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JP4910095B2 - 発作の警告および予測 - Google Patents

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Description

【0001】
【政府支援研究開発に関する陳述】
この特許出願の主題に付随する研究開発の作業は、交付第R01 NS31451 号として米国国立衛生研究所による支援を受けた。
【0002】
【発明の分野】
本発明は信号処理の分野に関する。より具体的には、本発明は脳が発生した電気および/または電磁気信号の処理に関係する。
【0003】
【背景】
てんかんは、大脳皮質における発作性放電により引き起こされる反復性の脳機能障害を特徴とする慢性疾患である。治療しないと、てんかん患者は発作を繰り返しがちであり、この発作は典型的には何らかのレベルの意識障害を伴う。一部の形態のてんかんは、投薬療法によりうまく治療することができる。しかし、側頭葉てんかん(TLE) および前頭葉てんかん(FLE) を包含する別の形態のてんかんでは、投薬療法はあまり有効ではない。TLE およびFLE では、発作性放電を開始させる原因となる、海馬および/または大脳皮質のてんかん誘発巣(epileptogenic focus) と呼ばれる部分を除去することが、発作を抑制する試みとして時に行われる。
【0004】
かなり以前から、医学研究界の数名の研究者が、発作の予測および/または発作の警告を効果的に行う技術の開発を試みてきた。ここで、発作予測は発作の開始(発症)時間の長期的な予見を伴うものと理解されるのに対し、発作警告は切迫した発作 (切迫発作) につながる症状の長期的な指標を伴うものと理解されよう。当業者なら必ず認めるように、このような技術はどれも臨床面ならびに非臨床面で多くの応用が可能である。例えば、慣用の投薬療法に耐性のある患者をより効果的に治療するため、このような技術は、切迫発作を防ぐために患者の血流中に1回分の抗てんかん薬剤を送り出すように設計されたデバイス、恐らくは埋め込み型のデバイス、と併用することになるかもしれない。
【0005】
別の例では、このような技術は、手術中に除去すべきてんかん誘発巣の正確な位置決めを助けるため、手術前評価時に使用されうる。発作時にてんかん誘発巣への血液量が著しく増大することは認められよう。ある種の放射性標識したリガンドを患者の血流中にタイムリーに注入すれば、その増大した血液量をラジオグラフィー (放射線写真法) を利用して監視することが可能であり、それによりてんかん誘発巣の境界を医師が正確に位置決めすることが可能となる。真の発作予測および/または警告技術は、例えば上記ラジオグラフィー用リガンドの準備と投与のための十分な時間を与えるように、十分に前もって切迫発作の指標を与えるのが理想的であろう。
【0006】
脳の生理学的状態を評価する最も重要な手段は、脳波図 (脳電図)(EEG)である。EEG の解析および解釈の標準は、訓練を受けた臨床脳電図技師によるEEG の記録図の目視検査である。EEG の目視解析により発作の開始を予測する確立された方法はない。従来の信号処理(シグナルプロセッシング)技術は、EEG 信号については実用的な情報をほとんど与えない。脳は、非線形信号を発生し、空間的ならびに時間的な特性を示す多次元系であるので、このような方法の有効性は限られてしまう。さらに、標準的な線形の時系列解析法を単に採用しただけの信号処理技術は、有効な発作警告を行うのに不可欠の時空的(時間・空間的)特性をとても検出することはできない。
【0007】
現在までのところ、発作開始に先立って発作の検出、警告等を行うことができる線形または非線形技術は存在しない。せいぜい、現在の技術は、とても望ましい精度ではないが、EEG における発作放電のごく初期段階(即ち、最初の放電から数秒間)での発作の検出を与えるにすぎない。特に頭蓋内電極をEEG 記録に採用した場合には、EEG の発作放電の開始は、発作の臨床的発現(例、挙動および運動支配の応答)に数秒以内の時間で先行することがある。EEG での発現が発作の臨床的発現のほんの数秒前に検出されることがあるため、EEG の評価による発作の予測が可能であると主張する研究者もいた。Osorio et al.,「発作のリアルタイム自動化検出および定量分析と臨床的開始の短時間予測」Epilepsia, vol. 39, pp. 615-627, 1998 。この種の技術は単に発作のEEG 発現を検出するにすぎないので、上記のような主張は誤解のもととなる。そうではなく、この種の技術は発作の予測を与えない。残念ながら、このような初期の発作検出技術により与えられる数秒間という時間は、既に述べたような内科的(medical) 介入 (インターベンション) 療法および入院患者(in-patient)応用といった実際的な応用を支えるには不十分である。例えば、内科的介入療法に対する発作検出/警告技術の採用に関して、発作の検出/警告が発作開始の5秒前、10秒前、さらには60秒前にあったとしても、その時点で投与されたいかなる薬剤も、切迫発作を予防するのに十分な脳内濃度に達するだけの時間がないであろうから、何らかの利益が得られる見込みはない。発作開始前の数分以内に発作警告の検出および/または発生が可能となりうる技術ですら、このような治療を支えないかもしれない。また、各種の入院患者応用を支えるための発作検出/警告技術の利用に関しても、現在の技術は、医療スタッフが切迫発作を適正に観察し、発作を避けるために薬剤を投与し、または上述したラジオグラフィー法のような任意の手術前処置の準備または実施を行うことができるように、スタッフに警告を出すのに必要な、タイムリーな発作の検出/警告を一貫して正確に行うことができない。
【0008】
より最近に開発されたいくつかの技術は、よりタイムリーでより正確な発作検出/警告能力を付与する試みにおいて、単純な線形の時系列解析を超えるものであった。このような最新のある技術によると、1または2以上のEEG チャネルからの信号を比較的短時間の間隔でサンプリングする。次に、「遅延法(Method of Delays)」と呼ばれる慣用技術を用いて、各チャネルから高次元状態空間プロット(high dimensional state space plot) を作成する。遅延法のより詳しい説明は、L. Iasemidis et al.,「非線形動力学の枠組内でのEEG における隠れた時間依存性の定量」B.H. Jansen & M.E. Brandt 編、EEG の非線形動的解析 (World Scientific, シンガポール, 1993) pp. 30-47 所載に見ることができる。また、F. Takens「乱れにおける奇妙なアトラクタの検出」D.A. Rand & L.S. Young編、Lec. Notes Math., (Springer-Verlag, 1980), 898, pp. 366-381 所載; およびH. Whitney「微分可能な多様体」Ann. Math., 37 (1936), pp. 645-680も参照。各状態空間プロットを用いて、次いで対応信号に対する相関積分(correlation integrals) を導出する。この相関積分は対応信号に伴う複雑度 (例、相関次元、予測性指数) を表す。特定の脳内部位における相関積分値または相関次元の経時的な著しい低下 (例、複雑度の低下) を用いて、切迫発作の警告を発動させることができる。J. Martinerie et al.,「てんかん発作は非線形解析により予想できる」Nature Medicine, vol. 4, pp. 1173-1176, 1998参照。また、C.E. Elger et al.,「脳電気活動の非線形時系列解析による発作予測」European Journal of Neuroscience, vol. 10, pp. 786-789, 1998も参照。
【0009】
上に示した技術には多くの欠点が付随する。例えば、信号複雑度の推定測度は、脳内状態に依存するので信頼性がなく、てんかん様活動を持たないセグメントが基準状態として随意に選択される。これはまた、多くの電極位置のどれが信号複雑度の推定に関与しているのかにも依存する。さらに、この技術は、脳内部位を適正に選択する方法を与えない。また、切迫発作の警告を発動するのに用いる閾値が随意で、適応性ではない。従って、この技術は実用的な有用性を、仮にあっても、ほとんど与えない。
【0010】
非線形方法を採用する別の技術が、米国特許5,857,978 ("Hively et al.") に記載されている。Hively特許によると、てんかん発作は患者から脳波データ (例、EEG またはMEG データ) を獲得することにより予測可能である。データ信号を次にディジタル化した後、短い連続した時間間隔中に各信号について非線形測度を生じさせるため、各信号に各種の非線形技術を適用する。各信号に付随するこれらの測度(measures)を、次いで「既知の発作予測子(seizure predictor)」と比較する。
【0011】
Hively特許に記載された技術には多くの問題が付随する。まず、Hively特許で採用している非線形技術は、発作開始直前の発作前移行期中に起こるEEG またはMEG 信号動力学の変化を検出および定量化できるだけである。これらの変化の存在はかなり前から知られていた。L. Iasemidis et al.,「側頭葉てんかんのECoGデータの非線形動力学」Electroencephalography and Clinical Neurophysiology, vol. 5, p. 339 (1988)。これらの変化の単なる検出は真の発作予測を構成しない。
【0012】
第二に、真の発作予測能力を与えるには、条件の厳密な範囲を規定する必要がある。これは、これらの条件が満たされた時に、或るレベルの確度で発作予測を発することができるようにするためである。Hively特許はこの情報を規定しておらず、このような情報を決定しうる技術についても全く説明がない。Hively特許は単に、EEG またはMEG 信号に付随する急激な増大、山 (ピーク) および谷といった或る種の「発作表示子(seizure indicator)」を監視するにすぎない。これらの「表示子」の具体的な値を全く規定していない。これをしていない1つの理由は、Hively特許の表1および表2のデータが示唆するように、これらの「表示子」に付随する値が患者ごと、そして発作ごとに変化するからである。従って、真の発作予測技術は、このような「表示子」に適切に頼ることはできない。
【0013】
第三に、Hively特許は「表示子」を「既知の発作予測子」と比較することを提案している。しかし、現在まで、真の発作予測子は知られていない。
以上の議論から、現在までの技術またデバイスはいずれも、真の発作予測および/または警告を行うことができないことは明らかである。しかし、このような技術またはデバイスは、発作疾患に罹患している者だけでなく、てんかん発作関連症状に苦しむ者に対するケアおよび有効な治療の提供が委ねられている医学界のメンバーにとっても、強大な関心および重要性があろう。
【0014】
【発明の要約】
脳内のある部位が示す時空的特性は、脳内の別の部位が示す時空的な生理学的特性と比較した時に、切迫発作前は、発作のない時間中にこれらの部位が示す時空的特性と比べて、著しく相違する。後でより詳しく説明するように、これらの時空的特性は、発作の発生より数時間前、場合によっては数日前から著しく相違することが判明した。そのため、本発明では、これらの相違を、個々の患者の発作移行表示子(seizure transition indicator)」として使用する。
【0015】
より詳しくは、本発明は、これらの決定的な時空的特性変化を、切迫発作の警告(ISW) 、切迫発作より数時間前もしくは数日前の発作感受期の検出(SSPD, seizure susceptibility period detection) 、ならびに切迫発作予測までの推定時間(TISP)を行う目的で定量化する。これらの時空的特性変化の定量化において、本発明は、上述した従来技術とは異なり、対応する電極部位の挙動に付随するカオス度(chaoticity 、無秩序性) の測度を表す、短期最大リャプノフ指数(short-term largest Lyapunov exponent)の逐次的推定値に大いに依存する。また、上述した従来技術の大半とは異なり、本発明は、2以上の電極位置 (即ち、信号チャネル) の間での動的測度の逐次的比較を利用する。
【0016】
従って、本発明の1つの目的は、発作開始より十分に先立って切迫発作の警告を行うことである。
本発明の別の目的は、発作開始の数日前でなくても、数時間前に、発作感受期の検出を行うことである。
【0017】
本発明のさらに別の目的は、特に切迫発作警告の発生後に、発作開始までの時間量を正確に予測することである。
本発明のさらに別の目的は、本発明のISW, SSPD およびTISPの態様を、抗てんかん薬の投薬介入療法および神経刺激療法といった、発作介入技術と結びつけて利用することである。
【0018】
本発明の別の目的は、本発明のISW, SSPD およびTISPの態様を、手術前評価および診断処置をはじめとする、各種の入院患者適用と結びつけて利用することである。
【0019】
本発明の第1の側面によると、上記および他の目的が、多次元系を解析する方法によって達成される。この方法は、多次元系が発生した多数の信号のそれぞれを測定することを含み、ここで多数の信号のそれぞれは、その多次元系内の対応する空間位置に付随する応答を表示する。次に、多数の信号のそれぞれについて位相空間表示を発生させる。多数の信号のそれぞれについて位相空間表示を発生させた後、多数の信号のそれぞれについて信号プロファイルを導出し、ここで各信号プロファイルは各対応信号の経時的なカオス度のレベルを表す。次に、信号プロファイルのそれぞれを比較し、1または2以上の群の信号を、それらの対応信号プロファイル間の比較に基づいて選択する。最後に、その多次元系の状態動力学(state dynamics)を、選択した1または2以上の信号群に付随する信号プロファイル比較の関数として特性表示 (キャラクタライゼーション) する。
【0020】
本発明の第2の側面によると、上記および他の目的が、発作の警告および予測を行う方法によって達成される。この方法は、脳の周囲の多数の位置のそれぞれから時系列信号を獲得することを含み、ここで各信号およびその対応位置は対応するチャネルを構成する。次に、各チャネルについて、対応する時系列信号に基づいて時空応答を発生させる。この方法は次に、対応する時空応答に基づいて各チャネルに対するカオス度値のシーケンスを定量化することを含み、ここで各カオス度値のシーケンスがカオス度プロファイルを構成する。経時的に、いくつかのチャネル対のそれぞれに付随するカオス度プロファイルを比較し、チャネル対のそれぞれに付随するカオス度プロファイル間のエントレインメント(entrainment、同調) のレベルを評価する。次に、1または2以上のチャネル対に付随するエントレインメントのレベルが統計学的に有意であるか否かを決定し、1または2以上のチャネル対に付随するエントレインメントのレベルが統計学的に有意であると決定されたなら、発作警告を発生する。
【0021】
本発明の第3の側面によると、上記および他の目的が、発作阻止デバイスを作動させる方法によって達成される。この方法は、多数の信号のそれぞれを患者の脳の対応位置から獲得することを含み、ここで各信号は別個のチャネルを構成する。次に、各チャネルについて、対応信号に基づいて時空応答を発生させる。この方法は、対応する時空応答に基づいて、各チャネルごとにカオス度値のシーケンスからなるカオス度プロファイルを作成することも含む。次に、ある決定的チャネル対に付随するカオス度プロファイル間のエントレインメントのレベルが統計学的に有意であるか否かを決定する。その決定的チャネル対に付随するエントレインメントのレベルが統計学的に有意であると決定されたら、発作警告を発生し、発作阻止デバイスを発動させて患者に抗発作処置を送り出す。
【0022】
本発明の第4の側面によると、上記および他の目的が、発作阻止を行う装置によって達成される。この装置は、患者の頭部に取付けられた多数のセンサーを備え、ここでセンサーは患者の脳の対応位置からの信号を検出する。この装置はまた、多数のセンサーにより検出された多数の信号に基づいて発作警告を発生するための処理 (プロセシング) 手段も備え、ここで該処理手段は下記から構成される:多数のセンサーで検出された多数の信号を受信する手段;センサーにより検出された多数の信号を、信号のそれぞれについてディジタル等価信号を生ずるように予備処理する手段;多数のディジタル信号の対応するもののそれぞれについて時空応答を発生させる手段;各時空応答からのカオス度値のシーケンスからなるカオス度プロファイルを作成する手段;ある決定的信号対に付随するカオス度プロファイル間のエントレインメントのレベルが統計学的に有意であるか否かを決定する手段;および該決定的信号対に付随するエントレインメントのレベルが統計学的に有意であると決定された場合に発作警告を発生する手段。最後に、この装置は、上記処理手段に連結された発作阻止デバイスを備え、この発作阻止デバイスは、発作警告が発生した場合に患者に抗発作処置を送り出す手段を含んでいる。
【0023】
本発明の目的および利点は、以下の詳細な説明を添付図面を参照しながら読むことによって理解されよう。
【0024】
【発明の詳しい説明】
てんかん発作のような発作は多段階事象である。その各種段階は、発作前段階、発作性段階、発作後段階、および発作間段階を含む。図1(a) 〜(e) は、ある患者がてんかん発作の各種段階を通って移行する間に、てんかん誘発巣の上に位置する1つの電極から記録した典型的な脳電図(EEG) 信号を示す。より具体的には、図1(a) は、発作開始に先行する期間を意味する発作前段階におけるEEG 信号の時系列を例示する。図1(b) は、発作開始を包含する、発作前段階と発作性段階との間の移行期間におけるEEG 信号の時系列を例示する。それに続いて、次に図1(c) は、てんかん発作中である発作性段階におけるEEG 信号を表す。ここで、発作性段階は発作開始により始まり、発作が終わるまで続く。図1(d) は、図1(b) と同様に、移行期間をカバーする。この場合、図1(d) は発作性段階から発作後段階への移行時のEEG 信号の時系列を示し、発作終了を包含する。次に、図1(e) は、発作後段階におけるEEG 信号を示し、ここで発作後段階は発作終了直後の期間をカバーする。
【0025】
上述したように、発作前段階は発作開始に先行するある期間を意味する。しかし、より重要には、発作前段階とは、脳が、時空的にカオスである状態から、空間的には秩序で時間的にはカオスが低減した状態への、動的移行を受けている期間を意味する。後でより詳しく説明するが、発作前段階におけるこの動的移行は、さまざまな皮質部位に付随する時空応答の動的エントレインメントにより特徴づけられる。より具体的には、このようなさまざまな皮質部位での時空応答の動的エントレインメントは下記の点でさらに特徴づけることができる:
(1) 上述した各種皮質部位のそれぞれに対応する最大リャプノフ指数値 (即ち、Lmax) の漸進的な収束 (即ち、エントレインメント) 、ここで、当業者は容易に理解するように、Lmaxは対応皮質部位の時空応答に付随するカオス度の尺度を与える;および
(2) 各種皮質部位に付随するLmaxプロファイルの漸進的な位相ロッキング (固定化)(即ち、位相エントレインメント) 。
【0026】
但し、カオス度プロファイルの動的エントレインメントの他の尺度も適用しうることは言うまでもない (例、Lmaxプロファイルの一次もしくは二次もしくはより高階の導関数の中から) 。
【0027】
当業者なら容易に理解するように、図1(a) 〜(e) に示したEEG 信号のどれかようなEEG 信号は、対応する電極がたまたま置かれた脳のある部分の時空的相互作用に付随する時間応答を表す時系列である。脳は複雑な多次元系であるので、EEG 信号および他の既知の等価信号は、脳が示す真の時空的特性を目視可能に反映しておらず、また反映できない。従って、発作予測および/または警告を行うためにEEG 信号を処理する従来の線形および非線形方法は、発作前段階において脳が示す決定的な時空特性をEEG 信号から検出することができないので、一般に有効ではないことがわかった。しかも、このような決定的な時空特性は、発作開始のかなり前、場合によっては発作開始の数日前に存在するのである。そのため、発作前段階において脳が示すこのような時空特性は、どのような真の発作予測スキームにも不可欠である。
【0028】
EEG 信号の欠陥をよりよく図示するため、図2は左側頭葉発作の開始をカバーする20秒のEEG セグメントを示す。図2のEEG セグメントは、12個の左右対称に配置された海馬深部電極 (即ち、電極LDO1〜LDO6およびRDO1〜RDO6) 、8個の硬膜下側頭電極 (即ち、電極RST1〜RST4およびLST1〜LST4) 、ならびに8個の硬膜下眼窩前頭電極 (即ち、電極ROF1〜ROF4およびLOF1〜LOF4) からリンクした耳を参照にして記録された。発作開始は、約1.5 秒でEEG セグメント中に左深部電極、特にLDO1〜LDO3 (LDO2が最も顕著であるが) における一連の高振幅の鋭波と徐波の複合として始まる。数秒のうちに、発作は右硬膜下側頭電極RST1に広がり、次に右深部電極RDO1〜RDO3に広がる。特に重要な点は、EEG 信号が発作開始前はEEG セグメント中に約1.5 秒は正常に見えることである。
【0029】
本発明は早期の切迫発作の警告(ISW) を行う技術を包含する。本発明は、発作前段階においた起こる上述した決定的な時空変化に焦点を当てることによって、この早期ISW を行う。さらに、本発明はこの能力を、図2に示したように、EEG が発作前段階中には切迫発作の兆候を全く示さなくても発揮する。しかも、ISW を行うだけでなく、本発明は、発作感受期の検出(SSPD)、即ち、発作発生のかなり前 (例、発作の数日前の発作間の期間中) での異常な脳活動の存在の検出、を行うこともできる。さらに本発明は、切迫発作までの時間予測(TISP)を行うこともでき、ここでTISPは発作開始までに経過すると予期される時間量を表す。
【0030】
図3は、本発明の典型的な態様に従って、早期ISW, SSPD およびTISPを行うための手順を示すフローチャートである。図示のように、この手順はまず、手順工程305 に従って、脳が発生した電気または電磁気信号を獲得することを含む。これらの信号のそれぞれは、例えば、当業者は容易に理解するように、1個のEEG チャネルに対応していてもよい。各信号を次に手順工程310 に示すように予備処理する。予備処理は典型的には、信号増幅、フィルタリングおよびディジタル化を含む。ディジタル化した信号のそれぞれを次に、手順工程315 に示すように、一組の順次サンプル (即ち、エポック) を生ずるようにサンプリングする。手順工程320 では、これらのサンプルを用いて、各信号エポックごとに1つの位相空間ポートレートを作成する。位相空間ポートレートのそれぞれを作成している間に、手順工程325 に従って、その位相空間の隣接軌道の発散率(rate of divergence)を各ポートレートごとに計算する。この発散率は対応信号に付随するカオス度のレベルを表す。また、工程330 に従って、各信号について、平均発散率およびその標準偏差も定期的に導出する。ここで、各平均発散率の値は、「スライディング (変化する) 」時間のウィンドウの内部の多くの発散率の値に基づく。各信号に付随する平均発散率の値を次に、手順工程335 に示すように、統計学的尺度 (例、T指数) を用いて、他の信号のそれぞれに付随する平均発散率の値と比較する。
【0031】
図3に示した手順を、例えば、新たな患者に組合わせて最初に使用する時には、初期化期間があるだろう。この初期化期間では、判定工程340 からの"YES" 経路に従って、数回でなくとも、少なくとも1回の発作の前、発作中および発作直後に、脳が発生した信号を手順工程305 〜335 に従って獲得、処理および比較する。次いで、各発作の後に、判定工程345 からの"YES" 経路で示すように、手順工程360 に従って、いくつかの「決定的」チャネル対を同定してもよい。これは、信号のそれぞれおよび全ての対について、手順工程335 に従って行った平均発散率の比較に基づいて行う。本発明の目的にとって、決定的チャネル対とは、一般に、発作開始より十分に前に、比較的高度の相関を示す (例、それらの対応する平均発散率の間のT指数値が統計学的に著しく低い) 一対の信号であると規定される。
【0032】
決定的チャネル対のリストが十分に精密化されたら (例、最初の典型的発作を解析した後の選択過程で新たな信号対が現れなくなったら) 、判定工程340 からの"NO"経路に従って、初期化期間を終了する。その後、ISW, SSPD およびTISP機能を作動させて、決定的チャネル対に付随する平均発散率の比較を用いて、工程350 および355 に従って、ISW, SSPD および/またはTISPをタイムリーに発生させてもよい。
【0033】
初期化期間の間および後に手順工程360 を行うことに留意するのは重要である。この工程は本発明の非常に重要な部分である。これは、発作が、切迫発作の先駆体である、てんかん誘発巣との、脳の時空的エントレインメントのリセット機構であるという知見に基づいている。J.C. Sackellares et al.,「神経リセット機構としてのてんかん発作」Epilepsia, vol. 38, p. 189, 1997を参照。初期化期間が終わっても (即ち、ISW, SSPD およびTISPの態様を作動させた後で) 、発作が起こるごとに、決定的チャネル対のリストを連続的に更新することが重要である理由は、脳は各発作後に必ずしもそれ自体を完全にリセットしないので、結果として、あるチャネル対に付随する時空特性が変化したり、以前には決定的チャネル対であると同定された信号対を決定的チャネル対のリストから除去する必要があったり、逆に以前は決定的チャネル対であると同定されなかった信号対を次回のISW, SSPD またはTISPに使用すべき決定的チャネル対のリストに加入する必要がでてくる場合があるからである。
【0034】
既に述べたように、図3に示した手順は、本発明の典型的な態様に従った一般的な手順を例示するものである。各種の手順工程のそれぞれを実施するのに使用される、具体的技術およびその変更例を以下により詳しく説明する。
【0035】
図3に示すように、手順工程305 は、脳が発生した電気または電磁気信号の獲得を行う。本発明の好適態様によると、典型的には脳電図法を採用して、電極を用いて電位を記録する。この場合、2つの電極が1個の独立したチャネルに対応し、記録は異なる増幅器を用いてなされる。参照記録では、電極の1つが全てのチャネルに共通である。電極対の配置は、各チャネルに付随する信号が脳内の特定の解剖学的部位から導出されるように戦略的になされる。電極配置は、例えば、電極が患者の頭皮に直接置かれる表面位置を包含しうる。或いは、頭蓋内位置からの信号を得る必要がある場合には、硬膜下電極アレイおよび/または深部電極が採用されることもある。ただし、当業者なら理解するように、電極の具体的な配置は患者ならびに信号を記録する用途に依存しよう。
【0036】
図4Aは、脳の下部から見た図と、いくつかの深部および硬膜下電極の典型的な配置を与える。図示のように、電極は、海馬の前後方向平面に沿って配置された、6個の右側頭深部(RTD) 電極および6個の左側頭深部(LTD) 電極を含んでいる。図4Aはまた、眼窩前頭および側頭下皮質表面の下側に配置された、4個の右眼窩前頭(ROF) 、4個の左眼窩前頭(LOF) 、4個の右側頭下(RST) および4個の左側頭下(LST) 硬膜下電極も含んでいる。図4Bは、下右側頭葉上の1ストリップの電極ならびに硬膜下電極アレイを示す。
【0037】
本発明の別の態様によると、脳電磁気図法(MEG) を採用して脳が発生する磁界を記録してもよい。MEG では、超伝導量子干渉デバイス(SQUID) と呼ばれるセンサーのアレイを用いて脳の内部電流源に付随する磁界を検出および記録する。
【0038】
さらに別の態様では、微小電極を脳内に埋め込んで、1つまたはほんの数個のニューロンに付随する電界電位を測定してもよい。微小電極の使用は、例えば、手術処置前にてんかん誘発巣の位置を高度の精度で確定する必要があるといった、非常に精選された用途に有利かもしれないことはいうまでもない。
【0039】
図3に示した第2の手順工程310 は、各チャネルに付随する信号の予備処理を行う。この予備処理工程は、例えば、信号増幅、フィルタリングおよびディジタル化を包含する。好適態様において、カットオフが 0.1〜1Hzの高域フィルターとカットオフが70〜200 Hzの低域フィルターを含む複数のフィルターを採用する。増幅および/または信号記録環境に応じて、他のフィルターも採用しうる。例えば、60 Hz サイクルで動作する電力線または他の何らかの電気器具の近くで信号を記録している場合には、60 Hz ノッチフィルターまたは時間変動型ディジタルフィルターを採用してもよい。いずれにせよ、予備処理工程310 は、各チャネルごとに1つのディジタル時系列を生じさせる。
【0040】
手順工程320 は、各チャネルについての位相ポートレート、特にp次元位相空間ポートレートの作成を行う。ここで、pは脳状態を適正に囲い込むのに必要な次元の数を意味する。本発明の好適態様において、p次元位相空間ポートレートは次のようにして作成するが、ここでpは、発作前状態中にも存在しうる、発作 (性) 状態の動的特性を捕捉するために、少なくとも7であると考えられる。最初に、各チャネルに付随するディジタル信号を、連続した時間セグメント (ここではエポックという) にわたってサンプリングする。各エポックの持続時間は、周波数含有率、振幅、動的特性 (例、カオス度もしくは複雑度) ならびに静止度(stationarity)といった信号特性に応じて、約10秒から約24秒までの範囲でよい。一般に、静止度が増大するとエポック長さも増大する。本発明の典型的態様では、信号は1エポック当たり約2000回サンプリングするのでよく、1エポックの持続時間は約10秒である。
【0041】
次に、所定のエポック中に取られた各信号に付随するサンプルを使用して、対応するチャネルについて位相空間ポートレートを作成する。本発明の好適態様では、位相空間ポートレートは「遅延法」を用いて作成される。遅延法は本技術分野では周知であり、上述したように、動的非線形系の解析に関するこの方法のより詳しい説明は、前掲Taken 及びWhitney の刊行物、並びにIasemidis et al.,「皮質電図の位相空間トポグラフィーおよび部分発作におけるリャプノフ指数」Brain Topogr., vol. 2, pp. 187-201 (1990) に見られる。一般に位相空間ポートレートは、遅延法を用いて、p次元位相空間にプロットすべきポイントとして、時間遅れ(遅延)τにより分離された、p個の連続サンプル値の各単一(unique)シーケンスを独立して処理することにより作成される。本発明の典型的実施では、τは4サンプル (20ミリ秒) に等しい。
【0042】
図5Aは、左側頭皮質を起点とした発作の開始時の典型的EEG 信号に付随する6秒のエポックを示す。図5Bは、図5Aの典型的EEG 信号に対して、三次元に投射した、対応する位相空間ポートレートを、異なる視点から示す。図5Bの位相空間ポートレートに現れる物体は、「アトラクタ」と呼ばれる。アトラクタは、系の構造が変化するまで系の状態がその中で展開し、それに閉じ込められたままとなる位相空間内の領域を意味する。
【0043】
次に、手順工程325 は、各チャネルに付随するアトラクタのカオス度の定量化を行う。もちろん、これを行うのに使用できる違う技術もある。しかし、本発明の好適態様によると、各アトラクタのカオス度をリャプノフ指数を用いて定量化する。リャプノフ指数は、その位相空間内できわめて近接している軌道のポイント対の間の発散 (即ち、膨張もしくは収縮) の平均発散率を意味する。多次元系では、可能なリャプノフ指数の数は再構成された状態空間の次元 (p) に等しい。従って、系の挙動の定量化は、1または2以上のリャプノフ指数のシーケンスの計算を含むことがある。例えば、状態空間を特性表示する次元の数が7であるなら、系の挙動のカオス度を定量化するのに7つの異なるリャプノフ指数シーケンスを計算してもよい。しかし、カオス度の測度の正確さと信号処理効率との間でバランスをとるため、本発明の好適態様によると、最大リャプノフ指数 (即ち、Lmax) だけを用いる。当業者なら容易に認めるように、発作予測の感度および特異性を最適化するために、2以上のリャプノフ指数 (即ち、Lmax以外に他のリャプノフ指数) を利用するのが望ましいこともある。例えば、可能な最高の精度で発作開始時間を予測することが不可欠である場合に、最大リャプノフ指数Lmax以外のものを使用するのが望ましいことがある。
【0044】
さらに、本発明の好適態様によると、Lmax値は最終的に各エポックについて導出され、それにより、各チャネルについての経時的なLmax値のシーケンスが得られる。このLmax値のシーケンス(ここではLmaxプロファイルという) は、対応するチャネルの経時的なカオス度を表す。リャプノフ指数の計算と利用に関するより完全な説明は、例えば、Wolf et al.,「時系列からのリャプノフ指数の決定」Physica D, vol. 16, pp.285-317、およびEckmann et al.,「時系列からのリャプノフ指数」Phys. Rev. A, vol. 34, pp. 4971-4972 (1986) に見られる。Iasemidis et al.の「皮質電図の位相空間トポグラフィーと部分発作におけるリャプノフ指数」と題する刊行物では、短期リャプノフ指数 (即ち、STLmax) の計算および利用方法が説明されており、これは、てんかん患者のEEG からLmaxを正確に推定するのに最高に重要な特徴である、EEG データの非静止性を考慮した方法である。この特徴がそれほど重要であるという理由は、このような患者からのEEG には過大な過渡期(transient)(例、てんかん棘波(spike) 、速波もしくは徐波過渡期等) が存在するからである。
【0045】
手順工程330 および335 は、各チャネル対に付随するLmaxプロファイルのエントレインメントの評価を行う。まず、関係する動的測度の統計値を推測するため、手順工程330 に従って、平均Lmax値およびLmaxの標準偏差値のシーケンスを各チャネルごとに経時的に導出する。好適態様では、各平均Lmax値は、図6に示すように、数個のエポックを包含しうる「スライディング」時間ウインドウの中に入るいくつかの連続したLmax値に基づいて導出する。この時間ウインドウに付随する時間の長さはもちろん変動しうる。但し、本発明の好適態様によれば、「スライディング」時間ウインドウに付随する時間の長さは約5分 (即ち、約30エポックのスパン) である。こうして、手順工程330 は、各チャネルについて経時的に平均Lmax値のシーケンスを生ずる。
【0046】
一般に、工程335 は、対応する信号対がエントレインメントの兆候を示すか否かを決定するため、各チャネルに付随するLmaxプロファイルを、残りの他のチャネルのそれぞれに付随するLmaxプロファイルと比較することを含む。本発明の目的にとって、「エントレインメント」とは、チャネル対を構成する2つの信号間の振幅および/または位相の相関または収束を意味する。一対の信号間の相関の程度を定量化するのに任意の数の統計学的方法を採用しうるが、本発明の好適態様によると、この目的にはT検定を採用する。
【0047】
T検定を適用することにより、各チャネル対に対して、重複し、または重複しないいくつかの「スライディング」時間ウインドウのそれぞれについてT指数が導出される。ここで、1つの時間ウインドウの持続時間は約1分〜約20分の範囲でよい。既に述べたように、本発明の好適態様では、「スライディング」時間ウインドウの持続時間は約5分である。最適には、これらの時間ウインドウに付随する時間の長さは、発作前段階における動的な時空的移行を、十分な分解能および最小の数の計算で捕捉しなければならない。発作前移行はLmaxプロファイル対 (即ち、各チャネル対に付随するLmaxプロファイル) の漸進的なエントレインメントで特徴づけられるので、これらの時間ウインドウの最適長さを決めるのは、Lmaxプロファイル対の間のエントレインメント率および統計学的有意性のレベルである。
【0048】
図7は、代表的な数のチャネル対のそれぞれに付随するLmaxプロファイル間の比較を例示する。より詳しくは、図7は、左側頭深部電極LTD1に付随する信号に対応するLmaxプロファイルと、他の6箇所の代表的な電極部位に付随するLmaxプロファイルとの間の比較を示す。他の6箇所の代表的な電極部位は、左眼窩前頭電極LOF3、右眼窩前頭電極ROF3、左側頭下電極LST4、右側頭下電極RST4、左側頭深部電極LTD3および右側頭深部電極RTD2である。図7は、6つの代表的なチャネル対のLmaxプロファイルの比較を示すだけであるが、本発明の好適態様では、手順工程335 は典型的には6より多いチャネル対に付随するLmaxプロファイルの比較を含むであろう。例えば、信号が20の異なる電極部位で記録されているなら、異なるチャネル対が190 あるので、手順工程335 は典型的には190 のLmaxプロファイルの比較を含むであろう。
【0049】
図8は、図7に示した6つのチャネル対に付随するT指数プロファイルを示す。図8に示したT指数プロファイルから、6つのチャネル対のそれぞれに付随するLmaxプロファイルはいずれも、発作前段階においては次第にエントレインメントになるのに対し、発作後段階では各チャネル対が次第にエントレインメントから離脱していくことは明らかである。但し、Lmaxプロファイルがエントレインメントになり、次にそれから離脱していく比率および程度は変動する。図8に示した例では、電極LTD1と電極LTD3とに付随するチャネル対は、残り5つの信号対に比べて、比較的高レベルのエントレインメント (即ち、比較的低いT指数の値) を示す。電極LTD1と電極RTD2とに付随するチャネル対も、特に発作前段階においては、比較的高レベルのエントレインメントを示す。図8は、発作開始前の60分間および開始後の60分間のT指数の値しか示していないが、発作前の期間は典型的には、発作開始の約15分前から、長いと2時間前に始まる。しかし、ある種の信号、特に決定的チャネル対に付随するものの間で、統計学的有意性を持たないT指数値の低下といった、エントレインメントの兆候が、発作開始のかなり前から明らかとなりうることに留意することは極めて重要である。実際、決定的チャネル対が実際の発作の数日前に切迫発作の兆候を示すことが起こりうる。
【0050】
さらに、本発明の好適態様によると、手順工程340 、345 および360 は、初期化期間の確定と、その後の決定的チャネル対のライブラリまたはリストの更新および/または維持を行う。本発明の目的にとって、決定的チャネル対とは、他のチャネル対より十分に先立って切迫発作の兆候となる性質 (例、エントレインメント) を一緒になって示す一対の信号、例えば、図7および8に示した電極LTD1とLTD3とに付随する信号の対、であると定義される。あるチャネル対を決定的チャネル対であると同定することは、図3のフローチャートに示すように、発作の前、間および後で各チャネル対に対して導出されたLmaxプロファイル比較データ (即ち、T指数プロファイル) に基づいた発作後の事象である。決定的チャネル対のライブラリを作成および維持することは、各発作後に、新たなチャネル対を決定的チャネル対ライブラリに加入することがある一方で、以前に決定的チャネル対であると同定された他のチャネル対をライブラリから削除することがある点で、反復性または適応性プロセスであることに留意することは特に重要である。典型的には、初期化期間中に決定的チャネル対ライブラリを作成および精密化するのに1〜6回の発作が必要である。
【0051】
初期化期間が終了した後、手順工程350 に従ってISW, SSPD およびTISPの態様を支えてリアルタイムで解析されるのは、決定的チャネル対の挙動であることから、決定的チャネル対ライブラリの精密化は非常に重要である。決定的チャネル対ライブラリの精密化は、擬陽性の検出、予測および警告を少なくする傾向がある。
【0052】
手順工程355 に従って ISW, SSPDおよび/またはTISPを発生させるのに採用される具体的技術について次により詳しく説明する。説明するこれらの態様の最初は早期ISW の態様である。一般に、ISW は、1または2以上の決定的チャネル対が統計学的に有意な時間の間エントレインメントになる時に発動される。より具体的には、1または2以上の決定的チャネル対に付随する平均T指数の値が、統計学的に有意な時間の間、統計学的に有意な閾値より下にある時に、ISW の発生が行われる。好適態様では、閾値をT<Tc (Tc=2.09) の値に設定して、5分間のスライディングウインドウの使用でI型誤差の統計学的有意性レベルが5%未満になる (即ち、∝<0.05) ようにする。さらに、好適態様によると、ISW を発動させるために平均T指数の値が2.09を下回り続けなければならない統計学的に有意な時間を、典型的には15分ないし1.5 時間の範囲内のどこかに設定する。例えば、T指数の値が15分に等しい時間のあいだ2.09未満であるのは、ISW の発生が実際に確実な警告となる、99%信頼レベルに匹敵する。もちろん、閾値と平均T指数がその閾値を下回り続けなければならない時間の長さとを調整して、ある患者についてISW 感度を増減させ、および偽警告 (即ち、擬陽性) の発生を減少させ、または不首尾警告(failed warnings)(即ち、擬陰性) の発生を減少させてもよいことはいうまでもない。
【0053】
ISW はかなり多くの方法で実施しうる。例えば、ISW は音響警告または視覚警告または視覚と音響の両方の警告の併用を含みうる。実際は、ISW は、内部ソフトウェア変数またはフラッグの設定またはリセット以外の何物も含まないことがある。ここで、変数またはフラッグの設定またはリセットは、抗てんかん薬の自動送給といった従属事象を発動させる。従って、ISW の具体的な実施は、本発明が採用されている用途に依存しよう。
【0054】
説明する次の態様はTIS の態様である。切迫発作の警告が発生した後、エントレインメント率、即ち、決定的チャネル対に付随するLmaxプロファイルが収束し続ける割合を用いて、発作開始までの時間量を定期的に推定することができる。本発明の好適態様によると、これは、1または2以上の決定的チャネル対について、図9に示すように「スライディング」時間ウインドウ全体のT指数プロファイルの「傾斜」を連続的に導出することにより達成される。この傾斜が時間(t) 軸と交差する点が、推定された発作開始時間を表す。従って、時間(t) 軸に沿った、現在時間と推定発作開始時間との差がTISPを表す。繰り返しになるが、「スライディング」時間ウインドウの長さは変動しうる。最初は、これを比較的短い時間間隔 (例、15分) に設定してもよい。その後、個々の患者ごとに順応させて最適化すればよい。
【0055】
3種類の態様の最後はSSPDの態様である。発作または一連の発作の初回までには、数日ではなくても、数時間にわたって、一般には決定的皮質部位の中に漸進的な空間エントレインメントがある。こうして、この漸進的エントレインメントを本発明によりSSPDの態様を提供するために活用する。より具体的には、SSPDの態様は、本発明の好適態様によると、ISW の態様とほとんど同じように、即ち、1または2以上の決定的チャネル対のそれぞれについてT指数プロファイルを作成し、それらのT指数プロファイルを観察することにより実施される。但し、T指数プロファイルは、数分間の時間ではなく、典型的には何時間または何日という期間にわたって作成および観察する。
【0056】
図10Aおよび10Bは、10日間にわたって計算された2つの電極対に付随するT指数プロファイルを示す。患者は最初の135 時間の記録中は発作がなかった。しかし、その後90時間にわたって、時間 (時間、HOURS)軸に沿って置いた24個の矢印が示すように、患者は24回の発作を起こした。
【0057】
図10Aは、病巣電極RTD3および対側側頭下電極LST4に付随するT指数プロファイルを示す。この電極対について、動的エントレインメントが次第に起こった。その際に、T指数の値は記録3日目以後だけに決定的な値より下に低下した。発作の開始時にエントレインメントのリセットが起こる。
【0058】
次に図10Bを参照すると、両側の海馬電極LTD3およびRTD3に付随するT指数プロファイルがほぼ記録1日目に統計学的に有意な閾値 Tc より下に低下し、従って、この電極対に付随する信号は最初の発作のほぼ4日前にエントレインメントになることを示していることが特に興味深い。さらに、この電極対に付随する信号は、最初の発作までほとんどエントレインメント状態にとどまり、その後はT指数プロファイルの値は漸進的にリセットし始める。この場合も、本発明は、上述したSSPDの態様を提供するためにこの挙動を活用する。図10Aおよび10Bに用いた時間の分解能 (即ち、分) のため、個々の各発作後のリセットはこれらの図面では見ることができないことに留意すべきである。
【0059】
上述したように、図3に示した発作警告および予測技術は、いくつかのチャネル対のそれぞれについて2つのLmaxプロファイル間の比較に依拠する。ここで、各Lmaxプロファイルは対応電極部位で測定された信号から導出される。より重要な点は、上述した発作警告および予測技術は、いくつかの決定的チャネル対のそれぞれについてLmaxプロファイルの比較に依拠することである。ここで、決定的チャネル対は、その対応信号が発作開始より十分に前に、相互に対して比較的高度の相関を示すチャネルの対であると規定された。但し、場合によっては、発作警告および発作予測は、3以上のチャネルの群 (即ち、電極部位三つ組、四つ組、等) に付随するLmaxプロファイルを比較することにより向上させてもよい。そのような場合には、T指数統計学を採用するのが適当ではないことがある。例えば、3以上のチャネルに付随するLmaxプロファイルを比較するなら、T指数統計学の代わりに、F指数統計学 (即ち、ANOVA 統計学) を採用してもよい。さらに別の変更例は、神経回路網 (ニューラルネット) 技術およびパターン認識技術を採用して、2、3またはそれ以上のLmaxプロファイルの群の間のエントレインメントのレベルを解析することである。
【0060】
一般に、図3に示した技術の物理的な実施は、標準的なプログラミング技術、ハードウェアおよび/またはファームウェアを用いた、ソフトウェアの組合わせを含む。しかし、この場合も、具体的な物理的実施は、次に例示するように用途に大いに依存しよう。
【0061】
本発明の物理的実施形態の1つの選択肢に従って、図11は、上述したような本発明の各種の態様を組み込んだオンラインシステム1100を示す。このオンラインシステム1100は、診断用途ならびに患者の処置に関する用途を含む、かなり多数の入院患者用途に主に使用するものである。例えば、オンラインシステム1100は、その後の臨床介入のため (例、発作伝播パターンを解析および決定するため) EEG またはMEG 信号を集めて処理するのに使用できる。オンラインシステム1100は、ローカルまたは遠隔通信リンクを介して、病院または臨床スタッフメンバーに切迫発作を警告して、患者の障害を予防するか、もしくはタイムリーに医学的介入をして発作そのものを予防する;発作を観察する;または手術前診断のための発作SPECT 、発作FMRIもしくは発作PET 画像を得るのに必要な放射性標識されたリガンドもしくは他の物質の投与といった、発作中に行わなければならない他の処置の準備もしくは投与を行う、のに十分な時間をスタッフメンバーが持てるようにするのにも使用できるかもしれない。
【0062】
てんかん誘発巣の外科的切除に加えて、現在のてんかん発作コントロール方法として、薬理学的 (即ち、抗てんかん薬) 療法がある。現在容認されている薬理学的手法は、固定した用量の1種または2種以上の抗てんかん薬 (例、フェニトイン、フェノバルビタール、カルバマゼピン、ジバルプロエックスナトリウムなど) を固定した間隔で長期服用するよう指示することである。その目的は、最適の発作コントロールを与えるには十分な高濃度であるが、副作用のリスクを低減するのに十分な低濃度の定常状態の脳内濃度を達成することである。
【0063】
上述した現在容認されている薬理学的手法を考慮して、図12は、本発明の別の採用しうる物理的実施形態を示す。より詳しくは、図12は、とりわけ、上述したように本発明に従って発作警告および予測(ASWP)を与えることができるアルゴリズムを含んでいる、リアルタイム・ディジタル信号処理チップ1210のような、体内留置型(indwelling)デバイスを包含している薬理学的抗てんかん発作システムを示す。図12に示すように、体内留置型デバイス1210で発生したISW, TISおよびSSPD信号はコントローラ1220に送られる。コントローラ1220は次に、体内留置貯槽1230を含んでいるか、これに接続された刺激装置1230から、少量の抗けいれん薬のような化合物を患者の血流中に放出するのを発動させることができる。その目的は、無論、発作前移行段階の間に少量の抗けいれん薬を放出して切迫発作を阻止することである。
【0064】
図12はまた、治療介入システム1200が、抗けいれん薬療法を送り出すことに加えて、例えば、迷走神経刺激装置により電気または磁気刺激を送り出してもよいことを示している。迷走神経刺激装置は、任意のやりかたで外部から特定された間隔で、特定の持続時間および強度の電気衝撃を患者の頸部の迷走神経に送り出すのに現在使用されている。これに対し、本発明は、図12に示した典型的態様によると、特定の持続時間および強度の電気衝撃を頸部の迷走神経に送り出すが、電気衝撃は発作前移行状態の期間中だけに送り出される。この目的を達成するために、体内留置型デバイス1210は、上に詳述したように、継続している脳電気活動の動的解析に基づいて発作前移行状態を検出する。切迫発作が検出されたら、体内留置型の迷走神経刺激装置を発動させ、電気パルスを頸部の迷走神経に送り出す。但し、迷走神経刺激装置以外の他の装置を本発明に組合わせて使用してもよいことは当業者には自明であろう。
【0065】
本発明をいくつかの典型的態様に関して以上に説明した。但し、本発明の技術思想から逸脱せずに、本発明を上述した以外の他の特定の形態で具体化することも可能であることは、当業者には自明であろう。実際、本発明は、突然の相 (段階) 移行を特徴とする非医学的な非線形多次元プロセスに対して採用しうることは容易に理解されよう。従って、上述した各種態様は例示であり、決して制限であると考えるべきではない。本発明の範囲は、以上の説明ではなく、特許請求の範囲により与えられ、特許請求の範囲に包含される全ての変更例およびその均等例が本発明に包含されるものである。
【図面の簡単な説明】
【図1】 図1(a) 〜(e) は、患者がてんかん発作の各種段階を通って移行する間の典型的な単チャネルEEG 信号を示す。
【図2】 図2は、発作開始前および開始時の典型的な連続多チャネルEEG セグメントを示す。
【図3】 図3は、本発明の典型的態様に係る初期ISW, SSPD およびTISPを行う手順を示すフローチャートである。
【図4】 図4A及び4Bは、異なる電極および電極形状の配置及び使用を例示する。
【図5】 図5Aと5Bは、1エポックにわたる代表的な電極チャネルに付随するEEG 信号と、遅延法を用いて該EEG 信号から発生させた再構成アトラクタを含む対応する位相空間ポートレートを例示する。
【図6】 図6は、逐次的エポックのLmaxプロファイルを算出する手順を例示する。
【図7】 図7は、代表的な数のチャネル対のそれぞれに付随するLmaxプロファイルを例示する。
【図8】 図8は、図7に示した代表的な数のチャネル対のLmaxプロファイル (例、T指数プロファイルの推定値) を比較する手順を例示する。
【図9】 図9は、本発明の典型的な態様に係る「切迫発作までの時間」(TIS) の態様を例示する。
【図10】 図10Aおよび10Bは、10日間にわたって算出した2つの電極対に付随するT指数プロファイルを例示する。
【図11】 図11は、本発明の「切迫発作の警告」、「切迫発作までの時間」および「発作感受性決定」の態様を組み込んだオンラインシステムを例示する。
【図12】 図12は、本発明に係る「切迫発作の警告」、「切迫発作までの時間」および「発作感受性決定」を行うことができる体内留置デバイスを組み込んだ治療介入システムを例示する。

Claims (16)

  1. 下記工程を含む、発作警告を行うシステムによる発作警告方法:
    前記システムが、脳の周囲の多数の位置のそれぞれから時系列信号を獲得する工程、ここで各信号およびその対応位置は対応するチャネルを構成し;
    前記システムが、各チャネルについて、対応する時系列信号に基づいて時空応答を発生させる工程;
    前記システムが、対応する時空応答に基づいて、各チャネルに対するカオス度値のシーケンスを定量化する工程、ここで各カオス度値のシーケンスがカオス度プロファイルを構成し;
    前記システムが、経時的に、いくつかのチャネル対のそれぞれに付随するカオス度プロファイルを比較する工程;
    前記システムが、初期化期間中にいくつかの決定的チャネル対を選択する工程、ここで決定的チャネル対は、それらの対応するカオス度プロファイルが1又は2以上の発作前に所定の閾値を超えたレベルのエントレインメントを示すチャネル信号の対として同定される;
    前記システムが、そのチャネルに付随するカオス度プロファイル間のエントレインメントのレベルの評価に基づいて、前記決定的チャネル対を更新する行程;
    前記システムが、1または2以上の前記選択された決定的チャネル対に付随するエントレインメントのレベルが統計学的に有意であるか否かを決定する工程;および
    前記システムが、1または2以上の前記選択された決定的チャネル対に付随するエントレインメントのレベルが統計学的に有意であると決定された場合に発作警告を発生する工程。
  2. 下記工程をさらに含む、請求項1の方法:
    前記システムが、発作後に決定的チャネル対の選択を精密化する工程;および
    前記システムが、決定的チャネル対の精密化された選択を次回の発作に対する発作警告の発生に使用する工程。
  3. 前記システムが脳の周囲の多数の位置のそれぞれから時系列信号を獲得する前記工程が下記工程を含む、請求項1の方法:
    前記システムが、脳電図法を用いて脳の周囲の各位置からの電気信号を測定する工程。
  4. 前記システムが脳の周囲の多数の位置のそれぞれから時系列信号を獲得する前記工程が下記工程を含む、請求項1の方法:
    前記システムが、脳電磁気図法を用いて脳の周囲の各位置からの電磁気信号を測定する工程。
  5. 下記工程をさらに含む、請求項1の方法:
    前記システムが、獲得された時系列信号のそれぞれをディジタル化する工程。
  6. 前記システムが対応する時系列信号に基づいて時空応答を発生させる前記工程が下記工程を含む、請求項1の方法:
    前記システムが、遅延方法を用いて各時系列信号からp次元位相空間ポートレートを作成する工程。
  7. 前記システムが対応する時空応答に基づいて各チャネルに対するカオス度値のシーケンスを定量化し、ここで各カオス度値のシーケンスがカオス度プロファイルを構成する前記工程が下記工程を含む、請求項1の方法:
    前記システムが、リャプノフ指数のシーケンスを計算する工程;および
    前記システムが、スライディング時間ウィンドウについてリャプノフ指数を平均することにより平均リャプノフ指数のシーケンスを発生させる工程。
  8. 下記工程をさらに含む、請求項7の方法:
    前記システムが、各カオス度値のシーケンスが別個のカオス度プロファイルを構成する、多数のカオス度値のシーケンスを定量化する工程、ここでカオス度値のシーケンスは、各チャネル毎に対応する時空応答に基づいて作成され、各チャネルに付随するカオス度プロファイルのそれぞれが異なるリャプノフシステムに基づいている。
  9. 各チャネルに付随する1つのカオス度プロファイルが最大リャプノフ指数に基づいている、請求項8の方法。
  10. 各チャネルについて定量化されたカオス度プロファイルの数が、脳の特性表示に使用されている次元pの数に等しい、請求項8の方法。
  11. 前記システムが経時的にいくつかのチャネル対のそれぞれに付随するカオス度プロファイルを比較する前記工程が下記工程を含む、請求項1の方法:
    前記システムが、各チャネル対に付随するカオス度プロファイルに基づいていくつかのチャネル対のそれぞれに対してT指数プロファイルを作成する工程。
  12. 前記システムが経時的にチャネル対のそれぞれに付随するカオス度プロファイル間のエントレインメントのレベルを評価する前記工程が下記工程を含む、請求項11の方法:
    前記システムが、いくつかのチャネル対のそれぞれについて各T指数に付随するT指数値のシーケンスをT指数の閾値と比較する工程。
  13. 前記システムが1または2以上のチャネル対に付随するエントレインメントのレベルが統計学的に有意であるか否かを決定する前記工程が下記工程を含む、請求項12の方法:
    前記システムが、1または2以上のチャネル対について各T指数に付随するT指数の値が一定量の時間の間、T指数の閾値より小さいか否かを決定する工程、該一定量の時間およびT指数の閾値は望ましい統計学的有意性レベルに基づいて選択される。
  14. 前記システムが1または2以上のチャネル対に付随するエントレインメントのレベルが統計学的に有意であると決定された場合に発作警告を発生する前記工程が下記工程を含む、請求項1の方法:
    前記システムが、次回の発作の発作前段階の時に切迫発作警告を発生する工程。
  15. 前記システムが1または2以上のチャネル対に付随するエントレインメントのレベルが統計学的に有意であると決定された場合に発作警告を発生する前記工程が下記工程を含む、請求項1の方法:
    前記システムが、発作間段階の時に発作感受期の警告を発生する工程。
  16. 前記システムが1または2以上のチャネル対に付随するエントレインメントのレベルが統計学的に有意であると決定された場合に発作警告を発生する前記工程が下記工程を含む、請求項1の方法:
    前記システムが、発作警告までの時間を発生させる工程。
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