JP2004044430A - 混合気を圧縮自着火させる内燃機関、および内燃機関の制御方法 - Google Patents
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Abstract
【解決手段】燃焼室内に第1の混合気を形成する。次いで圧縮行程中に燃料を噴射して第2の混合気を形成し、該第2の混合気に点火することで燃焼室内の圧力を上昇させて、第1の混合気を圧縮自着火させる。ピストン頂面には、点火プラグと対向する位置に第2の凹部を設けておく。そして、圧縮行程中に噴射された燃料噴霧を、ピストン頂面に設けた第1の凹部で受けた後、案内溝を介して第2の凹部に導いてやる。こうすれば、噴射した燃料を用いて効率よく第2の混合気を形成して確実に点火することができるので、混合気を予混合圧縮自着火させて運転する内燃機関を効率よく運転することが可能となる。
【選択図】 図2
Description
【発明の属する技術分野】
この発明は、燃焼室内で燃料と空気との混合気を圧縮し、自着火させることによって動力を取り出す技術に関し、より詳しくは、混合気の自着火を制御することで、燃焼により生じる大気汚染物質の発生を抑制しつつ、高い効率で動力を取り出す技術に関する。
【0002】
【従来の技術】
内燃機関は、比較的小型でありながら大きな動力を発生させることができるので、自動車や、船舶、航空機など種々の移動手段の動力源として、あるいは工場などの定置式の動力発生源として広く使用されている。これら内燃機関はいずれも、燃焼室内で燃料を燃焼させ、このときに発生する圧力を、機械的仕事に変換して出力することを動作原理としている。
【0003】
近年では、地球環境を保護するために、内燃機関から排出される大気汚染物質の排出量を低減させることが、強く要請されるようになってきた。また、地球の温暖化要因となる二酸化炭素の排出量を低減する観点から、あるいは内燃機関の運転コストを低減させるために、燃料消費量の更なる低減が強く要請されるようになってきた。
【0004】
これらの要請に応えるべく、混合気を燃焼室内で圧縮自着火させる燃焼方式(本明細書では、この燃焼方式を「予混合圧縮自着火燃焼方式」と呼ぶ)の内燃機関が注目されている。詳細には後述するが、予混合圧縮自着火燃焼方式を採用した内燃機関は、排気ガス中に含まれる大気汚染物質の排出量および燃料消費量が、従来の内燃機関に比べてたいへんに少ないという優れた特性を備えている。しかし、かかる燃焼方式は混合気を圧縮自着火させている関係上、内燃機関を高い負荷で運転すると、混合気が自着火する時期が早くなり過ぎて圧縮中に自着火し、強いノックが発生することがある。
【0005】
本願の出願人は、負荷の高い運転条件でもノックを発生させることなく、混合気を圧縮自着火燃焼させるために、次のような技術を開発して既に出願済みである(特願2002−188042号)。かかる技術においては、先ず初めに、燃料と空気との混合気を燃焼室内に形成する。この混合気を第1の混合気と呼ぶことにする。次いで、ピストンを上昇させて第1の混合気を圧縮する。負荷が低い運転条件では、こうしてピストンを上昇させて第1の混合気を圧縮するだけで、ほぼ圧縮上死点付近で自着火させることができる。一方、負荷が高い運転条件では、第1の混合気が圧縮中に自着火しないよう、空気に対する燃料の割合を少なくしておく。そして、圧縮行程の半ば以降の適切な時期に燃料を燃焼室内に直接噴射し、燃焼室内の一部の領域に第2の混合気を形成して、圧縮上死点付近の所望のタイミングで第2の混合気に点火してやる。点火された第2の混合気は速やかに燃焼して燃焼室内の圧力を上昇させ、その結果、第1の混合気が圧縮されて自着火に至る。こうすれば、第2の混合気に点火する時期を制御することで、第1の混合気を所望の時期に自着火させることができる。従って、負荷の高い運転条件においてもノックを発生させることなく予混合圧縮自着火燃焼を実現することが可能である。
【0006】
こうした出願済みの技術においては、第1の混合気を自着火させるために第2の混合気に火花を飛ばして燃焼させている。すなわち、一部の混合気については、従来の燃焼方式と同様に火花で点火して火炎の伝播を伴った燃焼をすることになるので、全ての混合気を圧縮自着火させる場合と比べれば、大気汚染物質の排出量および燃料消費量の改善効果が目減りしてしまうことになる。改善効果ができるだけ目減りしないようにするためには、圧縮行程中に噴射する燃料の割合をできるだけ少なくしてやればよい。こうすれば火炎伝播によって燃焼する割合が減少するので、改善効果の目減りを抑制することができる。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
しかし、圧縮行程中に噴射する燃料の割合をあまりに少なくしたのでは、第2の混合気に確実に点火することが困難になるという問題がある。例えば、噴射する燃料量を少なくしたことより第2の混合気が形成されている領域が狭くなると、第2の混合気が点火位置から外れてしまい点火不良となる場合が生じ得る。また、噴射する燃料量を少なくした結果、第2の混合気の燃料濃度があまりに薄くなってしまった場合にも、第2の混合気に確実に点火することが困難となる。もちろん実際には、これらの要因が重畳的に影響して点火不良を引き起こす懸念がある。
【0008】
このことから、圧縮行程中に噴射する燃料が少ない場合でも、第2の混合気を効率よく形成することで、確実に点火することが可能となるような技術の開発が要請されている。
【0009】
この発明は従来技術における上述した課題を解決するためになされたものであり、予混合圧縮自己着火燃焼方式を適用した内燃機関において、大気汚染物質の排出量および燃料消費効率を低下させることなく、混合気に確実に点火することを可能とする技術の提供を目的とする。
【0010】
【課題を解決するための手段およびその作用・効果】
上述の課題の少なくとも一部を解決するため、本発明の内燃機関は次の構成を採用した。すなわち、
燃料と空気との混合気を燃焼室内で圧縮し、該圧縮された混合気を燃焼させることによって動力を出力する内燃機関であって、
前記燃焼室の一部を構成するとともに前記混合気を圧縮するピストンと、
前記燃料と空気とが、前記ピストンによる圧縮では自着火しない割合で混合した第1の混合気を、前記燃焼室内に形成する第1の混合気形成手段と、
前記第1の混合気中に前記燃料を噴射することにより、前記燃焼室内の一部の領域に第2の混合気を形成する燃料噴射弁と、
前記第2の混合気に点火して燃焼させることにより前記燃焼室内の圧力を上昇させて、前記第1の混合気を圧縮自着火させる点火手段と
を備え、
前記ピストンの前記燃焼室に面する頂面には、
前記燃料噴射弁から噴射された前記燃料を受ける第1の凹部と、
前記点火手段と対向する位置に設けられた第2の凹部と、
前記第1の凹部が受けた燃料を前記第2の凹部に導く案内溝と
が設けられていることを要旨とする。
【0011】
また、上記の内燃機関に対応する本発明のピストンは、
燃料と空気との混合気を燃焼室内で圧縮し、該圧縮された混合気を燃焼させることによって動力を出力する内燃機関に用いられ、該燃焼室の一部を構成するとともに該混合気を圧縮するピストンであって、
前記内燃機関は、
前記燃料と空気とが、前記ピストンによる圧縮では自着火しない割合で混合した第1の混合気を、前記燃焼室内に形成する第1の混合気形成手段と、
前記第1の混合気中に前記燃料を噴射することにより、前記燃焼室内の一部の領域に第2の混合気を形成する燃料噴射弁と、
前記第2の混合気に点火して燃焼させることにより前記燃焼室内の圧力を上昇させて、前記第1の混合気を圧縮自着火させる点火手段と
を備え、
前記ピストンの前記燃焼室に面する頂面には、
前記燃料噴射弁から噴射された前記燃料を受ける第1の凹部と、
前記点火手段と対向する位置に設けられた第2の凹部と、
前記第1の凹部が受けた燃料を前期第2の凹部に導く案内溝と
が設けられていることを要旨とする。
【0012】
更に、上記の内燃機関あるいはピストンに対応する本発明の制御方法は、
燃料と空気との混合気をピストンを用いて燃焼室内で圧縮し、該圧縮された混合気を燃焼させることによって動力を出力する内燃機関の制御方法であって、
前記燃料と空気とが、前記ピストンによる圧縮では自着火しない割合で混合した第1の混合気を、前記燃焼室内に形成する第1の工程と、
前記第1の混合気中に前記燃料を噴射することにより、前記燃焼室内の一部の領域に第2の混合気を形成する第2の工程と、
前記第2の混合気に点火して燃焼させることにより前記燃焼室内の圧力を上昇させて、前記第1の混合気を圧縮自着火させる第3の工程と
を備え、
前記第2の工程は、
前記噴射された燃料を、前記ピストンの頂面に設けられた第1の凹部で受ける工程と、
前記第1の凹部で受けた燃料を、前記ピストン頂面の所望の位置に設けられた第2の凹部に導いて該第2の凹部内に前記第2の混合気を形成する工程と
を備えることを要旨とする。
【0013】
かかる本発明の内燃機関、ピストン、および制御方法においては、燃焼室内に第1の混合気を形成した後、燃料噴射弁からピストン頂面に向かって燃料を噴射する。噴射された燃料は、ピストン頂面に設けられた第1の凹部で受け止められ、案内溝を介して第2の凹部に導かれて第2の混合気を形成する。該第2の凹部は、該燃焼室内の混合気に点火するための点火手段に対向する位置に設けられており、こうして第2の凹部に形成された第2の混合気に点火する。すると、該第2の混合気が燃焼することによって該燃焼室内の圧力が上昇し、その結果、予め形成されていた第1の混合気を圧縮して自着火させる。
【0014】
こうすれば、第1の混合気中の燃料の割合が空気に対して少なく、ピストンによって圧縮されただけでは自着火しない割合となっている場合でも、第2の混合気に点火することによって圧縮自着火することができる。かかる第2の混合気は、燃料噴射弁から噴射された燃料をピストン頂面に設けられた第1の凹部で受けた後、該燃料を案内溝で第2の凹部に導いてやることで、該第2の凹部に効率よく形成することができる。更に、かかる第2の凹部は点火装置に対向する位置に設けられているので、確実に点火することができる。このように本発明によれば、燃料噴射弁から噴射した燃料を用いて第2の混合気を効率よく形成することができるので、僅かな燃料を噴射するだけで、確実に点火することの可能な第2の混合気を形成することができる。
【0015】
かかる本発明の内燃機関、ピストン、および制御方法においては、前記第2の凹部を前記第1の凹部よりも小さな凹部としても良い。
【0016】
こうすれば、第1の凹部を広い凹部とすることができるので、燃料噴射弁から噴射された燃料を、該第1の凹部で効率よく受け止めることができる。こうして受け止めた燃料を、第1の凹部よりも小さく形成された第2の凹部に導いてやれば、該第2の凹部に第2の混合気を更に効率よく形成することが可能となる。
【0017】
こうした内燃機関、ピストン、および制御方法においては、前記第2の凹部を、前記第1の凹部よりも、前記ピストン頂面の中央近くに設けることとしてもよい。
【0018】
第2の凹部をピストン頂面の中央近くに設けた場合、前記点火手段は燃焼室の中央付近に設けられることになる。点火手段を燃焼室の中央付近に設けてやれば、特に吸気弁および排気弁をそれぞれ複数有する多弁エンジンの場合には、燃焼室の設計を容易且つ合理的なものとすることができるので好ましい。
【0019】
こうした内燃機関、ピストン、および制御方法においては、前記案内溝の側壁の間隔が、前記第1の凹部から前記第2の凹部に向かって末狭まりとなるようにしても良い。
【0020】
こうすれば、該第1の凹部で受け止めた燃料を前記第2の凹部に効率よく導いて、前記第2の混合気を該第2の凹部に効率よく形成することが可能となるので好適である。
【0021】
あるいは、かかる案内溝の側壁の高さを、前記第1の凹部よりも前記第2の凹部に近い方が高くなるようにしてもよい。
【0022】
こうすれば、該第1の凹部で受け止められた燃料が該第2の凹部に導かれる間に少しずつ広がった場合でも、該燃料が案内溝を乗り越えることを回避することができるので、該第2の凹部に前記第2の混合気を効率よく形成することが可能となって好適である。
【0023】
更には、かかる案内溝あるいは第2の凹部の側壁が前記ピストン頂面と交わる少なくとも一部の領域に、前記燃焼室への開口を狭くする突部を設けることとしても良い。
【0024】
こうすれば、前記第1の凹部で受け止められた燃料が前記第2の凹部に導かれる間に少しずつ広がった場合でも、あるいは、前記第2の混合気が該第2の凹部から溢れ出そうになった場合でも、かかる突部に遮られて、該案内溝あるいは該第2の凹部から溢れ出ることを抑制することができる。その結果、該第2の混合気を該第2の凹部に効率よく形成することが可能となって好ましい。
【0025】
上述した内燃機関、ピストン、および制御方法においては、前記第1の凹部、前記第2の凹部、あるいは前記案内溝の少なくとも一部の領域に、燃焼室から流入した熱を蓄える蓄熱層と、該蓄熱層と該ピストンとを断熱する断熱層とを設けることとしても良い。
【0026】
こうすれば、混合気の圧縮や混合気の燃焼などによって発生した熱を蓄熱層に蓄えておき、燃料噴射弁から噴射された燃料を気化させるために、蓄えておいた熱を活用することができるので、前記第2の混合気をより効率よく形成することが可能となる。
【0027】
また、上述した内燃機関、ピストン、および制御方法においては、ピストンの頂面を次のような形状としても良い。すなわち、前記燃料噴射弁から燃料が圧縮上死点前40度の時点で噴射された場合には、噴射された全ての燃料が、前記第1の凹部あるいは前記案内溝の少なくともいずれかで受け止められるとともに、圧縮上死点前50度の時点で燃料が噴射された場合には、噴射された燃料の一部が該第1の凹部および該案内溝の外部で受け止められる形状としてもよい。
【0028】
前記第2の混合気は、確実に点火可能なように所望の領域に形成することが望ましく、これに対して、該第2の混合気に先立って形成される前記第1の混合気は、ピストンによる圧縮では自着火しない混合気とするために、燃料と空気とはある程度均質に混合していることが望ましい。このことから、圧縮上死点前40度の時点で噴射された場合には、噴射された全ての燃料が、前記第1の凹部あるいは前記案内溝の少なくともいずれかで受け止められる形状としておけば、該第2の混合気を所望の領域に効率よく形成することができるので好ましい。また、圧縮上死点前50度の時点で燃料が噴射された場合には、噴射された燃料の一部が該第1の凹部および該案内溝の外部で受け止められる形状としておけば、噴射された燃料を空気に対して均質に分散させ易くなって、第1の混合気を適切に形成することが可能となるので好ましい。
【0029】
あるいは、こうした内燃機関においては、前記第2の凹部と対向する位置に、第3の凹部を設けることとしても良い。
【0030】
こうすれば、前記第2の混合気が該第2の凹部から溢れ出た場合でも該第3の凹部で受けることにより、該第2の混合気が拡散してしまうことを抑制することで、効率よく混合気を形成することが可能となって好ましい。
【0031】
かかる第3の凹部を備えた内燃機関においては、前記点火手段を該第3の凹部に設けることとしても良い。
【0032】
こうすれば、該第3の凹部に流入した前記第2の混合気に点火することで、前記第2の凹部の混合気に確実に点火することが可能となるので好ましい。
【0033】
本発明は、2サイクルで運転される内燃機関に好適に適用することが可能である。
【0034】
2サイクルで運転される内燃機関は、4サイクルの内燃機関に比べて混合気を圧縮自着火させることが容易であり、従って内燃機関の圧縮比を低めに設定することも可能である。これは次のような理由による。2サイクルの内燃機関は、4サイクルの内燃機関と異なって排気行程と吸気行程とが完全には分離しておらず、高温の排気ガスが残存した状態で吸気行程が開始されるので、圧縮を開始する段階で混合気の温度が高くなっている。しかも、排気ガス中の活性成分が存在しており、混合気温度が高いことと相まって、2サイクルの内燃機関では4サイクルと比べて、自着火させ易くなっているためである。このように、2サイクルの内燃機関は、混合気を効果的に圧縮自着火させて運転することができるので、本発明を組み合わせることで、より一層、効率よい運転を行うことが可能となって好適である。
【0035】
【発明の実施の形態】
本発明の作用・効果をより明確に説明するために、次の順序に従って、本発明の実施例について説明する。
A.第1実施例:
A−1.装置構成:
A−2.エンジン制御の概要:
A−3.第1実施例における混合気の燃焼制御:
A−4.ピストン頂面形状の作用:
A−5.変形例:
B.第2実施例:
B−1.装置構成:
B−2.第2実施例における混合気の燃焼制御:
【0036】
A.第1実施例:
A−1.装置構成:
図1は、予混合圧縮自着火燃焼方式を適用した第1実施例のエンジン10の構造を概念的に示した説明図である。第1実施例のエンジン10は、吸気・圧縮・膨張・排気の4つの行程を繰り返しながら燃焼室内で混合気を燃焼させることによって動力を出力する4サイクル式のエンジンである。図1では、エンジン10の構造を示すために、燃焼室のほぼ中央で断面を取って表示している。図示されているようにエンジン10の本体は、シリンダブロック140の上部にシリンダヘッド130が組み付けられて構成されている。シリンダブロック140の内部には、円筒形のシリンダ142が設けられており、このシリンダ142の内部にピストン144が摺動可能に設けられている。シリンダ142とピストン144とシリンダヘッド130の下面とで囲まれた空間が燃焼室となる。
【0037】
ピストン144は、コネクティングロッド146を介してクランクシャフト148に接続されており、ピストン144はクランクシャフト148の回転にともなってシリンダ142内を上下に摺動する。
【0038】
シリンダヘッド130には、燃焼室に吸入空気を取り入れるための吸気通路12と、燃焼室内に燃料を噴射する燃料噴射弁14と、燃焼室内の混合気に点火するための点火プラグ136と、燃焼室内で発生した燃焼ガスを排出するための排気通路16などが接続されている。また、シリンダヘッド130には、吸気バルブ132と排気バルブ134とが設けられている。吸気バルブ132および排気バルブ134は、それぞれにカム機構によって駆動され、ピストン144の動きに同期して吸気通路12および排気通路16を開閉する。
【0039】
吸気通路12の上流側にはエアクリーナ20が設けられており、エアクリーナ20には空気中の異物を除去するためのフィルタが内蔵されている。エンジンに吸入される空気は、エアクリーナ20を通過する際にフィルタで異物を除去された後、燃焼室内に吸入される。また、吸気通路12には、スロットル弁22が設けられており、電動アクチュエータ24を駆動してスロットル弁22を適切な開度に制御することで、燃焼室内に吸入される空気量を制御することができる。
【0040】
排気通路16の下流には、排気ガスに含まれる大気汚染物質を浄化するための触媒26が設けられている。後述するように、予混合圧縮自着火燃焼方式を適用すれば、排気ガス中の大気汚染物質の濃度を大幅に減少することができるが、排気通路に触媒26を設けることにより、排気ガス中に僅かに含まれる汚染物質も完全に浄化することが可能である。また、触媒26の上流側には、排気ガス中に含まれる窒素酸化物の濃度を検出するNOxセンサ21が設けられている。
【0041】
エンジン10の動作は、エンジン制御用ユニット(以下、ECU)30によって制御されている。ECU30は、CPUや、RAM、ROM、A/D変換素子、D/A変換素子などをバスで相互に接続して構成された周知のマイクロコンピュータである。ECU30は、エンジン回転速度Ne やアクセル開度θacを検出し、これらに基づいてスロットル弁22を適切な開度に制御するとともに、燃料噴射弁14や、点火プラグ136を適切なタイミングで駆動する。エンジン回転速度Ne は、クランクシャフト148の先端に設けたクランク角センサ32によって検出することができる。アクセル開度θacは、アクセルペダルに内蔵されたアクセル開度センサ34によって検出することができる。
【0042】
またECU30は、シリンダブロック140に設けられたノックセンサ25の出力に基づいて、ノックの発生を検出することができる。ノックセンサ25は、燃焼室内でノックが発生したときにシリンダ142内に発生する気柱振動を、共振現象を利用して検出することによりノックの発生を検出する。あるいは、ノックセンサ25に代えて、燃焼室内の圧力を検出する圧力センサ23を、シリンダブロック140あるいはシリンダヘッド130に設けることとしても良い。ノックセンサ25に代えて圧力センサ23が設けられている場合は、ECU30は、圧力センサ23で検出した燃焼室内の圧力を読み込んで、燃焼室内圧力の上昇速度を算出することによって、ノックの発生を検出することができる。更には、排気通路16に設けたNOxセンサ21の出力を読み込むことで、排気ガス中に含まれる窒素酸化物の濃度を検出することが可能となっている。後述するように、ECU30は、ノックの発生や、窒素酸化物の濃度が許容値以上に増加したことを検出して、これらを制御内容に反映させることにより、エンジン10が常に適切に運転されるよう制御を行う。
【0043】
尚、図1では、燃料噴射弁14は吸気側に設けられているが、排気側に設けることとしても良い。吸気側に設けてやれば、燃料噴射弁14の上方を排気ガスが流れることがないので、燃料噴射弁14が高温に晒され難いという利点がある。一方、排気ポートは吸気ポートに比べてポートの断面積が小さく、更にポート形状の自由度も高いので、排気側に設けてやれば、燃料噴射弁14を適切な位置に搭載し易いという利点がある。
【0044】
図2は、エンジン10の燃焼室の構造を示す説明図である。図2(a)は燃焼室の断面構造を示した説明図である。エンジン10では、燃料噴射弁14から噴射された燃料を点火プラグ136方向に導きながら、点火プラグ136の近傍に効率よく混合気を形成するために、ピストン144の頂面が特別な形状となっている。図2(b)は燃焼室の一部を構成するピストン頂面を、シリンダヘッド130側から見た上面図である。尚、燃焼室に設けられた燃料噴射弁14、点火プラグ136、吸気バルブ132、排気バルブ134に対するピストン頂面の形状の位置関係を明確にするために、図2(b)では、これら燃料噴射弁14、点火プラグ136、吸気バルブ132,排気バルブ134を細い破線で表示している。
【0045】
図2(b)に示すようにピストン144の頂面には、燃料噴射弁14から噴射された燃料噴霧を受けるための第1の凹部143と、点火プラグ136と対向する位置に設けられた第2の凹部145と、第1の凹部143と第2の凹部145とをなめらかに繋ぐ案内溝147とが形成されている。第2の凹部145は、第1の凹部143よりは小さな形状に形成されており、案内溝147は第1の凹部143から第2の凹部145に向かって末狭まりの形状となるように形成されている。
【0046】
A−2.エンジン制御の概要:
以上のような構成を有するエンジン10は、ECU30の制御の下で、燃焼室内で混合気を圧縮自着火させながら動力を出力する。図3は、ECU30が行うエンジン運転制御ルーチンの流れを示したフローチャートである。以下、フローチャートに従って説明する。
【0047】
エンジン制御ルーチンを開始すると、先ず初めにECU30は、エンジン10が発生させるべき目標出力トルクを算出する処理を行う(ステップS100)。目標出力トルクは、アクセル開度センサ34で検出したアクセル開度θacに基づいて算出する。すなわち、エンジンの操作者は、エンジンの出力トルクを増やしたいと思った場合はアクセルペダルを踏み増す操作を行い、出力トルクを減らしたいと思った場合はアクセルペダルを戻す操作を行う。特に、エンジンからトルクを発生させる必要がないと考えた場合は、アクセルペダルを全閉状態とする。このことから、アクセルペダルの操作量はエンジンの操作者が要求しているトルクを代表していると考えることができる。ステップS100では、こうした原理に基づいて、アクセル開度θacからエンジンが出力すべき目標出力トルクを算出する。
【0048】
次いで、ECU30はエンジン回転速度Ne を検出する(ステップS102)。エンジン回転速度Ne は、クランク角センサ32の出力に基づいて算出することができる。
【0049】
目標出力トルクおよびエンジン回転速度を検出したら、制御方式を設定する処理を行う(ステップS104)。これは、次のような処理である。前述したように、予混合圧縮自着火燃焼方式を採用するエンジンは、大気汚染物質の排出量が少なく、燃料消費量も少ないという優れた特性を備えているが、エンジンの負荷が高くなるとノックを起こし易くなる。詳細には後述するが、こうした問題を解決するために第1実施例のエンジン10は、エンジンの負荷が高い条件では、圧縮行程中の半ば以降の適切なタイミングで燃焼室内に追加の燃料を噴射して、燃焼室内の一部に燃料濃度の濃い混合気を形成し、この混合気に点火して残余の領域の混合気を自着火させることにより、ノッキングの発生を回避している。そこで、ステップS104では、圧縮行程中に追加の燃料を噴射してノックの発生を回避するための制御を行うか、あるいは通常の予混合圧縮自着火燃焼させるための制御を行うかを、エンジンの負荷に応じて設定する処理を行う。具体的には、ECU30に内蔵されたROMには、エンジン回転速度と目標出力トルクとの組合せに応じて、低負荷条件あるいは高負荷条件のいずれの制御を行うかがマップの形式で予め記憶されており、低負荷条件であれば通常の予混合圧縮自着火燃焼の制御を、高負荷条件であれば圧縮行程中に追加の燃料を噴射してノックの発生を回避するための制御を行う。図4は、ECU30のROMに記憶されているマップを概念的に示したものである。
【0050】
制御方式を設定したら、続いて燃焼室内に噴射する燃料量および吸入空気量を算出する処理を行う(ステップS106)。これらの燃料噴射量および吸入空気量の値は、低負荷条件あるいは高負荷条件のそれぞれに用意されているマップを参照することによって算出する。
【0051】
図5は、低負荷条件用のマップを概念的に示した説明図である。低負荷条件用のマップは、吸入空気量のマップと燃料噴射量のマップの2つのマップが用意されており、それぞれのマップには、エンジン回転速度と目標出力トルクとに応じて、それぞれ適切な吸入空気量および燃料噴射量が設定されている。
【0052】
ここで、図5に示すような吸入空気量および燃料噴射量を設定するための基本的な考え方について簡単に説明しておく。図6は、予混合圧縮自着火燃焼方式において、混合気を形成するための基本的な考え方を概念的に示したブロック図である。予混合圧縮自着火燃焼においては、先ず初めに内燃機関が出力すべきトルク(要求トルク)を設定する。要求トルクが決まると、この値に応じて、燃料量を決めることができる。すなわち、内燃機関は燃料を燃焼させて燃焼室内の圧力上昇させ、この圧力をトルクに変換して出力している。従って、トルクの発生量と燃料量とはほぼ一対一に対応しており、要求トルクが決まれば、これに応じて必要な燃料量を決めることができる。燃料量を決定したら、次に空気量を決定する。混合気を圧縮して自着火させるためには、空気と燃料とが所定の割合で混合していることが必要である。従って、燃料量を決めると、この燃料と混合すべき空気量を自ずから決定することができる。こうして決定した分量の燃料と空気とによる混合気を燃焼室内で圧縮自着火させれば、要求トルクを出力することができる。
【0053】
図5に示したマップには、図6に示した考え方を基礎として、実験的な手法により求められた適切な値が設定されている。尚、低負荷条件用のマップは、目標出力トルクが小さな条件で参照されるマップであり、ある目標出力トルク以上の領域では、燃料噴射量のマップ値も吸入空気量のマップ値もクリップされた値が設定されている。理屈の上からは、低負荷条件用のマップは目標出力トルクが小さな領域のみマップ値が設定されていれば足りるが、何らかの原因で低負荷条件用の制御中に、目標出力トルクの高い領域を参照した場合を考慮して、一応マップ値が設定されている。但し、ノックが発生しないように、小さな目標出力トルクのマップ値にクリップされている。
【0054】
図7は、高負荷条件用のマップを概念的に示した説明図である。高負荷条件用のマップは、吸入空気量のマップと主燃料噴射量のマップと副燃料噴射量のマップとの合計3つのマップが用意されている。それぞれのマップには、エンジン回転速度と目標出力トルクとに応じて、吸入空気量、主燃料噴射量、副燃料噴射量がそれぞれ設定されている。これらのマップの設定値も、図6に示した考え方を基礎として、実験的な手法により求められた適切な値が設定されている。
【0055】
図3のステップS106では、このように対応するマップを参照しながら、低負荷条件用の制御時には、吸入空気量および燃料噴射量を算出し、高負荷条件用の制御時には、吸入空気量および主燃料噴射量、副燃料噴射量をそれぞれ算出する処理を行う。
【0056】
こうして吸入空気量および燃料噴射量(高負荷条件時には、主燃料噴射量および副燃料噴射量)を算出したら、算出した分量の空気が各燃焼室に吸入されるように、スロットル弁22の開度を制御する処理を行う(ステップS108)。スロットル弁の開度の制御は周知の種々の方法で行うことができる。例えば、吸気通路12に設けたエアフローセンサで吸入空気量を計測し、適切な空気量となるようにスロットル弁22の開度を制御すればよい。あるいは、エアフローセンサを用いるのではなく、スロットル弁22の下流側の吸気通路内圧力を計測して、吸入空気量を算出してもよい。簡便には、エンジン回転数に応じて適切な空気量が得られるようなスロットル開度を予めマップに設定しておき、このマップを参照してスロットル開度を設定することとしてもよい。
【0057】
ECU30は、スロットル制御に続いて燃料噴射制御を行う(ステップS110)。燃料噴射制御では、ピストン144の動きに合わせて適切なタイミングで燃料噴射弁14を駆動することにより、燃焼室内に燃料を噴射する。燃料の噴射量は、先にステップS106において算出されている。燃料噴射制御の詳細については、別図を用いて後述する。
【0058】
図8は、ピストン144の動きに同期させて、吸気バルブ132、排気バルブ134、燃料噴射弁14をそれぞれ駆動するタイミングをした説明図である。図中にTDCと表示されているのは、ピストン144が上死点となるタイミングを示し、図中にBDCと表示されているのは、ピストン144が下死点となるタイミングを示している。図示されているように吸気バルブ132は、ピストンが上死点に達する少し手前のタイミングで開き、ピストンが下死点に達した少し後のタイミングで閉じる。吸気バルブ132が開いている間にピストン144が降下することによって吸入空気が燃焼室内に吸い込まれ、この間が吸気行程となる。また、吸気バルブ132を閉じた後はピストン144を上昇させるに連れて燃焼室内の混合気が圧縮される。吸気バルブ132を閉じてからピストンが上死点に達するまでの期間が圧縮行程となる。ピストンが上死点を過ぎて排気バルブ134が開くまでが膨張行程である。排気バルブ134は、ピストンが下死点になる少し前のタイミングで開き、上死点に達した少し後のタイミングで閉じてやる。排気バルブ134が開いている間にピストン144が上昇することによって燃焼室内の燃焼ガスが排出され、この間が排気行程となる。図3に示した燃料噴射制御(ステップS110)では、吸気行程中にハッチングを付して示した期間に燃料噴射弁14を駆動して、燃焼室内に燃料を噴射する。
【0059】
燃料噴射制御を行ったらECU30は、実行中の制御方式が高負荷条件用の制御か否かを判断する(ステップS112)。高負荷条件用の制御方式である場合は(ステップS112:yes)、副燃料噴射制御を行う(ステップS114)。これは、先にステップS106において副燃料噴射量として算出しておいた追加の燃料を、圧縮行程の半ば以降の適切なタイミングで燃料噴射弁14から燃焼室内に噴射する制御である。その後、圧縮上死点付近の適切なタイミングで点火プラグから火花を飛ばして混合気に点火する制御を行う(ステップS116)。図8には、副燃料噴射制御において燃料を噴射する期間、および点火制御において点火プラグ136から火花を飛ばすタイミングも例示されている。これら制御の詳細については別図を参照しながら後述する。また、高負荷条件用の制御方式でない場合は(ステップS112:no)、燃焼室内の混合気をピストンによる圧縮のみで自着火させることとして、副燃料噴射制御(ステップS114)や点火制御(ステップS116)はスキップする。
【0060】
こうして混合気を燃焼させると、燃焼室内の圧力が急激に上昇してピストン144を下方向に押し下げようとする。この力は、コネクティングロッド146を介してクランクシャフト148に伝えられ、クランクシャフト148でトルクに変換されて動力として出力される。
【0061】
次いで、ECU30は、エンジンを停止する旨が設定されたか否かを確認し(ステップS118)、停止する旨が設定されていなければステップS100に戻って続く一連の処理を繰り返す。エンジンを停止する旨が設定された場合は、そのままエンジン運転制御ルーチンを終了する。こうして、エンジン10は、ECU30の制御の下で、図3の制御ルーチンに従って運転され、操作者の設定に応じたトルクを出力する。
【0062】
A−3.第1実施例における混合気の燃焼制御:
上述したエンジン運転制御ルーチンにおいて、燃料噴射制御、副燃料噴射制御、点火制御を行うことにより、燃焼室内で混合気を燃焼させる制御内容について説明する。第1実施例のエンジン10は、こうした燃焼制御を実現することによって、エンジンの負荷が高い運転条件においてもノックを発生させることなく、混合気を予混合圧縮自着火燃焼させることが可能となっている。
【0063】
先ず、低負荷条件時における制御について、図9を参照しながら説明する。図9は、低負荷条件において混合気を圧縮自着火させて燃焼させる様子を概念的に示した説明図である。図9(a)は吸気行程中の燃焼室内部の様子を示し、図9(b)は圧縮行程の半ば以降の燃焼室内部の様子を、図9(c)は圧縮上死点付近の燃焼室内部の様子を示している。
【0064】
図8を用いて前述したように、燃料噴射制御では、吸気行程の前半のタイミングで燃料噴射弁14の駆動を開始して、燃焼室内に燃料噴霧を噴射する。図9(a)は、燃料噴射弁14から燃焼室内に燃料噴霧が噴射されている様子を模式的に表している。燃料噴射量は、駆動期間を変えることによって制御する。ECU30は、具体的には次のような処理を行う。先ず、先に求めておいた燃料噴射量に基づいて、燃料噴射弁14の駆動期間を算出する。算出に用いる燃料噴射量は、低負荷条件用の制御中であれば、図5のマップを参照して求めた燃料噴射量であり、高負荷条件用の制御中であれば、図7のマップを参照して求めた主燃料噴射量である。こうして算出した駆動期間から、燃料噴射弁14の駆動開始タイミングと駆動終了タイミングとを決定する。尚、ここでは、駆動開始タイミングは固定されているので、燃料噴射弁の駆動期間から直ちに駆動終了タイミングを決定することができる。もちろん、エンジンの運転条件に合わせて、駆動開始タイミングを変更することも可能である。
【0065】
吸気行程中は、シリンダ内で降下するピストン144に吸引されて、吸気バルブ132から吸入空気が流入してくるので、燃料噴射弁14から噴射された燃料噴霧は、吸入空気と混合しながら燃焼室内に流入する。また、吸入空気が勢いよく流入することに加えて、流入後もピストンが降下するために、吸入された空気と燃料噴霧は燃焼室内で攪拌されて、ピストンが下死点に達する頃には、燃料と空気とがほぼ均一に混ざり合った混合気が形成される。
【0066】
ピストン144が一番下まで下がりきったら、吸気バルブ132を閉じてピストン144を上昇させ、混合気を圧縮する。ピストンが下がりきった位置は、通常、下死点と呼ばれる。図9(b)は、こうしてピストン144を上昇させることによって混合気を圧縮している様子を概念的に示している。混合気は圧縮されて圧力が上昇するに従って温度も次第に高くなり、ピストンが上死点に達した付近でついには発火点に達して、混合気全体がほぼ同時に自着火する。換言すれば、低負荷条件時は、ピストン144による圧縮だけで自着火するような空気過剰率となるように、燃料噴射量と吸入空気量とが設定されている。本実施例では、低負荷条件で形成される混合気の空気過剰率は、1.2〜3付近の値に設定されている。尚、空気過剰率の値は、エンジンの圧縮比の設定によっても異なり、圧縮比が高くなるほど、空気過剰率の設定値も大きくなる。通常、実質的な圧縮比は11〜17の範囲から選択される。本実施例のガソリンエンジン10では、実質的な圧縮比は約14に設定されている。図9(c)は、こうしてピストンの上死点付近で、燃焼室内の混合気がほぼ同時に自着火している様子を概念的に示している。詳細には後述するが、予混合圧縮自着火燃焼方式では、このように燃焼室内で混合気を自着火させて、ほぼ同時に燃焼を開始させることにより、大気汚染物質の排出量と燃料消費量とを同時に且つ大幅に改善することが可能となっている。
【0067】
尚、ここでは、負荷の低い条件においても、燃焼室に設けられた燃料噴射弁14から燃料を噴射することによって混合気を形成するものとしたが、これに限らず、吸気通路12にも燃料噴射弁を設けておき、負荷の低いときには吸気通路内に設けた燃料噴射弁から燃料を噴射することとしても良い。こうすれば、吸気通路で燃料と空気とが混合するので、燃焼室内にはより均質な混合気を形成することが可能となる。こうした場合は、吸気バルブ132が閉じた後に燃料を噴射してやる。こうすれば、噴射された燃料が燃焼室内に吸入されるまでに、吸気通路内で混合気を形成する時間が確保され、より効果的に混合気を形成することができる。
【0068】
このように、予混合圧縮自着火燃焼方式では燃焼室内の混合気をほぼ同時に自着火させて燃焼させるために、エンジンの負荷が高くなると(大きなトルクを出力しようとすると)強いノックが発生してしまう。すなわち、大きなトルクを出力するために、燃焼室内に吸入される燃料量と空気量とを増加させると、それに伴って吸入完了時の燃焼室内の圧力は高くなる。この状態で吸気バルブ132を閉じてピストンを上昇させると、混合気は高い圧力から圧縮されることになるので、混合気の圧力および温度は、エンジンの負荷が低い場合よりも速やかに上昇し、圧縮行程中に自着火して強いノックが発生するのである。そこで、高負荷条件時においてもノックを発生させることなく予混合圧縮自着火燃焼させるために、エンジン10は、高負荷条件では次のような制御を行う。
【0069】
図10は、高負荷条件において混合気を圧縮自着火させて燃焼させる様子を概念的に示した説明図である。図10(a)は吸気行程においてピストン144の降下に伴って、燃焼室内に混合気が吸入される様子を概念的に示している。吸気行程中の動作は、前述した低負荷条件時の動作とほぼ同様である。但し、高負荷条件時ではノックの発生を回避するために、混合気の空気過剰率が大きな値に設定されている。混合気の空気過剰率を大きな値に設定しておけば、混合気が自着火し難くなるので、ピストンの上昇中に自着火することを回避することができる。
【0070】
ここで空気過剰率とは、混合気中に含まれる空気量と燃料量との割合を示す指標である。混合気中で空気量と燃料量との割合を示す指標として良く使用される空燃比は、燃料量に対する空気量の重量比によって空気量と燃料量との比率を表しているのに対して、空気過剰率は、空気と燃料とが過不足無く燃焼するような割合を基準として、空気量と燃料量との比率を表現する。空気過剰率が「1」とは、空気と燃料とが、互いに過不足無く燃焼するような比率で混合気に含まれていることを意味しており、空気過剰率が「2」とは、燃料を過不足無く燃やすために必要な割合の2倍の空気が混合気中に含まれていることを意味している。本実施例では、高負荷条件の時に、吸入行程中に形成する混合気の空気過剰率は、2〜3.5の範囲に設定されている。もちろん、ガソリンエンジン10の圧縮比の設定が高くなれば、空気過剰率の設定はより大きな値に変更される。
【0071】
こうしてピストン144を降下させながら燃焼室内に混合気を吸入し、ピストン144が一番下まで下がりきったら、吸気バルブ132を閉じてピストン144を上昇させて混合気を圧縮する。前述したように、混合気の空気過剰率は低負荷条件時よりも大きな値に設定されているので、高負荷条件であっても圧縮中に混合気が自着火することはない。この様に、ピストンによる圧縮だけでは自着火しない空気過剰率に設定されている混合気を自着火させるべく、圧縮行程中に追加の燃料噴霧を噴射する。
【0072】
図10(b)は、圧縮行程の半ば以降のタイミングで、燃料噴射弁14から追加の燃料噴霧を噴射している様子を概念的に示した説明図である。尚、図10(b)では燃焼室全域に粗いハッチングを付しているのは、燃焼室内には吸気行程中に噴射された燃料噴霧が混合気を形成していることを模式的に表したものである。燃料噴射量は、吸気行程中の燃料噴射と同様に、燃料噴射弁14の駆動期間を変更することで調整することができる。具体的には、図3に示したエンジン運転制御ルーチンのステップS106で求めておいた副燃料噴射量に基づいて、燃料噴射弁14の駆動期間を算出し、得られた駆動期間から駆動開始タイミングを決定する。本実施例では、圧縮行程での燃料噴射については、燃料噴射弁の駆動終了タイミングが固定されており、駆動期間から駆動開始タイミングを容易に決定することができる。尚、圧縮行程中に燃料を噴射する期間は、通常、圧縮上死点前90度から圧縮上死点前30度の範囲内で、より好ましくは、圧縮上死点前60度から圧縮上死点前30度の範囲内で、適切な期間に設定されることが多い。
【0073】
圧縮行程の後半で噴射された燃料噴霧は、ピストン144の頂面に衝突し、噴霧の方向を変える。図10(b)では、ピストン頂面に衝突している燃料噴霧を、細かなハッチングを付して表している。ピストン144の頂面は、図2を用いて前述した形状となっているので、衝突した燃料噴霧は効率よく点火プラグ136の近傍に導かれ、点火プラグ136の近傍に空気過剰率の小さな混合気を形成する。空気過剰率の小さな混合気を形成するための、ピストン頂面の働きについては後述する。
【0074】
高負荷条件時に、このようにして点火プラグ136の近傍に形成される混合気の空気過剰率は、1.3〜1.7の範囲から選択された適切な値に設定されている。換言すれば、エンジン運転制御ルーチンのステップS106で参照される副燃焼噴射量用のマップには、この様な空気過剰率の混合気が形成されるように、適切なマップ値が予め設定されている。尚、点火プラグ136の近傍に形成される混合気の空気過剰率は、2サイクル式の内燃機関でも、ほぼ同様の値を好適に適用することができる。
【0075】
尚、圧縮行程の後半に噴射した燃料噴霧は、噴射後、圧縮上死点までの比較的短い期間で混合気中に分散し、空気過剰率の小さな混合気を形成しなければならない。このため、できるだけ微粒化された燃料噴霧を噴射することができるように、燃料噴射弁14には、ホローコーン型(中空円錐型)の燃料噴射弁、フルコーン型(中実円錐型)の燃料噴射弁、あるいは多孔衝突型の燃料噴射弁などを好適に用いることができる。
【0076】
次いで、圧縮上死点付近の適切なタイミングで、点火プラグ136から火花を飛ばして、空気過剰率の小さな混合気に点火する。点火時期は、燃焼室内の広い範囲に亘って形成された空気過剰率の大きな混合気が適切なタイミング(代表的には、圧縮上死点BTDC)で自着火するように、エンジン回転速度Ne および目標出力トルクに対するマップとして予め設定されている。図10(c)は、点火プラグ136で点火する様子を概念的に示している。図中では、点火プラグ136の近傍に形成された空気過剰率の小さな混合気を、細かなハッチングを付して表している。この混合気は、空気過剰率が小さいため燃焼速度が速く、点火すると速やかに燃焼を完了する。その結果、燃焼による圧力で燃焼室内圧力が上昇し、燃焼室内の広い範囲に亘って形成されている空気過剰率の大きな混合気をほぼ同時に自着火させることができる。
【0077】
図11は、吸気行程中に噴射した燃料による空気過剰率の大きな混合気と、圧縮行程中に噴射した燃料による空気過剰率の小さな混合気とが、燃焼室内に形成されている様子を概念的に示している。図中で、空気過剰率の大きな混合気が形成されている領域は粗いハッチングを付して示されており、空気過剰率の小さな混合気が形成されている領域は細かいハッチングを付して示されている。空気過剰率の大きな混合気は燃焼速度が大きいので、点火すると速やかに燃焼して、周囲に形成されている空気過剰率の大きな混合気を圧縮する。図11で細かいハッチングを付した領域から周囲に向かって表示された黒い矢印は、空気過剰率の小さな混合気が燃焼して周辺にある空気過剰率の大きな混合気を圧縮している様子を概念的に示したものである。
【0078】
前述したように、エンジンの負荷が高い条件では、吸気行程中に噴射した燃料による混合気の空気過剰率は大きな値に設定されており、ピストン144により圧縮されただけでは自着火しないが、図11に示すように、圧縮行程中に噴射した燃料による混合気の燃焼に伴って更に圧縮されることにより、ついには自着火に至る。図12は、この様にして、燃焼室内の混合気が自着火する様子を概念的に示したものである。空気過剰率の小さな混合気が燃焼すると、燃焼室内全体の圧力を上昇させるから、周辺の混合気は一様に圧縮されてほぼ同時に自着火することになる。
【0079】
以上に説明したように、エンジンの負荷が高い条件では、吸気行程中に吸い込む混合気の空気過剰率を、ピストンで圧縮されただけでは自着火しない程度に大きな値に設定しておく。こうすることにより、高負荷条件においても圧縮中に混合気が自着火してノックが発生することを確実に回避することができる。そして、圧縮上死点付近で追加の燃料を噴射し燃焼させることで、ピストンによる圧縮だけでは自着火しないガソリンの混合気を更に圧縮して自着火させる。こうすれば、混合気に点火するタイミングを制御することによって、燃焼室内の混合気を適切な時期に自着火させることが可能となる。
【0080】
このように、本実施例のエンジン10では、低負荷条件だけでなく、高負荷条件においても混合気を圧縮自着火させることが可能である。こうして混合気を圧縮自着火させて燃焼させることにより、大気汚染物質の排出量と燃料消費量とを同時にしかも大幅に減少させることが可能となる。以下では、この理由について説明する。
【0081】
混合気を圧縮自着火燃焼させることにより、このような効果が得られる理由は、「等容度の向上」と、「空気過剰率の増加」、および「比熱の増加」の3つの要因によるものと考えられる。先ず、第1の要因である「等容度の向上」について説明する。内燃機関についてのサイクル論の教えるところによれば、ガソリンエンジンの効率は、ピストンが圧縮上死点のタイミングで、燃焼室内の全ての混合気が瞬間的に(すなわち無限小の時間で)燃焼した時に最高効率が得られる。もっとも、実際には燃焼室内の混合気を瞬間的に燃焼させることはできないが、燃焼室内の混合気を短時間で燃焼させる程、エンジンの効率を向上させることができる。等容度とは、全ての混合気の燃焼を如何に短時間で完了させたかを示す指標と考えることができる。等容度が高くなるほど、エンジンの効率は高くなる。
【0082】
予混合圧縮自着火燃焼方式では、混合気を圧縮して自着火させることにより、燃焼室内の混合気の燃焼をほぼ同時に開始することができる。その結果、全ての混合気の燃焼がほぼ同時に完了することになり、等容度を大きく向上させることができる。こうして等容度を向上させることができるので、エンジンの効率が改善されて、燃料消費量を大きく減少させることが可能となるのである。
【0083】
次に、予混合圧縮自着火燃焼方式が優れた特性を示す第2の要因である「空気過剰率の増加」について説明する。予混合圧縮自着火燃焼方式では混合気の空気過剰率の大きな混合気を燃焼させるので、2つのメカニズムにより大気汚染物質の排出量を低減させることができる。先ず一つめは、燃焼速度の低下によるものである。ここで言う燃焼速度とは、燃焼反応が進行する速度のことである。前述した等容度は、燃焼室内の全ての混合気を燃焼させるために要する時間に関係した指標であって、例えば、燃焼室の端から順々に混合気を燃焼させた場合には、如何に燃焼反応の速度(すなわち燃焼速度)が速くても全ての混合気を燃焼させるためには、ある程度の時間がかかってしまい、等容度は小さくなってしまう。このように、混合気の燃焼速度と、燃焼室内の全ての混合気を燃焼させるために要する時間とは明確に区別して考える必要がある。
【0084】
一般に、混合気の燃焼速度は空気過剰率に強く依存しており、空気過剰率「1」の付近で燃焼速度は最も速く、空気過剰率が大きくなるに連れて燃焼速度は遅くなる傾向がある。前述したように、予混合圧縮自着火燃焼方式では、空気過剰率の大きな混合気を燃焼させるので燃焼速度は小さくなっている。燃焼速度が小さくすることができれば、次の理由から、大気汚染物質である窒素酸化物の排出量を減少させることができる。
【0085】
排気ガス中に含まれる窒素酸化物は、その大部分が空気中に含まれる窒素分子と酸素分子とが、燃焼による熱の影響で反応することにより発生すると考えられている。すなわち、窒素分子は安定な化合物であることから、かなりの高温に晒されて初めて酸素と反応して窒素酸化物を生成するものと考えられている。ここで、燃焼速度が低く、従って混合気がゆっくりと燃焼する場合は、燃焼によって発生した熱の多くは周囲に伝わり、残った熱が、燃焼している部分の混合気の温度を上昇させる。特に、エンジンの燃焼室内に形成された混合気には、「乱れ」と呼ばれる微細な流動が残存しており、この乱れの影響で燃焼熱は周囲にどんどん拡散していく。これに対して、燃焼速度が高い場合には、燃焼によって発生した熱が拡散する暇もなく燃焼が完了するので、混合気中で正に燃焼している部分が極めて高温となる。空気中には窒素分子が多量に含まれているので、僅かな時間でも高温に達すると、窒素分子が酸素と反応して窒素酸化物が発生する。しかし、窒素分子が酸素と反応する温度に達しなければ、窒素酸化物はほとんど発生することはない。
【0086】
予混合圧縮自着火燃焼方式では、空気過剰率の大きな混合気を燃焼させるので、燃焼速度が低くなっており、燃焼している領域での温度が低くなっている。このため、上述した理由から、窒素酸化物をほとんど発生させずに混合気を燃焼させることができるのである。
【0087】
また、予混合圧縮自着火燃焼方式では、空気過剰率の大きな混合気を燃焼させているために、原理的には次のようなメカニズムによって、大気汚染物質である一酸化炭素や炭化水素などの排出量を大きく低減させることができる。
【0088】
一酸化炭素や炭化水素などの大気汚染物質は、燃料に対して酸素が不足している条件で燃焼させたときに、燃料が酸素と十分に反応できないまま排出されたものと考えることができる。予混合圧縮自着火燃焼方式では、空気過剰率の大きな混合気を燃焼させるので、燃料に対して酸素が十分に存在している条件で燃焼させることができる。このため原理的には、一酸化炭素や炭化水素などの排出量を大幅に減少させることが可能となるのである。
【0089】
最後に、予混合圧縮自着火燃焼方式が優れた特性を示す第3の要因である「比熱に増加」について説明する。この要因も、空気過剰率の大きな混合気を燃焼させていることに密接に関係している。空気過剰率が「1」より小さな混合気を燃焼させた場合、燃料に対して十分な酸素が存在しないために、燃料は二酸化炭素や水の状態まで酸化されずに、一酸化炭素あるいは水素の状態で反応が止まってしまう。また、例え混合気全体では空気過剰率が「1」を超えている場合でも、燃料の濃度には多少のばらつきがあるために、局所的には酸素が不足している領域が発生し、一酸化炭素や水素が発生する。これに対して予混合圧縮自着火燃焼方式では、空気過剰率が十分に大きな混合気を燃焼させているので、燃料は二酸化炭素および水蒸気の状態まで完全に酸化される。
【0090】
ここで、二酸化炭素や水蒸気は3つの原子が集まって形成された三原子分子であるのに対し、一酸化炭素や水素分子は2つの原子が集まって形成された二原子分子である。統計熱力学の教えるところによれば、三原子分子は二原子分子よりも比熱の値が大きく、従って、三原子分子の方が温度が上昇し難いと言える。このことから、予混合圧縮自着火燃焼方式では、空気過剰率の大きな混合気を燃焼させるので、三原子分子である二酸化炭素や水蒸気の割合が高い分だけ比熱が大きくなる。その結果、燃焼温度が抑制されて、窒素酸化物の排出量が大きく減少しているものと考えられる。
【0091】
本実施例のエンジン10は、エンジンの負荷の高い条件では、燃焼室の一部に形成した空気過剰率の小さな(燃料濃度の濃い)混合気を燃焼させ、このときの圧力上昇によって、残余の領域に形成されている空気過剰率の大きな混合気を圧縮自着火させる。従って、エンジンの負荷にかかわらず混合気を予混合圧縮自着火させて燃焼させることが可能となり、大気汚染物質の排出量と燃料消費量とを同時にしかも大幅に減少させることができるのである。
【0092】
もっとも、エンジン負荷の低い条件では、燃焼室内の全ての混合気を圧縮自着火させているのに対して、負荷の高い条件では、全ての混合気を圧縮自着火させているわけではない。すなわち、一部の混合気については火花で点火することによって燃焼させているので、低負荷条件の場合に比べれば、多少は効果が目減りする。高負荷条件においても、低負荷条件時と同様に大きな効果を得るためには、火花を飛ばして燃焼させる混合気の割合を小さくしてやればよい。そのためには、圧縮行程中に噴射した燃料をあまり広い範囲に拡散させずに、点火プラグ136の近傍に効率よく混合気を形成してやればよい。こうすれば、圧縮行程中に僅かな燃料を噴射するだけで、点火プラグ136近傍の混合気に確実に点火して残余の混合気を確実に圧縮自着火させることができ、その結果、高負荷条件においても大気汚染物質の排出量と燃料消費量とを、低負荷条件とほぼ同程度まで減少させることが可能である。本実施例のエンジン10では、ピストン頂面形状を図2に示した形状とすることによって、高負荷条件においても大気汚染物質の排出量および燃料消費量の低減を図っている。以下、こうしたピストン頂面形状の作用について説明する。
【0093】
A−4.ピストン頂面形状の作用:
図13は、圧縮行程中に燃焼室内に噴射された燃料が、ピストン頂面形状の作用によって、点火プラグ136の近傍に混合気を形成する様子を示した説明図である。図13(a)は、クランク角度が圧縮上死点前40度のタイミングで、燃料噴射弁14から燃料噴霧154を噴射している様子を示している。図2を用いて前述したように、ピストン144の頂面には第1の凹部143と、第2の凹部145と、案内溝147とからなる凹部が形成されており、噴射された燃料噴霧154はこの凹部内に衝突する。
【0094】
図13(b)は、ピストン144の頂面をシリンダヘッド130側から見た様子を示す説明図である。ピストン位置は、図13(a)と同じくクランク角度が圧縮上死点前40度のタイミングである。図13(b)には、噴射された燃料噴霧154が、ピストン頂面の凹部に衝突する箇所にハッチングを付して表示している。図示するように、噴射された全ての燃料噴霧154は、ピストン頂面に形成された第1の凹部143あるいは案内溝147内に入る。燃料噴霧154は、自身の慣性によって案内溝147内を第2の凹部145に向かって進行していく。図13(b)では、燃料噴霧が慣性によって案内溝147内を進行していく様子を、矢印を用いて模式的に表している。燃料噴霧154は、案内溝147内を第2の凹部145に向かって進行している間に、気化および周囲の混合気と混合して混合気を形成する。そして、ピストン144が圧縮上死点に達する頃には、大部分の燃料噴霧が第2の凹部145内に達して混合気を形成する。第2の凹部145は、点火プラグ136と対向する位置に設けられているので、点火プラグ136から火花を飛ばしてやれば、こうして形成した混合気に確実に点火することができる。こうすれば、圧縮行程中に噴射した燃料噴霧を点火プラグ136の近傍に導いて、効率よく混合気を形成することができるので、圧縮行程中に噴射する燃料は僅かな燃料とすることができる。
【0095】
また、第2の凹部145は第1の凹部143より小さく形成されているために、噴霧角の広い燃料噴射弁14を用いた場合でも、燃料噴霧を点火プラグ136の近傍に集めて効率よく混合気を形成することができる。前述したように、圧縮行程中に燃料を噴射した場合、圧縮上死点までの比較的短い期間で混合気中に分散させて混合気を形成する必要があるので、噴霧角の広い燃料噴射弁が適しているが、こうした噴射弁を用いた場合でも点火プラグ136の近傍に効率よく混合気を形成することができる。
【0096】
更に、図13(a)に示すように、案内溝147の側壁は、第1の凹部143から第2の凹部145に向かって高くなっている。このため、案内溝147内を進行する燃料噴霧が拡散した場合でも、案内溝147から溢れ出すことを抑制することができる。従って、燃料噴霧を第2の凹部145に導いて、点火プラグ136の近傍に効率よく混合気を形成することができるので、圧縮行程中に噴射する燃料は僅かな燃料とすることができる。
【0097】
こうしたピストン頂面に形成する第1の凹部143、あるいは該第1の凹部143に続く案内溝147の大きさとしては、圧縮行程中に噴射した燃料噴霧の全てを受け入れることができる大きさであることが望ましい。とは言え、不必要に大きくしたのでは、燃料噴霧を効果的に集めることができなくなり、却って弊害が生じることも考えられる。ピストン頂面に形成する凹部の大きさは、燃料噴射弁14の噴霧角とも関係し、経験上、圧縮上死点前40度のタイミングで噴射した燃料噴霧をちょうど全て受け入れるような大きさとしておけばよい。この様な大きさとした場合、より早いタイミングで燃料を噴射した場合は、噴霧の一部がはみ出ることになる。図13(c)は、一例として、圧縮上死点前50度のタイミングで噴射した燃料噴霧が、ピストン頂面の第1の凹部143および案内溝147に衝突する箇所を示している。燃料噴射弁14から噴射される燃料噴霧は、噴霧角と呼ばれる所定の広がりを有しているので、ピストンが低い位置では噴霧の衝突する位置が広がり、一部の噴霧が第1の凹部143、あるいは案内溝147からはみ出てしまう。図中では、燃料噴霧がはみ出ている部分を、黒い矢印で示している。
【0098】
実際には、圧縮行程中に燃料を噴射するタイミングは、エンジンによって、あるいは運転条件によって種々のタイミングとなり得るが、ピストン頂面に形成された凹部の大きさをこの様な大きさとしておけば、どのようなタイミングで燃料が噴射された場合でも、点火プラグ136の近傍に効率よく混合気を形成することが可能となる。
【0099】
A−5.変形例:
第1実施例には、種々の変形例が存在する。以下では、これら変形例について簡単に説明する。
【0100】
(1)第1の変形例:
上述した第1実施例においては、第2の凹部145は第1の凹部143より小さな凹部として形成されているものとした。しかし、第2の凹部145は、必ずしも第1の凹部143より小さな凹部とする必要はない。図14は、こうした第1の変形例のピストン頂面形状を示している。図示されているように、第1の変形例においても第2の凹部145は、ピストン頂面の点火プラグ136に対向する位置に設けられている。このため、燃料噴射弁14から噴射された燃料噴霧は、第1の凹部143内に衝突した後、案内溝147内を進行しながら、気化および周囲の混合気と混ざり合い、第2の凹部145に至るまでの間に混合気を形成する。その結果、圧縮行程中に噴射して燃料を第2の凹部145に導いて、点火プラグ136近傍に効率よく混合気を形成することができるので、圧縮行程中に噴射する燃料は僅かな燃料とすることができる。
【0101】
(2)第2の変形例:
また、点火プラグは、いわゆる突き出しプラグと呼ばれるタイプの点火プラグを好適に適用することができる。突き出しプラグとは、中心電極が通常の点火プラグよりも長くなっている点火プラグである。図14(a)には、シリンダヘッド130に、こうした突き出しプラグ236が装着されている様子を概念的に示している。突き出しプラグ236を用いれば、点火プラグで火花を飛ばすためのギャップを、第2の凹部145に近づけることができるので、該第2の凹部内に形成された混合気に、より確実に点火することが可能となる。
【0102】
(3)第3の変形例:
上述した第1実施例においては、いわゆる容量放電型の点火装置(CDI)を好適に適用することもできる。図15(a)は、容量放電型点火装置の構成を概念的に示した説明図である。容量放電型の点火装置は、大まかには、トランスTと、トランスTの一次側に並列に設けられたコンデンサCと、コンデンサCに電圧を印加するバッテリBと、コンデンサCとトランスTとの間に設けられたサイリスタSなどから構成されている。点火プラグ136は、トランスTの二次側に接続される。サイリスタSは、ECU30からの信号を受け取ると「ON」状態となり、この結果、コンデンサCに蓄えられていた電荷がトランスの一次側に一気に流れ込む。すると、トランスの二次側には電磁誘導作用によって高い電圧が発生する。この電圧を点火プラグ136に導けば、点火プラグ136から火花を飛ばすことができる。容量放電型の点火装置は、トランスTの一次側コイルの巻き線を少なくすることができるので、他の方式の点火装置に比べて、二次側電圧の上昇速度を速くすることができる。
【0103】
図15(b)は、点火プラグ136に印加される電圧の変化を概念的に示した説明図である。図中で実線で示している波形が容量放電型の点火装置(CDI)による電圧波形であり、破線で示している波形が通常の点火装置による電圧波形である。図示されているように、ECUからの点火信号が入力された後、容量放電型の点火装置では、電圧波形が速やかに立ち上がるので、通常の点火装置に比べて早くブレイク電圧に達する。ブレイク電圧とは、点火プラグのギャップ間で、絶縁状態が破壊されて火花が発生する電圧である。また、図示されているように、容量放電型の点火装置では、通常の点火装置に比べて放電時間も短くなっている。このように、容量放電型の点火装置を採用すれば、ECU30からの点火信号を受け取った後、速やかに点火することができる。しかも、短い放電時間に一気に電力を投入するために、混合気に確実に点火することができる。その結果、点火プラグ近傍の混合気の着火ばらつきが減少するので、周辺に形成されている空気過剰率の大きな混合気を、安定したタイミングで確実に圧縮自着火させることが可能となる。
【0104】
(4)第4の変形例:
上述した第1実施例においては、もっぱらピストン頂面に凹部を設けることとしていたが、シリンダヘッド130側にも凹部を設けてもよい。図16は、こうした第4の変形例のエンジンの構造を概念的に示した説明図である。図16(a)は燃焼室の断面構造を示し、図16(b)はシリンダヘッド130側の燃焼室を、ピストン144側から見た説明図である。図中では、ピストン頂面に形成された第1の凹部143および第2の凹部145、案内溝147との位置関係を示すために、これらを細い破線で表示している。図16(a)および図16(b)に示されているように、第4の変形例のシリンダヘッド130には、燃焼室のほぼ中央付近に第3の凹部149が設けられている。また、点火プラグ136は該第3の凹部149の中に設けられている。
【0105】
この様な構成を有する第4の変形例においては、前述した各種実施例と同様に、圧縮行程中に燃料噴射弁14から噴射された燃料噴霧は、ピストン頂面に形成された第1の凹部143に衝突した後、案内溝147を第2の凹部145に向かって移動する。燃料噴霧の移動中もピストン144は上昇を続け、燃料噴霧が第2の凹部145に到達する頃には、ピストン144はほぼ上死点に達する。第4の変形例では、シリンダヘッド130側にも第3の凹部149が設けられているので、第2の凹部145に流入した混合気はシリンダヘッド側に設けられた第3の凹部149にそのまま流入する。すなわち、圧縮行程中に噴射された燃料は、ピストン頂面に形成された第2の凹部145と、シリンダヘッド130側に形成された第3の凹部149との間の領域に閉じこめられて、結局、点火プラグ136の近傍に効率よく混合気を形成することになる。こうして形成された混合気に点火してやれば、圧縮行程中に噴射する燃料が僅かな燃料であっても確実に点火することができ、その結果、燃焼室内の混合気を確実に圧縮自着火させることが可能となる。
【0106】
(5)第5の変形例:
ピストン頂面に形成された第2の凹部145あるいは案内溝147に、これら凹部から混合気が溢れ出ることを防止するための反り返し部を設けることとしても良い。図17は、こうした反り返し部が設けられた第5の変形例のピストン頂面形状を示した説明図である。図17(a)は、シリンダヘッド130側から見たピストン頂面形状を示しており、また、図17(b)は案内溝147の断面形状を示している。
【0107】
図17に例示した第5の変形例のピストン144では、案内溝147の開口部付近に反り返し部147aが設けられており、燃焼室への開口部が狭くなっている。このため、燃料噴射弁14から噴射された燃料噴霧が、案内溝147を移動している間に広がって、案内溝147から溢れ出てしまうことを効果的に抑制することができる。また、こうした反り返り部は、第2の凹部145にも設けられているので、燃料噴霧が第2の凹部145まで移動した後も、該第2の凹部145内から溢れ出ることを効果的に抑制することができる。その結果、圧縮行程中に僅かな燃料を噴射するだけで、点火プラグの近傍に効果的に混合気を形成することが可能となる。
【0108】
尚、図17に示した例では、第2の凹部145の全周と該第2の凹部に続く案内溝147の一部とに、こうした反り返り部が設けられているが、これに限らず、第2の凹部145あるいは案内溝147の少なくとも一部に設けることとしても良い。反り返し部が一部に設けられているだけでも、その部分から燃料噴霧あるいは混合気が溢れ出ることを効果的に抑制することが可能である。
【0109】
(6)第6の変形例:
あるいは、第1の凹部143、第2の凹部145、案内溝147が形成されたピストン頂面に、断熱層と蓄熱層とを設けることとしても良い。図18は、こうした第6の変形例のピストン244の構造を示す説明図である。図18(a)はピストンの頂面形状を示す上面図であり、図18(b)は断面図である。
【0110】
図示されているように、第6の変形例のピストン244は、第1の凹部143、第2の凹部145、案内溝147の上に断熱層240が形成され、その上に蓄熱層242が形成されている。断熱層240は、ピストン基材の上に溶射されたセラミックス層であり、蓄熱層242は、銀あるいは金などの熱伝導性の高い材料を溶射して形成されている。
【0111】
こうした構造を有する第6の変形例のピストン244を用いた場合、圧縮行程中に噴射された燃料噴霧は、第1の凹部143から第2の凹部145に向かって案内溝147を移動している間に、蓄熱層242からの熱伝導によって気化されるので、第2の凹部145内に効率よく混合気を形成することができる。また、蓄熱層242とピストン基材との間には断熱層240が設けられているので、混合気の燃焼熱はピストン基材に逃げることなく蓄熱層242に蓄えられる。更には、圧縮行程では断熱圧縮による混合気の温度が上昇するので、このときにも混合気から蓄熱層242に熱が流れ込んで蓄えられる。こうして熱が蓄えられた蓄熱層242に燃料噴射弁14から燃料噴霧を噴射してやることで、燃料を効果的に気化させて、効率よく混合気を形成することが可能となるので好適である。
【0112】
(7)その他の変形例:
上述した各種実施例では、点火時期は予め設定されているものとして説明したが、混合気の燃焼状態を診断することにより、点火時期を調整することも可能である。混合気の燃焼状態は、次のように各種の方法によって診断することができる。
【0113】
先ず、排気ガス中の窒素酸化物の濃度を検出することで、混合気の燃焼状態を診断することができる。窒素酸化物の濃度は、排気通路16に設けたNOxセンサ21の出力に基づいて検出することができる。点火時期が早過ぎた場合は、圧縮行程中に燃焼室内の混合気が自着火してしまい、燃焼して高温になった燃焼ガスを更に断熱圧縮することになるので、燃焼ガス温度が更に高くなって窒素酸化物の濃度が増加する。従って、この様な場合には、点火時期を遅らせることによって窒素酸化物の濃度を減少させ、適切な点火時期とすることができる。
【0114】
また点火時期が早過ぎる場合は、圧縮行程中に自着火が発生することから、ノックが発生する。従って、ノックの発生を検出した場合には、点火時期を遅らせることとしても良い。ノックの発生は、シリンダブロック140に設けたノックセンサ25の出力に基づいて検出することができる。あるいは、圧力センサ23を用いて燃焼室内の圧力を検出し、この圧力を解析することによってもノックを検出することができる。例えば、燃焼室内圧力の上昇速度を算出して、圧力上昇速度が所定値を超えた場合にはノックが発生していると判断することができる。こうしてノックを検出した場合には、点火時期を遅らせることによってノックの発生を速やかに回避することができる。
【0115】
B.第2実施例:
上述した第1実施例では、エンジン10は4サイクル式のエンジンであるものとして説明したが、本発明は4サイクル式のエンジンに限らず他の方式のエンジンに適用することも可能である。特に、2サイクル式のエンジンでは、後述するように、燃焼と混合気形成とが連続して行われる。このため、燃焼中に発生した中間生成物(いわゆるラジカル)や高温の排気ガスを、続くサイクルの燃焼に利用することができるので、圧縮比をさほど高く設定しなくても、比較的容易に混合気を自着火させることが可能である。また、4サイクル式のエンジンはクランクシャフトが2回転する度に1回の割合で混合気を燃焼させるが、2サイクル式のエンジンはクランクシャフトが1回転する度に混合気を燃焼させるので、同じエンジン回転速度であれば、4サイクル式のエンジンの2倍のトルクを発生させることができる。このため、低負荷条件でも広いトルク範囲をカバーすることができるという利点も得られる。以下では、第2実施例として、こうした2サイクルエンジンに適用した場合について説明する。
【0116】
B−1.装置構成:
図19は、第2実施例の2サイクル式のエンジン300の構成を概念的に示した説明図である。2サイクル式のエンジンも、燃焼室内で混合気を燃焼させて、そのときに発生する燃焼熱を機械的仕事に変換して動力として出力する。第2実施例のエンジン300の構造は、前述した第1実施例のエンジン10とほぼ同様であるが、過給器50が設けられている点が大きく異なっている。過給器50は、排気通路16に設けられたタービン52と、吸気通路12内に設けられたコンプレッサ54と、タービン52とコンプレッサ54とを連結するシャフト56などから構成されている。燃焼室から勢いよく排出された排気ガスが、排気通路16を通過する際にタービン52を回転させると、シャフト56を介してコンプレッサ54が駆動され、吸気通路12の吸入空気を加圧することが可能となっている。また、第2実施例のエンジン300では、吸気通路12にインタークーラ62およびサージタンク60も設けられている。インタークーラ62は、コンプレッサ54によって加圧されて温度が上昇した吸入空気を冷却する機能を有している。また、サージタンク60は、吸入空気が燃焼室内に吸い込まれる際に発生する圧力波を緩和させる機能を有している。
【0117】
こうした構成を有する第2実施例のガソリンエンジン300は、2サイクル式のガソリンエンジンであり、あまり負荷を上げなくても比較的大きなトルクを出力することができる。すなわち、要求されるトルクが比較的大きな場合でも、前述した予混合圧縮自着火燃焼方式と同様の燃焼形態で運転することができる。とは言え、あまり大きなトルクを出力しようとすると、4サイクル式のエンジンと同様に強いノッキングが発生してしまう。このことから、圧縮自着火燃焼方式を適用した第2実施例のガソリンエンジン300においても、第1実施例と同様に、低負荷条件用の制御と高負荷条件用の制御とを、エンジンの負荷に応じて切り換える。具体的には、ECU30のRAMには、図4に示すように、エンジン回転速度と目標出力トルクとをパラメータとするマップとして、適切な制御方法が記憶されており、このマップを参照することにより、低負荷条件用の制御と高負荷条件用の制御とを切り換えている。
【0118】
B−2.第2実施例における混合気の燃焼制御:
図20は、第2実施例のエンジン300の低負荷条件時における動作を概念的に示した説明図である。前述した4サイクル式のガソリンエンジンとは異なり、2サイクル式のガソリンエンジンは掃気行程と呼ばれる独特な行程を有している。更に、2サイクルエンジンは、クランクシャフトが1回転する間に全ての行程を一巡する点でも4サイクルエンジンとは異なっている。そこで、理解の便宜を図るため、第2実施例のガソリンエンジン300の動作を説明する準備として、一般的な2サイクル式ガソリンエンジンの動作について、図20を参照しながら簡単に説明しておく。
【0119】
図20(a)〜(f)には、2サイクルエンジンの膨張行程、排気行程、掃気行程、吸気行程、圧縮行程のそれぞれの行程が概念的に示されている。2サイクルエンジンでは、シリンダ142内でピストン144を上下動させながら、吸気バルブ132および排気バルブ134の2つのバルブを適切なタイミングで開閉させることにより、これらの行程を次々と切り換えていく。また、図21には、ピストンの動きに合わせて吸気バルブあるいは排気バルブを開閉させるタイミングが模式的に表示されている。
【0120】
説明の都合上、点火プラグ136で混合気に点火して、燃焼室内の混合気を燃焼させた状態から説明する。混合気を燃焼させると、燃焼室内には高圧の燃焼ガスが発生してピストンを押し下げようとする。図20(a)に示すように膨張行程では、ピストンを降下させながら、燃焼室内で発生した圧力をトルクに変換して動力として出力する。
【0121】
ピストンがある程度まで降下したら、適切なタイミングで排気バルブを開いてやる。燃焼室内には、燃焼ガスが未だ高い圧力のまま閉じこめられているから、ピストンの降下中でも、排気バルブを開くことにより燃焼ガスを排出させることができる。図20(b)は、ピストンの降下中に排気バルブを開いて、排気ガスを排出している様子を概念的に示している。
【0122】
燃焼ガスの排出に伴って、燃焼室内の圧力は次第に低下して燃焼ガスを効果的に排出することができなくなるので、適切なタイミングで吸気バルブを開いてやる。過給器によって吸気通路内は加圧されているので、吸気バルブを開くと加圧された空気が流入し、燃焼室内に残っている燃焼ガスを押し出すようにして排気バルブから排出させる。図20(c)は、このように加圧された空気によって燃焼室内の燃焼ガスが排出される様子を概念的に表している。図中でハッチングが付されている部分は、燃焼ガスが残存している領域を示している。また、ハッチングを付されていない部分は、吸入空気が流入した領域を表している。このように、吸入空気で押し出すようにして燃焼室内から燃焼ガスを排出させる動作は「掃気」と呼ばれる。また、掃気を行う行程は掃気行程と呼ばれる。
【0123】
2サイクルエンジンでは、吸気通路内が加圧されているので、ピストンが下死点を過ぎて上昇に転じても、なお燃焼室内の燃焼ガスを掃気することができる。図20(d)は、掃気行程の後半にピストンを上昇させながら、燃焼室内を掃気している様子を概念的に示している。
【0124】
尚、図20では、燃料噴射弁は、燃料噴霧を燃焼室内に直接噴射可能な位置に設けられており、また、吸気バルブからは空気のみが流入するように示されている。しかしこれは、図20が、第2実施例のガソリンエンジン300の低負荷条件時の動作を示しているためであり、一般的な2サイクル式ガソリンエンジンでは、燃料噴射弁は吸気ポートに設けられ、吸気バルブからは空気とともに燃料噴霧が流入する。
【0125】
掃気によって燃焼室内から燃焼ガスがほぼ排出されたタイミングを見計らって、図20(e)に示すように、排気バルブを閉じてやる。その結果、燃焼室内の圧力が吸気通路内の圧力に達するまで、吸気バルブから吸入空気(通常の2サイクルエンジンでは混合気)が流入する。燃焼室内圧力が吸気通路内の圧力に達したタイミングを見計らって、吸気バルブを閉じ、ピストンを上昇させて燃焼室内の混合気を圧縮する。図20(f)はピストンを上昇させて燃焼室内の混合気を圧縮している様子を概念的に示している。そして、ピストンの上死点付近の所定のタイミングで点火プラグから火花を飛ばして、圧縮した混合気に点火する。それ以降は、図20(a)に示す状態に戻って、同様の動作を繰り返す。
【0126】
以上の説明を踏まえて、第2実施例のガソリンエンジン300の低負荷条件時における動作を説明する。第2実施例のガソリンエンジン300では、燃料噴射弁14は、吸気ポートの下方に設けられている。膨張行程(図20(a)参照)、および排気行程(図20(b)参照)の動作については、第2実施例のガソリンエンジン300も、上述した一般的な2サイクルエンジンの動作と同様である。
【0127】
排気バルブから燃焼ガスがある程度流出したタイミングで、図20(c)に示すように吸気バルブ132を開いて、吸気ポートから空気を流入させる。図19に示したように吸気通路12内の空気は過給器50によって所定圧力に加圧されているので、こうして吸気バルブ132を開いてやることで、燃焼室内の燃焼ガスを掃気することができる。尚、第2実施例のエンジン300では、図21に示すようにピストンの下死点(BDC)前、約30°のタイミングで、吸気バルブを開いている。
【0128】
掃気を続けながら、ピストンが上昇に転じた付近の所定のタイミングで、燃料噴射弁14から燃焼室内に燃料噴霧を噴射する。図20(d)は、掃気行程の後期に、燃料噴霧を噴射している様子を概念的に示している。掃気行程も後半になれば、程なく排気バルブ134は閉じられるので、この近辺のタイミングで燃料噴霧を噴射してやれば、噴射した燃料噴霧が排気バルブから排出されることがない。図21に示されているように、第2実施例では、燃料噴霧の噴射期間はピストンの下死点(BDC)付近から排気バルブが閉じる直前までの期間、具体的には、掃気行程の下死点前20度から下死点後60度の範囲内で設定された適切な期間に設定されている。
【0129】
燃料を噴射後、所定のタイミングで排気バルブ134を閉じた後は、図20(e)に示すように、吸気バルブ132から加圧された空気が燃焼室内に流入する。排気バルブ134を閉じるタイミングは、ピストンの下死点(BDC)後、約20°〜約50°の範囲で好適に設定することができる(図21参照)。掃気行程の後半で噴射された燃料噴霧は、吸入空気の流れによって、燃焼室内に分散され、吸入空気と混合する。そして、所定のタイミングで吸気バルブ132を閉じてやると、それ以降は、ピストンの上昇とともに燃焼室内の混合気が圧縮される。吸気バルブ132が開いている間は、ピストンが上昇しても燃焼室内の混合気を圧縮することはできない。このことから、2サイクルエンジンにおいては、吸気バルブ132を閉じるタイミングが混合気の実質的な圧縮比を決定することになる。第2実施例の2サイクルエンジンにおいては、吸気バルブ132を閉じるタイミングは、図21に示すようにピストンの下死点(BDC)後、約60°に設定されている。吸気バルブ132を閉じるタイミングは、代表的には約50°〜約70°の範囲で好適に設定することができる。
【0130】
適切なタイミングで吸気バルブ132を閉じた後、ピストン144を上昇していくと、図20(f)に示すように、燃焼室内で混合気が圧縮され、ピストンの上死点付近で自着火する。その結果、燃焼室内に形成された混合気を速やかに燃焼させることができる。
【0131】
圧縮自着火燃焼方式を適用した第2実施例のガソリンエンジン300は、低負荷条件では、以上のようにして、空気過剰率の大きな混合気を圧縮自着火させる。こうすれば、前述した予混合圧縮自着火燃焼方式と同様の形態で混合気を燃焼させることができるので、大気汚染物質の排出量および燃料消費量を同時にしかも大幅に低減させることができる。
【0132】
尚、ここでは、負荷の低い条件においても、燃焼室に設けられた燃料噴射弁14から燃料を噴射することによって混合気を形成するものとしたが、これに限らず、吸気通路12にも燃料噴射弁を設けておき、負荷の低いときには吸気通路内に設けた燃料噴射弁から燃料を噴射することとしても良い。
【0133】
第1実施例で説明したように、混合気を圧縮自着火させながら燃焼させる方式では、負荷が高くなるとノックが発生し易くなる。そこで、エンジン負荷が高い条件では、ノックを発生させることなく混合気を圧縮自着火させるために、次のようにしてエンジン300を運転する。
【0134】
図22は、2サイクル式のエンジン300が高負荷条件において混合気を圧縮自着火させる様子を概念的に示す説明図である。図22(a)は、掃気行程の後期に燃料を噴射している様子を示している。こうして、噴射された燃料噴霧は吸入空気の流れに乗って拡散し、混合気を形成する。高負荷条件時に形成される混合気は、ピストンによる圧縮だけでは自着火しないように、低負荷条件時よりも空気過剰率が大きな値(代表的には、空気過剰率2〜3.5)に設定されている。
【0135】
次いで、ピストンを上昇させて燃焼室内の混合気を圧縮し、所定のタイミングで燃料噴射弁14から燃焼室内に追加の燃料噴霧を噴射する。追加の燃料を噴射するタイミングは、一般的には、圧縮行程中の上死点前60度から上死点前20度の範囲内で適切な期間に設定される。第2実施例では、図21に示されているように、ピストンの上死点(TDC)前、約50°付近で追加の燃料噴霧を噴射している。図22(b)は、こうして追加の燃料噴霧を噴射している様子を概念的に示している。図中では、追加で噴射された燃料噴霧は細かいハッチングを付して表している。また、粗いハッチングは、掃気行程の後半で噴射された燃料噴霧による混合気を示している。図示されているように、噴射された燃料噴霧はピストン頂面に衝突し、頂面形状に導かれるようにして点火プラグ136の近傍に運ばれる。前述した第1実施例と同様に、第2実施例のピストン144の頂面にも、第1の凹部143,第2の凹部145、これら2つの凹部を繋ぐ案内溝147が形成されている。従って、噴射された燃料噴霧は、案内溝147内を、第1の凹部143から第2の凹部145に向かって移動しながら、混合気を形成する。その結果、圧縮上死点付近のタイミングでは、点火プラグ136の近傍に効率よく混合気を形成することができる。
【0136】
こうして点火プラグ136の近傍に形成された混合気に、圧縮上死点付近の適切なタイミングで火花を飛ばして点火してやる。点火プラグ近傍に形成された混合気は空気過剰率が小さな値に設定されているので、点火後、速やかに燃焼を完了して燃焼室内圧力を上昇させる。掃気行程中に噴射した燃料によって形成された混合気は、前述したように空気過剰率が大きな値に設定されており、ピストンによって圧縮されただけでは自着火することはないが、点火プラグ近傍の混合気が燃焼したことによって圧縮される結果、温度が上昇し、ついには発火点に達して自着火に至る。
【0137】
以上に説明したように、第2実施例のエンジン300においても、高負荷運転時にはノックの発生を避けるために、圧縮行程中に追加の燃料を噴射して点火プラグ136の近傍に空気過剰率の小さめな混合気を形成し、この混合気に点火することによって、燃焼室内の空気過剰率の大きな混合気を圧縮自着火させる。従って、圧縮行程中に噴射する燃料が少なくなるほど、高負荷運転時に排出される大気汚染物質あるいは燃料消費量を少なくすることができる。第2実施例のエンジン300では、ピストン頂面に第1の凹部143、第2の凹部145、これら2つの凹部を繋ぐ案内溝147を設けることにより、圧縮行程中に噴射した燃料を点火プラグ136の近傍に導いて、効率よく混合気を形成することができる。このため、圧縮行程中に僅かな燃料を噴射しただけで、燃焼室内の混合気を確実に圧縮して自着火させることが可能となり、延いては、大気汚染物質の排出量と燃料消費量とを同時に抑制することが可能となる。
【0138】
以上、各種の実施例について説明してきたが、本発明は上記すべての実施例に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様で実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】予混合圧縮自着火燃焼方式を適用した第1実施例のエンジン10の構造を概念的に示した説明図である。
【図2】第1実施例のエンジンの燃焼室の構造を概念的に示す説明図である。
【図3】エンジン運転制御ルーチンの流れを示すフローチャートである。
【図4】エンジン回転速度と目標出力トルクとの組合せに応じて、低負荷条件あるいは高負荷条件のいずれの制御を行うかがマップの形式で記憶されている様子を概念的に示した説明図である。
【図5】低負荷条件用のマップに燃料噴射量と吸入空気量が設定されている様子を概念的に示した説明図である。
【図6】予混合圧縮自着火燃焼方式において、混合気を形成するための基本的な考え方を概念的に示したブロック図である。
【図7】高負荷条件用のマップに主燃料噴射量と副燃料噴射量と吸入空気量とが設定されている様子を概念的に示した説明図である。
【図8】吸気バルブおよび排気バルブの開閉時期、燃料の噴射タイミング、点火タイミングの関係を概念的に示した説明図である。
【図9】低負荷条件において混合気を圧縮自着火させて燃焼させる様子を概念的に示した説明図である。
【図10】高負荷条件において混合気を圧縮自着火させて燃焼させる様子を概念的に示した説明図である。
【図11】燃焼室内で一部の混合気に点火することで、残余の混合気が圧縮される様子を概念的に示した説明図である。
【図12】一部の混合気の燃焼によって残余の混合気が圧縮されて自着火した様子を概念的に示した説明図である。
【図13】ピストン頂面に形成された第1の凹部と第2の凹部とこれらを繋ぐ案内溝とによって、燃料噴霧が点火プラグ近傍に混合気を形成する様子を概念的に示す説明図である。
【図14】第1実施例の第1の変形例および第2の変形例を示した説明図である。
【図15】第1実施例の第3の変形例を示した説明図である。
【図16】第1実施例の第4の変形例を示した説明図である。
【図17】第1実施例の第5の変形例を示した説明図である。
【図18】第1実施例の第6の変形例を示した説明図である。
【図19】第2実施例のエンジンの構造を概念的に示した説明図である。
【図20】第2実施例のガソリンエンジンの低負荷条件時における動作を概念的に示した説明図である。
【図21】第2実施例のガソリンエンジンのバルブタイミングおよび燃料噴射タイミングを示した説明図である。
【図22】第2実施例のガソリンエンジンの高負荷条件における動作を概念的に示した説明図である。
【符号の説明】
10…エンジン
12…吸気通路
14…燃料噴射弁
16…排気通路
20…エアクリーナ
21…NOxセンサ
22…スロットル弁
23…圧力センサ
24…電動アクチュエータ
25…ノックセンサ
26…触媒
30…ECU
32…クランク角センサ
34…アクセル開度センサ
50…過給器
52…タービン
54…コンプレッサ
56…シャフト
60…サージタンク
62…インタークーラ
130…シリンダヘッド
132…吸気バルブ
134…排気バルブ
136…点火プラグ
140…シリンダブロック
142…シリンダ
143…第1の凹部
144…ピストン
145…第2の凹部
146…コネクティングロッド
147…案内溝
147a…反り返し部
148…クランクシャフト
149…凹部
154…燃料噴霧
236…プラグ
240…断熱層
242…蓄熱層
244…ピストン
300…エンジン
Claims (16)
- 燃料と空気との混合気を燃焼室内で圧縮し、該圧縮された混合気を燃焼させることによって動力を出力する内燃機関であって、
前記燃焼室の一部を構成するとともに前記混合気を圧縮するピストンと、
前記燃料と空気とが、前記ピストンによる圧縮では自着火しない割合で混合した第1の混合気を、前記燃焼室内に形成する第1の混合気形成手段と、
前記第1の混合気中に前記燃料を噴射することにより、前記燃焼室内の一部の領域に第2の混合気を形成する燃料噴射弁と、
前記第2の混合気に点火して燃焼させることにより前記燃焼室内の圧力を上昇させて、前記第1の混合気を圧縮自着火させる点火手段と
を備え、
前記ピストンの前記燃焼室に面する頂面には、
前記燃料噴射弁から噴射された前記燃料を受ける第1の凹部と、
前記点火手段と対向する位置に設けられた第2の凹部と、
前記第1の凹部が受けた燃料を前記第2の凹部に導く案内溝と
が設けられている内燃機関。 - 前記第2の凹部が、前記第1の凹部よりも小さな凹部である請求項1記載の内燃機関。
- 前記第2の凹部が、前記第1の凹部よりも前記ピストンの頂面の中央近くに設けられている請求項1記載の内燃機関。
- 請求項1ないし請求項3のいずれかに記載の内燃機関であって、
前記案内溝は、該案内溝の側壁の間隔が、前記第1の凹部から前記第2の凹部に向かって末狭まり形状に形成された溝である内燃機関。 - 請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の内燃機関であって、
前記案内溝は、該案内溝の側壁が、前記第1の凹部よりも前記第2の凹部に近い方が高くなるように形成された溝である内燃機関。 - 請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の内燃機関であって、
前記案内溝の側壁と前記ピストンの頂面とが交わる少なくとも一部の領域には、該側壁の前記燃焼室側に、該燃焼室への開口を狭くする突部が設けられている内燃機関。 - 請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の内燃機関であって、
前記第2の凹部の側壁と前記ピストンの頂面とが交わる少なくとも一部の領域には、該側壁の前記燃焼室側に、該燃焼室への開口を狭くする突部が設けられている内燃機関。 - 請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の内燃機関であって、
前記第1の凹部、前記第2の凹部、あるいは前記案内溝の少なくとも一部の領域には、
前記燃焼室の一部を構成するとともに該燃焼室から流入した熱を蓄える蓄熱層と、
前記蓄熱層と前記ピストンとを断熱する断熱層と
が設けられている内燃機関。 - 請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の内燃機関であって、
前記ピストンの頂面形状は、
前記燃料噴射弁から燃料が圧縮上死点前40度の時点で噴射された場合には、噴射された全ての燃料が、前記第1の凹部あるいは前記案内溝の少なくともいずれかで受け止められるとともに、
圧縮上死点前50度の時点で燃料が噴射された場合には、噴射された燃料の一部が前記第1の凹部および前記案内溝の外部で受け止められる形状に形成された頂面形状である内燃機関。 - 請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の内燃機関であって、
前記燃焼室には、前記第2の凹部と対向する位置に第3の凹部が設けられている内燃機関。 - 前記点火手段が前記第3の凹部に設けられている請求項10記載の内燃機関。
- 前記内燃機関が2サイクルで運転される請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の内燃機関。
- 燃料と空気との混合気を燃焼室内で圧縮し、該圧縮された混合気を燃焼させることによって動力を出力する内燃機関に用いられ、該燃焼室の一部を構成するとともに該混合気を圧縮するピストンであって、
前記内燃機関は、
前記燃料と空気とが、前記ピストンによる圧縮では自着火しない割合で混合した第1の混合気を、前記燃焼室内に形成する第1の混合気形成手段と、
前記第1の混合気中に前記燃料を噴射することにより、前記燃焼室内の一部の領域に第2の混合気を形成する燃料噴射弁と、
前記第2の混合気に点火して燃焼させることにより前記燃焼室内の圧力を上昇させて、前記第1の混合気を圧縮自着火させる点火手段と
を備え、
前記ピストンの前記燃焼室に面する頂面には、
前記燃料噴射弁から噴射された前記燃料を受ける第1の凹部と、
前記点火手段と対向する位置に設けられた第2の凹部と、
前記第1の凹部が受けた燃料を前記第2の凹部に導く案内溝と
が設けられているピストン。 - 前記第2の凹部が、前記第1の凹部よりも小さな凹部である請求項13記載のピストン。
- 燃料と空気との混合気をピストンを用いて燃焼室内で圧縮し、該圧縮された混合気を燃焼させることによって動力を出力する内燃機関の制御方法であって、
前記燃料と空気とが、前記ピストンによる圧縮では自着火しない割合で混合した第1の混合気を、前記燃焼室内に形成する第1の工程と、
前記第1の混合気中に前記燃料を噴射することにより、前記燃焼室内の一部の領域に第2の混合気を形成する第2の工程と、
前記第2の混合気に点火して燃焼させることにより前記燃焼室内の圧力を上昇させて、前記第1の混合気を圧縮自着火させる第3の工程と
を備え、
前記第2の工程は、
前記噴射された燃料を、前記ピストンの頂面に設けられた第1の凹部で受ける工程と、
前記第1の凹部で受けた燃料を、前記ピストン頂面の所望の位置に設けられた第2の凹部に導いて該第2の凹部内に前記第2の混合気を形成する工程と
を備えている制御方法。 - 請求項15記載の制御方法であって、
前記第2の工程は、前記第1の凹部で受けた燃料を、該第1の凹部よりも小さな前記第2の凹部に導いて前記第2の混合気を形成する工程である制御方法。
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