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第四人称の語り部

コトバを生きる日々/ 俳人 /【俳句てふてふ】▶︎▶︎川辺一生

句集『愛しき』

 

小・中・大屠蘇(とそ)を干す手に朝日さす

 

ふるさとの雑煮の味を語りけり

 

新調の手ぬぐい肩に初湯かな

 

戯れに恩師と詠むや初句会

 

  2年ぶりの新年一般参賀

「幸せ」の一語の響き朝賀(ちょうが)かな

 

読初(よみぞめ)の学参刻む手垢かな

 

二日もひとり『蛍の光』聴きながら

 

終電車二日の駅の明るさへ

 

御降(おさがり)の落とす最後の一葉かな

 

御降に濡れればひかる大地かな

 

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【令和六年 川辺一生 自選句】

 

なぜひとは詩を詠み生きる朧月(おぼろづき)

   

 母、命日。母の遺句、暮れてなほ白際立ちて花辛夷

風立つや揺れる墓前の花辛夷(はなこぶし)

 

つむじ風落花(らっか)に姿置いてゆく

 

二十年(はたとせ)を病める我が身や蓮の花

 

 いじめを苦に十三で逝った君を想う

真つ白に糞を被りし若葉かな

 

亡き祖父の下駄ころころと夏越(なごし)かな

 

初七日のふるさとの水澄みにけり

 

てのひらに老鳥逝きし夜寒(よさむ)かな

 

詩を詠んでいのちをつなぐ冬はじめ

 

冬晴の手のひらにある血潮かな

 

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【川辺一生 自選句】師走(令和六年)

 

多家神社

杜(もり)の風銀杏落葉をさらひけり

   

原爆ドーム

冬の日の苔むす瓦礫(がれき)照らしけり

 

冬の日に向かい合わせのマグカップ

 

枝垂木(しだれぎ)や触れれば割れる冬の水

 

羽根雲の裂けたる先や冬の星

 

短日(たんじつ)や薄雲透ける日のひかり

 

冬麗(とうれい)の水やれば土香りけり

 

日向ぼこうつらうつらと葉のみどり

   

【神田沙也加、命日】

歌声はあの日のままに冬日

  

冬晴の手のひらにある血潮かな

 

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句集『風』(広島吟行録)

 

原爆ドーム、二句】

吹き抜けのドームを見上げ冬の空

冬の日の苔むす瓦礫(がれき)照らしけり

 

【弥山、二句】

冬紅葉奥へ奥へと山登る

ころころと地蔵埋まるや散紅葉(ちりもみじ)

       

お好み焼きの名店ロペズ】

短日(たんじつ)や鉄板越ゆる笑ひ声

 

【黄金山の夜景】

広島の街浮かびけり冬灯(ふゆともし)

 

灰ヶ峰より呉を一望す】

冬晴や呉の海ゆく二、三艘(そう)

        

多家神社

杜(もり)の風銀杏落葉をさらひけり

 

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【エッセイ37】足音

 

洗礼盤を覗き込むと、

水面にこわばった自分の顔が映った。

まだあどけなさの残るその顔は、

しずかに波打っている。

 

司祭が細い指をその水に浸してきて、

「神の子イオアン、洗を受く」

そう言って三度、

すくった水を髪に垂らしてきた。

 

しばらく退屈な儀式が続いたあと、

出口にいた母の元に駆け寄ると、

彼女は安堵したように微笑んだ。

 

 *

 

大学一年の夏、祖父が亡くなると、

母は日曜の礼拝に欠かさず

通うようになった。

 

そんな母の姿を尻目に、

私は学友たちと

遊興にふける日々を送っていた。

 

その日、母に連れられて、

教会で没後一年になる

祖父のパニヒダに参列していた。

 

腕時計を時々気にしていたのは、

大学の先輩に誘われて、

ライブに行く予定を

ねじこんでいたからだ。

 

司祭の祈祷がひと段落したとき、

「用事があるから、もういくよ」

そう母に言うと、

困惑した彼女が何か言うのを無視して、

足早に聖堂を後にした。

 

電車を乗り継いで

ライブ会場に着いたとき、

携帯に珍しく母からメールが届いていた。

「今日はあなたがいてくれなくて、とても残念だった」

短いことばが突き刺さった。

普段の小言とは明らかに重みが違う。

 

こころに、苦い一滴のインクが

広がっていった。

 

母はわたしにいて欲しかった。

祖父を喪ったかなしみを、

その日だけでも共にしたかったのだ。

 

そのささやかな願い。

たったそれだけのことに、

気づけなかった…。

 

それからも、

母は黙って教会に通い続けた。

 

日曜の朝、

家を出る母のその静かな足音が、

決まってベッドで眠るわたしを、

目覚めさせるのだった。

 

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【エッセイ36】祈りの軌跡

 

祖父は食卓につくと、

いつも決まって少しばかりの微笑を

浮かべながら、

右手の指でそっと十字をかいた。

 

言葉は口にしない。

ただ細く皺だらけの指先だけが、

同じ軌跡を描く。

ゆっくりと、短く…。

 

それが、祖父の祈りだった。

 

そばで見つめる幼い私には、

そのことの意味はよくわからなかった。

たまに十字をかく祖父と目が合うと、

祖父は照れたように微笑んでみせたが、

その笑顔にはいつも歓びがあふれていた。

 

そんな祖父を見上げるのが、

私は大好きだった。 

 

 *

 

母の隣でぼんやりと通夜の会場を

眺めていると、

初老の女性が挨拶してきた。

祖父の歯科医院で長年助手を

務めていた谷口さんだ。

 

立派になったわねえ、と

懐かしむように谷口さんは

話しかけてくれて、

自然と亡くなった祖父との想い出話に

花が咲いた。

 

いつもニコニコしていたこと、

大きな声で笑っていたこと、

谷口さんが笑いながら話す祖父の姿に、

熱いものがこみあげる。

 

話も一段落すると、

谷口さんは会場の方を見て、

ぽつりとつぶやいた。

 

「俊一(としかず)先生らしい最期ね」

 

谷口さんの目線を追って会場を見渡すと、

涙よりも笑顔の数が多いことに、

はじめて気がついた。

 

誰もが祖父との想い出を懐かしんで、

笑い合っている。

 

ひとは誰も、

最期の時を選ぶことはできない。

 

それでも、

最期の景色を選び取ることは

できるのかもしれない。

なぜか、そうおもった。

 

通夜の式は淡々と進んでいく。

母に続いて献花台に花を置いた。

見上げると、遺影の祖父と目があう。

自然と指を上げ、

そっと短く十字をかいた。

 

その軌跡は、

あの懐かしい祈りと同じだった。

 

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