JP4059577B2 - 微生物の通気培養装置及び二次代謝産物の製造法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、剪断力等の力学的な力によってペレット状等の菌形態が損傷を受け、二次代謝産物等の生産物の生産性が低下する性質を有する微生物を好気的に培養するための通気培養装置、かかる通気培養装置を用いた微生物の培養方法及びかかる通気培養装置を用いた二次代謝産物の製造法に関する。
【0002】
【従来の技術】
放線菌や糸状菌は、抗生物質などの有用な二次代謝産物の発酵生産に広く用いられ、産業的に重要な微生物として知られている。これらの微生物を好気的な条件下で液体培養すると、栄養増殖期から生産期へ移行する時期にパルプ状菌糸からペレット状菌体(別名、球状菌糸)へ形態変化する場合がある。ここで、ペレット状菌体とは、液体培地で培養したときの放線菌や糸状菌の菌形態の一つであり、平均直径0.2mm〜数mmの球状又は紡錘状の菌糸集合体を指している。また、パルプ状菌糸とは、液体培地で培養したときの放線菌や糸状菌の典型的な菌形態であり、直線又は放射状に伸びた菌糸の集合体を指している。
【0003】
そのようなパルプ状菌糸からペレット状菌体への形態変化は二次代謝産物の生産性と密接に関わっていることが多く、機械攪拌によって生じ微生物に損傷を与える力学的な力(以下、攪拌剪断力と略す)の作用を受けて、ペレット状の菌形態が崩れたり、ペレット状への形態形成が妨げられたりすると、二次代謝産物の生産性が著しく低下することが報告されている(T. Miyoshi, et al., 1980. Journal of Antibiotics33:480-487、S. E. Vecht-Lifshitz, et al., 1992. Journal of Applied Bacteriology 72:195-200、S. Tamura,et al., 1997. Journal of Fermentation and Bioengineering83:523-528)。
【0004】
これまで、機械攪拌が放線菌や糸状菌の菌糸及びペレット状菌体の破壊を引き起こすことは多数報告されており、その攪拌剪断力を表す指標も報告されている(H. Taguchi, et al., , 1968 . Journal of Fermentation & Technology 46:814-822、S. M. Bhavaraju and H. W. Blanch, 1976. Journal of Fermentation & Technology54:466-468、Y. Q. Cui et al., 1997. Biotechnology & Bioengineering55:715-726)。これらの報告によれば、放線菌や糸状菌の菌糸及びペレット状菌体が物理的損傷をうけるときの攪拌剪断力は、攪拌翼周辺の局所的なエネルギー散逸率に相関し、攪拌翼の直径や攪拌数、攪拌所要動力などから計算することができ、攪拌剪断力を表す指標に基づけば攪拌剪断力の低減された攪拌機を設計・製作することができるとされている。
【0005】
一方、通気によって生じ微生物に損傷を与える力学的な力(以下、通気剪断力と略す)の影響に関しては、動物細胞のごとき極めて脆弱な細胞の培養で報告があるのみで(H. W. D. Katinger and W. Scheirer, 1982. Acta Biotechnologica2:3-41)、微生物の培養では知られていない上に、通気剪断力についての解析例も知られていない。また、工業的規模の発酵生産において、培養に必要な最低限の溶存酸素濃度を確保し、かつ菌形態に損傷を及ぼさないような適切な培養条件を提供できる通気培養装置についての報告もない。
【0006】
そして、動物細胞のごとき脆弱な細胞の培養においては、通気剪断力による細胞損傷を回避するため、微細気泡を多量に発生できる多孔性のエアスパージャー(ポーラス型)が開発されている。しかし、ポーラススパージャーは、微生物の培養に一般的に用いられているノズルスパージャー又はオリフィススパージャーに比べて維持・管理が難しく、またそれに要する労力やコストがかかるという欠点があるため、経済性がより厳しく求められる微生物による工業的な物質生産には適していない。
【0007】
また、通気剪断力を推量するための参考知見として、エアスパージャーから噴出した気泡から液へのエネルギー移動量の算出方法に関する報告がなされている(A. G. W. Lamont, 1958. The Canadian Journal of Chemical Engneering 36:153-160)。この報告によれば、気泡から液へのエネルギー移動速度はタンク底部よりも液面に近づくにつれて増大するが、そのエネルギー移動速度は、気泡が液中を上昇するにつれて等温変化で膨張したときの仕事に等しく、次式(3)から求めることができるとされている。
【0008】
【数5】
【0009】
また、エアスパージャーの通気口周辺の培養液と同伴して形成される激しい乱流場の古典的な理論解析は文献(G. N. Abramovich, 1963. The theory of turbulent jets. MIT Press, Massachusetts)にまとめられている。
【0010】
その他、任意の通気攪拌条件における培養装置の酸素移動速度は、既に確立された方法によって算出することができることも報告されている[Y. Miura., 1977. p.3-40. In T. K. Gose et al.(ed.), Advances in Biochemical Engineering vol.4. Springer-Verlag, New York]。
【0011】
【発明が解決しようとする課題】
力学的な剪断力によって菌形態が損傷を受け、生産物の生産性が低下する性質を有する微生物を工業的規模で好気的に培養し、二次代謝産物等の有用物質を効率よく発酵生産させるためには、培養装置の酸素移動速度だけでなく、通気や機械攪拌によって生じ微生物に損傷を与える力を把握し、発酵に必要な最低限の酸素を供給し、かつ菌形態に損傷を及ぼさないような適切な培養条件を提供できる培養装置が必要である。
【0012】
例えば、アミノ酸、核酸、ビタミン等の工業的発酵生産に一般的に用いられている通気培養装置に装着されているエアスパージャーは、酸素移動速度が速くなるように設計されており、通常、通気剪断力については考慮されておらず、かかる従来の通気培養装置で、力学的な剪断力によって菌形態が損傷を受け、生産物の生産性が低下する性質を有する微生物を培養した場合、仮に攪拌を止めて攪拌剪断力の影響を回避したとしても、通気剪断力によって菌形態が少なからず損傷を受けることになり、二次代謝産物等の生産物の生産性が低下する。したがって、力学的な剪断力に感受性の微生物を用いる発酵においては、菌形態に損傷を与えることがない構造として設計されたエアスパージャーやそれを装着した通気培養装置が必要である。
【0013】
本発明者らは、培養過程でパルプ状菌糸からペレット状菌体へ形態変化する特徴を有する微生物を用いた発酵プロセスを工業規模へスケールアップする際、攪拌剪断力の影響を回避しても、通気剪断力によってペレット状菌体が損傷を受け、二次代謝産物等の目的生産物の収量が低下するという現象に遭遇した。これまで、通気によって生じる力学的な力がペレット状菌体を損傷しうることは報告されておらず、かかる現象は本発明者らによって初めて明らかにされたものである。そして、かかる現象に直面した本発明者らは、通気ガスの吹込みによって生じ、ペレット状菌体を崩壊させる力学的な力、すなわち通気剪断力が、菌形態に損傷を与えることがない構造のエアスパージャーや通気培養装置の開発研究に着手することとした。
【0014】
すなわち本発明の課題は、二次代謝産物等の有用物質の工業的な生産において、維持・管理が容易で、発酵に必要な酸素移動速度を提供しうるという従来の機能に加えて、さらに通気剪断力が小さいという新たな機能を併せもつエアスパージャー等の通気手段を備えた通気培養装置を提供することや、かかる通気培養装置を用いた微生物の培養方法やかかる通気培養装置を用いた二次代謝産物の製造法を提供することにある。
【0015】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、上記課題を解決するため、通気剪断力についての基礎的解析を行い、その指標化を試みることとした。そこで、まず前記文献(A. G. W. Lamont, 1958. The Canadian Journal of Chemical Engineering36:153-160)記載の、エアスパージャーから噴出した気泡から液へのエネルギー移動量の算出方法に関する前記式(3)が、菌糸やペレット状の菌形態を崩したり形態変化を妨げたりする通気剪断力を予測する指標として使えるかどうかを調べる実験を行った。すなわち、培養過程でパルプ状菌糸からペレット状菌体へ形態変化する特徴を有する放線菌を用い、単管のごとき単純な構造を有するエアスパージャーを装着した通気培養装置で、通気口の断面積と通気流量の組み合わせを種々変えて培養実験を繰り返し、各パラメータを式(3)に代入して得られるエネルギー移動速度Wの値と、一定時間培養したときのペレット破砕率の実測値との関係を調べた。その結果、両者間に高い相関は認められず、エネルギー移動速度Wの式(3)では通気剪断力を精度良く表すことはできないことが実験的に確かめられた。
【0016】
次に、エアスパージャーの通気口における通気ガスの線速度と、ペレット破砕率との関係を調べることとした。上記の通気口の断面積と通気流量の組み合わせを種々変えて繰り返し行った培養実験の各パラメータを次式(4)に代入して得られる通気ガスの線速度Uと、一定時間培養したときのペレット破砕率の実測値との関係を調べた。その結果、両者間に高い相関は認められず、通気ガスの線速度Uの式(4)では通気剪断力を精度良く表すことはできないことが実験的に確かめられた。
【0017】
【数6】
【0018】
そこで、本発明者らは、上記の通気口の断面積と通気流量の組み合わせを種々変えて繰り返し行った培養実験におけるペレット破砕実験の結果を、種々の観点から統計的に解析することにより、ペレット損傷の程度を精度良く予測しうる通気剪断力指標の構築を試みることにした。
【0019】
本発明者らは、通気による微生物の物理的損傷が、発酵槽内全体で起こるのではなく、エアスパージャーの通気口周辺の限られた範囲で起こると推定した。すなわち、通気口から通気ガスが噴出されると、少なくともレイノルズ数が500〜1000以上の条件下で通気口周辺の培養液と同伴して激しい乱流場(以下、ジェットと呼ぶ)が形成されるので、そのジェットを微生物の物理的損傷が起こる空間と仮定した。このジェットを自由ジェット、すなわち通気口から静止流体中に噴出する噴流と考え、ジェット内で作用する力学的な力を単位時間にジェットに流れ込む運動量とそこから出る運動量の変化で表した。その結果、通気剪断力は、エアースパージャーから単位時間にジェットに流れ込んだ通気ガスの運動量に相関することを見出し、該剪断力の指標化に成功した。すなわち、およそ水平に開口したn個の通気口から噴出した通気ガスから単位時間にジェットに流れ込んだ通気ガスの運動量の和は、次式(5)で概算することができることがわかった。
【0020】
【数7】
【0021】
次に、式(5)で求められる流体の運動量に、さらに通気流量や培養スケールに関するパラメータを加えることによって、工業スケールの培養でもペレット損傷の程度を精度良く予測することができるような通気剪断力指標の構築を試みた。そして、かかる通気剪断力Fが前記式(2)により与えられることを見出した。
【0022】
これまで、ペレット状の菌形態を形成し、通気剪断力に感受性の微生物を培養するための通気培養装置を製作する上で、ペレット損傷を起こさないようなエアスパージャーを設計するための通気剪断力指標は知られておらず、上記本発明者らによって初めて明らかにされた知見に基づいてエアスパージャーを設計、製作し、該エアスパージャーを装着した通気培養装置を用いて力学的な剪断力に感受性の微生物を培養することにより、生産物の収量を大幅に向上させることができることを確認し、本発明を完成するに至った。
【0023】
すなわち本発明は、通気ガスによって生ずる剪断力によって菌形態が損傷を受ける性質を有する微生物を、通気ガスを吹き込みながら培養するための通気培養装置であって、通気ガスによって生ずる剪断力が該微生物の菌形態に損傷を与えることがない通気手段を備えていることを特徴とする通気培養装置や、該微生物が、通気ガスによって生ずる剪断力によってペレット状の菌形態が損傷を受け、二次代謝産物の生産性が低下する性質を有する微生物である上記通気培養装置や、通気手段として、末端が開放又は部分的に絞られたパイプを有するノズルスパージャー又は穿孔管を有するオリフィススパージャーからなるエアスパージャーを用いる上記通気培養装置に関する。
【0024】
また本発明は、エアスパージャーとして、次式(1)におけるD(t)=0のときのF値を求め、このF値以下で、かつこのF値に近い値となるように、次式(2)における通気口の断面積及び通気口数が設定されたエアスパージャーを用いる上記通気培養装置や、D(t)=0のときのF値が、培養装置内の酸素移動容量係数(kLa)が28℃で28(1/h)以上得られる通気条件下で、1.5×10-4k(N/m3/s)である上記通気培養装置に関する。
【0025】
【数8】
【0026】
【数9】
【0027】
さらに本発明は、上記通気培養装置を用いて、力学的な力によって菌形態が損傷を受ける性質を有する微生物を、通気ガスを吹き込みながら培地に培養する微生物の培養方法や、上記通気培養装置を用いて、二次代謝産物産生能を有し、かつ、通気ガスによって生ずる剪断力によって菌形態が損傷を受け、二次代謝産物の生産性が低下する性質を有する微生物を、培地に通気ガスを吹き込みながら培養し、培養液中に二次代謝産物を生成蓄積させ、これを採取することを特徴とする発酵法による二次代謝産物の製造法や、微生物が、ペレット状の菌形態を形成する放線菌又は糸状菌である上記二次代謝産物の製造法や、放線菌が、ストレプトミセス・エバーミチリスである上記二次代謝産物の製造法に関する。
【0028】
本発明は、また、前記式(1)におけるD(t)=0のときのF値を求め、このF値以下で、かつこのF値に近い値となるように、前記式(2)における通気口の断面積及び通気口数が設定されたエアスパージャーを有する通気培養装置や、D(t)=0のときのF値が、培養装置内の酸素移動容量係数(kLa)が28℃で28(1/h)以上得られる通気条件下で、1.5×10-4k(N/m3/s)である上記通気培養装置に関する。
【0029】
【発明の実施の形態】
本発明において菌形態とは、菌体細胞の構成要素の形態ではなく、菌体細胞の集団がつくる形態を意味し、例えば、菌形態としてペレット状、パルプ状、及びペレット状とパルプ状の中間の形状等を挙げることができる。また、本発明において菌形態が損傷を受けるとは、形成された菌形態が壊れることの他に、かかる菌形態の形成が阻害されることも便宜上含まれる。
【0030】
本発明において二次代謝産物とは、生物の生命維持、発育増殖に必須ではない代謝産物を意味し、抗生物質、アルカロイド、色素等例示することができる。これら二次代謝産物は通常特定の環境下でのみ生産され、多くの場合その生産は対数増殖の後期から定常期にかけて行われる。
【0031】
本発明に用いられる微生物としては、通気ガスによって生ずる剪断力によって菌形態が損傷を受ける性質を有する微生物であればどのようなものでもよく、例えばペレット状の菌形態を形成する放線菌や糸状菌を挙げることができるが、これらの中でも、通気ガスによって生ずる剪断力によって菌形態が損傷を受け、二次代謝産物等の目的とする生産物の生産性が低下する性質を有する微生物を用いることが望ましく、具体的にはストレプトミセス・エバーミチリス K2038(FERM BP−2775)を例示することができる。
【0032】
本発明における通気手段としては、通気ガスによって生ずる剪断力が該微生物の菌形態に損傷を与えることがないものであればどのようなものでもよく、通常エアスパージャーを発酵槽に装着した通気手段を例示することができる。このエアスパージャーとしては、末端が開放又は部分的に絞られたパイプを有するノズルスパージャーや穿孔管を有するオリフィススパージャーを例示することができる。そして、本発明におけるエアスパージャーの通気口の口径とは、ノズルスパージャーにおけるパイプ先端の開口部の内径やオリフィススパージャーにおける穿孔管の内径をいい、通気口の断面積とは開口部内径等に基づく断面積をいい、通気口数とは通気口の数や穿孔の数をいう。
【0033】
本発明において通気剪断力とは、通気によって生じ微生物に損傷を与える力学的な力をいう。また、本発明者らによって前記式(2)により示される通気剪断力Fは、単位時間及び単位体積当たりの力(N/m3/s又はkg/m2/s3)として定義され、この式(2)における比例定数kの次元は、(1/m)として定義される。このkの正しい値を求めることは、通気剪断力を実測する手段のない現状では困難であるが、本発明を実施する上ではF/k値が与えられればよいことから、このことは何ら支障になるものではない。本発明者らによって前記式(5)により示される運動量Mは、流体の運動量(N又はkg・m/s2)として定義される。
【0034】
本発明におけるペレット破砕率は、培養液中の非ペレット状菌体の容積を培養液中の全菌体の容積で割った値の百分率(%)で表したものであり、このペレット破砕率は、培養液をメモリ付きの試験管で低速遠心したときに得られる沈殿画分において、該沈殿画分の2層に分かれる画分の菌体の容積を読み取ることで実測することができる。そして、前述のペレット破砕実験において、各パラメータを式(2)に代入して得られる通気剪断力Fの値とペレット破砕率の実測値との相関性から、種々の通気条件下の時間tにおけるペレット破砕率D(t)を精度よく求め得ることがわかった。この時間tにおけるペレット破砕率D(t)は、前記式(1)により与えられる。
【0035】
この式(1)における係数α, βは、培養液の粘度やペレットの物理的強度によって変わる可能性があるため、微生物や培地組成が大きく変わるときには簡単な実験をおこなってその都度算出することが好ましい。具体的には、単管のごとき単純な構造のエアスパージャーを装着した発酵槽を用い、通気口の断面積と通気流量の組み合わせを変えてペレット損傷実験を数回おこない、前記式(2)から算出される通気剪断力Fの値と、実験によって得られたペレット破砕率の実測値から最少二乗法にて係数α、βを求める。この実験に使用する発酵槽の規模は限定されるものではないが、容量5リッター以上の発酵槽を使用することが望ましい。例えば、後述する実施例で示したストレプトミセス・エバーミチリス K2038(FERM BP−2775)を粘度10〜30cPの範囲内の培養液で培養した場合に与えられる式(1)の係数αとβの値は、それぞれα=247、β=27.9である。
【0036】
以上のようにして構築した式(1)、(2)及び(5)を用いることによって、ペレット破砕率が0%になるようなエアスパージャーや通気培養装置の構造を予測することが初めて可能となった。すなわち、ペレットが破砕されないエアスパージャーや通気培養装置は、式(1)におけるD(t)=0のときのF値(FD=0)を求め、F値がFD=0以下で、かつFD=0に近い数値を与える通気口の断面積、通気口数等を指標に設計することができる。例えば、F値がFD=0以下でFD=0に近い値が得られるエアスパージャーであればどのような構造でもよいが、通気口から出る通気ガスの線速度が均一になるような構造が望ましい。
【0037】
本発明の通気培養装置は、通気ガスによって生ずる剪断力が上記微生物の菌形態に損傷を与えることがない通気手段を備えることが必要であるが、通気手段の他、通常の好気的培養において発酵槽に装着される公知の機械・器具類、例えば攪拌翼、邪魔板、pHセンサ、溶存酸素濃度センサ、温度センサ等を備えることができる。そして、上記のように設計されたエアスパージャーを装着した発酵槽を用いた微生物の培養は、通常の培養方法にしたがって行うことができる。培養に用いられる培地は、用いる微生物が資化し得る炭素源、窒素源、無機塩類等を含有し、該微生物の培養を効率的に行える培地であれば天然培地、合成培地のいずれでもよい。
【0038】
炭素源としては、用いる微生物が資化し且つ所望する生産物の生産性に悪影響を与えないものであればよく、グルコース、フラクトース、シュークロース、マルトース、ラクトース、キシロース、澱粉、澱粉加水分解物、糖蜜などの糖類、やグリセロールなどのアルコール類、あるいは大豆油、オリーブ油などの油脂を用いることができる。窒素源としては、用いる微生物が資化し且つ所望する生産物の生産性に悪影響を与えないものであればよく、アンモニア、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、酢酸アンモニウム、リン酸アンモニウム、等の各種無機酸や有機酸のアンモニウム塩、その他含窒素化合物、並びに、ペプトン、肉エキス、酵母エキス、コーン・スティープ・リカー、カゼイン加水分解物、大豆粕及び大豆粕加水分解物、各種発酵菌体及びその消化物等を用いることができる。無機塩としては、用いる微生物が利用し且つ所望する生産物の生産性に悪影響を与えないかぎり、リン酸カリウム、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、塩化ナトリウム、硫酸マグネシウム、硫酸第一鉄、硫酸マンガンなどを用いることができる。他に微量元素としてカルシウム、亜鉛、銅、コバルト、モリブデンなどの塩類を加えてもよい。また必要に応じてチアミン、ビオチンのようなビタミン、グルタミン酸、アスパラギン酸、リジンのようなアミノ酸、アデニン、グアニンのような核酸関連物質などを添加してもよい。
【0039】
通気剪断力に感受性の微生物の培養は、深部通気攪拌培養などの好気的条件下で行われる。通常、培養温度は25〜34℃の範囲内、好ましくは26〜30℃で行われ、培養pHは4.0〜9.0に保持される。また、培養時間は通常6〜14日間である。pHの調整は、無機あるいは有機の酸、アルカリ溶液、尿素、炭酸カルシウム、アンモニアなどを用いて行うことができる。
【0040】
【実施例】
以下に実施例をあげて本発明を具体的に説明するが、本発明の技術的範囲は、これら実施例により限定されるものではない。
実施例1.通気による菌形態破砕の確認
図1に示される容量5リッターのジャーファーメンター(ディスクタービン2段、ミツワ理化学工業社製)のエアスパージャーを口径7mmの単管に交換した通気培養装置(以下、解析用5リッタージャーと略す)を用いてストレプトミセス・エバーミチリス K2038株(FERM BP−2775)を培養し、通気流量とペレット破砕率の関係を調べた。
【0041】
シード培地(ラクトース20g、大豆粕30g、酵母エキス10gを水1リッターに添加し、pH7.0に調整した培地)で増殖させたK2038株の種培養液250mlを2.5リッターの生産培地(グルコース45g、大豆粕10g、綿実粕3g、コーンスチィープリカー3gを水1リッターに添加し、pH7.0に調整した培地)を入れた解析用5リッタージャーに植菌し、以下に記す(a)〜(d)の4種類の通気撹拌条件で培養した。
(a)攪拌数200rpm、通気量2リッター/min、加圧なし。
(b)攪拌数300rpm、通気量2リッター/min、加圧なし。
(c)攪拌数0rpm、通気量2リッター/min、加圧なし。
(d)攪拌数0rpm、通気量6リッター/min、加圧なし。
【0042】
培養はすべて28℃で行い、培養液の溶存酸素濃度が3ppm以下にならないように、必要に応じて純酸素を通気ガスに混合した。また、培養中にグルコースが枯渇しないように、適時グルコース溶液をフィードした。(a)及び(c)条件で培養した場合、植菌後2日間はパルプ状菌糸のまま増殖しつづけたが、培養4日後にはペレット状菌体に形態変化し増殖が停止していた。培養4日以後の培養液を経時的にサンプリングし1600×g、10min遠心して集菌したところ、菌体はペレット状の形態を有し単一層として沈澱した。
【0043】
一方、(b)及び(d)条件で培養した培養液の遠心沈殿物は、培養4日の時点でペレット状菌体(下層)とペレット以外の細かな菌塊(上層)の2層に分かれていた。上層を光学顕微鏡で観察したところ、ペレット状菌体の破片と推定された。下層に対する上層の比率は、培養時間と共にほぼ直線的に増えた。これらの実験結果から、攪拌剪断力の影響を回避しても、培養液に吹き込まれる通気ガスによって生じる力学的な力によってペレット状菌体が損傷を受けることが明らかになった。上層の容積比率(上層容積/上下層の容積の和)をペレット破砕率とする前述の定義に従い、培養168時間後のペレット破砕率を計算したところ、(a)〜(d)のペレット破砕率は、それぞれ0%、12%、0%、42%であった。
【0044】
実施例2.ペレット破砕率の測定
実施例1と同じ解析用5リッタージャーを用い、攪拌数0rpm、非加圧下で、口径が5.5mm、7.0mm、9.4mmの各エアスパージャーを用い、各エアスパージャーについてそれぞれ表1に示す通気量で通気培養する以外は実施例1と同じ条件で培養し、培養168時間後のペレット破砕率を測定し、各エアスパージャーの通気量と培養168時間後のペレット破砕率との関係を調べた。それらの結果を表1に示す。
【0045】
【表1】
【0046】
参考例1.エネルギー移動速度とペレット破砕率との相関関係
実施例1及び実施例2で使用した培養液の比重は1.0、エアスパージャーから液面までの距離は、約0.2mである。実施例2に示した各バッチにおけるパラメータを前記式(3)に代入して通気ガス気泡から培養液へのエネルギー移動速度を算出し、各バッチのエネルギー移動速度とペレット破砕率との関係を図2に示した。両者は特にペレット破砕率が低い範囲において相関しないことは明らかであり、エネルギー移動速度の式(3)でペレット破砕率を精度良く表すことはできないことがわかった。
【0047】
参考例2.通気口における通気ガスの線速度とペレット破砕率との相関関係
実施例2に示した各バッチにおけるパラメータを前記式(4)に代入して通気口における通気ガスの線速度を算出し、ペレット破砕率との関係を図3に示した。両者が相関しないことは明らかであり、通気口における通気ガスの線速度の式(4)でペレット破砕率を精度良く表すことはできないことがわかった。
【0048】
実施例3.通気剪断力の関係式とペレット破砕率との相関関係
実施例2に示した各バッチにおけるパラメータを式(2)に代入して当該発明者によって定義される通気剪断力Fを算出した。各バッチのF値とペレット破砕率との関係を図4に示す。図4からF値とペレット破砕率がよく相関していることは明らかであり、本願発明者によって開発された通気剪断力指標を用いることによりペレット損傷の度合いを精度良く予想することが可能になった。F値とペレット破砕率Dの関係式(1)の係数は、それぞれα=247、β=27.9であり、ペレット破砕率Dが0%になる時の通気剪断力Fは1.5×10-4k(N/m3/s)と算出された。
【0049】
実施例4.通気剪断力指標のスケールアップ評価
容量2000リッターの通気撹拌槽(ディスクタービン2段、協和エンジニアリング社製)で、水平に開口した単管をエアスパージャーとする通気培養装置(以下、2KLタンクと略す)を用いてストレプトミセス・エバーミチリス K2038株を培養し、通気流量とペレット破砕率の関係を調べた。培地組成と通気撹拌条件以外の培養条件は実施例1及び2と相似な条件で行った。シード培地で増殖させたK2038株の種培養液100リッターを、生産培地900リッターを入れた下記(a)〜(e)の5種類のエアスパージャーを装着した2KLタンクに植菌し培養した。
(a)口径9mmの単管2本。
(b)口径14mmの単管2本。
(c)口径14mmの単管4本。
(d)口径14mmの単管8本。
(e)口径26mmの単管2本。
【0050】
液面からエアスパージャーまでの距離は全て約1mとし、培養温度は28℃、攪拌数は全て50rpmで行い、発酵槽の内圧と通気流量は、培養液の溶存酸素濃度(DO)が3ppm以上になるように調整した。平均通気量は、(a)420リッター/min、(b)420リッター/min、(c)450リッター/min、(d)480リッター/min、(e)440リッター/minであり、槽内平均絶対圧力は(a)〜(e)全て約1.9kg/cm2であった。通気量と内圧が最も高い条件における発酵槽のkLaは約28(1/h)であった。培養168時間後に測定したペレット破砕率の実測値と式(1)及び(2)から算出されるペレット破砕率の計算値を表2に示す。実験値と計算値がよく相関していることは表2から明らかであり、本願発明者によって考案された通気剪断力指標は、より大型の発酵槽にも適応できることが示された。
【0051】
【表2】
【0052】
実施例5.生産性の評価
実施例4の(b)と(d)のエアスパージャーを装着した2KLタンクで180時間培養した培養液10mlと99%メタノール30mlを50ml容遠心チューブに入れて10分間激しく撹拌し、1600×g、10min遠心した後、上清に含まれるアベルメクチンB1a含量をHPLCで測定した。アベルメクチンB1aのHPLC定量分析は、特開平10−1496号明細書に記載されている方法にしたがって行った。(b)のエアスパージャーで180時間培養した培養液(ペレット破砕率26%)のアベルメクチンB1a含量は、0.8g/リッターであったのに対し、(d)のエアスパージャーで同様に培養した培養液(ペレット破砕率0%)のアベルメクチンB1a含量は、1.2g/リッターにまで向上していた。
【0053】
【発明の効果】
本発明によって開示された通気剪断力指標を利用することで、菌形態が損傷を受けにくいエアスパージャーを備えた通気培養装置の設計・製作が可能になった。また、該エアスパージャーを装着した通気培養装置を用いて力学的な剪断力に感受性の微生物を培養することにより、二次代謝産物等の生産物の収量を大幅に向上させることが可能になった。
【図面の簡単な説明】
【図1】通気培養装置の概略縦断面図である。
【図2】気泡から培養液へのエネルギー移動速度とペレット破砕率との相関関係を示す図である。
【図3】通気口における通気ガスの線速度とペレット破砕率との相関関係を示す図である。
【図4】通気剪断力の関係式とペレット破砕率との相関関係を示す図である。
【符号の説明】
1 エアスパージャー
2 通気口
3 攪拌翼
4 攪拌軸
5 発酵槽
Claims (6)
- 次式(1)におけるD(t)=0のときのF値を求め、このF値以下で、かつこのF値に近い値となるように、次式(2)における通気口の断面積及び通気口数が設定されたエアスパージャーを用いることを特徴とする通気培養装置。
- D(t)=0のときのF値が、培養装置内の酸素移動容量係数(kLa)が28℃で28(1/h)以上得られる通気条件下で、1.5×10−4k(N/m3/s)であることを特徴とする請求項1記載の通気培養装置。
- 請求項1又は2記載の通気培養装置を用いて、力学的な力によって菌形態が損傷を受ける性質を有する微生物を、通気ガスを吹き込みながら培地に培養することを特徴とする微生物の培養方法。
- 請求項1又は2記載の通気培養装置を用いて、二次代謝産物産生能を有し、かつ、通気ガスによって生ずる剪断力によって菌形態が損傷を受け、二次代謝産物の生産性が低下する性質を有する微生物を、培地に通気ガスを吹き込みながら培養し、培養液中に二次代謝産物を生成蓄積させ、これを採取することを特徴とする発酵法による二次代謝産物の製造法。
- 微生物が、ペレット状の菌形態を形成する放線菌又は糸状菌であることを特徴とする請求項4記載の二次代謝産物の製造法。
- 放線菌が、ストレプトミセス・エバーミチリスであることを特徴とする請求項5記載の二次代謝産物の製造法。
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