それから私と奇人はたまに連絡を取り合うようになった。
彼は気まぐれで、すぐに返ってくることもあれば1週間返ってこないこともあった。
ちょうどその頃、私は転職先の選考が進んでいた。
最終面接が終わり、正式にオファーをもらったと報告すると、500円のお年玉が電子マネーで送られてきた。
けれど、再び会う話が具体的に進むことはなかった。
転職して、新しい職場のリズムを掴み始めた頃、また会いたいと思った私は彼に連絡をした。
その時のやり取りがこれである。
明日なにしてる?の返し、可愛すぎんか pic.twitter.com/039k3MGHk9
— 海苔子 (@noriko_uwotani) October 4, 2024
私はこうした独特な表現や、何も狙ってない(ように見える)純粋さに、いちいち射抜かれてしまうのだった。
そうしてこの代案の火曜日、私たちは再会することになった。
奇人の仕事が終わるまで喫茶店で待っていると、タクシーで喫茶店まで迎えに来て、私を拾って店まで連れて行ってくれた。
仕事が何時に終わるか分からないので前日までの予約こそしないが、道中で店を見繕って電話をかけておいてくれるような優しさが、彼にはあった。
その日は雨が降っていて、寒かった。
食事を終え、タクシーを捕まえようと横並びで傘をさして歩いていると、狭い道に入った。
身長差があるため、私がさした傘から滴る雨の雫が彼の肩を濡らしてしまい、彼は唐突にこう言った。
「肩が濡れるから、そっち入っていい?」
そして自分の傘を閉じて、私の傘の下に入ってくるのだった。
おい。
少女漫画か。
心が静かに絶叫していた。
落ち着け。
こいつは私のことを何とも思ってない。
ワンチャン抱けるかもくらいには思っているかもしれないが、たいして本気でもない。
ただこういう挙動を、生まれながらに取ってしまうだけだ。
やめよう。やめておこう。もう会ってはいけない。
連絡を取るのはやめよう。
セルフ説教をしながら帰宅し、奢ってもらったお礼だけLINEで送り眠りについた。
彼からは相変わらず気まぐれに返事が届き、私はその通知を見るたびに胸が高鳴っているのを認めざるを得なかった。
ある日、中国出張へ行ってくると伝えると、「これを買ってきてほしい」とお菓子をリクエストされた。
再び会うことを前提としたそのリクエストに、私の胸は情けないほど踊った。
現地で頼まれたお菓子を購入し、帰国してすぐ連絡をした。
ところが。
私が送ったLINEは1ヶ月もの間、無視された。
いやお前が買ってこいって言ったんだろ。
彼女でもできたか?
相変わらず激務すぎてどうでもよくなったのか?
まあこれも、連絡を断つちょうどいいきっかけかな。
でも、上司を連れ回してまで買いに行ったのだから、さすがに渡したいな。
これが最後になってもいいし。
全然いいし。むしろその方がいいし。
私は出会ったその日から心の奥底にあった諦念を拾い上げ、失恋もどきの痛みでコーティングして全てを忘れようとした。
忘年会シーズンになり、ちょうど彼の家の近くで飲み会があったので、その前日に連絡をして(返事はすぐにきた)お菓子を渡せることになった。
「ごめん。お菓子もう食べられたかなと思ってた」
喫茶店で、訳のわからない言い訳を聞きながらお菓子を渡した。
話を聞くと、ここ1ヶ月、彼は本当に信じられないほどの残業をこなしていたらしかった。
「でもね、年末は休めるからヨーロッパ旅行に行くことにした」
私が半年前に行ったばかりのエリアが含まれていたため、おすすめの店などを共有した。
「誰と?」とは、怖くて聞けなかった。
それが私の答えだった。
初めて会った日に「好きになってはいけない」と思った時点で好きだったし、そんな感情を抱いた相手と都合よく友人になるなんて、無理な話だった。
私には、異性の友人がわりといる。
学生の頃から付き合いのある人はもちろん、Tinderで知り合った結果、Facebookも繋がりこのブログも読まれているような、奇跡のガチ友人になった人もいる。
出会い方は関係ないし、関係性など結果でしかない。
私は彼にとっての、何者にもなれなかった。
ただ、それだけの話。
それでも、「もう人を好きになることなど一生ないのかもな」と思っていた私が、そうでもないぞと希望をもつことができた。
出会えてよかったと思う。
叶うなら自分も、そう思われたいと願っている。
<終>