認知症や知的障害で判断能力が不十分な人の生活を支援する「成年後見」という国の制度がある。第三者がお金を管理したり、さまざまな契約手続きを代わりに行ったりする仕組みだ。本人がだまされたり不利益を被ったりするのを防ぐ目的がある。ところが、使い勝手の悪さから逆に「制度にだまされた」と言う人が現れる事態になっている。不評を受け、国はようやく法改正の検討に乗り出したが、実現までの道のりはかなり長そうだ。(共同通信=市川亨、味園愛美)
▽介護保険と両輪の制度
成年後見は2000年、介護保険と同時にスタートし、両輪で超高齢社会を支える制度と位置付けられた。
介護保険は利用者が500万人を超え、一般に浸透した一方、成年後見の利用者は昨年末時点で約24万人と伸び悩む。認知症の人は約600万人、知的障害の人は約120万人いる。潜在的なニーズはもっと多いはずだ。
制度の存在が知られていないからだろうか。どうも、そうではないようだ。知的障害者や家族らでつくる「全国手をつなぐ育成会連合会」が昨年、会員向けに実施した調査で「成年後見を知っていますか?」と尋ねると、「よく」「ある程度」を合わせ「知っている」との回答が83%を占めた。つまり、必要とする層では認知度は高いと言える。
▽「後見人を代えてほしい」は認められない
では、利用が低迷している理由は何なのか。大きく3点が挙げられる。(1)いったん利用を始めたら、死ぬまでほぼやめられない(2)家庭裁判所が決めた後見人に不満があっても、交代させることができない(3)後見人が大したことをしていなくても毎月、報酬を支払い続けなければならない―。
成年後見は本人や家族らが利用開始を家裁に申し立て、家裁が後見人を選ぶ。家族が「自分や他の家族を後見人にしてほしい」と思っていても、弁護士や司法書士、社会福祉士といった専門職が選ばれることも多い。
そうすると、今まで会ったこともない弁護士らが本人の財産を管理したり、生活を支援したりするようになる。一部には、本人や家族の意向を無視するような専門職もいる。
ただ、後見人を交代させるには家裁の決定が必要だ。よほどの不正行為がなければ、認めてもらえない。「不満がある」「相性が合わない」といった理由では、交代させることはほぼ不可能だ。
▽報酬はずっと支払い続けることが必要
しかも、問題のある後見人であろうと、報酬は利用者の財産から毎月支払う必要がある。専門職の場合は月2万~4万円程度が相場だが、財産額が多いと、もっとかかることもある。
例えば、知的障害の子どもを持つ親が「将来のために」と本人名義でお金をためていた場合、後見人への報酬はその分、高くなる。「ほとんど会いにも来ない後見人に支払う報酬で、せっかく残した財産が目減りしていく」という事態が指摘されている。
途中でやめることも現実的には難しい。本人の判断能力が回復した場合は可能だが、認知症や知的障害が改善することはほぼない。家族がいくら問題を訴えても、後見人のほうが法的に立場が強いという壁に阻まれる。
▽「がんじがらめ」
埼玉県に住む河野靖夫さん(80)=仮名=は、まさにこうした制度の落とし穴にはまってしまったといえる。
知的障害のある娘(38)がいて、妻が2012年に後見人になった。ところが娘名義でためていた財産が多額だったため、家族の着服防止策として家裁が17年に弁護士を追加で選任。縁もゆかりもない弁護士が財産を管理するようになった。
お金の使い道について口出しされるようになり、弁護士とのやりとりにストレスを感じていた妻は、18年に心臓疾患で急死。現在は別の弁護士が後見人を務める。
河野さんは今、自宅で娘と2人暮らし。娘は障害者を雇用する会社で働いていて、後見人がいなくても日常生活に特に支障はないという。「娘のためにお金を残してきた私がそれを使い込んだりするわけないのに、がんじがらめだ」と河野さん。「だまされたような気分。成年後見なんて使うんじゃなかった」と後悔している。
▽8割が「問題ある」
こうした思いを抱いているのは、河野さんだけではない。
全国手をつなぐ育成会連合会による前述の調査では、成年後見を利用する人の家族151人のうち約8割が「問題点がある」と回答。うち半数が「利用を申し立てたら、取り下げられない。利用を途中でやめられない」ことを挙げた。「財産管理だけで身の回りの支援をしてもらえない」「福祉と連携していない」との回答も多かった。
成年後見の使い勝手の悪さは7、8年ほど前から指摘されるようになった。以前は親族が後見人に選ばれるケースが多かったが、利用者の財産を着服するといった不正が相次ぎ、問題になった。そのため、家裁が対策として弁護士らを選ぶようになったことが背景にある。
▽法務省、最高裁、厚労省で足並みの乱れ
国が何もしてこなかったわけではない。政府は改善策を盛り込んだ利用促進の計画を17年に策定。最高裁は19年、後見人の交代を柔軟に認めたり、財産額ではなく業務内容に応じて報酬を算定したりする方針を打ち出した。
ところが、ほとんど変わっていないのが実情だ。最高裁は「家裁の裁判官には独立性があり、指示できるわけではない。現行制度の枠組みでは限界もあり、関係機関との調整も必要なため時間がかかっている」と釈明する。
民法は法務省、制度の運用は最高裁、利用促進は厚生労働省と所管がまたがり、関係者の間では役所の足並みの乱れも指摘される。
▽「専門職が報酬を得るための制度か」
政府は今年3月に閣議決定した第2期の利用促進計画に、民法を含めて制度を見直す方針を記載。法務省は法改正に向け、公益社団法人「商事法務研究会」と共同で6月に有識者研究会をスタートさせた。
例えば、財産の売却や相続が必要になった際は弁護士ら専門職に業務を担ってもらい、終了後は利用をやめたり、親族や福祉職に交代して日常生活の支援を受けたりすることができるようにする。後見人への報酬についても、いくらかかるか分かりにくい仕組みを改める考えだ。
ただ、利用者家族らの相談に乗る一般社団法人「後見の杜」の宮内康二代表は批判的だ。「なぜ弁護士ら専門職が業務を担うことが前提なのか。当初は家族が無報酬で後見人になる想定だったのに、専門職が報酬を得るための制度になってしまっている」と指摘する。
▽実現は7、8年後か
改正が実現するにしても、かなりの時間がかかりそうだ。有識者研究会は制度改正に向けた報告書を24年にまとめる予定。政府は、それを受け法制審議会(法務相の諮問機関)で議論した後、民法などの改正案を国会に提出する見通しで、早くても26年度になるとみられる。
国会審議や施行までの準備期間も考えると、実現には今から7、8年かかる可能性もある。
有識者研究会の座長を務める山野目章夫・早稲田大大学院教授は、こう理解を求める。「後見人が付かない期間は誰がどう利用者を支援するのかという点では、話が地域福祉にも及ぶ。後見人への報酬についても、どう金額を決めるのか、利用者に財産がない場合は公費から出すのか。制度改正と実施体制、どちらも多くの調整が必要になる」