大量のEGRガスを気筒内に導入することは、前述したように、損失の低減及び排気エミッション性能の向上に有利になる一方で、燃焼安定性は低下するようになる。
実用燃費を向上させる観点から、低速領域の部分負荷領域では、できるだけ損失を低減したいという要求が強いが、エンジンの運転状態が低速領域あるときは、気筒内のガス流動が低下することにも起因して、燃焼安定性が低下し易い。そのため、気筒内に導入可能なEGR量は制限される(つまり、EGR率の上限は低くなる)。
ここに開示する技術は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、低速領域の部分負荷領域において、できるだけ大量のEGRガスを気筒内に導入可能にすることで、各種損失の低減及び排気エミッション性能の向上を図ることにある。
ここに開示する技術は、火花点火式直噴エンジンに係り、気筒を有するよう構成されたエンジン本体と、前記気筒内に燃料を噴射するように構成された燃料噴射弁と、前記燃料噴射弁が噴射する前記燃料の圧力を設定するように構成された燃圧設定機構と、前記気筒内に臨んで配設されかつ、前記気筒内の混合気に点火をするように構成された点火プラグと、排気ガスを前記気筒内に導入するように構成された排気還流手段と、少なくとも前記燃料噴射弁、前記燃圧設定機構、前記点火プラグ及び前記排気還流手段を制御することによって、前記エンジン本体を運転するように構成された制御器と、を備える。
そして、前記制御器は、前記エンジン本体の運転状態が所定の低速領域の部分負荷領域にあるときには、前記排気還流手段によって前記排気ガスを前記気筒内に導入し、前記燃圧設定機構によって前記燃料の圧力を30MPa以上の高燃圧にし、少なくとも圧縮行程後期から膨張行程初期までの期間内で燃料噴射を行うように前記燃料噴射弁を駆動し、そして、前記燃料噴射の終了後でかつ、前記燃料噴射の開始から3ミリ秒以内に前記点火プラグを駆動して前記気筒内の混合気に火花点火を行う、ようなリタード噴射燃焼を実行し、前記制御器は、前記エンジン本体の運転状態が前記低速領域よりも高速の領域の部分負荷領域にあるときには、前記排気還流手段によって前記排気ガスを前記気筒内に導入し、吸気行程後期から圧縮行程中期までの期間内で燃料噴射を行うように前記燃料噴射弁を駆動し、そして、圧縮上死点付近において前記点火プラグを駆動して前記気筒内の混合気に火花点火を行う。
ここで、「所定の低速領域」は、例えばエンジン本体の回転数領域を、低速及び高速の2つに区分した場合の低速側の領域としてもよいし、回転数領域を、低速、中速及び高速の3つに区分した場合の低速の領域、又は、低速及び中速の領域としてもよい。
また、「部分負荷領域」とは、例えば全開負荷及びその付近を含む全開負荷域を除いた領域としてもよいし、エンジン本体の負荷領域を、低負荷、中負荷及び高負荷の3つに区分した場合の低負荷乃至中負荷領域としてもよい。
さらに、「圧縮行程後期」は、圧縮行程を、初期、中期、及び後期の3つの期間に区分した場合の後期としてもよく、同様に、「膨張行程初期」は、膨張行程を、初期、中期、及び後期の3つの期間に区分した場合の初期としてもよい。
前記の構成によると、エンジン本体の運転状態が所定の低速領域の部分負荷領域にあるときには、30MPa以上の高燃圧でかつ、少なくとも圧縮行程後期から膨張行程初期までの期間内で燃料の噴射を行う。こうした比較的遅いタイミングで、しかも高燃圧で、気筒内に燃料を噴射することにより、燃料が微粒化されると共に、圧縮上死点付近にある気筒内のガスの乱れが強くなり、気筒内の乱れエネルギが高まる。これにより、圧縮上死点付近にある気筒内に、可燃混合気が速やかに形成される。
そうして速やかに可燃混合気を形成すれば、燃料噴射の開始から3ミリ秒以内に点火プラグを駆動して、その可燃混合気に火花点火を行う。これにより、気筒内の乱れエネルギが減衰してしまう前の、乱れエネルギが強い状態で燃焼を開始することが可能になるから、燃焼安定性が高くなる。このことは、気筒内のガス流動が相対的に弱くなる低速領域において、排気還流手段を通じて大量の排気ガス(つまり、EGRガス)を導入することを可能にする。つまり、気筒内のEGR率をより高めて、部分負荷領域におけるポンプ損失の低減に有利になると共に、燃焼温度を低下させて、冷却損失の低減及び排気エミッション性能の向上に有利になる。
ここに開示する火花点火式直噴エンジンはまた、気筒を有するよう構成されたエンジン本体と、前記気筒内に燃料を噴射するように構成された燃料噴射弁と、前記燃料噴射弁が噴射する前記燃料の圧力を設定するように構成された燃圧設定機構と、前記気筒内に臨んで配設されかつ、前記気筒内の混合気に点火をするように構成された点火プラグと、排気ガスを前記気筒内に導入するように構成された排気還流手段と、少なくとも前記燃料噴射弁、前記燃圧設定機構、前記点火プラグ及び前記排気還流手段を制御することによって、前記エンジン本体を運転するように構成された制御器と、を備える。
そして、前記制御器は、前記エンジン本体の運転状態が所定の低速領域の部分負荷領域にあるときには、前記燃圧設定機構によって前記燃料の圧力を30MPa以上の高燃圧にし、少なくとも圧縮行程後期から膨張行程初期までの期間内で燃料噴射を行うように前記燃料噴射弁を駆動し、前記混合気の空気過剰率λが1.1以下でかつ、前記気筒内のガスにおける前記排気ガスの割合であるEGR率が所定以上となるように、前記排気還流手段によって前記排気ガスを前記気筒内に導入し、そして、前記燃料噴射の終了後に前記点火プラグを駆動して前記気筒内の混合気に火花点火を行う、ようなリタード噴射燃焼を実行し、前記制御器は、前記エンジン本体の運転状態が前記低速領域よりも高速の領域の部分負荷領域にあるときには、前記排気還流手段によって前記排気ガスを前記気筒内に導入し、吸気行程後期から圧縮行程中期までの期間内で燃料噴射を行うように前記燃料噴射弁を駆動し、そして、圧縮上死点付近において前記点火プラグを駆動して前記気筒内の混合気に火花点火を行う。
この構成によると、前記の構成と同様に、エンジン本体の運転状態が所定の低速領域の部分負荷領域にあるときには、30MPa以上の高燃圧でかつ、少なくとも圧縮行程後期から膨張行程初期までの期間内で燃料の噴射を行う。これによって、可燃混合気が速やかに形成される。このときに、燃料噴射弁は、混合気の空気過剰率λが1.1以下、つまり、おおよそ理論空燃比となるように気筒内に燃料を噴射し、排気還流手段によって、EGR率が所定以上となるように、気筒内に排気ガス(EGRガス)を導入する。EGR率は、混合気の空気過剰率λが1.1以下となる条件下において可能な限り高く設定してもよい。
そうして、燃料噴射の終了後に点火プラグを駆動して気筒内の混合気に火花点火を行う。前述したように、高燃圧による燃料噴射によって生じる強い乱れエネルギを利用しようとすれば、可燃混合気が形成された後、速やかに火花点火を行うことが望ましく、そうすることによって、低速域においてEGR率を高く設定しつつも、燃焼安定性が確保される。その結果、前記の構成と同様に、ポンプ損失及び冷却損失の低減と、排気エミッション性能の向上とが図られる。
前記制御器は、前記エンジン本体の運転状態が前記所定の低速領域における全開負荷域を除く領域にあるときには、前記リタード噴射燃焼を実行すると共に、前記排気導入手段を通じて、冷却した前記排気ガスを前記気筒内に導入する、としてもよい。
つまり、エンジン本体の運転状態が全開負荷域にあるときには、排気還流手段を通じた排気ガスの導入を中止することが好ましい。こうすることで、全開負荷域においては、可能な限りの新気を気筒内に導入することによって全開トルクを向上させ得る。
また、前述の排気還流手段は、いわゆる外部EGRガス及び内部EGRガスのいずれを気筒内に導入してもよいが、全開負荷域を除く領域にあってリタード噴射燃焼を実行する際には、冷却した排気ガスを気筒内に導入することが好ましい。これによって、気筒内の温度を低下させて、過早着火やノッキング等の異常燃焼を回避しつつ、トルクの向上、ひいては燃費の向上が図られる。
前記燃料噴射弁は、多噴口型に構成されている、としてもよい。
多噴口型の燃料噴射弁とすることにより、前述した燃料圧力を高くすることと相俟って、圧縮上死点付近の気筒内に、均質な混合気を速やかに形成することが可能になる。このことは、大量のEGRガスを気筒内に導入しながら、燃焼安定性をさらに高める上で有利になる。
前記気筒に往復動可能に内挿されたピストンには、その冠面に凹状のキャビティが形成されており、前記制御器は、前記リタード噴射燃焼を実行するときには、前記燃料噴射弁による燃料噴射の開始時期を、前記燃料が前記キャビティ内に噴射されるタイミングに設定する、としてもよい。
キャビティ内の狭い空間内に、高い燃料圧力でもって燃料を噴射することにより、キャビティ内のガスの流動が強まる。その結果、高EGR率の気筒内環境下において、燃焼安定性をさらに高めることが可能になる。
前記制御器は、前記リタード噴射燃焼を実行するときには、前記EGR率の最高を40%以上に設定する、としてもよい。
つまり、前述したリタード噴射燃焼の実行によって、低速領域の部分負荷領域において40%以上の高いEGR率が実現可能となり、ポンプ損失及び冷却損失の低減、並びに、排気エミッション性能の向上が、有効に達成される。
前記燃料噴射弁は、その燃料噴射の方向が、前記点火プラグ位置に対し、ずれて設定されている、としてもよい。
この構成は、均質混合気の形成に有利であり、ひいては燃焼安定性の向上に有利になる。
以上説明したように、この火花点火式直噴エンジンは、30MPa以上の高い燃料圧力でもって、少なくとも圧縮行程後期から膨張行程初期までの、比較的遅い時期に、気筒内に燃料を噴射することで、火花点火に伴う燃焼の安定性を高めることができるから、低速領域の部分負荷領域にあるときに、できるだけ大量のEGRガスを気筒内に導入することが可能になり、ポンプ損失及び冷却損失の低減と、排気エミッション性能の向上とを図ることができる。
以下、火花点火式直噴エンジンの実施形態を図面に基づいて説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、例示である。図1,2は、エンジン(エンジン本体)1の概略構成を示す。このエンジン1は、車両に搭載されると共に、少なくともガソリンを含有する燃料が供給される火花点火式ガソリンエンジンである。エンジン1は、複数の気筒18が設けられたシリンダブロック11(尚、図1では、1つの気筒のみを図示するが、例えば4つの気筒が直列に設けられる)と、このシリンダブロック11上に配設されたシリンダヘッド12と、シリンダブロック11の下側に配設され、潤滑油が貯留されたオイルパン13とを有している。各気筒18内には、コンロッド142を介してクランクシャフト15と連結されているピストン14が往復動可能に嵌挿されている。ピストン14の頂面には、図3に拡大して示すように、ディーゼルエンジンでのリエントラント型のようなキャビティ141が形成されている。キャビティ141は、ピストン14が圧縮上死点付近に位置するときには、後述するインジェクタ67に相対する。シリンダヘッド12と、気筒18と、キャビティ141を有するピストン14とは、燃焼室19を区画する。尚、燃焼室19の形状は、図示する形状に限定されるものではない。例えばキャビティ141の形状、ピストン14の頂面形状、及び、燃焼室19の天井部の形状等は、適宜変更することが可能である。
このエンジン1は、理論熱効率の向上等を目的として、15以上の比較的高い幾何学的圧縮比に設定されている。尚、幾何学的圧縮比は15以上20以下程度の範囲で、適宜設定すればよい。但し、エンジン1の幾何学的圧縮比は、15未満に設定してもよい。
シリンダヘッド12には、気筒18毎に、吸気ポート16及び排気ポート17が形成されていると共に、これら吸気ポート16及び排気ポート17には、燃焼室19側の開口を開閉する吸気弁21及び排気弁22がそれぞれ配設されている。
吸気弁21及び排気弁22をそれぞれ駆動する動弁系の内、排気側には、排気弁22の作動モードを通常モードと特殊モードとに切り替える、例えば油圧作動式の可変機構(図2参照。以下、VVL(Variable Valve Lift)と称する)71が設けられている。VVL71は、その構成の詳細な図示は省略するが、カム山を一つ有する第1カムとカム山を2つ有する第2カムとの、カムプロファイルの異なる2種類のカム、及び、その第1及び第2カムのいずれか一方のカムの作動状態を選択的に排気弁に伝達するロストモーション機構を含んで構成されている。第1カムの作動状態を排気弁22に伝達しているときには、排気弁22は、排気行程中において一度だけ開弁される通常モードで作動するのに対し、第2カムの作動状態を排気弁22に伝達しているときには、排気弁22が、排気行程中において開弁すると共に、吸気行程中においても開弁するような、いわゆる排気の二度開きを行う特殊モードで作動する。VVL71の通常モードと特殊モードとは、エンジンの運転状態に応じて切り替えられる。具体的に、特殊モードは、内部EGRに係る制御の際に利用される。尚、こうした通常モードと特殊モードとの切り替えを可能にする上で、排気弁22を電磁アクチュエータによって駆動する電磁駆動式の動弁系を採用してもよい。また、内部EGRの実行は、排気二度開きのみによって実現されるのではない。例えば吸気弁21を二回開く、吸気の二度開きによって内部EGR制御を行ってもよいし、排気行程乃至吸気行程において吸気弁21及び排気弁22の双方を閉じるネガティブオーバーラップ期間を設けて既燃ガスを気筒18内に残留させる内部EGR制御を行ってもよい。VVL71はまた、省略することも可能である。
VVL71を備えた排気側の動弁系に対し、吸気側には、図2に示すように、クランクシャフト15に対する吸気カムシャフトの回転位相を変更することが可能な位相可変機構(以下、VVT(Variable Valve Timing)と称する)72と、吸気弁21のリフト量を連続的に変更することが可能なリフト量可変機構(以下、CVVL(Continuously Variable Valve Lift)と称する)73とが設けられている。VVT72は、液圧式、電磁式又は機械式の公知の構造を適宜採用すればよく、その詳細な構造についての図示は省略する。また、CVVL73も、公知の種々の構造を適宜採用することが可能であり、その詳細な構造についての図示は省略する。VVT72及びCVVL73によって、吸気弁21はその開弁タイミング及び閉弁タイミング、並びに、リフト量をそれぞれ変更することが可能である。
シリンダヘッド12にはまた、気筒18毎に、気筒18内に燃料を直接噴射するインジェクタ67が取り付けられている。インジェクタ67は、図3に拡大して示すように、その噴口が燃焼室19の天井面の中央部分から、その燃焼室19内に臨むように配設されている。インジェクタ67は、エンジン1の運転状態に応じて設定された噴射タイミングでかつ、エンジン1の運転状態に応じた量の燃料を、燃焼室19内に直接噴射する。この例において、インジェクタ67は、詳細な図示は省略するが、複数の噴口を有する多噴口型のインジェクタである。これによって、インジェクタ67は、燃料噴霧が、燃焼室19の中心位置から下向きに、放射状に広がるように、燃料を噴射する。図3に矢印で示すように、ピストン14が圧縮上死点付近に位置するタイミングで、燃焼室19の中央部分から放射状に広がるように噴射された燃料噴霧は、ピストン頂面に形成されたキャビティ141の壁面に沿って流動する。つまり、インジェクタ67は、その燃料噴射の方向が、後述の点火プラグ25の位置に対し、ずれるように設定されている。また、キャビティ141は、ピストン14が圧縮上死点付近に位置するタイミングで噴射された燃料噴霧を、その内部に収めるように形成されている、と言い換えることが可能である。この多噴口型のインジェクタ67とキャビティ141との組み合わせは、燃料の噴射後、混合気形成期間を短くすると共に、燃焼期間を短くする上で有利な構成である。尚、インジェクタ67は、多噴口型のインジェクタに限定されず、外開弁タイプのインジェクタを採用してもよい。
図外の燃料タンクとインジェクタ67との間は、燃料供給経路によって互いに連結されている。この燃料供給経路上には、燃料ポンプ63とコモンレール64とを含みかつ、インジェクタ67に、比較的高い燃料圧力で燃料を供給することが可能な燃料供給システム62が介設されている。燃料ポンプ63は、燃料タンクからコモンレール64に燃料を圧送し、コモンレール64は圧送された燃料を、比較的高い燃料圧力で蓄えることが可能である。インジェクタ67が開弁することによって、コモンレール64に蓄えられている燃料がインジェクタ67の噴口から噴射される。ここで、燃料ポンプ63は、図示は省略するが、プランジャー式のポンプであり、エンジン1によって駆動される。このエンジン駆動のポンプを含む構成の燃料供給システム62は、30MPa以上の高い燃料圧力の燃料を、インジェクタ67に供給することを可能にする。燃料圧力は、最大で120MPa程度に設定してもよい。インジェクタ67に供給される燃料の圧力は、後述するように、エンジン1の運転状態に応じて変更される。尚、燃料供給システム62は、この構成に限定されるものではない。
シリンダヘッド12にはまた、図3に示すように、燃焼室19内の混合気に点火する点火プラグ25が取り付けられている。点火プラグ25は、この例では、エンジン1の排気側から斜め下向きに延びるように、シリンダヘッド12内を貫通して配置されている。図3に示すように、点火プラグ25の先端は、圧縮上死点に位置するピストン14のキャビティ141内に臨んで配置される。
エンジン1の一側面には、図1に示すように、各気筒18の吸気ポート16に連通するように吸気通路30が接続されている。一方、エンジン1の他側面には、各気筒18の燃焼室19からの既燃ガス(排気ガス)を排出する排気通路40が接続されている。
吸気通路30の上流端部には、吸入空気を濾過するエアクリーナ31が配設されている。また、吸気通路30における下流端近傍には、サージタンク33が配設されている。このサージタンク33よりも下流側の吸気通路30は、各気筒18毎に分岐する独立通路とされ、これら各独立通路の下流端が各気筒18の吸気ポート16にそれぞれ接続されている。
吸気通路30におけるエアクリーナ31とサージタンク33との間には、空気を冷却又は加熱する、水冷式のインタークーラ/ウォーマ34と、各気筒18への吸入空気量を調節するスロットル弁36とが配設されている。吸気通路30にはまた、インタークーラ/ウォーマ34をバイパスするインタークーラバイパス通路35が接続されており、このインタークーラバイパス通路35には、当該通路35を通過する空気流量を調整するためのインタークーラバイパス弁351が配設されている。インタークーラバイパス弁351の開度調整を通じて、インタークーラバイパス通路35の通過流量とインタークーラ/ウォーマ34の通過流量との割合を調整することにより、気筒18に導入する新気の温度を調整することが可能である。尚、インタークーラ/ウォーマ34は省略可能であり、それに伴いインタークーラバイパス通路35も省略可能である。
排気通路40の上流側の部分は、各気筒18毎に分岐して排気ポート17の外側端に接続された独立通路と該各独立通路が集合する集合部とを有する排気マニホールドによって構成されている。この排気通路40における排気マニホールドよりも下流側には、排気ガス中の有害成分を浄化する排気浄化装置として、直キャタリスト41とアンダーフットキャタリスト42とがそれぞれ接続されている。直キャタリスト41及びアンダーフットキャタリスト42はそれぞれ、筒状ケースと、そのケース内の流路に配置した、例えば三元触媒とを備えて構成されている。
吸気通路30におけるサージタンク33とスロットル弁36との間の部分と、排気通路40における直キャタリスト41よりも上流側の部分とは、排気ガスの一部を吸気通路30に還流するためのEGR通路50を介して接続されている。このEGR通路50は、排気ガスをエンジン冷却水によって冷却するためのEGRクーラ52が配設された主通路51と、EGRクーラ52をバイパスするためのEGRクーラバイパス通路53と、を含んで構成されている。主通路51には、排気ガスの吸気通路30への還流量を調整するためのEGR弁511が配設され、EGRクーラバイパス通路53には、EGRクーラバイパス通路53を流通する排気ガスの流量を調整するためのEGRクーラバイパス弁531が配設されている。尚、EGRクーラバイパス通路53は、省略可能である。
このように構成されたエンジン1は、パワートレイン・コントロール・モジュール(以下、PCMという)10によって制御される。PCM10は、CPU、メモリ、カウンタタイマ群、インターフェース及びこれらのユニットを接続するパスを有するマイクロプロセッサで構成されている。このPCM10が制御器を構成する。
PCM10には、図1,2に示すように、各種のセンサSW1〜SW16の検出信号が入力される。この各種のセンサには、次のセンサが含まれる。すなわち、エアクリーナ31の下流側で、新気の流量を検出するエアフローセンサSW1及び新気の温度を検出する吸気温度センサSW2、インタークーラ/ウォーマ34の下流側に配置されかつ、インタークーラ/ウォーマ34を通過した後の新気の温度を検出する、第2吸気温度センサSW3、EGR通路50における吸気通路30との接続部近傍に配置されかつ、外部EGRガスの温度を検出するEGRガス温センサSW4、吸気ポート16に取り付けられかつ、気筒18内に流入する直前の吸気の温度を検出する吸気ポート温度センサSW5、シリンダヘッド12に取り付けられかつ、気筒18内の圧力を検出する筒内圧センサSW6、排気通路40におけるEGR通路50の接続部近傍に配置されかつ、それぞれ排気温度及び排気圧力を検出する排気温センサSW7及び排気圧センサSW8、直キャタリスト41の上流側に配置されかつ、排気中の酸素濃度を検出するリニアO2センサSW9、直キャタリスト41とアンダーフットキャタリスト42との間に配置されかつ、排気中の酸素濃度を検出するラムダO2センサSW10、エンジン冷却水の温度を検出する水温センサSW11、クランクシャフト15の回転角を検出するクランク角センサSW12、車両のアクセルペダル(図示省略)の操作量に対応したアクセル開度を検出するアクセル開度センサSW13、吸気側及び排気側のカム角センサSW14,SW15、及び、燃料供給システム62のコモンレール64に取り付けられかつ、インジェクタ67に供給する燃料圧力を検出する燃圧センサSW16である。
PCM10は、これらの検出信号に基づいて種々の演算を行うことによってエンジン1や車両の状態を判定し、これに応じてインジェクタ67、点火プラグ25、吸気弁側のVVT72及びCVVL73、排気弁側のVVL71、燃料供給システム62、並びに、各種の弁(スロットル弁36、インタークーラバイパス弁351、EGR弁511、及びEGRクーラバイパス弁531)のアクチュエータへ制御信号を出力する。こうしてPCM10は、エンジン1を運転する。
図4は、エンジン1の運転領域の一例を示している。このエンジン1は、全運転領域において、混合気の空燃比を理論空燃比(つまり、空気過剰率λ≦1.1)となるようにしており、これによって、全運転領域において三元触媒の利用を可能にしている。
その一方で、このエンジン1は、部分負荷領域(エンジン1の全開負荷域を除く領域、又は、エンジン1の負荷領域を低負荷、中負荷及び高負荷の3つに区分したときの、低負荷及び中負荷を含む領域。図4における破線よりも下側の領域)においては、ポンプ損失や冷却損失の低減、及び、排気エミッション性能の向上を目的として、大量のEGRガス、正確には、理論空燃比λ≦1.1となる条件下において、気筒18内に導入可能な限りのEGRガスを、気筒18内に導入するようにしている。一方、エンジン1の負荷が全開負荷域にあるときには(図4における破線よりも上側の領域)、新気を可能な限り気筒18内に導入するために、EGRガスの導入を中止する。これは、全開トルクの向上に有効である。
ここで部分負荷領域において気筒18内に導入するEGRガスは、基本的には、EGR通路50を通じて、吸気側に還流された排気ガスであり、特にEGRクーラ52を通過することで冷却されたEGRガスである。これにより、気筒18内の温度を低下させて過早着火やノッキング等の異常燃焼の回避に有利になる一方で、燃焼温度の低下に伴い、冷却損失の低減、及び、RawNOxの発生の抑制が図られる。尚、低負荷側の領域においては、冷却しないEGRガス、例えばEGRクーラバイパス通路53を通過した外部EGRガスや、排気側のVVL71の作動による内部EGRガスを、気筒18内に導入してもよい。
具体的に、部分負荷領域においては、スロットル弁36を全開にする一方で、EGR弁511(及びEGRクーラバイパス弁531)の開度調整により、気筒18内に導入する新気量及び外部EGRガス量を調整する。こうして、大量のEGRガスを気筒18内に導入することは、損失低減や排気エミッション性能の向上といった利点があるものの、燃焼安定性が低下し、それに伴い燃焼期間が大きくばらつくことで、ノッキング等の発生を招く虞もある。
そこで、このエンジン1では、大量のEGRガスを気筒18内に導入する部分負荷領域において、ピストンが往復する速度が相対的に低いため、気筒18内のガス流動が弱くなることに起因して、燃焼安定性が特に悪化しやすい低速域、具体的には、図4に示す運転領域において、所定回転数Nよりも回転数が低い低速領域においては、従来と比較して大幅に高圧化した燃料圧力で、図5(a)に示すように、圧縮上死点付近の遅いタイミングで気筒18内に燃料を噴射し、火花点火を行う。これにより、大量のEGRガスを気筒18内に導入している低速域の部分負荷領域における燃焼安定性を向上させる。この特徴的な燃料噴射形態を、以下においては「高圧リタード噴射」又は単に「リタード噴射」と呼ぶ。尚、所定回転数Nは、図例では、エンジンの回転数領域における中間点よりも高速側に設定されているが、これに限らず、高圧リタード噴射を行う領域は、例えばエンジン1の回転数領域を低速、中速及び高速の3つに区分したときの、低速域を含む領域、又は、低速域及び中速域を含む領域としてもよい。
次に、図6を参照しながら、高圧リタード噴射について説明する。図6は、前述した高圧リタード噴射による火花点火(Spark Ignition)燃焼(実線)と、吸気行程中に燃料噴射を実行する従来のSI燃焼(破線)とにおける、熱発生率(上図)及び未燃混合気反応進行度(下図)の違いを比較する図である。図6の横軸はクランク角である。この比較の前提として、エンジン1の運転状態は共に低速の部分負荷域であり、噴射する燃料量は、高圧リタード噴射によるSI燃焼と従来のSI燃焼との場合で互いに同じである。
高圧リタード噴射は、気筒18内に高い燃料圧力で燃料を噴射することにより、気筒18内、特にキャビティ141内のガス流動を強め、それによって燃焼安定性を向上させることを目的とする。高圧リタード噴射はまた、未燃混合気の反応可能時間の短縮を図り、そのことによって異常燃焼を回避することも可能にする。
従来のSI燃焼では、吸気行程中に気筒18内に所定量の燃料噴射を実行する(図6の上図の破線参照)。気筒18内では、その燃料の噴射後、ピストン14が圧縮上死点に至るまでの間に、比較的均質な混合気が形成される。そして、この例では、圧縮上死点以降の、白丸で示す所定タイミングで点火が実行され、それによって燃焼が開始する。燃焼の開始後は、図6の上図に破線で示すように、熱発生率のピークを経て燃焼が終了する。燃料噴射の開始から燃焼の終了までの間が未燃混合気の反応可能時間(以下、単に反応可能時間という場合がある)に相当し、図6の下図に破線で示すように、この間に未燃混合気の反応は次第に進行する。同図における点線は、未燃混合気が着火に至る反応度である、着火しきい値を示しており、従来のSI燃焼は、低速域であることと相俟って、反応可能時間が非常に長く、その間、未燃混合気の反応が進行し続けてしまうことから、点火の前後に未燃混合気の反応度が着火しきい値を超えてしまい、過早着火又はノッキングといった異常燃焼を引き起こす。
未燃混合気の反応可能時間は、図6にも示しているように、インジェクタ67が燃料を噴射する期間((1)噴射期間)と、噴射終了後、点火プラグ25の周りに可燃混合気が形成されるまでの期間((2)混合気形成期間)と、点火によって開始された燃焼が終了するまでの期間((3)燃焼期間)と、を足し合わせた時間、つまり、(1)+(2)+(3)である。高圧リタード噴射は、噴射期間、混合気形成期間及び燃焼期間をそれぞれ短縮し、それによって、反応可能時間を短くする。
先ず、高い燃料圧力は、単位時間当たりにインジェクタ67から噴射される燃料量を相対的に多くする。このため、燃料噴射量を一定とした場合に、燃料圧力と燃料の噴射期間との関係は概ね、燃料圧力が低いほど噴射期間は長くなり、燃料圧力が高いほど噴射期間は短くなる。従って、燃料圧力が従来に比べて大幅に高く設定された高圧リタード噴射は、噴射期間を短縮する。
また、高い燃料圧力は、気筒18内に噴射する燃料噴霧の微粒化に有利になると共に、燃料噴霧の飛翔距離を、より長くする。このため、燃料圧力と燃料蒸発時間との関係は概ね、燃料圧力が低いほど燃料蒸発時間は長くなり、燃料圧力が高いほど燃料蒸発時間は短くなる。また、燃料圧力と点火プラグ25の周りに燃料噴霧が到達するまでの時間は概ね、燃料圧力が低いほど到達までの時間は長くなり、燃料圧力が高いほど到達までの時間は短くなる。混合気形成期間は、燃料蒸発時間と、点火プラグ25の周りへの燃料噴霧到達時間とを足し合わせた時間であるから、燃料圧力が高いほど混合気形成期間は短くなる。従って、燃料圧力が従来に比べて大幅に高く設定された高圧リタード噴射は、燃料蒸発時間及び点火プラグ25の周りへの燃料噴霧到達時間がそれぞれ短くなる結果、混合気形成期間を短縮する。これに対し、同図に白丸で示すように、従来の、低い燃料圧力での吸気行程噴射は、混合気形成期間が大幅に長くなる。尚、多噴口型のインジェクタ67とキャビティ141との組み合わせは、SIモードにおいては、燃料の噴射後、点火プラグ25の周りに燃料噴霧が到達するまでの時間を短くする結果、混合気形成期間の短縮に有効である。
このように、噴射期間及び混合気形成期間を短縮することは、燃料の噴射タイミング、より正確には、噴射開始タイミングを、比較的遅いタイミングにすることを可能にする。そこで、高圧リタード噴射では、図6の上図に示すように、圧縮行程後期から膨張行程初期にかけてのリタード期間内に燃料噴射を行う。高い燃料圧力で気筒18内に燃料を噴射することに伴い、その気筒内の乱れが強くなり、気筒18内の乱れエネルギが高まるが、この高い乱れエネルギは、燃料噴射のタイミングが比較的遅いタイミングに設定されることと相俟って、燃焼期間の短縮に有利になる。
すなわち、燃料噴射をリタード期間内に行った場合、燃料圧力と燃焼期間内での乱流エネルギとの関係は概ね、燃料圧力が低いほど乱流エネルギが低くなり、燃料圧力が高いほど乱流エネルギは高くなる。ここで、仮に高い燃料圧力で気筒18内に燃料を噴射するとしても、その噴射タイミングが吸気行程中にある場合は、点火タイミングまでの時間が長いことや、吸気行程後の圧縮行程において気筒18内が圧縮されることに起因して、気筒18内の乱れは減衰してしまう。その結果、吸気行程中に燃料噴射を行った場合、燃焼期間内での乱流エネルギは、燃料圧力の高低に拘わらず比較的低くなってしまう。
燃焼期間での乱流エネルギと燃焼期間との関係は概ね、乱流エネルギが低いほど燃焼期間が長くなり、乱流エネルギが高いほど燃焼期間が短くなる。従って、燃料圧力と燃焼期間との関係は、燃料圧力が低いほど燃焼期間は長くなり、燃料圧力が高いほど燃焼期間は短くなる。すなわち、高圧リタード噴射は、燃焼期間を短縮する。これに対し、従来の、低い燃料圧力での吸気行程噴射は、燃焼期間が長くなる。尚、多噴口型のインジェクタ67は、気筒18内の乱れエネルギの向上に有利であって、燃焼期間の短縮に有効であると共に、その多噴口型のインジェクタ67とキャビティ141との組み合わせによって、燃料噴霧をキャビティ141内に収めることもまた、燃焼期間の短縮に有効である。
このように高圧リタード噴射は、噴射期間、混合気形成期間、及び、燃焼期間をそれぞれ短縮し、その結果、図6に示すように、燃料の噴射開始タイミングSOIから燃焼終了時期θendまでの、未燃混合気の反応可能時間を、従来の吸気行程中での燃料噴射の場合と比較して大幅に短くすることを可能にする。この反応可能時間を短縮する結果、図6の上段に示す図のように、従来の低い燃料圧力での吸気行程噴射では、白丸で示すように、燃焼終了時における未燃混合気の反応進行度が、着火しきい値を超えてしまい、異常燃焼が発生してしまうところ、高圧リタード噴射は、黒丸で示すように、燃焼終了時における未燃混合気の反応の進行を抑制し、異常燃焼を回避することが可能になる。尚、図6の上図における白丸と黒丸とで、点火タイミングは互いに同じタイミングに設定している。
燃料圧力は、例えば30MPa以上に設定することによって、燃焼期間を効果的に短縮化することが可能である。また、30MPa以上の燃料圧力は、噴射期間及び混合気形成期間も、それぞれ有効に短縮化することが可能である。尚、燃料圧力は、少なくともガソリンを含有する、使用燃料の性状に応じて適宜設定するのが好ましい。その上限値は、一例として、120MPaとしてもよい。
ここで、高圧リタード噴射は、気筒18内への燃料噴射の形態を工夫することによってSIモードにおける異常燃焼の発生を回避する。これとは異なり、異常燃焼の回避を目的として点火タイミングを遅角することが、従来から知られている。点火タイミングの遅角化は、未燃混合気の温度及び圧力の上昇を抑制することによって、その反応の進行を抑制する。しかしながら、点火タイミングの遅角化は熱効率及びトルクの低下を招くのに対し、高圧リタード噴射を行う場合は、燃料噴射の形態の工夫によって異常燃焼を回避する分、点火タイミングを進角させることが可能であるから、熱効率及びトルクが向上する。つまり、高圧リタード噴射は、異常燃焼を回避するだけでなく、その回避可能な分だけ、点火タイミングを進角することを可能にして、燃費の向上に有利になる。
このような異常燃焼の回避に有効な高圧リタード噴射はまた、前述の通り、点火時期における気筒18内の乱れエネルギを高めることで、気筒18内に大量のEGRガスが導入されていても、燃焼安定性を向上する。
高圧リタード噴射による気筒18内の強い乱れエネルギを利用する観点からは、燃料噴射の終了後、火花点火を速やかに行うことが好ましく、具体的には、図6に示すように、燃料噴射の開始から3ミリ秒以内に火花点火をすることが望ましい。こうすることで、気筒18内の強い乱れエネルギが減衰する前に火花点火燃焼が開始されるから、燃焼期間が有効に短縮すると共に、燃焼安定性が高まる。
こうして燃焼安定性を高めることは、EGR率の上限をさらに大きくすることを可能にする。その結果、低速域の部分負荷領域においては、混合気の空燃比を理論空燃比(λ≦1.1)に設定する条件下で、スロットル弁36を全開にしかつ、EGR弁511の開度調整によって、EGR率を所定以上にすることが可能になるから、ポンプ損失の低減が図られる。また、EGRクーラ52によって冷却されたEGRガスを気筒18内に導入することにより、気筒18内の温度を低下させて、冷却損失の低減と共に、排気エミッション性能の向上が図られる。
ここで、高圧リタード噴射を行うことによって、低速域の部分負荷領域においては、気筒18内のガスに対する排気ガスの割合であるEGR率を、最高で40%以上に設定することが可能になる。このことは、前述した、ポンプ損失及び冷却損失の低減と、排気エミッション性能の向上とを、有効に達成することを可能にする。
また、低速域の全開負荷域では、EGRガスの導入を止めることで、新気をできるだけ気筒18内に導入することが可能になり、全開トルクの向上が図られる。
これに対し、図4の運転領域において、高圧リタード噴射を行う低速域よりも高速側の領域では、低速域と比較して、気筒18内のガス流動が強まる。また、気筒18内のスキッシュ流も強くなる。そのため、低速域と比較して、燃焼安定性が高まる。そこで、図4に示すように、所定回転数N以上の領域では、図5(b)に示すように、リタード噴射を行わずに吸気行程期間内で気筒18内に燃料を噴射する。ここで言う吸気行程期間は、ピストン位置に基づいて定義した期間ではなく、吸気弁21の開閉に基づいて、吸気弁21が開弁している期間とすればよい。つまり、吸気行程期間は、CVVL73やVVT72によって変更される吸気弁21の閉弁時期によって、ピストンが吸気下死点に到達した時点に対しずれる場合がある。この領域においては、吸気行程から圧縮行程中期までの期間内で燃料を噴射する、と言い換えることが可能である。このときの燃料圧力は、相対的に低く設定してもよい。そうすることで、エンジン1の機械損失が低減する。
高速領域において高圧リタード噴射を行わずに吸気行程噴射を行うことは、異常燃焼の回避にも有利になる。つまり、高圧リタード噴射は、燃料噴射時期が圧縮上死点付近に設定されるため、圧縮行程においては、燃料を含まない筒内ガス、言い換えると比熱比の高い空気が圧縮されるようになる。その結果、高速域においては、気筒18内の圧縮端温度が高くなり、この高い圧縮端温度がノッキングを招くようになる。
これに対し、吸気行程噴射は、圧縮行程中の筒内ガス(つまり、燃料を含む混合気)の比熱比を下げ、それによって圧縮端温度を低く抑えることが可能になる。圧縮端温度が低くなることで、ノッキングを抑制することが可能になるから、点火タイミングを進角させることが可能になる。こうして、高速域においては、吸気行程噴射を行うことにより、異常燃焼を回避しつつ、熱効率を向上させることが可能になる。
尚、高速域においても、図4に示す運転領域において破線よりも下側の部分負荷領域では、大量のEGRガスを気筒18内に導入することで、各種の損失低減及び排気エミッション性能の向上が図られると共に、破線よりも上側の全開負荷域では、EGRガスの導入を中止することによって、新気を可能な限り気筒18内に導入することができ、全開トルクの向上に有利になる。
このように、低速域の部分負荷領域では、高圧リタード噴射を行うことによって、燃焼安定性を高めるが、高圧リタード噴射を行うことはまた、圧縮上死点付近のタイミングで燃料を噴射することにより、ピストン冠面に形成したキャビティ141内に燃料を噴射することと等価である。このようにキャビティ141内の狭い空間内に、高い燃料圧力でもって燃料を噴射することにより、キャビティ141内のガスの流動が強まる結果、高EGR率の気筒内環境下において、燃焼安定性をさらに高めることが可能になるのである。
しかも、インジェクタ68は、多噴口型であるため、キャビティ141内に均質な混合気を速やかに形成することが可能になるから、燃焼安定性をさらに高める上で有利である。さらに、図3に例示するように、インジェクタ68の燃料噴射の方向は、点火プラグ25位置に対してずれて設定されているため、均質混合気の形成に有利であり、ひいては燃焼安定性の向上に有利になる。
尚、ここに開示する技術は、前述したエンジン構成への適用に限定されるものではない。例えば、吸気行程期間内における燃料噴射は、気筒18内に設けたインジェクタ67ではなく、別途、吸気ポート16に設けたポートインジェクタを通じて、吸気ポート16内に燃料を噴射してもよい。
また、エンジン1は、直列4気筒エンジンに限らず、直列3気筒、直列2気筒、直列6気筒エンジン等に適用してもよい。また、V型6気筒、V型8気筒、水平対向4気筒等の各種のエンジンに適用可能である。
また、このエンジン1が搭載される車両は、ハイブリッド自動車としてもよい。
図4に示す運転領域は例示であり、これ以外にも様々な運転領域を設けることが可能である。
また、高圧リタード噴射は、必要に応じて分割噴射にしてもよく、同様に、吸気行程噴射もまた、必要に応じて分割噴射にしてもよい。これらの分割噴射では、吸気行程と圧縮行程とのそれぞれにおいて燃料を噴射してもよい。