JP7270283B2 - 腫瘍予後予測のための方法及び脂肪酸酸化阻害剤 - Google Patents
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正常な(変異を有しない)IDH(以下、「正常型IDH」という。)は、イソクエン酸と2-オキソグルタル酸(2-oxoglutaric acid、以下、「2OG」と称する。)とを相互変換する酸化還元酵素である。
しかしながら、変異を有するIDH(以下、「変異型IDH」という。)は、正常型IDHと異なり、2-オキソグルタル酸から2-ヒドロキシグルタル酸(2-hydroxy glutarate、以下、「2HG」という。)を生成する。2HGは癌代謝物(oncometabolite)として細胞に腫瘍形成能を付与する。
このため、近年、2HG代謝物の生成を抑制する抗がん剤として、変異型IDHの特異的阻害剤の開発が進められている。
特許文献1では、哺乳類における性活動及び性交能の正常化及び刺激のための薬剤の製造への遊離塩基としてのγ-ブチロベタイン(γ-butyrobetaine、以下「GBB」という。)の構造類似体(アナログ)又はその医薬的に許容できる塩の使用が開示されている。その開示される組成物は、麻酔されていない雄ラットに6週間、経口投与される場合、それらの性活動を実質的に高め、刺激時間を低め、交接の数及び背乗り試みの有効性を高める。
なお、特許文献1で開示されていないこの組成物の新規用途については、後述の実施の形態にて詳細に説明する。
ところが、正常型IDHの予後不良のグリオーマに関しては、有効な治療法がなかった。つまり、正常型IDHの予後不良のグリオーマ等の乏血管性の固形腫瘍に対する有効な治療組成物は、殆ど存在しなかった。
また、乏血管性の固形腫瘍が予後不良であるか否かを予測する腫瘍予後予測方法も存在しなかった。
本発明の腫瘍予後予測のための方法は、前記腫瘍サンプル中の前記カルニチンの前記濃度が所定濃度以上である旨を、予後不良と判断するための情報として提供することを特徴とする。
本発明の腫瘍予後予測のための方法は、前記カルニチンの前記所定濃度は、100~190nmol/gであることを特徴とする。
本発明の脂肪酸酸化阻害剤は、前記腫瘍予後予測のための方法で予後不良と判断された場合に使用される脂肪酸酸化阻害剤であって、前記脂肪酸酸化阻害剤は、BBOX1及び/又はBBOX2阻害剤であることを特徴とする。
近年、イソクエン酸脱水素酵素(IDH)の変異を起因とした癌は、脳、血液、大腸、軟骨等で報告されている。白血病についてはIDH変異の有無で予後に影響はない。しかしながら、グリオーマでは、IDH変異を有する変異型IDHの腫瘍が、変異のないものに比べて予後良好であり、その理由は不明であった。また、IDH変異のない予後不良のグリオーマに関しては、有効な治療薬があまりなかった。
このため、本発明の発明者らは、予後不良なグリオーマに対する治療薬を開発することを目的として、IDH変異を有しない正常型IDHのグリオーマが予後不良となる作用起点を明らかにするため、鋭意実験を行った。具体的には、変異型IDH及び正常型IDHのグリオーマの臨床上の脳腫瘍サンプルと、正常型IDH及び変異型IDHを発現させたグリオーマの細胞株を用いた網羅的なメタボロミクス解析を行い比較検討した。
その結果、予後良好な変異型IDHを有するグリオーマにおいては脂肪酸代謝経路が阻害されており、特にカルニチンの減少が顕著であることを明らかとし、本発明を完成させるに至った。
ここで、本発明者らは、図1の黒太線で示したBBOX1、2~ATP減少までの、カルニチンを用いた脂肪酸の酸化によるアセチルCoA及びATPの供給が、脳腫瘍等の乏血管性の固形腫瘍の増生に重要であることを見いだした。すなわち、本発明者らは、変異型IDHのグリオーマで、カルニチンの減少及び脂肪酸代謝経路が阻害されることで、予後が良好となっていたことを明らにした。
カルニチンは正常な組織では食物からの吸収でホメオスタシスが維持される。しかしながら、乏血管性の腫瘍増生の際には、腫瘍内部ではカルニチンが使い尽くされるため、細胞内のカルニチン合成系及び/又はカルニチンを用いた脂肪酸β酸化系、すなわち、脂肪酸酸化によるエネルギー生成の経路が、腫瘍増生に重要であった。
また、本発明の実施の形態に係る治療方法は、乏血管性の固形腫瘍の治療方法であって、脂肪酸酸化阻害剤を投与することを特徴とする。
また、本実施形態の脂肪酸酸化阻害剤は、下記で説明するような脂肪酸酸化に関連する酵素を標的とした低分子化合物、抗体医薬、核酸、PNA等の各種医療用組成物を用いることが可能である。また、本実施形態の脂肪酸酸化阻害剤は、ゲノム編集等の遺伝子改変に関連する手法を実現する医療用組成物等も含む。
このように構成し、本実施形態の脂肪酸酸化阻害剤を治療剤として用い、又は、治療方法として用いることにより、脂肪酸酸化によるエネルギー生成を抑え、正常型IDHの予後不良な脳腫瘍等の乏血管性の固形腫瘍の増生を抑制することが可能となる。つまり、本実施形態の治療剤は、正常型IDHの予後不良のグリオーマ等の乏血管性の固形腫瘍の治療手段として提供することができる。
なお、脂肪酸酸化阻害剤として、脂肪酸酸化を亢進させて下記で説明するカルニチンや2OG等を逆に枯渇させるような活性化剤等の調節剤を用いることも可能である。
このように構成し、グリオーマを含む乏血管性の固形腫瘍の治療標的を、カルニチン合成系及びカルニチンを用いた脂肪酸β酸化系とし、カルニチンの合成を阻害する物質である合成阻害剤、吸収を阻害する物質である吸収阻害剤、分解を促進する物質である分解促進剤、脂肪酸のβ酸化自体を阻害する脂肪酸β酸化阻害剤からなる群の少なくとも一つを含むようにすることで、脳腫瘍の増生を抑制することが可能となる。
また、体内の正常細胞の場合にはカルニチンは、食物から吸収されるため、カルニチン合成系を阻害しても副作用は少ない。これに対して、乏血管性の腫瘍内部ではカルニチン合成系が重要であるため、これを阻害することで、腫瘍内部での悪性細胞の増生を抑えることができ、腫瘍にのみ選択的に効果を生じる治療剤を提供可能となる。
ここで、後述する実施例の図10で示すように、2HGによるカルニチン低下の機序は、変異型IDHにより産生された2HG又はその誘導体が、カルニチン合成系の酵素であるBBOX1及び/又はBBOX2の酵素活性を阻害するためと考えられる。正常脳組織では発現の低いBBOX1及び/又はBBOX2は、グリオーマで高発現であるため、腫瘍増生にβ酸化によるエネルギー供給が働いている可能性が高い。
このため、2OGを基質とするカルニチン合成系の経路のBBOX1、BBOX2(TMLHE)の各酵素を治療標的とすることで、変異型IDHの腫瘍の2HGの蓄積による2OGの枯渇と同様の作用を生じさせることが可能となる。すなわち、本実施形態の脂肪酸酸化阻害剤は、脂肪酸酸化を阻害することで、アセチルCoA及びATPの供給を減少させ、乏血管性の固形腫瘍の増生を抑える治療剤として用いることができる。
このようにBBOX1、2を阻害し、又はカルニチン濃度を低下させることにより、変異を有しない正常型IDHの予後不良のグリオーマでも腫瘍抑制を行うことが可能となる。
また、変異型IDHの特異的阻害剤を開発しても、変異型IDHをもつ腫瘍への効果しか期待できない。これに対して、本実施形態のようにBBOX1、2を治療標的することで、治療することが可能な腫瘍の種類や型が多くなる。
特許文献1に記載のGBBの構造類似体(アナログ)であるMeldoniumは、BBOX1の作用を阻害する低分子化合物である。Meldoniumは、カルニチン合成阻害の作用として、GBB hydrolase-dependent L-carnitine biosynthesis inhibitorとして機能する。また、カルニチンの吸収を阻害する作用もある。これらの作用から、Meldoniumは、脂肪酸β酸化を阻害する。また、Meldoniumは、抗虚血、神経保護作用があり、経口投与可能である。なお、上述のように、従来、特許文献1では、Meldoniumの性的亢進効果のみが開示されていた。
これに対して、本実施形態においては、Meldoniumを副作用の少ない乏血管性の固形腫瘍の治療剤の用途としての使用を開示する。後述する実施例で示すように、Meldoniumを用いることで、カルニチンが使い尽くされる乏血管性の腫瘍内部のカルニチン合成系を阻害することができ、脂肪酸酸化阻害して腫瘍の増生を抑えることが可能となる。これにより、Meldoniumを乏血管性の固形腫瘍の治療剤として使用できる。Meldoniumは、上述のように、別用途で市販されており、副作用が少ないことが期待できる。
なお、本実施形態の脂肪酸酸化阻害剤として、Meldonium以外にも、同様の作用をもつBBOX1の阻害剤、例えば、3,5-Pyridinedicarboxylic Acid等を用いることが可能である。また、BBOX2についても、ターゲットとする低分子化合物等を合成して阻害剤として使用してもよい。
本発明の実施の形態に係る治療剤は、対象となる固形腫瘍として、固形腫瘍が変異のない正常型IDHをもち予後不良の神経膠腫(グリオーマ)等の脳腫瘍や軟骨肉腫等の乏血管性の固形腫瘍を含む。
なお、本発明の実施の形態に係る治療剤は、他の固形腫瘍の癌に適用することも可能である。たとえば、本実施形態の治療剤は、神経芽細胞腫等の他の脳腫瘍、他の肉腫、悪性リンパ腫、甲状腺癌、頭頸部癌、食道癌、乳癌、胃癌、大腸癌、卵巣癌、肺癌、膵臓癌、肝臓癌、胆嚢癌、皮膚癌、腎癌、膀胱癌、子宮癌、精巣癌、前立腺癌等の各種固形腫瘍に適用することも可能である。また、これらの固形腫瘍の浸潤や転移を抑制することも可能である。また、本実施形態の治療剤は、各種の腫瘍血管新生阻害剤等を併用し、腫瘍周囲又は内部への血管新生を抑えることで、効果を高めてもよい。
このように構成し、取得した乏血管性の固形腫瘍の生物学的サンプル中のカルニチン、アシルカルニチン、アセチルカルニチン、GBB、TML、及びその他の脂肪酸酸化に対応した代謝物(以下、「カルニチン等」という。)のいずれか又は任意の組み合わせの組成物の濃度を測定することにより、予後の予測及び治療効果の判定を行うことが可能となる。すなわち、脳腫瘍等の乏血管性の固形腫瘍でのカルニチン等の測定を、予後予測マーカーとして使用することが可能となる。具体的には、脳腫瘍から手術時に取得した腫瘍サンプル中のカルニチン等の濃度を測定することで、腫瘍の予後の良否を同定することができる。これにより、カルニチン等の濃度の測定により、腫瘍の予後を予測し、治療法を選択可能な診断方法を提供することができる。この濃度は、絶対的な濃度でもよいし、相対的な濃度でもよく、特定の濃度幅の「レベル」を基にした濃度であってもよい。
このように構成し、予後予測方法を組み合わせて、悪性度の高い腫瘍を有効に治療し、予後を予測することが可能となる。また薬剤投与後、カルニチン等の濃度を目安として治療効果の判定が可能である。
また、本発明の実施の形態に係る腫瘍予後予測方法において、所定濃度は、100~190nmol/gであることを特徴とする。
後述する実施例で説明するように、変異型IDHの予後良好な腫瘍であっても含まれる2HGの量は差が大きく、予後良好な腫瘍の下限と、予後不良な腫瘍の2HGの上限とは有意差がでないこともある。
これに対して、本実施形態の腫瘍予後予測方法においては、カルニチン等の所定濃度を閾値として、予後不良か否かを容易に判定することができる。この所定濃度は、100~190nmol/g程度であり、更に好適には、100~150nmol/g程度の閾値を設定することが可能である。これにより、乏血管性の固形腫瘍での、カルニチン及び脂肪酸酸化の低下または活性化を示す代謝物の測定を、予後の予測に使用可能なものとして提供できる。
この遺伝子調整剤は、カルニチン合成系の経路のBBOX1、BBOX2(TMLHE)、SHMT1、並びにALDH9A1、及び、脂肪酸β酸化に関係する経路の各酵素等のタンパク質(以下、「標的タンパク質」という。)に対する転写や翻訳の調整を行うDNAやRNA等の核酸(ヌクレオチド)、抗体を含むペプチド、PNA、ゲノム編集に係る核酸やタンパク質等であってもよい。また、この他にも、カルニチンの合成、吸収、分解に関する経路や、脂肪酸の酸化に係る経路に対する遺伝子調整剤を各種用いることが可能である。
このうち、核酸は、アンチセンスDNA若しくはRNA、siRNA、shRNA、リボザイム等であってもよい。
また、本実施形態の遺伝子発現調節剤は、標的タンパク質のアミノ酸配列、及びmRNA配列、ゲノムDNA配列等から同定して、当業者に容易な手法で製造することが可能である。
さらには、例えば、希釈剤、香料、防腐剤、賦形剤、崩壊剤、滑沢剤、結合剤、乳化剤、可塑剤等の製剤用添加物を含有させてもよい。
本発明の実施の形態に係る医薬組成物の投与経路は、特に限定されないが、経口的又は非経口的に投与することが可能である。
非経口投与としては、例えば、静脈内、動脈内、皮下、真皮内、筋肉内または腹腔内の投与が挙げられる。
また、非経口投与の際に、リポソームやナノカプセル等のドラッグ・デリバリー・システムやウィルスベクターを用いて投与することも可能である。この際に、腫瘍の部位に応じて、例えば、脳腫瘍の場合には脳血液関門を透過するように構成することが可能である。また、ウィルスベクターとしては、医療用の各種ベクター、例えば、AAV(アデノ随伴ウィルスベクター)、アデノウィルスベクター、レンチウィルスベクター、レトロウィルスベクター等の各種ベクターを使用可能である。このうち、AAVを用いることで、脳腫瘍等の治療対象の腫瘍に特異的なゲノム編集等を実現することも可能となる。
この際、本発明の実施の形態に係る治療剤の治療対象としては、主にヒト及び各種脊椎動物に用いることができる。
ここで、治療する場合には、腫瘍の増生を遅くする投与用量を用いることができる。また、その他の治療剤と組み合わせて用いる場合、吐き気や重篤な副作用を抑えることで、効果的に使用可能である。
投与回数及び期間は、状態をモニターし、その状態により再度あるいは繰り返し投与を行う。
(細胞株)
ヒトのグリオーマの一種であるグリオブラストーマの細胞株U87MG(以下、単に「U87株」という。)をATCC(米国、バージニア州)から取得し、当業者に一般的な培養法で維持した。U87株は、正常型IDH1、IDH2を有する細胞である。
2006年~2012年にかけて自治医科大学でグリオーマの手術を行った10人の患者の腫瘍組織を取得した。臨床サンプルとしての利用については、患者に対してインフォームド・コンセントを行った後で取得し、自治医科大の倫理委員会(許諾番号11-31)の許可を得て用いられた。また、本実施例の実験は、1964年のヘルシンキ宣言の倫理規範、GCPガイドラインに則って行われた。脳腫瘍サンプルは、手術時に取得され、手術室で即時に液体窒素冷凍され、メタボローム解析を行うまで-80℃で保存された。代謝に影響する可能性がある抗がん剤であるメルカプトプリン(mercaptopurine)、フルオロウラシル(fluorouracil)等は、手術前には使用されなかった。取得後、病理組織診断が、大学の病理学科で行われた。全ての腫瘍は、中枢神経系の腫瘍に関するWHO分類に従って分類された。
図2に、手術前の各腫瘍組織のMRI FLAIR(Fluid-Attenuated Inversion Recovery)の画像を示す。下記で示す変異の検出の分析により、変異型IDHの一種であるIDH1R132Hの検出された5患者の脳腫瘍サンプルと、変異のない正常型IDH(IDHWT)の5患者の脳腫瘍サンプルとが分析に用いられた。
DNeasy Blood&Tissueキット(キアゲン社製)を用いて、U87株の細胞及び腫瘍組織サンプルからDNAが抽出された。IDH1又はIDH2のDNA断片は、非特許文献2に記載の既存のプライマーを用いて増幅し、ダイレクトシーケンシングにより塩基の変異を確認した。
非特許文献3に記載のCMVプロモーターの制御により発現する正常型IDH1、又は変異型IDH1の一種であるIDH1R132Hのプラスミドが用いられた。これらのプラスミドは、U87株にリポフェクトアミン2000(インビトロジェン社製)によりトランスフェクトされた。IDH1の発現は、ウェスタンブロットにより、当業者に一般的な手法で確認された。
3連ウェルで培養されたU87株の細胞は、トランスフェクションから24時間後、酵素を失活させるため、メタノールを含む標準溶液(溶液ID:H3304-1002、ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ社製、山形県 鶴岡市、日本)でクエンチングされた。次に、細胞はスクレープされ、解析されるまで-80℃で保管された。
解析のためにトランスフェクトされたU87株の細胞数を、以下の表1に示す。
解析のために用いられた脳腫瘍サンプルの量を、下記の表2に示す。
(キャピラリー電気泳動飛行時間型質量分析(capillary electrophoresis time-of-flight mass spectrometry、CE-TOFMS))
メタボロームの測定及びデータ処理は、アジレントCE-TOFMS(アジレント社製)と、内径50μm×80cmのヒューズド・シリカ・キャピラリーを用いて行われた。正負モード(正イオンモード、負イオンモード)における抽出された代謝物の測定は、市販の電気泳動バッファーにより行なわれた。
検知されたピークのアラインメントは、下記の表3に示す質量電荷比(m/z)値、及び標準化された泳動時間によって行なわれた。
解糖系、ペントースリン酸回路、TCA回路、プリン代謝経路、ピリミジン代謝経路、ニコチン酸、ニコチンアミド代謝経路、及び各種アミノ酸代謝経路が分析された。その後、本発明者らは、標準量により、これらのデータの相対比化を行なった。さらに、本発明者らは、116個の代謝物の絶対量値を求める測定を行なった。
2mm×50mm及び粒径2μmのOcta Decyl Silylの分析カラムを装備した、Agilem 1200シリーズ、ラピッド・レゾリューションLCシステムSL(アジレント・テクノロジー社製)を用いて、正負モードによる測定を行った。メタボローム測定は、ヒューマン・メタボローム・テクノロジー社(鶴岡市、日本)の設備及びサービスによって行なわれた。
この条件を、下記の表4に示す。
検知されたピークは、自動インテグレーションソフトウェア「MasterHands」、バージョン2.9.0.9(慶応義塾大学により開発)を使用して、自動的に抽出された。また、m/z、ピーク情報としてのピーク面積、CE-TOFMSの泳動時間(MT)、及びLC-TOFMSの保持時間(RT)の値が得られた。得られたピーク面積は、下記の式(1)により相対ピーク面積に変換された:
相対ピーク面積=ターゲット、ピーク面積/(内部基準標準ピーク面積×サンプル体積) …… 式(1)
検知されたピークは、m/z並びにMT、又はRTの値に基づいて、ヒューマン・メタボローム・テクノロジー社の代謝産物データベース上で登録されたすべての代謝物と比較された。検索用の許容誤差はMT又はRTにおいて±0.5min、及びm/zにおいて±10ppmであった。各経路における代謝物は、得られたピークを有する棒グラフとして示された。
細胞数、2×105のU87株(ATCC製)は、21.29cm2(60-mm径)カルチャーディッシュに捲かれた。細胞は、10%の透析ウシ胎児血清(D-FBS)、又は100μMのカルニチンを付加したD-FBSを含むD-MEM培地で培養された。
細胞数、2×105のU87株(ATCC製)は、21.29cm2(60-mm径)カルチャーディッシュに捲かれた。細胞は、10%ウシ胎児血清(FBS)、又は2mM Meldonium(商品名:Mildronate(登録商標)、SIGMA-ALDRICH社、米国ミズーリ州製)を加えたFBSを含むD-MEM培地で培養された。
(変異型IDH及び正常型IDHのグリオーマの代謝プロファイル)
本発明者らは、2つの方法、CE-TOFMS及びLC-TOFMSを使用して、変異型IDH又は正常型IDHをトランスフェクトされ発現したU87細胞株、及びIDH変異がある又はないグリオーマの脳腫瘍サンプルについて、メタボローム解析を行った。
結果として、本発明者らは、CE-TOFMS分析により、U87株の細胞において、カチオンモードでは82、アニオンモードでは105、すなわち、合計187の異なる代謝物を発見した。また、患者の脳腫瘍サンプルにおいては、カチオンモードでは139、アニオンモードでは115、合計254の異なる代謝物を発見した。
さらに、本発明者らは、LC-TOFMS分析により、U87細胞株において、カチオンモードでは41、アニオンモードでは33、すなわち、合計74の物質ピークを発見した。また、患者の脳腫瘍サンプルにおいては、カチオンモードでは70、アニオンモードでは72、すなわち、合計142の物質ピークを発見した。
図3(a)のヒートマップは、それぞれ5個のグリオーマの変異型IDH(IDH mutation)の脳腫瘍サンプル、及び正常型IDH(IDH normal)の脳腫瘍サンプルの溶解液中における316の代謝物の平均を示す。
図3(b)のU87細胞株用のヒートマップは、それぞれ3回実行した、変異型IDH(IDH mutation)、正常型IDH(IDH normal)、及びベクターだけのコントロールの溶解液中の216の代謝物の平均を示す。
図3(c)は脳腫瘍サンプル、図3(d)はU87細胞株について、主成分分析によりPC1及びPC2をプロットしたグラフである。それぞれが分離されていることが分かる。
図4(a)によると、変異型IDH(IDH mutation)、正常型IDH(IDH normal)の脳腫瘍サンプルでのTCA回路の代謝解析によれば、TCA回路中において、2OG及びその下流の中間代謝物の生産が抑制された。なお、U87細胞株においても、変異型IDHの一種であるIDH1R132Hを発現させることで、同様の傾向を示した。
図4(b)によると、変異型IDHの脳腫瘍サンプル、及び変異型IDH1を発現させたU87細胞株中で、2HGの量が著しく増加した。IDH1R132Hは、細胞質中で2OGから2HGを産生させることが知られている。このため、IDH1変異のあるグリオーマでは、実際に2HGが蓄積される。2HGは競合的にα-ケト酸トランスアミナーゼを抑制すると予想され、これにより2OGの量が減少し、TCA回路の抑制が生じる。
これらの結果により、本実施例における臨床の脳腫瘍サンプルからの試料調製方法及びメタボロームのデータが非常に信頼できることを明白に示した。
図5によると、エネルギー生成と密接に関係があるATP、ADP、AMP等の核酸生成に対応したプリン生成経路において、変異型IDHを持つ患者の脳腫瘍サンプルでは、正常型IDHと比べてATP量が顕著に減少していた。エネルギー生成と密接に関係があるATP、ADP、AMP等の核酸生成に対応したプリン生成経路において、変異型IDHを持つ患者の脳腫瘍サンプルでは、正常型IDHと比べてATP量が有意に減少していた。また、GTP、PRPP(phosphoribosyl pyrophosphate、ホスホリボシル二リン酸)についても、変異型IDH1の脳腫瘍サンプルでは有意に減少していた。また、変異型IDH1を発現するU87細胞株中でも、同様の減少傾向を示した。これは、自然発生した腫瘍でも、変異型IDHを発現した培養細胞でも、ATP生成の減少が実際に生じることを示している。
図6によると、細胞内のエネルギー状態の指標であるアデニレート・エネルギー充足率(AEC)及び合計アデニレート(Total adenylate)が、以下の式(2)、式(3)で算出された:
AEC = {(ATP)+0.5*(ADP)}/{(ATP)+(ADP)+(AMP)} …… 式(2)
合計アデニレート = {(ATP)+(ADP)+(AMP)} …… 式(3)
AEC及び合計アデニレートは、変異型IDHを持つ患者の脳腫瘍サンプル中で減少していた。
しかしながら、U87株の培養細胞においては、AECにおいては有意差がなかった。しかし、合計アデニレートは変異型IDHをトランスフェクトしたU87細胞株で、僅かに減少した。
図7によると、興味深いことに、20個のアミノ酸すべてが、変異型IDH1の脳腫瘍サンプルで減少していた。この減少は、変異型IDH1をトランスフェクトしたU87細胞株中でも同様の傾向であった。また、これらの結果はU87細胞株より、脳腫瘍サンプルにおいてより明白だった。
非必須アミノ酸は、2OG、ピルビン酸、アセチル-CoA、フマル酸、スクシニル-CoA、及びオキサロ酢酸を含む解糖系及びTCA回路の中間代謝物により生成される。つまり、非必須アミノ酸の生成は、TCA回路中の代謝によって著しく影響を受ける。また、必須アミノ酸は、消費の促進により減少したと考えられる。このため、変異型IDH1の脳腫瘍サンプル及びU87細胞株にて、すべてのアミノ酸の量が減少したと考えられる。
図8(a)の概念図により、β酸化について説明する。β酸化は、脂肪酸の酸化によってアセチルCoAを生成し、エネルギーを取り出す重要な代謝経路である。β酸化では、まず、細胞質中の脂肪酸は、CoAと結合してアシルCoAを生成する。アシルCoAはカルニチンと結合し、アシルカルニチンとCoAとに変換される。その後、アシルカルニチンは、ミトコンドリア膜を通過し、ミトコンドリア内で再びアシルCoAとなり、β酸化によってアセチルCoAまで分解される。その後、アセチルCoAは、TCA回路及び他の代謝反応中で基質として使用される。
図8(b)は、脳腫瘍サンプル中のカルニチンの量を示す。縦軸は絶対量(nmol/g)を示す。興味深いことに、変異型IDHの脳腫瘍サンプル中のカルニチン量は、著しく低下した。
図8(c)は、炭素数及び二重結合数の異なるアシルカルニチンの量を示す。この表において、横軸は二重鎖の数、縦軸は炭素数を示す。また、各グラフにおいて、左側は変異型IDH1、右側は正常型IDH1の脳腫瘍サンプルにおける相対量を示している。各グラフに示すように、カルニチン量が低下した結果、変異型IDH1の脳腫瘍サンプル中で、アシルカルニチンの量は全て低下していた。
図8(d)は、脂肪酸量を示すグラフである。縦軸は絶対量(nmol/g)を示す。この表においても、横軸は二重鎖の数、縦軸は炭素数を示し、各グラフにおいて、左側は変異型IDH1、右側は正常型IDH1の相対量を示している。脂肪酸の量自体は、変異型IDHと正常型IDHの脳腫瘍サンプルとで、有意差はなかった。
結果として、脳腫瘍サンプルでは、変異型IDHのグループ中でカルニチンとアシルカルニチンが著しく減少しており、これは、β酸化が抑制されることを示している。他の組織と比較すると、β酸化は、脳においてはそれほど重要な機能を果たしていないと一般に思われていた。しかしながら、β酸化が大きく抑制される変異型IDH1では、正常型IDH1に比べて、ATPレベルが著しく低下していることから、腫瘍増生の際のATP供給にはβ酸化が効率的に機能することが示唆された。
図9(a)は、変異型IDH1、正常型IDH1、ベクターのみをトランスフェクトしたU87細胞株におけるカルニチンの量を示す。変異型IDH1を発現したU87細胞株では、カルニチンの濃度は減少傾向を認めたものの、顕著な減少は認められなかった。
図9(b)は、U87細胞株における炭素数及び二重結合数の異なるアシルカルニチンの量を示す。アシルカルニチンの量は、変異型IDH1と正常型IDH1とで有意差が殆どなく、むしろ、変異型IDH1の方が増えていた。
図9(c)は、U87細胞株における脂肪酸量を示すグラフである。各脂肪酸の量についても、有意差はなかった。
これらの結果は、後述するように、元々、カルニチンが培養液の血清中に含まれており、外部から細胞内に供給されるためと考えられる。
上述の変異型IDH1の脳腫瘍サンプルと、正常型IDH1の脳腫瘍サンプルとを用いて、網羅的なメタボローム解析を行い比較検討したところ、予後良好な変異型IDHのグリオーマにおいては脂肪酸代謝経路が阻害されており、特にカルニチンの減少が顕著であることが明らかとなった。
一般にカルニチンは食物からの吸収でホメオスタシスが維持される。しかしながら、グリオーマ等の乏血管性の腫瘍増生の際にはカルニチン合成系が重要であり、グリオーマ内のカルニチンは、食事では補給されないと推測される。このため、生体内のグリオーマの腫瘍組織内では、組織内で合成されたカルニチンを用いた脂肪酸の酸化によるアセチルCoA及びATPの供給が重要であった。
図11によると、U87株の細胞を用いて、まず、カルニチンが細胞増殖に重要であることを確認した。図中のボックスは平均を、バーは標準誤差を示す(n=3)。シンボル(*)は有意差(p<0.05)を示す。
この図11に示したように、カルニチンのない透析血清(D-FBS)を用いた培養条件下では、細胞の増殖率は低かった。これに対して、透析血清に100μMのカルニチンを添加した培地(D-FBS+Car)では、細胞の増殖率が増加することが明らかになった。
カルニチンを含有する通常血清(FBS)を用いた培養条件下では、細胞がよく増殖するのに対し、2mM Meldoniumを通常血清に添加した(FBS+Mildr)培養条件下では、細胞の増殖が抑制された。
図13によると、臨床上の予後予測としては、腫瘍摘出手術時の組織サンプルからカルニチン濃度を測定することで可能である。
図13(a)は、脳腫瘍サンプル中のカルニチン濃度の測定を行った結果を示した。単位は、腫瘍組織重量(g)当りのnmolの濃度である。予後良好な変異型IDH1(MT)の脳腫瘍サンプル(n=5)では、カルニチン濃度は19.8~61.2nmol/gであり、平均は36nmol/gとなった。これに対して、予後不良の正常型IDH1(NT)の脳腫瘍サンプル(n=5)では、137.2~329.2nmol/gであり、平均は267nmol/gであった。つまり、予後不良の腫瘍組織は、予後良好な腫瘍組織に比べてカルニチン濃度が高くなっていることが示された。また、変異型IDH1と正常型IDH1とのt検定の有意差はp<0.003であった。これにより、カルニチン濃度130nmol/gを大きく超えた場合は、予後不良と推測できる。
一方、図13(b)は、同一の脳腫瘍サンプル中の2HG濃度の測定を行った結果である。このように、変異型IDH1(MT)の脳腫瘍サンプルにおいては、それぞれ、68.8、555.9、890.0、62.6、1390.0nmol/gであり、平均は593nmol/gであった。また、正常型IDH1(NT)の脳腫瘍サンプルでは、それぞれ、20.5、17.8、14.8、31.5、46.9nmol/gであり、平均は26.3nmol/gであった。このように、2HGは、変異型IDH1の腫瘍組織中でバラツキが大きく、正常型との差が小さい場合がある。実際に、これらのサンプルの検定によれば、p=0.088494で有意差は得られなかった。
なお、予備的な実験により、アシルカルニチン、TMLについても、予後判定の指標となることが示されている。
Claims (4)
- 乏血管性の固形腫瘍の腫瘍予後予測のための方法であって、
採取された前記固形腫瘍の腫瘍サンプル中のカルニチン、アシルカルニチン、アセチルカルニチン、γ-ブチロベタイン、及びN6,N6,N6-トリメチル-L-リシンからなる群の一種の濃度を測定し、前記測定値を、予後を予測するために提供し、
前記固形腫瘍はグリオーマであり、
前記アシルカルニチンは、イソバレリルカルニチン及びオクタノイルカルニチンを除き、著しく減少する組成物のみを用いる
ことを特徴とする腫瘍予後予測のための方法。 - 前記腫瘍サンプル中の前記カルニチンの前記濃度が所定濃度以上である旨を、予後不良と判断するための情報として提供する
ことを特徴とする請求項1に記載の腫瘍予後予測のための方法。 - 前記カルニチンの前記所定濃度は、100~190nmol/gである
ことを特徴とする請求項2に記載の腫瘍予後予測のための方法。 - 請求項1乃至3のいずれか1項に記載の腫瘍予後予測のための方法で予後不良と判断された場合に使用される脂肪酸酸化阻害剤であって、
前記脂肪酸酸化阻害剤は、
BBOX1及び/又はBBOX2阻害剤である
ことを特徴とする脂肪酸酸化阻害剤。
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