(1)エンジンの全体構成
図1は、本発明の一実施形態にかかるエンジンの全体構成を示す図である。本図に示されるエンジンは、走行駆動用の動力源として車両に搭載される往復ピストン型の多気筒ガソリンエンジンである。このエンジンのエンジン本体1は、紙面に直交する方向に並ぶ複数の気筒2(図中ではそのうちの1つのみを示す)を有するシリンダブロック3と、シリンダブロック3の上面に設けられたシリンダヘッド4と、各気筒2に往復摺動可能に挿入されたピストン5とを有している。なお、エンジン本体1に供給される燃料は、ガソリンを主成分とするものであればよく、その中身は、全てガソリンであってもよいし、ガソリンにエタノール(エチルアルコール)等を含有させたものでもよい。
上記ピストン5はコネクティングロッド8を介してクランク軸7と連結されており、上記ピストン5の往復運動に応じて上記クランク軸7が中心軸回りに回転するようになっている。
上記ピストン5の上方には燃焼室6が形成され、燃焼室6に吸気ポート9および排気ポート10が開口し、各ポート9,10を開閉する吸気弁11および排気弁12が、上記シリンダヘッド4にそれぞれ設けられている。なお、図例のエンジンはいわゆるダブルオーバーヘッドカムシャフト式(DOHC)エンジンであり、各気筒につき上記吸気弁11および排気弁12がそれぞれ2つずつ設けられている(図2参照)。
上記吸気弁11および排気弁12は、それぞれ、シリンダヘッド4に配設された一対のカムシャフト(図示省略)等を含む動弁機構13,14によりクランク軸7の回転に連動して開閉駆動される。
上記吸気弁11用の動弁機構13には、VVT15が組み込まれている。VVT15は、吸気弁11の動作タイミングを連続的に変更可能な可変バルブタイミング機構(Variable Valve Timing Mechanism)と呼ばれるものであり、本発明にかかるタイミング可変機構に相当する。また、排気弁12用の動弁機構14にも、上記VVT15と同様のタイミング可変機構であるVVT17が組み込まれている。
上記VVT15は、エンジンの全ての吸気弁11の動作タイミングを一括して変更できるように設けられており、また、上記VVT17は、エンジンの全ての排気弁12の動作タイミングを一括して変更できるように設けられている。これらVVT15およびVVT17が駆動されると、各気筒2における一対の吸気弁11の動作タイミング、および一対の排気弁12の動作タイミングが、それぞれ同時に変更され、その結果、各弁においては、リフト量が同一に維持されたまま、その開時期(開弁開始時期)および閉時期がそれぞれ同量ずつ変更されることになる。
このような機能を有するVVT15,17は、例えばチェーン等を介してクランク軸と連動連結されるカムプーリと、このカムプーリにより回転駆動されるカムシャフトとの間に、両者を相対回転可能に連結する位相変更部材を組み込むことによって実現することができる。同様の構造のVVL16は既に公知であり、その具体例は、例えば特開2007−85241号公報に開示されている(なお、同文献ではVCTと称されている)。
上記排気弁12用の動弁機構14には、吸気行程中に排気弁12を押し下げる機能を有効または無効にするON/OFFタイプの可変バルブリフト機構(Variable Valve Lift Mechanism)であるVVL18が組み込まれている。具体的に、このVVL18は、排気弁12を排気行程だけでなく吸気行程でも開弁可能にするとともに、この吸気行程中の排気弁12の開弁を実行するか停止するかを切り替える機能を有しており、本発明にかかる排気側開閉切替機構に相当する。
上記ON/OFFタイプのVVL18は、エンジンの全ての排気弁12に対応して設けられており、かつ、各気筒2の一対の排気弁12に対し、それぞれ個別に、吸気行程中の開弁動作を実行または停止できるように構成されている。
このような機能を有するVVL18は、例えば、排気弁12駆動用の通常のカム(つまり排気行程中に排気弁12を押し下げるカム)とは別に吸気行程中に排気弁12を押し下げるサブカムと、このサブカムの駆動力が排気弁12に伝達されるのをキャンセルするいわゆるロストモーション機構とを、各排気弁12に対し個別に設けることで実現することができる。同様の構造のVVL18は既に公知であり、その具体例は、例えば特開2007−85241号公報に開示されている(なお、同文献では弁動作切替機構と称されている)。
上記吸気弁11用の動弁機構13には、上記VVL18と同様のON/OFFタイプの可変バルブリフト機構であるVVL16(本発明にかかる吸気側開閉切替機構に相当)が組み込まれている。ただし、VVL16は、各気筒2に設けられた一対の吸気弁11のうちの一方に対しては適用されておらず、他方の吸気弁11にのみVVL16が適用されている(図2参照)。また、VVL16は、上記他方の吸気弁11が吸気行程中に開弁するのを実行または停止するように設けられており、このVVL16が駆動されると、上記他方の吸気弁11は、吸気行程中に開弁する状態と、吸気行程を含めた全期間にわたって開弁しない状態とに切り替えられるようになっている。
なお、当明細書において、「○○弁が××行程で開弁」、または「××行程中に開弁する○○弁」などというときは、○○弁の開弁期間(開き始めてから閉じるまでの期間)が主に××行程と重複するように設定されるということであり、必ずしも開弁期間の全てが××行程中にあることを意味しない。これに対し、例えば「○○弁が××行程で開き始め(または開弁し始め)」というときは、文字通り、××行程中の所定時期に○○弁の開時期(開弁開始時期)が設定されることを意味する。
例えば、「排気弁12が排気行程で開弁」、または「排気行程中に開弁する排気弁12」などというときは、排気弁12の開弁期間が主に排気行程と重複することを意味し、後述する図6〜図10のリフトカーブEX1,EX2のように、排気行程よりも手前(膨張行程の後半)で開き始め、排気行程の後半で閉じるような態様もこれに該当する。一方、例えば「排気弁12が吸気行程中に開き始め(または開弁し始め)」というときは、後述する図6および図7のリフトカーブEX1a,EX2aのように、排気弁12の開時期(開弁開始時期)が吸気行程の期間内に設定されていることを意味する。
図2に、吸排気弁11,12に適用されている可変機構の種類をまとめて示している。上述した通り、当実施形態では、各気筒2における一対の排気弁12の両方に、動作タイミングを変更するためのVVT17と、吸気行程中の開弁を実行または停止するON/OFFタイプのVVL18とがそれぞれ適用されている。また、各気筒2における一対の吸気弁11については、その両方にVVT15が適用されるとともに、そのうちの片側の吸気弁11にのみ、ON/OFFタイプのVVL16が適用されている。
図1に戻って、上記エンジン本体1のシリンダヘッド4には、点火プラグ20およびインジェクタ21が、各気筒2につき1組ずつ設けられている。
上記インジェクタ21は、燃焼室6を吸気側の側方から臨むように設けられており、図外の燃料供給管から供給される燃料(ガソリンを主成分とする燃料)を先端から噴射する。そして、エンジンの吸気行程等において上記インジェクタ21から燃焼室6に対し燃料が噴射され、噴射された燃料が空気と混合されることにより、燃焼室6に所望の空燃比の混合気が生成されるようになっている。
上記点火プラグ20は、燃焼室6を上方から臨むように設けられており、図外の点火回路からの給電に応じて先端から火花を放電する。
以上のように構成されたエンジン本体1は、その幾何学的圧縮比が15以上に設定されている。すなわち、一般的なガソリンエンジンの幾何学的圧縮比が約9〜11程度であるのに対し、当実施形態のエンジン本体1では、その幾何学的圧縮比が、15以上というかなり高い値に設定されている。
上記エンジン本体1の吸気ポート9および排気ポート10には、吸気通路23および排気通路24がそれぞれ接続されている。すなわち、外部からの吸入空気(新気)が上記吸気通路23を通じて燃焼室6に供給されるとともに、燃焼室6で生成された既燃ガス(排気ガス)が上記排気通路24を通じて外部に排出されるようになっている。
上記吸気通路23にはスロットル弁25が設けられている。なお、このスロットル弁25は、電子制御式のスロットル弁であり、運転者により踏み込み操作される図外のアクセルペダルとは非連動とされている。
上記排気通路24には、排気ガス浄化用の触媒コンバータ26が設けられている。触媒コンバータ26には例えば三元触媒が内蔵されており、排気通路24を通過する排気ガス中の有害成分が上記三元触媒の作用により浄化されるようになっている。
(2)制御系
図3は、エンジンの制御系を示すブロック図である。本図に示されるECU40は、エンジンの各部を統括的に制御するための装置であり、周知のCPU、ROM、RAM等から構成されている。
上記ECU40には、各種センサ類からの検出信号が入力される。すなわち、ECU40は、クランク軸7の回転速度Neを検出するエンジン回転速度センサ30と、吸気通路23を通過する吸入空気の流量Qaを検出するエアフローセンサ31と、図外のアクセルペダルの開度を検出するアクセル開度センサ32と電気的に接続されており、これら各センサで検出された状態量が電気信号として上記ECU40に逐次入力されるようになっている。
また、上記ECU40は、上記VVT15,17、VVL16,18、点火プラグ20、インジェクタ21、およびスロットル弁25とも電気的に接続されており、これらの装置にそれぞれ駆動用の制御信号を出力するように構成されている。
上記ECU40が有するより具体的な機能について説明すると、上記ECU40は、その主な機能的要素として、記憶手段41、燃料制御手段42、点火制御手段43、およびバルブ制御手段44を有している。
上記記憶手段41は、エンジンを制御する際に必要な各種データやプログラムを記憶するものである。その一例として、上記記憶手段41には、図4に示される運転領域マップが記憶されている。この運転領域マップは、エンジンの回転速度Neおよび負荷T(要求トルク)に応じて、エンジンをどのような態様で運転すべきかを規定したものである。
図4の運転領域マップにおいて、エンジンの部分負荷域にはHCCI領域Rが設定されており、このHCCI領域Rでは、混合気を自着火により燃焼させる圧縮自己着火燃焼が実行される。HCCI領域Rは、大きく分けて、低負荷域R1と、これよりも負荷の高い中負荷域R2と、さらに負荷の高い高負荷域R3とに分割される。このうち、中負荷域R2は、さらに3つの領域に細分化され、それらは負荷の低い方から順に、第1中負荷域R2a、第2中負荷域R2b、第3中負荷域R2cとされる。これら各負荷域(R1,R2a,R2b,R2c,R3)では、それぞれ、吸排気弁11,12の開閉制御のパターンを変化させながら、いずれも圧縮自己着火燃焼が実行されるようになっている(詳細は後述する)。
上記燃料制御手段42は、上記インジェクタ21から燃焼室6に噴射される燃料の噴射量や噴射時期を制御するものである。より具体的に、上記燃料制御手段42は、エンジン回転速度センサ30から入力されるエンジン回転速度Neやエアフローセンサ31から入力される吸入空気量Qa等の情報に基づいて、目標とする燃料の噴射量および噴射時期を演算し、その演算結果に基づいてインジェクタ21の開弁時期および開弁期間を制御する。
上記点火制御手段43は、エンジンの運転状態に応じ予め定められた所定のタイミングで点火プラグ20の点火回路に給電信号を出力することにより、上記点火プラグ20が火花放電を行うタイミング(点火時期)等を制御するものである。ただし、当実施形態において、少なくとも図4に示したHCCI領域Rでは、火花点火によらず混合気を自着火させる圧縮自己着火燃焼が実行されるため、この圧縮自己着火燃焼の実行時には、基本的に点火プラグ20からの火花点火は停止される。
上記バルブ制御手段44は、上記VVL16,18を駆動して吸排気弁11,12の吸気行程中の開弁を実行または停止するとともに、上記VVT15,17を駆動して吸排気弁11,12の動作タイミングを可変的に設定するものである。特に、上記HCCI領域Rにおいて、バルブ制御手段44は、上記のような吸排気弁11,12の制御に基づいて、筒内(気筒2の内部)に導入される新気量を調節するとともに、筒内に導入される既燃ガスの量を増減させて筒内温度を調節する機能を有している。
例えば、一対の吸気弁11の片側についてその吸気行程中の開弁の有無が上記VVL16により切り替えられることで、吸気行程中に開弁する吸気弁11の数が増減され、吸気ポート9を通じて筒内に導入される新気量が調節される。
また、一対の排気弁12についてその吸気行程中の開弁の有無が上記VVL18により切り替えられることで、筒内に逆流する既燃ガスの量が増減され、筒内温度の上昇幅が調節される。例えば、一対の排気弁12の少なくとも一方が吸気行程中に開弁すると、一旦は排気ポート10に排出された高温の既燃ガス(排気ガス)が、排気ポート10から逆流して再び筒内に導入され、筒内温度が上昇する。また、このような既燃ガスの逆流が起きると、その分だけ吸気ポート9からの新気の流入が制限されるため、筒内の新気量が減少する。逆に、排気弁12が吸気行程中に開弁しなくなれば、上記のような既燃ガスの逆流が起きなくなることで、筒内温度が相対的に低下し、新気量が増大する。
さらに、上記VVT15,17による吸排気弁11,12の動作タイミングの設定により、排気行程の途中から吸気行程にかけて吸気弁11および排気弁12の双方が閉じられる期間(いわゆるネガティブオーバーラップ期間)が設けられることで、既燃ガスの残留に基づく筒内温度および新気量の調節が図られる。すなわち、上記ネガティブオーバーラップ期間が設けられると、筒内で生成された既燃ガスの一部がそのまま筒内に閉じ込められるため、この残留した既燃ガスの存在により筒内温度が上昇するとともに、新気量の流入が制限される。したがって、上記VVT15,17の駆動により上記ネガティブオーバーラップ期間が増減されることで、筒内に残留する既燃ガスの量が増減され、これに応じて筒内温度の上昇幅および新気量が調節される。
なお、上記のように筒内に既燃ガスを残留(または逆流)させる操作は、内部EGR(Internal Exhaust Gas Recirculation)と呼ばれるため、以下では、筒内に残留(または逆流)させる既燃ガスのことを、EGRガスということがある。
上記バルブ制御手段44は、上記のような吸排気弁11,12の制御に基づいて、EGRガスの量および新気量を適正に調節することにより、エンジンが上記HCCI領域R内のいずれで運転されている場合でも、混合気を適正な時期に確実に自着火させ、安定した圧縮自己着火燃焼を継続的に行わせる役割を担っている。
なお、上述したように、HCCI領域Rでは、バルブ制御手段44による吸排気弁11,12の制御に基づいて新気量が調節されるため、スロットル弁25による吸気通路23の絞り制御は基本的に不要であり、スロットル弁25の開度は、例えばエンジンの緊急停止時等を除いて、全開(100%)もしくはその近傍に維持される。
ここで、上記HCCI領域R以外の運転領域における燃焼制御について簡単に説明する。上記HCCI領域R以外の運転領域、つまり、HCCI領域Rよりも高回転側の回転域と、HCCI領域Rよりも高負荷側の負荷域とを合わせた領域をSRとすると、同領域SRでは、火花点火による燃焼、または、上記HCCI領域Rとは異なる態様の圧縮自己着火燃焼が行われる。
例えば、上記HCCI領域Rよりも高回転側では、燃料の受熱期間が短く、混合気の自着火が困難であるため、圧縮自己着火燃焼は実行されず、点火プラグ20を用いた火花点火による強制燃焼(SI燃焼)が実行される。
また、上記HCCI領域Rより高負荷側では、上述の高回転側での制御と同じくSI燃焼に切り替えてもよいが、例えば、エンジンが過給機付エンジンである場合には、吸気弁11の閉時期を吸気下死点に対し大幅にシフトさせてエンジンの有効圧縮比を低下させながら、不足する新気を過給により補うことで、圧縮自己着火燃焼を継続させることも可能である。つまり、HCCI領域Rよりも高負荷側において、単に燃料の噴射量を増大させただけでは、過早着火等の異常燃焼を引き起こすおそれがあるが、エンジンの有効圧縮比を低下させつつ過給を行うようにすれば、新気を十分に確保しながら、圧縮上死点付近の燃焼室6の温度を低下させることができるため、HCCI領域Rよりさらに高負荷側であっても、過早着火等を引き起こすことなく圧縮自己着火燃焼を継続させることが可能である。
ただし、本発明において、HCCI領域R以外でどのような燃焼制御を行うかについては特に問題ではない。このため、以下では、HCCI領域Rでの制御動作についてのみ説明する。
(3)HCCI領域Rでの制御動作
次に、上記HCCI領域Rにおける制御動作の内容を、図5〜図10に基づき説明する。なお、図5は、ECU40により実行される制御の手順を示すフローチャートであり、図6〜図10は、上記HCCI領域Rの各負荷域R1,R2(R2a〜R2c),R3において選択される吸排気弁11,12の開閉パターンを示す図である。
図5のフローチャートに示す処理がスタートすると、まず、各種センサ値を読み込む制御が実行される(ステップS1)。具体的には、上記エンジン回転速度センサ30、エアフローセンサ31、およびアクセル開度センサ32から、それぞれ、エンジン回転速度Ne、吸入空気量Qa、およびアクセル開度ACが読み出され、ECU40に入力される。
次いで、上記ステップS1で読み込まれた情報に基づき定まるエンジンの運転点が、図4に示したHCCI領域Rにあるか否かを判定する制御が実行される(ステップS2)。具体的には、上記ステップS1で読み込まれたエンジン回転速度Neと、アクセル開度AC等に基づき演算されるエンジン負荷(要求トルク)Tとが、ともに図4のHCCI領域Rの範囲に含まれるか否かが判定される。
上記ステップS2でYESと判定されてエンジンの運転点がHCCI領域Rにあることが確認された場合には、さらに、その中の低負荷域R1にあるか否かが判定される(ステップS3)。
上記ステップS3でYESと判定されてHCCI領域R内の低負荷域R1にあることが確認された場合には、次のステップS7に移行して、予め定められた開閉パターンAに沿って吸排気弁11,12を開閉駆動する制御が実行される。
上記開閉パターンAに基づく吸排気弁11,12のリフトカーブを図6に示す。本図において、EX1とは、各気筒2に設けられた一対の排気弁12のうちの一方が排気行程中に開弁した場合のリフトカーブであり、EX2とは、他方の排気弁12が排気行程中に開弁した場合のリフトカーブである。また、EX1aとは、上記一方の排気弁12が吸気行程中に開弁した場合のリフトカーブであり、EX2aとは、上記他方の排気弁12が吸気行程中に開弁した場合のリフトカーブである。さらに、IN1とは、各気筒2に設けられた一対の吸気弁11のうちの一方が開弁した場合のリフトカーブである。なお、他方の吸気弁11が開弁した場合のリフトカーブについては、後述する図7〜図10のように、IN2として示す。
また、図6の横軸CAはクランク角を表し、TDCは上死点、BDCは下死点を表す。この横軸上で、リフトカーブの始点と終点は、それぞれ、バルブの開時期(開弁開始時期)および閉時期を表すが、ここでいう開時期および閉時期は、バルブのリフト量が完全にゼロになる時期ではなく、リフトカーブのランプ部(リフト量が緩やかに変化する部分)を除いた区間をバルブの開弁期間として定義した場合における開時期および閉時期を指すものとする。このことは、後述する図7〜図10のケースでも同様である。
図6に示すように、低負荷域R1で選択される開閉パターンAでは、各気筒2における一対の排気弁12が、両方とも排気行程中に開弁し(EX1,EX2)、かつ吸気行程中にも開弁する(EX1a,EX2a)。また、各気筒2における一対の吸気弁11は、そのうちの一方のみが吸気行程中に開弁する(IN1)。上記バルブ制御手段44は、このようなバルブの開閉パターンの設定に従って、VVT15,17およびVVL16,18の駆動を制御する。
より具体的に、上記開閉パターンAのとき、各気筒2における一対の吸気弁11は、そのうちの一方の弁のみが、排気上死点(TDC)よりも遅れた吸気行程の途中から開き始め、吸気下死点(右側のBDC)よりも遅角側で閉じられる(IN1)。これに対し、他方の吸気弁11については、吸気行程中の開弁が停止され、吸気行程を含めた全期間にわたって閉じた状態に維持される。
一方、各気筒2における一対の排気弁12については、その両方が、まず膨張下死点(左側のBDC)よりも手前から開き始め、排気上死点(TDC)よりも手前の排気行程の途中で閉じられる(EX1,EX2)。また、排気上死点よりも遅れた排気行程の途中で、一対の排気弁12の両方が再度開き始め、吸気下死点(右側のBDC)よりも遅角側で閉じられる(EX1a,EX2a)。
吸気行程中に開弁する上記一対の排気弁12は、その開時期(開弁開始時期)が、上記一方の吸気弁11の開時期と同時に設定されている。これら吸気行程中に開弁する吸気弁11および排気弁12の開時期から、その直前の排気上死点までの期間をYとし、排気行程中に開弁する排気弁12の閉時期から、その直後の排気上死点までの期間をXとすると、これら期間Xおよび期間Yは略同一(図6の例ではともに約45°CA)に設定されており、排気上死点を挟んで略左右対称のリフトカーブが形成されるようになっている。なお、このことは、後述する図7〜図9に示される開閉パターンB〜Dでも同様である。
上記排気弁12の閉時期から排気上死点までの期間Xと、上記吸気弁11および排気弁12の開時期から排気上死点までの期間Yとを足した合計の期間(X+Y)は、吸気弁11および排気弁12の双方が閉じられる、いわゆるネガティブオーバーラップ期間となる。このようなネガティブオーバーラップ期間(X+Y)が排気上死点の前後に設けられると、ピストン5が排気上死点に達する前に筒内が密閉されることから、筒内に生成された既燃ガスの一部が筒内に残留することになる。
さらに、上記ネガティブオーバーラップ期間(X+Y)の後の吸気行程途中からは、上述したように、排気弁12が再び開弁するため(EX1a,EX2a)、その間は、一旦排気ポート10に排出された既燃ガスの一部が筒内に逆流するという現象が起きる。このように、開閉パターンAでは、ネガティブオーバーラップ期間を設けて既燃ガスを筒内に残留させた上で、さらに、吸気行程中に排気弁12を再開弁させ、筒内に既燃ガスを逆流させるようにしている。そして、これら2種類の既燃ガスの導入操作が内部EGRとして行われることで、かなり多量の既燃ガスが筒内に確保されて、筒内の温度上昇が図られるようになっている。
また、開閉パターンAでは、上述したように、一対の吸気弁11のうちの一方のみが吸気行程中に開弁し、他方の吸気弁11は開弁しないため、吸気ポート9から筒内への新気の流入が制限される。そして、このことと、上記EGRガスの導入との相互作用により、新気量が大幅に減少して、EGRガスの割合が増大する結果、筒内温度がかなりの高温まで上昇するようになっている。
再び図5のフローチャートに戻って、上記ステップS3でNOと判定された場合の制御動作について説明する。この場合には、現在のエンジンの運転点が、図4の第1中負荷域R2aにあるか否かを判定する制御が実行される(ステップS4)。そして、ここでの判定がNOであれば、次に、エンジンの運転点が第2中負荷域R2bにあるか否かが判定され(ステップS5)、さらに、ここでの判定もNOであった場合に、第3中負荷域R2cにあるか否かが判定される(ステップS6)。
上記ステップS4,S5,S6のいずれかでYESと判定されて現在のエンジンの運転点が第1〜第3中負荷域R2a〜R2c(つまり中負荷域R2)にあることが確認された場合には、ステップS8,S9,S10のいずれかに移行して、予め定められた開閉パターンB,C,Dのいずれかに沿って吸排気弁11,12を開閉駆動する制御が実行される。これら開閉パターンB,C,Dでは、各気筒2において吸気行程中に開弁する吸気弁11の数が、1つから2つに増やされる一方、各気筒2において吸気行程中に開弁する排気弁12の数が、負荷の増大に伴って2→1→0と徐々に減らされる。以下、各開閉パターンB,C,Dでの具体的な制御内容について説明する。
まず、第1中負荷域R2aで選択される開閉パターンB(ステップS8)について図7に基づき説明する。本図に示すように、開閉パターンBでは、上述した開閉パターンAのときと異なり、各気筒2における一対の吸気弁11の両方が吸気行程中に開弁する(IN1,IN2)。すなわち、低負荷域R1のときに選択される上記開閉パターンA(図6)では、一対の吸気弁11の一方のみが吸気行程中に開弁し、他方の吸気弁11は閉じたままであったが、第1中負荷域R2aまで負荷が高まって開閉パターンBに切り替わった場合には、上記バルブ制御手段44によりVVL16が駆動され、上記他方の吸気弁11の開弁が解禁される結果、一対の吸気弁11の両方が吸気行程中に開弁することになる。
一方、各気筒2における一対の排気弁12については、上記開閉パターンAのときと変わらず、吸気行程および排気行程の両方で開弁する。このため、吸気弁11および排気弁12が双方とも閉じるネガティブオーバーラップ期間の長さも、上記開閉パターンAのときと同一のX+Yとなる。
このように、開閉パターンBでは、排気弁12に対し開閉パターンAのときと同様の制御を実行しながら、吸気弁11の開弁数を1気筒あたり1つから2つに増やすようにした。これにより、吸気ポート9から筒内に流入する新気の量が増大し、その分だけ筒内に導入される既燃ガス(EGRガス)の量が減少する。
次に、第2中負荷域R2bで選択される開閉パターンC(ステップS9)について図8に基づき説明する。本図に示すように、開閉パターンCでは、各気筒2における一対の排気弁12のうちの一方のみが吸気行程中に開弁し、他方の排気弁12は吸気行程中に開弁しなくなる。すなわち、上記バルブ制御手段44によりVVL18が駆動されて、吸気行程中に上記他方の排気弁12を押し下げる機能が無効にされることで、他方の排気弁12は、排気行程中にのみ開弁し(EX2)、吸気行程中には開弁しなくなる。
これに対し、一方の排気弁12については、排気行程中および吸気行程中の両方で開弁する(EX1,EX1a)。このように、各気筒2において吸気行程中に開弁する排気弁12の数が2つから1つに減らされることで、EGRガスの量が減少し、新気量が増大する。なお、これ以外のバルブの動作は、上記開閉パターンBのときと同様である。また、吸排気弁11,12がともに閉じるネガティブオーバーラップ期間についても、同一量(X+Y)だけ確保される。
次に、第3中負荷域R2cで選択される開閉パターンD(ステップS10)について図9に基づき説明する。本図に示すように、開閉パターンDでは、各気筒2における一対の排気弁12の両方について、吸気行程中の開弁が禁止される。すなわち、上記バルブ制御手段44によりVVL18が駆動されて、吸気行程中に一対の排気弁12を押し下げる機能がともに無効にされる。これにより、一対の排気弁12は、ともに排気行程中にのみ開弁し(EX1,EX2)、吸気行程中には開弁しなくなる。このように、吸気行程中に開弁する排気弁12の数がゼロにされることで、EGRガスの量がさらに減少し、かつ新気量が増大する。
なお、開閉パターンDにおいて、上記内容以外のバルブの動作は、上記開閉パターンCのときと同様である。また、吸排気弁11,12がともに閉じるネガティブオーバーラップ期間についても、同一量(X+Y)だけ確保される。上記のように、開閉パターンDでは、吸気行程中に開弁する排気弁12の数がゼロとされるが、上記ネガティブオーバーラップ期間(X+Y)が存在することで、EGRガスの量はある程度確保される。すなわち、開閉パターンDでは、吸気行程中に排気弁12が一切開弁せず、排気ポート10からの既燃ガスの逆流はほとんど起きなくなるものの、上記ネガティブオーバーラップ期間(X+Y)中の既燃ガスの残留は依然として起きるため、この残留した既燃ガスがEGRガスとして確保される。
再び図5のフローチャートに戻って、上記ステップS6でNOと判定された場合の制御動作について説明する。この場合は、現在のエンジンの運転点が、図4の高負荷域R3にあることになる。すると、次のステップS11に移行して、予め定められた開閉パターンEに沿って吸排気弁11,12を開閉駆動する制御が実行される。
上記開閉パターンEに基づく吸排気弁11,12のリフトカーブを図10に示す。本図に示すように、高負荷域R3で選択される開閉パターンEでは、各気筒2の一対の排気弁12が排気行程中に開弁し、かつ一対の吸気弁11が吸気行程中に開弁するのは上記開閉パターンDと同じであるが、開閉パターンDと異なる点として、図中の矢印に示すように、上記吸気弁11および排気弁12の各動作タイミングが、負荷の増大に応じて互いに接近方向にシフトされる。
すなわち、上記バルブ制御手段44によりVVT15,17が駆動されることにより、負荷の増大に応じて、一対の排気弁12の動作タイミングが遅角側(図中右側)にシフトされるとともに、一対の吸気弁11の動作タイミングが進角側(図中左側)にシフトされる。これにより、排気弁12の閉時期と、吸気弁11の開時期(開弁開始時期)とが、ともに排気上死点(TDC)に近づき、最終的に、高負荷域R3の上限値付近まで負荷が増大した時点で、図示のように、排気弁12の閉時期と吸気弁11の開時期とが排気上死点において略一致する。これにより、排気上死点の前後にわたって吸排気弁11,12がともに閉じるネガティブオーバーラップ期間が存在しなくなるため、筒内に導入されるEGRガスがほとんどなくなり、新気量が十分に確保されるようになる。
(4)作用効果
以上説明したように、当実施形態では、気筒2ごとに一対の吸気弁11および一対の排気弁12が設けられ、かつ、圧縮自己着火燃焼で運転するHCCI領域Rが部分負荷域に設定されたエンジンにおいて、上記HCCI領域Rを、負荷の低い順に、低負荷域R1、中負荷域R2(第1〜第3中負荷域R2a〜R2c)、高負荷域R3に分割し、各負荷域において、吸排気弁11,12をそれぞれ図6〜図10に示したような開閉パターンに沿って制御するようにした。このような構成によれば、EGRガスの量を負荷に応じて適正に制御することにより、適正な圧縮自己着火燃焼をより広い負荷域で行わせることができる。
例えば、HCCI領域Rの中で最も負荷の低い低負荷域R1では、図6の開閉パターンAに示したように、各気筒における一対の排気弁12を排気行程だけでなく吸気行程でも開弁させ、かつ各気筒2における一対の吸気弁11の一方のみを吸気行程で開弁させるようにしたため、一旦排気ポート10に排出された高温の既燃ガスを筒内に逆流させることができるとともに、筒内への新気の流入を規制して新気量を減少させることができる。また、上記吸気弁11および排気弁12を吸気行程中に開き始め、かつ、その開時期(開弁開始時期)と、排気行程中に開弁する排気弁12の閉時期とを、排気上死点(TDC)を挟んで所定期間離れた時期に設定するようにしたため、吸気弁11および排気弁12の双方が閉じるネガティブオーバーラップ期間(X+Y)を排気上死点の前後に設けて、その間筒内を密閉することにより、高温の既燃ガスを筒内に残留させることができる。
そして、上記のように排気上死点の前後にわたって筒内を密閉する操作と、吸気行程中に排気弁12を再開弁させる操作とを、筒内に既燃ガスを導入するための操作(内部EGR)としてそれぞれ行い、さらに吸気弁11の開弁数を1つに減らすことにより、多量の既燃ガス(EGRガス)を筒内に確保できるとともに、筒内に占める新気の割合を相対的に小さくすることができる。これにより、筒内温度が大幅に上昇し、混合気が自着火し易い環境がつくり出されるため、負荷が低く燃料噴射量が少ない状況であっても、圧縮自己着火燃焼を確実に引き起こすことができる。また、多量のEGRガスを導入することにより、筒内の負圧を減らし、ポンピングロスを効果的に低減できるという利点もある。
ただし、負荷がある程度高まった状況で、上記のような多量のEGRガスの導入が継続して行われた場合には、新気量が不足するだけでなく、混合気の自着火が促進され過ぎて、例えば混合気が異常に早いタイミングで自着火する過早着火と呼ばれる異常燃焼が起きるおそれがある。そこで、このような事態を回避すべく、上記実施形態では、上記低負荷域R1よりも負荷の高い中負荷域R2(第1〜第3中負荷域R2a〜R2c)および高負荷域R3で、吸気弁11の開弁数を増やすとともに、吸気行程中に開弁する排気弁12の数を減らし、さらにはネガティブオーバーラップ期間を短縮することで、EGRガスと新気の割合を負荷に応じて適宜調節するようにした。
具体的に、上記中負荷域R2のうち、最も負荷の低い第1中負荷域R2aでは、吸気弁11の開弁数を1つから2つに増やして(図7の開閉パターンB)、筒内への新気の流入を促進することにより、新気量を増やし、かつEGRガスの量を減らすようにしたため、ポンピングロスの低減を図りながら、上記低負荷域R1のときよりも筒内温度を低下させ、適正な圧縮自己着火燃焼を継続して行わせることができる。
次に、上記中負荷域R2のうち、上記第1中負荷域R2aよりも負荷の高い第2中負荷域R2bおよび高い第3中負荷域R2cでは、吸気行程中に開弁する排気弁12の数を2つから1つに減らし、さらにはゼロまで減らすようにたため(図8,9の開閉パターンC,D)、排気ポート10からの逆流により得られるEGRガスの量を負荷に応じて徐々に減少させることにより、上記第1中負荷域R2aのときよりもさらに筒内温度を低下させることができる。
そして、最終的に、エンジン負荷が高負荷域R3まで高まった場合には、排気行程中に開弁する排気弁12の閉時期と、吸気行程中に開弁する吸気弁11の開時期とを、負荷の増大に応じてともに排気上死点に近づく方向にシフトさせるようにしたため、排気上死点の前後にわたって吸気弁11および排気弁12の双方が閉じるネガティブオーバーラップ期間が徐々に短縮され、当該期間中の筒内の密閉により得られるEGRガスの量を徐々に減少させることができる。これにより、高い負荷に応じた十分な量の新気を確保できるとともに、筒内温度をより低く抑えて、過早着火のような異常燃焼を効果的に防止できるという利点がある。
また、上記実施形態では、HCCI領域R内の低負荷域R1および中負荷域R2において、図6〜図9の開閉パターンA〜Dに示したように、排気行程中に開弁する排気弁12の閉時期から排気上死点までの期間Xと、吸気行程中に開弁する吸気弁11および排気弁12(ただし開閉パターンDでは吸気弁11のみ)の開時期から排気上死点までの期間Yとが、略同一に設定されているため、筒内の密閉により残留する既燃ガスをEGRガスとして確保しながら、ポンピングロスの増大を効果的に防止できるという利点がある。
例えば、筒内に既燃ガスを残留させる操作は、排気行程中に開弁する排気弁12の閉時期を排気上死点よりもある程度前に設定して期間Xを確保しさえすれば可能であり、排気上死点を過ぎた後は、すぐに吸気弁11または排気弁12を開弁させ始めてもよい(つまり期間Yは必ずしも必要ない)。しかしながら、排気上死点を過ぎた後ですぐに吸気弁11または排気弁12を開き始めた場合には、上記期間Xの間のピストン5の圧縮作用により上昇した筒内の圧力が、排気上死点で一気に大気圧まで低下することになる。このため、P−V線図上において、排気行程中の圧力変化のラインと吸気行程中の圧力変化のラインとの間に所定の面積が形成され、その面積の分の仕事にエネルギーが費やされてしまう。
これに対し、上記実施形態のように、期間Xおよび期間Yを略同一に設定した場合には、P−V線図上において、排気行程中の圧力変化のラインと吸気行程中の圧力変化のラインとが略同じ経路を辿ることにより、これら両ラインの間にほとんど面積が形成されず、上記のような余計な仕事が生じることがない。このため、上記期間Xおよび期間Yを略同一に設定した上記実施形態によれば、EGRガスを確保しながら、上記期間内に生じ得るポンピングロスの増大を効果的に防止することができる。
図11は、以上のような作用効果を確認するために本願発明者が行った実験の結果を示すグラフである。なお、この実験で使用したエンジンの幾何学的圧縮比は20で、ボア×ストロークはφ87.5×83.1であった。そして、このようなエンジンを用いて、圧縮自己着火燃焼による運転を行い、そのときの新気の充填率(充填効率)ηvを測定した。なお、測定時のエンジン回転速度Neは1000rpmで一定とし、吸気温度は50℃で一定とした。
グラフ中の「◆」「■」「▲」「▼」「●」マークの各プロットは、吸排気弁11,12を図6〜図10に示した開閉パターンに沿ってそれぞれ制御した場合に得られる新気充填率ηvの値を示している。すなわち、「◆」が開閉パターンA(図6)のときの値、「■」が開閉パターンB(図7)のときの値、「▲」が開閉パターンC(図8)のときの値、「▼」が開閉パターンD(図9)のときの値、「●」が開閉パターンE(図10)のときの値を示している。なお、このうち、開閉パターンEのときの「●」のプロットについては、図10に示したように、排気弁12の閉時期および吸気弁11の開時期をともに排気上死点付近に設定し、ネガティブオーバーラップの期間を略ゼロにした状態での新気充填率ηvを示している。
また、図11のグラフにおいて、横軸のIMEPは、負荷(仕事)の大小を表す指標である図示平均有効圧力を示している。各プロット間で横軸方向の位置が異なるものは、負荷に応じた燃料噴射量の相違を表しており、右側に位置するほど燃料噴射量が多いことになる。
図11のグラフに示すように、新気充填率ηvは、開閉パターンA→B→C→D→Eの順に段階的に大きくなっていることが分かる。すなわち、新気充填率ηvは、開閉パターンAのときが20%弱であるのに対し、開閉パターンBでは30%強まで、開閉パターンCでは50%強まで、開閉パターンDでは60%強まで増大し、開閉パターンEに至っては略100%まで増大している。なお、開閉パターンEのときのプロット「●」は、ネガティブオーバーラップ期間が略ゼロになった状態での新気充填率ηvを示しているので、同期間がこれよりも長くなれば、新気充填率ηvの値は当然に「●」よりも小さくなり、パターンDの「▼」の値に近づいていく。
一方、新気の領域を除いたグラフ中のグレーの領域は、筒内に導入されたEGRガスの量を示しており、このEGRガスの割合(EGR率)は、新気とは逆に、開閉パターンA→B→C→D→Eの順に段階的に小さくなっている。なお、EGR率を示すグレーの領域の上辺部が左下がりになっているのは、EGRガスの量が多いほど密度が低下するためである。
以上の実験結果からも明らかなように、吸排気弁11,12の開閉パターンをグラフ中の破線矢印のように負荷の増大に応じてパターンA→B→C→D→Eの順に切り替えるようにした場合(つまり上記実施形態と同様の制御を行った場合)には、負荷に応じて段階的に新気量を増大させ、かつEGRガスの量を減少させることができる。すなわち、開閉パターンAでは、EGRガスが最大限に導入されて筒内の高温化が図られる一方、この状態から、負荷の増大に応じて開閉パターンをB→C→D→Eへと移行させることにより、EGRガスの量を段階的に減少させて筒内温度を抑制し、かつ新気量を増大させることができる。
図12は、上記図11のときと同じ条件下で運転したときの燃焼状態を確認した実験の結果であり、縦軸の燃焼重心位置とは、燃料の50%質量が燃焼した時点(50%MB)のクランク角を示している。この図12のグラフによれば、開閉パターンA,B,C,D,Eのいずれの場合における燃焼重心位置も、圧縮上死点(0°CA)より遅角側の適正範囲Pの中に概ね含まれていることが分かる。これにより、上記のように負荷の増大に応じ開閉パターンをA→B→C→D→Eと切り替えることで、負荷にかかわらず適正な圧縮自己着火燃焼を継続して行わせ得ることが分かった。
なお、以上説明したような実験結果は、幾何学的圧縮比が20という高圧縮比エンジンを用いて得られたものであるが、ある程度高い圧縮比であれば、上記と同様の結果を得ることが可能である。ただし、少なくとも一部のEGRガスを吸気行程中の排気弁12の再開弁によって確保する上記実施形態の特徴を十分に生かそうとすれば、幾何学的圧縮比は15以上とするのが望ましい。
例えば、開閉パターンA〜Cでは、筒内に既燃ガスを導入するために、吸気行程中に排気弁12を再開弁するだけでなく、排気上死点の前後にわたって吸排気弁11,12の双方を閉じるネガティブオーバーラップ期間(図6〜図8のX+Y)を排気上死点の前後に設けるようにしたが、このネガティブオーバーラップ期間(X+Y)を図6〜図8の例よりもさらに長くすれば、吸気行程中に排気弁12を再開弁しなくても、同程度の量のEGRガスを確保することが可能である。しかしながら、ネガティブオーバーラップ期間を延長し、かなりの長期間にわたって吸排気弁11,12の双方を閉じるようにした場合には、その間に残留した多量の既燃ガスが圧縮されて排気上死点付近でさらに高温化するため、多くの熱量が外部に放出されてしまい(つまり冷却損失が増大し)、その後の圧縮上死点付近での筒内温度の上昇効果が減殺されてしまうおそれがある。
このような懸念は、圧縮比が高いエンジンほど大きくなる。具体的に、ネガティブオーバーラップ期間を利用して既燃ガスを筒内に導入する操作をNVO方式のEGR、吸気行程中に排気弁12を開弁させることで既燃ガスを筒内に導入する操作を排気2度開き方式のEGRとすると、本願発明者の研究によれば、同量のEGRガスを確保した場合でも、NVO方式による方が、排気2度開き方式のEGRによる場合よりも、筒内温度の上昇幅が小さく、しかもその低下幅は、圧縮比が高いほど大きくなることが分かっている。例えば、ある条件下で、圧縮上死点における筒内温度をNVO方式と排気2度開き方式とで比較したところ、両者の温度差は、幾何学的圧縮比が15のエンジンでは20℃程度になり、幾何学的圧縮比が20のエンジンに至っては、50℃程度まで増大した。一方、幾何学的圧縮比が10のエンジンでは、これほど有意な温度差は見られなかった。
以上のことから、特に高圧縮比エンジンにおいては、少なくとも一部のEGRガスを排気2度開き方式のEGRによって確保した方が、NVO方式のEGRのみによってEGRガスを確保するよりも、冷却損失を低く抑えることができ、着火性や効率面で有利であるといえる。そして、このような排気2度開き方式の利点が有意に現れるのが、幾何学的圧縮比が15以上のエンジンといえ、15よりも圧縮比が高くなるほど、より優位性が増すことになる。
ただし、幾何学的圧縮比を高めるといっても実用上の限度があり、圧縮比をむやみに高くしても、それによって得られる効果は徐々に薄まっていく。このような点を考慮して、エンジンの幾何学的圧縮比は22以下にするのがよい。
すなわち、幾何学的圧縮比が15以上22以下のエンジンにおいて、排気2度開き方式のEGRを行い、負荷に応じて吸排気弁11,12を上述した開閉パターンA〜Eのように制御することで、排気2度開き方式の利点を十分に生かしつつ、効率の高い圧縮自己着火燃焼を幅広い負荷域にわたって適正に実行させることができる。
(5)変形例
なお、上記実施形態では、圧縮自己着火燃焼を行うHCCI領域Rのうち、最も負荷の低い低負荷域R1で、図6に示した開閉パターンAを選択して、吸気行程中に、各気筒2に設けられた一対の吸気弁11のうちの一方のみを開弁させ、他方の吸気弁11は閉じたままとしたが、これに代えて、一対の吸気弁11の両方を開弁させるようにしてもよい。このようにすれば、上記他方の吸気弁11に適用されているVVL16を省略することができる。ただし、一対の吸気弁11の両方を開弁させれば、筒内に流入する新気量が増大してEGRガスの割合が低下するため、必要な場合には(特に無負荷近傍の極低負荷域では)、十分なEGRガスの量を確保するために、吸排気弁11,12の双方を閉じるネガティブオーバーラップ期間(X+Y)を延長すればよい。
また、上記実施形態では、開閉パターンA〜Cのときに、吸気行程中に開弁する排気弁12の開時期と、吸気弁11の開時期とを同時期に設定したが、これら両弁の開時期はずれていてもよい。ただしこの場合でも、上記両弁のうち早く開弁する方の開時期については、排気上死点から期間Yだけ遅れた時期に固定するのが望ましい。これにより、筒内が密閉される期間が排気上死点を挟んで略左右対称となるため、上述したように、ネガティブオーバーラップ期間中に発生するポンピングロスを最小限に抑えることができる。
また、上記実施形態では、排気行程中に開弁する排気弁12の閉時期から排気上死点までの期間Xと、吸気行程中に開弁する吸気弁11および排気弁12の開時期から排気上死点までの期間Y(吸気行程中に排気弁12が開弁しない場合には吸気弁11単体の開時期から排気上死点までの期間Y)とを略同一に設定したが、より厳密には、期間Xの方が、期間Yよりも若干長くなるのがよい。すなわち、吸気弁11または排気弁12が吸気行程中に開弁し始めてから、実際に筒内に新気または既燃ガスが流入するまでには、若干のタイムラグが存在するので、仮にX=Yであれば、上記タイムラグに起因して筒内圧が一時的に大きく低下し、ポンピングロスが発生することが想定される。そこで、X>Yとし、多少早めに吸気弁11または排気弁12を開き始めるようにすれば、上記のようなポンピングロスの発生を回避することができる。ただし、期間Xに対し期間Yを短くし過ぎると、上述したように、圧縮によって一旦増大した筒内圧が急減することによるポンピングロスが発生するため、期間Xと期間Yとの差は、10°CA以内に留めることが望ましい。
また、上記実施形態では、吸気弁11および排気弁12を各気筒2につき2つずつ設けたが、吸排気弁11,12の数はこれに限られず、吸排気弁11,12の少なくとも一方を3つに増やしてもよい。例えば、排気弁12の数を1気筒あたり3つにした場合には、HCCI領域R内の中負荷域R2において、吸気行程中に開弁する排気弁12の数を、負荷の増大に応じて3→2→1→0というように減少させればよく、このようにすることで、より細やかに新気量およびEGRガスの量を調節することができる。