白樺派は、1910年(明治43年)創刊の文学同人誌『白樺』を中心にして起こった文芸思潮の一つであり、その理念や作風を共有していたと考えられる作家達のことである。
雑誌「白樺」に依拠して、キリスト教、トルストイ主義、メーテルランク、ホイットマン、ブレイクなどの影響を受けつつ、人道主義、理想主義、自我・生命の肯定などを旗印に掲げた文学者たちが白樺派に名を連ねる。
この記事では白樺派について解説したい。
白樺派とは?
明治末期から大正時代にかけて、日本の文壇に清新な風を吹き込んだ白樺派。彼らは、1910年(明治43年)に創刊された文芸雑誌『白樺』の同人たちを中心とした文学者や芸術家の集団であった。学習院の同窓生であった武者小路実篤と志賀直哉が中心となり、里見弴、有島武郎、有島生馬らが加わって結成された。
自然主義文学が隆盛を極めていた当時、白樺派の作家たちは、人間の醜い部分や些細な出来事をありのままに描く風潮に疑問を抱いていた。彼らは、むしろ人間の精神的な内面や、理想を追求することに重きを置いたのである。大正デモクラシーの自由主義的な風潮を背景に、人間性尊重、個性解放、理想主義、人道主義を掲げ、既成の文学や芸術の枠にとらわれない、自由な表現を追求した。
白樺派は、自我の尊重と積極的な生き方を理想とし、恋愛の自由など、当時の社会ではタブーとされていたテーマにも果敢に挑戦した。特に有島武郎は、女性の解放といったテーマを積極的に作品に取り上げている。
白樺派の主要な作家と作品
白樺派には、多才な作家たちが集い、それぞれの個性を活かした作品を生み出した。
中心人物であった武者小路実篤、志賀直哉、有島武郎について、詳しく見ていこう。
武者小路実篤
白樺派の精神的な支柱であった武者小路実篤は、常に理想を追い求め、人間性の可能性を信じていた。彼の作品には、理想主義、人道主義といった思想が色濃く反映されている。
代表作の一つである『お目出たき人』では、どんな時でも幸福を感じ、周囲の人々にも幸福を分け与えようとする主人公を通して、人間の理想的な生き方を提示している。また、『友情』では、自己犠牲を厭わず、友のために尽くす主人公の姿を描写し、真の友情の在り方を問いかけている。さらに、『愛と死』では、愛する人を失った悲しみと、それを乗り越えていく人間の強さを、繊細な筆致で描いている。
実篤は、理想的な社会の実現を目指し、宮崎県に「新しき村」を建設したことでも知られている。共同生活や労働を通して、人間性の向上と社会の改革を目指した彼の活動は、白樺派の思想を体現するものと言えるだろう。
志賀直哉
「小説の神様」と称された志賀直哉は、鋭い観察眼と簡潔な文体で、人間の心理や行動をリアルに描写した。彼の作品は、私小説の要素が強く、自身の体験や内面世界を題材にしたものが多く見られる。
代表作『暗夜行路』は、主人公の時任謙作が、父との確執や過去の恋愛、そして自身の内面と向き合いながら、苦悩し成長していく姿を描いた長編小説である。また、『和解』では、父との確執を乗り越え、新たな家族との絆を築いていく過程が描かれている。『城の崎にて』は、城崎温泉での療養生活を通して、死生観や自然観を綴った作品である。そして、『小僧の神様』では、貧しい少年の純粋な心を描写し、読者の心を温かくする。
志賀の作品は、人間の心の奥底を深く探求し、普遍的なテーマを扱っていることから、現代においても多くの読者に愛読されている。
有島武郎
社会問題や倫理的なテーマに鋭く切り込んだ有島武郎。キリスト教的人道主義の影響を受け、人間の罪と救済、そして社会における矛盾を深く考察した。
代表作『或る女』は、封建的な社会の中で、自由を求めて生きる女性の葛藤を描いた作品である。『カインの末裔』では、貧困や差別といった社会問題を背景に、人間のエゴイズムや罪の意識を描き出している。『生まれ出づる悩み』は、自身の出生の秘密に苦悩する青年を通して、人間の存在意義を問いかける作品である。
有島は、社会主義思想にも傾倒し、労働運動にも参加した。彼の作品は、社会的な弱者に対する温かいまなざしと、社会の矛盾に対する鋭い批判精神を併せ持っている。
白樺派の特徴
白樺派の文学作品には、共通して見られる特徴がある。
人間性への関心
白樺派の作家たちは、人間の内面世界、精神の自由、個性の尊重といったテーマを重視した。彼らは、人間を善なる存在として捉え、その可能性を信じ、理想的な人間像を追求した。自然主義が客観的な描写に終始したのに対し、白樺派は人間の主体性や内面世界を深く掘り下げることで、新たな文学の地平を切り開いたのである。
理想主義
白樺派は、理想的な社会や人間関係の実現を強く願っていた。彼らの作品には、人道主義、平和主義、博愛主義といった思想が色濃く反映されている。特に、トルストイの思想は、白樺派の作家たちに大きな影響を与えた。彼らは、トルストイの非暴力主義や無政府主義的な思想に共鳴し、理想社会の実現を夢見ていたのである。
自然主義の影響
白樺派は自然主義を批判しながらも、その写実的な描写手法を部分的に取り入れている。志賀直哉の作品などに見られる、客観的な視点と細やかな描写は、自然主義の影響と言えるだろう。しかし、白樺派は自然主義のように、ただ現実をありのままに描くのではなく、そこに人間の精神性や理想を織り込むことで、作品に深みと奥行きを与えた。