知ってますか?追善供養ついぜんくよう
って言うんですけど、人が死んでから49日間、毎日お参りするんです。天国に行けますように…… って。今の時代だと毎日なんて難しいから、49日目にお参りするのが普通らしいですよ。私は、何にも出来てないですけど」
ぎゅ、っと手が痛いくらいに握られる。また自暴自棄になり掛けていた訳ではない。私は、この一年を彼女に
知って欲しいのだ。何がずっと、私は出来なかったのかを。

 

上記でゆかりは追善供養の話をしていますが、なぜ彼女がそれを知っているかと言えば、両親の死と向き合うすべを調べたからでしょう。

本作結月ゆかりは非常に利口な子です。作中でこそ精神的に不安定な幼子の姿を多々見せますが、自分が今のままではいけない、両親のためを思えば前を向き生きていかなければいけない……そんな答えにはとっくに辿り着けている筈です。

 

ですがそれ以上に誰も手を差し伸べないどころか、両親の死と関われる機会を遠ざけているのがゆかりの周りの大人達。

もう少しゆかりが大人だったら、もう少し先の話だったら彼女はきっと乗り越えられていたかもしれません。でもそうはならなかった。

中学一年生というゆかりにとって多感な時期の始まる前に、それを支える土台は消え去り、ゆかりは助けてという言葉も失い、両親を亡くした日の象徴として雪をもトラウマとして持ち、ただただ無為に死を見つめ死を待つだけだった子。それがこの時の結月ゆかりでした。

 

ゆかりにとってそれはひとりぼっちで宇宙に放り出され、転んだまま起こしてくれる人も、自力で起き上がることも出来ずただ足掻いて残りの酸素を消費するだけ、そんな孤独に包まれた失意の状況だったでしょう。

けれどそんな状況でも彼女は誰かを恨むことはせず、やはり憎み、恨み、傷つけようとしたのも自分という存在に対してだけでした。

 

そんな中、彼女の前に現れたのが紲星かがり(偽名)

 

☆ 224P

―― だけど。
「…… 私は多分、あの子に対して何があろうとする事も言う事も変わんなかったですよ。あんな子、放って置いてるほうが、ふざけてます」

 

二章 101P

彼女の……ゆかりさんのご両親は、私に何を思うだろうか。その立場を一瞬でも奪う私に、盗っ人とでも蔑む
のかもしれない、ありったけの罵詈雑言を、いつか私に訴える日が来るかもしれない。そう遠くない未来を想像するだけで胸を酷く締め付ける。
「ねえ、雫さん」
しかし、それでいい、それでもいい。
「お腹、すいたでしょう?温かいの、用意したんです。ちょっと作りすぎちゃったんですけど、一緒に食べま
しょう?」
私は決めたんだ。もう、彼女に何も失わせないと。彼女が望むのなら、彼女がしてくれた全てを尽くす事を。
「ご飯を食べたらこれからの事も話しましょう?必要なもの、きっといっぱいあると思うんです。それに雫さ
んの事ももっと、沢山のことを知りたいです」
だから、どうかお願いだから――

「どう、でしょうか。雫さん」

―― 今だけは、彼女を誰よりも愛することを許してください。

 

二章 109-111P
「ご両親にとっていっぱい食べて欲しいと思うのは、雫さんに大きく育って欲しいという愛情そのものです。でもそれだけじゃなくてきっと、健康にも育って欲しいと思うんです。…… 雫さんにアレルギーが無いと分かってるのは、ご両親がそれだけ沢山の食べ物を雫さんの口に一口だけでもと触れさせてきた、そんな努力の証だと思います。同じ様に、雫さんにとって苦手な食べ物が分かってるのは、雫さんに健康であって欲しいと願って身体に良い食べ物を沢山雫さんに触れさせてきたから。…… 雫さんはどんな食べ物が苦手ですか?」
紲星さんの質問に言い淀むが、彼女は「大丈夫ですよ」と言ってきたため、ちゃんと伝えることにする。
「…… ピーマンと、玉ねぎ」
「ふふ、私は人参が苦手です」
「えっ?」
人参、こんなにごろっと入ってるのに?そう思い思わず声を上げてしまうが、紲星さんはスプーンで人参を
掬い上げ、ぱくりと口にした。それからゆっくり咀嚼してから飲み込み、また話始める。
「私、一時期本当に食べ物がお腹に入らない時期があって、正直食事そのものが苦手だったんです。でも、少しでも多く、少しでも身体に良い物を食べさせたがった人がいて、こうやって苦手な物が入ってても食べれる調理法も、必死に考えてくれたんです。雫さんのあげた料理も、多分一緒だと思います。ご両親が雫さんの大好きな食べ物、身体にいいけど苦手な食べ物を見つけて、その上で雫さんに両方食べて欲しいから、小さく刻んで混ぜ込んでたり、溶け消えるくらいに煮詰めてたり、気付いても気付かなくても、それを雫さんがいっぱい食べてくれる。それがきっと雫さんの知ってる『家族みんなで食べるご飯』だと思うんです」

―― ねぇ、雫さん。と紲星さんは言葉を続ける。
「私も、雫さんにいっぱいのご飯を食べて欲しいと思っています。それはご両親の想いとは少し違うかもしれませんが、でもする事は一緒です。雫さんにおいしいと思ってもらえる物を作って、その上で雫さんが日々健康に生きていけるような、栄養のある物を食べて貰いたい。なんでかって…… 料理はおいしいと言ってもらえたら、安心出来るから。付け加えるなら、雫さんにおいしいと言ってもらえたら、とても嬉しいからです。作ったものを口にして貰えないのは、とても怖い事です。だって口に入れて貰うというのは信頼が必要で、信頼が欠けたら生きる糧を口にしてもらえなくなってしまうから。―― 雫さんのご両親も、同じくらい悩んで、日々ご飯を用意してきたはずです。そうじゃなきゃ雫さんの口から『家族みんなで食べる』なんて言葉、出てこないと思います。きっとそれだけ…… 雫さんに伝わっていたくらい、ご両親は大事にしていた部分だと思うから」

―― だからね、雫さん。息を吐くように、紲星さんはまたふわりと笑う。
「あなたが食べてはいけないものなんて、何一つ、決して無いんです。これから雫さんは、そうやって沢山、沢山嫌でも向き合う物が出てくると思います。だってそれだけ沢山、ご両親はあなたに多くの物を遺していってしまっているから。与えたもの、与えきれなかったもの、与えたかったもの、その全てをきっと、知っていく日が来ます。でも、そのどれもがあなたを確かに愛し、慈しんだ全てだから―― 怖がらなくていい、不安にならなくていい。あなたは、受け取るべきです。これからご両親の事を、きちんと知るために」

―― それにね。雫さん。と彼女は同じ様にしんしんと語り掛けてくる。
「私、雫さんと一緒にカレーを食べたいです。ご飯はやっぱり、誰かと一緒に食べた方が、ずっとずっとおいしいですから」

―― どう、でしょうか。

 

 

二章 131-132P

「雫さん」
「…… はい」
彼女の呼びかけは変わらず酷く優しげだった。扉の向こう側なのにやはり、彼女の声はずっと凛と響き聞こえる。
「私、あなたを愛しています」
「…… は、い?」
だからこそ耳を疑った。決して聞き間違えではない、彼女の言葉に。
「何を言っているか理解出来ないと思います。でも私、これからもあなたに嘘を吐き続けるからこそ、ここだけは信じて欲しいので言います。…… それを前提に聞いて欲しいのですが、私はあなたと一緒にいられるだけで嬉しいし、たった一言の会話でも春の日向のように暖かさを感じます。あなたが悲しんでいるなら涙を拭ってあげたいし、怒っているなら抱きしめたいとすら感じます」 

 

三章 185-186P

「昨日伝えたように、これから雫さんは沢山、沢山向き合う物が出てくると思います。それは云わば成長痛のようなもので、雫さんが一年間止めてしまっていた時間分、嬉しいこと楽しいこと、悲しいこと怒りたくなること、その全てが一人で処理できないくらい、わっと一遍に雫さんは感じてしまって、きっと心はぐちゃぐちゃになってしまう機会が沢山あります。雫さんは人一倍目が良いので、きっと遅れを取り戻すように頭も、心も、身体もどんどん大人になろうとしていきます。でもそれは本来小雨で当たるべき痛みや苦しみが、バケツをひっくり返すようにあなたに降り注いでしまうのと変わらない。癒える筈の小さな傷も、消えない傷として遺れば違うものになってしまう。こうやってたった数日でも何度も私達は衝突していますが、私は雫さんがやりたくてやっている物ではない、というのは理解しているつもりです。それだけあなたは周りをよく、しっかりと見れています。見過ぎて億劫になってしまう程に」
紲星さんは頭を撫でるのをやめ、私の下がりきっていた両手を掴み、両手で包むように握る。
「私は雫さんを支えられたらと思っていますが、あくまでも精神面、健康面でしかあなたに関わることは出来ません。どこまでいっても、やっぱり私達は他人だから。でもね、雫さん。雫さんが必要以上に感情の琴線に触れてしまうのは、私を通して雫さんが欲しかったご両親の何かを求めてしまっているからだと思います。それは私としては…… どちらかと言えば嬉しいです。そういう風に想って頂けているのも、凄く幸いです。だからこそ私は、雫さんに冷たく、火傷してしまうような正しさでも口にすると思います。それは雫さんが必要以上に傷つく日が来ないための麻疹みたいな物ですが、それでも私の言葉に傷つかないでとは言えません。なので…… 私の言葉に対し、雫さんが言い過ぎだと思ったり、怖かったと思ったら口にして貰いたいです。私はやっぱり、どこまで行っても親を経験したことはないし、お姉ちゃんの記憶を元に理想の年上をしようと努めているだけに過ぎないから、雫さんにとって100の本来傍にいるべき大人をやれる訳では、どうしてもないから。…… だから、ええと…… 」 

 

多く、本当に多く台詞がある中、一部を抜粋させていただきました。

偽名を使うあかりはゆかりに対し『他人』と言いつつ、ゆかりに対しひとえに誠実であろうとたくさんの言葉を重ね、異常なまでに多感なゆかりと衝突し続けても、言葉を紡ぐ事を決して諦めたりしません。

 

そんなあかりに対し、ゆかりは酷く頭を悩ませます。

私は謎に傍にいてくれる彼女に何を望んでいるのか、と。

あかりはゆかりへ『愛している』と理由を言いこそすれど、想いをゆかりに理解してほしいといった行動を取るわけでもなく、『他人』であるという言葉を使い、ただひたすらに結月ゆかりが一人で立ち上がれる状況を構築していこうとします。

それはまさしく足をつくための『土台』が消失してしまっている結月ゆかりにとって必要な物でありつつ、ある種紲星あかりに依存しかねない状況にも関わらず、あかりは一定のラインを元にゆかりとの関係を保とうとするため、

ただゆかりが辛く苦しい時は、涙尽きるまで抱きしめ

ゆかりが何か悩み恐れる時は、ゆかりにとって最も必要な答えを模索し

紲星あかり自身が心情で明言している通り、そのやり取りは『家族かつ親』の在り方に近いものです。

 

けれどゆかりはあかりに対し親代わりを望むことを言葉でも心情でも拒否しています。

前編中、結月ゆかりと紲星あかりは数え切れない程衝突を繰り返します。しかし全く同じ衝突はしていません。

なぜなら一度の衝突でゆかりはあかりの事を理解し、またあかりはゆかりの在り方を理解し、互いに何が誤解なのか、何が衝突の原因となったのか、何が本来緩衝材として存在し、自分に足りていなかったのかetcetc……衝突のタイミングで二人は大抵近いやり取りを行い、衝突が起きないすり合わせをしています。(しきっている訳では決してない)

あかりは鯛焼き喧嘩の際、ゆかりへの叱りを途中で切り上げます。それはあかりにとってゆかりとの衝突とはあくまでも対処療法に近いから。

 

後編へ差し込んだ話となってしまいますが、紲星あかりは結月ゆかりと長く一緒に居られると思っていません。限界値として精々半年、というのが彼女の見込みとなっています。

そのためあかりは半年で自分が存在として居なくなっても、結月ゆかりが最低限生きていける未来を想定して動き続けています。

つまりあかりにとってゆかりとの衝突は既に衝突出来た時点で達成事項が存在しており、もし自分以外と同じ衝突をしそうになっても思い出し踏み留まれる、思い出し俯瞰した挑み方を出来る……。

 

後編に何が携わってるかと言えば、結局あかりがしていることは自らがゆかりにとっての踏み台として、『土台』代わりとして存在することに他なりません。

 

そんなあかりに前編を経て成長したゆかりが、立ち上がり方をようやく知り後編へと進む事が出来たゆかりが、あかりのそんな在り方、関わり方に肯定できるかと言われれば……

 

だからこそゆかりはあかりに関係として何を最も望んでいるかを悩みます。

愛とは何を持って証明とするのかを考えます。

彼女にとって、ゆかりにとって独り立ち出来た時、最初に向き合う事になる存在は紲星かがり(偽名)。

 

 

―― 大丈夫。そう、今の自分に、心で言えた。


「私、頑張るから、生きて、ちゃんと生きて、あなたにも、パパにも、ママにも、抱きしめられた時に自分なんかが、って、思わなくて済むくらいに、思わなく出来るように、頑張るから、友達作ったり、勉強も運動も頑張ったり、将来とかよくわかんないけど、でもあなたの『愛してる』って言葉にいつか、私なりの答えを出せるように、頑張って、生きてみるから、だから、だから、だから…… っ!お願いします…… っ私の傍で、私のこと…… っ、見守っててくれませんか…… っ?」


あの日、篝さんと明日と約束した場所。その場所で私は頭を下げた。

 

 

忘れ時の蒼星・前編は全てが土台です。本当は後編と分けたくないくらいに土台です。

この言葉をあかりへと告げるまで辿り着けた結月ゆかり雫を、出来ることならあかりと同じ様に見届けてもらえたら嬉しいです。

 

冬のダイヤモンド

 

物語に出てくる子は、きっとこの物語をバッドエンドと言うでしょう。

ですがハッピーエンドを諦める子達ではきっとない。

どこまでも弱く、それでいて強く在れる子たちの話をよろしくお願いします。

 

後編予定:11月ゆかりコレクト

件の燃えている物

※あまりにも心に引っかかりすぎてアレなので、吐き出す目的として書きました。

 

件の炎上、麺処きずなに関してですが、アレの問題点というより火元は至ってシンプルで

物販品の絵柄が立ち絵公開されている作者様の立ち絵に似せて作られている。

この一点だと思います。

そう、責められるべきは本来ここだけであり、対応が後手に回っていたり謝罪文が雑だったり加害関係者全員が悪手を取っている事を除けば、そこまで大きなごたつきにはなってなかった件でした。(炎上はしただろうけど)

 

ではなぜここまで炎上が長引いているのか。

結論から言ってしまえば、元々火種になりうる物が数多く存在していた。

これに尽きるかと。(問題はシンプルだけど人間感情はそんな簡単じゃない)

 

まず麺処きずな。こちらのスタートから振り返っていきましょう。

 

―1―

麺処きずなは2023年12月、ニコニコ生放送『結月ゆかり・紲星あかり誕生日ライブ』グッズ展開情報の場にて初出しとなりました。

初出しの内容としてはほぼ語るものはなく、ビジュアルアートのみであり、どのようなグッズが出るのかは未定のままでした。

 

内容としては

・麺処きずなというグッズを出すよ。

・イメージのあかりちゃんは(ビジュアルアート)ゲル氏。

・販売はCHARAZZ。

※株式会社HIKEが運営するブランド名。別にVOICEROID関連だけを扱っている訳では無い。これまで出したものだと、琴葉姉妹やゆづきずのジュエリー、香水やもぐもぐ姉妹などもここ。っていうか高い商品は大体ここ。

この時点ではビジュアルアートがとても可愛いのもあり、非常に高評価だった。

(筆者は別に興味はなかった。可愛いのは同意。ただ紲星あかり×ラーメンはよく嫌な展開が多かったので寧ろ好きではなかった。コメントでも既にニンニク関連があったので)

※これまで既に別運営会社ではあるが、ゆかりさんやあかりちゃんの髪を模した素麺など販売されていたため、まぁラーメンの麺やスープでも販売するのだろうって感じだった。あとはビジュアルアート関連のキーホやアクスタ。

 

―2―

そして年は明け2024年1月末、続報……というか販売が確定してすぐの情報が2段階目で発表される。

ここが色々ごちゃごちゃしているので整理して行こう。

・1 『麺処きずな』の商品として

 どんぶり(問題となるイラスト)

 八角皿&れんげ(問題となるイラスト)

 ロゴ入り服(オリジナルロゴ)

 ロゴ入り前掛け(オリジナルロゴ)

 +α 購入者特典ポストカード(ビジュアルアートイラスト)

以上ざっくり4点が物販開始される。

更にここから同時タイミングにて

・2 『麺処きずな』×『ドカ食い気絶部』とコラボという形で

 アクリルスタンド(問題となるイラスト)

こちらも物販開始される。

更に更にここから

・3 『ドカ食い気絶部のmini』×『実際のラーメン店舗であるKOENJIじゃぐら』とコラボ

 ラーメンコラボメニュー(問題となるイラストを使用したどんぶりが使われる)

も実店舗販売が開始される。

 

これに関してはCHARAZZのページが分かりやすく分けてあるのでそのまま引用。

CHARAZZ SELECT 麺処きずな オリジナルグッズ

 

さて、ここで先程から赤字となっている部分。ここが問題となっている点ではあるが、実際問題そんなのは後々の事だ。(絵柄似せている事に気付いて当の元絵作者のページに行ったら商用利用禁止の一文が目に入ってまたかとは思ったけど。)

なぜ後々かと言えば、ここで既に不満が噴出していたため。

ざっくりと言えば勘違いではあるのだけど、勘違いでも無いのが大問題だった。

 

何が勘違いという話なのだが、先程から挙げる(問題となるイラスト)という一文、上記1.2.3全てに入っているのが分かるだろうか?

要はこの(問題となるイラスト)は3にて出てきた『ドカ食い気絶部のmini』

You Tubeやニコニコなど動画活動する際に使用されているものであり、また、アクスタには印字されている台詞があるのだが、それもまた氏が使用する台詞まんまのため、実質ドカ食い気絶部のmini』のために用意されたグッズ展開に見えやすい。

 

加え、広報が全てド下手。

下手、下手、下手!!下手くそ!!

(ええい俺に貸せ!!)

 

―3―

『―2―』にて記述した通り、今回の『麺処きずな』は商品展開を3つに分けて行っている。……のだけれど、(問題となるイラスト)が全てに使われているという事を念頭に置いた上で、広報の仕方を見ていこう。

 

まず『麺処きずな』は『紲星あかり』の二次創作であり、『―1―』で説明したように公式から初出しのグッズ展開として生まれている。

※尚二次創作のため公式ではない。しかし公式から最初に発表されている。

(まあこの界隈ではいつもの事だ。公式自らグッズは出さず基本監修という形が多い。それが良いか悪いかは置いておいて皆認めていた。)

 

そして『―2―』でも同じく、公式と同時発表のような形で

・公式(ボカロマケッツ)

・CHARAZZ(NIKE

・ドカ食い気絶部のmini氏

・実際のラーメン店舗であるKOENJIじゃぐら

から一斉に『―2―』の内容が発信される。

 

……先程から何度も言っているように、『麺処きずな』の情報は12月に公式発表されただけであり、ビジュアルアート(ゲル氏作)の物しかなかった状況。

唐突に情報を出したかと思えば、全てに『ドカ食い気絶部のmini氏』関連の(問題となるイラスト)が使用された物があり、肝心のビジュアルアートはポストカードたったの一枚

 

ただの動画投稿者とコラボした公式案件じゃねえか!!!!!!

※実際は違う。なぜなら『麺処きずな』は二次創作であり、『麺処きずな』×『◯◯』のコラボは三次創作だ。そのどちらも公式は監修(確認)のみの携わりのため、公式は関係ないのだ。

でも1月30日現在、違くは無くなってしまった。(公式がやらかしたため)

 

―4―

火種と最初に述べたが、この界隈は――便宜上VOICEROID界隈と呼びましょうニコニコ動画タグにてVOCALOID=全ての歌唱ソフトに繋がるような物)

VOICEROID界隈は所謂『うちの子』システムを採用している人は少なく、『みんなで共有』システムによって大きく成り立っていました。

 

何かと言えば、

琴葉茜はエビフライが好きであり、

琴葉葵はチョコミントが好きであり(ヤニカス)

紲星あかりは大食い、

結月ゆかりは顔が良い(女喰い)……。

 

各々これ以外に読者も浮かぶものがあると思います。恐らく全キャラ付与されてきているので。(これも良い悪いは置いておきましょう。選択するのは各々のため)

 

この『みんなで共有』がミソであり、基本的に絵師、動画投稿者全てにおいて伸びた人間の特徴は多くここに取り入れられてきました。

解釈の一つとして? いいえ、みんなのものとして。

(良い解釈と思って勝手に持ってくな。一言添えてから持ってけ。仮にも創作者だろ。)

 

何の話をしているかと言えば、『みんなで共有』意識に対して公式が落とす一滴というのは絶対に等しい。

つまり『麺処きずな』の内容……悪路的に解釈するが、『ニンニク大好き!ドカ食い気絶するのが好き!ラーメン大好き!』

※ドカ食い気絶とは:短時間で過剰な食事を接種することで血糖値を急上昇させ、それによって疲労感や急な眠気を感じ、気絶するように眠る事。

そういった解釈を今回公式アナウンスで落とされたという状況が出来上がってしまっていた。

 

―5― 火種1

『―2―』にて上記の内容は公式ではない、誤解であると述べたが、『―3―』にて記述したように、

『それぞれが』『一斉に』『広報を思い思いの形で行った』ため、ファンの大半は

『公式と特定動画投稿者がコラボした』と誤解する事になる。

(なんで全部に特定動画投稿者要素を入れたんだ……?)

 

正直、これに関しては毎度の事。

そのためいつもの事だと流せる――人は少なかった。

なぜなら欲しかったのはキャラグッズやキャラ直営のコラボであって

特定創作者のネタが混じった紲星あかりではなかったから。

 

初動の批判……とまでは行きませんが、この界隈は『―4―』で伝えた通り『みんなで共有』が基本的資本となっています。

そこにはある種善意だけで成り立っている『雰囲気』というものがあり、絵や歌、動画や声質など『大本たる◯◯というキャラクター』にミックスして、各々が好きな◯◯を取り出していく。

 

要は人気のいい所取りを全員でするのがこのVOICEROID界隈に根付いているあり方。

なのに一番の根っこである『公式』が

『ニンニク・ドカ食い気絶・それを主導している投稿者』をぶっかけて来るとなると、やめて!!と声を上げる人が出てきてしまうのが自明の理でした。

 

ただし!!

『―3―』の最後で述べた通り、

『麺処きずな』は二次創作であり、

『麺処きずな』×『◯◯』のコラボは三次創作だ。

そのどちらも公式は監修(確認)のみの携わりのため、公式は関係ないのだ。

 

だからこの話はここで終わりなんだよ。そう、終わりにできた筈だったんだよ。嫌いなら嫌いでいいし、興味ない人もまあラーメン食っておしまいでよかったんだ。

現に苦しさから愚痴が漏れてしまっていた方々も、『麺処きずな』への理解。

(酷い広報内容を訂正する方々のTweetも多く正しい理解が進んでいた)

そしてノットフォーミーの精神がきちんと出来ている。出来ていた。

(何度も言うが良くも悪くもあまりに自由過ぎる界隈のため、こういうのは多々ある)

 

―6― 火種2

めんどくさいのでそのまま引用。

 

これは結月ゆかり・紲星あかり公式代表者の発言である。

1~5まで何度も記した通り、めーちゃくちゃ広報をミスっているのだ。公式は。

その上でまぁ、うん、憶測に過ぎないが、

「嫌だ」と怒っている人が何に怒っているのか理解しておらず

そして広報が失敗して大勢に誤解を生みまくって、更にそこから情報を知った人がまた誤解をし……という悪循環が起こっていた事を理解していなかった。

 

だからこそ公式代表は渦中の中「二次創作ですよ」「公式じゃないんですよ」「公式グッズはこちら!」と見当違いの事を言い続け、見かねた人が説明をした際に上記の発言に至ってしまった。

(こちらも憶測に過ぎないが、どれだけ公式ではない発言をしても大勢が誤解しており、疲労が溜まった結果だろう。擁護は出来ないけれど代表者も理解して欲しい部分があったのかもしれない。見当違いの事しか言わなかった後に逆ギレの様な発言をしてしまったため、結果火種になってしまったが……。

(代表者の発言よりも、自分の周囲や既に広報されてる事の方が当然目に入るからしょうがないとは思う。伸びやすさも広報の方が伸びる。だって伸びている物が視界に入るように出来ている世界だから)

 

―7― 火種3

既に『―5―・―6―』と火種を撒きつつ、最初に記載した問題へとようやく話は進む。

物販品の絵柄が立ち絵公開されている作者様の立ち絵に似せて作られている。

(この界隈は立ち絵文化があるため、よく立ち絵に似せて描く人や、似せて描いて欲しいと依頼する人がいる。……いるのだ。これに関しても良い悪いは除外。いいとする人もいれば駄目としている人もいる。そして駄目なのは静かに断られて表には出てこないことが多い。)

これが……筆者含む何人かは

「これ元の立ち絵商用利用不可ってあるけど、OK貰ってるのか……?貰っててくれ……」

そう祈ったことだろう。

 

な訳なかった!!!!!!!

 

アングラな場であればお目汚しはあったかもしれない。実際それがまかり通りまくってる界隈なので。(なんなら1回だけお目汚しがあったらしい)

しかし公式と誤解されまくる広報の最中、

「なんで立ち絵が本来の作者が描き下ろしたものじゃないんだ?」

そう疑問に思った人はいる。火種1,2と荒れている中、当然本来の立ち絵作者の目に入る。

 

🔥!!ボン!!🔥

 

 

※公式案件ではないけど、公式が強く宣伝する企業(CHARAZZ)が売っているなら大抵の人間は「なんでいっそ依頼しないんだ……?それか一言くれればよくない……?」となると思う。アングラな場ではなく、表に出すものなのだから。

 

 

―8― 火種4

あんまり書きたくない。備忘録。

本件は土日を挟んだ嫌な炎上でした。

そのため各々が謝罪文を出す必要がありました。

・公式(ボカロマケッツ)→監修を謳いつつ出来てない。代表者の逆ギレ発言。

・CHARAZZ(NIKE)→企画は別に良い。けれど企画の広報の仕方や、企画内容にて確認すべき人間がいるかの確認不足。

・ドカ食い気絶部のmini氏→CHARAZZに同じく、企画内容に賛同する際確認すべき人間がいるかの確認不足。炎上後の無理筋な火消し行為による油注ぎ。

 

大まかに挙げるとこんな感じ。なので各々謝罪文が変わるっちゃ変わるんですけど……。

土日越え月曜日、きちんとした声明文を出したのは『公式』だけでした。

 

CHARAZZとドカ食い気絶部のmini氏はそれに乗っかるだけのRTだけし、結果

「公式ではないですよ」と言っていた『公式』だけが謝罪をするという謎の事案に。

 

 

ただの動画投稿者とコラボした公式案件じゃねえか!!!!!!(二度目)

※本当は違う。なぜなら『麺処きずな』は二次創作であり、『麺処きずな』×『◯◯』のコラボは三次創作だ。そのどちらも公式は監修(確認)のみの携わりのため、公式は関係ないのだ。(笑)

 

 

あと、謝罪文が主に立ち絵を真似て描いた人の擁護だけしており、最も気遣うべき大本の立ち絵制作者には少し甘い声明の出し方。(アカン)(どっちも気遣うべきではあるけどアカン)

(誰に謝ってるかも分からんとまでは流石に言わないが、『公式』『CHARAZZ』『ドカ食い気絶部のmini氏』、一様に同じ謝罪文のため何というか……謝罪文をチェックしてくれる人が少ないんだな、と渋い気持ちになった。急いで謝罪文を作ったせいか、逆に油になってしまっているのが……。)

 

(大本立ち絵作者に連絡が取れなかったは、作者がTwitterを持っている時点で詭弁ではある。リプライ閉鎖はしていない方なので連絡を取るという努力は絶対に出来るので。なぜしなかったかと言えば、「きっと許可取ってるだろう!ヨシ!」って全員が思ってたからだとは思う。憶測に過ぎないけれど。だからニコニコ動画責任者の発言も大本立ち絵作者を追い詰めるものでかなり良くないなと思う。炎上案件に無責任に触れるの、ほんとやめましょう。それさえなければここまで大荒れはしなかった。)

 

 

―9― 総括

・チェック体制が甘かったね。

みんな色んな火種から怒ってる。だからこそ大炎上している。けど、それ全部『公式』だけの責任ではなくない?

・怒りすぎて、人を追い詰めかけてない?

・謝る時は素早く勢いよく謝った方がいい。

・声よりもキャラを売っている企業は反面教師にした方がいい。昔と違い広く知れ渡った合成音声ソフトのため、間違いなく炎上しやすくはなっている。これまで通りと考えていると必ず足元を掬われる。キャラの信用=企業の信用では決して無い。

・叱られるべき部分は叱った方がいい。

それはそれとして対応できたら(当人達が納得いく形で終われたら)それ以上は詰めるべきではない。

 

 

どこまで行っても彼女ら彼らは合成音声という機械に過ぎないです。人ではないからこそどんな案件だろうが企業次第でイメージは上下します。なぜなら意志が存在しないため。

 

既に購入済みの人達はPC破損やキーを無くさない限り手元には残り続けます。例え企業が死んだとしても。

けれど販売されなくなったら新規は……声を使う作者的新規は入らなくなるので気をつけましょう。

 

 

各々、創作者、ファン、公式、関連企業、全員気をつけようなってこったね!!

 

解散!!創作に戻れ!!

春を終える話

さあ皆様お久しぶりです。考証のお時間です。

 

いつもお世話になっている星は廻る月は廻るシリーズ、なんと今回

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たった3ヶ月で出せました。やったね!!!

 

 

 

台本調声2ヶ月 映像1週間と4日かかりました。Sorry

 

では今回もいつも通りやっていきましょう。この物語の紐解きを……。

と言いたいところですが、実際6話、そこまで分かりづらい所はなかったかな、と思います。(思いたい)

苦節1年前が5話前編を上げた日。しかし1年やってた事は5話の映像作りでした。なので映像技術の進捗を皆様にお届けできたかと思います。

 

なので今回は久々に1話や2話と同じ様に、隠された意味をお伝えしていこうかと思います。そう、メッキのチョコレートや、傷を負ったイルカのように。

 

今回の話ですが、琴葉姉妹が主軸として動きます。なぜなら4月25日こそ茜と葵の誕生日であり、あかりとゆかりにとって初めての出来事の経験だからです。

5話で経験した春祭も彼女たち4人にとって初の出来事ですが、あれはあくまでも彼女たちが全力を尽くして作り上げたものです。そしてあのタイミングはまだあかりとゆかりの関係性が不安定であり、4人の『結果』を得るものではなく、4人が『努力』している最中の話でしかありません。

 

故にここから、ここからなんです。4人の関係性が固定された今、彼女たちはここから最後の……あかりが死ぬまでの最後の道筋を進んでいくわけです。

それは全てを記憶しているあかりも、経験をしているゆかりも、うっすら知っている茜も葵も、知らない道。

彼女たちはこの6話から、本来あった筈の過去と未来を、今経験している時間とまるで答えあわせのように照らし合わせながら知っていくわけです。

 

極論を言えば、時計を使えばあかりは蘇ります。代償はあかりの死と、それまでの全ての出来事を捨てるのと引き換えに。

4人が生きようとしている、進もうとしているのは、確約されたあかりの死の先、存在をずっと否定され続けていた未来。

彼女たちは『今』が『過去となった未来』よりも良かったと思う度、あかりの死を肯定する今を生きる事と向き合わなければいけません。

それが今、6話の始点となります。

6話が彼女たちにとってはじまりであり、終わりを覚悟していく話になるんです。

 

 

6話では琴葉姉妹が主軸であり、要素として甘さ、苦さと4人それぞれがこの2点に則った物を持っています。

 

そう

 

彼女たちの苦い想い

 

 

今回の鍵は全て、味覚。コーヒーです。

彼女たちは1人1人、苦味を噛み締めるようにコーヒーを手に想い人への気持ちを語っていきます。

彼女たちにとって恋とは決して甘いものではありません。茜も葵も、ゆかりもあかりも、相手を思えば思うほど傷つけてしまう、そんな気持ちを軽々しく恋なんて呼べずにいるんです。純粋な色なんてない、ただ黒に近いもので心を満たし、それをいつか吐き出す日が怖い。彼女たちにとって6話の想いは全て、恐怖に近いものなんです。

 

だけど、けれど、想い人の最も近くにいて、その上で誰にもその席を譲れないからこそ彼女たちは1人1人コーヒーを飲み干しながら想いを告げていきます。

今まで時間を否定し、子供のままでいた彼女たちは未来を知っていても、歩み大人になる一歩としてコーヒーを飲んでいく……のかもしれません。

 

そしてその中で1人、コーヒーを手にできていない子がいましたね。

その上でパフェを残している子がいましたね。

 

琴葉茜は元来、甘いのが苦手です。あくまでも甘いのが好きと錯覚することで、甘いホットミルクに言い訳をしてきたに過ぎません。

けれど彼女は、この中で最もわがままを隠してきた彼女は選びます。

 

葵もあかりもゆかりも、たった2ヶ月だけでも笑いあえる日々を。

 

 

 

星月の琴葉茜は関西弁モドキを使います。ですがそれは意識して使っているだけで、彼女は標準語も普通に扱えます。なぜかと言えば彼女はずっと迷っているから。

『わたし』と『うち』 彼女の中で関西弁を使っていた日々に葵は居ません。

茜は6話の中で『今までのあおちゃん』『標準語での葵』『関西弁での葵』を言います。それはきっと、彼女の中で今を、誰よりも早く肯定できたからです。

そしてその上で、誰よりも茜の事を分かろうと時間を使ってきた彼女が、茜の選びたい道を理解できないわけがありません。

更に付け加えるなら、茜が選んだのはゆかりが言った様に、様々な想いを混ぜきった上で成り立たせているものです。そんな茜が葵の欲しい未来を分からない訳がありません。

 

だからこそ。

 

2人の契り

これ、端的に言います。

最もゆかりとあかりをなんとかしたいと願っているのは、実際葵>茜です。

でも葵から「なんとかしたい」とは言いません。

茜は『お姉ちゃん』である自分が最も心強くあれるからこそ、この行動はお姉ちゃんであるためにしているんです。そしてだからこそ、茜に言わせてしまうからこそのごめんなんです。

 

「先に告白してきた妹に、恋人を止めさせて欲しいなんて言わせるなんて、お姉ちゃんじゃないでしょう?」

 

ラストシーン、これは彼女たちにとって決められたセリフをただ告げていくだけの劇に過ぎません。

互いに良くないと分かっていても、それでも彼女たちはお互いの想いを確かめ合うように恋人関係を止め、願いを打ち解け合う。

 

そんな話です。

 

 

 

7話以降、全て結月ゆかりが主人公となり話が進みます。

どうか残り5-6話、見守っていただけましたら幸いです。

 

 

 

おまけ

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おまけ2

歌詞

曲はいつかこのお方が出してくれると、信じています。

 

それではまた7話で。Goodnight

星を廻せ、月を廻せ、双子星!

またしてもお久しぶりです。解説のわたあめと申します。

さて、本日はこちら。

 

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本当に長らくお待たせしました。

 

ついぞ投稿します詐欺をし続けた5話を投稿しましたので、内容をざっくりお伝えできたらと思います。

 

もう既にご覧になられた方々……いや、4話後編が2年前の2021年7月11日に投稿したため、実質5話終了まできっと数多くの方々がどこか遠くへ行ってしまったかもしれません。

ですがそれでもこの子達の行く末を見守る人が残ってくださるのなら、新たに声を聞き届けてくれた人がいるのなら、書きましょう、この子達の想いを。願いを。

 

 

さて、5話前編の内容……『sideA』『sideB』と分かたれた5話前編。

 

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はじめに言います。どちらも見てほしいです。

AとB、どちらも彼女たちに実際にあった出来事として捨てないと決めたので。

 

その上で言います。Bが正規ルートです。

前編B→中編→後編が今回想定ルートです。Aは最終話まで置いといてください。

 

ここの理由を軽くまず触れたいのですが、『A』は琴葉姉妹が最短ルートで結月ゆかりと紲星あかりの問題へ関わりに行っています。茜と葵は『親』と関わる事で子供のままで居られず、精神的大人になった上でゆかりとあかりに接触をします。

だからこそ、この『A』ルートは琴葉姉妹が強すぎるのでボツになります。

 

何が言いたいのかと言えば、まだ茜と葵には足りない物があるんです。それは

 

『あかりの死を回避したいという欲求』

 

です。

 

それを踏まえ『B』の展開を紐解きましょう。

茜と葵は『親』に頼らず、『2人』だけでゆかりとあかり、1対1の対話へと持ち込もうとします。(通話しつつというズルをしながら)

この対話ですが、5W1H……ようは6の質問で

Who(誰が) When(いつ) Where(どこで) Why(なぜ) What(何を) How(どのように)

その最終答案として

Then(どうなった)

を得る形で、茜はゆかりと、葵はあかりと深い関係を築く『対等』という回り道をした上で事情を聞き出そうとします。

 

その上で2人が親友手前の関係性を手に入れた時、まず彼女たちは前提として

 

『あかりの死を受け入れる』

 

この思考をした上でゆかりとあかりにスマホを手渡します。

 

ここです、ここなんです、彼女たちの思考がAとB、作り直す必要があったのは。

 

『A』の琴葉姉妹とは、理想を追求する思想を得た2人なんです。

『B』の琴葉姉妹とは、現実に即した上で最善を求める2人なんです。

 

なぜそんな事が起こるのかと言えば、茜と葵はゆかりとあかりの知識と経験、そして思想が大人になる上で最も多大な影響を及ぼします。

その2人がまだ、まだ背伸びをした大人しかやってないのに『A』の思考を得れると言われればNoなんです。

7月7日……紲星あかりが死ぬという変えられない運命の中、彼女たちはそこで否応なく判断を求められます。きっとそれは経験として酷く辛いもので、同時に彼女たちが1人の人として明瞭な自己を得てしまう機会でもあります。

 

その『記憶』が必要なんです、Aには。

ないんですまだ、これが。

 

端的に言います。琴葉姉妹はゆかりとあかりの『諦め』を強く引き継いでしまっています。だからこそ、だからこそ2人により必要なのは『諦め』ではなくうち/私だったらの思考なんです。

茜と葵はまだ絶望を知りません。それは得てしてゆかりとあかりが覆してしまったため。

ですが……いつかその日が来た時、きっと2人が、茜と葵がゆかりとあかりに反抗して、その上で『友達』ではなく『親友』となれる子だと、信じたい。

 

 

さあ次は中編の内容について触れていきましょう。

舞台は2学園合同行事『春祭』です。

結月ゆかりがなぜ開催したのかを言及するシーンがありますが、

 

ゆかり01

テーマとしてここには『夢』があります。

ゆかりが描く『夢』とは『未来』そのもの。

彼女にとって『未来』とは『生きる事』に繋がります。

0~5話を見た方は分かると思いますが、星月、結月ゆかりの思想や過去が明確に隠されています。なぜかと言えば、結月ゆかりはまだ主人公ではなかったから。

0~5は実質あかりちゃんが主人公の話だと思ってくださって大丈夫です。

5話後編を経て、主役交代。

 

……紲星あかりは色々背負うものあれど、一番気にかけていたのが琴葉姉妹という存在でした。彼女たちははっきり言って幾度もあかりだけではどうしようもない現実を突きつけられ、生きるのも苦しい未来を歩む運命にあった子達です。

だからこそ抗えない死をあかりは非常に恨みます。琴葉姉妹の事をどれだけ願おうとたった半年しか見守ることができないため。

 

ですが4話後編、そして5話を経てあかりは自分以外の未練が消えます。

なぜかってゆかりがいることにより、茜にも葵にももう、「私がいなくなっても生きていける、大丈夫」と思えるようになったから。

この時点であかりは無理をして主人公のような存在でいる必要がなくなり、

『ただ1人の寿命を抱えた女の子』という存在になります。

 

謂わばヒーローからヒロインになった女の子の元に、一番最初に権利を渡されたのが結月ゆかりなんです。

 

……ですが、あかりが自分以外の悩みを抱えていたように、また結月ゆかりも自分以外の悩みを持っていました。

ゆかりは作中最もメンタルが弱く、だからこそ幾重にも保険を掛けた行動をします。

結月ゆかりとは

ゆかりの過去を知っているのは現状『紲星あかり』と『東北ずん子』のみです。

その中でずん子はゆかりの事を性格が真逆と評価しました。

そして同時に、結月ゆかりは今回の時間軸を除き、琴葉姉妹やあかりにまともに関わってるとは言えないと『5話前編』の内容や『4話後編』のあかりから言われています。

 

つまりこの時間だけ結月ゆかりはかなり例外的行動をし続けており、むしろ元来の性格として彼女は表に出るのが苦手な子なんです。

 

加え

 

結月ゆかりとは2

かなりの高頻度でゆかりは涙を見せ始めています。

それも感情が昂りやすくもなってきており、(茜の前では余計に)実際的に言えばもう結月ゆかりはメッキが剥がれ始めてきている状況と言っていいでしょう。

 

茜はそんなゆかりに叱責をし続けますが、この厳しさはゆかり譲りのものです。

彼女は『茜としての私』と『お姉ちゃんとしてのうち』を心に抱えたまま生きると決めた子。そんな『理想』を強く描けたのは、ゆかりからの優しさと厳しさがあったから。

だからこそ茜は出来うる限りの言葉と行動をゆかりへ渡します。

 

ゆかりは全く自分のことを明かしません。けれど最も気を許し、その上で理解してくれる人がいます。

それこそが琴葉茜という友達。少ない言葉で痛みも苦しみも理解し、何が必要かを見定め、見届けてくれる……。そんな子が茜なんです。

 

茜はゆかりに必要な言葉を全て言ってのけます。

ゆかりと茜

『うち』としては恋人である葵のための行動がなにより重く、けれど『私』としてはどうしようもなく前を向けなくなってしまったゆかりに立ち直って欲しい、そんな二重の思考を取れる子だからこそ、茜だからこそゆかりは責任を全て放り出し、あかりという1人の女の子の元へ向かうのです。

それはヒーローの行動ではなく、ただ1人を想っての行動。

だからこそ茜ちゃんは……

 

茜の心

茜のこの選択は葵ありきです。葵という自分を支えてくれる人間がいるという信頼ありきでの行動かつ、ゆかりのために命を投げ売ってもいいという宣言通り、『茜』の覚悟はとても重くこれからのしかかってくるでしょう。

ですが『私』も『うち』も信じているんです、葵という存在を。

 

そう、この行動が許されるのは人生をお互いに背負うと誓う仲でしか許されません。

彼女たち、琴葉茜と琴葉葵が結月ゆかりと紲星あかりに向き合うために、意地だけで抗えぬ運命に向き合うために必須なのが寄り添い、そして背中を支え続けてくる人間なんです。

それは正しく『間違いだとしてもこの選択をすると決め、結ばれた琴葉姉妹』ではないでしょうか。

少なくとも私は、この世界の結月ゆかりと紲星あかりに最も向き合おうと全力になれる子が琴葉茜と琴葉葵であって欲しいと、そう思います。

 

 

さて、そんな春祭の中で結月ゆかりは琴葉茜から5つの物を渡されます。

 

託されたもの

花束と4種のハーバリウム

この花屋ですが、必ず結月ゆかりが来ると信じたからこそ、琴葉茜は客員パンクした花屋を収めるために1人で対処しきります。葵も葵で茜がいない事で粗が出る運営指揮に動いており、2人して涼しい顔をしていますが、その裏ゆかりとあかりがいない春祭運営はかなりギリギリの綱渡りをしています。

(それを重々承知しているゆかりとあかりだからこそ、デートしつつ初めは春祭運営をひっそりと手伝っており、それを葵が暗にやめろと促している)

行事運営

(その働きを知っているからこそ、東北ずん子はかなりの譲歩をして琴葉姉妹に融通を利かせているのもありますが)(免許が無いとトランシーバーを本来使ってはいけないのはずん子サイドも同じ。それを犯してでも葵へ手渡す判断を下している)

ずん子の意図

 

花とハーバリウムですが、茜とゆかりは非常に似通った思考、そしてとある事情を抱えています。

彼女たちは想い人が居こそすれど、その想いは『恋慕』ではなく『愛情』に近いもの。加え、お互いに『好きの理由がわからない』を抱えています。

好きとは何か

茜は恋心への返答を一週間葵へ待たせ、ゆかりもまた恋心への返答を一週間あかりへ待たせます。

この猶予というのは、彼女たちが『思い出す』に賭けをしているんです。

『今の自分』として答えを出す前に、『理由を知っている自分』が思い出せるかどうかの賭けを。

そして両者とも賭けに敗れ、好きの理由が不在のまま、恋ではなく家族愛という気持ちが強いままに、告白へと挑むんです。

 

恋とは何か

彼女たちは本当に、本当に葵とあかりという存在が大事なんです。誰よりも、何よりも、自分よりも。

自己肯定感が低いというのもありますが、それこそ自分を投げ売ってでも守りたい人がいるのがこの2人ですが、同時に最も誠実を意識しているのがこの2人でもあります。

 

葵とあかりの想いに正しく返答するのであれば、この2人のその気持ちはどうしようもない程に間違っていると自分たちで判断しています。

なぜなら、守り続けるという気持ちがそこにはないため。

 

彼女たちはどこまで行っても自己犠牲ありきで葵とあかりを守ろうとしている立場なんです。だからこそ『恋』に返事がどうしてもできない。それに返事をしてしまえば、自己犠牲なしで今までやってきたことを達成しなければならないため。

それは無理と思っているからこそ曖昧を茜は望み、ゆかりは恋の過程を望まない。

 

そんな壁を先に乗り越えた茜は、花とハーバリウムをゆかりへ手渡します。

ほぼ以心伝心のような2人の仲だというのに、ゆかりにはまだこの意味はわからない、だからあかりと知っていけと伝えながら。

 

花束の意図は紲星あかりが生花を渡される時がいつもあったからこそ、それを覆すために。

ハーバリウムの意図は結月ゆかりが少しでも未来を思い、あかりと向き合い続けられるように。

そしてもう1つ、ハーバリウムの中に更に1つ茜は仕込みをしました。おそらくあかりの死後壊れるであろうからこそ、壊れた後のために。だからこそ補強のあとからハーバリウムの中身が少し代わります。

 

花束

茜はゆかりの欲しているものに多くの、どうとでも受け止められる付加価値をつけたに過ぎません。ですがそれでも、ゆかりはそれが「今の自分が積み上げた物」だと茜から受け取り、あかりへヒマワリ、コスモス、パンジーなど艶やかな自分が選んだ花束を渡しました。

 

もう一度言いましょう。あかりが生花をいつも必ず受け取らざるを得ない日があるはずです。それはこの4月18日ではなく、もっと先……7月7日を過ぎた時。

 

白一色

そう、紲星あかりは死後にいつも花とともに別れを告げられ続けた人間です。

『今』のあかりは全てのタイムループの記憶を持ってる異端な存在であり、そんな子だからこそ『花』というものに非常に忌まわしい記憶を同じ数だけ持っている子でもあります。

 

だからこそ、結月ゆかりは『花』に『死』以外の多くの意味を見出す必要があるのです。彼女はあかりに対し、『家族愛』を抱えたまま、告白に挑もうとしているんです。

ならば最もゆかりが願うのは何か、何がその間違った答案に必要か。

 

ゆかりの願い

 

そう、ゆかりは最期まで生きてと願うんです。

 

7月7日、それがたとえ変えられない未来だとしても、どうしようもない運命だとしても、生きて欲しいんです。

だからこそ彼女は死後の花ではなく、生きている今のあかりへ花を渡すんです。

 

花火だってそうです。ハーバリウムだってそうです、ありったけの意味を、生きている彼女へ渡す。それがゆかりのしたことです。

 

結月ゆかりは恋の過程を望みません。けれどあかりがそれを望むからこそ、死後を寄越せと要求するんです。生きている間は恋として生き、死後を愛として傍にいると結月ゆかりは決めたんです。

 

それをバックアップしたのが茜、葵、ずん子。

そしてその告白への答案編として移るのが後編となります。

 

 

さあ5話後編、4話後編と同じ様にタイムリープの内容からです。

この世界

 

あかりとゆかりの関係性はそもそもタイムリープありきで成り立たされたものです。だからこそ、今という物に清く正しく向き合おうとすればする程、どうしても解いていかなければいけません。

でなければ彼女たちはいつまで経っても関係性に自信が持てないため。

 

紲星あかりは性格として、天真爛漫な子です。ですが寿命を知るやいなや、性格を大きく変えます。

 

「自分の心を、弱さを知られないために、生きたいと願わない、無関心になる、直接的な言葉をやめ、回りくどい言い方をする」

これが彼女の目にハイライトが宿っていない時の基本指針であり、生き方です。

 

ですがそれも結月ゆかりに瓦解され、今や辛うじてゆかりの前だけは虚勢を張ってその思考をしているに過ぎません。

 

あかりがこれをやめ、ゆかりへ話し始めたのは1つの話をするためです。

時計とは

ループによる発生要因

 

紲星あかりは幾星霜……実情として最低万は行く程度にループを繰り返しています。

けれど彼女は自分の意思でそれをしていないからこそ、耐えられる心の用意などできておらず、何度も心が死んでしまいます。

それにより何が起こったかと言えば、あかりは人格を幾つも作り上げ、人格が死ぬたびに新たな自分にループを耐えさせるという事をしてきました。

 

不正解の意味

これがあかりの言う不正解の意味であり、同時にゆかりとあかりに求められている選択でもあります。

 

この世界には今あかりの魂が2つあり、

・全ての死んだ人格と記憶がバックアップされている時計

そして

・あかりという今を生きている人間

 

これはあかりの死後の話ですが、あかりの魂は自動的に時計へと吸収されるようになっています。その上であかりの焼いた身体を要素とし、時計は時間を戻る(厳密には違う)力を得ています。

ですがあかりの時間をこの時間軸で終わらせるのであれば、その機能をなくし終わらせなければいけません。

 

……それを今までの紲星あかりが納得するかといえば、する訳がない。

 

『時計のあかり』と『今のあかり』は記憶を共有したドッペルゲンガーだと思ってください。つまり時計は時計で視点を持っており、あかりはあかりで視点を持っています。

そして時計が使用されたタイミングで記憶が共有される。

 

要は時計は結月ゆかりの真の想いを知っているんです。

茜とゆかりの会話やゆかりと紲星姉の会話を聞いてしまっているので。

 

今までの紲星あかりは生きることを諦め、仕方なかった、しょうがなかった。そうやって気持ちを閉じ込めて人生を終えてきました。

けれど今のあかりは?今の生きているあかりはどうでしょう?

 

今までのあかりがずっと気にかけていた琴葉姉妹の不幸を解決してしまい、茜とも友達となり、葵とは親友の様に絆を育みはじめ、ずっと気になっていたゆかりとは恋人になろうとしている。

 

その上でまだ3ヶ月の猶予があるんです。

もしかしたら最後の心残りである紲星姉の事もなんとかしてしまうのでは?いいや、できてしまう。きっと自分には手に入らなかった全てを『こいつ』は手に入れる。

優しい死に方を、何の悔いも無い死に方を『こいつ』はする。

 

そんなこと、ただ純粋に許せるわけがない。

どうして

 

あかりはだからこそ、自分で生きたいと選択を下すことができません。

あくまでも他人である結月ゆかりその人に、「私」という現状を教え、その上でどうしたらいいかを選んでほしいんです。

 

つまり……

「私を振るか」「私を受け入れるか」選んで。

とあかりは言っているんです。

 

ゆかりはあかりと付き合えばあかりを振り、またあかりを選べばあかりを捨てることになる。そんな状況に唐突に立たされたのが後編。

ほぼ答えなんて無い、出しようのないQ。それに対し結月ゆかりは答えを持つことができます。

 

なぜなら彼女は

そもそも間違えを答えとするためにここへ来ているから。

 

ゆかりの想い

結月ゆかりは最初から「生きようとしてくれますか?」と告げます。

あかりはそれに対し死後の人間かつ、死期が確定している人間故に、誰も「はい」なんて言えません。

 

でもゆかりにとってそれは「ふざけるな」って話なんです。

何度でもいいます。彼女は恋じゃない、愛をあかりに抱えてしまった人間なんです。でもそれでも、恋の先の愛を対価とし、愛の前の恋を渡そうと考えているんです。

 

だからこそ、彼女は時計を使います。

記憶共有

時計を使い、結月ゆかりはあかり自身に記憶共有をさせた上で、告白するんです。

彼女たち全員に。

好きとは

生きる意味

あかりという人間が今生きようとし始めているのは明確に結月ゆかりの存在が大きく、そして生きる意味もまたゆかりという存在が占めています。

でもだからこそ、真摯に向き合わずただ依存されたくはないんです。

恨むくらいに好きなら、本気で生きて、楽しさだけじゃない、苦しみも抱えて生きて死ねと結月ゆかりは暗に伝えます。

 

そう安々とあかりの生きた時間は解消できるものではないからこそ、最初に告げるんです。

 

「私が全て抱えてみせます」

 

時計は時間遡行機ではなく、結月ゆかりは明確な意図を持って時計を使用しました。

それは「あかりの人生全てに私を必ず携わせろ」という願い。

つまり結月ゆかりはこれから先全ての運命において、あかりと共にあると誓ったのです。そして同時に、あかりの時間遡行を止められてしまう程に彼女は『何か』を見れるようになっています。

タイムリープ阻止

あかりに代償は必ずあると言われている上でゆかりは時計の力を冗談抜きに、紲星姉なんて目ではないほどに大きく使用しました。

これから先、ゆかりの待つ運命なんてあかりには想定もできないほどに。

 

そしてそんなゆかりの強すぎる想いに対して、あかりは

怖い

ここなんですが、あかりは後編からずっと「時計」と「あかり」の2つの思考をしています。

 

ここの場合まず1つ目は死ぬ事がいつか訪れるからこそ生きることが怖い。

死ぬ時ゆかりさんに想いを抱えさせるのが怖い。そんな純粋な想い。

 

そして2つ目がゆかりの想いに恐怖します。

だって自分の気持ちで相手の今の人生だけでなく、きっと全ての、想い人の魂の在り方を完全に歪めてしまったため。

そんな簡単な決断を下させてしまった恋が怖く、下せてしまう愛が怖い。

 

あかりは愛に飢えている人間です。だからこそ愛情に多感でありつつ、受け止め方がわからない子でもあります。

そんな子が、子達が受け止められるかと言われればNoなんです。

 

あかりが願う恋とはもっと、もっと普通の事なんです。時計とかリープとか記憶とかそんな全てがおかしくしているだけで、もっと普遍的な恋を欲しているだけなんです。

だからこそ時計の子達はゆかりさんが死後も全て思い続けると言ってくれた時点で十分なんです。

それだけでいい

今のあかりも最後、「出かける時手を繋ぎたい」と言うように、全て解いた時願うのは子供のような願いだけ。

これだけでいい

あかりが結果ゆかりへの返答としたのは、小さな願いの幾つか。

「ご飯を作ってあげたい」

「手を繋ぎたい」

「一緒に眠りたい」

「死後、お墓に毎年盆に会いに来て欲しい」

そんな小さな、小さな願い事。あかり達全員が、それを知れるだけで満足できるほどに、みんなそれぞれ小さな夢しか持っていません。

積み重ねが大きくなってしまっただけで、どこまで行っても彼女は少し嫉妬してしまう等身大の少女なんです。

 

そんな、解けば小さな話が5話、4月18日。

 

おやすみなさい

主役を交代し、あかりからゆかりへと移り変わった物語。

ここから先結月ゆかりはあかりの寿命と向き合う日々を過ごしていきます。

それがどんな日々になるのか、あかりはそんなゆかりへどう想いを馳せるのか、ゆかりは何を考えていくのか、そしてそれを支える琴葉姉妹はどう動くのか。

 

まだ残り6話あるらしいですね。楽しみです。がんばってください。

 

『夢の中の君は泡沫の』 Book1

https://twitter.com/Wataame_wawawa/status/1652955110744670208?s=20

 

最高に!!!!!いい本ができました!!!!!!!

 

5月5日にて開催された『コトノハーズフェスタ7』にて頒布させていただいた文庫本、『夢の中の君は泡沫の』略称『ののはの』。

今回こちらについてお話を出来たらと思います。

 

まず、今回の本の文字数は約22万文字で、(正確に覚えてないんですが222001?くらいだった)なんと同人誌というのは

ページ数が嵩むほど発行に値段が上がるんですね~。

 

私は絶対に文庫か新書で刷ると決めていたので(性癖)

大体300ページ程度の18万文字にしたかったんですが、死ぬ気で文章や台詞を削りに削って450ページの22万文字に収まりました。

なので30部発行で10万かかりました。

 

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(ちなみに全体部数は38冊です。早い段階での入稿で+5冊、なんか予備で3冊貰いました)

(そのうち2部だけわたあめ用に貰いました。1部は自分用、1部は祖母に贈りました)

なので今回36部を捌かせて貰ったのですが、想像以上の有名……?なんか……人気ではなく物珍しさ……? で多くの人に見ていただけ、そのお陰か即売会開始19分で売り切れ、心で土下座しながら新規で100部通販を用意することになりました。

(売れるのか……? 投票した人たち買ってね……?)

 

 

さて、感想戦!!!いきましょう!!!!!

 

まずは本の手触り、いいんですが、いいんですが……。本当はざらざらしてますこれ。通販版はざらざらします。

通販版、あらゆる面で優遇されててスマン。代わりに6月中旬までこの本の素晴らしさを我慢して欲しい。初版組は栞と優先的に買えた初版を大事にしてください。二度とその形のは手に入らないので。

 

次に本の重さ、見た目。

いいね!!!!!!!見た目がとんでもない厚さなので同人誌という事をちょいちょい忘れます。同人誌で450ページってなんだ……?

重さも丁度いい、抱きしめたくなる毎日抱きしめてる。厚さ含め丁度いい!

表紙

表紙、最高!!この表紙絵、依頼としては陰陽勾玉を意識してもらいました。

理由は伝えなかったはずですが、私としては茜ちゃんと葵ちゃんが生死観念をぐるぐるしてる話でもあったためです。

茜ちゃんは幼い頃から死と常に直面しており、葵ちゃんは逆に生きる活力となる夢を常に描いていました。同時に茜ちゃんは葵ちゃんを想う時だけは生きたいと願っており、葵ちゃんはまた魂が希薄な姉を想い、彼女の根っこの問題である「夢(死)」と向き合い続けています。

事故以前から彼女達は互いを思う程に生死と常に戦っており、それを知る事で1つの陰陽として、姉妹として完成するのがこの手を繋ぎ丸まった形……(要はこの子達は物語を完結するまで双子として魂1人の人間になっており、完結してようやく双子の魂2人の人間として顕現できる)として大体30分くらいで理屈をつけてお願いしました。

 

プロローグでは夕暮れのあかりちゃんからスタート。

なんでかって星月の主人公ヒロインだから!!!!

そんな存在を今回ヘイト(悪役未満)ポジションとして出すつもりだったからです。

※悪役というか茜ちゃんと葵ちゃんへ殴りつけるポジション。ゆかりさんとあかりちゃん2人で折衷することによりヘイトは消えたと思います。台詞も多大に削ったため。

悪役だとしても心があり、想いがある、それを知ってから茜ちゃんの主観へ進んで欲しかった。(登場キャラたる茜、葵、姉妹両親、ずん子、きりたん、ゆかり、あかり、アリアル、ミリアル、つづみ、ささら、タカハシ、このメンバー全てに台詞と心情があり、同時に数多の削った描写があります。そんなバックボーンがある存在達がいるからこそ、姉妹という存在が明瞭に描かれていると伝えられてたら嬉しい)

 

夕暮れスタートなのはあかりちゃん達の主戦場が夜だからです。

あかりちゃんの出るシーンは今回全て夜がありません。この子は紲星あかり幾星霜の一番星から夜明けの明星まで全てを背負う人間そんな子がずっと立ち止まっているなら……それは夜ではなく、夕焼け時の一番星が唯一姿を出せるか出せないかの瀬戸際でしょう。

同時に茜の病室シーン、ここでゆかりさんが出てきて我慢しきれなくなった描写が出ますが……時刻は恐らく6時。そう、ここで日が沈み夜の子たち(あかりゆかり)が立場として強くなります。

これこそが時間の始まり、終幕たる終わりの朝を迎えるための夜という夢の幕開け!!その最初として星の子が始まりというのはきっと必然でしょう。

※葵という存在が茜のため(悪夢を見させないため)夜の前に時間を止めさせた。という感覚です。葵ちゃんという存在はゆかりあかりの手綱を引けてしまう程、今回途方もなく強い。同時にそうでなければ茜ちゃんを救えない程に、今回の話は茜ちゃんが常時死にたがっているレベルで一歩一歩バッドエンドが存在する話でした。

「ののはの」とは葵ちゃんを救う話ではありません。茜ちゃんを救う話です。

 

ゆかりという存在は常に誰かの鏡として配置しています。しかし鏡だとしてもこの子はこの世界に生きる人間。本物より強く眩く存在せしめます。

茜を真似ていた葵という存在に強く憧れていたゆかりは、葵が焦がれているという茜という存在に、「なぜ葵が焦がれているのにこんなにも立ち止まり続ける?」と苛立ちを覚え、彼女の心を最もへし折れる行動を成し得てしまいます。(まっすぐ、誠実に向き合おうとする行動こそが茜にとって一番辛い、現実を見なくてはいけない行動)

※これにより月は太陽を壊し、永い夜の始まり。夢の成立。

茜は幼い頃からという存在が死ぬ夢を見てきました。

それも毎日、毎夜……365日×18年間の間ずっと。茜はその死ぬ人物を今まで誰かとは分からず、けれど死なせたくない、絶対に手を離したくない人であるという意識だけがあり、それでも毎日必ず死なせてしまう夢。

要はこの子は毎日大事な子を見殺しにせざるを得ないという、賽の河原のような地獄を味わい続けています。

※6章で地蔵を出している理由はここにつながる。茜は葵の餓鬼道を代わりに負担することで魂を分け与え1人の人間にしている。それにより茜ちゃんが餓鬼道に反しておらずとも、葵ちゃんの負担をしている茜ちゃんを地蔵は助ける道理が生まれる。(橋の地蔵は子供を助けるための地蔵・人柱があったタイプの橋なので殊更茜ちゃんは地蔵の恩恵を受けられる)

茜は生まれてから既に折れた心をここで再度折られます。茜はそれにより生きる意思を完全に失い、葵の魂に合わさる形で葵の夢へと入る事になりました。

※彼女達は既に1つの魂を半分にして生きている子。葵は少しずつその魂を修復し自分の物としていますが、茜はその魂を修復しつつも夢で削り続けるという生き方をしているため、心を折った時点で葵の魂に引き寄せられてしまうレベルまで存在が希薄となる。(生きる活力こそが魂の強さに繋がる世界)

 

プロローグ、これは即ち、茜ちゃんと葵ちゃんが意識的な死によって初めて混ざり合う……今まではお互い真逆の方向を向くことで見つめ合えてた双子の姉妹が、同じ方向(死)を向いてお互いを知ろうとする話の始まりです。

この子達(茜葵)は今まで魂を分け合っていたからこそ、お互いがお互いを見なければ生きてはいけない人間でした。しかしそれではお互いに1人の人間とはまだ呼べない。だからこそ「夢」という世界の中で彼女達は明確に1人の人間となる……そんな成長をしはじめる、みたいな感じです。話としては。

(なんでかって2人の願い(夢)の先にお互いへの依存などあってはいけないため。この子達は現状大人ではなく子供故に親から非常に危うい存在として見守られています。それでは葵の「家族という揺らがない関係性ではなく、恋という始まりの関係性から茜と紡いで生きたい」という根源欲求が一切叶うことなどありません。)

彼女達は大人として自立をした上で葵はその欲求を正しく、誠実に、まっすぐ茜へ伝えられるようになった上で茜はその葵の願いに対して誰よりもまっすぐ、姉として、1人の人として、心ある女の子として葵に返事をする。それがこの物語のエンディングの先、彼女達が抱える未来。その未来のために夢の3ヶ月、3度のチャンスを与えられるのがこの物語の根幹です。(多分)

※最終章の「18歳の誕生日おめでとう」……その言葉を得たからといって大人になれる訳ではありません。大人というのは葵にとっても茜にとっても両者違う視点があります。あくまでもこの言葉は大人の入り口に立った、立っていいと判断された言葉です。

……ですがそれでも、この「誕生日おめでとう」を言う役割には、とても大きな意味をいつも持たせているつもりです。星月ではゆかりさんとあかりちゃんにお願いしていますが。

 

 

感想といいつつ解説になってるんですが、全部が5章~最終章へ繋がっちゃうせいでプロローグの話が6章へ繋がっちゃったりするんですよね……。地蔵みたいな。

ぶっちゃけプロローグ~2章は動画で出してますね。だからざっくりよかったなって所をそこまで上げてきましょう。

 

まずプロローグ、茜ちゃん視点、星のおうじさまを出せてよかったなって感じでした。ここふわっと何も語らない葵ちゃん、花、じゃあ星のおうじさまだなって出てきました。天才!

心理状況こそ違いますが、茜ちゃんは夢へと逃げ出し、最後には現実へと帰ろうと足掻きます。葵(薔薇)の事を知ったからこそ、それは成し得る話。なんとなく似てるかも、どうでしょう。わたあめはいいな、と思いました。でもきっと茜ちゃんは本当に葵ちゃんの事を知りたかったんだと思います。分かってあげたい?違う。彼女はずっと葵ちゃんの事を知りたがっていた。自分の唯一の、生きる活力だった人で、同時にそれを削り続けた人だったから。

知りたいという欲求が半分になった魂の茜を

人間せしめ続けていた筈なんです。

茜ちゃんにとって葵ちゃんというのは間違いなく、本当に心を占める大きな存在だったんだと思います。彼女は葵ちゃんに告白されるまで恋という存在を知りませんでした。そう、ここ、ここから茜ちゃんは好かれるから好きになる……恋に恋をし始めます。だって初めての、心に大きく占めている人からの熱烈な愛情。恋をまず茜ちゃんは消化しなければ葵ちゃんの恋心に姉として向き合う事なんて出来ません。

※双子の姉……姉というアイデンティティは3章の話ですが、他人からぱっと一瞬でこっちがお姉さん、と100%思われるためにはどうしたらいい?という強い意味を持ちたかった。彼女達(アリアル・茜)にとって姉というのは「自分である」という証明だけでなく、彼女(ミリアル・葵)の傍にいるのは「私である」、そして彼女は(ミリアル・葵)は「妹である」証明を『双子』という中でなんとかしたかった。

彼女達は願い……欲求として、「姉妹」の結びつきがありました。家族の中でも深く親しい仲……ぶっちゃけアリアルと茜は本当に1つの存在に対して欲深い。最終章の葵視点で底が見えない瞳が茜へ見えたように、この2人はとても人間らしく弱く、弱さを補う心の向き合い方を知りつつも怖がりで、欲しいものを明確に持っているからこそ、その欲しがるという行為に危うさもあることを誰よりも理解してる。だからこそ妥協点として「姉」を欲しがる。それさえあれば生きていけると安心したがる。だけどそんな妥協を妹たちが許すかと言うと、また別の話だと想う。妹達は最も近くで姉の心と背中を見てきた人間なんだから。

 

 

プロローグの終わりとしては葵ちゃんの手へ茜ちゃんが縋り付く事で終わります。

これずっとやりたかった!!!!!!!願い、祈り、縋る。きっと茜ちゃんは葵ちゃんの手を両手で包みながら葵ちゃんへと願っています。

「もう一度だけでいい、葵と、やり直せますように……」と。

擬似的に茜ちゃんは空(葵)へと願うんです。祈るんです。あ~~~~~いいね!!!受け入れて欲しいと、初めての強い呪いにさえなりかねない欲求を葵ちゃんへ伝える!!!!人生はじめて!!!!いいね!!!

わたあめは物語の構成としてまず最高のバッドエンドから構築してから、それをぶち壊すようにハッピーエンドを丁寧に丁寧に形成していくため、常時こんなドロッとした意図やぐにゃりとした裏を作るのが好きです。彼女達はそれを越えられる、壊せると信じているので。ののはのであれば、2人が夢に囚われ、一生穏やかな夢を過ごしながら死すら気づかず夢で寿命をまっとうする……なんてね。この話は数多のバッドエンドを超えるパターンとして作ったので他には身体を重ねた瞬間OUTとかでしょうか。

茜ちゃんが甘い誘惑に負けた瞬間全部基本バッドエンドです。彼女は本当は甘いものが好きですが、甘ったるい人生を自分に許していないので甘いものを嫌いと嘯き続けます。葵ちゃんは甘いものが好きだと知っているので甘いものを茜ちゃんへ作りますが。

茜ちゃんを救う話と先程も書きましたが、それは他人(葵も含め)から渡されるだけでなく、その好意を受け取るだけの器がなければいけません。だからこそ茜ちゃんはENDを迎えるまでは絶対に自分に負けてはいけない。自信、自尊心、とにかく自分を自分で愛せるだけの心が1ミリと形成させる必要が茜ちゃんにはこの話で必須でした。(茜ちゃんはめちゃくちゃ自分に厳しい、だからこそ「葵の記憶茜」も「姉茜」も、「琴葉茜」に本当は優しい事を言っているにも関わらず、「琴葉茜」はそれを受け入れないために穿った見方でしか受け取れない。最終的に「葵の記憶茜」と「姉茜」どちらも強引に「琴葉茜」へその想いを継がせる形を取るしかできなかった。

 

プロローグが終わり一章。

はじまりは「彼女」と呼ばれる子の死です。そう、0から1……この時点で「彼女」……名前がつく前の子が死にます。この夢こそすべての始まりであり、茜の原点たる欲求、恐怖。

茜はほぼ消えかけた魂で葵と交じることで、ようやく「彼女」が誰だったのかを知ることを許されます。涙を流す茜の目元へ指をそえながら、「泣かないで」と声を出す彼女。そう、「彼女」こそ「夢の中の君」であり、「琴葉葵」そのものです。

茜はその正体を知った時、どう思ったでしょうか。「夢」を見る度に死なせてしまっていた子は妹であり、そんな救えなかった子から言われた言葉が「泣かないで」と気遣われる言葉。

文中では泣きながら謝り続けることしかできなかった……。そうありますが、きっとそれ以上に茜は、自分を責めた筈です。今まで、1年どころか18年何をしていたんだと。

茜はここでようやく折れた心を半分だけ取り戻します

それにより彼女は「姉の茜」ではなく、「琴葉茜」個人として彼女を真に助けたいと、夢(未来)を見たいと願ったはずです。

※茜には今まで明確な未来を想うような夢がなかった。

 

始まりにふさわしいですね!!!!!!最高!!!!!!!ひゃっほう!!!!!!!!!!!!!!!!!

(ただ、茜ちゃんはその想いを今更抱えるのはどうなんだ?と思ってしまう子です。もう既に茜ちゃんは2度葵ちゃんを救えていないと思っているため、三度立ち上がることを恥ずべき事だと考えています。それを矯正するのが「姉の茜」と「葵の記憶茜」が混じり合った存在。)

 

葵の夢入りを果たした上で最初から心を半分だけ取り戻した茜。しかしそれでもまだ「夢」の主導は葵に渡ったまま夢は始まります。

※なんでかって葵ちゃんの方が現状魂も心も強いため。大人という存在に最も近いのは葵より長く現世を生きている茜ではなく1年眠り続け遅れを取っている筈の妹の葵です。

 

茜ちゃんは始め、夢を「タイムリープ」していると勘違いします。

彼女にとって「夢」とは誰よりも身近なものだからこそ、「夢」を理解していると勘違いしているからです。

※茜ちゃんにとって夢とは辛く苦しく、そして更に寒々しい物。でも葵にとっては夢とはもっと暖かく、優しく、そして今までという「過去」(これまで)そのものです。

両者にとって夢が明確に違う状況だからこそ、どれだけ茜と葵が全く意思疎通できていなかったか、ここでも既に明らかになります。

 

タイムリープの設定は主に星月からの引き継ぎですが、「観測者」を意識した世界にしています。ただまあ、タイムリープの世界ではないので茜ちゃんの言葉は誤りなんですけども。(星月に限って言えば7割正しい)

 

 

 

 

 

 

 

ここまで書いておいてあれだけど感想じゃないな、と思ったので全部感想にします。

 

 

一章54P→四章246P

線を越えられなかった茜ちゃんが

――変えるんやろ、変わるんやろ、琴葉茜!

本当に、いいなと思った。

この言葉は茜ちゃん自身の中に眠る姉としての意思が8割占めているのは間違い無いんですが、それでも200P分の、彼女にとってたった1週間でここまで歯を食いしばれる、未来を願える成長をしたのが、本当に嬉しかった。

 

3章192P

「結月さん、それは」

「あん?」

 冷たい目と声が私に向けられる。けれど退く訳にはいかない。

「それしか答えがなくなるのは、あんたの喫茶店で言った事と矛盾するからよくないと思う。それに、彼女が一度出した勇気をやっぱり反故にしたのは妹や。……それが故意でなくても。ならそこから先はもう、この姉妹は対等であるべきだと思うんやけど、どうやろか」

「一度のでかい失敗と小さな勇気で釣り合いが取れるっていうのか?」

 結月さんはどこまでも公平だ。きっと彼女は間違えていない。……けれど。

「その小さな勇気でミリアルさんの心が動いてるからこそ、依頼のブッキングが起こってる筈やろ。アリアルさんの3年もミリアルさんの3年も、どっちも同じだけ既に苦しんだ筈で、どっちも同じだけ今に対して憂いてる。理想は3年に生じたマイナスを0にしてからやろうけど、人間そんな簡単な足し引きで心はできてないやろが」

 

ここ。茜ちゃんはきちんとゆかりさんに抗えるようになってる、きちんと言葉をぶつけられるようになってる、本当にいい。

ゆかりさんとずん子さんの賜物ではあるんですが、茜ちゃんは間違いなく自我を獲得できたからこそ、正しい言い分に自分の言い分をぶつけられてるんだと想う。

そして姉妹という物に本当にまっすぐ向き合い、もう一度向き合おうとしている彼女だからこそ、3年という月日の重さを理解した上で訴えてる。

3章というのは本当に読みづらい話だったと思う。タイトル通り、0を1にする作業をゆかりさんとずん子さんが茜ちゃんにしているんです。茜ちゃんは折れきった心を少しずつそれにより回復させながら、ゆっくりと現実を見る目を手に入れる。

3章が最終章まで茜ちゃんの心の支えとなるからこそ、生半可な内容にできなかった。これでもゆかりさんのバックボーンやずん子さんのバックボーンを削っているんですが、(結月ゆかりとは昔イジメを受けていた、それを救えなかったのが紲星あかりであり、救ってみせたのが葵。葵はあかりを手引きしてイジメを解決したけれどあかりは自分だけではなんとかできなかった事を未だに悔いている。ゆかりは気にしてない、気にしてほしくないからこそ強くありたいと思って葵にあこがれている(実質的には葵の茜を真似ている部分のため、真にゆかりがほしいと憧れているのは茜の在り方。)茜を誘ったカフェはゆかりがイジメを受けていた時避難場所になってくれた人のカフェ。カフェマスターの描写が多いのはそのせい。ゆかりが使っていた席を今は茜屋の相談用で使わせてもらっている)

土台となる全てをここに入れているため、ここを読めれば本当にその先全ての章が読みやすくなる不思議ゾーンになっちゃった。

3章、私はこの子達の世界を現しているようで結構好きです。

 

 

4章、226P 227P

めっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっちゃくちゃいい!!!!!!!!!!!!

これは一切意図してませんでした。

全450Pの中で225Pという半分を越えた瞬間、これなんです。

茜ちゃんの全てを、はじまりを、1という全てをここに叩きつけた!!!!!!!!!

これが本の良さですね。喋り文は「。」のあと一段下げがないので、一切の余白を消して彼女という余裕のなさ、詰め込まれた気持ち、全てを訴えられた気がします。

 

息を2度 そして一度。これはカウントダウンみたいなものです。勇気を振り絞るための。

何度でもいいます。これは、茜ちゃんを救う話です。

 

だからこそ、茜ちゃんはここで自分の心でしっかりと願うんです。

「もう一度、葵とやり直せますように」と。

彼女は1人の人として、明確な意思を持って、未来のための願い事をするんです。

 

それに答えない、答えれない訳が

葵ちゃん、琴葉葵にあるわけないよなあ!!!!!!!!!!!!!!!?

 

 

 

232P

「くっつきながらおしゃべり」、これは裏表紙の絵を見てください。

見てください!!!!

裏表紙

言葉の最も近い受け渡し方を、彼女達は持っているんです。

いわゆる骨伝導ですね。

このページでは背中合わせでのやり方ですが、それでも茜ちゃんに葵ちゃんは伝えようと決めたんです。一番近いからこそ訂正しようのないやり方で。

 

めちゃくちゃ覚悟いることしてるんですよ!!!葵ちゃんは!!!

 

茜ちゃんの想いに応えるため、覚悟したんです、この子は。

 

下にいっぱい書いちゃったので小さくしていいなと思ったに留めます。

 

でも怖いに決まってる、互いに覚悟したって、互いに初めての喧嘩で、初めて相手に嫌われるかも知れない言葉を伝え合うんです。葵ちゃんがそれを怯えながらも覚悟したからこそ、茜ちゃんも怯えつつも覚悟しきれるんです。

葵ちゃんは初っ端から振り切って、嫌われようとします。

自分がお姉ちゃんに望んでる関係はこれだと、突き付けるんです。(とても怖がり、震え、血の気を失いながら。愛おしい人の肌に触れているはずなのに、葵ちゃんの手はこの時間違いなく冷え切っていました)

なんでそんな事をするかって、葵ちゃんは最初から恋が成立することを諦めてるからです。

 

葵は家族としての関係ではなく対等な恋をしたいと思っている

家族だからこそ保てる繋がりや関係、それを捨てて不安定な恋人の関係になりたい

茜から無償の愛が欲しいわけじゃない、愛に愛を同じだけ、それ以上に返せる人になりたいからこそ恋に固執する。

家族だからこそ許せてたことも恋では許せなくなるかもしれない。

でもそれでいい、それだけ茜と一緒にいるために向き合う時間が必要って事だから。

誰よりも一番の「あなたの幸せを願う人」になりたい。それが葵の恋。

 

作中でこそ語られませんが(葵視点を全て削ったため)これこそが葵の恋の在り方です。だからこそ茜の誠実さへ返すとなると、最初から正直に向き合う事が葵ちゃんなりの誠実さになります。

茜ちゃんはそれをこの時点でうっすら理解しており(2章の保健室であれは葵ちゃんではないけれど葵ちゃんの本心を見てしまっているのでは?と茜は考えている)

(というかめちゃくちゃ手が冷たいし、恐る恐るすぎるし、身体は震えが隠せてないし、そのくらい茜ちゃんは分かってあげられるようになってる)

だからこそ茜ちゃんはまず「振ってない」と振り出しの話からスタートするの、とてもいい。

このシーン、対話なんです。相手が相手へ相応の心を渡すからこそ、相手は相手へ心を返す。茜は夢に入る時「ふれるな」といいましたが、葵に触れる=剥き出しの心に触れるつもりでその言葉を言っています。だからこそ茜ちゃん自身も心を伝える、心を裸にして恐怖を顕にする。

236Pで茜ちゃんは葵ちゃんという人間の肯定をします。

なんでかって?葵ちゃんを妹ではなく琴葉葵として見るためです。

茜ちゃん、実は小説の中でかなり葵ちゃんの呼び方を変えています。

「妹」「葵」「彼女」の三種。これは茜ちゃんの中でどういう風に葵ちゃんを見ているかがかなり重く関わるんですが……。彼女という時、茜ちゃんは明確に葵ちゃんという人間そのものを見ています。後半はかなりこれに偏っている筈。

茜ちゃんにとって姉妹の関係性はとても、とても重い。だからこそそれをどう凌駕しようとしているのか知りたいんです。葵ちゃんにとってなぜ家族ではなく、幾数も手前の恋から私と関係性を築きたいと思っているのか分かりたいんです。

※茜ちゃんは自尊心が一切ないため、好意の受け取り方が本気でわからない。葵ちゃんがなぜ私のことを好きになってくれてるのかわからない。

 

小説の半分を越え、茜ちゃんはようやく葵ちゃんの事を知る権利を手に入れるのが最高にいいです。

 

 

ざっくりと「良い」とは言うんですが、思い遣りが本当に繊細だからこそこれが成立しているのが凄く素敵なんですよね。この作中に出てくる全キャラ怖がりなんですが、だからこそ人を傷つけるのを覚悟した上で接する時、とても強く、優しい。相手に出す言葉。そしてその時の気持ち1つ1つが本当に愛おしい。

 

 

243P

茜ちゃんの自我が芽生えたからこそ、恋に恋をできるようになったシーンです。

とても……寂しくていい。

3章を超えると、茜ちゃんとほぼ強制的に精神がリンクするので彼女の一挙一動が心に響いてくる。茜ちゃんは残り3ヶ月という猶予の中、葵ちゃんとの関係性も考え続けなければいけない。だからこそ小さな合間に挟まるただの日常が本当に大事なものだと記憶に刻まれていく。

この後に「変わる、変える」と出てきますが、だからこそ茜ちゃんは忘れないように、1つ1つの日常を愛おしく思い出にしていきます。

そう、未来に進むとは過去が発生するという事。茜ちゃんはここで初めて意識し、思い出すんです、未来とは、夢を見るのは怖い事でもあると。

 

246P、258P→六章12月

先程「線」に対して言ったので、もう一つ。

ここ、茜ちゃんはまだ1人では線を越えられてません。葵ちゃんという支えがあって初めてこの苦難を越えているのですが……葵ちゃんはそれを良しとはしていません。なぜなら葵ちゃんは12月24日、この日は葵ちゃんに一切の自由が封じられているからです。つまり来るべき事故の日、茜ちゃんは線を一人で越えれない限り葵ちゃんを救うことが絶対に不可能になっています。だからこそ葵ちゃんは茜ちゃんに成功体験を与えたがっていない。いつか必ず茜ちゃんは1人でこの「線」に挑むと、それを止めることはできないからこそ、茜ちゃんが大丈夫なことが葵ちゃんにとっては非常に心配要素になっています。

でもそれ以上に本気で、本心から、強い赤い眼差しで

 

「信じて」

 

そして有言実行をした上で

 

「必ず助ける」

 

そんな言葉を彼女に貰うんです。

嬉しくない訳がない。不安なんかふっとんでしまうくらいに、彼女を、茜を信じたいと願ってしまう。

 

とてもよいですね。

※きっと葵ちゃんにとってこの信頼というのはお姉ちゃんに寄るものが大きい。お姉ちゃんはいつだって私の導だった。そんな何かがあるから。

そう、この信頼を6章にて崩すからこそ、茜はもう一度問われるんです。信じてもらえない中で努力する意味を、助けを突っぱねられた中でも自己満足を押し通して助ける意味を。その上で葵を助けるからこそ、琴葉茜は葵に辿り着ける。茜ちゃんは「姉」というエゴを押し通しつつも「恋」も自分のものであるとエゴを出す。まさしくその時彼女は人間なんじゃないでしょうか。ですが今までの表面しか見ていなかったツケを6章終幕にて食らうわけですが。

 

疲れたのでまた次回!!次は……え?1万文字書いたのにまだ4章始め!?!?!?

また明日がんばります。おやすみなさい。