以下、本発明をその好適な実施形態に即して詳細に説明する。
[レーザー脱離/イオン化質量分析用の有機シリカ基板]
本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析用の有機シリカ基板は、レーザー光を吸収可能な有機基を骨格に有する有機シリカからなる有機シリカ薄膜と、該有機シリカ薄膜の表面上に積層された疎水層とを備えており、前記疎水層が脂肪族系の炭素骨格を主骨格とする疎水基及び前記有機シリカのシリカ骨格と共有結合可能な官能基を有する疎水性材料からなる層であり、かつ、前記疎水層の厚みが0.2~5.5nmであることを特徴とするものである。
(有機シリカ薄膜)
本発明にかかる有機シリカ薄膜は、レーザー光を吸収可能な有機基を骨格に有する有機シリカからなる薄膜である。このように、薄膜を構成する有機シリカは、レーザー光を吸収可能な有機基を骨格に有するものである。ここで、「レーザー光を吸収可能」とは、吸収波長等は特に制限されず、いずれかの波長の光を吸収することが可能であればよい。また、本発明において「レーザー光を吸収可能な有機基」は、波長200~600nm(更に好ましくは250~450nm、特に好ましくは300~400nm)の範囲に吸収極大波長を有する有機基であることが好ましい。このような有機基の吸収極大波長が前記下限未満では、レーザー脱離/イオン化法(LDI)に利用した場合において、そのような波長のレーザー光を吸収させると、測定対象物(測定対象分子)とともに、有機シリカ薄膜中の有機基が該光により分解されてしまい、結果的に効率よく質量分析することが困難となる傾向にあり、他方、前記上限を超えると、そのような波長の光を照射して光を吸収させても、測定対象分子のイオン化に必要な光エネルギーを得ることは困難となる傾向にある。このように、前記有機基が上記波長範囲に吸収極大波長を有することで、質量分析に利用する波長域のレーザー光をより効率よく吸収させることも可能となる。
また、前記有機シリカ薄膜が骨格に有する「レーザー光を吸収可能な有機基」としては、例えば、質量分析の際に利用するレーザー光を吸収することが可能な構造部分を有する有機基等が挙げられる。このような有機基としては、その利用するレーザー光の波長にもよるが、レーザー光を吸収することが可能な構造部分として芳香環を有する有機基(例えばトリフェニルアミン、ナフタルイミド、フルオレン、アクリドン、メチルアクリドン、クアテルフェニル、アントラセン等)が挙げられる。このように、前記レーザー光を吸収可能な有機基(波長200~600nmの範囲に吸収極大波長を有する有機基)としては、例えば、それぞれ置換基を有していてもよい、トリフェニルアミン、ナフタルイミド、スチリルベンゼン、フルオレン、ジビニルベンゼン、ジビニルピリジン、アクリドン、メチルアクリドン、クアテルフェニル、アントラセン等が挙げられる。
さらに、このようなレーザー光を吸収可能な有機基(好ましくは波長200~600nmの範囲に吸収極大波長を有する有機基)としては、10個以上の炭素を含む芳香族有機基であることがより好ましい。このような芳香族有機基によれば、より効率よくレーザー光を吸収することが可能となる。このような芳香族有機基としては、例えば、それぞれ置換基を有していてもよい、トリフェニルアミン、ナフタルイミド、スチリルベンゼン、フルオレン、アクリドン、メチルアクリドン、クアテルフェニル、アントラセン、ピレン、アクリジン、フェニルピリジン、ぺリレン、ペリレンビスイミド、ジフェニルピレン、テトラフェニルピレン、ポルフィリン、フタロシアニン、ジケトピロロピロール、ジチエニルベンゾチアジアゾール等が挙げられる。また、前記有機シリカ薄膜は、有機基として1種の有機基を単独で有するものであっても、あるいは、複数種の有機基を組み合わせて有するものであってもよい。このような有機基の中でも、光照射に対する化学的安定性の観点から、トリフェニルアミン、ナフタルイミド、ピレン、ペリレン、及び、アクリドンのうちの少なくとも1種を含むこと(前記有機基の少なくとも1種がトリフェニルアミン、ナフタルイミド、ピレン、ペリレン、及び、アクリドンのうちの少なくとも1種であること)が好ましい。
また、前記有機シリカ薄膜において「有機基を骨格に有する」とは、シリカ薄膜のシリカ骨格を形成するケイ素(Si)に、直接又は間接的に(他の元素を介して)結合された前記有機基が存在していることを意味する。なお、このような有機シリカ薄膜としては、シロキサン構造(式:-(Si-O)y-構造)を形成するケイ素原子同士が有機基により架橋された構造(架橋構造)を有することにより、骨格に有機基が導入されていることがより好ましい。
また、前記有機シリカ薄膜において、該有機シリカを構成するケイ素及び前記レーザー光を吸収可能な有機基の含有割合は、該有機基の質量に対するケイ素の質量の比率([ケイ素の質量]/[有機基の質量])を基準として0.05~0.50(より好ましくは0.10~0.40、更に好ましくは0.10~0.35、特に好ましくは0.15~0.35)の範囲にあることが好ましい。このような質量比([ケイ素の質量]/[有機基の質量])が前記下限未満では有機シリカ薄膜の架橋密度が低くなり、十分に膜が硬化しない傾向にあり、他方、前記上限を超えると、相対的に有機基の密度が低下することでレーザー光の吸収強度が低下する傾向にあり、更には、凹凸構造(例えば多孔構造)を有する膜を製造しようとする場合に、製膜の段階で架橋度が過度に上昇し、ナノインプリントにより凹凸構造を形成することが困難になる傾向にある。このような質量比の有機シリカ薄膜としては、レーザー光を吸収可能な有機基として波長200~600nmの範囲に極大吸収波長を有する有機基を有しかつケイ素及び前記有機基の含有割合が、前記有機基の質量に対するケイ素の質量の比率([ケイ素の質量]/[有機基の質量])を基準として0.05~0.50(より好ましくは0.10~0.40、更に好ましくは0.10~0.35、特に好ましくは0.15~0.35)の範囲にある有機ケイ素化合物の重合体(縮合体)からなる薄膜を好適に利用することができる。
このような有機ケイ素化合物としては、下記一般式(1-i)~(1-iv):
[式(1-i)~(1-iv)中、Xはm価の有機基を示し、R1は、アルコキシ基(好ましくは炭素数1~5のアルコキシ基)、ヒドロキシル基(-OH)、アリル基(CH2=CH-CH2-)、エステル基(好ましくは炭素数1~5のエステル基)及びハロゲン原子(塩素原子、フッ素原子、臭素原子、ヨウ素原子)からなる群から選択される少なくとも一つを示し、R2は、アルキル基及び水素原子からなる群から選択される少なくとも一つを示し、n及び(3-n)はそれぞれケイ素原子(Si)に結合しているR1及びR2の数を示し、nは1~3の整数を示し、mは1~4の整数を示し、式(1-iv)中のLは単結合又はエーテル基、エステル基、アミノ基、アミド基及びウレタン基からなる群から選択されるいずれか1種の2価の有機基を示し、式(1-iv)中のYは炭素数1~4のアルキレン基を示す。]
で表され、かつ、ケイ素及び光を吸収可能な有機基の含有割合が、レーザー光を吸収可能な有機基の質量に対するケイ素の質量の比率([ケイ素の質量]/[有機基の質量])を基準として0.05~0.50の範囲にある有機ケイ素化合物が好ましい。なお、このような一般式(1-i)~(1-iv)で表される化合物中の「レーザー光を吸収可能な有機基」に関して、前記一般式(1-i)で表される化合物においては該式中においてXで表される基(m価の有機基(結合手は省略))が「レーザー光を吸収可能な有機基」となり、前記一般式(1-ii)で表される化合物においては、式:
[式(I)中、Xはm価の有機基を示し、mは1~4の整数を示す(このように、X及びmは、一般式(1-i)~(1-iv)中のX及びmと同義である)。]
で表される有機基が「レーザー光を吸収可能な有機基」となり、また、前記一般式(1-iii)で表される化合物においては、式:
[式(II)中、Xはm価の有機基を示し、mは1~4の整数を示す(このように、X及びmは、一般式(1-i)~(1-iv)中のX及びmと同義である)。]
で表される有機基が「レーザー光を吸収可能な有機基」となり、前記一般式(1-iv)で表される化合物においては、式:
X-(L-Y)m- (III)
[式(III)中、Xはm価の有機基を示し、Lは単結合又はエーテル基、エステル基、アミノ基、アミド基及びウレタン基からなる群から選択されるいずれか1種の2価の有機基を示し、Yは炭素数1~4のアルキレン基を示し、mは1~4の整数を示す(このように、X、L、Y及びmは、一般式(1-iv)中のX、L、Y及びmと同義である)。]
で表される有機基が「レーザー光を吸収可能な有機基」となる。このように、化合物中のケイ素と結合する基であって式中のXで示す基を含有する構造部分の有機基が「レーザー光を吸収可能な有機基」となる。
前記有機シリカ薄膜としては、上記一般式(1-i)~(1-iv)で表され、かつ、ケイ素及び光を吸収可能な有機基の含有割合が、その光を吸収可能な有機基の質量に対するケイ素の質量の比率([ケイ素の質量]/[有機基の質量])を基準として0.05~0.50の範囲にある有機ケイ素化合物からなる群(以下、該有機ケイ素化合物からなる群を、便宜上、場合により単に「化合物群(A)」と称する)の中から選択される少なくとも1種の有機ケイ素化合物の重合体からなる有機シリカ薄膜が好ましい。このように、前記有機シリカ薄膜としては、前記化合物群(A)の中から選択される1種の有機ケイ素化合物の重合体からなる有機シリカ薄膜が好ましい。
このような化合物群(A)の中から選択される少なくとも1種の有機ケイ素化合物の重合体からなる有機シリカ薄膜によれば、いわゆる光捕集アンテナ機能をより効率よく発現させることが可能な傾向にあり、これにより、より効率よく測定対象分子をイオン化することが可能となる傾向にある。なお、ここにいう「光捕集アンテナ機能」とは、光を照射した場合に光エネルギーを吸収して励起したエネルギーを細孔の内部に集約する機能をいい、かかる機能を利用すれば、吸収したレーザー光の光エネルギーを細孔の内部に担持された測定対象分子により効率よく移動させることが可能となる傾向にある。なお、このような「光捕集アンテナ機能」の定義は特開2008-084836号公報に記載されている定義と同様である。
また、このような化合物群(A)の中から選択される少なくとも1種の有機ケイ素化合物の重合体は、シロキサン構造(式:-(Si-O)y-で表される構造)を形成するケイ素原子同士が有機基により架橋された構造(架橋構造)を有するものとなり、これにより骨格に前記有機基を有する構造のものとなる(いわゆる「架橋型有機シリカ薄膜」となる)。ここで、上記一般式(1-i)で表されかつ式中のR1がエトキシ基、nが3、mが2である有機ケイ素化合物の重合反応を一例として、かかる架橋構造について説明すると、下記一般式(2):
[式中、Xはm価の有機基を示し、pは繰り返し単位の数に相当する整数を示す。]
で表されるような反応により、重合後に得られる有機シリカ薄膜は、有機基(X)によりシロキサン構造(式:-(Si-O)y-で表される構造)を形成するケイ素原子が架橋された構造の繰り返し単位を有するものとなる(なお、pの数は特に制限されないが、一般的には10~1000程度の範囲であることが好ましい。)。なお、このような架橋構造が形成された場合(有機シリカ薄膜が前記架橋型有機シリカ薄膜となる場合)には、これを質量分析に利用した場合、照射レーザー光をより効率よく吸収し、有機シリカ薄膜の細孔内に担持された測定対象分子に対して、より効率良く励起エネルギーを移動できる傾向にある。なお、前記一般式(2)で表される繰り返し単位を有する重合体からなる有機シリカは、その有機シリカ中の前記有機基(X)の総量(質量)とSiの総量(質量)の比率([ケイ素の質量]/[有機基の質量])が0.05~0.50の範囲の値であることが好ましい。
また、上記一般式(1-i)~(1-iv)におけるR1としては、縮合反応(重合反応)を制御し易いという観点からアルコキシ基及び/又はヒドロキシル基が好ましい。なお、同一分子中に複数のR1が存在する場合、R1は同一でも異なっていてもよい。このような一般式(1-i)~(1-iv)におけるR2として選択され得るアルキル基としては、炭素数1~5のアルキル基が好ましい。なお、同一分子中に複数のR2が存在する場合、R2は同一でも異なっていてもよい。
上記一般式(1-i)~(1-iv)において、式中のn及び(3-n)は、それぞれケイ素原子(Si)に結合しているR1及びR2の数を示す。ここにおいて、nは1~3の整数を示すが、縮合した後の構造をより安定なものとすることが可能であるという点から、nが3であることが特に好ましい。
さらに、上記一般式(1-i)~(1-iv)中のmは、前記有機基(X)に直接又は間接的に結合しているケイ素原子(Si)の数を示す。このようなmは1~4の整数を示す。このようなmは、安定なシロキサンネットワークを形成し易いという観点から、2~4(特に好ましくは2~3)であることがより好ましい。
また、式(1-iv)中のLとしては、高い化学的安定性確保の観点から、単結合又はエーテル基であることがより好ましい。なお、同一分子中に複数のLが存在する場合、Lは同一でも異なっていてもよい。更に、式(1-iv)中のYとしては、重合後のケイ素の高密度化と膜の柔軟性の両立の観点から、エチレン基又はプロピレン基であることがより好ましい。なお、同一分子中に複数のYが存在する場合、Yは同一でも異なっていてもよい。
また、上記一般式(1-i)~(1-iv)中のXはm価の有機基を示す。また、このようなm価の有機基としては、中でも、下記一般式(101)~(112):
[上記一般式(101)~(112)中、記号*は、該記号を付した結合手が上記式(1-i)~(1-iv)中のXに結合する結合手であることを示す。]
で表される有機基が特に好ましい。なお、このような一般式(101)~(112)で表される有機基において、有機基の高密度化及び安定固定化の観点から、記号*で表される結合手は直接ケイ素に結合していることがより好ましい。
このような有機基(式(1-i)~(1-iv)中のX)の中でも、上記一般式(101)~(110)で表される有機基(上記式(101)、(102)、(103)、(104)、(105)、(106)、(107)、(108)、(109)及び(110)で表される有機基)のうちのいずれかがより好ましく、上記一般式(101)~(106)及び(109)で表される有機基のうちのいずれかが更に好ましく、上記一般式(101)で表される有機基(トリフェニルアミン)及び上記一般式(102)~(103)で表される有機基(ナフタルイミド環を構造中に含む有機基)のうちのいずれかが特に好ましい。
また、有機シリカ薄膜が有する「レーザー光を吸収可能な有機基」としては、波長300~400nmのレーザー光の吸収能力と高い化学的安定性の観点からは、ナフタルイミド環を構造中に含む有機基であることが特に好ましい。
また、このようなレーザー光を吸収可能な有機基を骨格に有する有機シリカからなる有機シリカ薄膜としては、1種の有機基を単独で含有するものであってもよく、あるいは、2種以上の有機基を組み合わせて含有するものであってもよい。なお、2種以上の有機基を組み合わせて含有する有機シリカ薄膜としては、上記一般式(1-i)~(1-iv)のうちのいずれかで表され且つXの種類が異なる、複数種の有機ケイ素化合物の重合体等が挙げられる。
なお、前述の化合物群(A)の中から選択される少なくとも1種の有機ケイ素化合物の重合体としては、本発明の効果を損なわない範囲(例えば薄膜自体が有機基の質量に対するケイ素の質量の比率などの条件を満たす範囲)で、その重合体を調製する有機ケイ素化合物に、前述の化合物群(A)の中から選択されるもの以外の他の有機ケイ素化合物を含んでいてもよい。このような他の有機ケイ素化合物としては、例えば、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、テトラブトキシシランといったテトラアルコキシシラン等が挙げられる。
また、このような有機シリカ薄膜としては、表面積の増加に伴い、分析対象分子の吸着量が増加するため、凹凸構造を有する薄膜であることがより好ましい。このような凹凸構造は、柱状の空隙部からなる細孔が形成された多孔構造、あるいは、柱状体が配列されたピラーアレイ構造であることが好ましい。なお、ここにいう「柱状」は、略円柱、略多角柱等のいわゆる柱状のものの他、略円錐状、略多角錐状等のような、両端部の大きさ(直径、長さ等)が異なる形状のものも含む概念である。このような凹凸構造は、ナノインプリントにより効率よく製造できる。例えば、ナノインプリントに用いるモールドをピラーアレイ構造を有するものとした場合には、その構造の特性が転写された多孔構造を前記薄膜の凹凸構造とすることができ、反対に、ナノインプリントに用いるモールドを柱状の空隙部からなる細孔が形成された多孔構造を有するものとした場合には、その構造の特性が転写されたピラーアレイ構造を前記薄膜の凹凸構造とすることができる。また、ナノインプリントにより凹凸構造を形成する場合(ナノインプリント転写構造である凹凸構造)を形成する場合)、凹凸構造を有するモールドを用いて、その特性の転写や反転を繰り返して凹凸構造を形成してもよい。
また、このような凹凸構造としては、凹凸構造の軸方向が該有機シリカ薄膜の凹凸構造が形成されている面とは反対側の面の表面に対して略垂直な方向にあるものであることが好ましい。この点について、図面を参照しながら簡単に説明する。図1は、前記有機シリカ薄膜を備える構造体(多層構造体:積層体)の好適な一実施形態を模式的に示す概略縦断面図である。図1に示す積層体(多層構造体)は、基材1と、有機シリカ薄膜2とを備える(なお、このような基材1については後述する)。
ここで、「凹凸構造の軸方向が該有機シリカ薄膜の凹凸構造が形成されている面とは反対側の面の表面に対して略垂直な方向にある」とは、例えば、有機シリカ薄膜2の凹凸部分の空隙部(凹部の空間)が柱状の細孔である場合(有機シリカ薄膜2が多孔構造を有する場合)、かかる細孔の空間形状(空隙部の形状)の長軸の方向が有機シリカ薄膜2の凹凸構造が形成されている側の面S1とは反対側の面S2の表面に対して略垂直となっていることをいい、また、有機シリカ薄膜2の凹凸部分の凸部が柱状体(ピラー状)である場合(有機シリカ薄膜2がピラーアレイ構造を有する場合)、かかる柱状体(ピラー状)の長軸の方向が、有機シリカ薄膜2の凹凸構造が形成されている側の面S1とは反対側の面S2の表面に対して略垂直となっていることをいう。このように、「凹凸構造の軸方向」とは、凹凸構造が多孔構造の場合には細孔の長軸の方向をいい、また、凹凸構造がピラーアレイ構造の場合には柱状体(ピラー)の長軸の方向をいう。また、ここにいう「長軸」とは、細孔の空隙部の形状又は柱状体の重心部を通る長手方向の軸をいい、柱状体の縦断面図に基づいて求めることができる。
ここで、「略垂直」という概念について図2を参酌しながら説明する。図2は、図1に示す領域Rの拡大図である。ここで、図1及び図2に示す凹凸部分の空隙部(凹部の空間)が柱状の細孔である場合(凹部が柱状の細孔である多孔構造が形成されている場合)を例にして説明すると、凹凸構造の軸方向が面S2の表面に対して略垂直な方向にあるとは、有機シリカ薄膜2の凹凸構造が形成されている面S1とは反対側の面S2の表面に対して、細孔の空間形状(空隙部の柱状の形状)の長軸C(細孔の長軸C)がなす角度αが90°±30°(より好ましくは90°±20°)の範囲にあることをいう。なお、凸部が柱状体(ピラー状)である場合(有機シリカ薄膜2がピラーアレイ構造を有する場合)においても、凹凸構造の軸方向が面S2の表面に対して略垂直な方向にあるとは、有機シリカ薄膜2の凹凸構造が形成されている面S1とは反対側の面S2の表面に対して、かかる柱状体(ピラー状)の長軸がなす角度が90°±30°(より好ましくは90°±20°)の範囲にあることをいう。
このように、有機シリカ薄膜2に形成されている凹凸構造は、その凹凸構造の軸方向が有機シリカ薄膜2の面S2の表面に対して略垂直な方向(90°±30°、より好ましくは90°±20°)にあることが好ましい(該凹凸構造の軸方向と有機シリカ薄膜2の面S2の表面とのなす角度が略垂直(90°±30°、より好ましくは90°±20°)となるような方向にあることが好ましい)。なお、有機シリカ薄膜2に形成されている凹凸構造の軸方向が前記方向にない場合には、質量分析に利用する場合にレーザ光を照射しても、凹凸の空隙部(細孔の場合には細孔空間)に吸着させた分子を膜外に脱離、気化させることが困難となる傾向にある。なお、図1に示す積層体(多層構造体)の場合、有機シリカ薄膜2の面S2の表面は、平面であり、有機シリカ薄膜2が基材1上に積層されており、かつ、基材1の表面に対向する面となる。また、このように凹凸構造の軸方向が有機シリカ薄膜2の面S2の表面に対して略垂直な方向にあるか否かの判断は、以下のようにして行う。すなわち、有機シリカ薄膜の断面を原子間力顕微鏡(AFM)測定により求めて、任意の100点以上の凹凸構造の軸方向をそれぞれ測定して、いずれの凹凸の軸方向も凹凸構造が形成されている面とは反対側の面の表面に対して略垂直(90°±30°、より好ましくは90°±20°)となっている場合に、凹凸構造の軸方向が有機シリカ薄膜の凹凸構造が形成されている面とは反対側の面の表面に対して略垂直な方向にあるものと判断できる。
また、このような有機シリカ薄膜は、凹部が柱状の細孔により形成されてなる凹凸構造を有する多孔膜、又は、凸部が柱状体により形成されかつ該柱状体が配列されてなるピラーアレイからなる凹凸構造を有する薄膜であることが好ましい。すなわち、このような凹凸構造としては、凹部が柱状の細孔により形成されてなる凹凸構造であること、又は、凸部が柱状体により形成されかつ該柱状体が配列されてなるピラーアレイからなる凹凸構造であることが好ましい。
このような有機シリカ薄膜の凹凸構造において、凸部の壁面間の距離の平均値は、5~500nmであることが好ましく、5~200nmであることがより好ましく、5~100nmであることが更に好ましい。このような凸部の壁面間の距離の平均値が前記下限未満では凹凸の空隙部(細孔の場合には細孔空間)に分子量の大きな分子を導入して吸着させることが困難となる傾向にあり、他方、前記上限を超えると凹凸構造の形成による表面積の増加効果を十分に得られない傾向にある。なお、このような凸部の壁面間の距離の平均値は、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて凹凸構造を測定し、凹凸構造の断面図(縦断面図)を求めて、該断面図に基づいて、任意の100点以上の凸部について、該凸部の高さが後述の凸部の平均高さの半分となる位置(なお、壁面間の距離の測定に利用される凸部の高さ位置は、その凸部ごとに、該凸部と最近接の凸部との間の凹部の最下点を、高さの基準(高さが0nmである)とみなして求める)において、該凸部と最近接の凸部との間の壁面間の距離(水平方向の距離)を求めて、その平均を計算することにより求めることができる。なお、このように凸部の高さが後述の凸部の平均高さの半分となる位置における、最近接の凸部間の壁面間距離(水平方向の距離)を凸部間の距離とみなすことで、凸部が、両端部の大きさ(直径、長さ等)が異なる柱状体の形状を有するものであっても、その柱状体間の距離を測定でき、これにより、例えば、凹部に導入する測定対象分子等の種類に応じて、その設計を適宜検討することも可能となる。すなわち、かかる凸部間の壁面間距離は、凹部の空隙部の大きさの指標として利用できる。なお、このような凸部の壁面間の距離は、凹部が柱状の細孔により形成されてなる凹凸構造である場合においては、細孔の直径とみなすことができる。このような観点から、凹部が柱状の細孔により形成されてなる凹凸構造である場合には該細孔の平均細孔直径が、5~500nm(より好ましくは5~200nm、更に好ましくは5~100nm)であることが好ましいといえ、同様に、凸部が柱状体により形成されかつ該柱状体が配列されてなるピラーアレイからなる凹凸構造である場合、凸部の壁面間の距離(ピラー間の距離)の平均値は5~500nm(より好ましくは5~200nm、更に好ましくは5~100nm)であることが好ましいといえる。
また、このような有機シリカ薄膜の凹凸構造において、凸部の平均高さ(凹部の平均深さ)は、前記凸部の壁面間の距離の平均値以上であることが好ましく、20~1500nmとすることが更に好ましく、50~500nmとすることが特に好ましい。なお、凸部の平均高さ(凹部の平均深さ)は、後述の膜の厚みTと同程度の範囲とすることがより好ましい。このような凸部の平均高さ(凹部の平均深さ)が前記下限未満では凹凸構造の形成による表面積の増加効果を十分に得られない傾向にあり、他方、前記上限を超えると有機シリカ薄膜を質量分析に利用する場合にレーザ光を照射しても、空隙部(細孔の場合には細孔空間内)の深部に吸着された分子を膜外に脱離、気化させることが困難となる傾向にある。なお、ここにいう凸部の平均高さ(凹部の平均深さ)は、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて凹凸構造を測定し、凹凸構造の断面図(縦断面図)を求めて、該断面図に基づいて、任意の100点以上の凸部に対して、隣接する凹部のうちの最も低い位置にある点(凹部の最下点)と該凸部の頂点の高さの差(垂直方向の距離)を求めて、その平均を計算することで求めることができる。
また、このような凹凸構造としては、凹凸の平均ピッチが20~1000nmであることが好ましく、20~500nmであることがより好ましく、20~200nmであることが更に好ましい。このような凹凸の平均ピッチが前記下限未満では高アスペクト比の凹凸構造の製造が困難となる傾向にあり、他方、前記上限を超えると凹凸構造の形成による表面積の増加効果を十分に得られない傾向にある。このような平均ピッチとしては、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて凹凸構造を測定し、凹凸構造の断面図(縦断面図)を求めて、該断面図に基づいて、任意の100点以上の凸部について、その凸部と最近接の凸部との間において、凸部の頂点(凸部の断面形状が略長方形状等の形状で、凸部の上部が凸部の頂点を含む直線となっている場合(例えば凸部が円柱状で上部が平面である場合)には、その上部の中心点)間の水平方向の距離を測定し、それぞれの測定値の平均として求められる値を採用する。
なお、このような有機シリカ薄膜の凹凸構造が、凸部が柱状体により形成されかつ該柱状体が配列されてなるピラーアレイからなる凹凸構造である場合、該柱状体の短軸の平均長さは10~500nmであることが好ましく、10~200nmであることがより好ましく、10~150nmであることが更に好ましい。このような短軸の平均長さが前記下限未満では高アスペクト比の凹凸構造の製造が困難となる傾向にあり、他方、前記上限を超えると凹凸構造の形成による表面積の増加効果を十分に得られない傾向にある。このような柱状体の短軸の長さは、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて凹凸構造を測定し、凹凸構造の断面図(縦断面図)を求めて、該断面図に基づいて、任意の100点以上の柱状体の短軸の長さを求めて、その平均を計算することにより求めることができる。なお、ここにいう柱状体の短軸とは、柱状体の重心を通り且つ長軸と垂直な軸をいい、柱状体の縦断面図に基づいて求めることができる。
また、このような有機シリカ薄膜の厚みTは、20~2000nmであることが好ましく、50~1000nmであることがより好ましく、100~500nmであることが更に好ましい。このような厚みが前記下限未満では、質量分析の基板として利用した場合にレーザー光を十分に吸収できず、測定対象分子の脱離及びイオン化の効率が低下してしまう傾向にあり、他方、前記上限を超えると、分析に関与しない膜の割合が増えて(膜中に分析に関与しない領域が増えて)コストが増加する傾向にあるとともに、基板との密着性の低下を招く傾向にある。
また、このような有機シリカ薄膜は、例えば、図1や図2に示すように、他の基材上に積層した積層体などの形態として利用してもよい。このような基材1としては、有機シリカ薄膜を支持することが可能なものであればよく、特に制限されず、シリカ膜を製造する際に利用することが可能な公知の基材(例えば、シリコン基材(Si基材)、ITO基材、FTO基材、石英基材、ガラス基材、各種金属基材、各種薄膜、等)を適宜利用できるが、中でも、レーザー脱離/イオン化質量分析により好適に利用できることから、導電性基板が好ましい。このような導電性基板としては、特に制限されるものではないが、例えば、ステンレス鋼、シリコン基材、ITO膜からなる基材、ZnO膜からなる基材、SnO2膜からなる基材、FTO膜からなる基材等を用いることができる。このような基材1としては、その形態は特に制限されないが、平板状のものが好ましい。
このような有機シリカ薄膜の製造方法は特に制限されず、公知の方法を適宜利用することが可能であるが、例えば、レーザー光を吸収可能な有機基を有する前記有機ケイ素化合物(より好ましくは前記化合物群(A)の中から選択される1種の有機ケイ素化合物)を部分的に重合せしめて得られたゾル溶液を用いて、前記基材上に該ゾル溶液の塗膜を形成した後、これを硬化せしめることにより、有機シリカ薄膜を得る方法(I)を好適に利用してもよい。なお、前記方法(I)を採用した場合において、例えば、前記ゾル溶液を用いて塗膜を形成した後、硬化する前に、その塗膜にナノインプリントにより凹凸構造を形成し、その後、硬化せしめることにより、凹凸構造を有する多孔膜(有機シリカ薄膜)を得ることも可能である。以下、このような方法(I)について簡単に説明する。
このような方法(I)に利用するゾル溶液(コロイド溶液)は、前記レーザー光を吸収可能な有機基を有する有機ケイ素化合物を部分的に重合せしめて得られるものである。このようなゾル溶液は、前記有機ケイ素化合物(より好ましくは前記化合物群(A)の中から選択される1種の有機ケイ素化合物)を用いる以外は、シリカ構造体を製造する分野において、いわゆるゾル-ゲル法として知られる公知の方法を採用することにより適宜形成することができる。なお、このようなゾル溶液は、前記有機ケイ素化合物を部分的に加水分解及び縮合反応せしめて得られる部分重合物を含む溶液であることが好ましい。このような溶液に利用する溶媒としては、特に制限されず、いわゆるゾル-ゲル法に用いられる公知の溶媒を適宜利用でき、例えば、メタノール、エタノール、メトキシエタノール、1-プロパノール、イソプロパノール、アセトン、テトラヒドロフラン、N,N-ジメチルホルムアミド、1,4-ジオキサン、アセトニトリル等の有機溶媒が挙げられる。このような溶媒の中でも室温付近での揮発性及び有機化合物の高い溶解性の観点から、メトキシエタノール、1-プロパノール、イソプロパノール、1,4-ジオキサン、テトラヒドロフランが好ましい。
また、このようなゾル溶液を調製する際に、前記有機ケイ素化合物を部分的に重合せしめるための諸条件(温度や反応時間)は特に制限されず、用いる有機ケイ素化合物の種類に応じて、例えば、反応温度を0~100℃程度、反応時間は5分~24時間程度としてもよい。また、このような部分的な重合を効率よく進行せしめるといった観点からは、酸触媒を利用することが好ましい。このような酸触媒としては、塩酸、硝酸、硫酸といった鉱酸等が挙げられる。
このようなゾル溶液を調製するための方法としては、例えば、前記有機ケイ素化合物と前記溶媒と前記酸触媒とを含む溶液を準備し、かかる溶液を室温(20~28℃、好ましくは25℃)で0.5~12時間程度撹拌することによって、前記有機ケイ素化合物を部分的に重合(部分加水分解および部分重縮合)させて、ゾル溶液を調製する方法を採用してもよい。このように撹拌して反応させる場合において、前記撹拌時間が前記下限未満になると、シリル基の加水分解反応が不十分となり、製膜後の膜の硬化反応が進行し難い傾向にある。
なお、前記ゾル溶液には、最終的に得られる有機シリカ薄膜を前述の条件を満たすものとすることが可能であれば、前記有機ケイ素化合物以外の他の有機ケイ素化合物(例えば、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、テトラブトキシシランといったテトラアルコキシシラン等)を更に含有させてもよい。
また、ゾル溶液としては、溶媒中の前記有機ケイ素化合物の含有量が0.2~20質量%であることが好ましく、0.5~7質量%であることがより好ましい。このような有機ケイ素化合物の含有量が前記下限未満では厚みを制御しながら均一膜を製造することが困難となる傾向にあり、他方、前記上限を超えるとゾル溶液中において反応を制御することが困難となり、安定なゾル溶液を調製することが困難となる傾向にある。
さらに、このようなゾル溶液としては、溶媒中の前記有機ケイ素化合物の含有量が2~200g/Lであることが好ましく、5~150g/Lであることがより好ましい。このような有機ケイ素化合物の含有量が前記下限未満では厚みを制御しながら均一膜を製造することが困難となる傾向にあり、他方、前記上限を超えるとゾル溶液中において反応を制御することが困難となり、安定なゾル溶液を調製することが困難となる傾向にある。
また、このようなゾル溶液は、前記有機ケイ素化合物を部分的に重合せしめて形成した後、製造時のコンタミネーション防止及びより高い平滑性の確保の観点から、メンブレンフィルター等で濾過した後に製膜に利用することが好ましい。
また、上記のゾル溶液から得られる塗膜の形成方法は特に制限されず、ゾル溶液を、型にキャストする方法や各種コーティング方法で基材に塗布する方法が好適に採用される。さらに、このようなコーティング方法としては、公知の方法(例えば、バーコーター、ロールコーター、グラビアコーターなどを用いて塗布する方法、ディップコーティング、スピンコーティング、スプレーコーティング等といった方法)を適宜採用することができる。
また、このようなゾル溶液から得られる膜(未硬化又は半硬化)の厚みとしては、0.1~100μmであることが好ましく、0.1~25μmであることがより好ましい。このような膜の厚みが前記下限未満では基板全面において膜の厚みを均等に保つことが困難となる傾向にあり、他方、前記上限を超えると流動や液だれによって膜厚にむらができ易い傾向にある。
また、このような塗膜を硬化させる方法としては、用いた有機ケイ素化合物の種類に応じて、その加水分解及び縮合反応が進行するような条件を適宜採用すればよく、その温度や加熱時間等は特に制限されないが、25~150℃程度の温度で1~48時間程度の時間加熱せしめることが好ましい。このように加熱することで、前記有機ケイ素化合物及び/又は前記有機ケイ素化合物の部分重合物の加水分解及び縮合反応を更に進行せしめることが可能となり、これにより、前記ゾル溶液から得られる塗膜を硬化せしめて前記有機シリカ薄膜を形成することが可能となる。なお、このような硬化工程においては、残留するアルコキシ基の加水分解や薄膜の硬化をより効率よく進行せしめるために、前記塗膜を、上記温度範囲(25~150℃)で加熱しながら1~48時間程度、塩酸の蒸気に暴露することが好ましい。このような塩酸の蒸気の暴露により、塗膜の表面のみならず、内部における反応促進が可能となり、残留するアルコキシ基の加水分解や薄膜の硬化をより効率よく進行せしめることが可能となると共に、得られる薄膜の表面に水酸基を露出させることも可能となる。
なお、このような方法(I)においては、前述のように、前記ゾル溶液を用いて塗膜を形成した後、硬化する前に、その塗膜にナノインプリントにより凹凸構造を形成し、その後、硬化せしめることにより、凹凸構造を有する多孔膜(有機シリカ薄膜)を得ることも可能である。
このような方法(I)においてナノインプリント工程(ナノインプリントにより凹凸構造を形成して硬化せしめる工程)を採用する場合には、ナノインプリント工程において、溶媒が蒸発することによる構造収縮の影響が最小化するように、前記ゾル溶液から得られる膜を、溶媒が除去されている膜(溶媒を除去する処理を施した膜であっても、揮発性の溶媒を利用して塗布工程において溶媒を揮発(除去)させて得られる膜であってもよい)とすることが好ましい。なお、このようなゾル溶液から得られる塗膜は、そのゾル溶液の溶媒の種類によっては、膜を形成する工程(塗布工程等)において、溶媒がほとんど蒸発(揮発)する場合があり、そのような場合には、特に溶媒を除去する処理を施さなくても、溶媒の蒸発(揮発)による構造収縮の影響を最小化することが可能である。また、ここにいう「ナノインプリント」には、いわゆるナノインプリント法として知られた公知の技術を適宜採用可能であり、微細な凹凸パターンが形成されたモールド(ナノ構造体)を用いて、そのモールドのパターンを転写する方法(ナノインプリント法)を適宜採用することが可能である。
このようなナノインプリントに用いるモールドとしては、公知のナノインプリント法に利用可能なモールドを適宜利用することができ、市販品を利用してもよい。また、このようなモールド(ナノ構造体)としては、微細な凹凸パターンが形成されたナノ構造体等、所望の凹凸構造が形成されているものであれば適宜利用することができる。
このようなナノインプリントに用いるモールドとしては、形成される有機シリカ薄膜の凹凸構造の軸方向が該有機シリカ薄膜の凹凸構造が形成されている面とは反対側の面の表面に対して略垂直な方向となるような、凹凸構造を有するものであることが好ましい。そのようなモールドを用いることで、モールドの凹凸の特性を転写して、凹凸構造の軸方向が薄膜の凹凸構造が形成されている面とは反対側の面の表面に対して略垂直な方向となる、凹凸構造を有する有機シリカ薄膜を効率よく製造することが可能となる。例えば、凹凸構造が形成された平板をモールドとして利用する場合、そのモールドの凹凸構造を、凹凸構造の軸方向が該平板の凹凸構造が形成されている面とは反対側の面の表面に対して略垂直な方向となっているものとすることで、該モールドの凹凸パターンを転写させた際に、より効率よく、有機シリカ薄膜に形成される凹凸構造の軸方向を、該有機シリカ薄膜の凹凸構造が形成されている面とは反対側の面の表面に対して略垂直な方向とすることが可能である。
また、このようなナノインプリントに利用するモールドの凹凸構造は、凸部が柱状体により形成されかつ該柱状体が配列されてなるピラーアレイからなる凹凸構造、又は、凹部が柱状の細孔により形成されてなる凹凸構造であることが好ましい。なお、このようなモールドの凹凸構造は、ナノインプリントによりその凹凸構造の特性を転写(反転)させて有機シリカ薄膜に凹凸構造を形成するために利用するものであることから、その凹凸構造の好適な条件は、前述の有機シリカ薄膜の凹凸構造において説明した各種条件(例えば、平均細孔直径、平均ピッチ等)と同様となる。
また、ナノインプリントにより凹凸構造を形成して硬化せしめる方法としては、前記ゾル溶液から得られる膜(ゾル溶液の塗膜(未硬化又は半硬化)、ゾル溶液の塗膜に対して溶媒を除去する処理を施した膜(未硬化又は半硬化)等であってもよい)の表面に、前記モールドに形成されている凹凸の特性が転写(反転)されるように、モールドを乗せた後、該モールドを乗せたままの状態で前記ゾル溶液から得られる膜を加熱して硬化させる方法を採用することが好ましい。なお、このようにして加熱して硬化した薄膜からモールドを除去した後、薄膜中に残留するアルコキシ基の加水分解や薄膜の硬化をより十分に進行させるといった観点から、該薄膜を塩酸の蒸気に暴露してもよい。このようにして、ナノインプリントにより効率よく前記多孔膜を形成することができ、これを前記有機シリカ薄膜として利用することが可能である。
(疎水層)
本発明にかかる疎水層は、有機シリカ薄膜の表面上に積層された層であり、前記疎水層が脂肪族系の炭素骨格を主骨格とする疎水基及び前記有機シリカのシリカ骨格と共有結合可能な官能基を有する疎水性材料からなる層である。
このような疎水性材料中の疎水基は、脂肪族系の炭素骨格を主骨格とするものである。ここで、「脂肪族系の炭素骨格」とは、脂肪族系炭化水素と同様の炭素骨格構造を有する部分を含み、骨格中に複数の炭素原子(C)を有している構造(骨格)をいい、脂肪族系炭化水素の炭素原子のみにより形成された骨格であってもよいし、脂肪族系炭化水素の炭素原子とその他の原子(ヘテロ原子)との結合により形成された骨格(脂肪族系炭化水素の炭素の少なくとも一部がヘテロ原子(例えば酸素原子、窒素原子等)で置換されてなるような構造を有する骨格)であってもよい。このような「脂肪族系の炭素骨格」としては、該骨格を形成する全ての原子に対する炭素原子の含有比率が20at%(より好ましくは25at%)以上であることが好ましい。また、本発明において、「脂肪族系の炭素骨格を主骨格とする疎水基」とは、上述のような脂肪族系の炭素骨格により主たる骨格が形成されている疎水基であることをいう。なお、このような脂肪族系の炭素骨格を主骨格とする疎水基は、主に、主骨格の炭素骨格の構造に由来して、水酸基等の親水基に対する親和性を低くすることができる。
このような脂肪族系の炭素骨格を主骨格とする疎水基としては、特に制限されないが、アルキル基、アルキニル基、アルケニル基、フッ素原子含有基、及び、フッ素原子以外のハロゲン原子を含有するハロゲン原子含有基(好ましくは、フッ素原子以外のハロゲン原子を含むハロゲン化アルキル基、フッ素原子以外のハロゲン原子を含むハロゲン化アルキニル基、フッ素原子以外のハロゲン原子)からなる群から選択される少なくとも1種の基が好ましい。
このような疎水基として好適なアルキル基、アルキニル基、アルケニル基は、それぞれ、炭素数が1~40(更に好ましくは1~30、特に好ましくは1~20)のものがより好ましい。このような疎水基としてのアルキル基、アルキニル基及びアルケニル基に関して、炭素数が前記上限を超えると、かかる基を疎水基として有する疎水性材料の市販品を入手することが困難となるとともに、疎水性材料の反応性が低下する傾向にある。なお、このようなアルキル基、アルキニル基、アルケニル基は、それぞれ直鎖状のものであっても分岐鎖状のものであってもよく、立体障害が低く、反応が進行し易いといった観点からは、直鎖状のものがより好ましい。
また、このような疎水基として好適なフッ素原子含有基としては、例えば、フルオロアルキル基、フルオロエーテル基等が挙げられる。ここで、フルオロアルキル基とは、水素原子の少なくとも一部がフッ素原子に置換されたアルキル基(水素原子が部分的にフッ素原子に置換されたアルキル基又はパーフルオロアルキル基)を意味する。このようなフルオロアルキル基は、炭素原子に結合する水素原子が1個以上のフッ素原子により置換されたアルキル基であればよく、直鎖状のものであっても分岐鎖状のものであってもよい。
また、このようなフルオロアルキル基(水素原子の少なくとも一部がフッ素原子に置換されたアルキル基)の主骨格(炭素骨格)の炭素数(アルキル鎖の炭素数)は1~16(更に好ましくは1~10、特に好ましくは1~8)であることが好ましい。なお、このようなフルオロアルキル基の主骨格の炭素数の数値範囲の下限値は3であることがより好ましい。このような炭素数が前記上限を超えると、かかる基を有する疎水性材料の分子が嵩高くなり、疎水基を導入する際の反応が立体効果により進行し難くなる傾向にある。なお、このような炭素数を前記範囲内とすることで、疎水層を形成した際に、より高度な疎水性が得られる傾向にある。
なお、このようなフルオロアルキル基を疎水基として有する疎水性材料が、フルオロアルキル基を複数有するものである場合、その複数のフルオロアルキル基は、それぞれ、同一のものであってもよく、あるいは、異なるものであってもよい。ここにおいて、複数のフルオロアルキル基は、それぞれ独立に、炭素原子に結合する水素原子が1個以上のフッ素原子により置換された炭素数が1~16(より好ましくは1~8)の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基であることが好ましい。
また、このようなフルオロアルキル基としては、直鎖状のものであって、かつ、アルキル基中の水素原子の全てがフッ素原子に置換されたパーフルオロアルキル基であることがより好ましい。さらに、このような直鎖状のパーフルオロアルキル基としては、炭素数が3~8のものが特に好ましい。このような炭素数が前記下限未満では疎水性の効果が十分に得られなくなる傾向にあり、他方、前記上限を超えると、疎水基が嵩高くなって、疎水基を導入する際の反応が立体障害により進行し難くなり、有機シリカ薄膜との反応が十分に進まない傾向にある。
このようなフルオロアルキル基としては、例えば、式:CF3-、CF3-CH2-、CF3-CF2-、CF3-CH2-CH2-、CF3-CF2-CH2-、CF3-CF2-CF2-、CF3-CF2-CH2-CH2-、F-CH2-CF2-CH2-CH2-、CF2(CF3)-CH2-CH2-で表される基等が挙げられる。
このようなフルオロアルキル基の中でも、かかる基を有する疎水性材料(試薬)の汎用性、及び、その疎水性材料の反応の制御がより容易になること、等といった観点からは、3,3,3-トリフルオロプロピル基、1H,1H,2H,2H-ノナフルオロヘキシル基、1H,1H,2H,2H-パーフルオロオクチル基がより好ましい。これらの中でも、フルオロアルキル基としては、更に反応性の制御がし易く、反応時に立体障害による影響を受け難いといった観点から、3,3,3-トリフルオロプロピル基、1H,1H,2H,2H-ノナフルオロヘキシル基が特に好ましい。
また、前記フッ素原子含有基として好適なフルオロエーテル基は、下記一般式(i):
[式(i)中、R10は、水素原子の少なくとも一部がフッ素原子に置換された2価のアルキレン基(フッ化アルキレン基)を示す。]
で表される構造を有する基をいう。このような式(i)中のR10(水素原子の少なくとも一部がフッ素原子に置換されたアルキレン基(フッ化アルキレン基))としては、下記一般式(ii):
-CnF2n- (ii)
[式(ii)中、nは1~10(好ましくは1~5、更に好ましくは1~4)の整数を示す。]
で表される2価のパーフルオロアルキレン基がより好ましい。このような2価のパーフルオロアルキレン基は、直鎖状であってもよく、あるいは、分岐鎖状であってもよく、特に制限されないが、直鎖状のものがより好ましい。また、このような2価のパーフルオロアルキレン基において、nの値が前記上限を超えると立体障害が大きく、有機シリカとの反応が進行しにくくなる傾向にある。このように、上記式(i)中のR10が上記式(ii)で表される基である場合(この場合、上記式(i)で表される構造は、式:-CnF2n-O-で表される構造となる)、上記式(i)で表される構造として好適なものとしては、例えば、式:-CF2-CF2-O-、-CF2-CF2-CF2-O-、-CF2-CF2-CF2-CF2-O-で表される基等が挙げられる。
このような式(i)で表される構造を有するフルオロエーテル基としては、例えば、下記一般式(iii):
R20-(O-CnF2n)α- (iii)
[式(iii)中、R20は、水素原子が1個以上のフッ素原子により置換されていてもよい炭素数1~16のアルキル基を示し、nは1~10(好ましくは1~5、更に好ましくは1~4)の整数を示し、αは1以上の整数を示す。]
で表される構造部分を有する基を好適なものとして例示できる(なお、このようなフルオロエーテル基が疎水性材料中に複数含まれる場合、各フルオロエーテル基中のR2、n及びαはそれぞれ独立に選択でき、それぞれ同一のものであっても異なるものであってもよい)。
このような式(iii)中のR20として選択され得る、水素原子が1個以上のフッ素原子により置換されていてもよいアルキル基は、直鎖状のものであっても、分岐鎖状のものであってもよく、特に制限されないが、直鎖状のものであることが好ましい。このようなR20として選択され得る1個以上のフッ素原子により置換されていてもよいアルキル基の炭素数は、立体障害による反応抑制を防止するといった観点から、1~16であることがより好ましく、1~8であることがより好ましい。このようなR20としては、式:CF3-、CF3-CF2-O-、CF3-CF2-CF2-O-で表される基のうちのいずれかであることが好ましい。
また、上記式(iii)中において式:-CnF2n-で表される構造部分は、上記式(ii)で表されるパーフルオロアルキレン基である。例えば、式:-CF2-、-CF(CF3)-、-CH2-CF2-、-CF2-CF2-、-CF2-CF2-CH2-CH2-、-CH2-CF2-CH2-CH2-、-CF(CF3)-CH2-CH2-で表される基等が挙げられる。
また、このような式(iii)中において、αは、式(iii)中の式:(O-CnF2n)で表される構造が導入されている数を表す。このようなαの値としては、1以上であればよいが、1~100であることがより好ましく、1~40であることが更に好ましい。このようなαの値が前記上限を超えると反応性の制御が困難になる傾向にある。
また、上記式(iii)中においてαが2以上の整数である場合、複数の式:(O-CnF2n)で表される構造を含有することとなるが、この場合に、複数の式:-(O-CnF2n)-で表される構造は、それぞれ同一のものであってもよく、あるいは、異なるものであってもよい。また、上記式(iii)中において、式:-(O-CnF2n)α-で表される構造部分は、以下の条件(A)~(F):
条件(A) 式:-(OC4F8)-で表される基をa個有すること、
条件(B) 式:-(OC3F6)-で表される基をb個有すること、
条件(C) 式:-(OC2F4)-で表される基をc個有すること、
条件(D) 式:-(OCF2)-で表される基をd個有有すること、
条件(E) 上記a、b、c及びdはそれぞれ独立に0~200を示すこと、
条件(F) 上記a、b、c及びdの和が1以上であること、
を満たすことがより好ましい(ここにおいて、a、b、c及びdの和は1~100であることが特に好ましい)。なお、a、b、c及びdはぞれぞれ、1~60であることが好ましく、1~40であることがより好ましい。また、式:-(O-CnF2n)α-で表される構造中の式:O-CnF2nで表される構造部分は直鎖状のものが好ましく、中でも、式:O-CF2CF2、O-CF2CF2CF2、O-CF2CF2CF2CF2で表される構造を有することがより好ましい。また、上記条件(A)~(F)を満たす、式:-(O-CnF2n)α-で表される構造部分は、例えば、式:-(O-CF2CF2CF2)b-(OCF2CF2)c-で表される構造であってもよい。
また、上記式(iii)で表される構造部分を有する基(フルオロエーテル基として好適な基)としては、下記式(iii-1):
R20-(O-CnF2n)α-X- (iii-1)
[式中、R20、n及びαはそれぞれ式(iii)中のR20、n及びαと同義であり、Xは単結合又は2価の有機基を示す。]
で表される基であってもよい。このような式(iii-1)中のXとして選択され得る2価の有機基としては、式:-CH2-、-CF2-、-CHF-で表される基のうちのいずれかであることが好ましい。
さらに、前記疎水基として好適な、フッ素原子以外のハロゲン原子を含有するハロゲン原子含有基としては、フッ素原子の代わりにハロゲン原子を利用する以外は、前述のフッ素原子含有基と同様の構造のものを適宜利用できる。このようなフッ素原子以外のハロゲン原子含有基としてはフッ素原子以外のハロゲン原子を含むハロゲン化アルキル基、フッ素原子以外のハロゲン原子を含むハロゲン化アルキニル基、フッ素原子以外のハロゲン原子が好ましい。
このようなフッ素原子以外のハロゲン原子を含むハロゲン化アルキル基は、水素原子の少なくとも一部がフッ素原子以外のハロゲン原子に置換されたアルキル基(ハロゲン化アルキル基)からなる基である。このようなフッ素原子以外のハロゲン原子としては、汎用性の高さ、安定性、再現のし易さの観点から、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子が好ましく、塩素原子、臭素原子がより好ましく、塩素原子が特に好ましい。このようなハロゲン化アルキル基の炭素数としては、1~5(更に好ましくは1~4、特に好ましくは1~3)であることが好ましい。このような炭素数が前記上限を超えると反応性が低くなり、疎水層の形成が十分に進まない傾向にある。
このようなハロゲン化アルキル基としては、例えば、式:CCl3-、CBr3-、CCl2(CCl3)-、CBr2(CBr3)-、CH3-CCl2-、CH3-CBr2-、CCl3-CCl2-、CBr3-CBr2-、CCl3-CCl2-CH2-CH2-、CBr3-CBr2-CH2-CH2-、-CH2-CH2-Cl、-CH2-CH2-Br、-CH2-CH2-O-CH2-Cl、-CH2Cl、-CH2Br、-CH2-CH2-CH2-Clで表される基等が挙げられ、中でも、試薬の汎用性の高さ、反応の容易さの観点から、式:-CH2Cl、-CH2-CH2-Clで表される基が好ましい。
また、前記フッ素原子以外のハロゲン原子を含むハロゲン化アルケニル基は、水素原子の少なくとも一部がフッ素原子以外のハロゲン原子に置換されたアルケニル基(ハロゲン化アルケニル基)からなる基である。このようなフッ素原子以外のハロゲン原子としては、汎用性の高さ、安定性、再現のし易さの観点から、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子が好ましく、塩素原子、臭素原子がより好ましく、塩素原子が特に好ましい。このようなハロゲン化アルケニル基の炭素数としては、2~5(更に好ましくは2~4、特に好ましくは2~3)であることが好ましい。このような炭素数が前記上限を超えると反応性が低くなり、疎水層の形成が十分に進まない傾向にある。
また、前記フッ素原子以外のハロゲン原子を含むハロゲン化アルキニル基は、水素原子の少なくとも一部がフッ素原子以外のハロゲン原子に置換されたアルキニル基(ハロゲン化アルキニル基)からなる基である。このようなフッ素原子以外のハロゲン原子としては、汎用性の高さ、安定性、再現のし易さの観点から、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子が好ましく、塩素原子、臭素原子がより好ましく、塩素原子が特に好ましい。このようなハロゲン化アルキニル基の炭素数としては、2~5(更に好ましくは2~4、特に好ましくは2~3)であることが好ましい。このような炭素数が前記上限を超えると反応性が低くなり、疎水層の形成が十分に進まない傾向にある。
さらに、前記疎水性材料が有する、有機シリカのシリカ骨格と共有結合可能な官能基としては、特に制限されないが、例えば、下記一般式(iv):
Me-Z (iv)
[式(iv)中、Meは金属原子を示し、Zは加水分解性の置換基を示す。]
で表される構造部分を有する基が挙げられる。
このような式(iv)中のMe(金属原子)としては、例えば、ケイ素原子、アルミニウム原子、チタニウム原子、ジルコニウム原子等が挙げられ、中でも、試薬の安全性や反応制御のし易さの観点から、ケイ素原子が特に好ましい。
また、このような加水分解性の置換基(Z)としては、特に制限されず、ハロゲン原子、直鎖状あるいは分岐鎖状のアルコキシ基(より好ましくは、後述の式:-OR30で表されるアルコキシ基)、水酸基、直鎖状あるいは分岐鎖状のアルキル基、Meがケイ素原子である場合にSi-O-Si架橋の一部構造であるO原子、Meがケイ素原子である場合にSi-N-Si架橋の一部構造であるN原子、式:-OCOR31、-O-N=、-C(R31)2-で表される基(式中のR31は置換あるいは未置換の炭素数1~4のアルキル基を示す。)等が挙げられる。
このような加水分解性の置換基に関する式:-Zで表される基としては、汎用性、試薬の安定性の観点からは、Zが、ハロゲン原子である基(更に好ましくは塩素原子)、又は、下記一般式(v):
-OR30 (v)
[R30は炭素数1~8(更に好ましくは1~5、特に好ましくは1~3)のアルキル基を示す。]
で表されるアルコキシ基がより好ましい。このようなR30として選択され得るアルキル基は、直鎖状のものであっても、分岐鎖状のものであってもよいが、入手の容易性や、産業利用のし易さといった観点からは、直鎖状のものがより好ましい。なお、このようなR30の炭素数が前記上限を超えるとアルコキシ基の反応性が低下し、加水分解が十分に進行しない傾向にある。
なお、このような式:-OR30で表されるアルコキシ基が金属原子(Me)に結合した構造部分を有することにより、前記有機シリカ薄膜上の水酸基(-OH)と、容易に加水分解反応させることが可能となり、これにより、前記金属原子(Me)を酸素を介して、シリカ骨格を形成するケイ素原子(Si)に対して、より効率よく導入することが可能となり(式:Me-O-Si(かかる式中のSiはシリカ骨格を形成するケイ素原子)で表される構造部分をより効率よく形成することが可能となり)、前記有機シリカ薄膜を形成する有機シリカのシリカ骨格と前記疎水性材料をより効率よく反応(共有結合)させることが可能となる。
また、このような疎水基及び有機シリカのシリカ骨格と共有結合可能な官能基を有する前記疎水性材料としては、下記式(vi):
[式中、Dは、前記疎水基(前記アルキル基、前記アルキニル基、前記アルケニル基、前記フッ素原子含有基、前記フッ素原子以外のハロゲン原子を含むハロゲン化アルキル基、前記フッ素原子以外のハロゲン原子を含むハロゲン化アルキニル基、及び、前記フッ素原子以外のハロゲン原子を含むハロゲン化アルケニル基からなる群から選択される少なくとも1種の基が好ましい)を示し(なお、Dが複数存在する場合、Dはそれぞれ同一のものであっても異なるものであってもよい)、Zは、前記加水分解性の置換基を示し(Zは式(iv)中のZと同義である。なお、Zが複数存在する場合、Zはそれぞれ同一のものであっても異なるものであってもよい)、Meは金属原子を示し(Meは式(iv)中のMeと同義である)、e及びfは、それぞれ独立に1以上の整数でありかつeとfの和が金属原子Meの価数(原子価)と同じ値となるようにして選択される値(例えば、MeがSiである場合には、価数が4であるため、eとfの和が4となるようにしてそれぞれ選択される整数(eとfは、MeがSiである場合、e+f=4、e≧1、f≧1といった条件を満たす整数となる)である。]
で表される化合物を好適に利用できる。
このような式(vi)中においてDで表される疎水基としては、上述の脂肪族系の炭素骨格を主骨格とする疎水基であればよく、特に制限されないが、中でも、前記アルキル基、前記アルキニル基、前記アルケニル基、前記フッ素原子含有基、前記フッ素原子以外のハロゲン原子を含むハロゲン化アルキル基であることがより好ましい。また、このような式(vi)中においてZで表される加水分解性の置換基としては、ハロゲン原子、アルコキシ基(より好ましくは、上記式:-OR30で表されるアルコキシ基)、水酸基、直鎖あるいは分岐状のアルキル基、Meがケイ素原子である場合にSi-O-Si架橋の一部構造であるO原子、Meがケイ素原子である場合にSi-N-Si架橋の一部構造であるN原子が好ましく、中でも、クロロ原子又はアルコキシ基が特に好ましい。このような式(vi)中においてMeで表される金属原子としては、ケイ素原子が特に好ましい。
なお、Meがケイ素原子である場合に、ZがSi-O-Si架橋の一部構造であるO原子を示す場合、上記式(vi)で表される化合物は、式:
(D)e-Si(Z)f-O-Si(Z)f-(D)e
[式中、eとfはそれぞれ、それらの和が3となるようにして選択される、0~3のうちのいずれかの整数を示す(なお、eとfはそれぞれ1以上であることが好ましい)。]
で表される化合物であることが好ましく、この場合の化合物としては、例えば、ヘキサメチルジシロキサン、1,1,3,3-テトラメチルジシロキサンを利用してもよい。また、Meがケイ素原子である場合にZがSi-N-Si架橋の一部構造であるN原子を示す場合、上記式(vi)で表される化合物は、式:
(D)e-Si-NH-Si-(D)e
[式中、eは3の整数を示す]
で表される化合物であることが好ましく、この場合の化合物としては、例えば、テトラメチル-1,3-ビス(クロロメチル)ジシラザン、ヘキサメチルジシラザンを利用してもよい。
このような式(vi)で表される化合物(疎水性材料として好適な化合物)としては、例えば、前記式(iv)中の金属原子(Me)がケイ素原子である場合、式:
[式中のDは前記疎水基を示し、R30は式(v)中のR30と同義である。]
で表されるアルコキシシラン化合物や、式:
[式中のDはアルキル基を示す。]
で表されるクロロトリアルキルシラン化合物等を好適に利用できる。
また、このような式(vi)で表される化合物(疎水性材料として好適な化合物)としては、前記式(iv)中の金属原子(Me)がケイ素原子である場合、前記式(iv)中の加水分解性の置換基(Z)の種類に応じて、例えば、トリメトキシ(3,3,3-トリフルオロプロピル)シラン、、トリエトキシ(1H,1H,2H,2H-パーフルオロオクチル)シラン、トリメトキシ(1H,1H,2H,2H-ノナフルオロヘキシル)シラン、トリエトキシ(1H,1H,2H,2H-トリデカフルオロオクチル)シラン)等のフッ化アルキルトリアルコキシシラン;トリフルオロプロピルジメチルクロロシラン等のトリフルオロアルキルジアルキルクロロシラン;クロロトリメチルシラン、クロロトリエチルシラン、トリプロピルクロロシラン等のトリアルキルクロロシラン;(2-クロロエチル)トリメトキシシラン、3-クロロプロピルトリメトキシシラン等の塩化アルキルトリアルコキシシラン;(ヘプタデカフルオロ-1,1,2,2-テトラヒドロデシル)ジメチルクロロシラン、オクタデシルトリクロロシラン、テトラメチル-1,3-ビス(クロロメチル)ジシラザン、ヘキサメチルジシラザン、3-(メタクリロイルオキシ)プロピルトリメトキシシラン等の疎水基を含有するシラン化合物等を好適なものとして挙げることができる。
さらに、前記疎水基及び有機シリカのシリカ骨格と共有結合可能な官能基を有する前記疎水性材料としては、下記式(vii):
[式中、Dは、前記疎水基(前記アルキル基、前記アルキニル基、前記アルケニル基、前記フッ素原子含有基、前記フッ素原子以外のハロゲン原子を含むハロゲン化アルキル基、前記フッ素原子以外のハロゲン原子を含むハロゲン化アルキニル基、及び、前記フッ素原子以外のハロゲン原子を含むハロゲン化アルケニル基からなる群から選択される少なくとも1種の基が好ましい)を示し、Zは前記加水分解性の置換基を示し(Zは式(iv)中のZと同義である。なお、Zが複数存在する場合、Zはそれぞれ同一のものであっても異なるものであってもよい)、Meは金属原子を示し(Meは式(iv)中のMeと同義である)、R40は、一つの水素原子が式:-Me-(Z)gで表される基に置換された2価の基(中でも、好ましくは、一つの水素原子が式:-Me-(Z)gで表される基に置換された、アルキレン基、アルケニレン基及びアルキニレン基;並びに、これらの基のうちの少なくとも一つの水素原子が更にハロゲン原子に置換された基からなる群から選択される基)を示し、gは、1以上の整数でありかつ金属原子Meの価数(原子価)から1を引いた数値と同じ値となるようにして選択される数値(例えば、MeがSiである場合には、価数が4であるため、gは3となるようにしてそれぞれ選択される整数となる)であり、hは、1~16の整数(より好ましくは1~10の整数)を示す。]
で表される化合物も好適に利用できる。
このような式(vii)中のDで表される疎水基としては、上述の脂肪族系の炭素骨格を主骨格とする疎水基であればよく、特に制限されないが、中でも、前記アルキル基、前記アルキニル基、前記アルケニル基、前記フッ素原子含有基、前記フッ素原子以外のハロゲン原子を含むハロゲン化アルキル基であることがより好ましく、フッ素原子含有基が更に好ましい。また、式(vii)中のDで表される疎水基としては、上記式(iii-1)で表される基であることがより好ましい。
また、このような式(vii)中においてZで表される加水分解性の置換基としては、ハロゲン原子、上記式:-OR30で表されるアルコキシ基(式中のR30は式(v)中のR30と同義である。)、式:-OCOR31で表される基(式中のR31は置換あるいは未置換の炭素数1~4のアルキル基を示す。)、-O-N=で表される基、及び、-C(R31)2-で表される基(式中のR31は置換あるいは未置換の炭素数1~4のアルキル基を示す。)のうちのいずれかであることが好ましく、反応の制御の観点からは、上記アルコキシ基であることがより好ましい。
アルコキシ基が特に好ましい。なお、上記式(vii)中のgは、式:-Zで表される基の導入されている数を示す。このようなgが2以上である場合、すなわち、式:-Zで表される基が複数存在する場合、Zは同一のものであっても、異なるものであってもよい。また、このような式(vi)中においてMeで表される金属原子としては、ケイ素原子が特に好ましい。
このような式(vii)で表される化合物において、hの値は、1~16の整数(より好ましくは1~10の整数)である。このようなhの値が前記上限を超えると分子の立体障害が大きく、有機シリカ表面と反応できない分子が増え、十分な疎水性効果を得ることができない傾向にある。
また、このような式(vii)中のR40で表される基は、一つの水素原子が式:-Me-(Z)gで表される基に置換された2価の基であればよく、式:-Me-(Z)gで表される基を側鎖に有する各種ポリマーを形成し得るような構造を有するものであればよく、特に制限されないが、中でも、一つの水素原子が式:-Me-(Z)gで表される基に置換された、アルキレン基、アルケニレン基及びアルキニレン基;並びに、これらの基のうちの少なくとも一つの水素原子が更にハロゲン原子に置換された基からなる群から選択される基であることが好ましい。このようなアルキレン基、アルケニレン基及びアルキニレン基の炭素数としては2~8(より好ましくは2~4)であることが好ましい。
さらに、このような式(vii)で表される化合物としては、例えば、下記一般式(viii):
[式中のhは1~10の整数を示す。]
で表される化合物(高分子成分)を好適に利用できる。なお、このような式(vii)で表される化合物としては、市販品(例えば、ダイキン工業製の商品名「オプツール(登録商標)DSX」)を適宜利用できる。
また、前記疎水基及び有機シリカのシリカ骨格と共有結合可能な官能基を有する前記疎水性材料としては、例えば、下記一般式(ix):
[式中、D、Z、Me、R40、g、hは、それぞれ上記式(vii)中のD、Z、Me、R40、g、hと同義であり、R50は2価の基であればよく、iは1~16の整数(より好ましくは1~10の整数)を示す。]
で表される化合物であってもよい。このような化合物において、式:>R40-Me-(Z)gで表される繰り返し単位と、式:-R50-で表される繰り返し単位との導入形態は特に制限されず、例えば、ランダムに導入されていてもよく、ブロック、交互などのように導入されていてもよい。
なお、上記式(ix)中のR50は2価の基であればよく、各種ポリマーを形成し得るような構造を有するものを適宜利用でき、中でも、アルキレン基、アルケニレン基及びアルキニレン基;並びに、これらの基のうちの少なくとも一つの水素原子が更にハロゲン原子に置換された基からなる群から選択される基であることが好ましい。このようなアルキレン基、アルケニレン基及びアルキニレン基の炭素数は、特に制限されない。
なお、このような疎水性材料としては、前記疎水基及び有機シリカのシリカ骨格と共有結合可能な官能基を有するものであればよく、公知の材料(例えば、前記疎水基を備える加水分解性シラン化合物、前記疎水基を有する金属アルコキシド、側鎖に前記疎水基を有するとともにシリカ骨格と共有結合可能な官能基を有するシリコーン樹脂等)を適宜利用してもよく、市販品を利用してもよい。
また、本発明にかかる疎水層は、前記疎水性材料からなる層である。このような疎水性材料からなる層は、例えば、前記有機シリカ薄膜の表面上に前記疎水性材料を含む処理液を接触せしめることで形成することも可能である。なお、このように処理液を接触せしめて形成した場合の疎水層の状態を、疎水性材料が、上記式(vi-1)で表されるアルコキシシラン化合物である場合を例に挙げて、以下、図3を参照しながら検討する。すなわち、先ず、前記有機シリカ薄膜2の表面上に前記アルコキシシラン化合物を含む処理液を接触せしめて、前記アルコキシシラン化合物中のアルコキシ基(式:-OR30で表される基)と、前記有機シリカ薄膜2の表面上の水酸基とを反応させると、シリカ骨格を形成するケイ素原子(Si)と、式:D-Siで表される構造部分が酸素を介して結合して、疎水層3が形成され得るものと推察される。なお、前記式(vi-1)で表されるアルコキシシラン化合物を含む処理液を接触せしめて疎水層3を製造する場合には、図3に示すように、その一部は、疎水性材料同士が縮合(重合)した重合物となって前記有機シリカ薄膜の表面上に導入されたり、一部のアルコキシ基のみが反応に寄与して残りのアルコキシ基が残存した状態で前記有機シリカ薄膜の表面上に導入されること等が想定される。そのため、疎水性材料の担持後の疎水層3の構造を具体的に特定することは困難であるが、得られる疎水性材料からなる層は、その疎水性材料が有する疎水基(D)に起因して疎水性を示す層となることは明らかである。このように、前記疎水性材料からなる層(疎水層3)は、例えば、前記疎水性材料が前記金属アルコキシド(好ましくは前記アルコキシシラン化合物)である場合、その疎水性材料と前記有機シリカ薄膜の表面上の水酸基とが反応(加水分解反応)して形成される層とすることができ、前記有機シリカ薄膜の表面に、前記金属アルコキシド及び/又はその縮合物が結合した層を形成し得るものとも考えられる。なお、このような疎水性材料からなる層(疎水層)を製造するための方法として好適に利用可能な方法については、別途、説明する。
また、本発明にかかる疎水層の厚みは、0.2~5.5nmである。このような厚みが前記下限未満では、疎水性が必ずしも十分なものとはならず、有機シリカ薄膜の表面と測定対象分子(分析対象物資)との間の相互作用を十分に弱めることができず、測定対象分子が有機シリカ薄膜の表面に強く吸着されて、レーザー光を照射した際に効率よく(スムーズに)レーザー脱離/イオン化することが困難となる。他方、疎水層の厚みが前記上限を超えるとレーザー光を照射しても、有機シリカ薄膜から測定対象分子(分析対象物資)に対してエネルギーを移動させることが困難となり(疎水層の厚みによりエネルギーの移動が阻害され易くなり)、測定対象分子のレーザー脱離/イオン化の効率が低下してしまう。また、このような疎水層の厚みは、同様の観点で、測定対象分子のレーザー脱離/イオン化の効率がより向上するといった観点から、0.3~5nmであることがより好ましく、0.5~4nmであることが更に好ましい。
なお、本発明において、疎水層の厚みは疎水基の種類等に応じて、以下のようにして測定される値を採用することができる。すなわち、先ず、疎水層を形成する材料がフルオロアルキル基又はフルオロエーテル基からなる疎水基を備える疎水性材料である場合であって、単層導入されたものではない場合(単分子層となっていない場合)について説明する。このような疎水層の厚みの測定に際して、疎水性材料からなる疎水層を備える分析用試料を準備し、その分析用試料に対して表面から深さ方向に向かって10nmの位置(表面から厚み10nmまでの範囲)までX線光電子分光法(XPS)による分析(XPS分析)を行って、深さ10nmの領域までの膜の元素の組成を求め、深さ10nmの領域までの全元素(水素を除く)に対するフッ素(F)の量比([XPS分析により求められるフッ素(F)の量]/[XPS分析により求められる全元素(水素を除く)の量])を求める。そして、疎水性材料がフルオロアルキル基からなる疎水基を備えるものである場合、疎水性材料中の繰り返し単位がいずれも式:-(CF2)-で表される基であるものとみなして、下記式(IA):
[式(IA)中の記号について、YはXPS分析により求められる表面から深さ10nmの領域までのフッ素元素の量比を示し、Mは疎水性材料の繰り返し単位の分子量を示し(疎水性材料がフルオロアルキル基からなる疎水基を備える場合には、繰り返し単位が式:-(CF2)-で表される基であるものとみなすため、CF2の分子量50を利用する)、ρは疎水層の密度を示し、Lは疎水層の厚みを示し、mfは疎水性材料中の繰り返し単位におけるフッ素原子の個数(原子数)を示し、mは疎水性材料中の繰り返し単位の全原子数を示し(ただし、水素原子の数は除く:例えば、繰り返し単位が式:-(CF2)-で表される基である場合には3であり、繰り返し単位が式:-(CF2O)-で表される基である場合には4である)、ρ’は有機シリカ薄膜の密度を示し、Nは有機シリカ薄膜の繰り返し単位の分子量を示し、nは有機シリカ薄膜の繰り返し単位を構成する全原子の個数(原子数)を示す(ただし、水素原子の数は除く)。]
を計算することにより、疎水層の厚み(L)を求めることができる。このような計算式(IA)により求められるLの値を、本発明においては「疎水層の厚み」とみなす。なお、上述のようなXPS分析では、表面から深さ方向に向かって10nmの位置(表面から厚み10nmまでの範囲)までに存在する平均的なFの割合(疎な分析状態)が求められるが、このような式(IA)は、疎水層においては単位面積に蜜にF(XPS分析において量比を求めるターゲットとなる元素)が存在するものと仮定して、疎水層の厚みを求める計算式である(すなわち、単位面積に蜜にFが存在する厚みを疎水層の厚みとみなして、かかる厚みを求める計算式である)。なお、このような計算式(IA)において、疎水層の密度ρに関しては、基本的に、疎水性材料のポリマーからなる膜を形成した場合、かかるポリマーの密度に大きな変化はないことから、本明細書においては、かかるρの値を1.5であるものと仮定する(なお、かかる密度の値としては、フルオロエーテル基からなる疎水基を備える疎水性材料として代表的な、ダイキン工業製の商品名「オプツール(登録商標)DSX」を利用して形成した疎水層の密度の値を採用しており、本明細書においては、ρの値を1.5に固定して計算することで、各種疎水性材料を用いた場合の疎水層の厚みを求める)。また、有機シリカ薄膜の密度の値であるρ’は、有機シリカのバルク体を作製し、アルキメデスの原理を応用して得られた測定値(1.18)を採用する。なお、XPS分析では、一般に水素原子を検出できないため、計算式(IA)においては、m及びnで表される原子の個数からは水素原子の数を除く。また、有機シリカ薄膜の繰り返し単位は、有機シリカ薄膜を製造する際に利用する材料に基づいて求めてもよい(例えば、上記式(2)中に記載されているような繰り返し単位であるものとみなして計算してもよい)。なお、式(IA)中のYは、本来的に、XPS分析において量比を求めるターゲットとなる元素の量比であり、上記のようなフルオロアルキル基からなる疎水基を備える疎水性材料に対しての測定においてはフッ素をターゲットとしている。このようなターゲットとなる元素は、疎水基の種類にもよるが、その疎水基の繰り返し単位の炭素原子にヘテロ原子が結合している場合には、そのヘテロ原子に関する元素(例えば、式:-CF2-で表される繰り返し単位ではF元素、式:-CCl2-で表される繰り返し単位ではCl元素等)を選択することができる。以上、疎水層を形成する材料がフルオロアルキル基からなる疎水基を備えるものである場合についての疎水層の厚みの求め方を説明したが、例えば、疎水層を形成する材料がフルオロエーテル基からなる疎水基を備えるものである場合には、疎水性材料中の繰り返し単位が式:-(CF2O)-で表される基であるものとみなして、上記式中のMの分子量を50から、式:-CF2O-で表される繰り返し単位の分子量である「66」に変更する以外は、上記方法と同様にして、上記計算式(IA)により求められる値を採用することができる。
なお、上記式(IA)中のY(XPS分析により求められるフッ素元素の量比)の値としては、疎水層の厚みが異なる任意の3点以上の分析用試料を準備し、その分析用試料に対してそれぞれ、表面から深さ方向に向かって10nmの位置(表面から厚み10nmまでの範囲)までXPS分析を行うとともに、エネルギー分散型X線分光(EDX)分析装置を備える走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて加速電圧3kVの条件で、表面から深さ方向に向かって100nmの位置までEDX分析を行って、フッ素元素の含有比率を各分析(XPS分析、EDX分析)ごとに求めて、縦軸をXPS分析によるフッ素元素の含有比率、横軸をEDX分析によるフッ素元素の含有比率として、検量線を求め、その後、疎水層の厚みを測定したい有機シリカ基板に対して、EDX分析を行って、そのEDX分析のデータから、上記検量線との関係から、XPS分析を行った場合に、表面から厚み10nmまでの範囲に含まれるであろうフッ素元素の含有比率を見積もって、かかる値をXPS分析により求めたF元素の量と擬制して利用してもよい。なお、分析のターゲットとなる元素の種類が同じ場合には、上述のような検量線を利用して、膜厚を測定することができる。
また、疎水層の厚みの測定方法としては、疎水層を形成する材料が他の疎水基を備える疎水性材料である場合においても、疎水性材料が単層導入されたものでなければ(単分子層となっていない場合には)、基本的に、疎水層を形成する成分(元素)をXPS分析により分析し、単位面積に蜜にXPS分析において量比を求めるターゲットとなる元素が存在するものと仮定して、そのようなターゲットとなる元素が蜜に存在する範囲(厚み(L))を算出(例えば、疎水基が塩化アルキル基であるである場合には、Yの値にフッ素元素の量比の代わりに塩素元素の量比を利用し、疎水性材料中の繰り返し単位がいずれも式:-CCl2-で表される基からなるものとみなし、かつ、疎水層の密度ρは1.5であるものとみなして、上記式(IA)を計算することにより、単位面積に蜜に、XPS分析において量比を求めるターゲットとなる元素であるClが存在する範囲(厚み(L))を算出)することで、疎水層の厚みを求めることができる。なお、このような計算に利用する繰り返し単位の分子量は、疎水基の種類に応じて、その疎水基が炭素原子を一つのみ含む繰り返し単位により構成されているものと擬制して求める(例えば、疎水基が前述のようにフルオロアルキル基である場合には式:-CF2-で表される繰り返し単位、疎水基がアルキル基である場合には、式:-CH2-で表される繰り返し単位、疎水基がフルオロエーテル基である場合には、式:-CF2O-で表される繰り返し単位、により構成されているものと擬制して求める)。
また、本発明においては、疎水層が、疎水性材料をカップリング反応等により単層導入された層となっている場合(その製造工程から、疎水層が疎水性材料の単層構造からなること(単分子層となること)が明らかである場合)には、導入された後の疎水性材料の構造から、有機シリカ表面のケイ素(Si)から、結合した疎水性材料中の疎水基の端部までの長さを求め、これを疎水層の厚みと擬制する。例えば、疎水性材料がクロロトリメチルシラン[式:(CH3)3-Si-Clで表される化合物]である場合、有機シリカ薄膜の表面上の水酸基との反応により、有機シリカ表面のケイ素(Si)に対して式:-O-Si-(CH3)3で表される基が単層導入されるため、式:-O-Si-(CH3)3で表される基の長さ(0.4nm:なお、クロロトリメチルシランの分子のサイズは0.41nm)から、表面から疎水基の端部までの距離が0.4nmであるものと求めることができる。
前記疎水層は、水の接触角が90°以上(より好ましくは92~150°)となるような疎水性(撥水性)を有することが好ましい。このような水の接触角が前記下限未満では、測定対象分子が水溶性分子である場合に疎水層との親和性が高くなって、測定対象分子が疎水層に比較的強く吸着してしまい、レーザー光を照射した際にスムーズにレーザー脱離/イオン化することが困難となる傾向にある。他方、前記水の接触角が前記上限を超えると超撥水性となり、水溶性のサンプルを膜に滴下して担持することが困難となる傾向にある。
このような疎水性材料からなる層(疎水層)を製造するための方法として好適に利用可能な方法としては、特に制限されないが、例えば、前記有機シリカ薄膜の表面に、前記疎水性材料と溶媒とを含む疎水化処理液を接触せしめて反応させることにより、有機シリカ薄膜の表面上に、前記疎水性材料からなる薄膜を形成せしめる方法(X)を採用することができる。以下、このような方法(X)を簡単に説明する。
このような方法(X)に利用する疎水化処理液の溶媒としては、特に制限されず、公知の溶媒を適宜利用することが可能であり、例えば、疎水性材料中の疎水基がフッ素原子含有基である場合には、フッ素系溶媒、ヘキサン、クロロホルム、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、アセトン、N,N-ジメチルホルムアミド等を適宜利用することができる。このような溶媒としては、疎水性材料中の疎水基がフッ素原子含有基である場合、未反応分子を完全に除去することが可能となるような溶解性の高い溶媒であることから、フッ素系溶媒がより好ましい。このようなフッ素系溶媒としては、ハイドロフルオロカーボン、パーフルオロカーボン、ハイドロフルオロエーテル、パーフルオロポリエーテル等が挙げられる。また、疎水性材料中の疎水基がフっ疎原子を含まない基である場合には、前記溶媒としてエタノールやメタノール、トルエン、テトラヒドロフラン等を好適に利用でき、かかる溶媒に疎水性材料を希釈して疎水化処理液として好適に利用することができる。
また、このような疎水化処理液中の疎水性材料の含有量としては特に制限されないが、0.01~10質量%であることが好ましく、0.05~1質量%であることがより好ましい。このような疎水性材料の含有量が前記下限未満では有機シリカ薄膜の表面を、疎水性材料の分子で均一に被覆することが困難となる傾向にあり、他方、前記上限を超えると疎水層が厚くなり、LDI支援性能が低下する傾向にある。
また、このような疎水化処理液を前記有機シリカ薄膜の表面に接触せしめる方法は特に制限されず、前記有機シリカ薄膜を前記疎水化処理液に浸す方法、前記有機シリカ薄膜の表面に前記疎水化処理液を塗布する方法等、公知の方法を適宜採用できる。
さらに、前記疎水化処理液を前記有機シリカ薄膜の表面に接触せしめた後においては、該疎水性材料の前記官能基と前記有機シリカ薄膜の表面上の水酸基との反応を進行させる。ここにおいて、前記疎水性材料が、有機シリカのシリカ骨格と共有結合可能な官能基として加水分解性の置換基を有するものである場合には、室温で加湿をしなくても時間をかければ十分に反応を進行させることが可能であることから、前記反応を進行させるための方法(工程)は、特に制限されるものではないが、該疎水性材料の前記官能基と前記有機シリカ薄膜の表面上の水酸基との反応が効率よく進行するように、加熱条件下において、飽和水蒸気に暴露する工程を採用することが好ましい。このように、飽和水蒸気に暴露することで、前記疎水性材料を効率よく加水分解せしめて、有機シリカのシリカ骨格と共有結合させることが可能となる。なお、このような飽和水蒸気に暴露する工程における加熱条件としては、30~150℃であることが好ましく、40~80℃であることがより好ましい。また、このような飽和水蒸気に暴露する工程における加熱時間としては0.5~24時間であることがより好ましい。このような加熱温度や加熱時間が前記下限未満では疎水層を十分に積層させることが困難となり、疎水化の効果が低下する傾向にあり、他方、前記上限を超えると疎水層が厚くなり、LDI支援性能が低下する傾向にある。
また、前記疎水化処理液を前記有機シリカ薄膜の表面に接触せしめた後、該疎水性材料の前記官能基と前記有機シリカ薄膜の表面上の水酸基との反応を十分に進行させるために、大気雰囲気下、50~150℃程度の温度で0.5~24時間加熱処理を行ってもよい。
このようにして、前記疎水化処理液を前記有機シリカ薄膜の表面に接触せしめて反応させた後においては、余剰な疎水化材料を除去するために、前記溶媒を利用して洗浄処理を施すことが好ましい。このような洗浄処理を施さなかった場合には、疎水化材料の種類や疎水化処理液の濃度等にもよるが、余剰な疎水化材料より、疎水層の膜厚が5.5nmを超えてしまう傾向にある。すなわち、疎水層の膜厚を5.5nm以下とするといった観点からは、前記洗浄処理を施すことが好ましい。このような洗浄処理の方法は特に制限されないが、例えば、前述のような反応により、疎水化材料からなる層が形成された前記有機シリカ薄膜を、前述の溶媒(好ましくはフッ素系溶媒)中に浸漬して、超音波洗浄する方法を採用することが好ましい。
このようにして、前記有機シリカ薄膜の表面上に、前記疎水化材料からなる層(前記疎水化材料を用いて形成される層)を積層させることにより、前記有機シリカ薄膜と、前記有機シリカ薄膜の表面上に積層された疎水層とを備える、本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析用の有機シリカ基板を得ることができる。なお、このような方法(X)に利用する前記有機シリカ薄膜が、前記基材上に積層された構造のものである場合には、本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析用の有機シリカ基板を、前記基材と、該基材の表面上に形成(積層)された前記有機シリカ薄膜と、該有機シリカ薄膜の表面上に形成(積層)された前記疎水層とを備える積層体の形態とすることも可能である。
以上、本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析用の有機シリカ基板について説明したが、以下、本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析法を説明する。
[レーザー脱離/イオン化質量分析法]
本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析法は、レーザー脱離/イオン化質量分析法に用いる分析用基板が、上記本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析用の有機シリカ基板であることを特徴とする方法である。
このようなレーザー脱離/イオン化質量分析の方法としては、分析用基板として上記本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析用の有機シリカ基板(以下、場合により、単に「上記本発明の有機シリカ基板」と称する)を用いること以外は、特に制限されず、例えば、該有機シリカ基板を用いて、公知の方法で採用している条件と同様の条件を採用することによりレーザー脱離/イオン化質量分析する方法を適宜採用できる。また、このようなレーザー脱離/イオン化質量分析の方法としては、例えば、分析用基板として上記本発明の有機シリカ基板を用い、該有機シリカ基板の前記疎水層が形成されている面(表面)上に、測定対象分子を含む試料を担持せしめた後、該基板上の試料担持部位にレーザー光を照射することにより、前記測定対象分子をイオン化して質量分析を行う方法を好適な方法として採用することができる。以下、このような本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析法として好適な質量分析法について簡単に説明する。
このような方法に用いる試料は、測定対象分子を含むものである。このような測定対象分子としては特に制限されないが、本発明により、より高い検出感度で測定することが可能となることから、生体由来の分子又は生体試料中の分子であることが好ましい。このような生体由来の分子又は生体試料中の分子としては、糖、タンパク質、ペプチド、糖タンパク質、糖ペプチド、核酸、糖脂質等がより好ましく、これらの分子に対しては、本発明の効果をより高度なものとすることが可能となる傾向にある。また、このような測定対象分子としては、天然物から調製されるもの、天然物を化学的又は酵素学的に一部改変して調製されるものの他、化学的又は酵素学的に調製されるものであってもよい。また、生体に含まれる分子の部分構造を有するものや生体に含まれる分子を模倣して作製されたものであってもよい。
また、このような試料(測定対象分子を含む試料)は、測定対象分子そのものであってもよいし、あるいは、測定対象分子を含むもの(例えば、生体の組織、細胞、体液や分泌物(例えば、血液、血清、尿、精液、唾液、涙液、汗、糞便等)等)であってもよい。このように、前記試料(測定対象分子を含む試料)としては、直接生体試料を用いてもよい。また、試料の前駆体(測定対象分子の前駆体等)を上記本発明の有機シリカ基板の前記疎水層が形成されている面(表面)上に担持させた後に酵素処理等を行なって、有機シリカ基板の表面上で測定対象分子を調製してもよい。この場合には、前記試料前駆体を、上記本発明の有機シリカ基板に担持させた後に処理を行なうことで、結果的に試料を上記本発明の有機シリカ基板の前記疎水層が形成されている面(表面)上に担持することとなる。
また、前述の「測定対象分子」としては、上記試料に含有されている分子であって、その化学構造を決定したい分子そのものであってもよく、あるいは、上記試料に含有されている分子であって、その化学構造を決定したい分子を誘導体化した分子(例えば、いわゆる標識分子を化学構造を決定したい分子に結合させることにより得られる質量分析に供される分子)であってもよい。このように、「測定対象分子」は、誘導化していない分子であってもよく、あるいは、標識分子により誘導化した分子であってもよい。なお、誘導化の有無は特に制限されず、利用する有機シリカ薄膜の有機基の種類や、化学構造を決定したい分子の種類等に応じて適宜決定すればよい。このように、化学構造を決定したい分子によっては必ずしも誘導化を行なう必要はない。なお、このような測定対象分子の分子量については特に限定はないが、他の測定方法での正確な測定が困難であり本発明の特徴をより発揮し易いことから、160以上であることが好ましく、500以上であることがより好ましく、1000以上であることが特に好ましい。
また、前記測定対象分子として、化学構造を決定したい分子を誘導体化した分子を利用する場合、その誘導体化は、前記有機基が吸収した光エネルギー(前記有機シリカ薄膜が吸収した光エネルギー)を受容可能にする標識分子、好ましくは、上記有機シリカ薄膜の発光スペクトルとスペクトルの重なりを有する吸収帯を有する標識分子と共有結合させることにより行うことが好ましい。
このような標識分子は、有機シリカ薄膜から供与されるエネルギーの受容体としての効果を有するものであれば特に限定されないが、蛍光標識試薬として市販されている分子を利用してもよい。このような標識分子としては、例えば、ピレン誘導体、fluorescein誘導体、rhodamine誘導体、シアニン色素、Alexa Fluor(登録商標)、2-アミノアクリドン、6-アミノキノリン等が挙げられる。
また、エネルギー供与体である有機シリカ薄膜とエネルギー受容体である標識分子の組合せは、エネルギー移動の効率、有機シリカ薄膜の発光スペクトルと測定対象分子の吸収スペクトルとの重なり、相互作用の強度等の点から適宜決定できる。例えば、有機シリカ薄膜としてトリフェニルアミン基を有する架橋型有機シリカ薄膜を利用する場合は、標識分子として、2-アミノアクリドン等を好適に利用でき、また、有機シリカ薄膜としてメチルアクリドン基を有する架橋型有機シリカ薄膜を利用する場合は、標識分子として、4-Fluoro-7-nitrobenzofurazan、4-Fluoro-7-sulfobenzofurazan、3-Chlorocarbonyl-6,7-dimethoxy-1-methyl-2(1H)-quinoxalinone等を好適に利用できる。このような標識分子は、対象分子と化学結合し易い官能基を有することが好ましく、誘導体化は別の容器で行ってから使用してもよいし、上記本発明の有機シリカ基板の前記疎水層が形成されている面(表面)上で行ってもよい。
なお、上記本発明の有機シリカ基板を分析用基板として用いることによって測定対象分子をより効率よくイオン化することが可能となる理由は必ずしも定かではないが、本発明者らは以下のように推察する。すなわち、先ず、本発明の有機シリカ基板が備える有機シリカ薄膜に対してレーザー光が照射されると、該膜中の有機基によりレーザー光が吸収される。このようにしてレーザー光を吸収させることで、前記有機シリカ薄膜に吸収された光エネルギーを測定対象分子(エネルギー受容体)に移動させることが可能となる。このように、本発明にかかる有機シリカ薄膜は、レーザー光を照射すると、光エネルギーを測定対象分子(エネルギー受容体)に移動させるエネルギー供与体として作用する。なお、このような有機シリカ薄膜(エネルギー供与体)から測定対象分子(エネルギー受容体)へのエネルギー移動としては、発光を経由しないエネルギー移動(例えば分子間の励起エネルギー移動や電子移動、あるいは、熱エネルギーとしての移動)、及び、発光を経由するエネルギー移動(例えばレーザー光を吸収した有機シリカ薄膜の有機基から発せられた光を測定対象分子が吸収するエネルギー移動(発光再吸収によるエネルギー移動))が考えられる。そして、このようなエネルギー移動により、レーザー光を利用してより効率よく測定対象分子をイオン化することが可能となるものと本発明者らは推察する。
また、本発明においては、このようなエネルギー移動により、レーザー光を利用してより効率よく測定対象分子をイオン化することを可能とするものであると考えられることから、測定対象分子と有機基は以下の関係を満たすようにして選択することが好ましい。すなわち、前記エネルギー移動(有機シリカ薄膜(エネルギー供与体)から測定対象分子(エネルギー受容体)へのエネルギー移動)がどのようなものであっても、より効率よくエネルギー移動させることが可能となるといった観点からは、上記有機シリカ薄膜中の前記有機基により照射レーザー光を吸収させた後に、該有機シリカ薄膜の有機基から発せられる光のスペクトル(有機基からの発光スペクトル)と、前記測定対象分子の吸収スペクトルとが少なくともある1つの波長において重なるようにして、有機基及び測定対象分子を選択することがより好ましい。このように、前記有機基からの発光スペクトルと前記測定対象分子の吸収スペクトルとがなくともある1つの波長において重なっている場合には、有機シリカ薄膜が吸収した光エネルギー又は有機シリカ薄膜の励起エネルギーが測定対象分子により効率よく移動する傾向にある。特に、発光を経由してエネルギー移動する場合、上記有機シリカ薄膜が照射レーザー光を吸収して発光するものであり、かつ、該有機シリカ薄膜の発光スペクトル(有機基からの発光スペクトル)と、上記測定対象分子の吸収スペクトルとが、少なくともある1つの波長において重なっていることがより好ましい。このような発光により有機シリカ薄膜から出た光エネルギーが測定対象分子に効率よく移動する傾向にあるためである。
また、エネルギー移動の形式がどのようなものであっても(発光を経由する場合であっても、発光を経由しない場合であっても)、上記有機シリカ薄膜の発光スペクトルの短波長端の方が、上記測定対象分子の吸収スペクトルの長波長端より短波長側にあることによって、該有機シリカ薄膜の発光スペクトルと、該測定対象分子の吸収スペクトルとが、少なくともある1つの波長において重なっていることがより好ましい。このような場合には、有機シリカ薄膜が吸収した光エネルギーが、光エネルギー又は励起エネルギーとして測定対象分子に対して、より効率よく移動する傾向にある。
このようなレーザー脱離/イオン化質量分析法においては、質量分析に際して、先ず、上記本発明の有機シリカ基板の疎水層が形成されている面上に、測定対象分子を含む試料を担持せしめる。このような試料の担持方法としては特に制限されないが、例えば、上記有機シリカ基板の疎水層が形成されている面(表面)に対して前記試料を含む溶液を塗布し、溶媒を除去することで試料を載置することにより、上記本発明の有機シリカ基板に対して試料を担持する方法を採用することが好ましい。このような試料を含む溶液に利用する溶媒としては特に制限されないが、測定対象分子としてペプチド分子を利用する場合において、その溶解性の観点、更には、汎用性の観点から、水、アセトニトリル、メタノール、及び、これらの2種以上の混合溶媒を利用することが好ましい。また、前記試料を含む溶液を塗布する方法は特に制限されないが、調整溶液量が少量でよく、規定量の試料をより効率よく導入(担持)できることから、該溶液を滴下することにより塗布する方法を採用することが好ましい。なお、前述のように、試料前駆体(酵素処理前の分子)を上記本発明の有機シリカ基板に担持した後に酵素処理を行なって、該基板上で測定対象分子(酵素処理物)を調製することにより、結果的に上記本発明の有機シリカ基板の疎水層が形成されている面(表面)上に、測定対象分子(酵素処理物)を含む試料を担持してもよい。このように、上記本発明の有機シリカ基板上に最終的に測定対象分子を含む試料(測定対象分子そのもの、測定対象分子の誘導化物、測定対象分子と標準物質との混合物等)を担持することが可能であれば、試料を担持する方法は特に制限されない。
本発明においては、上述のようにして、上記本発明の有機シリカ基板の疎水層が形成されている面上に測定対象分子を含む試料を担持せしめた後、該膜の試料担持部位にレーザー光を照射することにより、前記測定対象分子をイオン化して質量分析を行う。
このような質量分析に用いるレーザー光源としては、特に制限されず、例えば、窒素レーザー(337nm)、YAGレーザー3倍波(355nm)、NdYAGレーザー(256nm)、炭酸ガスレーザー(9400nm、10600nm)等のレーザー光源が挙げられるが、有機シリカ薄膜が効率的に光を吸収できる波長のレーザー光源であるという観点から、窒素レーザー又はYAGレーザー3倍波のレーザー光源が好ましい。
また、前記レーザー光源(例えば窒素レーザーの光源)を用いて、レーザー光を前記有機シリカ基板上の試料担持部位に照射する。このようにしてレーザー光を試料担持部位に照射することで、前記測定対象分子をイオン化することが可能となる。なお、イオン化のメカニズムは、既に説明した通り、レーザーの照射部位に存在する前記有機基により照射レーザーが吸収され、吸収された光エネルギーが効率よく測定対象分子に移動することにより生じるものであると本発明者らは推察する。なお、レーザー光の照射条件(照射強度、照射時間等)は特に制限されず、測定対象分子に応じて、公知の質量分析の条件の中から最適となる条件を適宜選択して設定すればよい。
また、質量分析のためのイオンの分離検出方法は特に限定されず、二重収束法、四重極集束法(四重極(Q)フィルター法)、タンデム型四重極(QQ)法、イオントラップ法、飛行時間(TOF)法等を適宜採用でき、これによりイオン化した分子を質量/電荷比(m/z)に従って分離し検出することが可能である。なお、このようなイオンの分離検出には、市販の装置を適宜利用でき、例えば、ブルカー・ダルトニクス社製の質量分析計(商品名「autoflex」等)、Shimadzu社製のイオントラップ飛行時間型質量分析計(商品名「AXIMA-QIT等」)等を適宜利用してもよい。このようにして、イオン化された測定対象分子の質量分析を行うことができる。
なお、このような本発明のレーザー脱離/イオン化質量分析法は、分析用基板として上記本発明の有機シリカ基板を用いていることから、疎水層により測定対象分子を含む試料の特異的な吸着等が抑制され、より均一に測定対象分子を含む試料を基板上に担持できるとともに、基板の表面と測定対象分子の相互作用が十分に抑制されているため、レーザー光を照射することで、容易に測定対象分子を脱離/イオン化することが可能であり、マススペクトルにおいて測定対象分子のシグナル強度をより高いものとすることができ、より高感度な分析を行うことが可能となるものと本発明者らは推察する。また、本発明においては、測定対象分子(分析対象化合物)にマトリクス化合物(低分子有機物)を混合した試料(サンプル)を利用する必要がないことから、マトリクス由来のピークを検出することなく、測定対象分子に由来するピークを高感度で測定することも可能である。
以下、実施例及び比較例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
<有機シリカ薄膜の調製工程>
下記式(A):
[式(A)中、iPrで表される基はイソプロピル基を示す。]
で表される化合物(180mg;該化合物における有機基の質量に対するケイ素の質量([ケイ素の質量]/[有機基の質量])の比率:0.174[ケイ素の質量割合が17.4質量%の化合物]、なお、ここにいう「有機基」は、上記式(A)から2つの式:-Si(OiPr)3で表される基を除いた残基をいう)を、2mLの1-プロパノールに溶解せしめて混合液を得た。次いで、該混合液に2M(mol/L)の塩酸を24μL添加し、室温で60分間攪拌した後、更に400μLの2-メトキシエタノールを添加して5分間撹拌することにより、ゾル溶液を調製した。次に、得られたゾル溶液をメンブレンフィルターで濾過した後、濾過後のゾル溶液をシリコン基板上にスピンコート(1400rpmで4s)することで、前記シリコン基板上に未硬化の有機シリカ薄膜を形成した。なお、このようにして前記ゾル溶液から得られた膜(未硬化の有機シリカ薄膜)は、スピンコート時に溶媒の大半(ほとんど)が蒸発(揮発)した。なお、製膜直後の膜の原子間力顕微鏡(AFM)観察により、膜厚が250~350nmの範囲にあることを確認した。このようにして有機シリカ薄膜をコートしたシリコン基板を、残留アルコキシ基の加水分解及び薄膜の硬化を進行させるとともに水酸基(疎水性材料と反応可能な基)を有機シリカ薄膜の表面に露出させる目的で、6N(規定)の塩酸の蒸気に80℃で3時間曝露して、シリコン基板(基材)上に有機シリカ薄膜を調製した。このようにして、シリコン基板(基材)上に有機シリカ薄膜が積層された積層体を得た。
<疎水層の調製工程>
前記有機シリカ薄膜の調製とは別に、疎水基としてフルオロエーテル基を有するケイ素アルコキシド(ダイキン工業製の商品名「オプツール(登録商標)DSX」)からなる疎水性材料をハイドロフルオロエーテルで0.1質量%に希釈することにより疎水化処理溶液を調製した。その後、前述のようにして塩酸の蒸気に曝露した後に得られた前記積層体を、前記疎水化処理溶液に1分間浸した。次いで、前記積層体を前記疎水化処理溶液からゆっくり引き上げた後、60℃の飽和水蒸気に2時間暴露することにより、前記積層体の有機シリカ薄膜の表面上に疎水性材料からなる層を形成する疎水化処理を施して、有機シリカ薄膜の表面上に疎水層(疎水性材料からなる層)を積層した。次に、前記疎水化処理を行った直後の積層体を、ハイドロフルオロエーテルに浸漬し、5分間超音波洗浄を行うことで、余剰な疎水性材料を除去した。このようにして、基材上の有機シリカ薄膜の表面上に疎水性材料からなる層(疎水層)を形成して、レーザー脱離/イオン化質量分析用の有機シリカ基板(基材/有機シリカ薄膜/疎水層の順に積層された積層体)を得た。
(実施例2)
先ず、ゾル溶液の調製の際に400μLの2-メトキシエタノールを添加する代わりに、200μLの2-メトキシエタノールを添加した以外は、実施例1で採用した有機シリカ薄膜の調製工程と同様にして、シリコン基板(基材)上に有機シリカ薄膜を調製した。次いで、疎水化処理時に、60℃の飽和水蒸気に2時間暴露する代わりに、60℃の飽和水蒸気に3時間暴露した以外は、実施例1で採用した疎水層の調製工程と同様にして(同様の条件を採用して)、基材上の有機シリカ薄膜の表面上に疎水性材料からなる層(疎水層)を形成して、レーザー脱離/イオン化質量分析用の有機シリカ基板(基材/有機シリカ薄膜/疎水層の順に積層された積層体)を得た。
(実施例3)
<有機シリカ薄膜の調製工程>
上記式(A)で表される化合物(90mg)を1mLの1-プロパノールに溶解後、2M(mol/L)の塩酸を10μL加えて、室温で60分間撹拌することにより、ゾル溶液を調製した。次に、得られたゾル溶液をメンブレンフィルターで濾過した後、濾過後のゾル溶液をシリコン基板上にスピンコート(1400rpmで4s)することで前記シリコン基板上に有機シリカ薄膜(膜厚:250~350nmの範囲)を形成した。このようにして有機シリカ薄膜をコートしたシリコン基板を、残留アルコキシ基の加水分解及び薄膜の硬化を進行させるとともに、水酸基(疎水性材料と反応可能な基)を有機シリカ薄膜の表面に露出させる目的で、6N(規定)の塩酸の蒸気に80℃で3時間曝露して、シリコン基板(基材)上に有機シリカ薄膜を調製した。このようにして、シリコン基板(基材)上に有機シリカ薄膜が積層された積層体を得た。
<疎水層の調製工程>
上記疎水化処理溶液を利用する代わりに、トリメトキシ(3,3,3-トリフルオロプロピル)シラン(疎水基として3,3,3-トリフルオロプロピル基を有するケイ素アルコキシド)からなる疎水性材料をハイドロフルオロエーテルで0.1質量%に希釈することにより調製された疎水化処理溶液を利用した以外は、実施例1で採用した疎水層の調製工程と同様にして(同様の条件を採用して)、基材上の有機シリカ薄膜の表面上に疎水性材料からなる層(疎水層)を形成して、レーザー脱離/イオン化質量分析用の有機シリカ基板(基材/有機シリカ薄膜/疎水層の順に積層された積層体)を得た。
(比較例1)
<有機シリカ薄膜の調製工程>
実施例1で採用した有機シリカ薄膜の調製工程と同様にして、シリコン基板(基材)上に有機シリカ薄膜を調製した。このようにして、シリコン基板(基材)上に有機シリカ薄膜が積層された積層体を得た。
<疎水層の調製工程>
前記有機シリカ薄膜の調製とは別に、脱水トルエン(10mL)と、クロロトリメチルシラン(疎水基としてメチル基を有するシラン化合物)からなる疎水性材料(2mL)とを含む疎水化処理溶液を調製した。その後、前述のようにして得られた前記積層体を、前記疎水化処理溶液に浸した後、Ar雰囲気下、110℃で12時間加熱することにより、前記積層体の有機シリカ薄膜の表面上に疎水性材料からなる層を形成する疎水化処理を施した。このようにして、前記有機シリカ薄膜の表面上に疎水性材料からなる層を形成した後(表面上の水酸基等と疎水性材料と反応させて疎水性材料か導入することにより疎水化した後)、その疎水化処理後の積層体を脱水トルエンに浸漬し、5分間超音波洗浄を行うことで、余剰な疎水性材料を除去した。このようにして、基材上の有機シリカ薄膜の表面上に疎水性材料からなる層(疎水層)を形成して、レーザー脱離/イオン化質量分析用の有機シリカ基板(基材/有機シリカ薄膜/疎水層の順に積層された積層体)を得た。
なお、このような有機シリカ基板の製造に利用した疎水性材料はクロロトリメチルシランであり、かかるクロロトリメチルシランは前記有機シリカ薄膜の表面上の水酸基とのみ反応するものであることから、前記有機シリカ薄膜の表面上には疎水性材料が単層導入され、クロロトリメチルシランの単分子膜が疎水層として形成されることが明らかである。そのため、導入された成分(式:-O-Si-(CH3)3で表される基の構造で導入されることは明白である)の大きさから、疎水層の厚みは0.4nmとなることが分かる(なお、クロロトリメチルシランの分子の大きさは0.4nm程度である)。
(実施例4)
<有機シリカ薄膜の調製工程>
上記式(A)で表される化合物(180mg)を、2mLの1-プロパノールに溶解せしめて混合液を得た。次いで、該混合液に2M(mol/L)の塩酸を24μL添加し、室温で60分間撹拌した後、更に200μLの2-メトキシエタノールを添加して5分間撹拌することにより、ゾル溶液を調製した。次に、得られたゾル溶液をメンブレンフィルターで濾過した後、濾過後のゾル溶液を、2cm角サイズのシリコン基板上にスピンコート(1400rpmで4s)することで前記シリコン基板上に未硬化の有機シリカ薄膜(膜厚:250~350nmの範囲)を形成した。次いで、ポリエチレンテレフタレート製のナノモールド(綜研化学製の商品名「FleFimo」、ナノピラーアレイ、ピッチ250nm、ピラー直径150nm、ピラー高さ250nm)を、前述のようにしてシリコン基板上にスピンコートにより薄膜(未硬化の有機シリカ薄膜)を形成した直後に、該薄膜(未硬化の有機シリカ薄膜)の表面に、前記ナノモールドを素早く載せて、平板プレス機を用い1.4tonで2時間加圧した。その後、前記ナノモールドを除去して、凹凸構造を有する有機シリカ薄膜を得た。このようにして凹凸構造を有する有機シリカ薄膜が積層されたシリコン基板を得た後、残留アルコキシ基の加水分解及び薄膜の硬化を進行させるとともに水酸基(疎水性材料と反応可能な基)を有機シリカ薄膜の表面に露出させる目的で、6N(規定)の塩酸の蒸気に80℃で3時間曝露して、シリコン基板(基材)上に凹凸構造を有する有機シリカ薄膜を調製した。このようにして、シリコン基板(基材)上に凹凸構造を有する有機シリカ薄膜が積層された積層体を得た。
<疎水層の調製工程>
このようにして得られた積層体(シリコン基板(基材)上に凹凸構造を有する有機シリカ薄膜が積層されたもの)を利用した以外は、実施例2で採用している疎水層の調製工程と同様にして(同様の条件を採用して)、基材上の凹凸構造を有する有機シリカ薄膜の表面上に疎水性材料からなる層(疎水層)を形成して、レーザー脱離/イオン化質量分析用の有機シリカ基板(基材/凹凸構造を有する有機シリカ薄膜/疎水層の順に積層された積層体)を得た。
[実施例4で調製した有機シリカ薄膜の表面の凹凸構造について]
〈凹凸構造を有する有機シリカ薄膜の顕微鏡による測定〉
上述のような凹凸構造を有する有機シリカ薄膜(多孔質有機シリカ薄膜)の製造時に、前記ナノモールドを除去した後の凹凸構造を有する有機シリカ薄膜(6mol/Lの塩酸の蒸気に曝露する前の薄膜)の表面形状を、走査型電子顕微鏡(SEM)及び原子間力顕微鏡(AFM)により測定した。なお、走査型電子顕微鏡(SEM)としては、日立ハイテクノロジーズ社製の走査型電子顕微鏡(商品名「Hitachi S-4800」)を用い、また、原子間力顕微鏡としては、測定装置として走査型プローブ顕微鏡(SPM/AFM:日立ハイテクサイエンス製の商品名「NanoNavi E-sweep」)を利用した。
このような測定の結果として、実施例4で調製した有機シリカ薄膜の表面の走査型電子顕微鏡(SEM)写真を図4に示す。図4に示すSEM像からも明らかように、実施例4で調製した有機シリカ薄膜には、ナノモールドの構造が転写された規則的なナノ多孔質構造(細孔構造)が形成されていることが分かった。
また、原子間力顕微鏡(AFM)による測定に際しては、測定箇所を変えて複数箇所について測定を行って、各測定箇所においてそれぞれ断面図(縦断面図)を求めた。そして、このようなAFM測定により得られた複数の断面図から、任意の100点の凹凸構造の軸方向(細孔の長軸の方向)を測定したところ、測定した凹凸構造の軸方向はいずれも、有機シリカ薄膜の凹凸構造が形成されている面とは反対側の面の表面に対して90°±15°の範囲内の角度となっており、凹凸構造の軸方向は有機シリカ薄膜の凹凸構造が形成されている面とは反対側の面の表面に対して略垂直に配向していることが確認された。また、このようなAFM測定により得られる断面図から、任意の100点の凸部について、その凸部ごとに、後述の平均高さの半分の高さの位置における最近接の凸部との間の壁面間距離(水平方向の距離)を測定して、その平均を求め、凸部の壁面間の距離の平均値(細孔の平均細孔直径)を測定したところ、有機シリカ薄膜の凹凸構造の凸部の壁面間の距離の平均値(細孔の平均細孔直径)は140nmであることが確認された。また、有機シリカ薄膜のAFM測定により得られる断面図から、任意の100点の凹凸構造に関して凸部の平均高さ(細孔(凹部)の平均深さ)を求めたところ、凸部の高さ(凹部の深さ)の平均値は220nmであることが分かった。
(比較例2)
実施例1で採用した有機シリカ薄膜の調製工程と同様にして、シリコン基板(基材)上に有機シリカ薄膜を調製することにより、シリコン基板(基材)上に有機シリカ薄膜が積層された積層体を得た後、該積層体をエタノール中に浸漬して5分間超音波処理し、比較のためのレーザー脱離/イオン化質量分析用の有機シリカ基板(基材/有機シリカ薄膜の順に積層された積層体)を得た。このように、比較例2においては、有機シリカ薄膜の表面上に疎水層を形成せずに、実施例1で採用した有機シリカ薄膜の調製工程と同様にして得られた積層体をエタノールで洗浄して、そのまま比較のための有機シリカ基板とした。
(比較例3)
先ず、実施例3で採用した有機シリカ薄膜の調製工程と同様にして、シリコン基板(基材)上に有機シリカ薄膜を調製し、シリコン基板(基材)上に有機シリカ薄膜が積層された積層体を得た。その後、60℃の飽和水蒸気に2時間暴露する代わりに80℃の飽和水蒸気に3時間暴露し、かつ、疎水化処理後の積層体の超音波洗浄の時間(ハイドロフルオロエーテルに浸漬して超音波洗浄を行う時間)を5分間から30分間に変更した以外は、実施例3で採用した疎水層の調製工程と同様にして、基材上の有機シリカ薄膜の表面上に疎水性材料からなる層(疎水層)を形成し、比較のためのレーザー脱離/イオン化質量分析用の有機シリカ基板(基材/有機シリカ薄膜/疎水層の順に積層された積層体)を得た。
(比較例4)
先ず、実施例1で採用した有機シリカ薄膜の調製工程と同様にして、シリコン基板(基材)上に有機シリカ薄膜を調製し、シリコン基板(基材)上に有機シリカ薄膜が積層された積層体を得た。次に、実施例1で採用した疎水層の調製工程において利用した疎水化処理溶液と同様の疎水化処理溶液を用いて、前記積層体を疎水化処理溶液に1分間浸した。次いで、前記疎水化処理溶液から前記積層体をゆっくり引き上げ、そのまま、窒素雰囲気下、室温(25℃)の温度条件で12時間静置し、その後、大気雰囲気下、60℃で3時間加熱して有機シリカ薄膜の表面に疎水化処理を施し、基材上の有機シリカ薄膜の表面上に疎水性材料からなる層(疎水層)を形成して、比較のためのレーザー脱離/イオン化質量分析用の有機シリカ基板(基材/有機シリカ薄膜/疎水層の順に積層された積層体)を得た。このように、疎水層の形成後、超音波洗浄を行うことなく、有機シリカ基板を形成した。
[実施例1~4、比較例1及び比較例3~4で得られた有機シリカ基板の特性の評価]
〈有機シリカ基板が備える有機シリカ薄膜の特性について〉
有機シリカ基板が備える有機シリカ薄膜中の有機基の吸収波長を測定するために、以下のようにして測定用試料を形成して、紫外/可視吸収スペクトルを測定した。すなわち、先ず、実施例1と同様にしてゾル溶液を調製し、メンブレンフィルターで濾過した後、かかる濾過後のゾル溶液を石英基板上にスピンコート(1400rpmで4s)することにより、未硬化の有機シリカ薄膜を形成した後、かかる有機シリカ薄膜を80℃での加熱により硬化せしめ、これを測定用の試料とした。このような測定用の試料の紫外/可視吸収スペクトルを図5に示す。このような測定用の試料の紫外/可視吸収スペクトルの結果(図5)からも明らかなように、実施例1で得られた有機シリカ基板が備える有機シリカ薄膜(上記式(A)で表される化合物(有機ケイ素化合物)の重合物)中の有機基は243nm、344nm、354nmに吸収極大波長を持つことが、その紫外/可視吸収スペクトルから確認され、実施例1で得られた有機シリカ薄膜中の有機基はレーザー光を吸収可能であることが確認された。なお、実施例2~4及び比較例1で形成した有機シリカ薄膜はいずれも、上記式(A)で表される化合物を用いて形成されたものであることを考慮すれば、実施例2~4及び比較例1で形成した有機シリカ薄膜中の有機基も同様にレーザー光を吸収可能であることは明らかである。
〈疎水層の厚みの測定〉
疎水層の厚みの測定のために、先ず、以下のようにして、検量線測定用の試料(有機シリカ基板)を別途製造した。すなわち、疎水化処理を行った直後の積層体をハイドロフルオロエーテルに浸漬して5分間超音波洗浄を行う代わりに、該疎水化処理後の積層体を、室温条件下において12時間静置(放置)した後に、ハイドロフルオロエーテルに浸漬して5分間超音波洗浄を行った以外は、実施例1と同様にして、検量線測定用の試料(基材/有機シリカ薄膜/疎水層の順に積層された積層体からなる有機シリカ基板)を得た。
次いで、実施例1~4及び比較例3~4で得られた有機シリカ基板、並びに、上述のようにして調製した検量線測定用の試料(有機シリカ基板)に対して、エネルギー分散型X線分光(EDX)分析装置を備える走査型電子顕微鏡(SEM:日立ハイテクノロジーズ社製の商品名「SU3500」)を用いて、加速電圧3kVの条件でEDX分析を行い、各有機シリカ基板の表面近傍(表面から厚み方向に向かって100nmの範囲)を構成する元素(C、Si、F、O、N)の含有量をそれぞれ求めて、全元素(C、Si、F、O、N)中のFの質量割合(wt%)を算出した。
また、上記EDX分析とは別に、上記検量線測定用の試料(有機シリカ基板)、実施例3及び比較例3で得られた有機シリカ基板に対して、X線光電子分光法(XPS)による表層部(表面から厚み方向に向かって10nmの範囲)の組成分析(C、Si、F、O、Nの組成の分析)を行った。なお、このようなXPS分析に際しては、測定装置としてXPS装置(アルバックファイ社製の商品名「PHI 5000 Versaprobe II」)を用いて、下記測定条件を採用した。
[X線光電子分光法の測定条件]
X線源 :AlKα
光電子取出角 :18°
分析領域 :直径100μmの領域
パスエネルギー :93.8eV
エネルギーステップ:0.2eV。
そして、上記検量線測定用の試料(有機シリカ基板)、並びに、実施例3及び比較例3で得られた有機シリカ基板のXPSデータとEDXデータの関係から、F元素の量比に関する検量線を求めた(図6)。なお、実施例3及び比較例3と、検量線測定用の試料とにおいては、疎水層を形成する際に利用した疎水性材料の種類は異なるが、共にフッ素元素をターゲットとして測定しているため、後述の計算上は、形成される疎水層中のフッ素の分布状態は同じであると考えられ、これらの実施例等で用いた疎水性材料の種類によらず、XPS分析を行った場合に測定されたであろうと考えられるフッ素の元素量比の値を見積るための検量線を得ることができる。
次いで、かかる検量線を利用して、実施例1~2、実施例4及び比較例4で得られた有機シリカ基板のEDXデータ(EDX分析により得られた値)の結果から、実施例1~2、実施例4及び比較例4で得られた有機シリカ基板に関して、表面から厚み方向に向かって10nmの範囲にXPSを行った場合に求められるであろうFの元素量比を見積もった。なお、前記検量線測定用の試料(有機シリカ基板)、並びに、実施例3及び比較例3で得られた有機シリカ基板のXPSデータをそのまま利用できるため、検量線からの算出は特に行っていない。
次いで、このようにして得られた値等を利用して、下記式(IA):
[式中、YはXPS分析により求められるフッ素元素の量比(式:[XPS分析により求められるフッ素(F)の量]/[XPS分析により求められる全元素(水素を除く)の量]を計算して求めらる値である。なお、場合により、検量線からの算出されるフッ素元素の量比であってもよい。)を示し、Mは疎水性材料(疎水性分子)の繰り返し単位の分子量を示し、ρは1.5(疎水層の密度の値)を示し、Lは疎水層の厚みを示し、mfは疎水性材料中の繰り返し単位におけるフッ素原子の個数(原子数)を示し、mは疎水性材料の繰り返し単位の全原子数を示し(ただし、水素原子の数は除く)、ρ’は有機シリカ薄膜の密度の値である1.18を示し、Nは有機シリカ薄膜の繰り返し単位の分子量(上記式(A)で表される化合物の種類から「426」であることが分かる)を示し、nは有機シリカ薄膜の繰り返し単位を構成する全原子の個数(ただし、水素原子の数は除く:なお、上記式(A)で表される化合物の種類から「28」であることが分かる)を示す。]
を計算して、実施例1~4、比較例3~4で得られた有機シリカ基板、上述のようにして調製した検量線測定用の試料(有機シリカ基板)中の疎水層の厚みを求めた。得られた結果を表1に示す。
なお、実施例1~2及び4、比較例4で利用した疎水性材料はオプツールDSX(疎水性材料の繰り返し単位の水素原子の数を除く全原子の個数mは4である)であり、疎水基がフルオロエーテル基からなるものであることから、上記式(IA)の計算に際しては、疎水基の繰り返し単位が式:-OCF2-で表される繰り返し単位(分子量M:66、mf:2)であるものと擬制して計算を行った。また、実施例3及び比較例3で利用した疎水性材料はトリメトキシ(3,3,3-トリフルオロプロピル)シラン(疎水性材料の繰り返し単位の水素原子の数を除く全原子の個数mは3である)であり、疎水基がフルオロアルキル基(疎水基は3,3,3-トリフルオロプロピル基)からなるものであることから、上記式(IA)の計算に際しては、疎水基の繰り返し単位が式:-CF2-で表される繰り返し単位(分子量M:50、mf:2)であるものと擬制して計算を行った。なお、有機シリカ薄膜の密度ρ’は有機シリカのバルク体を作製し、アルキメデスの原理を応用して求めた値を利用した。また、式(IA)中のY(XPS分析により求められるフッ素元素の量比)の値としては、上記検量線測定用の試料(有機シリカ基板)、並びに、実施例3及び比較例3で得られた有機シリカ基板についてはXPS分析により得られた測定値をそのまま利用し、実施例1~2、実施例4及び比較例4で得られた有機シリカ基板に関しては、上記検量線から見積もられたFの元素量比を利用した。得られた結果を表1に示す。また、表1に計算に利用したFの元素量比を、パーセント表示にしたもの(単位を「at%」とした値)を併せて示す。
なお、比較例2では疎水層を形成していないため、疎水層の厚みは0nmであるが、参照のため、かかる厚みも表1に示す。また、比較例1で得られた有機シリカ基板の疎水層の厚みは、その疎水層の製造方法から疎水層としてクロロトリメチルシランの単分子層(単分子膜)が形成されたことが明らかであり、有機シリカ薄膜の表面上に、式:-O-Si-(CH3)3で表される基が導入されたものと考えられることから、その式:-O-Si-(CH3)3で表される基の大きさ(0.4nm)に基づいて、0.4nmであることが分かる。かかる結果も併せて表1に示す。
表1に示す結果からも明らかなように、実施例1及び3と比較例3~4とにおいて採用した疎水層の調製工程から、超音波洗浄の時間や反応条件によって、疎水層の膜厚が異なるものとなることが分かった。
(実施例5)
レーザー脱離/イオン化質量分析法に用いる分析用の基板として、実施例1で得られた有機シリカ基板を利用し、以下のようにして、レーザー脱離/イオン化質量分析(LDI-MS)を行った。
すなわち、先ず、測定対象分子としてアンジオテンシンIを選択し、アンジオテンシンIを、水とアセトニトリルの混合溶媒(水とアセトニトリルの体積比([水]/[アセトニトリル])が9/1)中に溶解して、濃度が1pmol/μLのアンジオテンシンIの溶液(A)を得た。次に、前記溶液(A)を、実施例1で得られた有機シリカ基板に1.0μL滴下することにより塗布した。次いで、前記溶液(A)を塗布した後の有機シリカ基板を自然乾燥させて、該基板の表面上にアンジオテンシンI(試料)を担持した。次いで、アンジオテンシンIを担持した領域(溶液を塗布した箇所)内の同一の箇所に、分析装置としてブルカー・ダルトニクス社製の質量分析計(MALDI-TOF-MS装置、商品名「Autoflex」)を用いて、N2レーザー(波長:337nm)を照射し、リフレクトロンモードで質量分析(LDI-MS)を行った。なお、分析時に、N2レーザーはレーザー強度30%の条件で10回照射し(計10ショット)、スペクトルを積算することによりマススペクトルを求めた。
[実施例5の質量分析の結果について]
実施例5の質量分析の結果として、得られたマススペクトルのグラフを図7及び図8に示す。このような図7及び8に示す結果からも明らかなように、得られたマススペクトルにおいて、同位体を含むアンジオテンシンIのプロトン付加体のシグナルが、m/z=1296.6、1297.6、1298.6の位置に明瞭に確認された。このような結果から、実施例1で得られた有機シリカ基板を質量分析に利用した場合には、十分に高感度な分析を行うことが可能であることが分かった。
(実施例6)
溶液(A)の代わりに、アンジオテンシンIを、水とアセトニトリルの混合溶媒(水とアセトニトリルの体積比([水]/[アセトニトリル])が6/4)中に溶解して得られた、濃度が50fmol/μLのアンジオテンシンIの溶液(B)を用いた以外は、実施例5と同様にしてレーザー脱離/イオン化質量分析(LDI-MS)を行った。
[実施例6の質量分析の結果について]
実施例6の質量分析の結果として、得られたマススペクトルのグラフを図9及び図10に示す。このような図9及び図10に示す結果からも明らかなように、得られたマススペクトルにおいて、同位体を含むアンジオテンシンIのプロトン付加体の3本のシグナル(m/z=1296.6、1297.6、1298.6の位置のピーク)が明瞭に観測された。
このような実施例6の質量分析の結果と、上述の実施例5の質量分析の結果とから、実施例1で得られた有機シリカ基板を質量分析に利用した場合には、濃度が低い測定対象分子の溶液(濃度:50fmol/μL)を利用した場合においても、同じレーザー照射条件で測定対象分子(アンジオテンシンI)のシグナル強度を明瞭に確認でき、十分に高感度な分析を行うことが可能であることが分かった。
(実施例7)
溶液(A)の代わりに、インシュリン(分子量:5303.64)を水に溶解して得られた、濃度が1.0pmol/μLのインシュリンの溶液(C)を用い、リフレクトロンモードの代わりにリニアモードを採用して測定(質量分析)を行った以外は、実施例5と同様にしてレーザー脱離/イオン化質量分析(LDI-MS)を行った。
(比較例5)
実施例1で得られた有機シリカ基板を用いる代わりに、比較例3で得られた有機シリカ基板を用いた以外は、実施例7と同様にしてレーザー脱離/イオン化質量分析(LDI-MS)を行った。
[実施例7及び比較例5の質量分析の結果について]
実施例7及び比較例5の質量分析の結果として、得られたマススペクトルのグラフを図11に重ねて示す。図11に示す結果からも明らかなように、実施例1で得られた有機シリカ基板を利用した質量分析(実施例7)においては、インシュリンに由来するシグナル強度が46と強く検出されているのに対して、比較例3で得られた有機シリカ基板を利用した質量分析(比較例5)では、インシュリンに由来するシグナル強度が11となっており、ノイズピークとの判別は困難であった。このような結果から、実施例1で得られた有機シリカ基板を質量分析に利用した場合には、得られるマススペクトルにおいて測定対象分子(インシュリン)のシグナル強度をより高いものとすることができ、より高感度な分析を行うことが可能であることが確認された。
(実施例8)
実施例1で得られた有機シリカ基板を用いる代わりに実施例2で得られた有機シリカ基板を用い、かつ、溶液(A)の代わりに、平均分子量が2000のポリエチレングリコールジメチルエーテルを水に溶解して得られた、濃度が5.0pmol/μLのポリエチレングリコールジメチルエーテルの溶液(D)を用いた以外は、実施例5と同様にしてレーザー脱離/イオン化質量分析(LDI-MS)を行った。
[実施例8の質量分析の結果について]
実施例8の質量分析の結果として、得られたマススペクトルのグラフを図12に示す。このような図12に示す結果からも明らかなように、得られたマススペクトルにおいて、エチレンオキサイドなどポリマー特有の等間隔なシグナルパターンが明瞭に観測された。このような結果から、実施例2で得られた有機シリカ基板を質量分析に利用した場合においても、十分に高感度な分析を行うことが可能であることが分かった。
(実施例9~11及び比較例6)
各実施例において、有機シリカ基板として、実施例1で得られた有機シリカ基板(実施例9)、実施例2で得られた有機シリカ基板(実施例10)、実施例3で得られた有機シリカ基板(実施例11)、比較例1で得られた有機シリカ基板(比較例6)をそれぞれ用い、また、アンジオテンシンIを担持した領域(溶液を塗布した箇所)内において、異なる5点の任意の測定部位に対して、それぞれレーザー光を照射して質量分析を行った以外は、実施例5と同様にして、実施例及び比較例ごとに、計5点の測定部位に対して、それぞれレーザー脱離/イオン化質量分析(LDI-MS)を行った。そして、各実施例及び比較例において、それぞれ、異なる5点の測定部位の測定結果からシグナル強度の平均値、標準偏差及びばらつき値を求めた。
(比較例7~9)
実施例1で得られた有機シリカ基板を用いる代わりに、それぞれ、比較例2で得られた有機シリカ基板(比較例7)、比較例3で得られた有機シリカ基板(比較例8)、比較例4で得られた有機シリカ基板(比較例9)をそれぞれ用いた以外は、実施例9と同様にして、比較例ごとに、計5点の測定部位に対してそれぞれレーザー脱離/イオン化質量分析(LDI-MS)を行った。そして、各比較例において、それぞれ、異なる5点の測定部位の測定結果からシグナル強度の平均値、標準偏差及びばらつき値を求めた。
[実施例9~11及び比較例6~9の質量分析の結果について]
実施例9~11及び比較例6~9の質量分析の結果(それぞれ求められた計5点の測定部位におけるスペクトル強度の結果)から求められた、スペクトル強度(シグナル強度)の平均値、標準偏差及びばらつき値をそれぞれ表2に示す。
表2に示す結果からも明らかなように、実施例1~3及び比較例1で得られた有機シリカ基板を利用した場合(実施例9~11及び比較例6)には、比較例2~4で得られた有機シリカ基板を利用した場合(比較例7~9)と対比して、測定対象分子(アンジオテンシンI)のスペクトル強度の平均値が高いことから、より高感度な分析を行うことが可能であることが確認された。このような結果から、疎水層の厚みが0.2~5.5nmである有機シリカ基板(実施例1~3及び比較例1)を用いた場合に、より高感度な分析を行うことが可能であることが分かった。また、実施例1~3及び比較例1で得られた有機シリカ基板を利用した場合(実施例9~11及び比較例6)には、確認されたシグナル強度は352以上であり、かつ、シグナル強度のばらつき値(割合)が30%未満であるのに対して、比較例2~4で得られた有機シリカ基板を利用した場合(比較例7~9)には、強度が187以下であるとともに、シグナル強度のばらつき値(割合)は47%よりも大きな値となっていた。このような結果と、実施例1~3で得られた有機シリカ基板及び比較例1~4で得られた有機シリカ基板の疎水層の厚みを考慮すれば、疎水層の厚みが0.2~5.5nmである有機シリカ基板(実施例1~3及び比較例1)を用いた場合に、測定対象分子(アンジオテンシンI)のシグナル強度がより高い値となって、より高感度な分析を行うことが可能であるとともに、シグナル強度のばらつきの少ない、より精度の高い分析を行うことが可能となることが分かる。
(実施例12)
〈第一の質量分析〉
実施例4で得られた有機シリカ基板を用いて、以下のようにして、計25点の測定部位に対して、レーザー脱離/イオン化質量分析(LDI-MS)を行った。すなわち、先ず、実施例5で調製した溶液(A)と同様のアンジオテンシンI溶液を調製し、これを実施例4で得られた有機シリカ基板に1.0μL滴下することにより塗布した。次いで、前記アンジオテンシンIの溶液を塗布した後の有機シリカ基板を自然乾燥させて、該基板の表面上にアンジオテンシンI(試料)を担持した。次に、アンジオテンシンIを担持した領域(溶液を塗布した箇所)内の1mm角の領域に、200μm間隔でレーザー光を照射することにより、計25点の測定部位にそれぞれレーザー光を照射し、各測定部位におけるスペクトル強度をそれぞれ求めた。なお、このような質量分析(LDI-MS)によるスペクトル強度の測定は、分析装置としてブルカー・ダルトニクス社製の質量分析計(MALDI-TOF-MS装置、商品名「Autoflex」)を用いて、前記レーザー光としてN2レーザー(波長:337nm)を照射し、リフレクトロンモードで測定することにより行った。なお、分析時には、測定部位ごとにN2レーザーを、それぞれレーザー強度30%の条件で10回照射し(計10ショット)、スペクトルを積算して、その強度を求めた。
〈第二の質量分析〉
上記第一の質量分析とは別に、実施例1で得られた有機シリカ基板を用いる代わりに実施例4で得られた有機シリカ基板を用い、且つ、レーザー強度を30%から8%に変更した以外は、実施例5と同様にしてレーザー脱離/イオン化質量分析(LDI-MS)を行った。
[実施例12の質量分析の結果について]
実施例12の上記第一の質量分析の結果(25点の測定部位におけるスペクトル強度の値)から、上記第一の質量分析を行った1mm角の領域内におけるスペクトル強度(シグナル強度)の二次元分布を求めた。得られた結果を図13に示す。図13に示すスペクトル強度(シグナル強度)の二次元分布の結果からも明らかなように、実施例4で得られた有機シリカ基板を用いた場合には、測定した全領域(25点の測定部位)において100~500のシグナル強度で、同位体のピークを含む測定対象分子(アンジオテンシンI)のプロトン付加体のシグナルが明瞭に観測された。なお、このような25点の測定部位のシグナル強度の平均値は428となった。このような結果と、上記比較例7~9(比較例2~4で得られた有機シリカ基板を利用した5点の測定部位のレーザー脱離/イオン化質量分析)の結果とを併せ鑑みれば、実施例4で得られた有機シリカ基板を用いた場合には、比較例2~4で得られた有機シリカ基板を利用した場合と比較して、測定対象分子(アンジオテンシンI)のシグナル強度の平均値がより高い値となることが確認でき、実施例4で得られた有機シリカ基板を用いた場合に、より高感度な分析を行うことが可能であることが分かった。
また、実施例12で採用したレーザー強度を30%から8%に変更したレーザー脱離/イオン化質量分析(LDI-MS:上記第二の質量分析)により得られたマススペクトルを図14及び図15に示す。図14及び15に示す結果からも明らかなように、得られたマススペクトルにおいて、同位体を含むアンジオテンシンIのプロトン付加体のシグナルが、m/z=1296.6、1297.6、1298.6の位置に明瞭に観測された。このような結果から、レーザー強度が低い場合でも、実施例4で得られた有機シリカ基板を質量分析に利用した場合には、物質の同定に必要な十分な強度のスペクトルが明瞭に得られ、十分に高感度な分析を行うことが可能であることが分かった。