本発明は上記問題に対処するためになされたものであって、その目的は、ABS制御に利用される車体速度推定値を適切、且つ精度良く推定し得るアンチスキッド制御装置を提供することにある。
本発明に係る車両のアンチスキッド制御装置は、車両の少なくとも左右後輪の速度(全ての車輪の車輪速度)に基づいて前記車両の車体速度の推定値を推定する車体速度推定手段と、前記車体速度推定値を利用して、ABS制御開始条件が成立した車輪に対して同車輪のスリップ率とスリップ率目標値との比較結果に基づいて少なくとも同車輪に働く制動力を減少・増大させる通常ABS制御を各車輪に対して互いに独立に実行可能な通常アンチスキッド制御手段と、を備えている。
本発明に係るアンチスキッド制御装置の特徴は、左右後輪に対して共に前記ABS制御開始条件が成立したとき(成立している状態において)、前記通常ABS制御に代えて、スリップ率(実際のスリップ率)が前記スリップ率目標値より小さい閾値以下で推移するように前記制動力を調整する特殊ABS制御を、前記左右後輪に対して所定期間の経過毎に1輪ずつ交互に実行していく特殊アンチスキッド制御手段を備えたことにある。ここにおいて、前記特殊ABS制御としては、前記スリップ率が前記閾値以下で推移するように前記制動力を一定に保持する制御が行われることが好適である。
これによれば、例えば、上記閾値として十分に小さい値を想定すれば、特殊ABS制御が実行されている後輪(以下、「特定後輪」と称呼する。)のスリップ率が十分に小さい値に維持され得、この結果、特定後輪の車輪速度が車体速度の実際値に近い値に維持され得る。従って、少なくとも左右後輪に対して共にABS制御が実行される場合(例えば、全ての車輪に対してABS制御が実行される場合)、特定後輪の車輪速度に基づいて車体速度推定値が精度良く計算され得る。従って、ABS制御を適切に実行・継続することができる。
ここで、上記閾値(上記十分に小さい値)としては、路面摩擦力(タイヤと路面との間の摩擦力)が最大となる場合に対応するスリップ率(一般には、10%〜15%の範囲内。以下、「最大摩擦力発生スリップ率」と称呼する。)よりも十分に小さい値(例えば、3%、5%等)が採用される。スリップ率を係る閾値以下で推移させるために必要な制動力(例えば、ホイールシリンダ圧)の大きさとしては、例えば、低μ路面走行時においてスリップ率を閾値以下で推移させるために必要な制動力(例えば、ホイールシリンダ圧)の大きさを取得する実験等を通して取得された値が使用され得る。
なお、車輪のスリップ率が上記閾値以下で推移している場合、その車輪の路面摩擦力は小さい。即ち、或る車輪に対して特殊ABS制御が実行される場合、その車輪の路面摩擦力は、その車輪に対して通常ABS制御が実行される場合よりも小さい。しかしながら、上記構成では、特殊ABS制御は制動中における車両の減速にあまり寄与し得ない後輪に対して実行される。即ち、後輪1輪に対して通常ABS制御に代えて特殊ABS制御を実行しても、車両全体としての減速力の低下の程度は小さいと考えられる。
また、上記構成では、左右後輪に対して共にABS制御が実行される場合、後輪の一方に特殊ABS制御が実行され、他方に通常ABS制御が実行されることになる。このことは、左右後輪の制動力差の発生により車両にヨーイングモーメントが発生することを意味する。しかしながら、上記構成では、特殊ABS制御は、左右後輪に対して所定期間の経過毎に1輪ずつ交互に実行されていく。従って、上記ヨーイングモーメントの方向は所定期間の経過毎に交互に切り換る。これにより、上記ヨーイングモーメントが車両の走行状態に与える影響の程度は、特殊ABS制御が後輪の一方にのみ継続される場合に比して小さいと考えられる。
上記本発明に係るアンチスキッド制御装置においては、前記特殊アンチスキッド制御手段は、前記左右後輪のうち前記ABS制御開始条件が先に成立した方から前記特殊ABS制御を開始するように構成されることが好適である。これによれば、少なくとも左右後輪に対して共にABS制御が実行される場合、より早い段階から特定後輪の車輪速度を車体速度の実際値に近い値に近づけることができる。従って、より早い段階から車体速度推定値が精度良く計算され得る。
また、上記本発明に係るアンチスキッド制御装置においては、前記特殊アンチスキッド制御手段は、前記車体速度推定値に応じて前記所定期間を変更するように構成されることが好適である。特定後輪が切り換る毎にその直後において左右後輪の何れの車輪速度も車体速度の実際値より比較的大幅に小さい期間(極短期間)が不可避的に発生し得る。係る観点からは、特定後輪の切り換え回数を減らすため上記所定期間は長い方が好ましい。
一方、ヨーレイト一定の場合、車体速度が大きいほど車両の乗員が感じる不快感が増大する。この不快感は、ヨーイングモーメントの方向の切り換え周期が短いほど小さくなる傾向がある。係る観点からは、車体速度が大きいほど上記所定期間を短くすることが好ましい。
上記構成は係る知見に基づく。これによれば、例えば、車体速度推定値が大きいほど上記所定期間を短くすることができる。従って、車体速度推定値が小さい場合には、特定後輪の切り換え回数を減らすことができ、且つ、車体速度推定値が大きい場合には、乗員の上記不快感の増大を抑制することができる。
上記本発明に係るアンチスキッド制御装置においては、前記通常アンチスキッド制御手段は、前記通常ABS制御として、前記スリップ率が前記スリップ率目標値に一致するように前記制動力を調整する制御を行うように構成されることが好適である。ここにおいて、スリップ率目標値は、例えば、上記最大摩擦力発生スリップ率と等しい値に設定されることが好ましい。
これによれば、例えば、全ての車輪に対してABS制御が実行される場合、特定後輪以外の3輪については、スリップ率がスリップ率目標値(例えば、上記最大摩擦力発生スリップ率)に一致するように制動力が調整される。これにより、車両の減速度を安定的、且つ効果的に発生することができる。
この場合、前記通常アンチスキッド制御手段は、各車輪の前記スリップ率目標値を対応する基準値(例えば、上記最大摩擦力発生スリップ率)にそれぞれ設定するとともに、前記車両が旋回中である場合、外側前輪の前記スリップ率目標値を、前記対応する基準値に代えて、前記対応する基準値から第1所定値を減じた値に設定することが好適である。
一般に、車輪のスリップ率が小さいほどその車輪が発生し得るコーナーリングフォースの最大値が大きくなる傾向がある。旋回中において外側前輪が発生し得るコーナーリングフォースの最大値が大きいと、操舵に対する車両のヨー方向の応答性が向上する。
上記構成は係る知見に基づく。これによれば、旋回中において少なくとも外側前輪に対してABS制御が実行される場合、外側前輪のスリップ率目標値が対応する基準値(例えば、上記最大摩擦力発生スリップ率)に維持される場合に比して、操舵に対する車両のヨー方向の応答性が向上し得る。
更には、車両が旋回中であって、且つアンダーステア状態にある場合、外側前輪のスリップ率目標値を、「対応する基準値から第1所定値を減じた値」から更に第2所定値を減じた値に設定することが好ましい。これにより、外側前輪が発生し得るコーナーリングフォースの最大値を更に大きくすることができる。これにより、アンダーステア状態を抑制することができる。
一方、車両が旋回中であって、且つオーバーステア状態にある場合、外側前輪のスリップ率目標値を、「対応する基準値から第1所定値を減じた値」に第3所定値を加えた値に設定することが好ましい。これによれば、外側前輪が発生し得るコーナーリングフォースの最大値を小さくすることができる。これにより、オーバーステア状態を抑制することができる。
以下、本発明による車両のアンチスキッド制御装置の実施形態について図面を参照しつつ説明する。
図1は、本発明の実施形態に係るアンチスキッド制御装置10を搭載した車両の概略構成を示している。このアンチスキッド制御装置10は、各車輪にブレーキ液圧による制動力を発生させるブレーキ液圧制御部30を含んでいて、ブレーキ液圧制御部30は、その概略構成を表す図2に示すように、ブレーキペダルBPの操作力に応じたブレーキ液圧を発生するブレーキ液圧発生部32と、各車輪FR,FL,RR,RLにそれぞれ配置されたホイールシリンダWfr,Wfl,Wrr,Wrlに供給するブレーキ液圧をそれぞれ調整可能なFRブレーキ液圧調整部33,FLブレーキ液圧調整部34,RRブレーキ液圧調整部35,RLブレーキ液圧調整部36と、還流ブレーキ液供給部37と、を含んで構成されている。
ブレーキ液圧発生部32は、バキュームブースタVBと、同バキュームブースタVBに連結されたマスタシリンダMCとから構成されている。マスタシリンダMC及びバキュームブースタVBの構成及び作動は周知であるので、ここではそれらの詳細な説明を省略する。
FRブレーキ液圧調整部33は、2ポート2位置切換型の常開電磁開閉弁である増圧弁PUfrと、2ポート2位置切換型の常閉電磁開閉弁である減圧弁PDfrとから構成されている。
同様に、FLブレーキ液圧調整部34,RRブレーキ液圧調整部35、RLブレーキ液圧調整部36は、それぞれ、増圧弁PUfl及び減圧弁PDfl,増圧弁PUrr及び減圧弁PDrr,増圧弁PUrl及び減圧弁PDrlから構成されている。
還流ブレーキ液供給部37は、直流モータMTf,MTrと、直流モータMTf,MTrによりそれぞれ独立して駆動される液圧ポンプHPf,HPrとを含んでいる。液圧ポンプHPfは、減圧弁PDfr,PDflから還流されてきたリザーバRSf内のブレーキ液を汲み上げ、FRブレーキ液圧調整部33及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部に供給するようになっている。
同様に、液圧ポンプHPrは、減圧弁PDrr,PDrlから還流されてきたリザーバRSr内のブレーキ液を汲み上げ、RRブレーキ液圧調整部35及びRLブレーキ液圧調整部36の上流部に供給するようになっている。
直流モータMTf,MTr(従って、液圧ポンプHPf,HPr)はそれぞれ、対応する系統に属する2つの車輪の少なくとも一つについて後述するABS制御が実行中である場合、予め定められた回転速度で駆動せしめられるようになっている。
再び、図1を参照すると、このアンチスキッド制御装置10は、車輪速度センサ41fl,41fr,41rl,41rrと、ブレーキスイッチ42と、ステアリングホイールSTの中立位置からの回転角度であるステアリング角度θsを表す信号を出力するステアリング角度センサ43と、車両のヨーレイトYrを表す信号を出力するヨーレイトセンサ44と、電子制御装置50とを備えている。
電子制御装置50は、互いにバスで接続された、CPU51、ROM52、RAM53、バックアップRAM54、及びインターフェース55等からなるマイクロコンピュータである。
インターフェース55は、前記センサ41**、43、44、及びブレーキスイッチ42と接続され、CPU51に信号を供給するとともに、同CPU51の指示に応じて、ブレーキ液圧制御部30の電磁弁(増圧弁PU**、及び減圧弁PD**)、及びモータMTf,MTrに駆動信号を送出するようになっている。
なお、各種変数等の末尾に付された「**」は、同各種変数等が各車輪FR等のいずれに関するものであるかを示すために同各種変数等の末尾に付される「fl」,「fr」等の包括表記であって、例えば、増圧弁PU**は、左前輪用増圧弁PUfl, 右前輪用増圧弁PUfr, 左後輪用増圧弁PUrl, 右後輪用増圧弁PUrrを示している。
以上のように構成された本発明の実施形態に係るアンチスキッド制御装置10は、車輪のロックの発生を抑制するために以下のようにABS制御を実行するようになっている。
(実際の作動)
次に、本発明の実施形態に係るアンチスキッド制御装置10の実際の作動について、電子制御装置50のCPU51が実行するルーチン(プログラム)をフローチャートにより示した図3及び図4、並びに、図5に示したタイムチャートを参照しながら説明する。
図5は、低μ路面にて、時刻t0にて運転者がブレーキペダルBPの操作を開始したことで、全ての車輪にロック傾向が発生し、全ての車輪に対してほぼ同時にABS制御が開始された場合における、車両の車体速度の実際値Vact、車輪速度Vw**、及びホイールシリンダ圧P**の変化の一例を示している。厳密には、時刻t1以前にて車輪fl、frに対して既にABS制御が開始・実行されていて、時刻t1にて車輪rlに対してABS制御が開始され、時刻tAにて車輪rrに対してもABS制御が開始されている。
なお、CPU51は、図示しないルーチンにより、別途、車輪速度センサ41**の出力信号に基づいて車輪**の車輪速度(車輪**の外周の速度)Vw**を、前記車輪速度Vw**のうちの最大値である車体速度推定値Vsoを、車輪**のスリップ率S**=(Vso−Vw**)/Vso(0≦S**≦1)を、前記車輪速度**の時間微分値である車輪**の車輪加速度DVw**を、それぞれ、算出・更新している。
また、CPU51は、図示しないルーチンにより、別途、ステアリング角度センサ43から得られるステアリング角度θsと上記車体速度推定値Vsoと車両の諸元等と周知の計算式の一つとに基づいてヨーレイト基準値Yrtを算出・更新するとともに、上記ヨーレイト基準値Yrtとヨーレイトセンサ44から得られるヨーレイトYrとの偏差(ヨーレイト偏差ΔYr=|Yrt|−|Yr|)を算出・更新している。
CPU51は、図3に示したABS制御の開始・終了判定を行うルーチンを所定時間の経過毎に、車輪毎に、繰り返し実行している。従って、所定のタイミングになると、CPU51はステップ300から処理を開始し、ステップ305に進んで、車体速度推定値Vsoを、現時点での車輪速度Vw**のうちの最大値に設定する。
続いて、CPU51はステップ310に進み、フラグABS**の値が「0」であるか否かを判定する。ここで、フラグABS**は、車輪**について、その値が「0」のときABS制御が実行されていないことを示し、その値が「1」のときABS制御が実行されていることを示す。
いま、車輪**について、ABS制御が実行されておらず、且つ、ABS制御開始条件が成立していないものとする。この場合、フラグABS**の値は「0」になっているから、CPU51はステップ310にて「Yes」と判定してステップ315に進み、車輪**についてABS制御開始条件が成立しているか否かを判定する。ここで、本例では、ABS制御開始条件は、「スリップ率S**>Sref(定数)、且つ車輪加速度の絶対値|DVw**|>DVwref(定数)」が成立している場合に成立する。
現時点では、車輪**についてABS制御開始条件は成立していないから、CPU51はステップ315にて「No」と判定してステップ395に直ちに進んで本ルーチンを一旦終了する。以降、CPU51は、ABS制御開始条件が成立しない限りにおいて、ステップ300、305、310、315の処理を繰り返し実行する。
次に、この状態にて、運転者がブレーキペダルBPを操作することにより、車輪**についてABS制御開始条件が成立したものとする。この場合、CPU51はステップ315に進んだとき「Yes」と判定してステップ320に進み、フラグABS**の値を「0」から「1」に変更する。
続いて、CPU51はステップ325に進んで、フラグHOLD=0、かつフラグABSrr=ABSrl=1であるか否かを判定し、「No」と判定する場合、ステップ395に直ちに進んで本ルーチンを一旦終了する。ここで、フラグHOLDは、その値が「1」のとき左右後輪に対して共にABS制御が実行されていること(即ち、ABSrr=ABSrl=1)を示し、その値が「0」のとき左右後輪に対して共にABS制御が実行されてはいないこと(即ち、ABSrr,ABSrlのうちの少なくとも1つが「0」)を示す。
即ち、ステップ325では、左右後輪に対して一方にのみ既にABS制御が実行されている状態にて他方にもABS制御開始条件が成立したか否か(即ち、左右後輪に対して共にABS制御開始条件が成立したか否か)がモニタされている。
いま、図5の時刻tAに示すように、左右後輪に対して一方(図5では、車輪rl)にのみ既にABS制御が実行されている状態にて他方(車輪rr)にもABS制御開始条件が成立したものとすると(即ち、現時点での車輪**は車輪rr)、CPU51はステップ325にて「Yes」と判定してステップ330に進み、フラグHOLDを「0」から「1」に変更する。
次いで、CPU51はステップ335に進んで、先にABSr*=1となっている方の後輪を特定後輪rsと特定する。即ち、図5に示した場合、時刻tAにて、後輪rlが特定後輪rsと特定されることになる。
続いて、CPU51はステップ340に進み、先のステップ305にて更新されている現時点(図5では、時刻tA)での車体速度推定値Vsoと、図6に示したテーブルとに基づいて保持期間Ts(前記「所定期間」に相当)を決定する。これにより、保持期間Tsは、車体速度推定値Vsoが大きいほどより短い期間に設定される。保持期間Tsは、後述するように、現在の特定後輪rsに対して特殊ABS制御を維持する期間である。図5に示した場合、ステップ340にて設定される保持期間Tsは、Ts1に対応している。
そして、CPU51はステップ345に進んで、経過時間Tを、ABSrs=1となった時点からの経過時間に初期設定した後、ステップ395に進む。図5に示した場合、経過時間Tは、ABSrs=1となった時点である時刻t1から現時点である時刻tAまでの間の時間に初期設定される。この経過時間Tは、電子制御装置50内に内蔵された図示しないタイマにより計時され、増大していく。
このように、左右後輪に対して共にABS制御開始条件が成立した場合、その時点(図5では時刻tA)にて、フラグHOLDが「0」から「1」に変更される。加えて、経過時間Tが、特定後輪rsに対してABS制御が開始された時点(図5では、時刻t1)からの経過時間に設定される。
以降、CPU51はステップ310に進んだとき「No」と判定してステップ350に進むようになり、同ステップ350にて車輪**についてABS制御終了条件が成立しているか否かをモニタする。本例では、ABS制御終了条件は、ブレーキスイッチ42がLow信号(OFF信号)を出力しているとき(即ち、運転者がブレーキペダルBPの操作を終了したとき)、或いは、車輪**について増圧制御の実行が所定時間以上継続しているときに成立する。
現時点は車輪**(図5では、車輪rr)についてABS制御開始条件が成立した直後であるから、CPU51はステップ350にて「No」と判定する。以降、ステップ350のABS制御終了条件が車輪**について成立しない限りにおいて、CPU51は車輪**についてステップ300、305、310、350の処理を繰り返し実行する。この処理を繰り返している間、CPU51は後述する図4のルーチンの実行によりABS制御を実行する。
CPU51は、図4に示したABS制御を行うルーチンを所定時間の経過毎に繰り返し実行している。従って、所定のタイミングになると、CPU51はステップ400から処理を開始し、ステップ405に進んで、全ての車輪についてフラグABS**=0であるか否か(即ち、全ての車輪についてABS制御が実行されていないか否か)を判定し、「Yes」と判定する場合、ステップ495に直ちに進んで本ルーチンを一旦終了する。
以下、少なくとも1つ以上の車輪**についてABS制御が実行されているものとして説明を続ける。また、説明の便宜上、先ずは、フラグHOLD=0であり、且つ、旋回中ではない場合について説明する。なお、旋回中であることは、本例では、ステアリング角度センサ43から得られる現時点でのステアリング角度θs(の絶対値)が所定の微小値よりも大きいことで検出される。
この場合、CPU51はステップ405にて「No」と判定してステップ410に進み、左右前輪のスリップ率目標値Stf*を前輪側基準値Stfref(一定)に設定するとともに、左右後輪のスリップ率目標値Str*を後輪側基準値Strref(一定)に設定する。本例では、前輪側基準値Stfref、後輪側基準値Strref共に、制動力が最大となる場合に対応するスリップ率(即ち、上記「最大摩擦力発生スリップ率」)に設定されている。
続いて、CPU51はステップ415に進み、旋回中であるか否かを判定し、ステップ415にて「No」と判定してステップ420に直ちに進んで、フラグHOLD=0であるか否かを判定し、ステップ420では「Yes」と判定してステップ425に進む。
CPU51はステップ425に進むと、ABS**=1の車輪(即ち、ABS制御実行中の車輪)に対して、スリップ率S**がスリップ率目標値St**と一致するように、増圧弁PU**及び減圧弁PD**を制御してホイールシリンダ圧P**に対して減圧・保持・増圧制御を行う。即ち、ABS制御実行中の全ての車輪に対して前記「通常ABS制御」が実行される。
これにより、ABS制御実行中の全ての車輪に対して、スリップ率S**が「最大摩擦力発生スリップ率」に一致するようにホイールシリンダ圧P**(従って、制動力)がそれぞれ調整される。これにより、車両の減速度が安定的、且つ効果的に発生し得る。
次に、フラグHOLD=1であり、且つ、旋回中ではない場合について説明する。いま、上述したステップ330の処理によりフラグHOLDが「0」から「1」に変更された直後であるものとする(図5では時刻tAを参照)。
この場合、図4のルーチンを繰り返し実行しているCPU51は、ステップ415にて「No」と判定してステップ420に進んだとき「No」と判定してステップ430に進み、先のステップ345にて設定された経過時間T(図5では、時刻t1からの経過時間)が先のステップ340にて設定された保持期間Ts(図5では、Ts1)に達したか否かを判定する。
現時点(図5では、時刻tA)では、経過時間Tが保持期間Tsに達していない。従って、CPU51はステップ430にて「No」と判定してステップ450に直ちに進み、ABS**=1の車輪(即ち、ABS制御実行中の車輪)に対して、先のステップ335にて特定された特定後輪rs以外の車輪(図5では、車輪rl以外の3輪)については、先のステップ425と同様、スリップ率S**がスリップ率目標値St**(=「最大摩擦力発生スリップ率」)と一致するように「通常ABS制御」をそれぞれ実行する。
一方、特定後輪rs(図5では、車輪rl)については、増圧弁PUrs及び減圧弁PDrsを制御して、微小スリップ率Stmin(<Strref。前記「閾値」に対応)以下に対応する圧力までホイールシリンダ圧Prsを減圧した後、ホイールシリンダ圧Prsを保持する(図5では、時刻t1(tA)〜t2を参照)。即ち、特定後輪rsに対して前記「特殊ABS制御」が実行される。これにより、ABS制御実行中である特定後輪rsに対して、スリップ率実際値が前記微小スリップ率Stmin以下で推移するようにホイールシリンダ圧Prs(従って、制動力)が調整される。
これにより、特定後輪rsの車輪速度Vwrs(図5では、車輪速度Vwrl)が車体速度実際値Vactに近い値に維持され得る(図5では、時刻t1(tA)〜t2を参照)。従って、ステップ305にて車輪速度Vw**のうちの最大値に設定される車体速度推定値Vsoは、特定後輪rsの車輪速度Vwrsと等しい値に設定され得、車体速度推定値Vsoが精度良く計算され得る。従って、特定後輪rs以外の車輪(図5では、車輪rl以外の3輪)についてのABS制御(即ち、通常ABS制御)を適切に実行・継続することができる。このような処理は、ステップ430にて「Yes」と判定されるまで(図5では、時刻t2まで)繰り返し実行される。
次に、この状態にてステップ430にて「Yes」と判定される場合(図5では、時刻t2を参照)について説明する。この場合、CPU51はステップ430にて「Yes」と判定してステップ435に進み、特定後輪rsを他方の後輪に変更する(切り換える)。図5では、時刻t2にて特定後輪rsが車輪rlから車輪rrに切り換えられる。
続いて、CPU51はステップ440に進んで、先のステップ340と同じ処理を行って、現時点(図5では、時刻t2)での車体速度推定値Vsoに基づいて保持期間Tsを決定する。図5に示した場合、この時点で決定される保持期間Tsは、Ts2に対応している。
次いで、CPU51はステップ445に進み、経過時間Tをリセットした後、上述したステップ450の処理を行う。これにより、ABS**=1の車輪(即ち、ABS制御実行中の車輪)に対して、ステップ435にて新たに特定された特定後輪rs以外の車輪(図5では、車輪rr以外の3輪)については上記「通常ABS制御」がそれぞれ実行され、上記新たに特定された特定後輪rs(図5では、車輪rr)については上記「特殊ABS制御」が実行される。
これにより、上記新たに特定された特定後輪rsの車輪速度Vwrs(図5では、車輪速度Vwrr)が車体速度実際値Vactに近い値に維持され得る(図5では、時刻t2〜t3を参照)。従って、車体速度推定値Vsoは、上記新たに特定された特定後輪rsの車輪速度Vwrsと等しい値に設定され得、車体速度推定値Vsoが精度良く計算され得る。このような処理は、ステップ430にて再び「Yes」と判定されるまで(図5では、時刻t3まで)繰り返し実行される。
以降も同様に、ステップ440にて決定される保持期間Tsが経過する毎に、特定後輪rsが交互に切り換っていく(図5では、時刻t3、t4を参照)。即ち、「特殊ABS制御」が、左右後輪に対して保持期間Tsの経過毎に1輪ずつ交互に実行されていく。
これにより、図5から理解できるように、特定後輪rsが切り換る毎にその直後において左右後輪の何れの車輪速度Vwr*も車体速度実際値Vactより比較的大幅に小さい期間(極短期間)が不可避的に発生し得るものの、各保持期間Tsの大部分において特定後輪rsの各車輪速度Vwrsが車体速度実際値Vactに近い値にそれぞれ維持され得る。従って、車体速度推定値Vso(=max(Vw**)=Vwrs)は、各保持期間Tsのそれぞれの車輪速度Vwrsに基づいて安定して精度良く計算され得る。
また、本例では、スリップ率が「最大摩擦力発生スリップ率」と一致するように制動力が制御される「通常ABS制御」に比して路面摩擦力が小さくなる「特殊ABS制御」が、制動中における車両の減速にあまり寄与し得ない後輪に対して実行される。従って、後輪1輪に対して「通常ABS制御」に代えて「特殊ABS制御」を実行することによる、車両全体としての減速力の低下の程度は小さいと考えられる。
また、本例では、「特殊ABS制御」が、左右後輪に対して保持期間Tsの経過毎に1輪ずつ交互に実行されていくから、左右後輪の制動力差の発生に起因して発生するヨーイングモーメントの方向は保持期間Tsの経過毎に交互に切り換る。これにより、上記ヨーイングモーメントが車両の走行状態に与える影響の程度は、「特殊ABS制御」が後輪の一方にのみ継続される場合に比して小さいと考えられる。
また、本例では、左右後輪のうちABS制御開始条件が先に成立した方(図5では、車輪rl)から「特殊ABS制御」が開始される。従って、より早い段階から特定後輪rsの車輪速度Vwrsを車体速度実際値Vactに近い値に近づけることができる。従って、より早い段階から車体速度推定値Vsoが精度良く計算され得る。
加えて、本例では、車体速度推定値Vsoが大きいほど、保持期間Tsがより短い時間に設定される。これにより、車体速度推定値Vsoが小さい場合には、特定後輪rsの切り換え回数を減らすことができ、この結果、特定後輪rsの車輪速度Vwrsが車体速度実際値Vactから乖離する頻度を少なくすることができる。一方、車体速度推定値Vsoが大きい場合には、上記ヨーイングモーメントの方向の切り換え周期を短くすることができ、上記ヨーイングモーメントに起因する乗員の不快感の増大を抑制することができる。
次に、旋回中の場合について説明する。この場合、図4のルーチンを繰り返し実行しているCPU51は、ステップ415にて「Yes」と判定してステップ455に進み、外側前輪foを特定し、続くステップ460にて、アンダーステア(US)状態にあるか否か、或いはオーバーステア(OS)状態にあるか否かを判定する。本例では、US状態にあることは、上述したヨーレイト偏差ΔYr(=|Yrt|−|Yr|)が所定値(正の値)よりも大きいことで検出され、OS状態にあることは、ヨーレイト偏差ΔYrが−(所定値)よりも小さいことで検出される。
US状態でもOS状態でもない場合、CPU51はステップ460にて「No」と判定してステップ465に進み、外側前輪foのスリップ率目標値Stfoを、上記前輪側基準値Stfrefから所定値α(正)を減じた値に設定する。これにより、ステップ425、或いはステップ450の処理により外側前輪に対して「通常ABS制御」が実行される場合、外側前輪foのスリップ率Stfoが値(Stfref−α)に一致するように制御される。この結果、外側前輪foのスリップ率目標値Stfoが値Stfref(=「最大摩擦力発生スリップ率」)に制御される場合に比して、外側前輪foが発生し得るコーナーリングフォースの最大値を大きくすることができ、操舵に対する車両のヨー方向の応答性が向上し得る。
US状態の場合、CPU51はステップ460にて「Yes」と判定してステップ470に進み、US状態であるか否かを判定し、ステップ470にて「Yes」と判定してステップ475に進んで外側前輪foのスリップ率目標値Stfoを、値(Stfref−α−β)に設定する。ここで、βは所定値(正)である。これにより、ステップ425、或いはステップ450の処理により外側前輪に対して「通常ABS制御」が実行される場合、外側前輪foのスリップ率Stfoが値(Stfref−α−β)に一致するように制御される。この結果、外側前輪foのスリップ率目標値Stfoが値(Stfref−α)に制御される場合に比して、外側前輪foが発生し得るコーナーリングフォースの最大値を更に大きくすることができる。これにより、アンダーステア状態を抑制することができる。
OS状態の場合、CPU51はステップ470にて「No」と判定してステップ480に進み、外側前輪foのスリップ率目標値Stfoを、値(Stfref−α+γ)に設定する。ここで、γは所定値(正)である。これにより、ステップ425、或いはステップ450の処理により外側前輪に対して「通常ABS制御」が実行される場合、外側前輪foのスリップ率Stfoが値(Stfref−α+γ)に一致するように制御される。この結果、外側前輪foのスリップ率目標値Stfoが値(Stfref−α)に制御される場合に比して、外側前輪foが発生し得るコーナーリングフォースの最大値を小さくすることができる。これにより、オーバーステア状態を抑制することができる。
以上説明したCPU51による作動は、ステップ305、310、350の処理が繰り返し実行されている先の図3のルーチンにおけるステップ350のABS制御終了条件が車輪**について成立しない限りにおいて実行され得るものである。
従って、上述した作動の途中において運転者がブレーキペダルBPの操作を終了する場合等、車輪**についてステップ350の条件が成立すると、CPU51はステップ350にて「Yes」と判定してステップ355に進んでフラグABS**の値を「1」から「0」に変更し、続くステップ360にて車輪**について所定のABS制御終了処理を行う。これにより、車輪**について実行されていたABS制御が終了する。
続いて、CPU51はステップ365に進み、フラグABSrr=ABSrl=1であるか否かを判定し、「No」と判定する場合、ステップ370にてフラグHOLDの値を「0」に設定する。即ち、左右後輪に対してABS制御が実行されている状態からそうでない状態に変化した場合、フラグHOLDの値は「1」から「0」に変更される。これにより、以降、図4のステップ420にて「Yes」と判定されるようになり、「特殊ABS制御」が実行されなくなる。
以上、説明したように、本発明の実施形態に係る車両のアンチスキッド制御装置によれば、原則的には、各車輪に対して、スリップ率S**が「最大摩擦力発生スリップ率」と一致するように制動力(ホイールシリンダ圧P**)が制御される「通常ABS制御」がそれぞれ実行される。一方、左右後輪に対して共にABS制御が実行される場合(共にABS制御開始条件が成立している場合)、「通常ABS制御」に代えて、スリップ率実際値が微小スリップ率Stmin(<「最大摩擦力発生スリップ率」)以下で推移するように制動力(ホイールシリンダ圧)が調整される「特殊ABS制御」が、左右後輪に対して保持期間Tsの経過毎に1輪ずつ交互に実行されていく。
これにより、車体速度推定値Vsoが、保持期間Tsの経過毎に、新たに「特殊アンチスキッド制御」が実行される車輪(特定後輪rs)の車輪速度Vwrsに基づいて安定して精度良く計算されていく。この結果、特定後輪rs以外の車輪についてのABS制御(即ち、「通常ABS制御」)を適切に実行・継続することができる。
本発明は上記実施形態に限定されることはなく、本発明の範囲内において種々の変形例を採用することができる。例えば、上記実施形態においては、「通常ABS制御」として、スリップ率S**が「最大摩擦力発生スリップ率」と一致するように制動力が調整される制御が実行されているが、減圧制御・保持制御・増圧制御を一組とする周知のABS制御が実行されてもよい。
同様に、上記実施形態においては、「特殊ABS制御」として、スリップ率実際値が微小スリップ率Stmin(<「最大摩擦力発生スリップ率」)以下で推移するように制動力が調整される制御が実行されているが、原則的には減圧制御・保持制御・増圧制御を一組とする周知のABS制御が実行されるとともに特定後輪rsとなっている期間に亘って増圧制御の実行が禁止される制御が実行されてもよい。
また、上記実施形態においては、保持期間Tsが車体速度推定値Vsoに応じて変更されるように構成されているが、保持期間Tsを一定としてもよい。
また、上記実施形態においては、値α(前記第1所定値)、値β(前記第2所定値)、及び、値γ(前記第3所定値)が一定となっているが、US状態、或いはOS状態の程度(例えば、上記ヨーレイト偏差ΔYr)に応じて値α、β、γを変更してもよい。この場合、US状態、或いはOS状態の程度が大きいほど、値α、β、γをより大きい値に設定することが好適である。
また、上記実施形態においては、旋回中であるか否か、或いは、US・OS状態であるか否かに応じて外側前輪のスリップ率目標値Stfoのみが変更されているが、外側前輪のスリップ率目標値Stfoに加えて内側前輪のスリップ率目標値Stfiも変更されてもよい。この場合、内側前輪のスリップ率目標値Stfiは、前輪側基準値Stfrefに対して外側前輪のスリップ率目標値Stfoと反対方向に偏移した値に設定されることが好適である。
また、上記実施形態においては、「特殊ABS制御」が実行される特定後輪が、保持期間Tsの経過毎に交互に切り換わっていくが、保持期間Tsが経過するまでに車両のヨーレイトの絶対値が所定値を超えた場合には、保持期間Tsの経過を待たずにその時点で特定後輪を切り換えてもよい。
加えて、上記実施形態においては、液圧ポンプHPf,HPrがモータMTf,MTrでそれぞれ独立して駆動されるようになっているが、液圧ポンプHPf,HPrを共に、単一のモータで駆動するように構成してもよい。
10…車両のアンチスキッド制御装置、30…ブレーキ液圧制御部、41**…車輪速度センサ、42…ブレーキスイッチ、43…ステアリング角度センサ、44…ヨーレイトセンサ、50…電子制御装置、51…CPU、PU**…増圧弁、PD**…減圧弁、MTf,MTr…モータ