つぎにこの発明をより具体的に説明する。この発明に係る遊星ローラ機構は、外周面がトルク伝達面とされた第1回転体と、内周面がトルク伝達面とされた第2回転体とが、同心円上に、かつ相対回転可能に配置され、それらの各回転体の間に、転動体が自転および公転できるように配置されている。これは、従来知られている遊星歯車機構における歯車を、摩擦接触によりトルク伝達し、もしくはトラクションオイルを介してトルク伝達する回転体や転動体に置き換えた構成の装置であり、したがって各回転体および転動体とを三つの回転要素としてこれらの回転要素が相互に差動回転する。
その第1回転体は、外周のトルク伝達面が真円もしくはこれに近い形状の円柱状もしくは円筒状の部材であり、回転軸として形成したものであってもよい。そして、この第1回転体は、遊星歯車機構におけるサンギヤに相当するものであり、したがって以下の説明では第1回転体をサンローラと記すことがある。
また、第2回転体は、内周のトルク伝達面が真円もしくはこれに近い形状の筒状の部材であり、好ましくは円筒状もしくはリング状に構成されている。そして、この第2回転体は、遊星歯車機構におけるリングギヤに相当するものであり、したがって以下の説明では第2回転体をリングローラと記すことがある。なお、これら「第1回転体」および「第2回転体」は、相対的な回転を行う部材を意味しており、したがって固定要素とされる場合には回転しない部材となることもある。
この発明では、転動体は、複数の転動体を一対として、複数対設けられている。各転動体対は、サンローラの外周面にトルク伝達可能に接触している内周側転動体と、この内周側転動体との間でトルク伝達することができ、かつリングローラの内周面にトルク伝達可能に接触している外周側転動体との少なくとも二つの転動体を含んでいる。なおここで、「接触」とは、直接接触して相互の間で生じる摩擦力でトルクを伝達する接触態様と、トラクションオイルを挟んで接触し、そのトラクションオイルが例えばガラス遷移して生じる大きい剪断力を介してトルク伝達する接触態様とのいずれであってもよい。したがって、この発明に係る遊星ローラ機構は、遊星歯車機構に準えて説明すれば、ダブルピニオン型の遊星ローラ、あるいはピニオンがそれ以上のマルチピニオン型の遊星ローラ機構として構成されている。そこで、以下の説明では、転動体をピニオンローラと記すことがある。
転動体対あるいはピニオンローラ対は、複数対設けられており、それらは円周方向の所定位置に保持された状態で自転し、かつ公転するように構成されており、そのために各ピニオンローラは、サンローラの中心軸線を中心にして回転するキャリヤによって保持されている。そして、各ピニオンローラ対における外周側ピニオンローラ以外のピニオンローラ、すなわち二つのピニオンローラでピニオンローラ対が構成されている場合には、内周側ピニオンローラ、三つ以上のピニオンローラでピニオンローラ対が構成されている場合には、内周側ピニオンローラおよびこれと外周側ピニオンローラとの間のピニオンローラのいずれかが、サンローラの回転中心と外周側ピニオンローラの回転中心とを結んだ線に対して円周方向にずれて配置され、かつ円周方向に相対移動するようになっている。このような相対移動を許容する構成の一例は、キャリヤに対する取り付け部にガタ(もしくは緩み)を設けた構成である。他の構成は、内周側ピニオンローラを保持するキャリヤと、外周側ピニオンローラを保持するキャリヤとを設け、それらのキャリヤを相対回転自在とした構成である。
そして、その円周方向に相対移動可能な内周側のピニオンローラは、トルクの伝達に伴う反力でサンローラと外周側ピニオンローラとの間に入り込んで楔作用を生じる。すなわち、この円周方向に移動可能なピニオンローラの外径は、サンローラの外周面と外周側ピニオンローラの外周面との間の寸法より大きく形成されている。そのサンローラと外周側ピニオンローラとの間に前記円周方向に移動可能なピニオンローラを入り込ませる荷重は、伝達するべきトルクもしくは入力されたトルクに応じて大きくなる。したがって、この発明に係る遊星ローラ機構は、ピニオンローラを挟み込むいわゆる押し付け力が可変な機構として構成されている。
上述したピニオンローラ対のそれぞれは、複数のピニオンローラによって構成されており、それらのピニオンローラは同じ外径のものであってもよく、あるいはいずれか一方が他方よりも大径であってもよい。この発明の好ましい実施の形態では、サンローラにトルク伝達可能に接触している内周側ピニオンローラがこれより外周側のピニオンローラより大径に構成されている。このような構成であれば、サンローラと内周側ピニオンローラとの間の接触面積が広くなってヘルツ面圧を下げることができ、その結果、転動疲労寿命が長くなり、またそれに伴って遊星ローラ機構の小型軽量化が可能になる。
また、この発明の好ましい実施の形態では、各ピニオンローラ対における外周側ピニオンローラが二つ設けられ、それらを内周側ピニオンローラに対して円周方向での両側に配置する。内周側ピニオンローラの移動方向は、伝達するべきトルクの方向あるいはサンローラの相対的な回転方向に応じて正逆に変化する。したがって、外周側ピニオンローラが円周方向の両側に配置されていることにより、伝達するべきトルクの方向が正逆のいずれの方向であっても、内周側ピニオンローラはサンローラと外周側ピニオンローラとの間に押し込められて、トルクに応じた押し付け力を発生させることができる。すなわち、正回転方向のトルクとこれとは逆回転方向のトルクとのいずれであっても伝達することができる。
この発明の好ましい実施の形態では、それら二つの外周側ピニオンローラの外径が互いに異なっている。すなわち一方が他方の直径以上もしくは大径となっている。その外径が大きければ、サンローラとの間の間隔が狭く、内周側ピニオンローラが入り込む隙間の挟み角(もしくは楔角)が大きく、これとは反対に外周側ピニオンローラの外径が小さければ、サンローラとの間の間隔が相対的に広く、内周側ピニオンローラが入り込む隙間の挟み角(もしくは楔角)が小さくなる。したがって、前者の場合には、内周側ピニオンローラが僅か移動しただけで、大きい押し込み力が発生し、トルク伝達の応答が早くなる。言い換えれば、感度が良くなる。これとは反対に後者の場合には、大きい押し込み力を発生するには、内周側ピニオンローラが相対的に大きく移動する必要があり、したがってトルク伝達の応答が遅くなる。言い換えれば、感度が低くなる。このように、二つの外周側ピニオンローラの外径を異ならせることにより、トルクの方向に応じて感度を異ならせることができる。
この発明に係る遊星ローラ機構は、車両に搭載した場合に上記の特性を利用して、前進時と後進時とのトルク伝達の感度を異ならせることができる。例えば、前進時の感度を良くする場合には、前進走行方向のトルクを伝達する際に内周側ピニオンローラを挟み込む外周側ピニオンローラの外径を大きくすることが好ましい。これとは反対に後進時の感度を良くする場合には、後進走行方向のトルクを伝達する際に内周側ピニオンローラを挟み込む外周側ピニオンローラの外径を大きくすることが好ましい。
そして、この発明の好ましい実施の形態では、サンローラとリングローラとピニオンローラとの三要素のうちのいずれか一つの要素にトルクが入力され、かつ他の一つの要素からトルクが出力され、残る一つの要素が固定されて、増速機構もしくは減速機構として構成される。
つぎに、図面を参照してこの発明に係る遊星ローラ機構をより具体的に説明する。図1の(a)および(b)はこの発明の一例を概略的に示す正面図であって、サンローラ1がその中心軸線を中心に回転するように配置されており、そのサンローラ1の外周面がトルク伝達面2とされている。このサンローラ1以上の外径もしくは大径の円筒状をなすリングローラ3が、サンローラ1と同心円上に相対回転可能に配置されている。そのリングローラ3の内周面がトルク伝達面4とされている。
図1に示す遊星ローラ機構は、四対のピニオンローラ対5を備えており、各ピニオンローラ対5は内周側ピニオンローラ5aと外周側ピニオンローラ5bとによって構成されている。したがって図1に示す遊星ローラ機構は、いわゆるダブルピニオン型の遊星ローラ機構として構成されている。その内周側ピニオンローラ5aは、外周面をトルク伝達面とした真円もしくはそれに近い形状の転動体であって、サンローラ1のトルク伝達面2に接触した状態で配置されている。外周側ピニオンローラ5bは、内周側ピニオンローラ5aより大径の転動体であって、その外周面は真円もしくはそれに近い形状のトルク伝達面とされている。そして、この外周側ピニオンローラ5bは内周側ピニオンローラ5aとリングローラ3の内周面であるトルク伝達面4とに接触した状態に配置されている。なお、ここで説明している実施の形態における「接触」は、直接接触する状態だけでなく、トラクションオイル(図示せず)の油膜を介して接触する状態を含む。
各ピニオンローラ対5は、相互の相対位置を保持するようにキャリヤ6によって自転かつ公転できるように保持されている。そのキャリヤ6は、サンローラ1の中心軸線を中心に回転するように配置された板状もしくはリング状の部材であって、前記各外周側ピニオンローラ5bが等間隔に保持されている。その保持のための構成は、例えばキャリヤ6にピニオンピン(図示せず)を等間隔に取り付け、それぞれのピニオンピンに外周側ピニオンローラ5bを回転可能に取り付けた構成とすればよい。
また、前記各内周側ピニオンローラ5aが円周方向に移動できるようにキャリヤ6に保持されている。各内周側ピニオンローラ5aの外径は、サンローラ1のトルク伝達面2と外周側ピニオンローラ5bの外周面との間隔より大きく、したがって各ピニオンローラ対5における内周側ピニオンローラ5aは、サンローラ1の回転中心と外周側ピニオンローラ5bの回転中心とを結んだ線に対して円周方向にずれた位置に保持されている。そして、その内周側ピニオンローラ5aの円周方向への移動可能な範囲は、内周側ピニオンローラ5aの両側に配置されている外周側ピニオンローラ5bのそれぞれに選択的に接触する範囲となっている。
なお、図1には、その移動範囲を誇張して示してあり、実用上は、内周側ピニオンローラ5aを保持している機構のいわゆるガタ分程度の移動範囲もしくは取り付け時に設定した緩み程度の移動範囲でよい。すなわち、内周側ピニオンローラ5aを移動可能に構成しているのは、内周側ピニオンローラ5aがその両側に位置する外周側ピニオンローラ5bのいずれかにトルク伝達可能に接触している状態では、他方とのトルク伝達が生じないようにするためであり、したがってトルク伝達が生じない非接触状態は、両者の間隔が零より僅かに大きい程度であればよい。
上記の遊星ローラ機構は、増速機および減速機のいずれとしても使用することができ、さらには差動装置としても使用することができる。図2には、減速機として使用した例をスケルトン図で示してあり、サンローラ1が入力軸7に連結されており、またリングローラ3が出力部材8に連結され、さらにキャリヤ6がケーシングなどの所定の固定部9に連結されて固定されている。そのサンローラ1を正回転(図1の(a)に矢印で示す方向に回転)させると、そのサンローラ1のトルク伝達面2に接触している内周側ピニオンローラ5aには、図1の(a)に矢印で示す時計方向に自転させるトルクと、図1の(a)に太い矢印で示す反時計方向に公転させるトルクとが作用する。内周側ピニオンローラ5aは、前述したように、ガタもしくは緩みをもってキャリヤ6によって保持されているので、キャリヤ6が固定されていても、その公転トルクによって内周側ピニオンローラ5aが移動して外周側ピニオンローラ5bの外周面に接触する。
内周側ピニオンローラ5aには前述したようにこれを自転させるトルクが作用しているので、内周側ピニオンローラ5aが外周側ピニオンローラ5bに接触すると、外周側ピニオンローラ5bにはこれを図1の(a)に矢印で示す反時計方向に回転させるトルクが伝達される。そして、この外周側ピニオンローラ5bはリングローラ3の内周面であるトルク伝達面4に接触しているので、外周側ピニオンローラ5bからリングローラ3にトルクが伝達されてこれが正回転する。そのリングローラ3の回転数は、サンローラ1の回転数を、サンローラ1のトルク伝達面2の外径とリングローラ3のトルク伝達面4の内径との比であるいわゆるローラ比ρ(<1)に応じて減速(減速比=1/ρ)した回転数となる。
このようにサンローラ1とリングローラ3との間でトルクを伝達する場合、内周側ピニオンローラ5aが、凸円弧面が対向して形成されている隙間であるサンローラ1のトルク伝達面2と外周側ピニオンローラ5bの外周面との間に押し込められる。その荷重は、サンローラ1と内周側ピニオンローラ5aとの間、および内周側ピニオンローラ5aと外周側ピニオンローラ5bとの間で伝達されるトルクに応じた荷重となる。したがってサンローラ1とリングローラ3との間で伝達されるトルクが大きい場合には、内周側ピニオンローラ5aが大きい荷重でサンローラ1と外周側ピニオンローラ5bとの間に押し付けられ、その結果、サンローラ1とリングローラ3との間を押し広げる力、すなわちサンローラ1とリングローラ3との間にピニオンローラ対5を挟み込む押し付け力が、入力トルクもしくは伝達するべきトルクに応じて大きくなる。
摩擦接触もしくはトラクションオイルを介した接触によってトルクを伝達する機構のトルク容量は、トルク伝達箇所における垂直荷重に応じて大きくなるから、ピニオンローラ対5の押し付け力が上記のようにして増大すれば、遊星ローラ機構のトルク容量がそれに応じて増大する。したがって、この発明に係る上記の遊星ローラ機構は、入力トルクもしくは伝達するべきトルクに応じてトルク容量が変化する可変容量型の遊星ローラ機構として機能する。そのため、サンローラ1とリングローラ3との間にピニオンローラ対5を挟み付ける押し付け力あるいはこれらの接触面圧が、伝達するべきトルクに対して過大になることがないので、動力の伝達効率を向上させることができ、また耐久性を向上させることができる。
なお、サンローラ1が逆回転する場合のトルクの伝達状態を図1の(b)に示してある。この場合、サンローラ1から内周側ピニオンローラ5aに伝達されるトルクの方向が上述した正回転の場合とは反対になるので、内周側ピニオンローラ5aを公転させるトルクの方向も正回転の場合とは反対になる。その結果、内周側ピニオンローラ5aは、図1の(b)に太い矢印で示してあるように公転トルクを受けて移動し、図1の(a)に示す場合とは反対側に配置されている外周側ピニオンローラ5bに接触させられる。そして、サンローラ1にはこれを逆回転させるトルクが作用しているので、内周側ピニオンローラ5aにはこれを図1の(b)での反時計方向に自転させるトルクが作用し、これに接触している外周側ピニオンローラ5bにはこれを時計方向に回転させるトルクが作用する。そして、外周側ピニオンローラ5bが接触しているリングローラ3にはこれを時計方向に回転させるトルクが作用し、その方向に回転する。この場合の減速比も正回転の場合と同様に「1/ρ」になる。
図1および図2に示す例は、内周側ピニオンローラ5aと外周側ピニオンローラ5bとの両方を一つのキャリヤ6で保持し、かつ内周側ピニオンローラ5aの保持にガタもしくは緩みを設けた例であるが、この発明では、内周側ピニオンローラ5aと外周側ピニオンローラ5bとを、それぞれ別のキャリヤで保持した構成とすることができる。図3の(a)および(b)はその例を示しており、各ピニオンローラ対5における内周側ピニオンローラ5aが第1のキャリヤ6aによって保持されており、各ピニオンローラ対5における外周側ピニオンローラ5bが第2のキャリヤ6bによって保持されている。
これらのキャリヤ6a,6bによるそれぞれのピニオンローラ5a,5bの保持構造は、前述した図1に示す例と同様である。また、これらのキャリヤ6a,6bは前述したサンローラ1の回転中心軸線を中心にしてサンローラ1やリングローラ3に対して相対回転自在になっており、したがって各ピニオンローラ5a,5bが相対的に公転するようになっている。さらに、第1のキャリヤ6aと第2のキャリヤ6bとは相対回転できるように構成されている。したがって、外周側ピニオンローラ5bを公転方向に対して固定した場合には内周側ピニオンローラ5aが円周方向に移動するように構成されている。他の構成は、前述した図1に示す構成と同様であるから、図3に図1と同様の符号を付してその説明を省略する。
図3の(a)は、外周側ピニオンローラ5bの公転を止めるようにそのキャリヤ6bを固定し、これに対して内周側ピニオンローラ5aを保持しているキャリヤ6aをフリー状態とし、その状態でサンローラ1に正回転方向のトルクを入力するとともに、リングローラ3から出力するように構成した場合の動作を示している。この場合も、前述した図1の(a)に示す場合と同様に、内周側ピニオンローラ5aが図3の(a)における反時計方向に移動してこれに隣接する外周側ピニオンローラ5bとサンローラ1との間に押し込められる。そして、その押し付け力が入力トルクもしくは伝達するトルクに応じたものとなるので、動力損失が増大したり、耐久性が低下することなくトルクの伝達を行うことができる。なお、この場合の減速比は、前述した図1の(a)に示す場合の減速比と同じである。
また、サンローラ1に逆回転方向のトルクが入力された場合には、図3の(b)に示すように、内周側ピニオンローラ5aが図3の(b)における時計方向に移動してこれに隣接する外周側ピニオンローラ5bとサンローラ1との間に押し込められる。そして、その押し付け力が入力トルクもしくは伝達するトルクに応じたものとなるので、動力損失が増大したり、耐久性が低下することなくトルクの伝達を行うことができる。これは、前述した図1の(b)に示す場合と同様であり、したがってその減速比は、前述した図1の(b)に示す場合の減速比と同じである。
図4は、上記の図3に示す構成の遊星ローラ機構をハイブリッド車のトランスアクスルに使用した例を示しており、この遊星ローラ機構は第2モータ・ジェネレータMG2が出力した動力を減速する減速機として使用されている。すなわち、エンジンENGが出力した動力を第1モータ・ジェネレータMG1側と出力側とに分割する動力分割機構10が設けられており、この動力分割機構10はここに示す例ではシングルピニオン型の遊星歯車機構によって構成されている。その遊星歯車機構は、サンギヤ11と、そのサンギヤ11に対して同心円上に配置されたリングギヤ12と、これらサンギヤ11およびリングギヤ12の間に配置されてそれぞれに噛み合っているピニオンギヤを自転および公転自在に保持するキャリヤ13とを備えており、そのキャリヤ13にエンジンENGが連結されていてキャリヤ13が入力要素となっている。
また、第1モータ・ジェネレータMG1は、モータとしての機能および発電機としての機能を備えていて、サンギヤ11に連結されている。したがって、サンギヤ11がいわゆる反力要素となっている。そして、リングギヤ12が出力要素となっていてこのリングギヤ12に出力ギヤ14が取り付けられている。
前述した図3に示す構成の遊星ローラ機構が、上記の動力分割機構10に対して同一軸線上で隣接する位置に配置されており、そのリングローラ3が出力ギヤ14あるいは動力分割機構10のリングギヤ12に連結され、またサンローラ1に第2モータ・ジェネレータMG2が連結されている。そして、外周側ピニオンローラ5bを保持しているキャリヤ6bがケーシングなどの固定部9に固定されている。そして、出力ギヤ14からカウンタ軸15を介してデファレンシャル16にトルクを伝達するように構成され、さらにそのデファレンシャル16から左右の駆動輪17にトルクを出力するように構成されている。
エンジンENGから出力された動力は、動力分割機構10におけるキャリヤ13に入力され、ここでサンギヤ11側とリングギヤ12側とに分割される。サンギヤ11側に分割された動力で第1モータ・ジェネレータMG1を駆動し、かつその第1モータ・ジェネレータMG1を発電機として機能するように制御することにより、第1モータ・ジェネレータMG1からサンギヤ11に反力トルクが付加され、同時に、エンジンENGの回転数が第1モータ・ジェネレータMG1によって制御される。その結果、リングギヤ12にはエンジントルクを増幅したトルクが現れ、そのトルクが出力ギヤ14からカウンタ軸15およびデファレンシャル16を介して駆動輪17に伝達される。
一方、第1モータ・ジェネレータMG1で生じた電力は第2モータ・ジェネレータMG2に供給され、その第2モータ・ジェネレータMG2がモータとして機能するように制御される。そしてその第2モータ・ジェネレータMG2が出力した動力は、遊星ローラ機構によって減速されて出力ギヤ14に付加される。したがって、第2モータ・ジェネレータMG2が出力したトルクが、遊星ローラ機構によって増幅されて出力ギヤ14に伝達されることになる。なお、第2モータ・ジェネレータMG2によってエネルギ回生する場合、出力ギヤ14から入力される動力によって第2モータ・ジェネレータMG2を駆動するとともに第2モータ・ジェネレータMG2を発電機として機能させる。その場合、リングローラ3が入力要素、キャリヤ6bが固定要素、サンローラ1が出力要素となるので、遊星ローラ機構は増速機構として機能することになる。
この発明に係る遊星ローラ機構は、トルクの伝達を摩擦接触もしくはトラクションオイルの油膜を介した接触によって行う機構であるから、遊星歯車機構と比較するとその構造が簡単であり、したがってサンローラ1を小径化してその外径(rs)とリングローラ3の内径(rR)との比率(rs/rR)であるいわゆるローラ比を小さくし、減速機として構成した場合の減速比を大きくすることができる。その場合、サンローラ1を小径化することに伴うヘルツ面圧を低下させるように構成することが好ましい。その一例を図5に示してあり、ここに示す例は、内周側ピニオンローラ5aを外周側ピニオンローラ5bに対して大径に構成した例である。他の構成は、図3に示す構成と同様であるから、図5に図3と同様の符号を付してその説明を省略する。
図5の(a)は正回転時の動作状態を示し、図5の(b)は逆回転時の動作状態を示しており、これらいずれの場合であっても、大径の内周側ピニオンローラ5aと小径の外周側ピニオンローラ5bとからなるピニオンローラ対5は、入力トルクに応じた挟圧力で、サンローラ1とリングローラ3との間に挟み込まれている。その挟圧力に応じてサンローラ1と内周側ピニオンローラ5aとが接触するが、その内周側ピニオンローラ5aが大径であるから、サンローラ1との接触面積が相対的に広くなり、それに伴ってヘルツ面圧(ヘルツ応力)を低下させることができる。ひいては耐久性を向上させることができる。なお、図5に示すように構成した遊星ローラ機構であっても、図1あるいは図3に示すように構成した場合と同様に可変トルク容量型遊星ローラ機構として動作して、正転方向および逆転方向にトルクを伝達することができる。
この発明に係る遊星ローラ機構は、サンローラ1とリングローラ3との間に介在させるピニオンローラ対5におけるピニオンローラの数が複数であればよく、したがって三つのピニオンローラによって各ピニオンローラ対5を構成してもよい。その例を図6に示してあり、各ピニオンローラ対5には相対的に小径の二つの外周側ピニオンローラ5b,5cが設けられ、相対的に大径の内周側ピニオンローラ5aと合わせて合計三つのピニオンローラ5a,5b,5cによってピニオンローラ対5が構成されている。そして、二つの外周側ピニオンローラ5b,5cは、共にキャリヤ6bによって自転かつ公転できるように保持されている。図6に示す他の構成は、前述した図3もしくは図5に示す構成と同様であるから、図6に図3もしくは図5と同様の符号を付してその説明を省略する。
図6の(a)に示す状態は、外周側のキャリヤ6bを固定して、サンローラ1に正転方向のトルクが入力されている状態であり、相対的に大径の内周側ピニオンローラ5aがトルクの伝達に伴う公転方向のトルクを受けて図6の(a)における反時計方向に移動する。そして、内周側ピニオンローラ5aはその移動方向に隣接して配置されている一方の外周側ピニオンローラ5bに接触し、かつその外周側ピニオンローラ5bとサンローラ1との間に押し込められる。したがって前述した図5の(a)に示す場合と同様に、可変トルク容量型遊星ローラ機構として機能する。また、内周側ピニオンローラ5aが相対的に大径であるから、ヘルツ面圧を低くして耐久性を向上させることができる。
一方、逆回転方向のトルクがサンローラ1に入力された場合、図6の(b)に示すように、内周側ピニオンローラ5aが図6の(b)における時計方向に移動するので、その内周側ピニオンローラ5aと共にピニオンローラ対5を構成している他方の外周側ピニオンローラ5cに内周側ピニオンローラ5aが接触し、かつその外周側ピニオンローラ5cとサンローラ1との間に押し込められる。したがって前述した図5の(b)に示す場合と同様に、可変トルク容量型遊星ローラ機構として機能する。また、内周側ピニオンローラ5aが相対的に大径であるから、ヘルツ面圧を低くして耐久性を向上させることができる。
このように図6に示す構成であれば、前述した図1あるいは図3もしくは図5に示すように構成した遊星ローラ機構と同様の作用および効果を得ることができ、これに加えて、入力トルクの方向が反転した場合の衝撃を軽減することが可能である。すなわち、二つの外周側ピニオンローラ5b,5cはその間に配置されている内周側ピニオンローラ5aと共に一つのピニオンローラ対5を構成しているから、これらの外周側ピニオンローラ5b,5cは内周側ピニオンローラ5aに接近させて配置することができる。こうすることにより、入力トルクの方向が反転して、一方の外周側ピニオンローラ5bに接触していた内周側ピニオンローラ5aが他方の外周側ピニオンローラ5cに接触するまでに移動する距離がごく僅かになるため、内周側ピニオンローラ5aが他方の外周側ピニオンローラ5cに接触する際の衝撃が小さくなる。その結果、図6に示す構成の遊星ローラ機構を車両の駆動系統に組み込んで使用した場合、その車両の前進走行と後進走行とを切り替えるいわゆるガレージシフトなどの場合であっても、ショックを防止もしくは軽減することができる。
上述したように、この発明に係る遊星ローラ機構では、内周側ピニオンローラ5aが公転方向に移動することによりサンローラ1と外周側ピニオンローラ5b,5cとの間に押し込められて楔作用を行い、あるいは外周側ピニオンローラ5b,5cが相対的に楔作用を行い、その結果、ピニオンローラ対5を挟み付ける挟圧力を入力トルクに応じたものとすることができる。その楔作用は、楔として機能する部材が進入する箇所の楔角によって異なったものとなる。すなわち、楔角が大きく、いわゆる進入口が大きく開いている場合には、楔として機能する部材が僅かに進入しただけでその進入方向に対して交差する方向に大きい荷重が生じる。これに対して、楔角が小さい場合には、楔として機能する部材の進入量に対する、その進入方向に対して交差する方向の荷重の増大量が相対的に小さくなる。
これを、前述したピニオンローラ対5を挟み付ける挟圧力の変化について説明すると、サンローラ1の外径を同一とした場合、外周側ピニオンローラの外径が大きいほど、内周側ピニオンローラ5aが進入するサンローラ1と外周側ピニオンローラとの間の楔角が大きくなり、これとは反対に外周側ピニオンローラの外径が小さいほど、その楔角が小さくなる。したがって、外周側ピニオンローラの外径が大きければ、トルクが入力されると直ちに前記挟圧力が増大して所定のトルクが出力されるので、遊星ローラ機構によるトルク伝達の応答性もしくは感度が良くなる。これに対して外周側ピニオンローラの外径が小さければ、トルクが入力されて内周側ピニオンローラ5aがある程度移動した後に前記挟圧力が増大して所定のトルクが出力されるので、遊星ローラ機構によるトルク伝達の応答性もしくは感度が鈍くなる。
このような楔作用の相違を利用して、トルクの方向に応じて感度が異なるように構成した例を次ぎに説明する。図7はその一例を示しており、(a)は正転時の動作状態、(b)は逆転時の動作状態を示している。ここに示す遊星ローラ機構は上記の図6に示す構成と同様に、一つの内周側ピニオンローラ5aに対して二つの外周側ピニオンローラ5b,5cが設けられているが、それらの外周側ピニオンローラ5b,5cの外径が異なっている。図7に示す例では、正転時にトルクの伝達に関与する一方の外周側ピニオンローラ5bの外径が、逆転時にトルクの伝達に関与する他方の外周側ピニオンローラ5cの外径より大きく構成されている。他の構成は、図6に示す構成と同様であるから、図7に図6と同様の符号を付してその説明を省略する。
先ず正転時の作用について説明すると、外周側のキャリヤ6bが固定された状態で、サンローラ1に図7の(a)における反時計方向のトルクが入力され、サンローラ1がその方向に回転することにより、サンローラ1に接触している内周側ピニオンローラ5aは、図7の(a)に太い矢印で示す方向(反時計方向)に押される。そして、内周側ピニオンローラ5aがその反時計方向側に位置している大径の外周側ピニオンローラ5bに接触するとともに、その外周側ピニオンローラ5bとサンローラ1との間に押し込められる。そのため、その内周側ピニオンローラ5aと外周側ピニオンローラ5bとには、これらをサンローラ1とリングローラ3との間に挟み付ける挟圧力が生じ、その挟圧力に応じたトルク容量となる。その場合、外周側ピニオンローラ5bが大径であって、その外周側ピニオンローラ5bとサンローラ1との間のいわゆる楔角が大きいから、挟圧力すなわちトルク容量が迅速に増大し、トルク伝達の応答性あるいは感度が良くなる。
一方、逆転時には図7の(b)に示すように動作する。すなわち、サンローラ1に図7の(b)における時計方向のトルクが入力されると、サンローラ1がその方向に回転することにより、サンローラ1に接触している内周側ピニオンローラ5aは、図7の(b)に太い矢印で示す方向(時計方向)に押される。そして、内周側ピニオンローラ5aがその時計方向側に位置している小径の外周側ピニオンローラ5cに接触するとともに、その外周側ピニオンローラ5cとサンローラ1との間に押し込められる。そのため、その内周側ピニオンローラ5aと外周側ピニオンローラ5cとには、これらをサンローラ1とリングローラ3との間に挟み付ける挟圧力が生じ、その挟圧力に応じたトルク容量となる。その場合、外周側ピニオンローラ5cが小径であって、その外周側ピニオンローラ5cとサンローラ1との間のいわゆる楔角が小さいから、挟圧力すなわちトルク容量が相対的にゆっくり増大し、トルク伝達の応答性あるいは感度が低くなる。
したがって、図7に示す遊星ローラ機構を車両における動力源の動力を出力部材に伝達する箇所に使用し、前進走行する方向のトルクが入力された場合に図7の(b)に示すように動作し、後進走行する方向のトルクが入力された場合に図7の(a)に示すように動作する構成とすることができる。このような構成であれば、前進走行する際の入力トルクの増大に対するトルク容量の増大の感度が低くなるので、動力源の出力を増大して発進する際のショック(いわゆるチップインショック)を緩和もしくは防止することが容易になる。これに対して後進時には感度が高く、ずり下がりを防止もしくは抑制することができる。
なお、これとは反対に、前進時に感度が良くなり、後進時に感度が低くなるように構成することもできる。すなわち、前進時に図7の(a)に示すように動作し、後進時に図7の(b)に示すように動作する構成とすることができる。このような構成であれば、坂道発進の際のずり下がりを防止もしくは抑制でき、また後進時には緩やかな後進方向への発進を行うことができる。
上述した各具体例は、サンローラ1を入力要素とするとともに、キャリヤ6,6bを固定要素とし、さらにリングローラ3を出力要素とした例であるが、この発明に係る遊星ローラ機構は、そのような使用形態以外の形態で使用することができる。例えばリングローラ3とサンローラ1とのいずれか一方を固定要素とするとともに、他方を出力要素とし、かつキャリヤ6,6a,6bを入力要素として使用することもできる。その一例として、サンローラ1を固定した状態で、キャリヤ6aにトルクを入力するように構成した例を図8および図9に示してある。すなわち、これら図8および図9に示す例は、上記の図7に示す構成の遊星ローラ機構におけるサンローラ1を固定部9に連結して固定し、また内周側のキャリヤ6aを入力軸7に連結し、さらにリングローラ3を出力部材8に連結した例である。
その入力軸7に正回転方向のトルクを加えると、内周側のキャリヤ6aおよびこれに保持されている内周側ピニオンローラ5aが図8の反時計方向に回転する。その内周側ピニオンローラ5aが接触しているサンローラ1が固定されているので、内周側ピニオンローラ5aは反時計方向に公転するとともに、時計方向に自転する。したがって、内周側ピニオンローラ5aが大径の外周側ピニオンローラ5bに接触してトルク伝達し、その外周側ピニオンローラ5bが図8の時計方向に回転し、それに伴ってリングローラ3が時計方向に回転する。その結果、内周側ピニオンローラ5aがサンローラ1と外周側ピニオンローラ5bとの間に進入し、それらの間隔を押し広げる方向に押圧力を生じるので、その反力としてこれらの内周側ピニオンローラ5aと外周側ピニオンローラ5bとをサンローラ1とリングローラ3との間に挟み込む挟圧力が生じる。その挟圧力が入力トルクに応じて大きくなるものであることは前述したとおりである。そしてこの場合、出力要素であるリングローラ3は入力要素であるキャリヤ6aに対して減速されて回転し、その減速比はローラ比を「ρ」とすると、(1/(1−ρ))となる。
なお、キャリヤ6aに上記の場合とは反対方向にトルクが入力された場合には、大径の外周側ピニオンローラ5bに替わって小径の外周側ピニオンローラ5bに内周側ピニオンローラ5aが接触してこれがトルクの伝達に関与する。その場合の動作は、回転方向が反対になるだけであって、上記の正転時と特には異ならない。また、減速比も正転時と同様に、(1/(1−ρ))となる。
上述したいずれの例もサンローラ1とリングローラ3との間に直列に並んで挟み込まれるピニオンローラが二つとなる例であるが、この発明では、それ以上の数のピニオンローラがサンローラ1とリングローラ3との間に直列に挟み込まれるように構成することもできる。図10はその一例として三つのピニオンローラがサンローラ1とリングローラ3との間に挟み込まれるように構成した例である。
より具体的に説明すると、内周側ピニオンローラとして、サンローラ1のトルク伝達面2に接触する第1内周側ピニオンローラ5a1と、その第1内周側ピニオンローラ5a1より大径でかつ第1内周側ピニオンローラ5a1にトルク伝達可能に接触する第2内周側ピニオンローラ5a2とが設けられ、これらの内周側ピニオンローラ5a1,5a2が、共に、キャリヤ6aに自転かつ公転自在に保持されている。そして、第2内周側ピニオンローラ5a2より外周側に、外径の異なる二つの外周側ピニオンローラ5b,5cが設けられ、トルクの伝達方向に応じて、これらの外周側ピニオンローラ5b,5cのいずれかに第2内周側ピニオンローラ5a2が接触し、かつ第1内周側ピニオンローラ5a1との間に押し込まれるようになっている。他の構成は、図7あるいは図8に示す構成と同様であり、したがって図10に図7あるいは図8と同様の符号を付してその説明を省略する。
この図10に示すように構成された遊星ローラ機構では、内周側ピニオンローラ5a1,5a2が相互に反対方向に回転するものの、一体となって公転するので、トルクを伝達する場合には、これらの内周側ピニオンローラ5a1,5a2が一体となってサンローラ1と外周側ピニオンローラ5b,5cとの間に押し込まれ、あるいは外周側ピニオンローラ5b,5cが第2内周側ピニオンローラ5a2とリングローラ3のトルク伝達面4との間に相対的に押し込まれ、それに伴う挟圧力が発生する。そして、その挟圧力は前述した各例と同様に入力されたトルクあるいは伝達するべきトルクに応じて大きくなる。
以上、この発明に係る遊星ローラ機構を複数の例を挙げて説明したように、この発明に係る遊星ローラ機構では、サンローラ1とリングローラ3との間に複数のピニオンローラからなる複数のピニオンローラ対を配置したいわゆるマルチピニオン型に構成し、それらのピニオンローラのうち内周側もしくは外周側のピニオンローラを公転方向に相対移動可能に構成してあるから、いわゆる挟圧力あるいはそれに基づくトルク容量を、入力トルクもしくは伝達するトルクに応じて変化させることができる。しかも、それらのピニオンローラは、ガタあるいは緩みのある保持構造とするか、別個独立のキャリヤで保持すればよいので、構成を簡素化することができる。また、サンローラ1およびリングローラ3ならびにキャリヤは同一の軸線上に配置できるので、入力軸や出力軸などの関連する部材の支持構造を簡素化することができる。
1…サンローラ、 2…トルク伝達面、 3…リングローラ、 4…トルク伝達面、 5…ピニオンローラ対、 5a,5a1,5a2…内周側ピニオンローラ、 5b,5b,5c…外周側ピニオンローラ、 6,6a,6b…キャリヤ、 7…入力軸、 8…出力部材、 9…固定部。