本発明の一実施形態を以下に説明する。まず、図1〜図6を参照して、本実施形態における倒立振子型車両の構造を説明する。
図1及び図2に示すように、本実施形態における倒立振子型車両1(以降、単に車両1という)は、該車両1の運搬対象物体としての乗員(運転者)の搭乗部3と、床面に接地しながら該床面上を全方向(第1の方向である前後方向及び第2の方向である左右方向を含む2次元的な全方向)に移動可能な移動動作部5と、この移動動作部5を駆動する動力を該移動動作部5に付与するアクチュエータ装置7と、これらの搭乗部3、移動動作部5及びアクチュエータ装置7が組付けられた基体9とを備える。そして、搭乗部3は、鉛直方向に対して傾動自在である傾動部となっている。
ここで、本実施形態の説明では、「前後方向」、「左右方向」は、それぞれ、搭乗部3に標準的な姿勢で搭乗した乗員の上体の前後方向、左右方向に一致もしくはほぼ一致する方向を意味する。なお、「標準的な姿勢」は、搭乗部3に関して設計的に想定されている姿勢であり、乗員の上体の体幹軸を概ね上下方向に向け、且つ、上体を捻ったりしていない姿勢である。
この場合、図1においては、「前後方向」、「左右方向」はそれぞれ、紙面に垂直な方向、紙面の左右方向であり、図2においては、「前後方向」、「左右方向」はそれぞれ、紙面の左右方向、紙面に垂直な方向である。また、本実施形態の説明では、参照符号に付する添え字「R」,「L」は、それぞれ車両1の右側、左側に対応するものという意味で使用する。
基体9は、移動動作部5及びアクチュエータ装置7とが組付けられた下部フレーム11と、この下部フレーム11の上端から上方に延設された支柱フレーム13とを備える。
支柱フレーム13の上部には、該支柱フレーム13から前方側に張り出したシートフレーム15が固定されている。そして、このシートフレーム15上に、乗員が着座するシート3が装着されている。本実施形態では、このシート3が乗員の搭乗部(傾動部)となっている。従って、本実施形態における倒立振子型車両1は、乗員がシート3に着座した状態で、床面上を移動するものである。
また、シート3の左右には、シート3に着座した乗員が必要に応じて把持するためのグリップ17R,17Lが配置され、これらのグリップ17R,17Lがそれぞれ、支柱フレーム13(又はシートフレーム15)から延設されたブラケット19R,19Lの先端部に固定されている。
下部フレーム11は、左右方向に間隔を存して二股状に対向するように配置された一対のカバー部材21R,21Lを備える。これらのカバー部材21R,21Lの上端部(二股の分岐部分)は、前後方向の軸心を有するヒンジ軸23を介して連結され、カバー部材21R,21Lの一方が他方に対して相対的にヒンジ軸23の周りに揺動可能となっている。この場合、カバー部材21R,21Lは、図示を省略するバネによって、カバー部材21R,21Lの下端部側(二股の先端側)が狭まる方向に付勢されている。
また、カバー部材21R,21Lのそれぞれの外面部には、前記シート3に着座した乗員の右足を載せるステップ25Rと左足を載せるステップ25Lとが各々、右向き、左向きに張り出すように突設されている。
移動動作部5及びアクチュエータ装置7は、下部フレーム11のカバー部材21R,21Lの間に配置されている。これらの移動動作部5及びアクチュエータ装置7の構造を図3〜図6を参照して説明する。
なお、本実施形態で例示する移動動作部5及びアクチュエータ装置7は、例えば前記特許文献2の図1に開示されているものと同じ構造のものである。従って、本実施形態の説明においては、移動動作部5及びアクチュエータ装置7の構成に関して、前記特許文献2に記載された事項については、簡略的な説明に留める。
本実施形態では、移動動作部5は、ゴム状弾性材により円環状に形成された車輪体であり、ほぼ円形の横断面形状を有する。この移動動作部5(以降、車輪体5という)は、その弾性変形によって、図5及び図6の矢印Y1で示す如く、円形の横断面の中心C1(より詳しくは、円形の横断面中心C1を通って、車輪体5の軸心と同心となる円周線)の周りに回転可能となっている。
この車輪体5は、その軸心C2(車輪体5全体の直径方向に直交する軸心C2)を左右方向に向けた状態で、カバー部材21R,21Lの間に配置され、該車輪体5の外周面の下端部にて床面に接地する。
そして、車輪体5は、アクチュエータ装置7による駆動(詳細は後述する)によって、図5の矢印Y2で示す如く車輪体5の軸心C2の周りに回転する動作(床面上を輪転する動作)と、車輪体5の横断面中心C1の周りに回転する動作とを行なうことが可能である。その結果、車輪体5は、それらの回転動作の複合動作によって、床面上を全方向に移動することが可能となっている。
アクチュエータ装置7は、車輪体5と右側のカバー部材21Rとの間に介装される回転部材27R及びフリーローラ29Rと、車輪体5と左側のカバー部材17Lとの間に介装される回転部材27L及びフリーローラ29Lと、回転部材27R及びフリーローラ29Rの上方に配置されたアクチュエータとしての電動モータ31Rと、回転部材27L及びフリーローラ29Lの上方に配置されたアクチュエータとしての電動モータ31Lとを備える。
電動モータ31R,31Lは、それぞれのハウジングがカバー部材21R,21Lに各々取付けられている。なお、図示は省略するが、電動モータ31R,31Lの電源(蓄電器)は、支柱フレーム13等、基体9の適所に搭載されている。
回転部材27Rは、左右方向の軸心を有する支軸33Rを介してカバー部材21Rに回転可能に支持されている。同様に、回転部材27Lは、左右方向の軸心を有する支軸33Lを介してカバー部材21Lに回転可能に支持されている。この場合、回転部材27Rの回転軸心(支軸33Rの軸心)と、回転部材27Lの回転軸心(支軸33Lの軸心)とは同軸心である。
回転部材27R,27Lは、それぞれ電動モータ31R,31Lの出力軸に、減速機としての機能を含む動力伝達機構を介して接続されており、電動モータ31R,31Lからそれぞれ伝達される動力(トルク)によって回転駆動される。各動力伝達機構は、例えばプーリ・ベルト式のものである。すなわち、図3に示す如く、回転部材27Rは、プーリ35Rとベルト37Rとを介して電動モータ31Rの出力軸に接続されている。同様に、回転部材27Lは、プーリ35Lとベルト37Lとを介して電動モータ31Lの出力軸に接続されている。
なお、上記動力伝達機構は、例えば、スプロケットとリンクチェーンとにより構成されるもの、あるいは、複数のギヤにより構成されるものであってもよい。また、例えば、電動モータ31R,31Lを、それぞれの出力軸が各回転部材27R,27Lと同軸心になるように各回転部材27R,27Lに対向させて配置し、電動モータ31R,31Lのそれぞれの出力軸を回転部材27R,27Lに各々、減速機(遊星歯車装置等)を介して連結するようにしてもよい。
各回転部材27R,27Lは、車輪体5側に向かって縮径する円錐台と同様の形状に形成されており、その外周面がテーパ外周面39R,39Lとなっている。
回転部材27Rのテーパ外周面39Rの周囲には、回転部材27Rと同心の円周上に等間隔で並ぶようにして、複数のフリーローラ29Rが配列されている。そして、これらのフリーローラ29Rは、それぞれ、ブラケット41Rを介してにテーパ外周面39Rに取付けられ、該ブラケット41Rに回転自在に支承されている。
同様に、回転部材27Lのテーパ外周面39Lの周囲には、回転部材27Lと同心の円周上に等間隔で並ぶようにして、複数(フリーローラ29Rと同数)のフリーローラ29Lが配列されている。そして、これらのフリーローラ29Lは、それぞれ、ブラケット41Lを介してにテーパ外周面39Lに取付けられ、該ブラケット41Lに回転自在に支承されている。
前記車輪体5は、回転部材27R側のフリーローラ29Rと、回転部材27L側のフリーローラ29Lとの間に挟まれるようにして、回転部材27R,27Lと同軸心に配置されている。
この場合、図1及び図6に示すように、各フリーローラ29R,29Lは、その軸心C3が車輪体5の軸心C2に対して傾斜すると共に、車輪体5の直径方向(車輪体5をその軸心C2の方向で見たときに、該軸心C2と各フリーローラ29R,29Lとを結ぶ径方向)に対して傾斜する姿勢で配置されている。そして、このような姿勢で、各フリーローラ29R,29Lのそれぞれの外周面が車輪体5の内周面に斜め方向に圧接されている。
より一般的に言えば、右側のフリーローラ29Rは、回転部材27Rが軸心C2の周りに回転駆動されたときに、車輪体5との接触面で、軸心C2周りの方向の摩擦力成分(車輪体5の内周の接線方向の摩擦力成分)と、車輪体5の前記横断面中心C1の周り方向の摩擦力成分(円形の横断面の接線方向の摩擦力成分)とを車輪体5に作用させ得るような姿勢で、車輪体5の内周面に圧接されている。左側のフリーローラ29Lについても同様である。
この場合、前記したように、カバー部材21R,21Lは、図示しないバネによって、カバー部材21R,21Lの下端部側(二股の先端側)が狭まる方向に付勢されている。このため、この付勢力によって、右側のフリーローラ29Rと左側のフリーローラ29Lとの間に車輪体5が挟持されると共に、車輪体5に対する各フリーローラ29R,29Lの圧接状態(より詳しくはフリーローラ29R,29Lと車輪体5との間で摩擦力が作用し得る圧接状態)が維持される。
以上説明した構造を有する車両1においては、電動モータ31R,31Lによりそれぞれ、回転部材27R,27Lを同方向に等速度で回転駆動した場合には、車輪体5が回転部材27R,27Lと同方向に軸心C2の周りに回転することとなる。これにより、車輪体5が床面上を前後方向に輪転して、車両1の全体が前後方向に移動することとなる。なお、この場合は、車輪体5は、その横断面中心C1の周りには回転しない。
また、例えば、回転部材27R,27Lを互いに逆方向に同じ大きさの速度で回転駆動した場合には、車輪体5は、その横断面中心C1の周りに回転することとなる。これにより、車輪体4がその軸心C2の方向(すなわち左右方向)に移動し、ひいては、車両1の全体が左右方向に移動することとなる。なお、この場合は、車輪体5は、その軸心C2の周りには回転しない。
さらに、回転部材27R,27Lを、互いに異なる速度(方向を含めた速度)で、同方向又は逆方向に回転駆動した場合には、車輪体5は、その軸心C2の周りに回転すると同時に、その横断面中心C1の周りに回転することとなる。
この時、これらの回転動作の複合動作(合成動作)によって、前後方向及び左右方向に対して傾斜した方向に車輪体5が移動し、ひいては、車両1の全体が車輪体5と同方向に移動することとなる。この場合の車輪体5の移動方向は、回転部材27R,27Lの回転方向を含めた回転速度(回転方向に応じて極性が定義された回転速度ベクトル)の差に依存して変化するものとなる。
以上のように車輪体5の移動動作が行なわれるので、電動モータ31R,31Lのそれぞれの回転速度(回転方向を含む)を制御し、ひいては回転部材27R,27Lの回転速度を制御することによって、車両1の移動速度及び移動方向を制御できることとなる。
なお、シート(搭乗部)3及び基体9は、車輪体5の軸心C2を支点として、左右方向の軸心C2周りに傾動自在となっていると共に、車輪体5の接地面(下端面)を支点として、前後方向の軸周りに該車輪体5と共に傾動自在となっている。
次に、本実施形態の車両1の動作制御のための構成を説明する。なお、以降の説明では、図1及び図2に示すように、前後方向の水平軸をX軸、左右方向の水平軸をY軸、鉛直方向をZ軸とするXYZ座標系を想定し、前後方向、左右方向をそれぞれX軸方向、Y軸方向と言うことがある。
まず、車両1の概略的な動作制御を説明すると、本実施形態では、基本的には、シート3に着座した乗員がその上体を傾けた場合(詳しくは、乗員と車両1とを合わせた全体の重心点の位置(水平面に投影した位置)を動かすように上体を傾けた場合)に、該上体を傾けた側に基体9がシート3と共に傾動する。そして、この時、基体9が傾いた側に車両1が移動するように、車輪体5の移動動作が制御される。例えば、乗員が上体を前傾させ、ひいては、基体9をシート3と共に前傾させると、車両1が前方に移動するように、車輪体5の移動動作が制御される。
すなわち、本実施形態では、乗員が上体を動かし、ひいては、シート3と共に基体9を傾動させるという動作が、車両1に対する1つの基本的な操縦操作(車両1の動作要求)とされ、その操縦操作に応じて車輪体5の移動動作がアクチュエータ装置7を介して制御される。
ここで、本実施形態の車両1は、その全体の接地面としての車輪体5の接地面が、車両1とこれに搭乗する乗員との全体を床面に投影した領域に比して面積が小さい単一の局所領域となり、その単一の局所領域だけに床反力が作用する。このため、基体9が傾倒しないようにするためには、乗員及び車両1の全体の重心点が車輪体5の接地面のほぼ真上に位置するように、車輪体5を動かす必要がある。
そこで、本実施形態では、乗員及び車両1の全体の重心点が、車輪体5の中心点(軸心C2上の中心点)のほぼ真上に位置する状態(より正確には当該重心点が車輪体5の接地面のほぼ真上に位置する状態)での基体9の姿勢を目標姿勢とし、基本的には、基体9の実際の姿勢を目標姿勢に収束させるように、車輪体5の移動動作が制御される。
さらに、車両1に乗員が搭乗していない状態では、車両1の単体の重心点が、車輪体5の中心点(軸心C2上の中心点)のほぼ真上に位置する状態(より正確には当該重心点が車輪体5の接地面のほぼ真上に位置する状態)での基体9の姿勢を目標姿勢とし、該基体9の実際の姿勢を目標姿勢に収束させ、ひいては、基体9が傾倒することなく車両1が自立するように、車輪体5の移動動作が制御される。
また、車両1に乗員が搭乗している状態と搭乗していない状態とのいずれの状態においても、基体9の実際の姿勢の目標姿勢からずれが大きいほど、車両1の移動速度が速くなると共に、基体9の実際の姿勢の目標姿勢に一致する状態では、車両1の移動が停止するように車輪体5の移動動作が制御される。
補足すると、「姿勢」は空間的な向きを意味する。本実施形態では、基体9がシート3と共に傾動することで、基体9やシート3の姿勢が変化する。また、本実施形態では、基体9とシート3とは一体的に傾動するので、基体9の姿勢をその目標姿勢に収束させるということは、シート3の姿勢を該シート3に対応する目標姿勢(基体9の姿勢が基体9の目標姿勢に一致する状態でのシート3の姿勢)に収束させるということと等価である。
本実施形態では、以上の如き車両1の動作制御を行なうために、図1及び図2に示すように、マイクロコンピュータや電動モータ31R,31Lのドライブ回路ユニットなどを含む電子回路ユニットにより構成された制御ユニット50と、基体9の所定の部位の鉛直方向(重力方向)に対する傾斜角度θb及びその変化速度(=dθb/dt)を計測するための傾斜センサ52と、車両1に乗員が搭乗しているか否かを検知するための荷重センサ54と、電動モータ31R,31Lのそれぞれの出力軸の回転角度及び回転角速度を検出するための角度センサとしてのロータリエンコーダ56R,56Lとがそれぞれ、車両1の適所に搭載されている。
この場合、制御ユニット50及び傾斜センサ52は、例えば、基体9の支柱フレーム13の内部に収容された状態で該支柱フレーム13に取付けられている。また、荷重センサ54は、シート3に内蔵されている。また、ロータリエンコーダ56R,56Lは、それぞれ、電動モータ31R,31Lと一体に設けられている。なお、ロータリエンコーダ56R,56Lは、それぞれ、回転部材27R,27Lに装着してもよい。
上記傾斜センサ52は、より詳しくは、加速度センサとジャイロセンサ等のレートセンサ(角速度センサ)とから構成され、これらのセンサの検出信号を制御ユニット50に出力する。そして、制御ユニット50が、傾斜センサ52の加速度センサ及びレートセンサの出力を基に、所定の計測演算処理(これは公知の演算処理でよい)を実行することによって、傾斜センサ52を搭載した部位(本実施形態では支柱フレーム13)の、鉛直方向に対する傾斜角度θbの計測値とその変化速度(微分値)である傾斜角速度θbdotの計測値とを算出する。
この場合、計測する傾斜角度θb(以降、基体傾斜角度θbということがある)は、より詳しくは、それぞれ、Y軸周り方向(ピッチ方向)の成分θb_xと、X軸周り方向(ロール方向)の成分θb_yとから成る。同様に、計測する傾斜角速度θbdot(以降、基体傾斜角速度θbdotということがある)も、Y軸周り方向(ピッチ方向)の成分θbdot_x(=dθb_x/dt)と、X軸周り方向(ロール方向)の成分θbdot_y(=dθb_y/dt)とから成る。
補足すると、本実施形態では、基体9の支柱フレーム13と一体にシート3が傾動するので、基体傾斜角度θbは、搭乗部3の傾斜角度としての意味も持つ。
なお、本実施形態の説明では、上記基体傾斜角度θbなど、X軸及びY軸の各方向(又は各軸周り方向)の成分を有する運動状態量等の変数、あるいは、該運動状態量に関連する係数等の変数に関しては、その各成分を区別して表記する場合に、該変数の参照符号に、添え字“_x”又は“_y”を付加する。
この場合において、並進速度等の並進運動に係わる変数については、そのX軸方向の成分に添え字“_x”を付加し、Y軸方向の成分に添え字“_y”を付加する。
一方、角度、回転速度(角速度)、角加速度など、回転運動に係わる変数については、並進運動に係わる変数と添え字を揃えるために、便宜上、Y軸周り方向の成分に添え字“_x”を付加し、X軸周り方向の成分に添え字“_y”を付加する。
さらに、X軸方向の成分(又はY軸周り方向の成分)と、Y軸方向の成分(又はX軸周り方向の成分)との組として変数を表記する場合には、該変数の参照符号に添え字“_xy”を付加する。例えば、上記基体傾斜角度θbを、Y軸周り方向の成分θb_xとX軸周り方向の成分θb_yの組として表現する場合には、「基体傾斜角度θb_xy」というように表記する。
前記荷重センサ54は、乗員がシート3に着座した場合に該乗員の重量による荷重を受けるようにシート3に内蔵され、その荷重に応じた検出信号を制御ユニット50に出力する。そして、制御ユニット50が、この荷重センサ54の出力により示される荷重の計測値に基づいて、車両1に乗員が搭乗しているか否かを判断する。
なお、荷重センサ54の代わりに、例えば、乗員がシート3に着座したときにONとなるようなスイッチ式のセンサを用いてもよい。
ロータリエンコーダ56Rは、電動モータ31Rの出力軸が所定角度回転する毎にパルス信号を発生し、このパルス信号を制御ユニット50に出力する。そして、制御ユニット50が、そのパルス信号を基に、電動モータ53Rの出力軸の回転角度を計測し、さらにその回転角度の計測値の時間的変化率(微分値)を電動モータ53Rの回転角速度として計測する。電動モータ31L側のロータリエンコーダ56Lについても同様である。
制御ユニット50は、上記の各計測値を用いて所定の演算処理を実行することによって、電動モータ31R,31Lのそれぞれの回転角速度の目標値である速度指令を決定し、その速度指令に従って、電動モータ31R,31Lのそれぞれの回転角速度をフィードバック制御する。
なお、電動モータ31Rの出力軸の回転角速度と、回転部材27Rの回転角速度との間の関係は、該出力軸と回転部材27Rとの間の一定値の減速比に応じた比例関係になるので、本実施形態の説明では、便宜上、電動モータ31Rの回転角速度は、回転部材27Rの回転角速度を意味するものとする。同様に、電動モータ31Lの回転角速度は、回転部材27Lの回転角速度を意味するものとする。
以下に、制御ユニット50の制御処理をさらに詳細に説明する。
制御ユニット50は、所定の制御処理周期で図7のフローチャートに示す処理(メインルーチン処理)を実行する。
まず、STEP1において、制御ユニット50は、傾斜センサ52の出力を取得する。
次いで、STEP2に進んで、制御ユニット50は、取得した傾斜センサ52の出力を基に、基体傾斜角度θbの計測値θb_xy_sと、基体傾斜角速度θbdotの計測値θbdot_xy_sとを算出する。
なお、以降の説明では、上記計測値θb_xy_sなど、変数(状態量)の実際の値の観測値(計測値)を参照符号により表記する場合に、該変数の参照符号に、添え字“_s”を付加する。
次いで、制御ユニット50は、STEP3において、荷重センサ54の出力を取得した後、STEP4の判断処理を実行する。この判断処理においては、制御ユニット50は、取得した荷重センサ54の出力が示す荷重計測値が予め設定された所定値よりも大きいか否かによって、車両1に乗員が搭乗しているか否か(シート3に乗員が着座しているか否か)を判断する。
そして、制御ユニット50は、STEP4の判断結果が肯定的である場合には、基体傾斜角度θbの目標値θb_xy_objを設定する処理と、車両1の動作制御用の定数パラメータ(各種ゲインの基本値など)の値を設定する処理とを、それぞれSTEP5、6で実行する。
STEP5においては、制御ユニット50は、基体傾斜角度θbの目標値θb_xy_objとして、予め定められた搭乗モード用の目標値を設定する。
ここで、「搭乗モード」は、車両1に乗員が搭乗している場合での車両1の動作モードを意味する。この搭乗モード用の目標値θb_xy_objは、車両1とシート3に着座した乗員との全体の重心点(以降、車両・乗員全体重心点という)が車輪体5の接地面のほぼ真上に位置する状態となる基体9の姿勢において、傾斜センサ52の出力に基づき計測される基体傾斜角度θbの計測値θb_xy_sに一致又はほぼ一致するように予め設定されている。
また、STEP6においては、制御ユニット50は、車両1の動作制御用の定数パラメータの値として、予め定められた搭乗モード用の値を設定する。なお、定数パラメータは、後述するhx,hy,Ki_a_x,Ki_b_x,Ki_a_y,Ki_b_y(i=1,2,3)等である。
一方、STEP4の判断結果が否定的である場合には、制御ユニット50は、基体傾斜角度θb_xyの目標値θb_xy_objを設定する処理と、車両1の動作制御用の定数パラメータの値を設定する処理とを、STEP7、8で実行する。
STEP7においては、制御ユニット50は、傾斜角度θbの目標値θb_xy_objとして、予め定められた自立モード用の目標値を設定する。
ここで、「自立モード」は、車両1に乗員が搭乗していない場合での車両1の動作モードを意味する。この自立モード用の目標値θb_xy_objは、車両1単体の重心点(以降、車両単体重心点という)が車輪体5の接地面のほぼ真上に位置する状態となる基体9の姿勢において、傾斜センサ52の出力に基づき計測される基体傾斜角度θbの計測値θb_xy_sに一致又はほぼ一致するように予め設定されている。この自立モード用の目標値θb_xy_objは、搭乗モード用の目標値θb_xy_objと一般的には異なる。
また、STEP8においては、制御ユニット50は、車両1の動作制御用の定数パラメータの値として、予め定められた自立モード用の値を設定する。この自立モード用の定数パラメータの値は、搭乗モード用の定数パラメータの値と異なる。
搭乗モードと自立モードとで、上記定数パラメータの値を異ならせるのは、それぞれのモードで上記重心点の高さや、全体質量等が異なることに起因して、制御入力に対する車両1の動作の応答特性が互いに異なるからである。
以上のSTEP4〜8の処理によって、搭乗モード及び自立モードの各動作モード毎に各別に、基体傾斜角度θb_xyの目標値θb_xy_objと定数パラメータの値とが設定される。
なお、STEP5,6の処理、又はSTEP7,8の処理は、制御処理周期毎に実行することは必須ではなく、STEP4の判断結果が変化した場合にだけ実行するようにしてもよい。
補足すると、搭乗モード及び自立モードのいずれにおいても、基体傾斜角速度θbdotのY軸周り方向の成分θbdot_xの目標値とX軸周り方向の成分θbdot_yの目標値とは、いずれも“0”である。このため、基体傾斜角速度θbdot_xyの目標値を設定する処理は不要である。
以上の如くSTEP5,6の処理、又はSTEP7,8の処理を実行した後、制御ユニット50は、次にSTEP9において、車両制御演算処理を実行することによって、電動モータ31R,31Lのそれぞれの速度指令を決定する。この車両制御演算処理の詳細は後述する。
次いで、STEP10に進んで、制御ユニット50は、STEP9で決定した速度指令に応じて電動モータ31R,31Lの動作制御処理を実行する。この動作制御処理では、制御ユニット50は、STEP9で決定した電動モータ31Rの速度指令と、ロータリエンコーダ56Rの出力に基づき計測した電動モータ31Rの回転速度の計測値との偏差に応じて、該偏差を“0”に収束させるように電動モータ31Rの出力トルクの目標値(目標トルク)を決定する。そして、制御ユニット50は、その目標トルクの出力トルクを電動モータ31Rに出力させるように該電動モータ31Rの通電電流を制御する。左側の電動モータ31Lの動作制御についても同様である。
以上が、制御ユニット50が実行する全体的な制御処理である。
次に、上記STEP9の車両制御演算処理の詳細を説明する。
なお、以降の説明においては、前記搭乗モードにおける車両・乗員全体重心点と、前記自立モードにおける車両単体重心点とを総称的に、車両系重心点という。該車両系重心点は、車両1の動作モードが搭乗モードである場合には、車両・乗員全体重心点を意味し、自立モードである場合には、車両単体重心点を意味する。
また、以降の説明では、制御ユニット50が各制御処理周期で決定する値(更新する値)に関し、現在の(最新の)制御処理周期で決定する値を今回値、その1つ前の制御処理周期で決定した値を前回値ということがある。そして、今回値、前回値を特にことわらない値は、今回値を意味する。
また、X軸方向の速度及び加速度に関しては、前方向きを正の向きとし、Y軸方向の速度及び加速度に関しては、左向きを正の向きとする。
本実施形態では、前記車両系重心点の動力学的な挙動(詳しくは、Y軸方向からこれに直交する面(XZ平面)に投影して見た挙動と、X軸方向からこれに直交する面(YZ平面)に投影して見た挙動)が、近似的に、図8に示すような、倒立振子モデルの挙動(倒立振子の動力学的挙動)によって表現されるものとして、STEP9の車両制御演算処理が行なわれる。
なお、図8において、括弧を付していない参照符号は、Y軸方向から見た倒立振子モデルに対応する参照符号であり、括弧付きの参照符号は、X軸方向から見た倒立振子モデルに対応する参照符号である。
この場合、Y軸方向から見た挙動を表現する倒立振子モデルは、車両系重心点に位置する質点60_xと、Y軸方向に平行な回転軸62a_xを有して床面上を輪転自在な仮想的な車輪62_x(以降、仮想車輪62_xという)とを備える。そして、質点60_xが、仮想車輪62_xの回転軸62a_xに直線状のロッド64_xを介して支持され、該回転軸62a_xを支点として該回転軸62a_xの周りに揺動自在とされている。
この倒立振子モデルでは、質点60_xの運動が、Y軸方向から見た車両系重心点の運動に相当する。また、鉛直方向に対するロッド64_xの傾斜角度θbe_xがY軸周り方向での基体傾斜角度計測値θb_x_sと基体傾斜角度目標値θb_x_objとの偏差θbe_x_s(=θb_x_s−θb_x_obj)に一致するものとされる。また、ロッド64_xの傾斜角度θbe_xの変化速度(=dθbe_x/dt)がY軸周り方向の基体傾斜角速度計測値θbdot_x_sに一致するものとされる。また、仮想車輪62_xの移動速度Vw_x(X軸方向の並進移動速度)は、車両1の車輪体5のX軸方向の移動速度に一致するものとされる。
同様に、X軸方向から見た挙動を表現する倒立振子モデル(図8の括弧付きの符号を参照)は、車両系重心点に位置する質点60_yと、X軸方向に平行な回転軸62a_yを有して床面上を輪転自在な仮想的な車輪62_y(以降、仮想車輪62_yという)とを備える。そして、質点60_yが、仮想車輪62_yの回転軸62a_yに直線状のロッド64_yを介して支持され、該回転軸62a_yを支点として該回転軸62a_yの周りに揺動自在とされている。
この倒立振子モデルでは、質点60_yの運動が、X軸方向から見た車両系重心点の運動に相当する。また、鉛直方向に対するロッド64_yの傾斜角度θbe_yがX軸周り方向での基体傾斜角度計測値θb_y_sと基体傾斜角度目標値θb_y_objとの偏差θbe_y_s(=θb_y_s−θb_y_obj)に一致するものとされる。また、ロッド64_yの傾斜角度θbe_yの変化速度(=dθbe_y/dt)がX軸周り方向の基体傾斜角速度計測値θbdot_y_sに一致するものとされる。また、仮想車輪62_yの移動速度Vw_y(Y軸方向の並進移動速度)は、車両1の車輪体5のY軸方向の移動速度に一致するものとされる。
なお、仮想車輪62_x,62_yは、それぞれ、予め定められた所定値Rw_x,Rw_yの半径を有するものとされる。
また、仮想車輪62_x,62_yのそれぞれの回転角速度ωw_x,ωw_yと、電動モータ31R,31Lのそれぞれの回転角速度ω_R,ω_L(より正確には、回転部材27R,27Lのそれぞれの回転角速度ω_R,ω_L)との間には、次式01a,01bの関係が成立するものとされる。
ωw_x=(ω_R+ω_L)/2 ……式01a
ωw_y=C・(ω_R−ω_L)/2 ……式01b
なお、式01bにおける“C”は、前記フリーローラ29R,29Lと車輪体5との間の機構的な関係や滑りに依存する所定値の係数である。また、ωw_x,ω_R,ω_Lの正の向きは、仮想車輪62_xが前方に向かって輪転する場合の該仮想車輪62_xの回転方向、ωw_yの正の向きは、仮想車輪62_yが左向きに輪転する場合の該仮想車輪62_yの回転方向である。
ここで、図8に示す倒立振子モデルの動力学は、次式03x,03yにより表現される。なお、式03xは、Y軸方向から見た倒立振子モデルの動力学を表現する式、式03yは、X軸方向から見た倒立振子モデルの動力学を表現する式である。そして、式03x,03yは、仮想車輪62_x,62_yの移動運動と倒立振子の質点60_x,60_yの傾斜運動との関係を表している。
d2θbe_x/dt2=α_x・θbe_x+β_x・ωwdot_x ……式03x
d2θbe_y/dt2=α_y・θbe_y+β_y・ωwdot_y ……式03y
式03xにおけるωwdot_xは仮想車輪62_xの回転角加速度(回転角速度ωw_xの1階微分値)、α_xは、質点60_xの質量や高さh_xに依存する係数、β_xは、仮想車輪62_xのイナーシャ(慣性モーメント)や半径Rw_xに依存する係数である。式03yにおけるωwdot_y、α_y、β_yについても上記と同様である。
これらの式03x,03yから判るように、倒立振子の質点60_x,60_yの運動(ひいては車両系重心点の運動)は、それぞれ、仮想車輪62_xの回転角加速度ωwdot_x、仮想車輪62_yの回転角加速度ωwdot_yに依存して規定される。
そこで、本実施形態では、Y軸方向から見た車両系重心点の運動を制御するための操作量(制御入力)として、仮想車輪62_xの回転角加速度ωwdot_xを用いると共に、X軸方向から見た車両系重心点の運動を制御するための操作量(制御入力)として、仮想車輪62_yの回転角加速度ωwdot_yを用いる。
そして、STEP9の車両制御演算処理を概略的に説明すると、制御ユニット50は、X軸方向で見た質点60_xの運動と、Y軸方向で見た質点60_yの運動とが、車両系重心点の所望の運動に対応する運動となるように、操作量としての上記回転角加速度ωwdot_x,ωwdot_yの指令値(目標値)である仮想車輪回転角加速度指令ωwdot_x_cmd,ωwdot_y_cmdを決定する。さらに、制御ユニット50は、仮想車輪回転角加速度指令ωwdot_x_cmd,ωwdot_y_cmdをそれぞれ積分してなる値を、仮想車輪62_x,62_yのそれぞれの回転角速度ωw_x,ωw_yの指令値(目標値)である仮想車輪回転角速度指令ωw_x_cmd,ωw_y_cmdとして決定する。
そして、制御ユニット50は、仮想車輪回転角速度指令ωw_x_cmdに対応する仮想車輪62_xの移動速度(=Rw_x・ωw_x_cmd)と、仮想車輪回転角速度指令ωw_y_cmdに対応する仮想車輪62_yの移動速度(=Rw_y・ωw_y_cmd)とを、それぞれ、車両1の車輪体5のX軸方向の目標移動速度、Y軸方向の目標移動速度とし、それらの目標移動速度を実現するように、電動モータ31R,31Lのそれぞれの速度指令ω_R_cmd,ωL_cmdを決定する。
なお、本実施形態では、操作量(制御入力)としての上記仮想車輪回転角加速度指令ωwdot_x_cmd,ωwdot_y_cmdは、それぞれ、後述する式07x,07yに示す如く、3個の操作量成分を加え合わせることによって決定される。
補足すると、本実施形態における操作量(制御入力)としての上記仮想車輪回転角加速度指令ωwdot_x_cmd,ωwdot_y_cmdのうち、ωwdot_x_cmdは、X軸方向に移動する仮想車輪62_xの回転角速度であるから、車輪体5をX軸方向に移動させるために該車輪体5に付与すべき駆動力を規定する操作量として機能するものとなる。また、ωwdot_y_cmdは、Y軸方向に移動する仮想車輪62_yの回転角速度であるから、車輪体5をY軸方向に移動させるために該車輪体5に付与すべき駆動力を規定する操作量として機能するものとなる。
制御ユニット50は、上記の如き、STEP9の車両制御演算処理を実行するための機能として、図9のブロック図で示す機能を備えている。
すなわち、制御ユニット50は、基体傾斜角度計測値θb_xy_sと基体傾斜角度目標値θb_xy_objとの偏差である基体傾斜角度偏差計測値θbe_xy_sを算出する偏差演算部70と、前記車両系重心点の移動速度である重心速度Vb_xyの観測値としての重心速度推定値Vb_xy_sを算出する重心速度算出部72と、電動モータ31R,31Lの回転角速度の許容範囲に応じた制限を加味して、重心速度Vb_xyの目標値としての制御用目標重心速度Vb_xy_mdfdを決定する重心速度制限部76と、後述する式07x,07yのゲイン係数の値を調整するためのゲイン調整パラメータKr_xyを決定するゲイン調整部78とを備える。
制御ユニット50は、さらに、前記仮想車輪回転角速度指令ωw_xy_cmdを算出する姿勢制御演算部80と、車輪体5と床面との間に空転が発生している場合に、この仮想車輪回転角速度指令ωw_xy_cmdを抑制する抑制係数λを決定する空転抑制部81と、この抑制係数λを仮想車輪回転角速度指令ωw_xy_cmdに乗じて修正された仮想車輪回転角速度指令ωw_xy_cmdの値を算出する演算部83と、この演算部83が出力した仮想車輪回転角速度指令ωw_xy_cmdを、右側の電動モータ31Rの速度指令ω_R_cmd(回転角速度の指令値)と左側の電動モータ31Lの速度指令ω_L_cmd(回転角速度の指令値)との組に変換するモータ指令演算部82とを備える。
なお、図9中の参照符号84を付したものは、姿勢制御演算部70が制御処理周期毎に算出する仮想車輪回転角速度指令ωw_xy_cmdを入力する遅延要素を示している。該遅延要素84は、各制御処理周期において、仮想車輪回転角速度指令ωw_xy_cmdの前回値ωw_xy_cmd_pを出力する。
前記STEP9の車両制御演算処理では、これらの上記の各処理部の処理が以下に説明するように実行される。
すなわち、制御ユニット50は、まず、偏差演算部70の処理と重心速度算出部72の処理とを実行する。
偏差演算部70には、前記STEP2で算出された基体傾斜角度計測値θb_xy_s(θb_x_s及びθb_y_s)と、前記STEP5又はSTEP7で設定された目標値θb_xy_obj(θb_x_obj及びθb_y_obj)とが入力される。そして、偏差演算部70は、θb_x_sからθb_x_objを減算することによって、Y軸周り方向の基体傾斜角度偏差計測値θbe_x_s(=θb_x_s−θb_x_obj)を算出すると共に、θb_y_sからθb_y_objを減算することによって、X軸周り方向の基体傾斜角度偏差計測値θbe_y_s(=θb_y_s−θb_y_obj)を算出する。
なお、偏差演算部70の処理は、STEP9の車両制御演算処理の前に行なうようにしてもよい。例えば、前記STEP5又は7の処理の中で、偏差演算部70の処理を実行してもよい。
前記重心速度算出部72には、前記STEP2で算出された基体傾斜角速度計測値θbdot_xy_s(θbdot_x_s及びθbdot_y_s)の今回値が入力されると共に、仮想車輪速度指令ωw_xy_cmdの前回値ωw_xy_cmd_p(ωw_x_cmd_p及びωw_y_cmd_p)が遅延要素84から入力される。そして、重心速度算出部72は、これらの入力値から、前記倒立振子モデルに基づく所定の演算式によって、重心速度推定値Vb_xy_s(Vb_x_s及びVb_y_s)を算出する。
具体的には、重心速度算出部72は、次式05x,05yにより、Vb_x_s及びVb_y_sをそれぞれ算出する。
Vb_x_s=Rw_x・ωw_x_cmd_p+h_x・θbdot_x_s ……05x
Vb_y_s=Rw_y・ωw_y_cmd_p+h_y・θbdot_y_s ……05y
これらの式05x,05yにおいて、Rw_x,Rw_yは、前記したように、仮想車輪62_x,62_yのそれぞれの半径であり、これらの値は、予め設定された所定値である。また、h_x,h_yは、それぞれ倒立振子モデルの質点60_x,60_yの高さである。この場合、本実施形態では、車両系重心点の高さは、ほぼ一定に維持されるものとされる。そこで、h_x,h_yの値としては、それぞれ、予め設定された所定値が用いられる。補足すると、高さh_x,h_yは、前記STEP6又は8において値を設定する定数パラメータに含まれるものである。
上記式05xの右辺の第1項は、仮想車輪62_xの速度指令の前回値ωw_x_cmd_pに対応する該仮想車輪62_xのX軸方向の移動速度であり、この移動速度は、車輪体5のX軸方向の実際の移動速度の現在値に相当するものである。また、式05xの右辺の第2項は、基体9がY軸周り方向にθbdot_x_sの傾斜角速度で傾動することに起因して生じる車両系重心点のX軸方向の移動速度(車輪体5に対する相対的な移動速度)の現在値に相当するものである。これらのことは、式05yについても同様である。
なお、前記ロータリエンコーダ56R,56Lの出力を基に計測される電動モータ31R,31Lのそれぞれの回転角速度の計測値(今回値)の組を、仮想車輪62_x,62_yのそれぞれの回転角速度の組に変換し、それらの回転角速度を、式05x、05yのωw_x_cmd_p、ωw_y_cmd_pの代わりに用いてもよい。ただし、回転角速度の計測値に含まれるノイズの影響を排除する上では、目標値であるωw_x_cmd_p、ωw_y_cmd_pを使用することが有利である。
次に、制御ユニット50は、重心速度制限部76の処理とゲイン調整部78の処理とを実行する。この場合、重心速度制限部76及びゲイン調整部78には、それぞれ、重心速度算出部72で上記の如く算出された重心速度推定値Vb_xy_s(Vb_x_s及びVb_y_s)が入力される。
そして、ゲイン調整部78は、入力された重心速度推定値Vb_xy_s(Vb_x_s及びVb_y_s)を基に、前記ゲイン調整パラメータKr_xy(Kr_x及びKr_y)を決定する。
このゲイン調整部78の処理を図10及び図11を参照して以下に説明する。
図10に示すように、ゲイン調整部78は、入力された重心速度推定値Vb_x_s,Vb_y_sをリミット処理部86に入力する。このリミット処理部86では、重心速度推定値Vb_x_s,Vb_y_sに、電動モータ31R,31Lのそれぞれの回転角速度の許容範囲に応じた制限を適宜、加えることによって、出力値Vw_x_lim1,Vw_y_lim1を生成する。出力値Vw_x_lim1は、前記仮想車輪62_xのX軸方向の移動速度Vw_xの制限後の値、出力値Vw_y_lim1は、前記仮想車輪62_yのY軸方向の移動速度Vw_yの制限後の値としての意味を持つ。
このリミット処理部86の処理を、図11を参照してさらに詳細に説明する。なお、図11中の括弧付きの参照符号は、後述する重心速度制限部76のリミット処理部104の処理を示すものであり、リミット処理部86の処理に関する説明では無視してよい。
リミット処理部86は、まず、重心速度推定値Vb_x_s,Vb_y_sをそれぞれ処理部86a_x,86a_yに入力する。処理部86a_xは、Vb_x_sを仮想車輪62_xの半径Rw_xで除算することによって、仮想車輪62_xのX軸方向の移動速度をVb_x_sに一致させたと仮定した場合の該仮想車輪62_xの回転角速度ωw_x_sを算出する。同様に、処理部86a_yは、仮想車輪62_yのY軸方向の移動速度をVb_y_sに一致させたと仮定した場合の該仮想車輪62_yの回転角速度ωw_y_s(=Vb_y_s/Rw_y)を算出する。
次いで、リミット処理部86は、ωw_x_s,ωw_y_sの組を、XY−RL変換部86bにより、電動モータ31Rの回転角速度ω_R_sと電動モータ31Lの回転角速度ω_L_sとの組に変換する。
この変換は、本実施形態では、前記式01a,01bのωw_x,ωw_y,ω_R,ω_Lをそれぞれ、ωw_x_s,ωw_y_s,ω_R_s,ω_L_sに置き換えて得られる連立方程式を、ω_R_s,ω_L_sを未知数として解くことにより行なわれる。
次いで、リミット処理部86は、XY−RL変換部86bの出力値ω_R_s,ω_L_sをそれぞれ、リミッタ86c_R,86c_Lに入力する。このとき、リミッタ86c_Rは、ω_R_sが、予め設定された所定値の上限値(>0)と下限値(<0)とを有する右モータ用許容範囲内に収まっている場合には、ω_R_sをそのまま出力値ω_R_lim1として出力する。また、リミッタ86c_Rは、ω_R_sが、右モータ用許容範囲から逸脱している場合には、該右モータ用許容範囲の上限値と下限値とのうちのω_R_sに近い方の境界値を出力値ω_R_lim1として出力する。これにより、リミッタ86c_Rの出力値ω_R_lim1は、右モータ用許容範囲内の値に制限される。
同様に、リミッタ86c_Lは、ω_L_sが、予め設定された所定値の上限値(>0)と下限値(<0)とを有する左モータ用許容範囲内に収まっている場合には、ω_L_sをそのまま出力値ω_L_lim1として出力する。また、リミッタ86c_Lは、ω_L_sが、左モータ用許容範囲から逸脱している場合には、該左モータ用許容範囲の上限値と下限値とのうちのω_L_sに近い方の境界値を出力値ω_L_lim1として出力する。これにより、リミッタ86c_Lの出力値ω_L_lim1は、左モータ用許容範囲内の値に制限される。
上記右モータ用許容範囲は右側の電動モータ31Rの回転角速度(絶対値)が高くなり過ぎないようにし、ひいては、電動モータ31Rが出力可能なトルクの最大値が低下するのを防止するために設定された許容範囲である。このことは、左モータ用許容範囲についても同様である。
次いで、リミット処理部86は、リミッタ86c_R,86c_Lのそれぞれの出力値ω_R_lim1,ω_L_lim1の組を、RL−XY変換部86dにより、仮想車輪62_x,62_yのそれぞれの回転角速度ωw_x_lim1,ωw_y_lim1の組に変換する。
この変換は、前記XY−RL変換部86bの変換処理の逆変換の処理である。この処理は、前記式01a,01bのωw_x,ωw_y,ω_R,ω_Lをそれぞれ、ωw_x_lim1,ωw_y_lim1,ω_R_lim1,ω_L_lim1に置き換えて得られる連立方程式を、ωw_x_lim1,ωw_y_lim1を未知数として解くことにより行なわれる。
次いで、リミット処理部86は、RL−XY変換部86dの出力値ωw_x_lim1,ωw_y_lim1をそれぞれ処理部86e_x,86e_yに入力する。処理部86e_xは、ωw_x_lim1に仮想車輪62_xの半径Rw_xを乗じることによって、ωw_x_lim1を仮想車輪62_xの移動速度Vw_x_lim1に変換する。同様に、処理部86e_yは、ωw_y_lim1を仮想車輪62_yの移動速度Vw_y_lim1(=ωw_y_lim1・Rw_y)に変換する。
以上のリミット処理部86の処理によって、仮想車輪62_xのX軸方向の移動速度Vw_xと、仮想車輪62_yのY軸方向の移動速度Vw_yとをそれぞれ重心速度推定値Vb_x_s,Vb_y_sに一致させたと仮定した場合(換言すれば、車輪体5のX軸方向の移動速度とY軸方向の移動速度とをそれぞれ、Vb_x_s,Vb_y_sに一致させたと仮定した場合)に、それらの移動速度を実現するために必要な電動モータ31R,31Lのそれぞれの回転角速度ω_R_s,ω_L_sが、両方とも、許容範囲内に収まっている場合には、Vb_x_s,Vb_y_sにそれぞれ一致する出力値Vw_x_lim1,Vw_y_lim1の組がリミット処理部86から出力される。
一方、電動モータ31R,31Lのそれぞれの回転角速度ω_R_s,ω_L_sの両方又は一方が許容範囲から逸脱している場合には、その両方又は一方の回転角速度が強制的に許容範囲内に制限された上で、その制限後の電動モータ31R,31Lのそれぞれの回転角速度ω_R_lim1,ω_L_lim1の組に対応する、X軸方向及びY軸方向の移動速度Vw_x_lim1,Vw_y_lim1の組がリミット処理部86から出力される。
従って、リミット処理部86は、その出力値Vw_x_lim1,Vw_y_lim1の組に対応する電動モータ31R,31Lのそれぞれの回転角速度が許容範囲を逸脱しないことを必須の必要条件として、その必要条件下で可能な限り、出力値Vw_x_lim1,Vw_y_lim1をそれぞれVb_x_s,Vb_y_sに一致させるように、出力値Vw_x_lim1,Vw_y_lim1の組を生成する。
図10の説明に戻って、ゲイン調整部78は、次に、演算部88_x,88_yの処理を実行する。演算部88_xには、X軸方向の重心速度推定値Vb_x_sと、リミット処理部86の出力値Vw_x_lim1とが入力される。そして、演算部88_xは、Vw_x_lim1からVb_x_sを減算してなる値Vover_xを算出して出力する。また、演算部88_yには、Y軸方向の重心速度推定値Vb_y_sと、リミット処理部86の出力値Vw_y_lim1とが入力される。そして、演算部88_yは、Vw_y_lim1からVb_y_sを減算してなる値Vover_yを算出して出力する。
この場合、リミット処理部86での出力値Vw_x_lim1,Vw_y_lim1の強制的な制限が行なわれなかった場合には、Vw_x_lim1=Vb_x_s、Vw_y_lim1=Vb_y_sとなるので、演算部88_x,88_yのそれぞれの出力値Vover_x,Vover_yはいずれも“0”となる。
一方、リミット処理部86の出力値Vw_x_lim1,Vw_y_lim1が、入力値Vb_x_s,Vb_y_sに対して強制的な制限を施して生成された場合には、Vw_x_lim1のVb_x_sからの修正量(=Vw_x_lim1−Vb_x_s)と、Vw_y_lim1のVb_y_sからの修正量(=Vw_y_lim1−Vb_y_s)とがそれぞれ、演算部88_x,88_yから出力される。
次いで、ゲイン調整部78は、演算部88_xの出力値Vover_xを処理部90_x,92_xに順番に通すことによって、ゲイン調整パラメータKr_xを決定する。また、ゲイン調整部78は、演算部88_yの出力値Vover_yを処理部90_y,92_yに順番に通すことによって、ゲイン調整パラメータKr_yを決定する。なお、ゲイン調整パラメータKr_x,Kr_yは、いずれも“0”から“1”までの範囲内の値である。
上記処理部90_xは、入力されるVover_xの絶対値を算出して出力する。また、処理部92_xは、その出力値Kr_xが入力値|Vover_x|に対して単調に増加し、且つ、飽和特性を有するようにKr_xを生成する。該飽和特性は、入力値がある程度大きくなると、入力値の増加に対する出力値の変化量が“0”になるか、もしくは、“0”に近づく特性である。
この場合、本実施形態では、処理部92_xは、入力値|Vover_x|が予め設定された所定値以下である場合には、該入力値|Vover_x|に所定値の比例係数を乗じてなる値をKr_xとして出力する。また、処理部92_xは、入力値|Vover_x|が所定値よりも大きい場合には、“1”をKr_xとして出力する。なお、上記比例係数は、|Vover_x|が所定値に一致するときに、|Vover_x|と比例係数との積が“1”になるように設定されている。
また、処理部90_y,92_yの処理は、それぞれ上記した処理部90_x,92_xの処理と同様である。
以上説明したゲイン調整部78の処理によって、リミット処理部86での出力値Vw_x_lim1,Vw_y_lim1の強制的な制限が行なわれなかった場合、すなわち、車輪体5のX軸方向及びY軸方向のそれぞれの移動速度Vw_x,Vw_yを、それぞれ、重心速度推定値Vb_x_s,Vb_y_sに一致させるように電動モータ31R,31Lを動作させても、電動モータ31R,31Lのそれぞれの回転角速度が許容範囲内に収まるような場合には、ゲイン調整パラメータKr_x,Kr_yはいずれも“0”に決定される。従って、通常は、Kr_x=Kr_y=0である。
一方、リミット処理部86の出力値Vw_x_lim1,Vw_y_lim1が、入力値Vb_x_s,Vb_y_sに対して強制的な制限を施して生成された場合、すなわち、車輪体5のX軸方向及びY軸方向のそれぞれの移動速度Vw_x,Vw_yを、それぞれ、重心速度推定値Vb_x_s,Vb_y_sに一致させるように電動モータ31R,31Lを動作させると、電動モータ31R,31Lのいずれかの回転角速度が許容範囲を逸脱してしまう場合(いずれかの回転角速度の絶対値が高くなり過ぎる場合)には、前記修正量Vover_x,Vover_yのそれぞれの絶対値に応じて、ゲイン調整パラメータKr_x,Kr_yの値がそれぞれ決定される。この場合、Kr_xは、“1”を上限値して、修正量Vx_overの絶対値が大きいほど、大きな値になるように決定される。このことは、Kr_yについても同様である。
また、前記重心速度制限部76は、入力された重心速度推定値Vb_xy_s(Vb_x_s及びVb_y_s)を使用して、図12のブロック図で示す処理を実行することによって、制御用目標重心速度Vb_xy_mdfd(Vb_x_mdfd及びVb_y_mdfd)を決定する。
具体的には、重心速度制限部76は、まず、定常偏差算出部94_x,94_yの処理を実行する。
この場合、定常偏差算出部94_xには、X軸方向の重心速度推定値Vb_x_sが入力されると共に、X軸方向の制御用目標重心速度Vb_x_mdfdの前回値Vb_x_mdfd_pが遅延要素96_xを介して入力される。そして、定常偏差算出部94_xは、まず、入力されるVb_x_sが比例・微分補償要素(PD補償要素)94a_xに入力する。この比例・微分補償要素94_xは、その伝達関数が1+Kd・Sにより表される補償要素であり、入力されるVb_x_sと、その微分値(時間的変化率)に所定値の係数Kdを乗じてなる値とを加算し、その加算結果の値を出力する。
次いで、定常偏差算出部94_xは、入力されるVb_x_mdfd_pを、比例・微分補償要素94_xの出力値から減算してなる値を演算部94b_xにより算出した後、この演算部94b_xの出力値を、位相補償機能を有するローパスフィルタ94c_xに入力する。このローパスフィルタ94c_xは、伝達関数が(1+T2・S)/(1+T1・S)により表されるフィルタである。そして、定常偏差算出部94_xは、このローパスフィルタ94c_xの出力値Vb_x_prdを出力する。
また、定常偏差算出部94_yには、Y軸方向の重心速度推定値Vb_y_sが入力されると共に、Y軸方向の制御用目標重心速度Vb_y_mdfdの前回値Vb_y_mdfd_pが遅延要素96_yを介して入力される。
そして、定常偏差算出部94_yは、上記した定常偏差算出部94_xと同様に、比例・微分補償要素94a_y、演算部94b_y及びローパスフィルタ94c_yの処理を順次実行し、ローパスフィルタ94c_yの出力値Vb_y_prdを出力する。
ここで、定常偏差算出部94_xの出力値Vb_x_prdは、Y軸方向から見た車両系重心点の現在の運動状態(換言すればY軸方向から見た倒立振子モデルの質点60_xの運動状態)から推測される、将来のX軸方向の重心速度推定値の収束予測値の制御用目標重心速度Vb_x_mdfdに対する定常偏差としての意味を持つものである。同様に、定常偏差算出部94_y出力値Vb_y_prdは、X軸方向から見た車両系重心点の現在の運動状態(換言すればX軸方向から見た倒立振子モデルの質点60_yの運動状態)から推測される、将来のY軸方向の重心速度推定値の収束予測値の制御用目標重心速度Vb_y_mdfdに対する定常偏差としての意味を持つものである。以降、定常偏差算出部94_x,94_yのそれぞれの出力値Vb_x_prd,Vb_y_prdを重心速度定常偏差予測値という。
重心速度制限部76は、上記の如く定常偏差算出部94_x,94_yの処理を実行した後、上記重心速度定常偏差予測値Vb_x_prd,Vb_y_prdをリミット処理部100に入力する。このリミット処理部100の処理は、前記したゲイン調整部78のリミット処理部86の処理と同じである。この場合、図11に括弧付きに参照符号で示す如く、リミット処理部100の各処理部の入力値及び出力値だけがリミット処理部86と相違する。
具体的には、リミット処理部100では、前記仮想車輪62_x,62_yのそれぞれの移動速度Vw_x,Vw_yを、Vb_x_prd,Vb_y_prdにそれぞれ一致させたと仮定した場合の各仮想車輪62_x,62_yの回転角速度ωw_x_t,ωw_y_tがそれぞれ処理部86a_x,86a_yにより算出される。そして、この回転角速度ωw_x_t,ωw_y_tの組が、XY−RL変換部86bにより、電動モータ31R,31Lの回転角速度ω_R_t,ω_L_tの組に変換される。
さらに、これらの回転角速度ω_R_t,ω_L_tが、リミッタ86c_R,86c_Lによって、それぞれ、右モータ用許容範囲内の値と左モータ用許容範囲内の値とに制限される。そして、この制限処理後の値ω_R_lim2,ω_L_lim2が、RL−XY変換部86dによって、仮想車輪62_x,62_yの回転角速度ωw_x_lim2,ωw_y_lim2に変換される。
次いで、この各回転角速度ωw_x_lim2,ωw_y_lim2に対応する各仮想車輪62_x,62_yの移動速度Vw_x_lim2,Vw_y_lim2がそれぞれ処理部86e_x,86e_yによって算出され、これらの移動速度Vw_x_lim2,Vw_y_lim2がリミット処理部100から出力される。
以上のリミット処理部100の処理によって、リミット処理部100は、リミット処理部86と同様に、その出力値Vw_x_lim2,Vw_y_lim2の組に対応する電動モータ31R,31Lのそれぞれの回転角速度が許容範囲を逸脱しないことを必須の必要条件として、その必要条件下で可能な限り、出力値Vw_x_lim2,Vw_y_lim2をそれぞれVb_x_t,Vb_y_tに一致させるように、出力値Vw_x_lim2,Vw_y_lim2の組を生成する。
なお、リミット処理部100における右モータ用及び左モータ用の各許容範囲は、リミット処理部86における各許容範囲と同一である必要はなく、互いに異なる許容範囲に設定されていてもよい。
図12の説明に戻って、重心速度制限部76は、次に、演算部102_x,102_yの処理を実行することによって、それぞれ制御用目標重心速度Vb_x_mdfd,Vb_y_mdfdを算出する。この場合、演算部102_xは、リミット処理部100の出力値Vw_x_lim2から、X軸方向の重心速度定常偏差予測値Vb_x_prdを減算してなる値をX軸方向の制御用目標重心速度Vb_x_mdfdとして算出する。同様に、演算部102_yは、リミット処理部100の出力値Vw_y_lim2から、Y軸方向の重心速度定常偏差予測値Vb_y_prdを減算してなる値をY軸方向の制御用目標重心速度Vb_y_mdfdとして算出する。
以上のようにして決定される制御用目標重心速度Vb_x_mdfd,Vb_y_mdfdは、リミット処理部100での出力値V_x_lim2,V_y_lim2の強制的な制限が行なわれなかった場合、すなわち、車輪体5のX軸方向及びY軸方向のそれぞれの移動速度を、それぞれ、重心速度定常偏差予測値Vb_x_prd,Vb_y_prdに一致させるように電動モータ31R,31Lを動作させても、電動モータ31R,31Lのそれぞれの回転角速度が許容範囲内に収まるような場合には、制御用目標重心速度Vb_x_mdfd,Vb_y_mdfdはいずれも“0”に決定される。従って、通常は、Vb_x_mdfd=Vb_y_mdfd=0である。
一方、リミット処理部100の出力値Vw_x_lim2,Vw_y_lim2が、入力値Vb_x_t,Vb_y_tに対して強制的な制限を施して生成された場合、すなわち、車輪体5のX軸方向及びY軸方向のそれぞれの移動速度を、それぞれ、重心速度定常偏差予測値Vb_x_prd,Vb_y_prdに一致させるように電動モータ31R,31Lを動作させると、電動モータ31R,31Lのいずれかの回転角速度が許容範囲を逸脱してしまう場合(いずれかの回転角速度の絶対値が高くなり過ぎる場合)には、X軸方向については、リミット処理部100の出力値Vw_x_lim2の入力値Vb_x_prdからの修正量(=Vw_x_lim2−Vb_x_prd)が、X軸方向の制御用目標重心速度Vb_x_mdfdとして決定される。
また、Y軸方向については、リミット処理部100の出力値Vw_y_lim2の入力値Vb_y_prdからの修正量(=Vw_y_lim2−Vb_y_prd)が、Y軸方向の制御用目標重心速度Vb_y_mdfdとして決定される。
この場合において、例えばX軸方向の速度に関し、制御用目標重心速度Vb_x_mdfdは、定常偏差算出部94_xが出力するX軸方向の重心速度定常偏差予測値Vb_x_prdと逆向きの速度となる。このことは、Y軸方向の速度に関しても同様である。
以上が、重心速度制限部76の処理である。
図9の説明に戻って、制御ユニット50は、以上の如く重心速度制限部76、ゲイン調整部78、及び偏差演算部70の処理を実行した後、次に、姿勢制御演算部の処理を実行する。
この姿勢制御演算部80の処理を、以下に図13を参照して説明する。なお、図13において、括弧を付していない参照符号は、X軸方向に輪転する仮想車輪62_xの回転角速度の目標値である前記仮想車輪回転角速度指令ωw_x_cmdを決定する処理に係わる参照符号であり、括弧付きの参照符合は、Y軸方向に輪転する仮想車輪62_yの回転角速度の目標値である前記仮想車輪回転角速度指令ωw_y_cmdを決定する処理に係わる参照符号である。
姿勢制御演算部80には、偏差演算部70で算出された基体傾斜角度偏差計測値θbe_xy_sと、前記STEP2で算出された基体傾斜角速度計測値θbdot_xy_sと、重心速度算出部72で算出された重心速度推定値Vb_xy_sと、重心速度制限部76で算出された制御用目標重心速度Vb_xy_mdfdと、ゲイン調整部78で算出されたゲイン調整パラメータKr_xyとが入力される。
そして、姿勢制御演算部80は、まず、これらの入力値を用いて、次式07x,07yにより、仮想車輪回転角加速度指令ωdotw_xy_cmdを算出する。
ωwdot_x_cmd=K1_x・θbe_x_s+K2_x・θbdot_x_s
+K3_x・(Vb_x_s−Vb_x_mdfd) ……式07x
ωwdot_y_cmd=K1_y・θbe_y_s+K2_y・θbdot_y_s
+K3_y・(Vb_y_s−Vb_y_mdfd) ……式07y
従って、本実施形態では、Y軸方向から見た倒立振子モデルの質点60_xの運動(ひいては、Y軸方向から見た車両系重心点の運動)を制御するための操作量(制御入力)としての仮想車輪回転角加速度指令ωdotw_x_cmdと、X軸方向から見た倒立振子モデルの質点60_yの運動(ひいては、X軸方向から見た車両系重心点の運動)を制御するための操作量(制御入力)としての仮想車輪回転角加速度指令ωdotw_y_cmdとは、それぞれ、3つの操作量成分(式07x,07yの右辺の3つの項)を加え合わせることによって決定される。
これらの式07x,07yにおけるゲイン係数K1_x,K1_yは、基体9(又はシート3)の傾斜角度に関するフィードバックゲイン、ゲイン係数K2_x,K2_yは、基体9(又はシート3)の傾斜角速度(傾斜角度の時間的変化率)に関するフィードバックゲイン、ゲイン係数K3_x,K3_yは、車両系重心点(車両1の所定の代表点)の移動速度に関するフィードバックゲインとしての意味を持つものである。
この場合、式07xにおける各操作量成分に係わるゲイン係数K1_x,K2_x,K3_xは、ゲイン調整パラメータKr_xに応じて可変的に設定され、式07yにおける各操作量成分に係わるゲイン係数K1_y,K2_y,K3_yは、ゲイン調整パラメータKr_yに応じて可変的に設定される。以降、式07xにおけるゲイン係数K1_x,K2_x,K3_xのそれぞれを第1ゲイン係数K1_x、第2ゲイン係数K2_x、第3ゲイン係数K3_xということがある。このことは、式07yにおけるゲイン係数K1_y,K2_y,K3_yについても同様とする。
式07xにおける第iゲイン係数Ki_x(i=1,2,3)と、式07yにおける第iゲイン係数Ki_y(i=1,2,3)とは、図13中にただし書きで示した如く、次式09x、09yにより、ゲイン調整パラメータKr_x,Kr_yに応じて決定される。
Ki_x=(1−Kr_x)・Ki_a_x+Kr_x・Ki_b_x ……式09x
Ki_y=(1−Kr_y)・Ki_a_y+Kr_y・Ki_b_y ……式09y
(i=1,2,3)
ここで、式09xにおけるKi_a_x、Ki_b_xは、それぞれ、第iゲイン係数Ki_xの最小側(“0”に近い側)のゲイン係数値、最大側(“0”から離れる側)のゲイン係数値として予め設定された定数値である。このことは、式09yにおけるKi_a_y、Ki_b_yについても同様である。
従って、式07xの演算に用いる各第iゲイン係数Ki_x(i=1,2,3)は、それぞれに対応する定数値Ki_a_x、Ki_b_xの重み付き平均値として決定される。そして、この場合、Ki_a_x、Ki_b_xにそれぞれ掛かる重みが、ゲイン調整パラメータKr_xに応じて変化させられる。このため、Kr_x=0である場合には、Ki_x=Ki_a_xとなり、Kr_x=1である場合には、Ki_x=Ki_b_xとなる。そして、Kr_xが“0”から“1”に近づくに伴い、第iゲイン係数Ki_xはKi_a_xからKi_b_x近づいていく。
同様に、式07yの演算に用いる各第iゲイン係数Ki_y(i=1,2,3)は、それぞれに対応する定数値Ki_a_y、Ki_b_yの重み付き平均値として決定される。そして、この場合、Ki_a_y、Ki_b_yにそれぞれ掛かる重みが、ゲイン調整パラメータKr_yに応じて変化させられる。このため、Ki_xの場合と同様に、Kr_yの値が“0”から“1”の間で変化するに伴い、第iゲイン係数Ki_yの値が、Ki_a_yとKi_b_yとの間で変化する。
なお、前記したように、Kr_x,Kr_yは、通常は(詳しくはゲイン調整部78のリミット処理部86での出力値Vw_x_lim1,Vw_y_lim1の強制的な制限が行なわれなかった場合)、“0”である。従って、第iゲイン係数Ki_x,Ki_y(i=1,2,3)は、通常は、それぞれ、Ki_x=Ki_a_x,Ki_y=Ki_a_yとなる。
補足すると、上記定数値Ki_a_x、Ki_b_x及びKi_a_y,Ki_b_y(i=1,2,3)は、前記STEP6又は8において値が設定される定数パラメータに含まれるものである。
また、本実施形態では、Kr_x=0、Kr_y=0となる状況で、式07xに係わる第3ゲイン係数K3_xの絶対値に対する第1ゲイン係数K1_xに対する割合いと、式07yに係わる第3ゲイン係数K3_yの絶対値に対する第1ゲイン係数K1_yに対する割合いとが前記搭乗モードと自立モードとで異なるものとなるが、これについては後述する。
姿勢制御演算部80は、上記の如く決定した第1〜第3ゲイン係数K1_x,K2_x,K3_xを用いて前記式07xの演算を行なうことで、X軸方向に輪転する仮想車輪62_xに係わる仮想車輪回転角加速度指令ωwdot_x_cmdを算出する。
さらに詳細には、図13を参照して、姿勢制御演算部80は、基体傾斜角度偏差計測値θbe_x_sに第1ゲイン係数K1_xを乗じてなる操作量成分u1_xと、基体傾斜角速度計測値θbdot_x_sに第2ゲイン係数K2_xを乗じてなる操作量成分u2_xとをそれぞれ、処理部80a,80bで算出する。さらに、姿勢制御演算部80は、重心速度推定値Vb_x_sと制御用目標重心速度Vb_x_mdfdとの偏差(=Vb_x_s−Vb_x_mdfd)を演算部80dで算出し、この偏差に第3ゲイン係数K3_xを乗じてなる操作量成u3_xを処理部80cで算出する。そして、姿勢制御演算部80は、これらの操作量成分u1_x,u2_x,u3_xを演算部80eにて加え合わせることにより、仮想車輪回転角加速度指令ωwdot_x_cmdを算出する。
同様に、姿勢制御演算部80は、上記の如く決定した第1〜第3ゲイン係数K1_y,K2_y,K3_yを用いて前記式07yの演算を行なうことで、Y軸方向に輪転する仮想車輪62_yに係わる仮想車輪回転角加速度指令ωwdot_y_cmdを算出する。
この場合には、姿勢制御演算部80は、基体傾斜角度偏差計測値θbe_y_sに第1ゲイン係数K1_yを乗じてなる操作量成分u1_yと、基体傾斜角速度計測値θbdot_y_sに第2ゲイン係数K2_yを乗じてなる操作量成分u2_yとをそれぞれ、処理部80a,80bで算出する。さらに、姿勢制御演算部80は、重心速度推定値Vb_y_sと制御用目標重心速度Vb_y_mdfdとの偏差(=Vb_y_s−Vb_y_mdfd)を演算部80dで算出し、この偏差に第3ゲイン係数K3_yを乗じてなる操作量成u3_yを処理部80cで算出する。そして、姿勢制御演算部80は、これらの操作量成分u1_y,u2_y,u3_yを演算部80eにて加え合わせることにより、仮想車輪回転角加速度指令ωwdot_x_cmdを算出する。
ここで、式07xの右辺の第1項(=第1操作量成分u1_x)及び第2項(=第2操作量成分u2_x)は、X軸周り方向での基体傾斜角度偏差計測値θbe_x_sを、フィードバック制御則としてのPD則(比例・微分則)により“0”に収束させる(基体傾斜角度計測値θb_x_sを目標値θb_x_objに収束させる)ためのフィードバック操作量成分としての意味を持つ。
また、式07xの右辺の第3項(=第3操作量成分u3_x)は、重心速度推定値Vb_x_sと制御用目標重心速度Vb_x_mdfdとの偏差をフィードバック制御則としての比例則により“0”に収束させる(Vb_x_sをVb_x_mdfdに収束させる)ためのフィードバック操作量成分としての意味を持つ。
これらのことは、式07yの右辺の第1〜第3項(第1〜第3操作量成分u1_y,u2_y,u3_y)についても同様である。
なお、前記したように通常は(より詳しくは、前記重心速度制限部76のリミット処理部100での出力値V_x_lim2,V_y_lim2の強制的な制限が行なわれなかった場合)、制御用目標重心速度Vb_x_mdfd,Vb_y_mdfdは“0”である。そして、Vb_x_mdfd=Vb_y_mdfd=0となる通常の場合は、第3操作量成分u3_x,u3_yは、それぞれ、重心速度推定値Vb_x_s,Vb_y_sに第3ゲイン係数K3_x,K3_yを乗じた値に一致する。
姿勢制御演算部80は、上記の如く、仮想車輪回転角加速度指令ωwdot_x_cmd,ωwdot_y_cmdを算出した後、次に、これらのωwdot_x_cmd,ωwdot_y_cmdをそれぞれ積分器80fにより積分することによって、前記仮想車輪回転角速度指令ωw_x_cmd,ωw_y_cmdを決定する。
補足すると、式07xの右辺の第3項を、Vb_x_sに応じた操作量成分(=K3_x・Vb_x_s)と、Vb_x_mdfdに応じた操作量成分(=−K3_x・Vb_x_mdfd)とに分離した式によって、仮想車輪回転角加速度指令ωdotw_x_cmdを算出するようにしてよい。同様に、式07yの右辺の第3項を、Vb_y_sに応じた操作量成分(=K3_y・Vb_y_s)と、Vb_y_mdfdに応じた操作量成分(=−K3_y・Vb_y_mdfd)とに分離した式によって、仮想車輪回転角加速度指令ωdotw_y_cmdを算出するようにしてよい。
また、本実施形態では、車両系重心点の挙動を制御するための操作量(制御入力)として、仮想車輪62_x,62_yの回転角速度指令ωw_x_cmd,ωw_y_cmdを用いるようにしたが、例えば、仮想車輪62_x,62_yの駆動トルク、あるいは、この駆動トルクを各仮想車輪62_x,62_yの半径Rw_x,Rw_yで除算してなる並進力(すなわち仮想車輪62_x,62_yと床面との間の摩擦力)を操作量として用いるようにしてもよい。
以上が姿勢制御演算部80の処理の詳細である。
次に、空転抑制部81の処理の詳細を、図14〜図17を参照して説明する。
空転抑制部81は、本実施形態では、車輪体5の空転発生を検知し、空転が発生した場合には、基体9(及びシート3)の傾斜角度に応じて車輪体5の移動動作を抑制するよう、抑制係数λを決定する。
図14を参照して、空転抑制部81は、まず、STEP21の処理を実行する。この処理では、空転抑制部81は、車両1の倒立振子モデルの動力学を表現する前記式03x,03yを用いて、基体傾斜角度計測値θb_xy_sと仮想車輪回転角速度指令の前回値ωw_xy_cmd_pとから、基体傾斜角速度θbdot_xyの予測値θbdot_xy_expを算出する。
なお、以降の説明では、上記予測値θbdot_xy_expなど、変数(状態量)の予測値(予想値)を参照符号により表記する場合に、該変数の参照符号に、添え字“_exp”を付加する。
空転抑制部81は、STEP21において、図15のブロック図で示す処理を実行することによって、基体傾斜角速度予測値θbdot_xy_expを算出する。具体的には、空転抑制部81は、まず、基体傾斜角度計測値θb_xy_sに式03x,03y式の右辺第1項の係数α_xyを乗じてなる量を演算部81aで算出する。また、空転抑制部81は、遅延要素81bを介して入力される仮想車輪回転角速度指令の前回値ωw_xy_cmd_pを微分器81bで微分した後、この微分器81bの出力値に式03x,03y式の右辺第2項の係数β_xyを乗じるなる量を演算部81cで算出する。
そして、空転抑制部81は、演算部81aで算出された量と演算部81cで算出された量を演算部81dにて加え合わせることにより、基体傾斜角加速度予測値d2θb_xy_exp/dt2を算出する。さらに、空転抑制部81は、基体傾斜角加速度予測値d2θb_xy_exp/dt2を積分器81eで積分した後、この積分器81eの出力値を、位相補償機能を有するローカットフィルタ81fに入力する。このローカットフィルタ81fは、伝達関数がT・S/(1+T・S)により表されるフィルタである。そして、このローカットフィルタ81fの出力値が基体傾斜角速度予測値θbdot _xy_expとなる。
次いで、STEP22に進んで、空転抑制部81は、STEP21にて算出した基体傾斜角速度予測値θbdot_xy_expと、前記STEP2にて前記傾斜センサ52が取得した出力を基づいて算出した基体傾斜角速度計測値θbdot_xy_sとの差である基体傾斜角速度偏差θbdot_xy_dif(=θbdot_xy_exp−θbdot_xy_s)を算出する。
次いで、STEP23に進んで、空転抑制部81は、現在の処理モードが非空転モードか空転モードのいずれのモードであるかを判断する。
非空転モードは、車輪体5が空転していない場合のモードであり、抑制係数λは“1”であり、仮想車輪回転角速度指令ωw_xy_cmdを抑制しない。一方、空転モードは、車輪体5が空転している場合のモードであり、抑制係数λを“0”から“1”の範囲内で決定し、この抑制係数λを乗じて仮想車輪回転角速度指令ωw_xy_cmdを抑制する。
なお、制御ユニット50の起動時等に該制御ユニット50が初期化された状態での処理モード(初期処理モード)は、非空転モードである。
空転抑制部81は、上記STEP22において、現在の処理モードが非空転モードである場合と、空転モードである場合とで、それぞれ、次に、STEP24の処理、STEP25の処理を実行する。
STEP24における非空転モードの処理は、図16のフローチャートに示す如く実行される。具体的には、空転抑制部81は、まず、前記STEP22で算出した基体傾斜角速度偏差θbdot_x_difに関して|θbdot_x_dif|>DV1_xという条件が成立し、且つ、STEP21で遅延要素81bから出力された仮想車輪回転角速度指令の前回値ωw_x_cmd_pに関して|ωw_x_cmd_p|>DV2_xという条件が成立するか否かをSTEP24−1で判断する。
ここで、上記DV1_xは、予め設定された正の値の閾値(>0)である。そして、|θbdot_x_dif|>DV1_xであるということは、車両1のX軸方向における基体9の傾斜角速度θbdot_xが、制御ユニット50によるアクチュエータ装置7を介した仮想車輪62_xの駆動制御から予想される値θbdot_x_expと実際の値θbdot_x_sとの差の絶対値が閾値DV1_xより大きい状況を意味する。この状況は、X軸方向における基体9の姿勢が制御ユニット50による制御に反したものであり、その原因として、仮想車輪62_xの空転が含まれ得る。
また、上記DV2_xは、予め設定された正の値の閾値(>0)である。そして、|ωw_x_cmd_p|>DV2_xであるということは、制御ユニット50によるアクチュエータ装置7を介しての仮想車輪62_xの仮想車輪回転角速度指令の前回値ωw_x_cmd_pの絶対値が閾値DV2_xより大きい状況を意味する。この状況では、制御ユニット50による駆動制御が仮想車輪62_xを所定の回転角速度を超えて駆動させるものとなっている。例えば、静止又は静止に近い状態にある車両1にX軸方向に外力が加えられたとき、この外力によって仮想車輪62_xが回転した状態になるので、仮想車輪62_xが空転していない状態とみなすことが可能であっても、前記|θbdot_x_dif|>DV1_xの条件を満たす状況がある。そこで、前記|ωw_x_cmd_p|>DV2_xの条件を追加することで、仮想車輪62_xが空転しているとみなされるおそれ(以下、みなし空転のおそれという)があることを精度良く判断することが可能となる。
従って、STEP24−1の判断結果が肯定的になる状況は、仮想車輪62_xにみなし空転のおそれがある状況である。
STEP24−1の判断結果が否定的となる場合、すなわち、仮想車輪62_xにみなし空転のおそれがないと判断した場合には、空転抑制部81は、次に、STEP24−2の判断処理を実行する。空転抑制部81は、STEP24−2において、具体的には、まず、前記STEP22で算出した基体傾斜角速度偏差θbdot_y_difに関して|θbdot_y_dif|>DV1_yという条件が成立し、且つ、STEP21で遅延要素81bから出力された仮想車輪回転角速度指令の前回値ωw_y_cmd_pに関して|ωw_y_cmd_p|>DV2_yという条件が成立するか否かを判断する。
ここで、上記DV1_yは、予め設定された正の値の閾値(>0)である。そして、|θbdot_y_dif|>DV1_yであるということは、車両1のY軸方向における基体9の傾斜角速度θbdot_yが、制御ユニット50によるアクチュエータ装置7を介した仮想車輪62_yの駆動制御から予想される値θbdot_y_expと実際の値θbdot_y_sとの差の絶対値が閾値DV1_yより大きい状況を意味する。この状況は、Y軸方向における基体9の姿勢が制御ユニット50による制御に反したものであり、その原因として、仮想車輪62_yの空転が含まれ得る。
また、上記DV2_yは、予め設定された正の値の閾値(>0)である。そして、|ωw_y_cmd_p|>DV2_yであるということは、制御ユニット50によるアクチュエータ装置7を介しての仮想車輪62_yの仮想車輪回転角速度指令の前回値ωw_y_cmd_pの絶対値が閾値DV2_yより大きい状況を意味する。この状況では、制御ユニット50による駆動制御が仮想車輪62_yを所定の回転角速度を超えて駆動させるものとなっている。例えば、静止又は静止に近い状態にある車両1にY軸方向に外力が加えられたとき、この外力によって仮想車輪62_yが回転した状態になるので、仮想車輪62_yにみなし空転がなくとも、前記|θbdot_y_dif|>DV1_yの条件を満たす状況がある。そこで、前記|ωw_y_cmd_p|>DV2_yの条件を追加することで、仮想車輪62_yにみなし空転のおそれがあることを精度良く判断することが可能となる。
従って、STEP24−2の判断結果が肯定的になる状況は、仮想車輪62_yにみなし空転のおそれがある状況である。
なお、閾値DV1_y,DV2_yは、それぞれ閾値DV1_x,DV2_xよりも小さい値に設定することが好ましい。これにより、ドーナツ状である車輪体5の車輪径が小さいY軸方向の空転検知の感度がX軸方向よりも高まり、車両1の安定性を向上させることが可能となる。
STEP24−1又はSTEP24−2の判断結果が肯定的な場合、すなわち、仮想車輪62_x,62_yの少なくもいずれかにみなし空転が発生しているおそれがあると判断した場合には、空転抑制部81は、STEP24−3において、インクリメントカウンタのカウンタ値CNTに1を加える。このインクリメントカウントは、空転が発生しているおそれを検知した後の制御処理周期の経過回数を計数するカウンタである。
次いで、空転抑制部81は、インクリメントカウンタのカウント値CNTが閾値DV1_CNTよりも大きいか否かをSTEP24−4にて判断する。
ここで、上記DV1_CNTは、予め設定された正の値の閾値(>0)であり、空転判定カウント閾値である。そして、CNT>DV1_CNTであるということは、空転が発生しているおそれがあると判断された状態が予め定められた所定時間(=Δt・DV1_CNT)を越えて連続したことを意味し、空転が発生したことが確実的となる。
そこで、空転抑制部81は、STEP23−4の判断結果が肯定的である場合には、STEP24−5において、インクリメントカウンタのカウント値CNTを“0”にリセットし、STEP24−6において、処理モードを非空転モードから空転モードに変更して、図16の処理を終了する。
一方、STEP24−1及びSTEP24−2の判断結果が否定的な場合には、STEP24−7において、インクリメントカウンタのカウント値CNTを“0”にリセットして、図16の処理を終了する。なお、STEP24−2の判断結果が否定的となる場合には、処理モードは変更されないので、次回の制御処理周期においても、処理モードは、非空転モードに維持されることとなる。
以上が、STEP24の非空転モードの処理の詳細である。
次に、STEP25における空転モードの処理は、図17のフローチャートに示す如く実行される。具体的には、空転抑制部81は、まず、前記STEP22で算出した基体傾斜角速度偏差θbdot_x_difに関して|θbdot_x_dif|<DV1_xという条件が成立するか否かをSTEP24−1で判断する。
|θbdot_x_dif|<DV1_xであるということは、車両1のX軸方向における基体9の傾斜角速度θbdot_xが、制御ユニット50によるアクチュエータ装置7を介しての仮想車輪62_xの駆動制御から予想される値θbdot_x_expと実際の値θbdot_x_sと偏差θbdot_x_difの絶対値が閾値DV1_xより小さい状況を意味する。この場合、基体9の傾斜角が制御ユニット50によるX軸方向における姿勢制御の意図に合致又はほぼ合致しており、仮想車輪62_xにみなし空転のおそれは少ない。
従って、STEP25−1の判断結果が肯定的になる状況は、仮想車輪62_xにみなし空転のおそれが少ない状況である。
STEP25−1の判断結果が肯定的となる場合、すなわち、仮想車輪62_xにみなし空転のおそれが少ないと判断した場合には、空転抑制部81は、次に、STEP25−2の判断処理を実行する。具体的には、空転抑制部81は、STEP25−2において、まず、前記STEP22で算出した基体傾斜角速度偏差θbdot_y_difに関して|θbdot_y_dif|<DV1_yという条件が成立するか否かを判断する。
|θbdot_y_dif|<DV1_yであるということは、車両1のY軸方向における基体9の傾斜角速度θbdot_yが、制御ユニット50によるアクチュエータ装置7を介しての仮想車輪62_yの駆動制御から予想される値θbdot_y_expと実際の値θbdot_y_sと偏差θbdot_y_difの絶対値が閾値DV1_yより小さい状況を意味する。この場合、基体9の傾斜角が制御ユニット50によるY軸方向における姿勢制御の意図に合致又はほぼ合致しており、仮想車輪62_yにみなし空転のおそれが少ない状況である。
従って、STEP25−2の判断結果が肯定的になる状況は、仮想車輪62_yにみない空転のおそれが少ない状況である。
STEP25−2の判断結果が肯定的な場合、すなわち、仮想車輪62_x,62_yのいずれもみなし空転のおそれが少ないと判断した場合には、空転抑制部81は、STEP25−3において、インクリメントカウンタのカウンタ値CNTに1を加える。このインクリメントカウントは、空転の解消の可能性を検知した後の制御処理周期の経過回数を計数するカウンタである。
次いで、空転抑制部81は、インクリメントカウンタのカウント値CNTが閾値DV2_CNTよりも大きいか否かをSTEP24−4にて判断する。
ここで、上記DV2_CNTは、予め設定された正の値の閾値(>0)であり、非空転(接地)判定カウント閾値である。そして、CNT>DV2_CNTであるということは、仮想車輪62_x,62_yにみなし空転のおそれが少ないと判断された状態が予め定められた所定時間(=Δt・DV2_CNT)を越えて連続したことを意味し、空転が解消したことが確実的となる。
そこで、空転抑制部81は、STEP23−4の判断結果が肯定的である場合には、STEP25−5において、インクリメントカウンタのカウント値CNTを“0”にリセットし、STEP25−6において、処理モードを空転モードから非空転モードに変更して、図17の処理を終了する。
一方、STEP25−1又はSTEP25−2の判断結果が否定的な場合には、STEP25−7において、インクリメントカウンタのカウント値CNTを“0”にリセットして、図17の処理を終了する。なお、STEP25−1又はSTEP25−2の判断結果が否定的となる場合には、処理モードは変更されないので、次回の制御処理周期においても、処理モードは、空転モードに維持されることとなる。
以上が、STEP25の空転モードの処理の詳細である。
図14の説明に戻って、空転抑制部81は、上記の如くSTEP24の非空転モードの処理を実行した後、抑制係数λを“1”に決定すると共に、STEP27のフィルタリング処理におけるフィルタ時定数Tを決定する処理をSTEP26にて実行する。この場合、フィルタ時定数Tを比較的短い時定数Ta、例えば0.01秒に決定する。
一方、空転抑制部81は、上記の如くSTEP25の空転モードの処理を実行した後、次に、抑制係数λを“0”から“1”の範囲内にて決定すると共に、後述するSTEP28のフィルタリング処理におけるフィルタ時定数Tを決定する処理をSTEP27にて実行する。
まず、空転抑制部81は、抑制係数λの候補値である暫定抑制係数λ_xy_tempを決定する処理をSTEP27−1にて行なう。具体的には、空転抑制部81は、次式11x,11yにより、暫定抑制係数λ_xy_tempを算出する。
λ_x_temp=A_x・|θb_x_s|+B_x ……式11x
λ_y_temp=A_y・|θb_y_s|+B_y ……式11y
ここで、式11x,11yにおけるA_x,A_yは、それぞれ、予め設定された負の定数値(<0)であり、B_x,B_yは、それぞれ、予め設定された正の定数値(>0)である。従って、基体傾斜角度計測値θb_xy_sの絶対値が大きいほど、すなわち基体9の傾斜が大きいほど、暫定抑制係数λ_xy_tempは小さくなり、基体傾斜角度計測値θb_xy_sが0である場合、すなわち基体9が傾斜していない場合、暫定抑制係数λ_xy_tempがB_xyで最大となる。
なお、A_xy,B_xyは、基体傾斜角度計測値θb_xy_sの絶対値が所定角度θth1_xy、例えばθb_x_sが10度、θb_y_sが5度のとき、暫定抑制係数λ_xy_tempが“0”となるように設定されている。すなわち、基体傾斜角度計測値θb_xy_sの絶対値が所定角度θth1_xyを超えると、暫定抑制係数λ_xy_tempは負の値(<0)になる。このように、暫定抑制係数λ_xy_tempが負の値になる境界における基体傾斜角度計測値θb_xy_sの絶対値が、X軸方向よりもY軸方向のほうが大きくなっている。これにより、ドーナツ状である車輪体5の車輪径が小さいY軸方向の空転検知の感度がX軸方向よりも高まり、車両1の安定性を向上させることが可能となる。
また、A_xy,B_xyは、基体傾斜角度計測値θb_xy_sの絶対値が所定角度θth2_xy、例えばθb_x_sが2度、θb_y_sが1度のとき、暫定抑制係数λ_xy_tempが“1”となるように設定されている。すなわち、基体傾斜角度計測値θb_xy_sの絶対値が所定角度θth1_xy未満であると、暫定抑制係数λ_xy_tempは1を超える値(>1)になる。このように、暫定抑制係数λ_xy_tempが“1”となる境界における基体傾斜角度計測値θb_xy_sの絶対値が、X軸方向よりもY軸方向のほうが小さくなっている。これにより、ドーナツ状である車輪体5の車輪径が小さいY軸方向の空転検知の感度がX軸方向よりも高まり、車両1の安定性を向上させることが可能となる。ただし、基体傾斜角度計測値θb_x_s,θb_y_sの絶対値が所定の同じ角度、例えば0度のとき、暫定抑制係数λ_xy_tempが“1”となるように、A_xy,B_xyを設定してもよい。
次に、空転抑制部81は、STEP27−1にて算出した暫定抑制係数λ_xy_tempを用いて、抑制係数λを決定する処理をSTEP27−2にて行なう。具体的には、空転抑制部81は、暫定抑制係数λ_x_temp,λ_y_tempのうちの小さいほうの値min(λ_x_temp,λ_y_temp)を、抑制係数λとして仮決定する。そして、この仮決定した抑制係数λの値が“0”から“1”の範囲になるように(0<=λ<=1)リミッタを通してなる値を、抑制係数λの今回値として決定する。この場合、リミッタは、抑制係数λが過大や過小になるのを防止するためのものであり、仮決定した抑制係数λの値が“0”から“1”の範囲である場合には、その抑制係数λの値をそのまま今回値として出力する。しかし、リミッタは、仮決定した抑制係数λの値が“0”未満である場合には、“0”を抑制係数λの今回値として出力し、仮決定した抑制係数λの値が“1”を超える場合には、“1”を抑制係数λの今回値として出力する。
このようにして、基体傾斜角度計測値θb_x_sの絶対値が所定角度θth1_x以上である場合、又は基体傾斜角度計測値θb_y_sの絶対値が所定角度θth1_y以上である場合、抑制係数λの今回値は“0”に決定される。また、基体傾斜角度計測値θb_x_sの絶対値が所定角度θth2_x以下である場合、又は基体傾斜角度計測値θb_y_sの絶対値が所定角度θth21_y以下である場合、抑制係数λの今回値は“1”に決定される。
次いで、空転抑制部81は、後述するSTEP28のフィルタリング処理におけるフィルタ時定数Tを決定する処理をSTEP27−3にて実行する。この場合、フィルタ時定数Tを比較的長い時定数Tb、例えば0.1秒に決定する。
そして、空転抑制部81は、STEP26又はSTEP27の処理を実行した後、STEP26又はSTEP27で決定した抑制係数λをフィルタに入力する処理(フィルタリング処理)をSTEP28にて実行する。
ここで、抑制係数λを入力するフィルタは、特に、処理モードが空転モードと非空転モードと間で変更された直後に、抑制係数λの大きさがステップ状に急変するのを防止するための一次遅れ特性のローパスフィルタである。そして、処理モードが空転モードから非空転従モードに変更された場合、STEP26で決定されたフィルタ時定数Tは比較的短い時定数Taに設定されているので、抑制係数λが急変する空転モードから非空転モードに変更された直後以外の状況ではフィルタの出力値が抑制係数λ、即ち“1”に一致又はほぼ一致するようになっている。一方、処理モードが非空転モードから空転モードに変更された場合、STEP27−3で決定されたフィルタ時定数Tは比較的長い時定数Tbに設定されているので、非空転モードから空転モードに変更され抑制係数λが急変しても、フィルタの出力値が急変しないようになっている。
STEP28の処理を実行して、図14の処理を終了する。
以上が空転抑制部81の処理の詳細である。
以上説明した空転抑制部81の処理によって、抑制係数λは、以下のような態様で決定されることとなる。
例えば、現在の処理モードが非空転モードであるとすると、前記STEP24−1又はSTEP24−2の判断結果が否定的となると、処理モードは非空転モードに維持され、抑制係数λは“1”から変更されない(STEP26)。そのため、前記姿勢制御演算部80から出力された仮想車輪回転角速度指令ωw_xy_cmdの値がそのまま、前記モータ指令演算部82に入力される。
一方、前記STEP24−1且つSTEP24−2の判断結果が否定的であり、その状態が予め定められた所定時間(=Δt・DV1_CNT)を越えて連続すると(STEP24−4:YES)、処理モードが空転モードに変更される。そして、STEP27で抑制係数λの変更が行なわれ、STEP28でフィルタリング処置された後、抑制係数λは空転抑制部81から出力される。このとき出力される抑制係数λは“0”から“1”の範囲であり、この抑制係数λの値に応じて、前記姿勢制御演算部80からの出力された仮想車輪回転角速度指令ωw_xy_cmdの値が前記演算部83で抑制されて、前記モータ指令演算部82に入力される。
STEP27で決定される抑制係数λの値は、基体傾斜角度θb_xyの絶対値が大きいほど小さくなるように設定される。そのため、基体9の傾斜が大きくほど、より早急に空転の解消を図ることができる。ところで、車輪体5がドーナツ形状であるため、車両1の移動速度は、X軸方向よりもY軸方向のほうが遅い。そこで、STEP27で決定される抑制係数λの値は、X軸方向における基体傾斜角度θb_xの絶対値に対応して変化する抑制係数λの変化率|A_x|よりも、Y軸方向における基体斜角度θb_yの絶対値に対応して変化する抑制係数λの変化率|A_y|の方を大きくしている。これにより、移動速度の遅いY軸方向の基体9の傾斜が大きくなった場合、移動速度の速いX軸方向の基体9の傾斜が大きくなった場合に比べて、より早急に空転の解消を図ることが可能となり、車両1をより早急に安定化することができる。
そして、処理モードが空転モードであるとき、前記STEP25−1且つSTEP25−2の判断結果が肯定的であり、その状態が予め定められた所定時間(=Δt・DV2_CNT)を越えて連続すると(STEP25−4:YES)、処理モードが非空転モードに変更され、抑制係数λは“1”に戻る(STEP26)。
以上が空転抑制部81の演算処理の詳細である。
図9の説明に戻って、制御ユニット50は、次に、前記姿勢制御演算部80で決定した仮想車輪回転角速度指令ωw_x_cmd,ωw_y_cmdに空転抑制部81で決定した抑制係数λを乗じた値を前記演算部83で算出する。そして、制御ユニット50は、空転発生の有無に応じて演算部83で抑制された仮想車輪回転角速度指令ωw_x_cmd,ωw_y_cmdをモータ指令演算部82に入力し、該モータ指令演算部82の処理を実行することによって、電動モータ31Rの速度指令ω_R_cmdと電動モータ31Lの速度指令ω_L_cmdとを決定する。このモータ指令演算部82の処理は、前記リミット処理部86(図11参照)のXY−RL変換部86bの処理と同じである。
具体的には、モータ指令演算部82は、前記式01a,01bのωw_x,ωw_y,ω_R,ω_Lをそれぞれ、ωw_x_cmd,ωw_y_cmd,ω_R_cmd,ω_L_cmdに置き換えて得られる連立方程式を、ω_R_cmd,ω_L_cmdを未知数として解くことによって、電動モータ31R,31Lのそれぞれの速度指令ω_R_cmd,ω_L_cmdを決定する。
以上により前記STEP9の車両制御演算処理が完了する。
以上説明した如く制御ユニット50が制御演算処理を実行することによって、前記搭乗モード及び自立モードのいずれの動作モードにおいても、基本的には、シート3及び基体9の姿勢が、前記基体傾斜角度偏差計測値θbe_x_s,θbe_y_sの両方が“0”となる姿勢(以下、この姿勢を基本姿勢という)に保たれている状態では、車両系重心点が静止するように操作量(制御入力)としての仮想車輪回転角加速度指令ωdotw_xy_cmdが決定される。そして、シート3及び基体9の姿勢を前記基本姿勢に対して傾けると、換言すれば、車両系重心点(車両・乗員全体重心点又は車両単体重心点)の水平方向位置を、車輪体5の接地面のほぼ真上に位置する状態から変位させると、シート3及び基体9の姿勢を基本姿勢に復元させるように(θbe_x_s,θbe_y_sを“0”に近づけるか、もしくは“0”に保持するように)、仮想車輪回転角加速度指令ωdotw_xy_cmdが決定される。
そして、ωdotw_xy_cmdの各成分を積分してなる仮想車輪回転角速度指令ωw_xy_cmdを変換してなる電動モータ31R,31Lのそれぞれの回転角速度が、電動モータ31R,31Lの速度指令ω_R_cmd,ω_L_cmdとして決定される。さらに、その速度指令ω_R_cmd,ω_L_cmdに従って、各電動モータ31R,31Lの回転速度が制御される。ひいては車輪体5のX軸方向及びY軸方向のそれぞれの移動速度が、ωw_x_cmdに対応する仮想車輪62_xの移動速度と、ωw_y_cmdに対応する仮想車輪62_yの移動速度とに各々一致するように制御される。
このため、例えば、Y軸周り方向で、実際の基体傾斜角度θb_xが目標値θb_x_objから前傾側にずれると、そのずれを解消すべく(θbe_x_sを“0”に収束させるべく)、車輪体5が前方に向かって移動する。同様に、実際のθb_xが目標値θb_x_objから後傾側にずれると、そのずれを解消すべく(θbe_x_sを“0”に収束させるべく)、車輪体5が後方に向かって移動する。
また、例えば、X軸周り方向で、実際の基体傾斜角度θb_yが目標値θb_y_objから右傾側にずれると、そのずれを解消すべく(θbe_y_sを“0”に収束させるべく)、車輪体5が右向きに移動する。同様に、実際のθb_yが目標値θb_y_objから左傾側にずれると、そのずれを解消すべく(θbe_y_sを“0”に収束させるべく)、車輪体5が左向きに移動する。
さらに、実際の基体傾斜角度θb_x,θb_yの両方が、それぞれ目標値θb_x_obj,θb_y_objからずれると、θb_xのずれを解消するための車輪体5の前後方向の移動動作と、θb_yのずれを解消するための車輪体5の左右方向の移動動作とが合成され、車輪体5がX軸方向及びY軸方向の合成方向(X軸方向及びY軸方向の両方向に対して傾斜した方向)に移動することとなる。
このようにして、シート3及び基体9の姿勢が前記基本姿勢から傾くと、その傾いた側に向かって、車輪体5が移動することとなる。従って、例えば前記搭乗モードにおいて、乗員が意図的にその上体をシート3及び基体9と共に傾けると、その傾けた側に、車輪体5が移動することとなる。なお、本実施形態では、後述する理由によって、シート3及び基体9を基本姿勢から傾けた場合における車両系重心点の水平面内の移動方向(Z軸に直交する方向での移動方向)と、車輪体5の移動方向とは必ずしも一致しない。
そして、車輪体5の移動時(車両1全体の移動時)において、シート3及び基体9の姿勢を、基本姿勢から傾けた一定の姿勢(基体傾斜角度偏差計測値θbe_xy_sが一定となる姿勢)に保持すると、車両系重心点の移動速度(ひいては車輪体5の移動速度)は、制御用目標重心速度Vb_xy_mdfdと一定の偏差を有し、且つ、その偏差が基体傾斜角度偏差計測値θbe_xy_sに依存するものとなる移動速度に収束する。
Vb_x_mdfd,Vb_x_mdfdが“0”に保たれる状況において、シート3及び基体9の姿勢を、基本姿勢から傾けた一定の姿勢に保持した場合には、前記したように、定常状態において、車両系重心点の移動速度(ひいては車輪体5の移動速度)は、基体傾斜角度偏差計測値θbe_xy_sに依存する大きさ及び向きを有する移動速度に収束することとなる。
そして、制御ユニット50により移動動作が制御される車輪体(移動動作部)5の移動運動状態に基づいて算出した基体傾斜角速度予測値θbdot_xy_expと、傾斜センサ52の出力が示す基体傾斜角速度計測値θbdot_xy_sとの差である基体傾斜角速度偏差θbdot_xy_difに少なくとも基づいて、空転抑制部81は車輪体5の空転発生を検知する。
制御ユニット50により移動動作が制御される車輪体5の移動動作に応じて基体傾斜角速度θbdot_xyは変化するため、その制御結果としての基体傾斜角速度予測値基体傾斜角速度予測値θbdot_xy_expを算出することができる。
そして、制御ユニット50で意図した通りに車輪体5が移動動作していれば、基体傾斜角速度計測値θbdot_xy_sと基体傾斜角速度予測値θbdot_xy_expとの間に差は生じず、基体傾斜角速度偏差θbdot_xy_difの絶対値は“0”又は閾値DV1_xyより小さい微小な値となる。しかし、車輪体5に空転が発生した場合には、制御ユニット5で意図した通りに車輪体5が移動動作せず、基体傾斜角速度計測値θbdot_xy_sと基体傾斜角速度予測値θbdot_xy_expとの間に差が生じ、基体傾斜角速度偏差θbdot_xy_difの絶対値は閾値DV1_xyより大きな値となる。そこで、基体傾斜角速度偏差θbdot_xy_difに基づいて、車輪体5に空転が発生したおそれを判断することが可能となる。従って、空転抑制部81は、基体傾斜角速度偏差θbdot_xy_difに少なくとも基づいて、車輪体5の空転発生を検知することができる。
さらに、上記特許文献4に記載されたスリップ検知とは異なり、移動動作部の構成に拘わらず、空転が発生したおそれを判断することが可能である。さらに、基体傾斜角速度θbdot_xyに影響を及ぼす移動動作部で空転が発生したおそれを検知することが可能であるので、旋回時の他、直進時などの空転も検知することができる。
そして、例えば、静止又は静止に近い状態にある車両1に外力が加えられ、この外力によって車輪体5が移動したとき、車輪体5に空転が発生していなくとも、基体傾斜角速度偏差θbdot_xy_difが閾値DV1_xyより大きな値となることがある。そこで、仮想車輪回転角速度指令の前回値ωw_xy_cmd_pの絶対値が閾値DV2_xyより小さい場合には、車輪体5に空転が発生していないと判断する。これにより、車輪体5に空転が発生したことを精度良く検知することが可能となる。
ここで、本実施形態の車両1と本発明との対応関係を補足しておく。
本実施形態では、シート3(搭乗部)が、本発明における傾動部に相当する。
また、傾斜センサ52と図7のSTEP2の処理とによって、本発明における傾斜角度計測手段が実現される。この場合、基体傾斜角度計測値θb_xy_sが傾動部としてのシート3の傾斜角度の計測値に相当し、基体傾斜角速度計測値θbdot_xy_sが傾動部としてのシート3の傾斜角速度の計測値に相当する。
また、制御ユニット10によって本発明における移動動作部制御手段が実現され、該制御ユニット10が実行する前記STEP4〜10の処理が本発明における制御処理に相当する。そして、前記仮想車輪回転角加速度指令ωdotw_xy_cmdが、本発明における制御用操作量に相当する。
また、前記空転抑制部81により本発明における空転検知手段が実現され、該空転抑制部81が実行する前記STEP21,22の処理を行なう手段が本発明における基体傾斜角速度予測値算出手段に相当する。そして、基体傾斜角速度予測値θbdot_xy_expが本発明における傾動部としてのシート3の傾斜角速度の予測値に相当し、基体傾斜角速度偏差θbdot_x_difが本発明における傾動部としてのシート3の傾斜角速度の計測値と予測値との差に相当する。前記式03x,03yが本発明における車両のモデルに相当する。
また、閾値DV2_xyが本発明における移動動作部の回転角速度と比較する所定の閾値に相当する。
次に、以上説明した実施形態に係わる変形態様に関していくつか説明しておく。
前記実施形態では、仮想車輪回転角速度指令ωw_x_cmd,ωw_y_cmdに対する抑制係数λを共通なものとしたが、これに限られるものではない。例えば、暫定抑制係数λ_x_temp,λ_y_tempにリミッタ処理及びフィルタリング処理を行った値を、それぞれ仮想車輪回転角速度指令ωw_x_cmd,ωw_y_cmdに対する抑制係数としてもよい。
また、前記実施形態では、仮想車輪62_x,62_yのいずかにおいてのみに空転が発生したことを検知した場合、仮想車輪62_x,62_yに関する仮想車輪回転角速度指令ωw_xy_cmdを共に抑制するものとしたが、これに限られるものではない。例えば、空転が発生した仮想車輪62_x,62_yに関する仮想車輪回転角速度指令ωw_xy_cmdのみを抑制してもよい。
また、前記実施形態では、STEP21において、仮想車輪回転角速度指令の前回値ωw_xy_cmd_pを微分器81bで微分した出力値を演算部81cに入力するものとしたが、これに限られるものではない。例えば、STEP9で決定した仮想車輪回転角加速度指令ωwdot_xy_cmdの前回値ωwdot_xy_cmd_pを演算部81cに入力してもよい。
また、前記実施形態では、STEP22において、傾斜センサ52が取得した出力を基づいて算出した基体傾斜角速度計測値θbdot_xy_sを用いて、基体傾斜角速度偏差θbdot_xy_dif(=θbdot_xy_exp−θbdot_xy_s)を算出したが、これに限られるものではない。例えば、演算により求めた基体傾斜角速度予測値θbdot_xy_expを用いて、基体傾斜角速度偏差θbdot_xy_dif(=θbdot_xy_exp−θbdot_xy_s)を算出してもよい。具体的には、基体傾斜角速度θbdot_xyの初期値を予め計測などにより得ておき、式03x,03yに基づいて算出した基体傾斜角加速度予測値d2θb_xy_exp/dt2を積分することにより、基体傾斜角速度予測値θbdot_xy_expを算出すればよい。ただし、この場合、積分誤差の蓄積のため、基体傾斜角速度θbdot_xyの精度が劣る。
また、前記実施形態では、STEP22で算出した基体傾斜角速度偏差θbdot_xy_dif(=θbdot_xy_exp−θbdot_xy_s)と閾値DV1_xyと比較して、仮想車輪62_x,62_yに空転が発生したおそれを検知したものとしたが、これに限られるものではない。例えば、基体傾斜角速度計測値θbdot_xy_sを基体傾斜角速度予測値θbdot_xy_expで除算した値(=θbdot_xy_s/θbdot_xy_exp)を閾値と比較して、仮想車輪62_x,62_yに空転が発生したおそれを検知してもよい。また、STEP21で算出した基体傾斜角加速度予測値d2θb_xy_exp/dt2と、傾斜センサ52の出力値が示す基体9の傾斜角加速度との偏差を閾値と比較して、仮想車輪62_x,62_yに空転が発生したおそれを検知してもよい。ただし、この場合、計測時のノイズ等により、検知精度が劣る。
また、前記実施形態では、図1及び図2に示した構造の車両1を例示したが、本発明における倒立振子型車両1は、本実施形態で例示した車両に限られるものではない。
具体的には、本実施形態の車両1の移動動作部としての車輪体5は一体構造のものであるが、例えば、前記特許文献3の図10に記載されているような構造のものであってもよい。すなわち、剛性を有する円環状の軸体に、複数のローラをその軸心が該軸体の接線方向に向くようにして回転自在に外挿し、これらの複数のローラを軸体に沿って円周方向に配列させることによって、車輪体を構成してもよい。
さらに移動動作部は、例えば、特許文献2の図3に記載されているようなクローラ状の構造のものであってもよい。
あるいは、例えば、前記特許文献2の図5、特許文献3の図7、もしくは特許文献1の図1に記載されているように、移動動作部を球体により構成し、この球体を、アクチュエータ装置(例えば前記車輪体5を有するアクチュエータ装置)によりX軸周り方向及びY軸周り方向に回転駆動するように車両を構成してもよい。
また、本実施形態では、傾動部としてシート3を備えた車両1を例示したが、本発明における倒立振子型車両は、例えば特許文献3の図8に見られるように、乗員が両足を載せるステップと、そのステップ上で起立した乗員が把持する部分とを傾動部として基体に組付けた構造の車両であってもよい。
このように本発明は、前記特許文献1〜3等に見られる如き、各種の構造の倒立振子型車両に適用することが可能である。
さらには、本発明における倒立振子型車両は、床面上を全方向に移動可能な移動動作部を複数(例えば、左右方向に2つ、あるいは、前後方向に2つ、あるいは、3つ以上)備えていてもよい。
また、本発明における倒立振子型車両は、傾動部を1軸周り(例えば車両に搭乗した乗員の左右方向の軸周り)だけ、傾動自在とし、その傾動に応じて車両を乗員の前後方向に移動させるような形態の倒立振子型車両であってもよい。
また、前記実施形態の倒立振子型車両では、傾動部として、乗員の搭乗部(シート)3を備えた車両であるが、乗員の搭乗部3の代わりに、荷物等の運搬対象物体を搭載する搭載部を備えたものであってもよい。この場合には、搭載部に運搬対象物を搭載した状態で、前記搭乗モードと同様の制御処理を実行し、該運搬対象物を搭載していない状態で、前記自立モードと同様の制御処理を実行するようにすればよい。また、傾動部として、ロボットの上半身部分等を備えた車両であってもよい。