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JP3982368B2 - 転動装置 - Google Patents

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JP3982368B2
JP3982368B2 JP2002261275A JP2002261275A JP3982368B2 JP 3982368 B2 JP3982368 B2 JP 3982368B2 JP 2002261275 A JP2002261275 A JP 2002261275A JP 2002261275 A JP2002261275 A JP 2002261275A JP 3982368 B2 JP3982368 B2 JP 3982368B2
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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、高温、高速及び高荷重の条件下で使用される転動装置に関するものであり、さらに詳しくは、例えば自動車用変速機や工作機械用変速機に使用されるプラネタリギヤ装置のピニオンシャフトを支持する転がり軸受等の転動装置に関する。
【0002】
【従来の技術】
転がり軸受等の転動装置は、外方部材と、この外方部材の内方に配置された内方部材と、この内方部材と外方部材との間に配設された複数の転動体とを備えており、外方部材または内方部材の一方が回転もしくは直線運動をすると外方部材および内方部材に相対向して形成された転動面を転動体が転動するようになっている。ここで、転動装置が玉軸受等の転がり軸受である場合には、外方部材を外側軌道輪、内方部材を内側軌道輪または軸体と言うことがあるが、ボールねじの場合には外方部材をナット、内方部材をねじ軸と言い、リニアガイドの場合には外方部材をスライダ、内方部材を案内レールと言うこともある。
【0003】
一般に、玉軸受等の転がり軸受では、外側軌道輪と内側軌道輪との間に配設された複数個の転動体が外側軌道輪の内周面および内側軌道輪の外周面に形成された転動体軌道面に表面を接触させて転がり運動をするため、転動体軌道面と転動体表面との間に接触圧力が生じる。このため、軌道輪や転動体の素材としては、硬くて負荷に耐えられ、転がり疲労寿命が長く、かつ滑りに対する耐摩耗性の良好なものが要求され、このような要求を満たすため、従来においては、例えばJIS鋼種であるSUJ2やSUJ3等の軸受鋼が軌道輪や転動体の素材として使用されている。
【0004】
また、転がり軸受の軌道輪や転動体は、高面圧下で繰り返し剪断応力を受けて用いられる。このため、その剪断応力に耐えて転がり疲労寿命を確保するべく、前述したSUJ2やSUJ3等の軸受鋼には熱処理が施され、表面硬度をHRC58〜64としたものが使用されている。
このような軌道輪素材や転動体素材の熱処理には、素材の芯部までを焼入れ温度まで加熱して急冷する、いわゆるズブ焼入れが用いられる。しかし、近年、転動装置の使用条件に対する要求が厳しくなってきており、ズブ焼入れのみの熱処理では長寿命化に限界がある。
【0005】
例えば、自動車の自動変速機に用いられるプラネタリギヤ装置においては、ピニオンギヤが自転しながら公転するという複雑な構造が採用されているため、ピニオンギヤを支持するピニオンシャフトへの潤滑が十分に行われ難いという問題がある。また、ピニオンギヤに作用する遠心力を支えるために、ピニオンシャフトには大きな荷重が負荷される傾向がある。したがって、このようなプラネタリギヤ装置のピニオンシャフトには、上述した材料や熱処理だけでなく、JIS鋼種であるSUJ2に浸炭窒化を行って長寿命化を行うなどの対策が採られている。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、近年、自動車の低燃費化の要求が高まっており、低燃費化を目的としたトランスミッションの小型化や高効率化が進められている。例えば、トランスミッションを潤滑しているATF(Automatic Transmission Flude)においては、高効率化のために低粘度化される傾向があり、潤滑油の油膜形成がより一層困難となっている。さらに、ピニオンギヤの使用回転速度が高まるにつれてピニオンシャフトの負荷荷重が増大するといった傾向がある。これらのことは、ピニオンシャフトの寿命低下の一因となるため、さらなる寿命向上の手段が求められていた。
【0007】
また、例えば工作機械主軸用スピンドルに使用される玉軸受等の転動装置においては、高温高速の環境下で使用されるため、JIS鋼種であるSUJ2に寸法安定化処理を施し、高温使用における寸法安定性が確保されているが、生産性向上の要求などにより従来よりもさらに高速回転に耐えられる転動装置が求められており、さらなる使用温度の高温化や潤滑不良等が予想される。
そこで、本発明は上記のような問題点を解決し、高温、高速、高荷重の使用条件であっても長寿命の転動装置を提供することを課題としている。
【0008】
【課題を解決するための手段】
上記の課題を解決するために、本発明は、外方部材と、この外方部材の内方に配置された内方部材と、この内方部材と前記外方部材との間に配設された複数の転動体とを備えてなり、前記外方部材、内方部材および転動体のうち少なくとも一つが、3.0〜7.5重量%のCr、0.3〜1.1重量%のC、0.1〜1.5重量%のSiおよび0.1〜1.0重量%のMnが添加されているとともに、0〜3.0重量%のMo、0〜2.0重量%のW、0〜2.0重量%のVが選択的に添加され、残り鉄と不可避不純物からなる鋼からなり、該鋼は、完成品表面層のC及びNがC+N≧0.5重量%、0.86N+C≦1.7−0.057×(Cr+2Mn+0.5(Mo+0.5W)+1.75V)の関係を満たすように、高周波焼入れ及び焼戻しの前に窒化処理がAc1変態点未満の温度で施され、かつ完成品表面層の残留オーステナイト量が体積比で3%以下であることを特徴とする。
【0009】
上記に述べたような、高温及び高速化に伴う転動装置の潤滑不良に対しては、外方部材、内方部材及び転動体を構成する素材の耐摩耗性を向上させることが有効である。また、外方部材、内方部材及び転動体の摩耗を抑制するためには、素材表面の窒素濃度を高くして耐摩耗性の向上に有効な微細窒化物を析出させることが効果的であり、本発明では焼入れ前に窒化処理を行い、表面の窒素濃度を向上させておく手段を採用した。
【0010】
窒素(N)はオーステナイト安定化元素であるため、焼入れ後の残留オーステナイト量は自ずと高くなる。しかし、残留オーステナイトを一定量含ませると異物混入寿命は向上するものの高温下で使用される場合においては残留オーステナイト分解に伴う経時変形が発生し、寿命低下を引き起こす可能性がある。このような経時変形を抑制するためには、高温焼戻しなどを行い、残留オーステナイト量を体積比で3%以下とすればよい。しかし、焼戻し温度を高くすると硬度が低下して十分な転がり疲労寿命が得られない場合があり、焼戻しによる軟化を抑制するためには、焼戻し軟化抵抗性の高い元素(例えばCr、Mo、W、V、Si等)を添加すればよく、特に、CrとSiは添加コストが低いので好ましい。
【0011】
本発明における各数値限定の臨界的意義を以下に説明する。
[母材について]
Cr;3.0重量%〜7.5重量%
Cr(クロム)は、母材中にCr炭化物や窒化物を生成して硬度を確保し、耐摩耗性を向上させる効果がある。さらにCrは焼戻し軟化抵抗性を有するため、高温焼戻しを行う場合の硬度確保に効果的な元素である。十分な耐摩耗性を確保するためには、Crを重量比で3%以上含ませることが必要である。また、Crを多量に添加しても添加効果が飽和するだけでなく、窒化処理によって得られる窒素富化層厚さが減少するなど熱処理生産性が低下する。従って、Cr含有量の上限は重量比で7.5%とすることが望ましい。なお、例えば高振動や高荷重等の諸条件により油膜形成が困難となる場合には、白色組織(White Structure)に伴う早期剥離が軌道面直下などに発生することがあるが、このような組織変化をCrは抑制し、安定で緻密な不動態膜を生成することができるという効果を有する。
【0012】
C;0.3重量%〜1.1重量%
C(炭素)は基地をマルテンサイト化することにより強度を増加させる元素であり、素材の芯部靭性を低下させるが、フェライトの析出を抑制する作用がある。従って、Cの含有量は0.3重量%以上とすることが好ましいが、Cを過剰に添加すると製鋼時に粗大な共晶炭化物が生成されやすくなり、転がり寿命や靭性を低下させる原因となる。また、粗大な共晶炭化物は固溶し難いため、素材の加熱及び保持が短時間で行われる高周波焼入れなどでは、素材の焼入れ硬さが不十分になったり、素材のオーバーヒート(過度焼入れ)の原因になったりする。この傾向は素材に添加される炭素量が1.1重量%を超えると顕著になることから、炭素含有量の上限は1.1重量%とし、より好ましくは0.9重量%以下とすることが望ましい。
【0013】
必要に応じて添加される元素
Mo(モリブデン)は炭化物や窒化物を生成し、耐摩耗性や強度を向上させる元素である。また、焼入れ性及び焼戻し軟化抵抗性を著しく増大させる元素であり、耐孔食性を著しく改善する元素である。従って、必要に応じて添加してよいが、過剰に添加するとコストアップとなるだけでなく加工性や靭性も低下するため、Moの添加量は2.0重量%程度とすることが望ましい。
【0014】
V(バナジウム)は強力な炭化物や窒化物の生成元素であり、耐摩耗性や強度を向上させるのに有用な元素である。しかし、多量に添加するとコストアップとなるだけでなく加工性や靭性が低下するため、添加量は2.0重量%以下とすることが望ましい。なお、上記のMo、W、VはCrと同様に組織変化を抑制することができるため、白色組織等の組織変化が原因となる剥離が発生する転動部材では添加されることが好ましい。
【0015】
製鋼上不可欠な元素について
Si(ケイ素)は、製鋼時の脱酸剤として必要な元素であり、0.1重量%以上添加されることが好ましい。また、焼戻し軟化抵抗性を高めるため、より好ましくは0.45重量%以上添加するが、多量に添加すると靭性を低下させるため、上限を1.5重量%とすることが望ましい。
【0016】
Mn(マンガン)は脱酸剤として0.1重量%以上必要であるが、多量に添加すると鍛造性や被削性が低下するだけでなく、SやPなどの不純物と共存して耐食性を低下させる。従って、Mnを添加する場合には、その上限を1.0重量%程度とすることが望ましい。
不可避不純物について
鋼中に含まれる不純物について重要なものに酸化物系介在物がある。鋼中の酸素含有量が多くなると疲労破壊の起点になる粗大な酸化物系介在物の存在量が多くなり、転がり寿命が低下する。また、窒化層に粗大な酸化物系介在物が存在すると窒化層の早期剥離が発生する恐れがあることから、酸素含有量はできるだけ低く抑えられることが望ましい。鋼中の酸素含有量は15ppm以下、さらに好ましくは12ppm以下とする。
【0017】
なお、本発明における合金鋼には、これらの添加元素以外にも不可避の不純物として、P(リン)、S(イオウ)、Ni(ニッケル)、Cu(銅)、Al(アルミニウム)、Ti(チタン)、Nb(ニオブ)、Pb(鉛)、Ca(カルシウム)、Zr(ジルコニア)、Te(テルル)、Sb(アンチモン)等が含有される。
[完成品品質について]
本発明でいう完成品表面層とは、完成品表面から転動体直径Daの2%までの深さ全域を指し、完成品最表面とは完成品表面から10μmまでの全域を指す。
【0018】
完成品表面層の残留オーステナイト量;3体積%以下
残留オーステナイト(γR)は、異物混入潤滑下において転動面に形成される圧痕による応力集中を緩和するという効果をもたらすが、高温中で使用すると残留オーステナイトが分解するため、形状変化を起こす。形状変化を起こすと転動装置の各部材間の隙間が減少もしくは増大し、場合によっては潤滑不良や回転トルクの上昇、さらには回転精度の低下等を引き起こし、転がり寿命や機能寿命の低下を招く。従って、完成品表面においては残留オーステナイト量を体積比で3%以下とすることが好ましく、より好ましくは0体積%とすることが望ましい。なお、残留オーステナイト量の調整は、主として焼戻し温度及び合金成分により調整可能である。また、完成品表面層の残留オーステナイト量を3体積%以下にしておけば、芯部でのC+N濃度は表面部より減少するため、芯部での残留オーステナイト量はほぼ0体積%となる。
【0019】
完成品表面層の表面のC+N濃度
N(窒素)は、Cと同様に基地をマルテンサイト化する効果を有し、さらに焼戻し軟化抵抗性にも優れるため、高温使用での硬度向上に重要な元素である。しかし、過剰に添加するとMs点(マルテンサイト変態開始温度)が低下し、十分な焼入れ硬度を得られない恐れがあるため、その上限を制限する必要がある。Ms点はNだけでなくCやCrなどの添加元素によっても変化する。本発明者らは、表面部における炭素濃度と窒素濃度とCr当量の関係が、以下の式(1)を満たせば、焼戻しによって完成品表面層の残留オーステナイトを3体積%以下に抑えることが可能であるという知見を得た。
【0020】
(0.86N+C)≦1.7−0.057×[Cr当量] ‥‥(1)
ただし、[Cr当量]=Cr+2Mn+0.5(Mo+0.5W)+1.75V
上式(1)は、完成品表面層のγR(残留オーステナイト量)≦3.0体積%とすることに影響する焼入硬化時のMs点を適正にするNとC及びCr当量の関係を表している。Ms点はCr当量が多くなるほど低くなる。一方、Ms点を低くすると上記γRが多くなる。本発明では、γR≦3体積%と少なくしたいのでMs点を高くしたいが、そのためにはCr当量を少なくしたい。しかし、本発明では高温、高速、高荷重に耐え、長寿命の転動装置を提供することを課題とし、3.0重量%から7.5重量%のCrとMo、W、Vを選択的に含むことから、γRを低くすることを遂行する。従って、単にCrやMo、W、V、Mnの量的範囲のみではなく、γR≦3.0体積%を可能にする。これら元素の組合せを式(1)の右辺の条件により規制したもので、本発明は式(1)の関係をγR量との関係において鋭意実験により確認したものである。そして、これら元素の適正な組合せにより単に高合金化し、高温、高速、高荷重要求に対応するのではなく、より少ない低コストの合金元素を添加した合金鋼を採用することにより、自動車等に有益な低コストの転がり軸受を提供するものである。
【0021】
また、表面層のC+N濃度が0.5%に満たない場合は、完成品表面層の最低硬さがHv650以上にならず、十分な転がり寿命が得られない。本発明では、十分な転がり寿命を確保するために、C+N濃度を0.5%以上とする。また、表面部のビッカース硬さはHv650以上、好ましくはHv700以上とする。
完成品最表面のN濃度
最表面に形成されている窒素富化層はFeやCrなどの合金元素の窒化物(γ':Fe4NやCrNなど)を主体として形成されており、優れた耐摩耗性を発揮する。優れた耐摩耗性を得るためには、少なくとも表面から10μmまでの窒素濃度を0.05%以上とする必要があり、好ましくは0.1%以上、より好ましくは0.2%以上とする。
【0022】
芯部硬さについて
芯部硬さは、高荷重の影響による変形を抑制するためにHv300以上とすることが好ましく、より好ましくはHv400以上とする。なお、高温高荷重下で使用されない場合においては、この限りではない。
[本発明による転動装置の熱処理方法について]
高温高荷重の条件で使用される転動装置においては、残留オーステナイトの分解による変形以外にも、芯部硬さが余りにも低いと外部応力や熱などによって変形や曲がりが生じる場合がある。そのため、完成品の芯部硬さはHv300以上とすることが好ましく、より好ましくはHv400以上とする。
【0023】
本発明の焼入れ方法には高周波焼入れを採用することが好ましいが、高周波焼入れでは芯部さが十分に得られない場合がある。従って、高周波焼入れを採用する場合には窒化処理に先立って焼入れ焼戻しを行って全体の硬さをHv300以上に調質しておくことが好ましい。また、焼入れ直後に窒化処理を行い、焼戻しを省略してもよい。
【0024】
窒化処理について
窒化処理については、ガス窒化、塩浴窒化、イオン窒化、軟窒化等のいずれの方法を選択してもよい。窒化後に行う高周波焼入れは、加熱及び保持時間が短いため、窒素の拡散はほとんど起こらないものと考えてよく、そのため高周波焼入れ前には適当な窒化層パターンを得ておくことが必要となる。
【0025】
高周波焼入れ後に仕上げ加工を行うために、高周波焼入れ前の窒化層深さは少なくとも仕上げ加工の取り代以上としておく。なお、加工の取り代は部材や焼入れ方法によって異なるため、必要とされる窒化層のパターンはそれぞれの部材ごとに定める。
窒化の処理温度や時間は上記の窒化層のパターンを満たすのであれば、どのようであってもよいが、窒化処理で生じる歪みを極力抑えるために、Ac1変態点未満の温度で窒化処理を行うことが好ましく、より好ましくは500℃以下で処理を行う。
【0026】
低温窒化処理の好ましい形態の一例としては、比較的低温で処理が可能なNv窒化プロセス(エア・ウオーター株式会社の商品名)がある。Nv窒化プロセスは窒化処理前に、例えばNF3(三フッ化窒素)等のフッ素系ガスを用いて2500℃〜400℃でフッ化処理を行うプロセスとNH3ガスによる窒化処理を行うプロセスとからなる。フッ化処理は窒化反応を阻害するCr酸化物を除去し、表面を活性化するフッ化層を形成するため、処理時間が短く、低温でも非常に均一な窒化層を形成することが可能となる。
【0027】
焼入れ焼戻しについて
焼入れは、高周波焼入れで行うことが好ましい。高周波焼入れは、加熱から冷却までの熱処理時間が短い。このため、窒化処理によって生成された窒素濃度分布が殆ど変化することがないため、高い窒素濃度を得ることが可能となる。さらに、高周波焼入れはワークの表面のみを焼入れする方法であるため、ズブ焼入れよりもワーク全体としての熱処理変形が減少し、後加工の取り代を少なくできるという利点もある。冷却は油冷や水冷など、どのような方法を用いても構わない。
【0028】
また、母相中にCやN、さらにはCrなどの合金元素が多いほどMs点が低下するが、Ms点が室温以下まで低下するような合金成分の場合などではサブゼロを行う。通常のサブゼロは−60℃近辺で処理されることが多いが、−60℃の処理で十分に焼入れされない場合は、−190℃(冷媒は水素やヘリウムガス)程度で処理する超サブゼロを行ってもよい。
【0029】
焼戻しは、表面のオーステナイト量を極力低減させるために、240℃以上、より好ましくは280℃以上で行うことが好ましい。焼戻し温度の選択については、表面の残留オーステナイト量だけでなく、表面硬度も考慮すべきである。十分な転動寿命を得るためには、表面硬度をHv650以上とすることが好ましく、より好ましくはHv700以上とする。また、芯部硬さも上記したようにHv300以上となるように焼戻し温度の条件を決める。
【0030】
仕上加工について
熱処理を施した転動体は、研削や研磨及び超仕上などを行って目的の形状寸法にする。仕上げ加工後の窒化層厚さをより深く得るためには、仕上げ加工取り代は極力少なくすることが望ましい。例えば、熱処理変形が少ない小型の部材などでは、要求される寸法精度を満たすことができるのであれば研削工程を省いてもよい。また、リニアガイドなど棒状の製品では、必要に応じて曲げ加工を行ってもよい。また、前述したように完成品表面のC、N及びCr含有量の関係が重量比で0.86N+C≦1.7−0.057×[Cr当量]及び0.45≦C+Nを満たすように取り代を設定する。
【0031】
【発明の実施の形態】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
図1は本発明をプラネタリギヤ装置に適用した一実施形態を示す図であり、同図に示されるように、プラネタリギヤ装置は、図示しない軸が挿通されるサンギヤ1と、このサンギヤ1と同芯に配されたリングギヤ2と、サンギヤ1及びリングギヤ2に噛み合う複数(本実施例では3個)のピニオンギヤ3と、ピニオンギヤ3を回転自在に支持するキャリア4とを備えている。
【0032】
ピニオンギヤ3はキャリア4に固定されたピニオンシャフト5を介してキャリア4に支持されており、ピニオンシャフト5の外周面とピニオンギヤ3の内周面との間に配設された図示しない複数の針状ころによって、ピニオンシャフト5を軸として回転自在とされている。
ピニオンシャフト5は、Cr(クロム)を3.0〜7.5重量%を含む鋼で構成されており、窒化処理に引き続いて高周波焼入れ及び焼戻しを施し、完成品表面のC、N及びCr当量が0.86N+C≦1.7−0.057×[Cr当量]の関係を満たし、かつ表面の残留オーステナイト量が体積比で3%以下とされている。また、ピニオンシャフト5は本発明に係る転動装置の内方部材に相当するものである。
【0033】
図2はピニオンシャフト5の硬さを模式的に示す図であり、同図に示されるように、ピニオンシャフト5はN濃度が0.05%以上の最表面層5aと、C+N濃度が0.5%以上の表面層5bと、硬さがHv650以上の芯部5cとを有している。ピニオンシャフト5の表面層5bは、C、N及びCr当量がC+0.86N≦1.7−0,057×[Cr当量]の関係を満たしている。
次に、表1に示すような組成を有する種々の鋼で構成されたピニオンシャフト5を用意して、プラネタリギヤ装置の寿命試験を行った。なお、鋼種Pは、JIS鋼種SUJ2である。
【0034】
【表1】
Figure 0003982368
【0035】
ピニオンシャフト5の製造方法は、鋼材を所定の寸法に旋削加工した後に熱処理を施し、さらに仕上げ研削を行うことにより製造した。熱処理の詳細な方法に関しては、上記した通りである。
本発明の実施例では、以下に示すA〜Fまでの熱処理のうちいずれかを選択した。
1.熱処理A ガス窒化(Nv窒化プロセス)⇒高周波焼入れ⇒高温焼戻し
高周波焼入れ;900℃〜1000℃(表面温度)
焼戻し;240℃〜340℃×2時間
2.熱処理B ガス窒化(Nv窒化プロセス)⇒高周波焼入れ⇒サブゼロ⇒焼戻し
高周波焼入れ;900℃〜1000℃(表面温度)
サブゼロ;−60℃〜−190℃×20分
焼戻し;240℃〜340℃×2時間
3.熱処理C ガス窒化(Nv窒化プロセス)⇒高周波焼入れ⇒高温焼戻し
高周波焼入れ;900℃〜1000℃(表面温度)
焼戻し;340℃〜500℃×2時間
4.熱処理D ガス窒化⇒高周波焼入れ⇒サブゼロ⇒焼戻し
高周波焼入れ;900℃〜1000℃(表面温度)
サブゼロ;−60℃〜−190℃×20分
焼戻し;340℃〜500℃×2時間
5.熱処理E 高周波焼入れ⇒焼戻し
高周波焼入れ;900℃〜1000℃(表面温度)
焼戻し;160℃×2時間
6.熱処理F 高周波焼入れ⇒焼戻し
高周波焼入れ;840℃(表面温度)
焼戻し;160℃×2時間
次に、寿命試験の具体的方法について図3を参照しながら説明する。
【0036】
図3に示すように、外輪(外方部材)11にはピニオンシャフト(内方部材)10が挿通されており、両者10,11の間に転動自在に介装された複数のニードルローラ(転動体)12によって、ピニオンシャフト10が回転可能となっている。このピニオンシャフト10の一端面には、潤滑油注入孔10bがピニオンシャフト10の軸方向に沿って形成されている。この潤滑油注入孔10bはピニオンシャフト10の周面中央部に設けられた給油孔10aに連通しており、潤滑油注入孔10bに注入された潤滑油は給油孔10aから転送面に供給されるようになっている。なお、外輪11及びニードルローラ12はJIS鋼種のSUJ2で作成され、ズブ焼入れ焼戻しにて硬さをHv650以上とした。
【0037】
ラジアル荷重:4200N、回転速度:6000min-1、潤滑油温度:150℃、試験回数:5回の試験条件でピニオンシャフト10を回転させ、ピニオンシャフト10の寿命試験を行った。試験は5回行い、計15個のサンプルについて剥離が生ずるまでの時間を寿命として評価した。その試験結果を表2及び表3に示す。
【0038】
【表2】
Figure 0003982368
【0039】
【表3】
Figure 0003982368
【0040】
表2及び表3中の窒素濃度及び炭素濃度は、試験片断面についてEPMA(電子プローブ微量分析装置)で測定した結果を示しており、最表面層においては表面から10μm、表面層については転動体径Daの2%深さの値を示している。また、残留オーステナイトは表面から10μm位置及び転動体径Daの2%深さまで電解研磨を行い、X線回折装置で測定した値である。寿命試験の結果は試験後、剥離が観察されたもの及びシャフトの破損や剥離等で途中中断したものの個数が、0個のものを◎、1個以上5個以下のものを○、6個以上10個以下のものを△、11個以上のものを×として示した。
【0041】
試験を行った結果、試験片1〜12で示される本発明の実施例では、SUJ2高周波焼入れ品の従来例22と比較して、良好な転がり寿命が得られることがわかる。
比較例13は母材のC量及び表面層のC+N量がそれぞれ規定の値に達しなかったものであり、表面層の硬度が十分でないため、転がり寿命は十分に得られていない。比較例14は母材のC量が1.1を超えて添加されたものであるが、粗大な共晶炭化物が多く見られ、高周波焼入れ時のオーバーヒートを起こしたため、試験を行わなかった例である。
【0042】
比較例15はCr含有量が規定量に達していないものであるが、寿命は従来例22と比較して向上しているものの、十分な耐摩耗性が得られず、本実施例ほどの寿命延長効果は得られなかった。比較例16は高温焼戻しを行わず、残留オーステナイトが3%を超えたものであり、試験中に軸の曲がり等を発生したため、短寿命となったものと考えられる。比較例17〜20は表面層及び最表面層のC+N濃度が式(1)を満たさなかったため、オーステナイトが多量に残留した例である。残留オーステナイトを多量に生成したため、表面層の硬さが十分に得られず、非常に短寿命となった。比較例21は最表面の窒素濃度が0.05を下回ったものであり、最表面部の耐摩耗性が十分に得られなかったため、本実施例ほどの寿命延長効果が得られないことがわかる。
【0043】
以上の試験結果を、横軸にCr当量、縦軸にC+0.86Nとして整理したグラフを図4に示す。同図から明らかなように、数式(1)を満たさない場合は十分な寿命が得られないことがわかる。また、式(1)を満たしていても本発明の数値限定を満たさないものについても、十分な寿命を得られないことがわかる。したがって、上述した実施例のように、プラネタリギヤ装置のピニオンシャフトを3.0重量%以上7.5重量%以下のクロムを含む鋼であって、窒化処理に引き続いて高周波焼入れ及び焼戻しが施され、かつ完成品表面層の炭素濃度、窒素濃度及びクロム当量が0.86N+C≦1.7−0.057×[Cr当量]の関係を満たすと共に体積比で3%以下の残留オーステナイトを有する鋼から形成すると、ピニオンシャフトの耐摩耗性が向上するので、高温、高速、高荷重の条件下であっても長期にわたって好適に使用することできる。
【0044】
なお、本発明は上述した実施形態に限定されるものでない。たとえば、上述した実施形態では内方部材であるピニオンシャフト5を3.0重量%以上7.5重量%以下のクロムを含む鋼であって、窒化処理に引き続いて高周波焼入れ及び焼戻しが施され、かつ完成品表面層の炭素濃度、窒素濃度及びクロム当量が0.86N+C≦1.7−0.057×[Cr当量]の関係を満たすと共に体積比で3%以下の残留オーステナイトを有する鋼で形成したが、外輪11及び/又はニードルローラ12をピニオンシャフトと同様の鉄鋼材料で構成してもよい。また、上述した実施形態では本発明をプラネタリギヤ装置のころ軸受に適用した場合を例示したが、例えば玉軸受やボールねじ、リニアガイド等にも本発明を適用できることは勿論である。
【0045】
【発明の効果】
以上説明したように、本発明によれば、外方部材、内方部材および転動体のうち少なくとも一つを、3.0重量%以上7.5重量%以下のクロムを含む鋼であって、窒化処理に引き続いて高周波焼入れ及び焼戻しが施され、かつ完成品表面層の炭素濃度、窒素濃度及びクロム当量が0.86N+C≦1.7−0.057×[Cr当量]の関係を満たすと共に体積比で3%以下の残留オーステナイトを有する鋼で形成したことにより、耐摩耗性を向上させることが可能となるので、高温、高速、高荷重の条件下であっても長寿命の転動装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明をプラネタリギヤ装置に適用した一実施形態を示す図である。
【図2】図1のピニオンシャフトの硬さを模式的に示す図である。
【図3】ピニオンシャフトの耐久性試験を説明するための図である。
【図4】ピニオンシャフトの耐久性試験の試験結果を示す図である。
【符号の説明】
1 サンギヤ
2 リングギヤ
3 ピニオンギヤ
4 キャリヤ
5,10 ピニオンシャフト(内方部材)
11 外輪(外方部材)
12 ニードルローラ(転動体)

Claims (3)

  1. 外方部材と、この外方部材の内方に配置された内方部材と、この内方部材と前記外方部材との間に配設された複数の転動体とを備えてなり、前記外方部材、内方部材および転動体のうち少なくとも一つが、3.0〜7.5重量%のCr、0.3〜1.1重量%のC、0.1〜1.5重量%のSiおよび0.1〜1.0重量%のMnが添加されているとともに、0〜3.0重量%のMo、0〜2.0重量%のW、0〜2.0重量%のVが選択的に添加され、残り鉄と不可避不純物からなる鋼からなり、該鋼は、完成品表面層のC及びNがC+N≧0.5重量%、0.86N+C≦1.7−0.057×(Cr+2Mn+0.5(Mo+0.5W)+1.75V)の関係を満たすように、高周波焼入れ及び焼戻しの前に窒化処理がAc1変態点未満の温度で施され、かつ完成品表面層の残留オーステナイト量が体積比で3%以下であることを特徴とする転動装置。
  2. 前記鋼の酸素濃度が15ppm以下であることを特徴とする請求項1記載の転動装置。
  3. 前記鋼は、窒化処理に先立って焼入れが施され、窒化処理を施す前の全体の硬さがHv300以上となるように調質されていることを特徴とする請求項1または2記載の転動装置。
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