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JP4626700B2 - 生体リズム情報取得方法 - Google Patents

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Description

本発明は、生物個体の生体リズムに関わる情報を取得する方法に関する。より詳しくは、涙液及び唾液中の生理活性物質量の経時的変化に基づいて、特に概日リズムに関わる情報を取得する方法に関する。
生物個体の様々な生体現象は、自立的に振動する「周期的なリズム」を示すことが知られている。この周期的なリズムは「生体リズム」と呼ばれている。特に、約一日を周期とする「概日リズム(サーカディアンリズム)」は、睡眠覚醒リズムや体温、血圧、ホルモン分泌量の日内変動リズムなどの生体現象にみられるリズムを広く支配している。また、概日リズムは、心身の活動度や運動能力、薬剤感受性などにも関与していることが知られている。
生体リズムは、「時計遺伝子(クロックジーン)」と呼ばれる遺伝子群によって制御されている。時計遺伝子(以下、「時計分子」ともいう)は、その発現や活性、局在等を自律的に周期変動(振動)させることにより「体内時計」として機能している。
時計分子の遺伝子多型や遺伝子変異は、癌や糖尿病、血管系疾患、神経変性疾患などの発症要因となることが明らかにされている。さらに、近年、双極性障害や鬱病のような精神疾患についても、時計分子の遺伝子多型や変異が発症に関与していることが指摘されている。これらの疾患を治療するため、時計分子の遺伝子多型や変異によって変調した体内時計を光照射によってリセットする試みもなされてきている。
一方、生体リズムは、体内時計による自律的な制御だけでなく、社会生活による制約も受けている。例えば、睡眠覚醒リズムでは、日々の就寝時刻や起床時刻の変化によって、「実生活の就寝起床サイクル」と「体内時計による睡眠覚醒リズム」との間にリズムのずれ(位相のずれ)が生じる場合がある。このような生体リズムのずれは、いわゆる「時差ぼけ」や睡眠障害を引き起こし、さらには上述のような精神疾患の原因ともなると考えられている。
さらに、生体リズムを利用して、薬剤治療効果の最大化を図る試みも始まっている。薬剤の標的となる分子(薬剤標的分子)の発現量や薬剤を代謝する酵素(薬物代謝酵素)の活性の概日リズムに起因して、薬剤による治療効果も日内変動することが考えられる。そこで、薬剤ごとに最適な投薬時刻を定めて、治療効果を最大化しようとする「時間医療」という考え方が提唱されてきている。
また、より身近には、心身の活動度や運動能力の概日リズムを利用して、学習やトレーニングにおいて自己の能力を最大限に引き出すための活動時刻や、太りにくい(又は、太りやすい)摂食時刻が検討され始めている。
以上のことから、体内時計による生体リズムを正確に知ることは、種々の疾患の予防、時差ぼけなどの体調不良の改善、時間医療の実現、自己能力の発揮、ダイエットなどに非常に有益と考えられる。
特許文献1には、生物個体から採取した標準検体の遺伝子発現産物量測定データに基づき体内時刻を推定する方法などが開示されている。この体内時計推定方法では、遺伝子発現産物量(すなわち、mRNA)の発現量に基づいて、体内時計を推定するための分子時計表を作成するものである。なお、特許文献1には、具体的な採取組織(又は、細胞)及び測定対象遺伝子は記載されていない。
特許文献2には、ヒトの深部体温の計測値から生体リズム曲線を測定するための生体リズム曲線測定装置が記載されている。この生体リズム曲線測定装置では、外乱の影響(外部からの影響)を除去して真の生体リズム曲線を測定できるように工夫されている。なお、特許文献2には、深部体温の具体例として直腸温又は鼓膜温が挙げられており、特に直腸温が好適である旨の記載がある。
国際公開第2004/012128号 特開平6−189914号公報
特許文献1に開示される体内時計推定方法は、生物個体から採取した標準検体のmRNAの発現量に基づく方法である。特許文献1には、具体的な採取組織(又は、細胞)及び測定対象遺伝子は記載されていないが、従来、白血球中の時計遺伝子発現を調べる方法が、簡便な方法として広く採用されている。しかし、この方法では採血が不可欠となるため、被験者において肉体的苦痛が伴う。
さらに、測定者においても、採血した血液から白血球を分離する操作や、白血球からmRNAを抽出する操作、時計遺伝子mRNAの発現解析などを行なう必要があり、非常に手間がかかっていた。一般に、生物検体からmRNAを抽出し、定量を行なうためには、mRNAの分解を防止するための煩雑な操作が必要となるためである。特に、微量の生物検体を扱う場合にmRNAの分解が生じると、安定した測定結果を得ることができなくなる。
特許文献2に開示される生体リズム曲線測定装置は、特に直腸温を測定するものである。しかし、直腸での体温測定は、被験者に心理的あるいは肉体的苦痛を与え得るものであり、このために測定者においても負担感が生じ得る。
そこで、本発明は、生物個体の生体リズムに関わる情報を取得するための、簡便かつ低侵襲な方法を提供することを主な目的とする。
上記課題解決のため、本発明は、涙液及び/又は唾液中の生理活性物質量の経時的変化に基づいて、生体リズムに関わる情報を取得する方法を提供する。
この方法においては、前記生理活性物質を分泌型IgA抗体とすることができ、涙液及び/又は唾液中の涙液中の分泌型IgA抗体量の経時的変化に基づいて、前記情報を取得することができる。
この方法においては、さらに、前記生理活性物質としてゾチームを用いることで、涙液及び/又は唾液中の涙液中の分泌型IgA抗体量とリゾチーム量の比(分泌型IgA抗体量/リゾチーム量)の経時的変化に基づいて、前記情報を取得することが好適となる。
この方法では、涙液中の分泌型IgA抗体量とリゾチーム量の比の経時的変化を示す変動曲線と、唾液中の分泌型IgA抗体量とリゾチーム量の比の経時的変化を示す変動曲線と、の位相のずれに基づいて、生体リズムのずれ、特には概日リズムにおける睡眠覚醒リズムと、実生活における就寝起床サイクルと、のずれ、を検出することができる。
この方法は、前記経時的変化を示す変動曲線を、前記生体リズムを推定するための分子時刻表として利用するものである。
本発明により、簡便かつ低侵襲に生物個体の生体リズムに関わる情報を取得する方法が提供される。
1.生体リズム情報取得方法
本発明者らは、簡便かつ低侵襲に生物個体の生体リズムに関わる情報を取得する方法を確立するため、極めて低侵襲に採取可能な生体試料である涙液及び唾液に着目した。従来、涙液中には、60種類以上の生理活性物質が含まれていることが知られている。これらの生理活性物質には、ラクトフェリンやリゾチーム、分泌型IgAなどの感染に対する抵抗力として機能するタンパク質や、ビタミンAなどの脂溶性物質の担体として機能するTSP(Tear Specific Prealbmin)などが含まれる。また、唾液中には、アミラーゼ等の消化酵素や、ラクトフェリンやムチン等の糖タンパク質、脂質、ビタミンなど多様な生理活性物質が含まれている。
本発明者らは、涙液又は唾液中に含まれるこれらの生理活性物質について、その分泌量の変化を解析した。そして、分泌量が日内変動する生理活性物質として、分泌型IgA抗体を特定した。さらに、涙液及び唾液中に分泌される分泌型IgA抗体量の日内変動が、良く一致した概日リズムを示すことを見出した。
従って、本発明は、涙液又は唾液中の分泌型IgA抗体量の経時的変化に基づいて、生体リズムに関わる情報を取得する方法を提供するものである。この生体リズム取得方法において、対象とする生物個体には、ヒトの他、マウス・ラット・サル等の実験動物などが広く含まれる。
分泌型IgA抗体は、形質細胞で産生されたIgA抗体が、涙腺又は唾液腺の腺房細胞や導管細胞で産生される分泌片と結合し、分泌型IgA抗体となって涙液又は唾液中に分泌される。本発明に係る生体リズム情報取得方法では、生物個体から涙液又は唾液を採取し、涙液又は唾液中の分泌型IgA抗体量を測定することにより、生物個体の生体リズムの推定を行う。
2.涙液及び唾液の採取
(1)涙液の採取
涙液の採取は、例えば、反射性分泌(刺激性分泌)によって、下まぶた(涙液メニスカス)に溜まった涙液を採取することにより行うことができる。反射性分泌は、例えば、眼を開け続けることによる刺激や、綿棒等による鼻粘膜への刺激によって誘起することが可能である。
涙液の採取は、基礎分泌や反射性分泌によって溜まった涙液を採取する方法や、Eye flush法によって行うことができる。しかし、基礎分泌による涙液は、採取量が1〜2μl程度と少ない上に、採取に時間がかかる。また、反射性分泌による涙液の採取は被験者への負担が大きい。Eye flush法は、一定量の生理食塩水等を点眼した後に、涙液を生理食塩水等とともに採取するものである。Eye flush法では涙液が生理食塩水によって希釈されるが、速やかに涙液成分を採取できるメリットがあり、また被験者への負担も少ない。本発明においては、後述するように、分泌型IgA抗体をリゾチームとの比で定量するため、基本的に涙液の希釈は問題とならない。このことから、本発明における涙液採取法としてはEye flush法が適している。
涙液メニスカスに溜まった希釈涙液は、マイクロピペット等を用いて、眼球に触れないように採取する。マイクロピペットには、滅菌したディスポーザブルチップを使用できる。特に、電気泳動ゲルへのサンプルローディングに用いられる、先端が細く形成されたチップの先端に柔らかいシリンコンチューブを取り付けたものを使用することが望ましい。
涙液メニスカスに溜まった希釈涙液の採取は、ろ紙を用いて採取することもできる。しかし、ろ紙を用いた場合、採取に時間がかかり、採取後にろ紙から生理活性物質を抽出する作業が必要となる。このため、上記のマイクロピペット等を用いる方法が、短時間で簡便に採取でき、好ましい。
涙液は予め設定した所定量の生理食塩水を点眼することによって採取する。採取後、生理活性物質の定量をすぐに行わない場合には、採取した涙液を凍結保存することが望ましい。
(2)唾液の採取
唾液は、綿に唾液を含ませた後、この綿をチューブにセットし、遠心操作を行うことにより回収することができる。この操作は、市販の唾液採取用器具や唾液採取用チューブを使用して行うことができる。
3.生理活性物質の定量
生理活性物質の定量は、市販のELISAキットやアジレントテクノロジー社のバイオアナライザー(”Tear analysis and lens-tear interactions.Part I. Protein fingerprinting with microfluidic technology.” Contact Lens & Anterior Eye, 2007, Vol.30, No.163参照)などを用いた公知の手法によって行うことができる。生理活性物質の定量には、採取後もしくは解凍後、遠心操作によって不純物やムチンを取り除いた涙液又は唾液上清を用いることが望ましい。
ここで、本発明者らは、涙液及び唾液中に含まれる生理活性物質の一つであるリゾチーム(”Protein levels in nonstimulated and stimulated tears of normal human subjects.” Investigative Ophthalmology & Visual Science, 1990, Vol.31, No.1119参照)についても同時に定量を行うことで、より正確な生体リズムの推定が可能であることを見出した。
涙液及び唾液中の生理活性物質の濃度は、採取時における手技的な理由により影響を受ける。すなわち、例えば、基礎分泌による涙液を採取する場合には、採取量が1〜2μl程度と少ないため、採取作業時における僅かな涙液水分の蒸発によって、涙液中の生理活性物質濃度が大きく変化し得る。また、Eye flush法による採取では、点眼する生理食塩水等の液量によって回収される涙液中の生理活性物質濃度は変化し得る。
このような手技的な理由による生理活性物質濃度の変化は、生理活性物質量の測定値に誤差を生じる原因となる。従って、手技的な理由による生理活性物質濃度の変化を排除するため、涙液及び唾液中に常に安定して一定量が含まれる生理活性物質を指標として、採取時の涙液の蒸発や生理食塩水等による希釈の影響を補正することが望ましい。
本発明者らは、涙液及び唾液中に含まれるこれらの生理活性物質について分泌量の変化を解析する中で、涙液及び唾液中に常に安定して一定量が含まれる物質としてリゾチームを同定した。このようなサンプル中に常に安定して一定量が含まれる物質は、一般に内部標準物質(Inner Standard)と呼ばれており、測定誤差の補正のために用いられる。
すなわち、本発明に係る生体リズム情報取得方法では、涙液及び唾液中に含まれる分泌型IgA抗体とリゾチームの量を測定し、リゾチーム量に基づき分泌型IgA抗体量を補正することによって、生体リズムに関わる情報を取得する。より具体的には、分泌型IgA抗体量の測定値をリゾチーム量の測定値で除することにより、分泌型IgA抗体量とリゾチーム量の比として分泌型IgA抗体量の経時的変化を求める。これにより、採取時の涙液の蒸発や生理食塩水等による希釈の影響を排除し、手技的な理由による生理活性物質量の測定誤差を補正して、正確な生体リズムの推定を行うことが可能となる。
以上のように、本発明に係る生体リズム情報取得方法では、採取が容易な涙液及び/又は唾液を用いることで、従来方法に比べて、被験者の心理的・肉体的負担を極めて軽くすることができる。また、mRNAに比べて安定なタンパク質を測定対象とすることで、煩雑な操作を不要として、簡便に生体リズムの推定を行うことが可能である。
4.生体リズム推定のための分子時計表
図1は、涙液又は唾液中に含まれる分泌型IgA抗体量をリゾチーム量で除した値(以下、「sIgA/lysozyme」と標記する)の経時的変化を示す図である。図1は、1日間所定時刻に上述の方法によってsIgA/lysozymeを測定し、測定値をプロットして得られた変動曲線の一例を表している。図中、横軸は時刻、縦軸はsIgA/lysozymeを示す。図1では、0:00にsIgA/lysozymeの最小値(l)、12:00に最大値(h)が測定された場合を示した。
変動曲線は、各時刻に測定されたsIgA/lysozymeのプロットから視察によって求めることがきる。また、正確な変動曲線を求めるためには、自己相関法(コレログラム)、パワースペクトル法、コサイナー法、ペリオドグラム法などの周期計算法を用いることもできる。
sIgA/lysozymeは日内変動し、図1のような概日リズムを示す。従って、sIgA/lysozymeの経時的変化に基づいて、被検個体の生体リズムに関する情報を得ることが可能である。そして、sIgA/lysozymeの変動曲線を「分子時計表」として利用することにより、被検個体の生体リズムの推定を行なうことができる。
すなわち、例えば、図1の変動曲線(以下、「分子時計表」と同義に用いる)を有することが分かっている被検個体について、所定時刻に測定されたsIgA/lysozymeがhであったとする。この場合、図1の変動曲線(分子時計表)に基づけば、被検個体の概日リズムは12:00にあると推定できる。また、sIgA/lysozymeがlである場合、被検個体の概日リズムは0:00であり、sIgA/lysozymeがmである場合には、6:00又は18:00であると推定することができる。
また、同一の被検個体について、例えば3時間間隔で2回測定されたsIgA/lysozymeがそれぞれp,qであったとする。このとき、pに比べqが高い(p<q)場合には、被検個体の概日リズムは、sIgA/lysozymeの上昇局面である午前(0:00〜12:00)にあると推定できる。逆に、pに比べqが低い(q<p)場合には、午後(12:00〜24:00)にあると推定できる。さらに、p及びqの変動率(q/p)を求め、変動曲線の接線の傾きと照合することで、概日リズムにおける時刻をより正確に推定することが可能である。
次に、この変動曲線の変化によって、被検個体の生体リズムのずれを検出する方法について説明する。
変動曲線は、その最大値(又は最小値)、最大値(又は最小値)の観察時刻、最大値から最小値(又は最小値から最大値)への傾き等によって形状を特徴付けることができる。本発明では、この変動曲線の形状を「位相」というものとする。また、変動曲線(分子時計表)により特定される被検個体の概日リズムの形状についても「位相」という。
具体的には、図1に示した変動曲線(分子時計表)では、最小値l、最大値h、最小値の観察時刻0:00、最大値の観察時刻12:00によって特徴付けられる形状、すなわち「位相」を有している。
図2は、変動曲線の位相の変化を示す図である。図2(A)中、点線で示す変動曲線は図1に示した曲線であり(以下、「分子時計表1」ともいう)、実線は同一被検個体について、異なる測定日に図1と同様の測定を行って得た変動曲線(以下、「分子時計表2」ともいう)の一例を表している。図中、横軸は時刻、縦軸はsIgA/lysozymeを示す。
分子時計表1は、最小値(l)の観察時刻を0:00、最大値(l)の観察時刻を12:00とする位相を有している。これに対して、分子時計表2では、最小値(l)の観察時刻が6:00、最大値(l)の観察時刻が18:00となり、位相が変化している。
これは、分子時計表1の作製時点と分子時計表2の作製時点とで、被検個体の変動曲線の位相にずれが生じたとみることができる。具体的には、分子時計表2の作製時点における被検個体の生体リズムは、分子時計表1の作製時点から6時間遅れた(又は18時間進んだ)ことになる。
このように、同一被検個体について複数回分子時計表を作製し、これらを互いに照合することによって、被検個体の生体リズムの位相のずれを検出することができる。
また、生体リズムの位相のずれを検出するための別法として、以下のような方法も考えられる。
図2(B)は、図2(A)において、分子時計表1(図1も参照)を点線から実線に、分子時計表2を実線から点線に換えて示した図である。
先に説明したように、図1の変動曲線(分子時計表)を有することが分かっている被検個体について、所定時刻に測定されたsIgA/lysozymeがmであった場合、分子時計表1に基づいて、被検個体の概日リズムは6:00又は18:00と推定できる。
ここで、同一被検個体について、異なる測定日の6:00に測定を行って得たsIgA/lysozymeがmからlに変化していたと仮定する(図2(B)中、丸印参照)。この場合、被検個体の概日リズムは6時間遅れて(又は18時間進んで)、分子時計表2で示される概日リズムに変化したと推定することができる。
このように、所定時刻におけるsIgA/lysozymeを、予め作製した分時計表と照合することよって、より簡便に被検個体の生体リズムの位相のずれを検出することも可能である。
以上の通り、本発明に係る生体リズム情報取得方法によれば、涙液又は唾液中のsIgA/lysozymeの経時的変化を示す変動曲線を分子時刻表として利用することで、各被検個体に固有の生体リズムを推定し、生体リズムの位相のずれを検出することが可能である。
ここで、実施例に示すように、本発明者らは、涙液及び唾液中のsIgA/lysozymの日内変動がよく一致した概日リズムを示すことを見出している。このため、本発明に係る生体リズム情報取得方法では、涙液又は唾液のいずれかにおけるsIgA/lysozymeの経時的変化に基づくことで、上記のような生体リズムに関わる情報を取得することが可能である。加えて、涙液及び唾液の両方のsIgA/lysozymeの経時的変化に基づくことで、より正確な情報を取得することができる。さらに、涙液及び唾液の双方におけるsIgA/lysozymeの経時的変化を示す変動曲線に基づき、これらの位相のずれを検出することで、生体リズムに関わる詳細な情報を得ることも可能である。
5.睡眠覚醒リズムと就寝起床サイクルとのずれの検出
すなわち、本発明に係る生体リズム情報取得方法では、涙液中のsIgA/lysozymeの経時的変化を示す変動曲線と、唾液中のsIgA/lysozymeの経時的変化を示す変動曲線と、の位相のずれに基づいて、概日リズムにおける「睡眠覚醒リズム」と、実生活における「就寝起床サイクル」と、のずれを検出することができる。
先に説明したように、概日リズムにおける「睡眠覚醒リズム」は、体内時計による自律的な制御だけでなく、社会生活による制約も受けており、日々の就寝時刻や起床時刻の変化によって、実生活の「就寝起床サイクル」と体内時計による「睡眠覚醒リズム」との間にリズムのずれ(位相のずれ)が生じる場合がある。
本発明者らは、実施例に示すように、就寝起床サイクルに変化を与えた場合、涙液中のsIgA/lysozymeの変動曲線が、就寝起床サイクルに変化に鋭敏に反応して位相を変化させることを見出した。また、一方で、唾液中のsIgA/lysozymeの変動曲線は、就寝起床サイクルに変化を与えてもすぐには位相が変化せず、数日間をかけてその位相を変化させて、次第に涙液中のsIgA/lysozymeの変動曲線と位相を一致させることを明らかにした。
このことは、涙液中のsIgA/lysozymeの経時的変化を示す変動曲線と、唾液中のsIgA/lysozymeの経時的変化を示す変動曲線と、の位相のずれは、実生活の「就寝起床サイクル」と、概日リズムにおける本来の「睡眠覚醒リズム」との間に生じたずれを示すものとして理解される。そして、この「就寝起床サイクル」と「睡眠覚醒リズム」とのずれは、変化後の新たな「就寝起床サイクル」に対して、次第に体内時計による「睡眠覚醒リズム」が適応していく過程において、先行して位相が変化する涙液中のsIgA/lysozymeの変動曲線の位相に、唾液中のsIgA/lysozymeの変動曲線の位相が次第に一致することで解消されるものと考えられる。
従って、涙液中のsIgA/lysozymeの経時的変化を示す変動曲線と、唾液中のsIgA/lysozymeの経時的変化を示す変動曲線と、の位相のずれに基づけば、概日リズムにおける「睡眠覚醒リズム」と、実生活における「就寝起床サイクル」と、の間にずれが生じていることを検出することが可能と考えられる。
以下の条件で、涙液及び唾液中のsIgA/lysozymeの日内変動を測定し、生体リズムの推定と、睡眠覚醒リズムと就寝起床サイクルとのずれの検出を試みた。
(1)被検者
33〜41歳の5人の男性被検者に関して、涙液及び唾液サンプルの採取を行った。サンプリングは一定時間間隔で行い、就寝時間帯のサンプリングは一時的に起床して行った。サンプリングは、実験期間中の就寝起床時刻を一律に維持した条件下と、実験期間中に就寝起床時刻を変化させた条件下での2パターンで行った。なお、各被検者は、実験期間中、自律神経活動に影響を与え得るコーヒーや酒類等の摂取を絶った。
(2)涙液及び唾液採取方法
涙液の採取はEye flush法によって行った。具体的には、まず、生理食塩水(室温)30μlを点眼する。点眼は、市販の点眼容器を用いて行い、眼球の中心に点眼した。点眼によって下まぶた(涙液メニスカス)に溜まった希釈涙液を、電気泳動ゲルへのサンプルローディングに用いられるマイクロチップを用いてすばやく採取した。先端が細く形成された滅菌済みマイクロチップの先端には、柔らかいシリンコンチューブを取り付けて使用した。採取した希釈涙液は1.5mlのエッペンチューブに入れ、分泌型IgA定量までの間−30℃の冷凍庫にて保管した。また、唾液の採取は、唾液採取用器具であるサリベット(salivette、Sarstedt社)を用いて行った。
(3)分泌型IgA抗体量の測定
涙液及び唾液中の分泌型IgA抗体並びにリゾチームは、バイオアナライザー(アジレント社)によって定量した。専用のマイクロ流路チップ(プロテイン230)を用いて、涙液又は唾液サンプル4μlから、タンパク質の電気泳動プロファイル(クロマトグラム)を得た。付属のソフトウェア(エクスパート2100)を用い、得られたクロマトグラムにおいてピークとして検出される各タンパク質の定量を行った。
1.涙液及び唾液中のsIgA/lysozymeの経時的変化に基づく生体リズムの推定
図3に、就寝起床時刻を一律に維持した条件下において、涙液及び唾液中のsIgA/lysozymeの日内変動を測定した結果を示す。図は、1日間のIgA/lysozymeの測定結果を示す(図横軸中、バーは就寝時間帯を示す)。(A)は5人の被検者の平均値、(B)〜(F)はそれぞれの被検者の測定値を示している。なお、横軸は時刻、縦軸はsIgA/lysozymeを示す。
図3中、丸プロットの点線で示される涙液中のsIgA/lysozymeと、四角プロットの点線で示される唾液中のsIgA/lysozymeは周期的な日内変動を示し、これらが概日リズムを示すことが確認される。また、これらのプロットを24時間周期のコサイン関数にフィッティングして得られた変動曲線(図中、実線参照)から、涙液及び唾液中のsIgA/lysozymeの日内変動がよく一致した概日リズムを示すことが明らかとなった。
2.睡眠覚醒リズムと就寝起床サイクルとのずれの検出
図4に、就寝起床時刻(就寝起床サイクル)を変化させて、人為的な「時差ぼけ」状態を作出した条件下において、涙液及び唾液中のsIgA/lysozymeの日内変動を測定した結果を示す。図は、就寝起床時刻を変化させる前日と、徹夜によって就寝時刻を11時間遅らせた2日間のsIgA/lysozymeの測定結果を示す(図横軸中、バーは就寝時間帯を示す)。(A)は5人の被検者の平均値、(B)〜(F)はそれぞれの被検者の測定値を示している。なお、横軸は時刻(就寝時間帯をバーで示す)、縦軸はsIgA/lysozymeを示す。
就寝起床時刻を変化させる前日においては、涙液及び唾液中のsIgA/lysozymeの日内変動はよく一致し、24時間周期のコサインカーブフィッティングによってピーク時刻を評価した結果、5人の被験者とも就寝時間帯(23:00〜7:30)中の4:30頃に最大値(ピーク)が観察されている。
その後、徹夜によって就寝時刻を11時間遅らせ、就寝起床時刻を10:00〜17:30とし、人為的な「時差ぼけ」状態とした場合、唾液中のsIgA/lysozyme(四角プロット点線)は、変化前と同様に、従前の就寝時間帯(23:00〜7:30、図中破線で囲った時間帯)である3−5時頃に最大値(ピーク)を示した。これに対して、涙液中のsIgA/lysozyme(丸プロット点線)は、就寝起床時刻の変化に反応して、新たな就寝時間帯(10:00〜17:30)中の13:30−17:30頃に最大値(ピーク)を示した。
この結果は、人為的な「時差ぼけ」状態の作出によって、概日リズムにおける本来の「睡眠覚醒リズム」と実生活の「就寝起床サイクル」との間にずれが生じると、涙液中のsIgA/lysozymeの日内変動と、唾液中のsIgA/lysozymeの日内変動との間に位相のずれが生じ得ることを示している。
また、この涙液及び唾液中のsIgA/lysozymeの日内変動間の位相のずれは、就寝起床時刻を変化させた日から5日目には唾液中のsIgA/lysozymeも新たな就寝時間帯(10:00〜17:30)中の13:30−17:30頃に最大値(ピーク)を示すようになった。
これらの結果から、涙液中のsIgA/lysozymeの日内変動と、唾液中のsIgA/lysozymeの日内変動と、の位相のずれは、実生活の「就寝起床サイクル」と、概日リズムにおける本来の「睡眠覚醒リズム」との間にずれが生じた「時差ぼけ」状態の指標となり得るものと考えられた。
本発明に係る生体リズム情報取得方法によれば、sIgA/lysozymeの経時的変化を示す変動曲線を分子時刻表として利用することで、各被検個体に固有の生体リズムを簡便かつ低侵襲に推定することができる。このため、各個人が自身に固有の生体リズムを知り、最適な投薬時刻や活動時刻、摂食時刻を設定することが可能となる。従って、本発明に係る生体リズム情報取得方法は、時間医療の実現や、自己能力の発揮、ダイエットに役立てることができる。
さらに、本発明に係る生体リズム情報取得方法によれば、簡便かつ低侵襲に生体リズムの位相のずれを検出することができる。従って、本発明に係る生体リズム情報取得方法は、生体リズムのずれを原因とする種々の疾患の予防や、時差ぼけなどの体調不良の改善に役立てることができる。
sIgA/lysozymeの経時的変化の一例を説明するための図である。 sIgA/lysozymeの変動曲線の位相の変化を説明するための図である。 就寝起床時刻を一律に維持した条件下において、涙液及び唾液中のsIgA/lysozymeの日内変動を測定した結果を示す図である。(A)は5人の被検者の平均値、(B)〜(F)はそれぞれの被検者の測定値を示している。横軸は時刻、縦軸はsIgA/lysozymeを示す。 就寝起床時刻(就寝起床サイクル)を変化させて、人為的な「時差ぼけ」状態を作出した条件下において、涙液及び唾液中のsIgA/lysozymeの日内変動を測定した結果を示す図である。(A)は5人の被検者の平均値、(B)〜(F)はそれぞれの被検者の測定値を示している。横軸は時刻、縦軸はsIgA/lysozymeを示す。

Claims (4)

  1. 涙液及び/又は唾液中の分泌型IgA抗体量とリゾチーム量の比(分泌型IgA抗体量/リゾチーム量)の経時的変化に基づいて、生体リズムに関わる情報を取得する方法。
  2. 涙液中の分泌型IgA抗体量とリゾチーム量の比の経時的変化を示す変動曲線と、唾液中の分泌型IgA抗体量とリゾチーム量の比の経時的変化を示す変動曲線と、の位相のずれに基づいて、生体リズムのずれを検出する請求項記載の方法。
  3. 生体リズムのずれとして、概日リズムにおける睡眠覚醒リズムと、実生活における就寝起床サイクルと、のずれを検出する請求項記載の方法。
  4. 前記経時的変化を示す変動曲線を、前記生体リズムを推定するための分子時刻表として利用する請求項記載の方法。
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