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JP5061394B2 - 表面被覆切削工具 - Google Patents

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Description

本発明は、基材上に被覆層を形成した表面被覆切削工具に関し、特に高温での安定性に優れるとともに、刃先のチッピングを抑制することにより工具寿命を長期化させた表面被覆切削工具に関する。
表面被覆切削工具を構成する基材には、基材の表面保護を目的とするとともに耐摩耗性や靭性等の諸特性の更なる向上を目的として、基材の表面を各種の被覆層で被覆することが古くから行なわれてきた。最近の表面被覆切削工具の動向として、地球環境保全の観点から切削油剤を用いないドライ加工が求められていること、被削材が多様化していること、および加工効率を一層向上させるため切削速度や送り速度がより高速になってきていることなどの理由から、切削加工時の表面被覆切削工具の刃先温度はますます高温に曝される傾向にある。その結果、表面被覆切削工具の工具寿命が短くなるため、表面被覆切削工具を構成する材料に要求される特性は厳しくなる一方である。
そこで、表面被覆切削工具の長寿命化のために表面被覆切削工具を構成する材料に要求される特性としては、基材上に形成される被覆層の高温時の安定性(被覆層の耐酸化性や密着性)は勿論のこと、被覆層の耐摩耗性や潤滑性も重要となっている。
表面被覆切削工具の耐摩耗性の改善のため、WC基超硬合金、サーメット、高速度鋼などの基材上に、TiAlNからなる層を単層または複数層積層して、被覆膜を形成することはよく知られている。しかしながら、最近の高速加工およびドライ加工においては、TiAlNのみからなる被覆膜では長寿命の表面被覆切削工具を得ることができないのが現状である。
そこで、表面被覆切削工具のさらなる長寿命化を達成するため、特許文献1には従来より用いられてきたTiAlNからなる被覆層に代えて、AlとCrとVとNとを含む被覆層を形成することにより高温時の安定性に優れた表面被覆切削工具が開示されている。しかしながら、AlとCrとVとNとを含む被覆層は、高温時の安定性を向上させる上での効果はあるものの、被覆層に大きな残留応力を有する傾向にあるため、基材と被覆層との密着性が劣るという課題を有しており、しかも耐摩耗性あるいは耐剥離性が不十分であるという問題もあった。
そこで、被覆層に含まれる残留応力をより低減すべく、たとえば特許文献2にはAlとCrとNとを含むAlCrN層と、TiとAlとSiとNとを含むTiAlSiN層とを交互に積層させた構造の被覆層が開示されている。
特開2003−34859号公報 国際公開第2006/070730号パンフレット
特許文献2に開示されている表面被覆切削工具により、被覆層の残留応力の問題はほぼ解決されているが、次のような新たな問題点が存在した。すなわち、AlCrN層と、TiAlSiN層との交互層から構成される被覆層は、積層される各層が柱状組織の結晶構造を有するものであり、確かに特許文献1のように被覆層全体を単一の層で形成した場合に比べると被覆層の結晶構造は微細化される傾向を示すものの、未だ被覆層の結晶構造が十分に微細化されていないため、切削加工時に被覆層に発生するクラックの進展を十分に抑制することができず、刃先のチッピングを誘発し、結果として表面被覆切削工具の工具寿命を低下させるという問題があった。
そこで、被覆層に発生するクラックの進展の問題を解決するため、表面被覆切削工具にさらに高い負荷が適用されるような条件下では、被覆層を構成する各層の結晶構造をさらに微細化することが求められている。
本発明は、上記のような状況に鑑みなされたものであって、その目的とするところは、高温での安定性に優れるとともに、刃先のチッピングを抑制することにより工具寿命を長期化させた表面被覆切削工具を提供することにある。
本発明の表面被覆切削工具は、基材と基材の表面上に形成された被覆層とを含むものであって、被覆層は、A層とB層とが交互にそれぞれ1層以上積層された交互層を含み、A層は、Al(アルミニウム)とCr(クロム)とを含み、Vを含まない窒化物からなり、A層を構成する金属原子の総数を1としたときのCrの原子数比が0.05よりも大きく0.4以下であり、B層は、Al(アルミニウム)とV(バナジウム)とを含み、Crを含まない窒化物からなり、B層を構成する金属原子の総数を1としたときのVの原子数比が0.05以上0.4以下であることを特徴とする。
ここで、A層の厚みおよびB層の厚みはそれぞれ1nmよりも大きく200nm以下であることが好ましい。
また、被覆層中のCrの原子数比とVの原子数比とが実質的に同じであることが好ましい。
また、被覆層の最下層は、A層であってもよく、またB層であっても差し支えない。
また、交互層においてA層とB層とは、中間遷移層を挟んで積層されており、中間遷移層の組成が中間遷移層に接する下層の組成から中間遷移層に接する上層の組成へと厚み方向に連続的に変化することが好ましい。
また、被覆層は、−8GPa以上0GPa以下の平均残留応力を有していることが好ましい。
また、被覆層の残留応力は、被覆層の厚み方向において変化し、基材から遠ざかるにしたがって被覆層の残留応力の絶対値が大きくなることが好ましい。
また、被覆層の結晶構造は、立方晶であることが好ましい。
また、被覆層の最上層に、CrおよびVの少なくとも一方と、Alと、を含むAlを主成分とする酸化物からなるC層を含む場合には、C層を構成する金属原子の総数を1としたときのCrとVとを合計した原子数の比が0よりも大きく0.4以下であることが好ましい。なお、Alを主成分とする酸化物からなるC層における「主成分」は、C層を構成する金属のうちAlが最も多く含まれることを意味する。
また、C層はYをさらに含み、C層を構成する金属原子の総数を1としたときのYの原子数の比が0.01よりも大きく0.1以下であることが好ましい。
本発明によれば、高温での安定性に優れるとともに刃先のチッピングを抑制することにより工具寿命が長期化した表面被覆切削工具を提供することができる。
本発明の表面被覆切削工具の一例を示す模式的な拡大断面図である。 本発明の表面被覆切削工具の他の一例を示す模式的な拡大断面図である。 カソードアークイオンプレーティング装置の模式的な側面図である。 図3に示すカソードアークイオンプレーティング装置の模式的な上面図である。 本発明の表面被覆切削工具の他の一例を示す模式的な拡大断面図である。 本発明の表面被覆切削工具の他の一例を示す模式的な拡大断面図である。 カソードアークイオンプレーティング−スパッタリング複合装置の模式的な上面図である。
以下、本発明についてさらに詳細に説明する。なお、以下の実施の形態の説明では、図面を用いて説明しているが、本願の図面において同一の参照符号を付したものは、同一部分または相当部分を示している。
<表面被覆切削工具>
図1に、本発明の表面被覆切削工具の一例の模式的な拡大断面図を示す。図1に示す構成の表面被覆切削工具10は、基材5と、基材5の表面上にA層12とB層13とが交互にそれぞれ1層以上積層された交互層14を含む被覆層11とから構成されている。
図2に、本発明の表面被覆切削工具の他の一例の模式的な拡大断面図を示す。図2に示す構成の表面被覆切削工具10は、基材5と、基材5の表面上にB層13とA層12とが交互にそれぞれ1層以上積層された交互層14を含む被覆層11とから構成されている。
ここで、基材5と被覆層11とを基本的構成とする本発明の表面被覆切削工具10は、たとえばドリル、エンドミル、フライス加工用刃先交換型切削チップ、旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップ、またはクランクシャフトのピンミーリング加工用チップ等として極めて有用に用いることができる。
<基材>
本発明の表面被覆切削工具10の基材5は、基材5の材料として知られる従来公知のものを特に限定なく使用することができる。たとえば、超硬合金(たとえばWC基超硬合金、WCの他、Coを含み、あるいはさらにTi、Ta、Nb等の炭窒化物等を添加したものも含む)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの)、高速度鋼、セラミックス(炭化チタン、炭化硅素、窒化硅素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウム、およびこれらの混合体など)、立方晶型窒化硼素焼結体、ダイヤモンド焼結体等を基材5の例として挙げることができる。なお、基材5に超硬合金を使用する場合、組織中に遊離炭素やη相と呼ばれる異常相を含んでいても本発明の効果は示される。
なお、基材5は表面が改質されたものであっても差し支えない。たとえば、基材5に超硬合金を用いる場合には、基材5の表面に脱β層が形成されていてもよく、基材5にサーメットを用いる場合には基材5の表面に硬化層が形成されていてもよく、基材5の表面が改質されていても本発明の効果は示される。
<被覆層>
本発明の表面被覆切削工具10の基材5の表面上に形成される被覆層11は、A層12とB層13とが交互にそれぞれ1層以上積層された交互層14を含むことを特徴とする。本発明の表面被覆切削工具10を構成する被覆層11は、A層12とB層13とを交互に積層した交互層14を含む限り、交互層14以外に他の層を含んでいても差し支えない。ここで、他の層の積層配置は特に限定されず、基材5と交互層14との間に形成することができるとともに交互層14上に形成することもでき、基材5上に直接形成することも勿論可能である。
本発明の表面被覆切削工具10を構成する被覆層11は、基材5の全面を被覆するもののみに限られるものではなく、部分的に被覆層11が形成されていない態様も含み、さらに部分的に被覆層11の一部の積層構成が異なっている態様をも含むものとする。
また、被覆層11の厚み(被覆層11全体の厚み)は、0.5μm以上20μm以下であることが好ましい。被覆層11全体の厚みが0.5μm未満である場合には、被覆層11の厚みが薄すぎて表面被覆切削工具10の工具寿命が短くなる傾向にあり、被覆層11の厚みが20μmを超えると切削初期の段階で被覆層11がチッピングしやすくなって表面被覆切削工具10の工具寿命が短くなる傾向にある。
また、表面被覆切削工具10の工具寿命を向上させ、被覆層11のチッピングを抑制する観点からは、被覆層11全体の厚みの上限は15μm以下であることがより好ましく、さらに好ましくは8μm以下である。
また、同様に、表面被覆切削工具10の工具寿命を向上させ、被覆層11のチッピングを抑制する観点からは、被覆層11全体の厚みの下限は1μm以上であることが好ましく、さらに好ましくは1.5μm以上である。
なお、本発明においては、被覆層11全体の厚みおよび後述の各層の厚みならびに積層数は、いずれも本発明の表面被覆切削工具10を切断し、表面被覆切削工具10の断面を走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)または透過型電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)を用いて観察することにより求めることができる。また、被覆層11を構成する各層の組成は、X線光電子分光分析装置(XPS:X-ray photoelectron spectroscopy)を用いて測定することができる。
<交互層>
本発明において、被覆層11に含まれる交互層14は、A層12とB層13とが交互にそれぞれ1層以上積層されたものであり、A層12は、AlとCrとを含む窒化物からなり、A層12を構成する金属原子の総数を1としたときのCrの原子数の比が0.05よりも大きく0.4以下であり、B層13は、AlとVとを含む窒化物からなり、B層13を構成する金属原子の総数を1としたときのVの原子数の比が0.05以上0.4以下であるという構成を有している。
ここで、交互層14は、応力緩和作用を有するB層13とA層12とを交互に積層して構成されることにより、A層12単独では比較的大きな残留応力を有するために基材5や他の層との密着性が劣るというデメリットを抑制しつつ、従来のAlCrNに比し高温での安定性に優れるというA層12の優れた作用効果を十分に発揮させることが可能となり、表面被覆切削工具10の切削加工時の高温時の安定性を飛躍的に向上させることができる。
しかも、応力緩和作用を有するB層13とA層12とを交互に積層してなる交互層14を含むことにより(特に2つのB層13の間にA層12を挟むことにより)、A層12の結晶成長の粗大化を効果的に防止することができ、A層12の結晶構造をより微細化することが可能となる。さらに、B層13についても異なる組成のA層12に隣接するようにして形成されるため、結果的にB層13自体の結晶成長の粗大化も同時に防止することができるという効果もある。
また、A層12とB層13とを交互に積層してなる交互層14を含むことにより、高温で高い負荷が適用されるような切削条件下においても被覆層11の表面に発生するクラックの基材5方向への進展を抑制し、刃先のチッピングを極めて有効に防止することができる。特に、この点は、先行技術である特許文献2の表面被覆切削工具が有していた問題点を解消したものであり、極めて大きな産業上の利用性を有するものである。
また、A層12とB層13とを交互に積層してなる交互層14を含むことにより、被覆層11においてクラックの進展が抑制されるのは、おそらくA層12の結晶構造の微細化により、被覆層11の表面に発生したクラックが大規模な層剥離に発展することなく、A層12とB層13との界面でクラックの進展が効果的に遮断されるためではないかと推測される。
本発明の表面被覆切削工具10は、高温での安定性に優れるとともに刃先のチッピングを抑制することにより、高温でしかも高い負荷がかかるような切削条件下においても耐摩耗性と耐欠損性とを高度に両立させることができるため、表面被覆切削工具10の工具寿命をより長期化させることができる。
なお、本発明において、交互層14に含まれるA層12の積層数およびB層13の積層数は、交互層14を構成しているA層12およびB層13のそれぞれの積層数のことを意味するものとする。たとえば、交互層14が基材5側から順にA層12、B層13、A層12、B層13およびA層12の順序で積層されて構成されている場合には、交互層14におけるA層12の積層数は3層となり、B層13の積層数は2層となる。A層12およびB層13の最少積層数はA層12およびB層13とも1層ずつであるが、A層12およびB層13の最大積層数は特に限定されない。A層12およびB層13の各層の積層数はそれぞれ10層以上5000層以下とすることが好ましい。A層12およびB層13の各層の積層数がそれぞれ10層未満である場合には各層における結晶構造の微細化への寄与が小さくなる傾向にあり、A層12およびB層13の各層の積層数がそれぞれ5000層を超える場合には1層当りの厚みが薄くなり過ぎてA層12とB層13とが混合する傾向にある。
また、本発明における交互層14において、A層12とB層13との積層は、たとえば図1に示すようにA層12から開始されていてもよく、たとえば図2に示すようにB層13から開始されていてもよい。すなわち、交互層14において、基材5側に最も近く位置する層はA層12であってもよく、B層13であってもよい。また、交互層14における積層は、A層12で終了してもよいし、B層13で終了してもよい。すなわち、交互層14において、基材5側から最も遠く離れて位置する層はA層12であってもよく、B層13であってもよい。
また、交互層14の厚みは、0.5μm以上20μm以下であることが好ましい。交互層14の厚みが0.5μm未満である場合には、表面被覆切削工具10の工具寿命が低下する場合があり、20μmを超える場合には大きな残留応力に起因して被覆層11自体がチッピングしやすい傾向にある。
また、表面被覆切削工具10の工具寿命を向上させ、被覆層11のチッピングを抑制する観点からは、交互層14の厚みの上限は15μm以下であることがより好ましく、さらに好ましくは10μm以下である。
また、同様に、表面被覆切削工具10の工具寿命を向上させ、被覆層11のチッピングを抑制する観点からは、交互層14の厚みの下限は1μm以上であることがより好ましく、さらに好ましくは1.5μm以上である。
<A層>
交互層14におけるA層12は、AlとCrとを含む窒化物からなるものであるが、A層12はAlを含んでいるために酸化を防止することが可能な温度が高くなる(高い耐酸化性を有する)。しかも、A層12はAlだけでなくCrも含むためにさらに酸化を防止することが可能な温度が高くなる(高い耐酸化性を有する)。なお、A層12は、AlとCrとN(窒素)とを含む限り他の元素を含んでいても差し支えない。
また、A層12の結晶構造は、A層12の硬度を高めて被覆層11の硬度を高めるという観点から立方晶であることが好ましい。AlNの結晶構造は通常六方晶であるが、AlNにCrを含有させることにより、AlNの結晶構造が立方晶化するため、A層12が高硬度化する傾向にある。なお、AlNが準安定相である立方晶となったときの推定格子定数は0.412nmである。これに対して、常温常圧で立方晶が安定相であるCrNの格子定数は0.414nmであり、立方晶のAlNの推定格子定数と非常に近く、Crによる引き込み効果によりAlNが立方晶化することとなり、A層12を高硬度化させることができる。
そして、B層13の間にA層12を挟むことにより得られるA層12の結晶構造の微細化の効果は、高温時においても発揮されるため、被覆層11の十分な高温安定性を示すものとなる。
また、A層12を構成する金属原子の総数を1としたときのCrの原子数の比は、0.05よりも大きく0.4以下である。ここで、A層12を構成する金属原子の総数を1としたときのCrの原子数の比が0.05以下の場合にはA層12におけるCrによるAlNの結晶構造の立方晶化の効果が得られない傾向にあり、0.4よりも大きい場合にはA層12の硬度が低下してしまう傾向にある。また、A層12の硬度をより高くする観点からは、A層12のCrの原子数の比は0.2以上0.35以下であることが好ましく、0.25以上0.3以下であることがより好ましい。なお、本発明において「金属原子」とは、水素、ヘリウム、ネオン、アルゴン、クリプトン、キセノン、ラドン、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素、アスタチン、酸素、硫黄、セレン、テルル、窒素、リン、ヒ素、アンチモンおよび炭素以外の元素の原子のことをいう。
また、A層12におけるAlとCrとを含む金属原子の総数を1としたときの窒素の原子数の比は0.8以上1.5以下とすることが好ましい。A層12の窒素の原子数の比が0.8未満である場合にはA層12の硬度が低下する傾向にあり、A層12の窒素の原子数の比が1.5を超える場合にも同様にA層12の硬度が低下する傾向にある。
<B層>
交互層14におけるB層13は、AlとVとを含む窒化物からなり、AlとVとNとを含む限り他の元素を含んでいても差し支えない。仮にB層13がVを含有しないAlNからなる場合には、B層13の最表面に強固な酸化層が形成されて、B層13の耐酸化性が1200℃以上となる点で優れているが、B層13の硬度が20〜25GPaと非常に低硬度となるため、耐摩耗性が低下してしまう傾向にある。
そこで、B層13をAlとVとを含有する窒化物とすることにより、B層13の結晶構造の組織が微細化して小さい残留応力値を示し応力緩和層としての作用を示しつつ、硬度が40〜45GPaと高硬度化して高い耐摩耗性を有するものとなる。しかも、B層13がAlを含有することによりB層13の熱伝導率が高くなり、切削加工時の発熱を表面被覆切削工具10の表面から大気中または工作機械を通して外へ逃がす放熱効果も得られる。
B層13がVを含むことにより、表面被覆切削工具10の切削加工時に高温となって被覆層11の表面が酸化される傾向にあるが、Vの酸化物は低融点であるため切削加工時には潤滑剤として作用することになり、被覆層11への被削材の凝着を抑える効果を期待することができる。
また、被覆層11の表面での潤滑性能に起因するものとも考えられるが、B層13がVを含むことにより被覆層11の被削材への耐溶着性を向上させることができるため、切削抵抗を減少させることができ、切りくず排出性も向上させることができる。
ここで、B層13を構成する金属原子の総数を1としたときのVの原子数の比は、0.05以上0.4以下である。B層13を構成する金属原子の総数を1としたときのVの原子数の比が0.05未満である場合には残留応力を十分に小さくすることができなくなる傾向にあり、0.4よりも大きい場合にはB層13の硬度が低下する傾向にある。また、B層13の硬度をより高くする観点からは、B層13を構成する金属原子の総数を1としたときのVの原子数の比は0.2以上0.35以下であることが好ましく、0.25以上0.3以下であることがより好ましい。
また、B層13の結晶構造は、B層13の硬度を高めて被覆層11の硬度を高めるという観点から立方晶であることが好ましい。B層13を構成する金属原子の総数を1としたときのVの原子数の比を0.05以上0.4以下とすることにより、常温常圧で準安定相である立方晶のAl化合物を形成し、B層13の硬度をさらに向上させることができる傾向にある。なお、AlNが準安定相である立方晶となった場合の推定格子定数は0.412nmである。これに対して、常温常圧で立方晶が安定相であるVNの格子定数は0.414nmであり、非常に立方晶のAlNの推定格子定数と近く、Vによる引き込み効果によりAlNも立方晶化することとなり、B層12をより高硬度化させることができる。
また、B層13において、CrとVとを含む金属原子の総数を1としたときの窒素の原子数の比は0.8以上1.5以下であることが好ましい。B層13の金属原子の総数を1としたときの窒素の原子数の比が0.8未満である場合にはB層13の硬度が低下する傾向にあり、1.5を超える場合にも同様にB層13の硬度が低下する傾向がある。
<A層またはB層に含まれる他の元素の例>
本発明においては、A層12および/またはB層13にホウ素が原子%で10原子%未満含まれていてもよい。A層12および/またはB層13にホウ素が含まれている場合には、A層12および/またはB層13の硬度をさらに高くすることができる傾向にある。また、切削加工時に被覆層11が高温となって表面が酸化されたときに、被覆層11の表面に形成されるホウ素の酸化物がA層12および/またはB層13に含まれるAlの酸化物を緻密化する傾向にあることからも好ましい。さらに、ホウ素の酸化物の融点は、Vの酸化物と同じく低融点であるため高温での切削加工時においてホウ素の酸化物が潤滑剤として作用し、被覆層11の被削材への溶着を抑えることができる傾向もある。
また、本発明において、A層12および/またはB層13は、Siを原子%で10原子%未満含有していてもよい。A層12および/またはB層13がSiを含有することにより、A層12および/またはB層13の硬度が高くなる傾向にあるとともに、A層12の結晶構造が微細化してA層12の硬度がさらに高められる傾向もある。
<A層およびB層のAl以外の原子数比>
被覆層11中で隣り合うA層12のCrの原子数比(A層12を構成する金属原子の総数を1としたときのCrの原子数比)とB層13のVの原子数比(B層13を構成する金属原子の総数を1としたときのVの原子数比)とが実質的に同じであることが好ましい。常温常圧で立方晶が安定相であるCrNおよびVNの格子定数はいずれも0.414nmであり、準安定な立方晶のAlNの格子定数0.412nmと非常に近いため、A層12のCrの原子数比とB層13のVの原子数比とが実質的に同じである場合には、A層12とB層13との界面での結晶格子が連続となり、A層12とB層13との界面での格子定数の違いによる歪みを低減することができ、被覆層11の全体の応力が低下して、A層12とB層13との間の密着性を向上させることができる。なお、「A層12のCrの原子数比とB層13のVの原子数比とが実質的に同じ」とは、いずれかの分析方法によってA層12のCrの原子数比とB層13のVの原子数比とが全く同一である場合が含まれることは勿論、A層12のCrの原子数比とB層13のVの原子数比との間に多少の微差(A層12のCrの原子数比とB層13のVの原子数比との差の絶対値が3以下)がある場合も含まれるものとする。
<A層およびB層の厚み>
A層12の厚みおよびB層13の厚みはそれぞれ1nmよりも大きく200nm以下であることが好ましい。A層12およびB層13をいずれも1nmよりも大きく200nm以下の厚みとすることにより、被覆層11の表面で発生したクラックの進展(基材方向への進展)を最も効果的に抑制することができる傾向にある。また、A層12およびB層13の厚みがそれぞれ1nm以下である場合には、A層12とB層13とが混ざり合ってA層12とB層13とを交互に積層したことによる効果を得られにくい傾向にあり、200nmを超える場合にはクラックの基材5方向への進展を抑制する効果を得られにくい傾向にある。
また、A層12とB層13とを交互に積層したことによる効果およびクラックの基材5方向への進展を抑制する効果を十分に得る観点からは、A層12の厚みおよびB層13の厚みはそれぞれ、2nm以上50nm以下であることがより好ましく、4nm以上30nm以下であることがさらに好ましい。
なお、A層12の厚みは、交互層14中に含まれるそれぞれのA層12において実質的に全てのA層12が同じ厚みであってもよく、A層12の少なくとも1層が他のA層12と異なる厚みであってもよい。また、B層13についても交互層14中に含まれるそれぞれのB層13において実質的に全てのB層13が同じ厚みであってもよいし、B層13の少なくとも1層の厚みが他のB層13と異なる厚みであってもよい。
<中間遷移層>
交互層14において、A層12とB層13とは、中間遷移層(図示せず)を挟んで積層されていてもよく、中間遷移層の組成は、中間遷移層に接する下層の組成から中間遷移層に接する上層の組成へと中間遷移層の厚み方向に連続的に変化していることが好ましい。たとえば、交互層14において、基材5側から、A層12、中間遷移層およびB層13の順に各層を形成する場合を例にとると、中間遷移層の組成は、中間遷移層の下側(すなわちA層12と接する側)はA層12の組成であって、中間遷移層の厚み方向(基材5から遠ざかる方向)にA層12の組成からB層13の組成に近づくように連続的に変化し、中間遷移層の上側(すなわちB層13と接する側)はB層13の組成であることが好ましい。
中間遷移層を含む交互層14の態様としては、たとえばA層12から積層が開始される場合には、まずA層12上に中間遷移層を形成し、次に中間遷移層上にB層13を形成し、B層13上に中間遷移層を形成し、次いで中間遷移層上にA層12を形成し、以後もA層12とB層13との間に中間遷移層が形成される積層態様を繰り返すことにより交互層14を形成される場合が例示される。なお、本発明においては、A層12とB層13との間に中間遷移層が形成される場合であっても、A層12とB層13とは交互に積層されるという表現を用いるものとする。
中間遷移層は、A層12およびB層13と独立して形成する必要はなく、被覆層11の形成方法にもよるが、通常はA層12上にB層13を形成するとき、またはB層13上にA層12を形成するときに、A層12の形成とB層13の形成との途中段階で不可避的に形成されてもよい。中間遷移層は、観察する条件により観察されたり観察されなかったりする程度の層であってもよく、通常TEM等による観察倍率を200万倍以上にする場合において観察される程度の層であってもよい。
なお、A層12とB層13との境界部に中間遷移層が形成されることにより、A層12とB層13との境界部を明確に定めることができない場合には、中間遷移層における厚み方向の中間点をA層12およびB層13の境界部とみなし、A層12およびB層13の厚み等を測定するものとする。
<被覆層の最下層>
本発明の表面被覆切削工具10においては、たとえば図1に示すように、被覆層11の最下層をA層12とすることができる。ここで、最下層とは基材5と直接に接触する被覆層11中の層のことである。被覆層11の最下層をA層12とした場合には、切削初期に基材5が露出したとしても、基材5と被覆層11との間の界面からの酸化を抑制することができる傾向にある。
また、たとえば図2に示すように、被覆層11の最下層をB層13とすることもできる。被覆層11の最下層をB層13とした場合には、B層13は応力が小さい傾向にあることから、特に負荷が刃先に繰り返しかかるようなフライス加工やエンドミル加工などの断続加工の場合に被覆層11の基材5からの耐剥離性が格段に向上する傾向にある。なお、被覆層11の最下層としては、A層12およびB層13以外の他の層を形成してもよい。
<被覆層の最上層>
本発明の表面被覆切削工具10の被覆層11の形成において、被覆層11の最上層にC層を形成してもよい。被覆層11の最上層にC層を含むことにより、被覆層11の摩擦係数を低減することができるとともに、被覆層11に耐酸化性を付与することもできる。ここで、C層はAl、B(ホウ素)、CrおよびVからなる群より選択された少なくとも1種の金属を含む炭窒化物(炭素と窒素を含む化合物)からなり、C層を構成する金属原子の総数を1としたときのAlの原子数の比および/またはVの原子数の比が0.05以上0.4以下であることが好ましい。なお、本発明の表面被覆切削工具10において、被覆層11の最上層は被覆層11の最表面を構成する層であり、最上層は交互層14上に形成することができる。
被覆層11の最上層は切削加工時において他の層の表面と比べて最も高温となるが、最上層がC層を含むことにより、被覆層11が酸化することを極めて効果的に防止することができるとともに、被覆層11の被削材に対する摩擦係数が低下することにより、表面被覆切削工具10が長寿命化する傾向にある。一般に、炭素原子を含むことにより摩擦係数が低下する傾向にあり、金属の炭窒化物は金属の窒化物よりも被削材に対する被覆層11の摩擦係数が低い傾向にあることから、C層はAl、B、CrおよびVからなる群より選択された少なくとも1種を含む金属の炭窒化物で構成されることが好ましい。
また、C層の厚みは0.1μm以上2μm以下であることが好ましい。C層の厚みが0.1μm未満である場合には被覆層11の最表面の潤滑性の付与による表面被覆切削工具10の長寿命化の効果が得られにくい傾向にあり、C層の厚みが2μmを超える場合には表面被覆切削工具10の長寿命化の効果をさらに向上することができない傾向にある。
また、C層に含まれる窒素の原子数比と炭素の原子数比とを調整することにより、表面被覆切削工具10の表面に所定の色を付与することが可能である。これにより、表面被覆切削工具10の外観に意匠性を付与することができるため、商業上有用となる。窒素の原子数比と炭素との原子数比は、特に限定されるものではないが、C層中の窒素の原子数と炭素の原子数との総数を1としたときの炭素の原子数比は0.05以上0.6以下であることが好ましい。上記のC層中の炭素の原子数比が0.05未満である場合には潤滑性の付与による効果が得られない傾向にあり、0.6を超える場合にはC層の硬度が高くなり過ぎて被覆層11自体がチッピングしやすくなる傾向にもある。
また、被覆層11の最上層のC層としては、CrおよびVの少なくとも一方と、Alと、を含むAlを主成分とする酸化物からなり、C層を構成する金属原子の総数を1としたときのCrとVとを合計した原子数の比が0よりも大きく0.4以下である層を用いることが好ましい。被覆層11の最上層のC層としてCrおよびVの少なくとも一方と、Alと、を含むAlを主成分とする酸化物からなるC層を用いた場合には、Alを主成分とする酸化物中に含まれるCrおよび/またはVとAlとの置換の効果によって上記のAlを主成分とする酸化物からなるC層の結晶性が向上するとともに、上記のAlを主成分とする酸化物からなるC層中のCrの酸化物および/またはVの酸化物によって表面被覆切削工具の切削時における被削材に対する被覆層11の耐溶着性および被覆層11の耐酸化性が向上することによって表面被覆切削工具10が長寿命化する傾向にある。
Alを主成分とする酸化物は、同じAlを主成分とする窒化物や炭窒化物に比べて高温での結晶構造および特性の安定性に優れ、被削材との反応が抑制されるため、被削材に対する被覆層11の耐溶着性が向上するものと考えられる。また、表面被覆切削工具の切削時において上記のAlを主成分とする酸化物からなるC層の表面は、被覆層11中の他の層と比較して酸化雰囲気中で最も高温となるが、Alを主成分とする酸化物は、同じAlを主成分とする窒化物や炭窒化物に比べて高温での耐酸化性に優れるため、被覆層11の耐酸化性が向上する。
また、上記のCrおよびVの少なくとも一方とAlとを含むAlを主成分とする酸化物からなるC層の厚みは0.1μm以上4μm以下であることが好ましい。上記のAlを主成分とする酸化物からなるC層の厚みが0.1μm未満である場合には被覆層11の最表面の潤滑性の付与による表面被覆切削工具10の長寿命化の効果が得られにくい傾向にあり、上記のAlを主成分とする酸化物からなるC層の厚みが4μmを超える場合には被覆層11の基材5に対する密着力が低下して上記のAlを主成分とする酸化物からなるC層の形成による効果を十分に発揮できない傾向にある。
また、上記のCrおよびVの少なくとも一方とAlとを含むAlを主成分とする酸化物からなるC層の結晶構造は、α−アルミナ型、γ−アルミナ型またはこれらが混在する構造のいずれかであることが好ましい。また、CrおよびVの少なくとも一方とAlとを含むAlを主成分とする酸化物からなるC層はその少なくとも一部が非晶質構造であってもよい。上記のAlを主成分とする酸化物からなるC層の高温中で最も安定な結晶構造はα−アルミナ型であるが、上記のAlを主成分とする酸化物からなるC層が仮にγ−アルミナ型の結晶構造および/または非晶質構造を有していた場合でも、同じAlを主成分とする窒化物や炭窒化物に比べて高温での切削性能が向上する。これは、表面被覆切削工具10の切削時に被覆層11が高温になった場合でも上記のAlを主成分とする酸化物からなるC層は元来酸化物であるため被覆層11の表面からの酸化を抑制することができ、基材5および基材5と上記のAlを主成分とする酸化物からなるC層との間の層の酸化を抑制することができるためである。
また、上記のCrおよびVの少なくとも一方とAlとを含むAlを主成分とする酸化物からなるC層はYをさらに含み、上記のAlを主成分とする酸化物からなるC層を構成する金属原子の総数を1としたときのYの原子数の比を0.01よりも大きく0.1以下とすることがさらに切削性能を向上させる観点から好ましい。上記のAlを主成分とする酸化物からなるC層中にYが含まれる場合には、Yの酸化物がAlを主成分とする酸化物の結晶粒界に析出して酸素の粒界拡散を抑制することができるため、基材5の酸化を著しく低減することができる傾向にある。これにより、刃先温度が高くなる連続旋削や比較的負荷の小さいフライス加工において表面被覆切削工具10の寿命をさらに長くすることができる傾向にある。
本発明の表面被覆切削工具10においては、たとえば図5に示すように、被覆層11の最上層をC層15とし、最下層をA層12とすることができる。また、たとえば図6に示すように、被覆層11の最上層をC層15とし、被覆層11の最下層をB層13とすることもできる。ただし、本発明の表面被覆切削工具10の被覆層11の最上層がC層15である場合の構造は図5および図6に示す構造に限定されるものではない。
<被覆層の残留応力>
本発明の表面被覆切削工具10を構成する被覆層11は、−8GPa以上0GPa以下の平均残留応力を有していることが好ましい。すなわち、被覆層11の残留応力を平均すると−8GPa以上0GPa以下の平均残留応力となることが好ましく、便宜的に応力が解放されて被覆層11に残留応力を有さない場合であってもよい。被覆層11が−8GPa以上0GPa以下の平均残留応力を有することにより、被覆層11にチッピングが発生することを抑制することができるため、本発明の表面被覆切削工具10の刃先の信頼性が向上し、表面被覆切削工具10の工具寿命を長期化することができる。
また、表面被覆切削工具10の工具寿命を長期化する観点からは、被覆層11の平均残留応力は、−5GPa以上−0.5GPa以下であることが好ましく、−3GPa以上−0.5GPa以下であることがより好ましい。
被覆層11の平均残留応力が0GPaを超えて「正」の数値を有するようになると、引張残留応力となるため被覆層11の表面で発生したクラックの基材5方向への進展を抑制しにくい傾向がある。一方、被覆層11の平均残留応力が−8GPa未満になると圧縮残留応力が大きすぎて(すなわち、平均残留応力の絶対値が大きくなりすぎて)、切削開始前に表面被覆切削工具10のエッジ部から被覆層11が剥離して表面被覆切削工具10の工具寿命が短くなる傾向がある。なお、本発明において被覆層11の平均残留応力とは、被覆層11全体の残留応力の平均値のことである。また、本明細書において、圧縮残留応力という記載と数値とを併記する場合には、数値にあえてマイナスの符号を付さないで表記するものとする。
また、被覆層11の平均残留応力は、被覆層11の表面に発生するクラックの基材5側への進展をより効果的に抑制するという観点から、被覆層11の厚み方向において変化し、基材5から遠ざかるにしたがって平均残留応力の絶対値が大きくなること(すなわち圧縮残留応力が大きくなること)が好ましい。なお、本発明において被覆層11の平均残留応力は、X線応力測定装置を用いたsin2ψ法により測定することができる。
<被覆層の結晶構造>
本発明の表面被覆切削工具10を構成する被覆層11の結晶構造は立方晶であることが好ましい。被覆層11の結晶構造が立方晶である場合には、被覆層11の硬度が向上する傾向にある。たとえば、窒化物であるAlNを例にとると、AlNは通常六方晶であるが、準安定相である立方晶となった場合の格子定数は0.412nmであるのに対して、常温常圧で立方晶が安定相であるCrNおよびVNの格子定数は0.414nmであり、立方晶のAlNと非常に格子定数が近いため、CrまたはVによる引き込み効果によりAlNは立方晶化して高硬度化する。このため、上記のA層12は、AlとCrまたはVとを含む窒化物とすることにより立方晶とすることが可能となる。
このように、被覆層11に含まれるA層12および/またはB層13のそれぞれの結晶構造を立方晶とすることにより、被覆層11の硬度が向上して耐摩耗性に優れた表面被覆切削工具10とすることができる。なお、被覆層11および被覆層11中のA層12およびB層13などの結晶構造はそれぞれ、当該分野で公知のX線回折装置により解析することができる。
<製造方法>
本発明の表面被覆切削工具10は、たとえば、基材5を準備する工程と、物理的蒸着法を用いて基材5上にA層12とB層13とを交互にそれぞれ1層以上積層して交互層14を形成する工程と、を少なくとも含む方法により製造することができる。ここで、耐摩耗性を有する交互層14を基材5の表面上に形成するためには、結晶性の高い化合物からなる層を形成することが好ましい。そこで、交互層14の形成方法として種々の方法を検討した結果、物理的蒸着法を用いることが好ましいことが明らかとなった。
物理的蒸着法としては、たとえば、カソードアークイオンプレーティング法、バランスドマグネトロンスパッタリング法およびアンバランスドマグネトロンスパッタリング法からなる群から選択された少なくとも1種を用いることができる。なお、被覆層11として交互層14以外の層も、たとえば物理的蒸着法などにより形成することができる。
ここで、物理的蒸着法としては、カソードアークイオンプレーティング法を用いることが好ましい。物理的蒸着法としてカソードアークイオンプレーティング法を用いた場合には、被覆層11を形成する前に基材5の表面に対して金属のイオンボンバードメント処理が可能となるため、基材5と被覆層11との密着性を格段に向上させることができる。また、カソードアークイオンプレーティング法は、原料元素のイオン化率が高いという利点もある。
ここで、カソードアークイオンプレーティング法は、たとえば、カソードアークイオンプレーティング装置内に基材5を設置するとともにカソードとしてターゲットを設置した後に、ターゲットに高電流を印加してアーク放電を生じさせることによってターゲットを構成する原子を蒸発、イオン化させて、基材5上に物質を堆積させることにより積層を行なうことができる。
また、バランスドマグネトロンスパッタリング法は、たとえば、装置内に基材5を設置するとともに平衡な磁場を形成する磁石を備えたマグネトロン電極上にターゲットを設置した後に、マグネトロン電極と基材5との間に高周波電力を印加してガスプラズマを発生させ、このガスプラズマの発生により生じたガスのイオンをターゲットに衝突させてターゲットから放出された原子をイオン化させ基材5上に堆積させることにより行なうことができる。
また、アンバランストマグネトロンスパッタリング法は、たとえば、バランスドマグネトロンスパッタリング法におけるマグネトロン電極により発生する磁場を非平衡にして行なうことができる。
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。以下のようにして、実施例1〜16および比較例1〜4のそれぞれの表面被覆切削工具を作製し、それぞれ表面被覆切削工具の工具寿命を評価した。
表1に実施例1〜16および比較例1〜4のそれぞれの表面被覆切削工具の被覆層の構成を示し、表2に表面被覆切削工具の被覆層の特性(硬度および圧縮残留応力)および結晶構造を示す。また、表3に実施例1〜16および比較例1〜4の表面被覆切削工具について断続切削試験および強断続切削試験を行なったときのそれぞれの工具寿命の評価結果を示す。また、表4に断続切削試験および強断続切削試験の切削条件(被削材、切削速度vc、送りfzおよび切り込みap)を示す。
(実施例1)
図3に、カソードアークイオンプレーティング装置の模式的な側面図を示し、図4に、図3に示すカソードアークイオンプレーティング装置30の模式的な上面図を示す。
図3に示すように、カソードアークイオンプレーティング装置30には、チャンバ1内に被覆層の金属原料となる合金製ターゲットであるA層用カソード6と、B層用カソード7と、基材5を設置するための回転式基材ホルダ4とが取り付けられている。A層用カソード6にはアーク電源8が取り付けられ、B層用カソード7にはアーク電源9が取り付けられている。また、回転式基材ホルダ4には、バイアス電源20が取り付けられている。また、チャンバ1内にはガスが導入されるガス導入口2が設けられるとともにチャンバ1内の圧力を調節するためにガス排出口3が設けられており、ガス排出口3から真空ポンプによりチャンバ1内のガスを吸引し、チャンバ1内の圧力を調節できる構造となっている。
以下に、実施例1の表面被覆切削工具の製造方法について説明する。まず、図3に示すように、カソードアークイオンプレーティング装置30の回転式基材ホルダ4に、グレードがJIS規格P20の超硬合金であって、形状がSDKN42MTである基材5を装着した。
そして、A層用カソード6にAl0.65Cr0.35ターゲットをセットし、B層用カソード7にAl0.70.3ターゲットをセットした。そして、真空ポンプによりチャンバ1内を減圧するとともに、基材5を回転させながらカソードアークイオンプレーティング装置30のチャンバ1内に設置されたヒータにより温度を600℃に加熱し、チャンバ1内の圧力が1.0×10-4Paとなるまで真空引きを行なった。
次に、ガス導入口2からArガスを導入してチャンバ1内の圧力を3.0Paに保持し、バイアス電源20の電圧を徐々に上げながら−1000Vとし、基材5の表面のクリーニングを30分間行なった。その後、チャンバ1内からアルゴンガスを排気し、基材5の表面をスパッタすることによってクリーニングした。
次に、基材5を中央で回転させた状態で、ガス導入口2から反応ガスとして窒素を導入しながら、基材5の温度を600℃に設定し、反応ガス圧を2.0Paにした上で、バイアス電源20の電圧を−50V〜−400Vの範囲のある一定値に維持したまま、または徐々に変化させながらA層用カソード6およびB層用カソード7にそれぞれ100Aのアーク電流を供給することによって、アーク放電によりA層用カソード6およびB層用カソード7から金属イオンを発生させて、基材5上に0.006μm厚みのAl0.65Cr0.35N層からなるA層をまず形成した後に0.006μm厚みのAl0.70.3N層からなるB層を形成し、その後、A層とB層とをこの順序で1層ずつ交互に積層した(すなわち、最下層はAl0.65Cr0.35N層からなるA層となる)。なお、A層およびB層のそれぞれの厚みについては基材5の回転速度の増減により調整した。
そして、A層の積層数およびB層の積層数がそれぞれ300層になったところで(A層の合計厚み:1.8μm、B層の合計厚み:1.8μm)、A層用カソード6およびB層用カソード7に供給する電流をストップした。
以上により、A層とB層との交互層からなる被覆層を形成し、実施例1の表面被覆切削工具(刃先交換型切削チップ)を作製した。そして、被覆層の形成後は、カソードアークイオンプレーティング装置30内のガスを排気した。実施例1の表面被覆切削工具の被覆層の断面をSEMにより観察したところ被覆層全体の厚み(総合計厚み)は3.6μmであることが確認された。
(実施例2)
図3に示すカソードアークイオンプレーディング装置30の回転式基材ホルダ4に基材5をセットするとともに、A層用カソード6にAl0.75Cr0.25ターゲットをセットし、B層用カソード7にAl0.80.2ターゲットをセットした。
そして、基材上にまず0.006μmの厚みのAl0.75Cr0.25N層からなるA層を形成し、次に0.006μmの厚みのAl0.80.2N層からなるB層を形成し、その後、A層とB層とをこの順序で1層ずつ交互に積層した(すなわち、最下層はAl0.75Cr0.25N層からなるA層となる)。なお、A層およびB層のそれぞれの厚みについては基材5の回転速度の増減により調整した。
そして、A層の積層数およびB層の積層数がそれぞれ300層になったところで(A層の合計厚み:1.8μm、B層の合計厚み:1.8μm)、A層用カソード6およびB層用カソード7に供給する電流をストップした。
上記以外は実施例1と同様にして、A層とB層との交互層からなる被覆層を形成し、実施例2の表面被覆切削工具(刃先交換型切削チップ)を作製した。そして、被覆層の形成後は、カソードアークイオンプレーティング装置30内のガスを排気した。実施例2の表面被覆切削工具の被覆層の断面をSEMにより観察したところ被覆層全体の厚み(総合計厚み)は3.6μmであることが確認された。
(実施例3)
図3に示すカソードアークイオンプレーディング装置30の回転式基材ホルダ4に基材5をセットするとともに、A層用カソード6にAl0.9Cr0.1ターゲットをセットし、B層用カソード7にAl0.850.15ターゲットをセットした。
そして、基材上にまず0.006μmの厚みのAl0.9Cr0.1N層からなるA層を形成し、次に0.006μmの厚みのAl0.850.15N層からなるB層を形成し、その後、A層とB層とをこの順序で1層ずつ交互に積層した(すなわち、最下層はAl0.9Cr0.1N層からなるA層となる)。なお、A層およびB層のそれぞれの厚みについては基材5の回転速度の増減により調整した。
そして、A層の積層数およびB層の積層数がそれぞれ300層になったところで(A層の合計厚み:1.8μm、B層の合計厚み:1.8μm)、A層用カソード6およびB層用カソード7に供給する電流をストップした。
上記以外は実施例1と同様にして、A層とB層との交互層からなる被覆層を形成し、実施例3の表面被覆切削工具(刃先交換型切削チップ)を作製した。そして、被覆層の形成後は、カソードアークイオンプレーティング装置30内のガスを排気した。実施例3の表面被覆切削工具の被覆層の断面をSEMにより観察したところ被覆層全体の厚み(総合計厚み)は3.6μmであることが確認された。
(実施例4)
図3に示すカソードアークイオンプレーディング装置30の回転式基材ホルダ4に基材5をセットするとともに、A層用カソード6にAl0.65Cr0.35ターゲットをセットし、B層用カソード7にAl0.70.3ターゲットをセットした。
そして、基材上にまず0.002μmの厚みのAl0.70.3N層からなるB層を形成し、次に0.002μmの厚みのAl0.65Cr0.35N層からなるA層を形成し、その後、B層とA層とをこの順序で1層ずつ交互に積層した(すなわち、最下層はAl0.70.3N層からなるB層となる)。なお、A層およびB層のそれぞれの厚みについては基材5の回転速度の増減により調整した。
そして、A層の積層数およびB層の積層数がそれぞれ500層になったところで(A層の合計厚み:1.0μm、B層の合計厚み:1.0μm)、A層用カソード6およびB層用カソード7に供給する電流をストップした。
上記以外は実施例1と同様にして、A層とB層との交互層からなる被覆層を形成し、実施例4の表面被覆切削工具(刃先交換型切削チップ)を作製した。そして、被覆層の形成後は、カソードアークイオンプレーティング装置30内のガスを排気した。実施例4の表面被覆切削工具の被覆層の断面をSEMにより観察したところ被覆層全体の厚み(総合計厚み)は2.0μmであることが確認された。
(実施例5)
図3に示すカソードアークイオンプレーディング装置30の回転式基材ホルダ4に基材5をセットするとともに、A層用カソード6にAl0.65Cr0.35ターゲットをセットし、B層用カソード7にAl0.70.3ターゲットをセットした。
そして、基材上にまず0.015μmの厚みのAl0.70.3N層からなるB層を形成し、次に0.015μmの厚みのAl0.65Cr0.35N層からなるA層を形成し、その後、B層とA層とをこの順序で1層ずつ交互に積層した(すなわち、最下層はAl0.70.3N層からなるB層となる)。なお、A層およびB層のそれぞれの厚みについては基材5の回転速度の増減により調整した。
そして、A層の積層数およびB層の積層数がそれぞれ150層になったところで(A層の合計厚み:2.3μm、B層の合計厚み:2.3μm)、A層用カソード6およびB層用カソード7に供給する電流をストップした。
上記以外は実施例1と同様にして、A層とB層との交互層からなる被覆層を形成し、実施例5の表面被覆切削工具(刃先交換型切削チップ)を作製した。そして、被覆層の形成後は、カソードアークイオンプレーティング装置30内のガスを排気した。実施例5の表面被覆切削工具の被覆層の断面をSEMにより観察したところ被覆層全体の厚み(総合計厚み)は4.6μmであることが確認された。
(実施例6)
図3に示すカソードアークイオンプレーディング装置30の回転式基材ホルダ4に基材5をセットするとともに、A層用カソード6にAl0.65Cr0.35ターゲットをセットし、B層用カソード7にAl0.70.3ターゲットをセットした。
そして、基材上にまず0.05μmの厚みのAl0.70.3N層からなるB層を形成し、次に0.05μmの厚みのAl0.65Cr0.35N層からなるA層を形成し、その後、B層とA層とをこの順序で1層ずつ交互に積層した(すなわち、最下層はAl0.70.3N層からなるB層となる)。なお、A層およびB層のそれぞれの厚みについては基材5の回転速度の増減により調整した。
そして、A層の積層数およびB層の積層数がそれぞれ50層になったところで(A層の合計厚み:2.5μm、B層の合計厚み:2.5μm)、A層用カソード6およびB層用カソード7に供給する電流をストップした。
上記以外は実施例1と同様にして、A層とB層との交互層からなる被覆層を形成し、実施例6の表面被覆切削工具(刃先交換型切削チップ)を作製した。そして、被覆層の形成後は、カソードアークイオンプレーティング装置30内のガスを排気した。実施例6の表面被覆切削工具の被覆層の断面をSEMにより観察したところ被覆層全体の厚み(総合計厚み)は5.0μmであることが確認された。
(実施例7)
図3に示すカソードアークイオンプレーディング装置30の回転式基材ホルダ4に基材5をセットするとともに、A層用カソード6にAl0.65Cr0.35ターゲットをセットし、B層用カソード7にAl0.70.3ターゲットをセットした。
そして、基材上にまず0.15μmの厚みのAl0.70.3N層からなるB層を形成し、次に0.15μmの厚みのAl0.65Cr0.35N層からなるA層を形成し、その後、B層とA層とをこの順序で1層ずつ交互に積層した(すなわち、最下層はAl0.70.3N層からなるB層となる)。なお、A層およびB層のそれぞれの厚みについては基材5の回転速度の増減により調整した。
そして、A層の積層数およびB層の積層数がそれぞれ10層になったところで(A層の合計厚み:1.5μm、B層の合計厚み:1.5μm)、A層用カソード6およびB層用カソード7に供給する電流をストップした。
上記以外は実施例1と同様にして、A層とB層との交互層からなる被覆層を形成し、実施例7の表面被覆切削工具(刃先交換型切削チップ)を作製した。そして、被覆層の形成後は、カソードアークイオンプレーティング装置30内のガスを排気した。実施例7の表面被覆切削工具の被覆層の断面をSEMにより観察したところ被覆層全体の厚み(総合計厚み)は3.0μmであることが確認された。
(実施例8)
図3に示すカソードアークイオンプレーディング装置30の回転式基材ホルダ4に基材5をセットするとともに、A層用カソード6にAl0.65Cr0.35ターゲットをセットし、B層用カソード7にAl0.70.3ターゲットをセットした。
そして、基材上にまず0.006μmの厚みのAl0.65Cr0.35N層からなるA層を形成し、次に0.006μmの厚みのAl0.70.3N層からなるB層を形成し、その後、A層とB層とをこの順序で1層ずつ交互に積層した(すなわち、最下層はAl0.65Cr0.35N層からなるA層となる)。なお、A層およびB層のそれぞれの厚みについては基材5の回転速度の増減により調整した。
そして、A層の積層数およびB層の積層数がそれぞれ80層になったところで(A層の合計厚み:0.5μm、B層の合計厚み:0.5μm)、A層用カソード6およびB層用カソード7に供給する電流をストップした。
上記以外は実施例1と同様にして、A層とB層との交互層からなる被覆層を形成し、実施例8の表面被覆切削工具(刃先交換型切削チップ)を作製した。そして、被覆層の形成後は、カソードアークイオンプレーティング装置30内のガスを排気した。実施例8の表面被覆切削工具の被覆層の断面をSEMにより観察したところ被覆層全体の厚み(総合計厚み)は1.0μmであることが確認された。
(実施例9)
図3に示すカソードアークイオンプレーディング装置30の回転式基材ホルダ4に基材5をセットするとともに、A層用カソード6にAl0.65Cr0.35ターゲットをセットし、B層用カソード7にAl0.70.3ターゲットをセットした。
そして、基材上にまず0.006μmの厚みのAl0.65Cr0.35N層からなるA層を形成し、次に0.006μmの厚みのAl0.70.3N層からなるB層を形成し、その後、A層とB層とをこの順序で1層ずつ交互に積層した(すなわち、最下層はAl0.65Cr0.35N層からなるA層となる)。なお、A層およびB層のそれぞれの厚みについては基材5の回転速度の増減により調整した。
そして、A層の積層数およびB層の積層数がそれぞれ600層になったところで(A層の合計厚み:3.6μm、B層の合計厚み:3.6μm)、A層用カソード6およびB層用カソード7に供給する電流をストップした。
上記以外は実施例1と同様にして、A層とB層との交互層からなる被覆層を形成し、実施例9の表面被覆切削工具(刃先交換型切削チップ)を作製した。そして、被覆層の形成後は、カソードアークイオンプレーティング装置30内のガスを排気した。実施例9の表面被覆切削工具の被覆層の断面をSEMにより観察したところ被覆層全体の厚み(総合計厚み)は7.2μmであることが確認された。
(実施例10)
図3に示すカソードアークイオンプレーディング装置30の回転式基材ホルダ4に基材5をセットするとともに、A層用カソード6にAl0.65Cr0.35ターゲットをセットし、B層用カソード7にAl0.70.3ターゲットをセットした。
そして、基材上にまず0.006μmの厚みのAl0.65Cr0.35N層からなるA層を形成し、次に0.006μmの厚みのAl0.70.3N層からなるB層を形成し、その後、A層とB層とをこの順序で1層ずつ交互に積層した(すなわち、最下層はAl0.65Cr0.35N層からなるA層となる)。なお、A層およびB層のそれぞれの厚みについては基材5の回転速度の増減により調整した。
そして、A層の積層数およびB層の積層数がそれぞれ1500層になったところで(A層の合計厚み:9.0μm、B層の合計厚み:9.0μm)、A層用カソード6およびB層用カソード7に供給する電流をストップした。
上記以外は実施例1と同様にして、A層とB層との交互層からなる被覆層を形成し、実施例10の表面被覆切削工具(刃先交換型切削チップ)を作製した。そして、被覆層の形成後は、カソードアークイオンプレーティング装置30内のガスを排気した。実施例10の表面被覆切削工具の被覆層の断面をSEMにより観察したところ被覆層全体の厚み(総合計厚み)は18.0μmであることが確認された。
(実施例11)
図3に示すカソードアークイオンプレーディング装置30の回転式基材ホルダ4に基材5をセットするとともに、A層用カソード6にAl0.7Cr0.3ターゲットをセットし、B層用カソード7にAl0.70.3ターゲットをセットした。
そして、基材上にまず0.006μmの厚みのAl0.70.3N層からなるB層を形成し、次に0.006μmの厚みのAl0.7Cr0.3N層からなるA層を形成し、その後、B層とA層とをこの順序で1層ずつ交互に積層した(すなわち、最下層はAl0.70.3N層からなるB層となる)。なお、A層およびB層のそれぞれの厚みについては基材5の回転速度の増減により調整した。
そして、A層の積層数およびB層の積層数がそれぞれ350層になったところで(A層の合計厚み:2.1μm、B層の合計厚み:2.1μm)、A層用カソード6およびB層用カソード7に供給する電流をストップした。
上記以外は実施例1と同様にして、A層とB層との交互層からなる被覆層を形成し、実施例11の表面被覆切削工具(刃先交換型切削チップ)を作製した。そして、被覆層の形成後は、カソードアークイオンプレーティング装置30内のガスを排気した。実施例11の表面被覆切削工具の被覆層の断面をSEMにより観察したところ被覆層全体の厚み(総合計厚み)は4.2μmであることが確認された。
(実施例12)
図3に示すカソードアークイオンプレーディング装置30の回転式基材ホルダ4に基材5をセットするとともに、A層用カソード6にAl0.7Cr0.3ターゲットをセットし、B層用カソード7にAl0.70.3ターゲットをセットした。
そして、基材上にまず0.006μmの厚みのAl0.70.3N層からなるB層を形成し、次に0.006μmの厚みのAl0.7Cr0.3N層からなるA層を形成し、その後、B層とA層とをこの順序で1層ずつ交互に積層した(すなわち、最下層はAl0.70.3N層からなるB層となる)。なお、A層およびB層のそれぞれの厚みについては基材5の回転速度の増減により調整した。
そして、A層の積層数およびB層の積層数がそれぞれ350層になったところで(A層の合計厚み:2.1μm、B層の合計厚み:2.1μm)、A層用カソード6およびB層用カソード7に供給する電流を一旦ストップした。
その後、カソードアークイオンプレーティング装置30内のガスを一旦排気した後に、チャンバ1内に反応ガスとして窒素とメタンとの混合ガスを導入しながら、基材5の温度を400℃、反応ガス圧を2.0Pa、バイアス電源20の電圧を−350Vに維持したまま、B層用カソード7に100Aのアーク電流を供給することにより、B層用カソード7から金属イオンを発生させて、0.5μmの厚みのAl0.70.30.40.6層からなる最上層を形成した。そして、最上層の形成後にバイアス電源20に供給する電流をストップした。
上記以外は実施例1と同様にして、A層とB層との交互層と上記の最上層とからなる被覆層を形成し、実施例12の表面被覆切削工具(刃先交換型切削チップ)を作製した。実施例12の表面被覆切削工具の被覆層の断面をSEMにより観察したところ被覆層全体の厚み(総合計厚み)は4.7μmであることが確認された。
(実施例13)
図3に示すカソードアークイオンプレーディング装置30の回転式基材ホルダ4に基材5をセットするとともに、A層用カソード6にAl0.65Cr0.3Si0.05ターゲットをセットし、B層用カソード7にAl0.650.3Si0.05ターゲットをセットした。
そして、基材上にまず0.006μmの厚みのAl0.65Cr0.3Si0.05N層からなるA層を形成し、次に0.006μmの厚みのAl0.650.3Si0.05N層からなるB層を形成し、その後、A層とB層とをこの順序で1層ずつ交互に積層した(すなわち、最下層はAl0.65Cr0.3Si0.05N層からなるA層となる)。なお、A層およびB層のそれぞれの厚みについては基材5の回転速度の増減により調整した。
そして、A層の積層数およびB層の積層数がそれぞれ300層になったところで(A層の合計厚み:1.8μm、B層の合計厚み:1.8μm)、A層用カソード6およびB層用カソード7に供給する電流をストップした。
上記以外は実施例1と同様にして、A層とB層との交互層からなる被覆層を形成し、実施例13の表面被覆切削工具(刃先交換型切削チップ)を作製した。そして、被覆層の形成後は、カソードアークイオンプレーティング装置30内のガスを排気した。実施例13の表面被覆切削工具の被覆層の断面をSEMにより観察したところ被覆層全体の厚み(総合計厚み)は3.6μmであることが確認された。
(実施例14)
図3に示すカソードアークイオンプレーディング装置30の回転式基材ホルダ4に基材5をセットするとともに、A層用カソード6にAl0.65Cr0.30.05ターゲットをセットし、B層用カソード7にAl0.650.30.05ターゲットをセットした。
そして、基材上にまず0.006μmの厚みのAl0.65Cr0.30.05N層からなるA層を形成し、次に0.006μmの厚みのAl0.650.30.05N層からなるB層を形成し、その後、A層とB層とをこの順序で1層ずつ交互に積層した(すなわち、最下層はAl0.65Cr0.30.05N層からなるA層となる)。なお、A層およびB層のそれぞれの厚みについては基材5の回転速度の増減により調整した。
そして、A層の積層数およびB層の積層数がそれぞれ300層になったところで(A層の合計厚み:1.8μm、B層の合計厚み:1.8μm)、A層用カソード6およびB層用カソード7に供給する電流を一旦ストップした。
その後、カソードアークイオンプレーティング装置30内のガスを一旦排気した後に、チャンバ1内に反応ガスとして窒素とメタンとの混合ガスを導入しながら、基材5の温度を400℃、反応ガス圧を2.0Pa、バイアス電源20の電圧を−350Vに維持したまま、B層用カソード7に100Aのアーク電流を供給することにより、B層用カソード7から金属イオンを発生させて、0.5μmの厚みのAl0.650.30.050.40.6層からなる最上層を形成した。そして、最上層の形成後にバイアス電源20に供給する電流をストップした。
上記以外は実施例1と同様にして、A層とB層との交互層と上記の最上層とからなる被覆層を形成し、実施例14の表面被覆切削工具(刃先交換型切削チップ)を作製した。実施例14の表面被覆切削工具の被覆層の断面をSEMにより観察したところ被覆層全体の厚み(総合計厚み)は4.1μmであることが確認された。
(実施例15)
図3に示すカソードアークイオンプレーディング装置30の回転式基材ホルダ4に基材5をセットするとともに、A層用カソード6にAl0.7Cr0.3ターゲットをセットし、B層用カソード7にAl0.70.3ターゲットをセットした。
そして、基材上にまず0.006μmの厚みのAl0.7Cr0.30.9層からなるA層を形成し、次に0.006μmの厚みのAl0.70.30.9層からなるB層を形成し、その後、A層とB層とをこの順序で1層ずつ交互に積層した(すなわち、最下層はAl0.7Cr0.30.9層からなるA層となる)。なお、A層およびB層のそれぞれの厚みについては基材5の回転速度の増減により調整した。
そして、A層の積層数およびB層の積層数がそれぞれ300層になったところで(A層の合計厚み:1.8μm、B層の合計厚み:1.8μm)、A層用カソード6およびB層用カソード7に供給する電流をストップした。
上記以外は実施例1と同様にして、A層とB層との交互層からなる被覆層を形成し、実施例15の表面被覆切削工具(刃先交換型切削チップ)を作製した。そして、被覆層の形成後は、カソードアークイオンプレーティング装置30内のガスを排気した。実施例15の表面被覆切削工具の被覆層の断面をSEMにより観察したところ被覆層全体の厚み(総合計厚み)は3.6μmであることが確認された。
(実施例16)
図3に示すカソードアークイオンプレーディング装置30の回転式基材ホルダ4に基材5をセットするとともに、A層用カソード6にAl0.7Cr0.3ターゲットをセットし、B層用カソード7にAl0.70.3ターゲットをセットした。
そして、基材上にまず0.006μmの厚みのAl0.7Cr0.31.1層からなるA層を形成し、次に0.006μmの厚みのAl0.70.31.1層からなるB層を形成し、その後、A層とB層とをこの順序で1層ずつ交互に積層した(すなわち、最下層はAl0.7Cr0.31.1層からなるA層となる)。なお、A層およびB層のそれぞれの厚みについては基材5の回転速度の増減により調整した。
そして、A層の積層数およびB層の積層数がそれぞれ300層になったところで(A層の合計厚み:1.8μm、B層の合計厚み:1.8μm)、A層用カソード6およびB層用カソード7に供給する電流をストップした。
上記以外は実施例1と同様にして、A層とB層との交互層からなる被覆層を形成し、実施例16の表面被覆切削工具(刃先交換型切削チップ)を作製した。そして、被覆層の形成後は、カソードアークイオンプレーティング装置30内のガスを排気した。実施例16の表面被覆切削工具の被覆層の断面をSEMにより観察したところ被覆層全体の厚み(総合計厚み)は3.6μmであることが確認された。
(比較例1〜4)
比較として、実施例1〜16のそれぞれと同一の基材上に表1に示す組成の被覆層が形成された比較例1〜4の表面被覆切削工具を作製した。なお、比較例1〜3の表面被覆切削工具においては、実施例1〜16の表面被覆切削工具のように交互層が形成されていないが、表1においては、比較例1〜3の表面被覆切削工具の被覆層(単一層)の組成は、便宜上、交互層のA層の欄に記載している。
Figure 0005061394
ここで、表1における「1層厚み」とは交互層を構成するA層およびB層のそれぞれの1層当たりの厚みのことを意味する。表1におけるA層およびB層の1層厚みの値および最上層の厚みの値はそれぞれSEMまたはTEMを用いて測定した値である。
また、表1における「積層数」とは、A層およびB層が1層ずつ交互に積層されている交互層中におけるA層およびB層のそれぞれの総層数のことを意味する。
また、表1におけるA層、B層および最上層の組成はそれぞれXPS(X線光電子分光分析装置)を用いて測定されたものである。
なお、表1における交互層を構成するA層およびB層の各層の組成において、たとえば実施例1のB層「Al0.70.3N」はAlとVとを含む窒化物のことを意味し、B層を構成する金属原子(すなわちAlとV)の総数を1としたときのAlの原子数の比が0.7であることを示し、Vの原子数の比が0.3であることを示し、上記の金属原子の総数を1としたときのNの原子数の比が1であることを示す。
また、表1における最上層の組成において、たとえば実施例12の最上層「Al0.70.30.40.6」はAlとVとを含む炭窒化物のことを意味し、最上層を構成する金属原子(すなわちAlとV)の総数を1としたときのAlの原子数の比が0.7であることを示し、Vの原子数の比が0.3であることを示し、金属原子の総数を1としたときCとNの原子数の総数は1であり、CとNとの総数を1としたときのCの原子数の比が0.4であり、Nの原子数の比が0.6であることを示す。なお、組成に関する表記は、特に断りのない限り他の実施例および比較例においても同内容を示すものとする。
Figure 0005061394
ここで、表2における被覆層の硬度(GPa)の値は、ナノインデンター(MTS社製Nano Indenter XP)により確認された値である。また、表2における被覆層の圧縮残留応力(−GPa)の値は、X線残留応力測定装置を用いてsin2ψ法(「X線応力測定法」(日本材料学会、1981年株式会社養賢堂発行)の54〜67頁参照)により測定された値である。また、表2における被覆層全体の結晶構造はX線回折装置により解析されたものである。なお、これらの表記および測定方法は、特に断りがない限り同一とする。
<表面被覆切削工具の寿命評価>
上記の工程で作製した実施例1〜16および比較例1〜4の表面被覆切削工具のそれぞれについて、実際に表3に示す条件で乾式の正面フライス切削試験(断続切削試験)、および穴が多数あいたブロックによる強断続加工切削試験(強断続切削試験)を行ない、バリや加工面が白濁して製品規格から外れるまでの時間、または刃先が欠損するまでの時間(min)を測定した。これらの断続切削試験および強断続切削試験の工具寿命の評価結果を表4に示す。なお、表4において、断続切削試験および強断続切削試験の切削時間(min)の値が大きい方が表面被覆切削工具の工具寿命が長いことを示している。
Figure 0005061394
Figure 0005061394
表4より明らかなように、実施例1〜16の表面被覆切削工具のように、被覆層がA層とB層とが交互にそれぞれ1層以上積層された交互層を含み、A層はAlとCrとを含む窒化物からなり、A層を構成する金属原子の総数を1としたときのCrの原子数の比が0.05よりも大きく0.4以下であり、B層はAlとVとを含む窒化物からなり、B層を構成する金属原子の総数を1としたときのVの原子数の比が0.05以上0.4以下を満たす場合には、比較例1〜4の表面被覆切削工具と比べて、断続切削試験および強断続切削試験における表面被覆切削工具(刃先交換型切削チップ)の工具寿命が大幅に長くなることが確認された。
すなわち、本発明の実施例1〜16の表面被覆切削工具は、高温での安定性に優れるとともに、刃先のチッピングを抑制し、表面被覆切削工具の工具寿命を長期化することに成功したものと考えられる。
<表面被覆切削工具の作製>
以下のようにして、実施例17〜22のそれぞれの表面被覆切削工具を作製し、実施例11および実施例17〜22ならびに比較例4のそれぞれ表面被覆切削工具の工具寿命を評価した。
(実施例17)
まず、実施例11と同様にして、0.006μm厚みのAl0.7Cr0.3N層からなるA層と0.006μm厚みのAl0.70.3N層からなるB層とを1層ずつ交互にそれぞれ350層ずつ積層してなる交互層を形成した。
次に、チャンバ1内に反応ガスとして酸素とアルゴンガスとを導入しながら、基材5の温度を700℃に設定し、反応ガス圧を2.0Paにした上で、バイアス電源20の電圧を−100VのパルスDC(パルス周波数250kHz、ON時間およびOFF時間とも2μsec)を維持したまま、A層用カソード6に100Aのアーク電流を供給することによって、A層用カソード6から金属イオンを発生させて、交互層の最上層となるB層上に1.5μm厚みの(Al0.7Cr0.323層からなるC層が被覆層の最上層となるように形成して、実施例17の表面被覆切削工具(刃先交換型切削チップ)を作製した。
そして、被覆層の形成後は、カソードアークイオンプレーティング装置30内のガスを排気した。実施例17の表面被覆切削工具の被覆層の断面をSEMにより観察したところ被覆層全体の厚み(総合計厚み)は5.7μmであることが確認された。
(実施例18)
チャンバ1内に反応ガスとして酸素とアルゴンガスとを導入しながら、基材5の温度を700℃に設定し、反応ガス圧を2.0Paにした上で、バイアス電源20の電圧を−100VのパルスDC(パルス周波数250kHz、ON時間およびOFF時間とも2μsec)を維持したまま、B層用カソード7に100Aのアーク電流を供給することによって、B層用カソード7から金属イオンを発生させて、交互層の最上層のB層上に1μm厚みの(Al0.70.323層からなるC層を被覆層の最上層として形成したこと以外は実施例17と同様にして、実施例18の表面被覆切削工具(刃先交換型切削チップ)を作製した。そして、被覆層の形成後は、カソードアークイオンプレーティング装置30内のガスを排気した。実施例18の表面被覆切削工具の被覆層の断面をSEMにより観察したところ被覆層全体の厚み(総合計厚み)は5.2μmであることが確認された。
(実施例19)
チャンバ1内に反応ガスとして酸素とアルゴンガスとを導入しながら、基材5の温度を700℃に設定し、反応ガス圧を2.0Paにした上で、バイアス電源20の電圧を−100VのパルスDC(パルス周波数250kHz、ON時間およびOFF時間とも2μsec)を維持したまま、A層用カソード6またはB層用カソード7に100Aのアーク電流を供給することによって、A層用カソード6とB層用カソード7とから交互に金属イオンを発生させて、交互層の最上層のB層上に(Al0.7Cr0.323層と(Al0.70.323層とが交互にそれぞれ多層に形成された1μm厚みの超多層膜からなるC層を被覆層の最上層として形成したこと以外は実施例17と同様にして、実施例19の表面被覆切削工具(刃先交換型切削チップ)を作製した。そして、被覆層の形成後は、カソードアークイオンプレーティング装置30内のガスを排気した。実施例19の表面被覆切削工具の被覆層の断面をSEMにより観察したところ被覆層全体の厚み(総合計厚み)は5.2μmであることが確認された。
(実施例20)
まず、実施例17と同様にして、0.006μm厚みのAl0.7Cr0.3N層からなるA層と0.006μm厚みのAl0.70.3N層からなるB層とを1層ずつ交互にそれぞれ350層ずつ積層してなる交互層を形成した。
次に、A層用カソード6にAl0.7Cr0.290.01ターゲットをセットし、B層用カソード7にAl0.70.290.01ターゲットをセットした。
その後、チャンバ1内に反応ガスとして酸素とアルゴンガスとを導入しながら、基材5の温度を700℃に設定し、反応ガス圧を2.0Paにした上で、バイアス電源20の電圧を−100VのパルスDC(パルス周波数250kHz、ON時間およびOFF時間とも2μsec)を維持したまま、A層用カソード6またはB層用カソード7に100Aのアーク電流を供給することによって、A層用カソード6とB層用カソード7とから交互に金属イオンを発生させて、交互層の最上層のB層上に(Al0.7Cr0.290.0123層と(Al0.70.290.0123層とが交互にそれぞれ多層に形成された2.5μm厚みの超多層膜からなるC層を被覆層の最上層として形成して、実施例20の表面被覆切削工具(刃先交換型切削チップ)を作製した。そして、被覆層の形成後は、カソードアークイオンプレーティング装置30内のガスを排気した。実施例20の表面被覆切削工具の被覆層の断面をSEMにより観察したところ被覆層全体の厚み(総合計厚み)は6.7μmであることが確認された。
(実施例21)
図7に示すカソードアークイオンプレーティング−スパッタリング複合装置40を用い、実施例17と同様にして、0.006μm厚みのAl0.7Cr0.3N層からなるA層と0.006μm厚みのAl0.70.3N層からなるB層とを1層ずつ交互にそれぞれ350層ずつ積層してなる交互層を形成した。
次に、スパッタカソード16にAl0.7Cr0.290.01ターゲットをセットした。その後、チャンバ1内に反応ガスとして酸素とアルゴンガスとを導入しながら、基材5の温度を700℃に設定し、反応ガス圧を2.0Paにした上で、バイアス電源20の電圧を−100VのパルスDC(パルス周波数250kHz、ON時間およびOFF時間とも2μsec)を維持したまま、スパッタカソードパルスDC電源(パルス周波数100kHz、ON時間を8μsecとし、OFF時間を2μsecとした。)を介してスパッタカソード16に3kWの電力を供給することによってスパッタカソード16から金属イオンを発生させて、交互層の最上層のB層上に3μm厚みの(Al0.69Cr0.290.0223層からなるC層を被覆層の最上層として形成して、実施例21の表面被覆切削工具(刃先交換型切削チップ)を作製した。
そして、被覆層の形成後は、カソードアークイオンプレーティング−スパッタリング複合装置40内のガスを排気した。実施例21の表面被覆切削工具の被覆層の断面をSEMにより観察したところ被覆層全体の厚み(総合計厚み)は7.2μmであることが確認された。
(実施例22)
図7に示すカソードアークイオンプレーティング−スパッタリング複合装置40を用い、実施例17と同様にして、0.006μm厚みのAl0.7Cr0.3N層からなるA層と0.006μm厚みのAl0.70.3N層からなるB層とを1層ずつ交互にそれぞれ350層ずつ積層してなる交互層を形成した。
次に、スパッタカソード16にAl0.69Cr0.20.090.02ターゲットをセットした。その後、チャンバ1内に反応ガスとして酸素とアルゴンガスとを導入しながら、基材5の温度を700℃に設定し、反応ガス圧を2.0Paにした上で、バイアス電源20の電圧を−100VのパルスDC(パルス周波数250kHz、ON時間およびOFF時間とも2μsec)を維持したまま、スパッタカソードパルスDC電源(パルス周波数100kHz、ON時間を8μsecとし、OFF時間を2μsecとした。)を介してスパッタカソード16に3kWの電力を供給することによってスパッタカソード16から金属イオンを発生させて、交互層の最上層のB層上に3μm厚みの(Al0.69Cr0.20.090.0223層からなるC層を被覆層の最上層として形成して、実施例22の表面被覆切削工具(刃先交換型切削チップ)を作製した。
そして、被覆層の形成後は、カソードアークイオンプレーティング−スパッタリング複合装置40内のガスを排気した。実施例22の表面被覆切削工具の被覆層の断面をSEMにより観察したところ被覆層全体の厚み(総合計厚み)は6.7μmであることが確認された。
表5に実施例11および実施例17〜22ならびに比較例4のそれぞれの表面被覆切削工具の被覆層の構成を示し、表6に表面被覆切削工具の被覆層の特性(硬度および圧縮残留応力)および被覆層の最上層であるC層の結晶構造を示す。
Figure 0005061394
Figure 0005061394
なお、表6における被覆層の最上層となるC層の結晶構造はX線回折装置により解析されたものである。また、表5および表6に示す上記以外の表記は上記と同様であるため、ここではその説明については省略する。
<表面被覆切削工具の寿命評価>
実施例11および実施例17〜22ならびに比較例4の表面被覆切削工具のそれぞれについて、実際に表7に示す条件で乾式の正面フライス切削試験(断続切削試験)、穴が多数あいたブロックによる強断続加工切削試験(強断続切削試験)、および連続旋削試験を行ない、バリや加工面が白濁して製品規格から外れるまでの時間、または刃先が欠損するまでの時間(min)を測定した。表7に実施例11および実施例17〜22ならびに比較例4の表面被覆切削工具について断続切削試験、強断続切削試験および連続旋削試験を行なったときのそれぞれの切削条件(被削材、切削速度vc、送りfzおよび切り込みap)を示す。また、表8に実施例11および実施例17〜22ならびに比較例4の表面被覆切削工具について断続切削試験、強断続切削試験および連続旋削試験を行なったときのそれぞれの工具寿命の評価結果を示す。なお、表8において、断続切削試験、強断続切削試験および連続旋削試験の切削時間(min)の値が大きい方が表面被覆切削工具の工具寿命が長いことを示している。
Figure 0005061394
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表8より明らかなように、実施例11および実施例17〜22の表面被覆切削工具のように、被覆層がA層とB層とが交互にそれぞれ1層以上積層された交互層を含み、A層はAlとCrとを含む窒化物からなり、A層を構成する金属原子の総数を1としたときのCrの原子数の比が0.05よりも大きく0.4以下であり、B層はAlとVとを含む窒化物からなり、B層を構成する金属原子の総数を1としたときのVの原子数の比が0.05以上0.4以下を満たす場合には、比較例4の表面被覆切削工具と比べて、断続切削試験、強断続切削試験および連続旋削試験における表面被覆切削工具(刃先交換型切削チップ)の工具寿命が大幅に長くなることが確認された。
すなわち、本発明の実施例11および実施例17〜22の表面被覆切削工具は、高温での安定性に優れるとともに、刃先のチッピングを抑制し、表面被覆切削工具の工具寿命を長期化することに成功したものと考えられる。
以上のように本発明の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および各実施例の構成を適宜組み合わせることも当初から予定している。
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
本発明の表面被覆切削工具は、たとえば、ドリル、エンドミル、フライス加工用スローアウェイチップ、旋削用スローアウェイチップ、メタルソー、歯切工具、リーマまたはタップなどとして好適に用いることができる。
1 チャンバ、2 ガス導入口、3 ガス排出口、4 回転式基材ホルダ、5 基材、6 A層用カソード、7 B層用カソード、8,9 アーク電源、10 表面被覆切削工具、11 被覆層、12 A層、13 B層、14 交互層、15 C層、16 スパッタカソード、20 バイアス電源、40 カソードアークイオンプレーティング−スパッタリング複合装置。

Claims (11)

  1. 基材と、
    前記基材の表面上に形成された被覆層とを含む表面被覆切削工具であって、
    前記被覆層は、A層とB層とが交互にそれぞれ1層以上積層された交互層を含み、
    前記A層は、AlとCrとを含み、Vを含まない窒化物からなり、
    前記A層を構成する金属原子の総数を1としたときの前記Crの原子数比が0.05よりも大きく0.4以下であり、
    前記B層は、AlとVとを含み、Crを含まない窒化物からなり、
    前記B層を構成する金属原子の総数を1としたときの前記Vの原子数比が0.05以上0.4以下であることを特徴とする表面被覆切削工具。
  2. 前記A層の厚みおよびB層の厚みはそれぞれ1nmよりも大きく200nm以下であることを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。
  3. 前記被覆層中で隣り合う前記A層の前記Crの原子数比と前記B層の前記Vの原子数比とが実質的に同じであることを特徴とする請求項1または2に記載の表面被覆切削工具。
  4. 前記被覆層の最下層は、前記A層であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
  5. 前記被覆層の最下層は、前記B層であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
  6. 前記交互層において前記A層と前記B層とは、中間遷移層を挟んで積層されており、
    前記中間遷移層の組成が、前記中間遷移層に接する下層の組成から前記中間遷移層に接する上層の組成へと厚み方向に連続的に変化することを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
  7. 前記被覆層は、−8GPa以上0GPa以下の平均残留応力を有していることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
  8. 前記被覆層の残留応力は、前記被覆層の厚み方向において変化し、前記基材から遠ざかるにしたがって前記被覆層の残留応力の絶対値が大きくなることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
  9. 前記被覆層の結晶構造は、立方晶であることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
  10. 前記被覆層の最上層に、CrおよびVの少なくとも一方と、Alと、を含むAlを主成分とする酸化物からなるC層を含み、前記C層を構成する金属原子の総数を1としたときの前記Crと前記Vとを合計した原子数の比が0よりも大きく0.4以下であることを特徴とする請求項1〜9のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
  11. 前記C層はYをさらに含み、前記C層を構成する金属原子の総数を1としたときの前記Yの原子数の比が0.01よりも大きく0.1以下であることを特徴とする請求項10に記載の表面被覆切削工具。
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