メロディが9割 Vol.9
ピエロ / 岡村孝子歌えば鉄板で盛り上がる “ライブ定番ソング” とは?
ライブ定番ソングがある。
例えば、松田聖子サンなら、コンサートのラストを飾るのは、決まって「夏の扉」である。あのキラキラとしたシンセのイントロが流れた瞬間、会場の興奮は一気に最高潮に達する。ユーミンなら、かつての『SURF & SNOW』の、夏の逗子マリーナのラストを飾るのは、決まって「埠頭を渡る風」だった。同曲のクライマックスで花火が打ち上がり、観客がそれに見とれているうちに女王がステージ袖へハケるのが、毎度のお約束だった。
古くは、キャンディーズの「春一番」が、アルバム時代から毎度コンサートで一番盛り上がるため、ファンの後押しでシングルカットされたという逸話がある。そう、かくのごとくライブ定番ソングは盛り上がる。定番の1曲目、定番のラスト、定番のアンコール1曲目―― その意味では、ミュージシャンやアイドルにとって、歌えば鉄板で盛り上がるライブ定番ソングは、頼れる相棒とも言える。
それは、あのミュージシャンも同じだった。今日―― 1月29日がお誕生日の岡村孝子サンである。彼女の場合、往年のコンサートのラストを飾るのは決まって名曲「夢をあきらめないで」であり、アンコール1曲目の定番ソングがアルバム曲の「ピエロ」だった。
テレビの『熱闘甲子園』でも使われるなど、応援歌としても有名な「夢をあきらめないで」が人気なのは分かる。問題は「ピエロ」である。アルバム曲で、彼女のファン以外には、あまり知られていない。だが、彼女のコンサートを訪れる人々が最も楽しみにしているのが、アンコール1曲目でかかる、定番ソングの「ピエロ」だったのだ。
優れたメロディメーカー岡村孝子最強のアルバム「夏の樹」
見違えるほど いい女だと言われたくて 今夜は
背中の開いたドレスと紅いルージュで来たわ
思わせぶりな言葉ささやき あなた誘ってみれば
「今度またね」とやさしく言われ みじめな夜更け
「ピエロ」の初出は、1985年10月19日にリリースされたソロデビューアルバム『夢の樹』である。その2年前、加藤晴子サンとのデュオ「あみん」を解散した彼女は一旦、地元の愛知県に戻るが、ソロとしての音楽活動を求めるファンや関係者の声が止まず、再度上京する。そして、あみん時代から書き溜めていた楽曲をレコーディングしたのが、同アルバムだった。全曲作詞作曲は、あみん時代も含めて初めての経験だった。
個人的な感想を言わせてもらうと―― 僕はこの『夢の樹』が、岡村孝子史上最高傑作だと思う。B面1曲目の「ピエロ」はもちろん、「一人息子」とか「煙草」とか、無類の “名詞タイトル好き” の自分には堪らないし、歌詞も具体的でストレート。何よりメロディがいい。
もともと、あみん時代のミリオンセラー曲「待つわ」でも証明された通り、岡村孝子サンは優れたメロディメーカーである。そこに23歳のリアルな女性の経験と感性と、見かけによらず音楽家としての鼻っ柱の強さが加わり、最強のアルバムに仕上がった。
おっと、忘れられがちだが、彼女はめちゃくちゃ美人である。そう、美人で、華奢で、音楽的には天才で、23歳のリアルな女性の詞を書き、そして少々鼻っ柱が強い―― 最強じゃないですか。
優れた作曲家にしばしば見られる現象、“曲が降りてきた”
遊びなれた女ならば
私のこと愛せますか
愛してます 愛してます
言えはしない 私ピエロ
さて、「ピエロ」である。
まず、ポップでアップテンポなメロディが圧倒的にいい。ライナーノーツには、あっという間に曲が完成したと書かれてあるが、いわゆる “曲が降りてきた” んだと思う。優れた作曲家にしばしば見られる現象で、有名どころではポール・マッカートニーが寝起きにふと浮かんだメロディをピアノで再現してるうちに、スルスルと降りてきたのが「イエスタデイ」だった。あまりの曲の完成度の高さに、誰かの曲を知らずに盗作したのでは? と自身に疑いをかけたくらい。そして、そんな風に降りてきた楽曲は大抵の場合、名曲である。
ヘンな話、僕はこの世界には音楽の神様がいて、時々、預言者を通じてメロディを下界に降ろしていると思っている。預言者とは作曲家のことで、彼らの言う「メロディが降りてきた」とは、まさにその状態のこと。弾厚作作曲の「君といつまでも」、筒美京平作曲の「木綿のハンカチーフ」、タケカワユキヒデ作曲の「銀河鉄道999」、桜井和寿作曲の「Tomorrow never knows」―― どれも、“メロディが降りてきた” という逸話で語られるが、いずれも名曲であり、音楽の神様からのプレゼントじゃないだろうか。
コンサートのアンコール1曲目「ピエロ」じつは失恋の歌
男の好む女のタイプなんて見出しのついた
女性雑誌のページを穴があくほど読んで
いろんな女演じてみてはあなたの気をひくうち
本当の自分どこかに失くしあきれた日暮れ
おっと、「ピエロ」の話だった。一応、知らない人に解説しておくと、これは失恋の歌である。好きな人に、あの手この手でアプローチするも、悲しいかな、フラれる話だ。その詞がまた具体的でいい。そして不思議なことに―― 失恋話をアップテンポなメロディで歌われると、なぜか人は共感するんですね。
ユーミンの「DESTINY」にしろ、中島みゆきの「ひとり上手」にしろ、悲恋の話だけど、曲は明るい。それで一層、聴き手はハマる(笑)。「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ」とは、かのチャールズ・チャップリンの言葉だが、そういうことかもしれない。
実際、コンサートのアンコール1曲目で、「ピエロ」のイントロが流れると、会場はワッと歓声が上がり、総立ちになる。そしてステージ下手から元気に飛び出してくる孝子サン―― その顔は明るく、ノリノリである。一方、その詞はたまらなく切ないのだ。
悲しい詞を、明るい曲に乗せて歌う
昨日誰かの家の前まで送ったげたんだってね
あなたときたら見かけによらず遊び上手ね
悲しいくせに悔しいくせに軽いJokeとばして
笑ってみせる私 どこまで道化者なの
笑顔でファンに手を振る孝子サン。会場も笑顔であふれている。おいおい、失恋の歌だぞ! だが、そんなツッコミはどこ吹く風。観客はその日一番の盛り上がりを見せている。さすが、ライブ定番ソング。悲しい詞を、明るい曲に乗せて歌う―― そこに日本人は共感する。
優しそうな女ならば
私のこと愛せますか
わかりきった答えだから
聞けはしない 私ピエロ
要するに―― 僕らはみんなピエロなのだ。ピエロがあの白塗りのメイクをしているのは、悲しい素顔を見られたくないから。同様に、僕らも哀しい時ほど、それを悟られまいと、職場や学校で明るく振る舞うじゃないですか。
チャップリンのように。
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2022.01.29