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第078話 四者会議

「よう、久しぶりだな」

 リャオはやってくると、気楽そうに言った。


「おう」

「なんだ、飯の最中か?」


 俺は、ミャロが用意した部屋の中で、夕飯代わりに出前でとった食事を食べていた。


「おまえは済ませてきたのか」

「済ませてきた」


 食ってきたらしい。

 リャオは堂々と歩いてくると、少し迷った素振りをして、俺の対面に座った。

 椅子が四つあったので、どれをキャロルに残すべきなのか悩んだのだろう。


「どうぞ」

 ミャロは茶を注ぐと、すっとさし出した。

「おう、ありがとう」


「冷めていますが、給仕もいないのでご勘弁くださいね」


 茶は、飯と一緒に来たティーポットを綿入れで包んでおいたものなので、まだ暖かいだろう。


「それで、今日は明日からの面接の話か」

 リャオは茶に口をつけながら言った。


「まあ、だいたいはな」

「ところでな、ちょっと相談があるんだが」

「入れてもらわなきゃ困る奴らがいるってことか?」


 俺がそう言うと、リャオは目をぱちくりさせた。


「ああ。そうだ……よく解ったな」


 リャオの立場を考えれば、そういう人間が若干数いることは当然だろう。

 俺にも、そういう人間は幾らかいる。

 将家の跡取り息子ともなれば、家の下に連なる名家にも配慮する必要があるのだ。

 また、他三将家もむやみにハブるというわけにはいかない。


 隊員の決定権は俺にあるわけだから、俺は気に入らない奴らを全員入団お断りということにすることもできる。

 だが、それをされたら、リャオは俺とルベ家との間で板挟みになるし、参加する旨味がなくなってしまうだろう。


「俺は四将家の騎士を平等に取る必要はないと思ってる。ボフ家とノザ家は明らかに保身ばかり考えているしな。かといって、観戦隊をホウ家とルベ家で固めて、私物化していいわけじゃない。それは主旨に反する」


 と、俺は一応言っておいた。


「それは解る。だが、こちらにも多少は事情がな。最終的な決定権はおまえにあるわけだろう」


 やっぱりそこが不安だったようだ。


「心配するな。お前の口利きは、最大限尊重するよ」

「ああ、そうか」

 リャオはあからさまにホッとした顔をした。


「だが、俺としても不安なところだ。お前が望む者の入団を認めたとして、例えば藩爵の跡取りだからといって、よほど人望薄く、体力も劣るような者を入れたら、家柄で選ぶのかと不平がでるだろう」


 藩爵というのは、将家の将たる天爵の一つ下にあたる爵位で、家柄的にはもちろん譜代の重臣のような連中となる。

 だが、家柄が良くても、当然ながら有能とは限らない。


「足手まといにならないとも限らんし、なにより死ぬ危険がある。本人のためにならない場合もあるぞ」


「解っているさ。もちろん、元から明らかに劣った馬鹿野郎を入れさせたりはしない。入れたいのは俺の腹心みたいな連中さ」


 ほうほう。


「それならいい……まあ、続きはキャロルが来てからだ」

「わかった」


 それから、茶菓子を二、三食べながら待っていると、キャロルがやってきた。


「すまん、遅れた」

「座れ」


 俺が指図すると、キャロルはかすかにムッとした表情をしたが、俺が大将ということを思い出したのか、素直に椅子に座った。



 ***



「さて、人選だがな。調整しつつ六十人程度に絞ろうと思う」


「えっ……そうなのか?」

 キャロルが意外そうな声を出した。


「まさか……お前、四方八方に安請け合いして回ったりしてねえだろうな」


 条件に当てはまるならまず大丈夫だよ。面接はほとんどスルーだから。

 みたいなことを、他ならぬキャロルが言って回ってたりしてたら、かなり面倒なんだが。


「馬鹿にするな。そんなことするはずないじゃないか。ただ、半分以上落とすのかと思っただけだ」

 やってなかったらしい。良かったよかった。


「リャオは承知のことだが、向こうの情勢はあまり良くない。やはりどう考えても、王鷲で空中から見る以外のことは認められそうにない。例えば、駆鳥で丘の上から見聞、などというのは、やはり認められん。斥候と鉢合わせして戦闘になって、死者が出るのがオチだ。だとすれば、王鷲持ち以外は向こうに行ってもやることがない」


「それはそうだが……」

「経験にもならんのに、物見遊山に危険な場所へ行っても、しようがないってことだ」

「……わかった。その件についてはいい」


 なんだか納得したようだ。


「さて、団員選びの話の前に、話しておかなければならんことがある。よく聞いておけ」


 俺はそう前置きをしておいて、話しはじめた。


「それは、大まかな行程の話だ。座学でさんざん習ったと思うが、軍は常に補給に制限される」


 リャオが頷いていた。


「人間は、一日食事を抜けば満足に動けなくなるし、王鷲は二日食事を抜けば人間を乗せては飛べなくなる。六十人分の食料というのは、シヤルタではどこへいっても調達するのは難しくない。だが、混乱したキルヒナの地では、毎日安定して調達するというのは、これは至難の業だ。これが何を意味するかは、座学でも散々教えられたよな」


 幸いなことに、キャロルも真剣な目つきで俺を見ていた。

 これを理解できていない人間がこの場に一人でもいたら、とても面倒なことになる。


「無計画に王鷲百騎で飛び立って、向こうへ着いたとして、二日間調達が上手く行かなければ、俺たちは帰ることもできない、ということだ。そうなれば、戦争中で忙しい軍本体に助けを乞う羽目になるだろう。言うまでもなく、それほどの無様は世の中見回してもなかなかない。キルヒナの騎士界隈では、長らく物笑いの種になるだろうな」


 キャロルは、その状況が想像できたのか、嫌そーな顔をしていた。

 リャオのほうは目をつむって耳を傾けている。

 ミャロは……言われるまでもないことなのか、いつもの顔でいた。


「そうならないために、補給はきちんとやる。もちろん、俺たちで調達して、俺たちで持っていく。本来の主旨からいえば、これも含めて経験になることだからな」


 そこで、リャオが手を上げた。


「話せ」

 と、発言を許す。


「うちのオヤジは、もし補給が行き届かないようなら頼れと言っていたぞ」


 ルベ家の当主か。

 そら頼もしい。


「ありがたい話だ。もしもの時は頼りにさせて貰いたいと伝えておいてくれ」

「いいのか?」


 借りを作りたくないんじゃないのか? と目で尋ねてくる。


「世の中何があるかわからん。新品の馬車を用意しても、途中で軸が壊れて走れなくなるかもしれないし、馬が足を折って歩けなくなるかもしれない。量に多少は余裕をもたせるにしても、事故で補給が届かない場合のことは想定しておくべきだ。というか、現実にも友軍に補給を多少融通してもらうなんてことは、よくあることだしな」


 そのあたりは程度問題だろう。

 事故があって飯を多少分けてもらうくらいならいいが、自分の足で歩けなくなっておぶって貰うのでは、なにしに来たんだという話になる。


「ン……そういうもんなのかもしれんな」


「それで、だ。王鷲を持たない連中……駆鳥で参加する者には輸送を担当して貰いたい。これはリャオ、お前に監督を頼みたいんだが」

「あー……まあ、そういう役回りになるとは思っていたが」


 リャオは頭をボリボリと掻いた。


「当たり前だが、駆鳥で参加したからといって、お前に王鷲に乗るなと言っているわけじゃあない。行きは誰かを王鷲に乗せて、運搬して貰えばいい。鷲の隊になりそうな気心の知れた仲間も随行させたい。というのであれば、それも構わん。そのへんは、組織力に直結する問題だからな」


「俺が言おうと思っていたことを……まあいいか。それなら、請け負おう」

「そうか。助かる」


 あーよかった。

 一番面倒な役回りだからな。

 俺は王鷲で行かなきゃならないから無理だし。


「当たり前だが、この仕事は、キルヒナの地理に多少なりと詳しくなけりゃ難しい。お前に頼むしかなかった」

「分かってるよ、そのへんは」


「ちなみに、目的地はニッカという町だ」

「ニッカ?」


 リャオには覚えがないらしい。

 当たり前か。


「知らなくて当たり前だ。ニッカというのは、有名な都市ではなく、ただの村だからな」

 有名な名産や観光地であるわけでもないから、専門家でもない限りは知らないだろう。

「観戦隊はそこを拠点にする。リフォルムからの地図は、後で渡す」


 そこで、キャロルが小さく手を上げているのが見えた。


「……話せ」

「そのニッカという街を選んだ理由は?」


 質問か。

 まあ、これは話しておくべきだろう。


「一、避難地域に属していて住民の退避が済んでいる。二、主戦場予定地まで王鷲で接近容易なこと。三、王都リフォルムからヴェルダン大要塞へ繋がる大街道から若干外れており、大軍団の移動を邪魔したり、或いは敵方の攻勢に巻き込まれる危険が少ないこと。以上三つの理由からだ」


「なるほど……だが、もう一つ疑問がある」

 まだあんのかよ。

「住民がいないのであれば、王鷲組の補給はどうするのだ? 当地で合流する日付けは予め決めておくにしても、リャオの方は補給段列を連れての長旅になる。一週間ほど遅れることもあるのではないか?」


 細かいことに気づく奴だな。


「それは、既に手配してある。俺が行った時、ニッカの村にはまだ人がいたからな。保存食を買い取って、家を借りてその中に入れておいた。一週間くらいなら余裕だろう」


「……そうか、手抜かりはなしというわけか。流石だな」

 なんだか感心されている。


「だが、そのへんは、住民が約束を反故にして食料を持って行ってしまうかもしれないし、住民不在の間に何者かに村が荒らされる可能性もある。まぁ十中八九は残っているだろうが……運否天賦ではあるな」

「わかった。疑問は以上だ」


 これで終わりらしい。

 思いの外素直だ。


「持っていく物資は誰が調達するんだ?」

 と、リャオが言った。


「その辺は、ミャロがやる。そういった細かい手配はミャロの大得意だ」

「はい。務めさせていただきます」


 ミャロはここにきて初めて口を開いた。


「じゃあ、えーっと、ミャロでいいか?」

「はい、もちろん構いませんよ」

「ミャロは駆鳥組のほうに入って、俺のほうについてくるのか?」


「……あー」


 そこまでは考えてなかったな。


「ボクは、ユーリくんの指示に従いますよ。ただ、その場合は、ボクの鷲も、誰かに持って行ってもらわないといけません。残念ながら、ボクには請け負ってもらえるような友人に心当たりがありません」


 ミャロは王鷲を持っていないが、これは秘密にホウ家から一羽貸すつもりだった。

 しかし友人がいないというのは、ぼっちを宣言しているようで物哀しいな……。


「それは、なんだったら俺のほうでなんとかしておこう」


 とリャオが言った。


「俺は俺で手下を握るつもりだが、あまり目端の利くようなやつはいない。それに、ミャロはユーリ殿の相棒みたいなもんなんだろう。何かあった時の決定には、助言を貰いたいところだ」


 なるほど。

 一人では心細い、というよりは、なにかトラブルがあったときの処理を多少なりと合議したい。というところか。

 加えて言えば、連帯責任ということにもなるだろう。


 俺とて、リャオがトチって物資を駄目にした、ということなら怒るかもしれないが、ミャロと適時相談したんですが力及ばず駄目でした。となれば、それならしようがない。ということにもなるだろうし。


「それなら、そうしよう。王鷲での移動は三日、多く見積もっても四日で済む。考えてみれば、行程が長くて困難な方を一人きりで監督させておいて、易しい方は三人でやるというのは、おかしな話だ」


 対して、陸上での移動だと、おおよそ半月ほどはかかってしまう。

 どちらが大変かは、瞭然と言って良い。


「では、そういうことで頼む」

 リャオが言った。

「わかりました」

 ミャロも頷く。


「さて……では、補給の話はそれでいいだろう。あとは、選考の話だが」

 と、俺は話を切り出した。


「リャオさんの推薦枠は、この十五名です」

 ミャロがそう言って紙を出した。


 そこには通し番号のようなものが書いてある。

 そういえば、前に渡された評価付きの紙の束に、1ページずつ番号が振ってあったな。


「それは後で確認しよう。問題なのはこいつだ」


 俺はペラリと一枚の紙を机の上に出した。

 その紙には、ドッラ・ゴドウィンという名前が書いてある。

 ページ番号は、ミャロは運動能力を重視しているのか、107番ということになっていた。


 あいつの取得単位が250単位を超えていたことが、まずは驚きなのだが、やつは実技のほうは他の同寮生と比べれば全般的に二年ほど先にいっている……というか、もう最後の段階に足をかけているので、それでなんとかカバーできたのだろう。


「そいつがどうかしたのか?」


 事情を知らないリャオが言った。


「こいつはな、俺とキャロルの同室の男だ」

「ああ……」

 リャオは納得したというふうに頷く。


「まー、ダチといえばダチだな。真面目な男で、朝から晩まで棒を振っている。ちなみに天騎士は最初から目指していない」

「ほー……しかし、なるほど。腕っ節は十分のようだな」


 単位の進み具合を見ると、リャオは感心したように言った。


「こいつについては、キャロルに任せる」

「え、私にか?」


 キャロルは驚いたような様子であった。


「入れるも入れないも自由だ。お前が要らないと言うなら弾くし、入れてやってくれというのなら、無条件に入れてやる」


「……しかし」

「あいつは、お前のためなら躊躇なく死ぬ奴だ。だから、加入も扱いもお前に任せる」


 俺は、ドッラについては名前を見た時からそう決めていた。

 やつは、キャロルのためなら死ぬだろうし、そのことは本望であろう。


 キャロルも、それはなんとはなしに感じている事のはずだ。

 だからこそ、ドッラを殺さないために、無茶な行動は自重するだろう。


 ドッラはキャロルに自重を思い出させる枷になるのではないか、と俺は見ていた。


「それなら、入れてやってくれ」


 ほほう、あっさりだな。


 だが、キャロルはそのまま口を閉じた。

 まだなんか言うのかと待っていると、


「いや……ドッラは入れる、ことにする」


 と、何故か二度言った。

 自分的に言い方に不満があって、訂正したのだろうか。


「よし。じゃあそれで決まりだ。あと、何か話がある奴はいるか?」


 俺がそう言うと、誰も手を挙げなかった。

 急ぎの話はないようだ。


「では、これで終わりとする。明日は面接だ。俺は寮内にしっかりものが二人いるからいいが、リャオは寝坊に気をつけろよ」


「まったく、羨ましいこった」



 ***



 寮に入る前に、俺は早速キャロルに最初の命令を与えた。


「キャロル、お前はしばらく食堂かどっかで待ってろ」

「……?? なにかあるのか?」

「野郎が部屋にいるからな。ちょっと話してくる」


 さっきトコトコと寮に向かう最中、ドッラはベランダに出て俺たちを見ていた。


 だが、かなり遠目から俺たちを見つけると、すぐにひっこんだ。

 キャロルあたりは気づかなかったようだが、俺は目が良いので気がついたのだ。


「ああ……そうか」

「特別扱いは事実とはいえ、口止めはしておかないとまずいからな。俺から言っておく」

「頼む」


 じゃあ行くか。


 寮に入ると、俺は一人だけ別れて階段を登り、二階へ行った。

 自分の部屋に入ると、ドッラはまだ居た。


 逃げてなかったか。


「よう」

「お、おう……」

「ちょいと話しておかなきゃならない事がある」

「ああ……」


 なんでこいつはこう、カゲが入ってるのかな。

 アウトドアかつ脳筋タイプなのに、なんで陰気なんだ。


「観戦隊のことだけどな、お前も入れることにした」

「そ、そうか。良かった」


 嬉しさを隠せないらしい。

 表情がやわらいだ。


「もちろん、これは内々の決定だから、お前は明日面接に来なくちゃならない。面接では半分ほど落とすからな。表面上のこととはいえ、特別扱いすれば周りが黙っちゃいないだろう」

「わかった。そうする」

「ちなみに、入れてくれといったのはキャロルだ」

「エッ」


 ドッラはよほど意外だったのか、びっくり仰天した顔をした。


「まあ、お前は鷲には乗れないから、キャロルとは別の班になるけどな。キャロルにもしもの事があったら、真っ先に駆けつけろ」

「言われるまでもない。殿下のためなら、真っ先に死んでやる」


 死ぬことはないと思うが。

 誰が死ねって言った、と言いたいところだったが、まあいいだろ。

 武士道は死ぬことと見つけたり、みたいな考えがあるのかもしれん。


 そのくらいの意気込みがあったほうがいいのかもしれないし。

 しかし思い込みの激しいやつだ。


「じゃあ、せいぜい槍でも研いでおけ。あと、馬に乗る練習をしておくといいかもな」


 実際に乗るのは馬車の御者席だろうが、カケドリに慣れると、案外馬の気性に疎くなる事が多い。


「わかった。そうしておく」


 なんだか武人みたいだな。

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