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第039話 昔の出来事

「まあ、私は関係ないから、話しちゃうけどね。あんたも分別があるなら、闇雲に他人に話したりはしないでよ」

「しねーよ」


「あんたの父上、ルーク様は、あんたと同じような境遇にあったのよ」


 はて?

 境遇もなにも、ルークはホウ家のまっとうな次男坊として、由緒正しく入学してきたはずだが。


 俺のように元は農家ということもなく、後に農家になったわけだから、退学するまでは騎士の経歴として一点の曇りもなかったはずだ。


「……境遇っていうのは、題材にされてるってことね」


 ……ああ、そういうことか。


 本当にしょーもねーな。

 白樺寮ってのは滅びたほうがいいんじゃねえのか。

 シャムを置いとくのも心配になってきたぞ。


「ふーん、父上もハンサムだからな。そういうこともあるだろう」

「それでね、あんまり、話したくはないんだけど、事前知識として知っておいておかないと理解できないと思うから話すけどね」

「なんだよ、まどろっこしい」


「私たちのあの本で、一番気分が悪いのはどういうものだと思う?」


 なんだ、質問か?

 なんで質問をしてくるのだろう。


「ちょっと俺の想像を絶する趣味だからな、判らんけど、現実の女と本の中で付き合うことか? 俺だったら、俺と……その、殿下が付き合うとか」


「言っておくけど、王族の女性は登場させない決まりだからね。私達にも、そのくらいの分別はあるから」


 コミミは心外そうに言った。

 俺の読んだアレでも、なぜかキャロルは登場しなかった。

 さすがに、そういう決まり事はあるらしい。


 いくらなんでもキャロルが乱交するような小説が出回っていたら、これは大問題だろう。


「……まあ、それはハズレだけど、半分当たりね。べつに、本といっても、実体験の男女恋愛を描いたものもあるのよ。男同士のアレばかりじゃないし」


「だったら、そういうのを書け」

 断固として言いたかった。


「人気が出ないのよ。よっぽど上手くかかないと」

 こいつらどんだけ業が深いんだよ。


「……まあいいけどよ。それで、答えはなんなんだ」

「一番気分が悪くなるのはね、題材になっている男性と、作者自身が交際する妄想を書くことなのよ」


 あー。

 まあ、ちょっとは理解できるかな。


「さほど人気のない男子が題材ならいいんだけどね。広く題材になるのは、大抵がその時代で一番人気がある男子だから」


「ちょっとまてや」

「ん?」

「じゃあ、なんで俺が題材になってんだよ」


「だって、あなたってモテモテでしょ」

「俺はぜんぜんモテてないし、殿下とイトコを除けば、教養院に知り合いなんていないんだが」


 俺はさりげなくリリーさんの名を抜かした。


「あら、もう一人の殿下がいるじゃない。カーリャ殿下が」

 あっ。

 素で忘れてた。

「カーリャ殿下とは一度しか会ってないし、馬鹿げた噂には迷惑しとるんだ」


「まあ、そんな気はしていたけれどね。彼女の自慢話を聞かされるたび、あなたのファンは苛立ってるのよ。キャロル殿下ほどのお人であれば、認めたくもなるというものだけど」

「ふぅん」


 どうでもええわ。


「まあ、それだって、カーリャ殿下は美少女だし、王族だし、まだ解らないでもないわ。でも、成績も容姿も中の下なんて子が、あなたと付き合ってラブラブになる妄想を書き散らして、友達に見せて回っていたら、さすがに不快だわ」


「じゃあ読まなきゃいいだろうに」


「そうなんだけど、残念なことに、その人は中々の書き手だったのよ。だから、たくさんの人が読んでしまったのね」

「なんの話だ」


「ルーク様に告白した女子生徒の話よ。彼女が書いた本は教養の部屋に所蔵されているから、今でも読むことができるわ。実際、自分がヒロインの恋愛小説を書く以前の作品は、とっても面白かったわよ。ちなみに、ルーク様とガッラ様が絡む話ばかり、十冊くらい書いてるわね」


 あのさぁ……。

 ルークとガッラとかさぁ……。


「それって、お前は十冊全部読んだのか」

「読んだけど? ピニャも読んだわよね」


 当然のように言うので、俺はそら恐ろしくなった。


「……よんだよんだ。酔っ払って脱衣斗棋をしてそのまま行為にもつれ込むところとか、すごく良かった」

「ああ、あそこね。脱衣斗棋って、たしかあの人が考えついたのよね」


「おい、やめろ」


 脱衣斗棋ってなんだよ。

 見たことも聞いたこともねぇ。


「それで、その子はルーク様のことをホントに好きになっちゃって、告白したのね。それで振られて、それから自分とルーク様が主役の恋愛小説を書きはじめたんだけど、それから、すごく疎まれだしたの」


「イジメかよ。陰湿だな」

「イジメじゃないわよ。だって、その子の家は大分大きい魔女の家だし」

「じゃ、村八分か」

「まあ、そんなところかしらね」


 かわいそうに。

 だが、自業自得といえば自業自得か。


 学院では『みんな仲良くしよう。しなければならない』みたいな決まりはないし、嫌いな奴は無視して近寄らないことになっている。

 みんなに嫌われてしまったら、自然と村八分になってしまう。


「それで、その子は寮に居づらくなって、四六時中ルーク様をつけまわしはじめたの」


 ……おい。

 それっておかしくねぇ?


 勝手にホモエロ小説を散々書き散らした後は、今度はストーカーかよ。

 ルークも大変だったんだな。

 さすがに同情するよ。

 腐れ女子どもにはネタにされるわ、ストーカーされるわで。


「そのころは、今よりずっと奔放でね。ファンはみんな、好きな男子を追っかけ回して、授業をサボって稽古とかを見に行ったりしていたらしいわ。恋文の自粛もまるでなかったし。そうすると、男女交際で家同士のトラブルも頻発するようになるでしょ」


「まあな」


 ルークは確固たる決意の下に相手にしてなかったようだが。

 今より奔放ということは、今は自主規制みたいのが厳しいのか。


 そういえば、ルークが言っていたような、ゾロゾロと男を追っかけまわすファンみたいのは、実際には見かけたことはない。


 ルークも、追手を振りきって市井の女と遊んだり、遊郭にいくのは大変だったろうな。


「それでね、ある日、ルーク様の堪忍袋の緒が切れて、まとわりついてくるなって怒鳴りつけたらしいのね。そしたら、彼女は寮にもルーク様の傍にも居場所がなくなって、自殺してしまったの」


 自殺。

 えぇ……。


 自殺したのか。


「ふーん、まあ、しょうがないんじゃないか。可哀想とは思うけど」


 ルークのせいではないし、あながち白樺寮のせいとはいえない。

 自殺まで追い詰められた人を、自業自得で自分を追い詰めたなどとはいいたくはないが。


 勝手に追い詰められて、勝手に自殺してしまったわけで、誰に責任があるということでもない。

 残念ながら、人間にはテレパシー能力は備わっていないわけで、人が悩みを秘めていたとしても、他人がそれを察知するのは難しい。


「白樺寮には、失恋が原因で自殺する娘は、多くはないけどそれなりにいるし、自殺したことは問題じゃないのよ。彼女は遺書を残さなかったから、実家がルーク様のせいで自殺したと思ったらしくて、彼女のお兄さんに決闘を申し込ませたの」


「はあ?」


 なんだよそれ。迷惑ってレベルじゃねーぞ。


「八つ当たりにも程があんだろ、それって。そんな決闘受理されんのかよ」

「詳しくは知らないけど、受理されたのよ。割りと大きな魔女の家だから」


 うっわー、マジでこの国終わってる。

 どうなってんだよ、魔女家ってやつは。


「それで、ルーク様は決闘の場でお兄さんを斬ったんだけど、その後退学してしまったのね」

「あー……」


 なるほど。

 なんというか、コミミのほうは、自責の念を感じて退学した、というように思い込んでいる気がするが。

 実際は、切った張ったが不向きだって実感したんだろう。


 ルークは見るからに牧場仕事が天職って感じで、鷲の調教とかイキイキとしてやってたし。


「さすがに、本が原因の騒動で、主役の人が学院を辞めるなんていうのは、前代未聞だったからね。しかもルーク様は、勉学のほうはあんまりだけど、武術のほうは当代一の腕をガッラ様と争ったくらいの腕前で、前途も有望だった。白樺寮でも凄く揉めて、今はいろいろと自粛するようになってるのよ」


「じゃあ、父上が辞めた責任の一端を負い目に感じてるってわけか」

「まあ、そうね」


「ふーん……それは結構なこったが、それなら決闘を挑まれるような事態になる前に、自分たちが村八分にしたから自殺したんであって、ルークのせいじゃありませんって、王城に訴えでればよかっただろ」


 結局のところ、決闘が受理されたのもルークが手酷く振ったというか、言い方を変えればルークの暴言が主原因で自殺したことになってしまったせいなのだから、白樺寮の連中がきちんと真実を暴露すれば、決闘申請は受理されなかったはずだ。


「つまるところ、それを負い目に感じてんじゃねーの。結局、面倒だったのか沽券に関わるからなのかしらねーけど、誰も村八分のことは言わなかったんだろ」


「熱くなられても、私は当事者じゃないんだから分かんないわ。ただ、そういう話を聞いたってだけだし」


 熱くなってたか。

 確かにな。

 もう何十年も前の話だ。今の寮生に言っても仕方がない。


「まあ……どうでもいいけどな。父上はそんなつまらんことは気にしてないだろうし、それで俺に負い目を感じてくれるというのなら、それは歓迎するが」

「そう。それならいいけどね」


「じゃあ、話はこんなところか。悪かったな、長く引き止めちまって」

「構わないわ。段取りがついたら連絡してちょうだい」

「連絡っつったって、どうやって連絡すれば」


「そんなの、寮の郵便受けに手紙をいれればいいじゃない」

 え。

「そういう仕組みになってんのか」


「なに、知らなかったの? 362号室ってオモテに書いて郵便受けに入れとけば、私とピニャの部屋に届くから」


 そんな仕組みがあったのかよ。

 てっきり白樺寮というのは男が近寄ったら殺される地域だと思っていた。

 だから、建物に近づいたこともない。


 あとでシャムの部屋の番号を聞いておこう。


「あ、でも当然だけど、あなた自分で投函したりはしないで、誰か他の人にやらせなさいよ。あなた有名人なんだから」


 はいはい。


「ああ、そうするよ。ピニャも、これからよろしくな」

「……よく、わからないけど。よろしく」



 ***



 喫茶店を出た後、王都別邸にお呼ばれしていたので、別邸のほうへ向かった。


 のこのこと徒歩で門をくぐると、別宅を取り仕切っている執事のような人が「もうルーク様は到着しております」と伝えて、制服の上着を預かってくれた。

 そのまま案内された応接間に、ルークはいた。


 ルークは、なんだか難しい顔をして書類を読んでいる。

 肉体労働の日常から遠ざかってしまったためか、こころなしか体に脂肪がついてきたような気がする。

 貫禄が出てきたな。


「父上、戻りました」

 俺はぺこりと頭を下げた。

「おかえり。会うのは久しぶりに感じるな」

「かれこれ一ヶ月くらい会ってませんでしたからね。僕もちょっと忙しくて」


「……そのことで話がある」


 バレたなこりゃ。

 俺は直感的にそう思った。


「座りなさい」

「はい」


 俺は素直に、テーブルの席に座った。


「なにやら小遣い稼ぎをしているみたいじゃないか」


 微妙に口調が刺々しい。

 やっぱりその話か。


「小遣い稼ぎではないですけどね。まあ、しています」

「なんで一言相談しないんだ」

「いやー、まー、父上を煩わせる必要もないかと思いまして」


 実家とは関係なしでやりたかったからだ。


 実家が関係すれば、俺の仕事は、とたんに貴族の坊ちゃまのお遊びになってしまう。

 それでは誰も相手にしてくれないし、自分の事業ではなくなる。


 カフを始めとして、俺に雇われている者も、俺に雇われたとは感じないだろう。


 ホウ家に雇われているという意識になる。

 そうなった瞬間、俺は非常に身動きがしづらくなってしまうのだ。


「小遣いが足らないのか?」

「いえ、十分すぎるくらいです。日記以外には使ってませんしね」

「じゃあ、なんで小遣い稼ぎなんかしてるんだ」


「小遣い稼ぎじゃありませんよ。今はまだ小さいですが、れっきとした事業です。社会勉強の一貫ですよ」

「……俺も、社会勉強が悪いとはいわん。でもな、学生の本分は」


「父上、勘弁してください。学生の本分は全うしてますから」

 もうこれ以上ないほどに全うしてる。

「ユーリは五年目だろ。一番忙しい時期じゃないか」


「もう250単位まで取りました。あとは実技の42単位と、座学は8単位あるだけです」

「……おい、ほんとかよ」


 ルークは驚愕の表情になった。


 例を上げれば、同寮生の取得単位の平均は、130単位くらいだ。

 優秀な奴で150単位。ミャロレベルの秀才でやっと200単位くらいになる。

 250単位というのは、はっきりいって頭抜けている。


「ホントですよ。午後とか週二日、3コマしか講義がないんですから。このままじゃ、暇な上級生みたいに、午後いっぱい遊び歩く生活になっちゃいますよ」


 午後に講義がなくなった連中は、一般的に遊び狂っている。


 講義がなくなっていなくても、留年大学生みたいに、欲に負けて遊び狂っている者も珍しくはない。

 ルークも例に漏れず、大なり小なり遊んではいたはずだ。


「う……それはそうだが」

「なにか問題が起きたんですか?」


「いや……問題というほどのもんじゃないんだけどな。いや、いいか」

「いいんですか?」

「いい。ちゃんと通って、単位を取ってるなら、いい」


 おざなりに許可が出た。

 もうめんどくせーや、勝手にやっとけってな感じだ。


「全然良くありませんよ」

「えっ、よくないのか」


 ルークのほうがびっくりした顔してる。

 全然良くない。


「誰かから通報だとか密告があったんじゃないんですか。僕が小遣い稼ぎをしていて評判が悪いとかなんとか」


 そうとしか考えられない。


 俺がそう言うと、ルークは少し驚いた目で俺を見た。

「なんでわかった」


「だって、父上は僕を説教しようと待ち構えていたわけですよね。

 それだったら、動かぬ証拠ということで、僕が言い逃れできないよう、机の上になにかしら証拠のようなものを出してくるのが普通でしょう。

 ホウ家の人が突き止めたのであれば、そういった証拠の一つや二つは、調査過程で出てくるはずです。

 だけど、それがない。

 ということは、ネタを突き止めたのはホウ家ではないということです。

 ホウ家でなければ、他の家です。

 ここは王都なので、十中八九どころか、十中十魔女家でしょう。

 僕も馬鹿ではないので、さすがにそれくらいは察しますよ」


「……ユーリにはかなわんなぁ」


 ルークは頭をポリポリと掻いた。

 なんか疲れたおっさん臭いぞ……老けて見える……。


「でも、僕は裏方で動いてるので、副業をしているのを知っているのは、ごく一部なんですけどね。ホウ家の名前は出さないようにしているので」


 そのへんはカフにも重々言ってある。

 事業が失敗して、俺が無能とそしられるのは自業自得だから構わないが、ホウ家の名に傷がつくようでは困る。


 だから、事業主の俺がホウ家の関係者であることは伏せさせているのだ。

 ホー紙という商品名は、ホウ家を連想させるが、そもそも南部地方のことをホウ地方とも言うので、言わば南部紙という意味になる。


「こないだ王城の催しでな。魔女家筋からそれとなく言われたんだ」

「あー」


 そんなこったろうと思ったよ。

 ホー紙も結構売ってるからな。調べられたか。


「だが、気にするな。いつものことだからな。悪いことをやっているのでなければ、構わない」

「本当ですか? 家には迷惑をかけたくないんですけど」

「魔女家が妙なことをいってくるのは、いつものことだ。いちいち気にしていたら何もできなくなる」


 いつもって。

 気になる。


「例えば、どんなことを言ってくるんですか」

「俺はお目見えしたことはないが、ユーリはキャロル殿下と親しいんだろ。物凄く迂遠な表現でな、あまり親しくするのはどうかと思うとか、俺に言ってくるんだよ……」

「うわぁ……」


 きっつ。

 将家が王家と接触するのが気に入らないんだろうが、ガキのつきあいまで文句つけてくるか、普通。


「言っておくが、真面目に受け取るなよ。俺は、ユーリがキャロル殿下と親しくすることは、良いことだと思っているからな」

「解ってますよ。殿下とはよくつるんでますからね。お互い呼び捨てですし」

「呼び捨て?」

 ルークはきょとんとした顔をした。


「あいつ、普通に『おいこらユーリ、真面目にやれ』とか言って、頭をひっぱたいてきたりしますからね」

「……それで、どう返すんだ」

「てめー、いちいち頭叩くんじゃねーよ、ボケ。って言ってやりますよ。さすがにハタき返したりはしませんけどね。一応は王族ですし、女の子ですから」


「……ちょっとは気を使えよ。失礼のないようにな」

 ルークはなんとも形容しがたい表情をした。


「わかってますよ」

「キャロル殿下は次の女王陛下になるお方なんだからな」


 なんかそんな話もあったな。


「それって決まってるんですか?」

「なにがだ」

「だって、カーリャ殿下もいるじゃないですか」


 この国には王位継承順位とかいうものはない。

 基本的には、能力が横並びならば長女が優先されるのだろうが、絶対的な順位として決まっているわけではない。


「ああ、俺はよく知らないけど、カーリャ殿下は目がないみたいだな。でも、結局は女王陛下が決めることだし、余計な詮索はしていない」

「そうですね。女王陛下にはお会いしましたけど、やっぱりキャロル殿下を可愛く思っているようでしたしね」


 厳しくはあたっているが、愛を持って厳しくしている感じだった。

 たぶん、カーリャにはああいう風には接していないのだろう。


「ふーん、そうか」

「まあ、カーリャ殿下が王様になったら僕も困りますからね」


「なにが困るんだ」

「何年か前に交際を迫られたんですよ。それから、付き合ってるだの婚約者だのと触れ回ってるようで、大迷惑ですよ。父上も真に受けないでくださいね」


 あらかじめ、予防線を張っとかないとな。


「……なんだそりゃ。初めて聞いたぞ。それで、告白された時になんてお答えしたんだ」


 案の定、ちょっと深刻そうに受け止めていた。

「父上に言われたとおり、不誠実な付き合いはできないので、申し訳ないがお気持ちだけいただいておく、みたいなことを言ったはずなんですけどね」

「じゃあ、婚約者だのなんだのは、向こうが勝手に触れ回ってるのか」


「そう言ったじゃないですか。まあ、白樺寮のほうでも浮いてるみたいなので、あまり本気にしている人はいないようですけど」

「そうか……。ならいいんだけどな。白樺寮のほうは気をつけろよ、あそこは魔窟だ」


 僕もそう思います。

 さっき、今しがた、そう思うようになりました。


「ほんとにそう思いますよ。まさに今日聞いたんですけどね、父上も大変だったそうで。ご苦労察しましたよ」

「本当だよ。ユーリも気をつけろよ」


 今となっては懐かしい思い出なのか、過ぎ去ったことのように言った。


「気をつけるもなにも、もう題材にされてましたよ」


 俺がそう言うと、ルークは苦虫を噛み潰したような、凄く嫌そうな表情をした。

 上等の酒と思って飲んでみたら、腐って酢になっていた、みたいな感じだ。


 手遅れでした。

 といっても、気づいていてもどうやって阻止をすればいいのか、見当もつかないけれど。


 ドッラみたいに野糞でもすればよかったのかな。

 いや、野糞してるドッラも題材の一部だったんだった。

 クソが。


「アレのか」

「たぶん、そのアレですね。今日読ませてもらいましたけど」

「読んだのか?」


「たまたま一章だけ読む機会があったんです。さすがに、気分のいいものではありませんでした」

「俺は読んだことがない」

「門外不出みたいですからね。僕が読めたのもたまたまです」

「一体全体、どんな内容なんだ?」


 おや、興味があるのかな?


「読まないほうがいいですよ。人によっちゃ、吐いたり眠れなくなったりしそうです」

「そうか……だが、でもまあいいか」


 なんだかちょっと残念そうだ。

 怖いもの見たさで読んでみたい……みたいな気配がする。

 ルークの本が、未だに秘密の部屋に所蔵されていることは、言わないほうがいいな。


「父上の代の自殺の話も聞きましたよ」

「ああ、あれな」

「決闘をする羽目になったとかなんとか」


「……まあ、な。ユーリも、告白をお断りするときは、言い方に気をつけろよ。女の子がどう傷つくかってのは、理解の及ばんところがある」


 嫌なことを思い出させてしまったのだろうか。


「はい。でも、聞いた話によると、父上が交際をお断りしたことは、原因の一部にすぎなかったという話でしたけど」

「ん……? そうなのか?」


 あら、やっぱりご存知ではなかった。


「告白された方も本の執筆者だったとお聞きしました。白樺寮で禁忌にあたる内容を執筆したがために、寮内で居場所がなくなって、孤独になり、父上の傍につきまといはじめたとか」


「そうなのか? 寮でいじめられていたのか、あいつ」

「ありていに言えばそうみたいです」

「そんな事情があったのか」

「誰が悪いというわけではないのでしょうね」


 ルークにとっては気休めにもならないのだろうが。


「まあ、な。だが、可哀想なことをしたな。知っていれば……いや、俺も若かったから、無理か……」


 ルークは神妙な顔をしていた。

 なんともかける言葉が見つからなかった。


「墓参りでもいってやるか……」


 ルークはぽつりというと、執事を呼んだ。

 そして、墓を調べさせる用向きを伝えた。

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