第020話 代表者宣誓
くっそ長い話が続き、ついに「入学生代表者宣誓」の段になった。
立ち上がって壇上に赴く。
途中で二回の挨拶をちゃんとして、壇上でキャロルと並びあった。
目の前には女王陛下が座っている。
女王陛下は、サツキよりも少し年上といった感じの、線の細い女性だった。
女王の家系の遺伝的特徴なのか、キャロルと一緒で、金髪碧眼をしている。
外見年齢四十歳くらいに見えるが、シャン人は若く見えるから六十歳くらいかもしれない。
女王陛下は、子どもの成長に感じ入る親の顔で、キャロルをじっと見ていた。
頬にモミジを作って出てきた謎の子どもを不審がる顔をしていたら、ちょっと俺は居た堪れないので、これには助かった。
「敬礼!」
という号令とともに、俺はおもむろに片膝を突いて座り、膝の上に手を置き、拳を床につけた。
これがシャン人社会での、男が屋内でやる最敬礼になる。
拳を床につけることで、剣を捧げるのとおんなじような意味を持つらしい。
屋外の場合、地面が泥だった場合などは拳が汚れてしまうので、胸に手を当てることで、その代わりとする。
隣のキャロルは、片膝で跪いて、立てた膝のほうの手を反対側の肩に当て、開いた手を上にして、何かを差し出すように床においた。
女性がこういう場で女王に対する時は、両膝をついて神に祈るみたいに両てのひらを組むはずだったと思うが、それは古くは皇を仰ぐためのジェスチャーなので、王族の一員であるキャロルが母親に対してやると変になるのだろう。
立ち上がると、再び女王に相対した。
先に読むのは騎士からである。
朗々と覚えた文章を読んだ。
「……女王陛下に槍を捧げる日がくることを待ち望みつつ、研鑽することを誓います」
いろいろあったので忘れちゃったかと思ったが、なんとか覚えていたようで、言い終えることができた。
次はキャロルの番である。
キャロルのほうも喋り始めた。
キャロルもしっかりと覚えていたようで、つかえることなく朗読できていた。
すごい。
「側にあり、為すことを支え……ッ ぁ……」
あれ?
九割方まできたかなと思ったところで、ぴたりと止まってしまった。
レベル5デスでも食らって突発的に絶命したのかと思い横を見ると、キャロルは顔を真っ青にして、あうあうと情けない顔をしていた。
……忘れたのか。
俺と目があうと、なんだか助けを求めるような目で見てきた。
そんな目でみられてもな。
助けてやりたいのは山々だが、リハーサルのとき一度聞いただけで、そんなん覚えているわけないし……。
えーっと、我々は常に女王陛下の側にあり、為すことを支え、下すことを行い、喜ぶことを共に祝う者となるべく、精進することを誓います。だったか。
……なんで覚えてるんだ、俺。
「下すことを行い」
ボソリと小さな声でつぶやいてやった。
「……っ! 下すことを行い、喜ぶことを共に祝う者となるべく、精進することを誓いますっ!」
ちゃんと言えた。
やったね。すごいね。
言い終わると、女王陛下がすっとこちらに手を差し出した。
あ、俺か。
これがあったんだった。
俺は片膝をついて、女王の手を取ると、その甲に触れるような口づけをした。
唇を離すと、蝶でも解き放つような仕草でそっと手をはなし、ゆっくりと立ち上がる。
キャロルと同時にもう一度立礼をして、壇上を去った。
***
入学式はつつがなく終わった。
「……はぁ」
思わず息をついてしまう。
ここから、えーっと、なんだったか。
寮に入るんだよな。
でも王城島から寮って遠いんだが。
寮というのは、もちろん学院の敷地内にあり、広い学院はもちろん王城島のなかにあるわけではないので、だいぶ移動しなければならない。
まあ、別に、歩いていけない距離ではないけどな。
「堂々とした代表ぶりでしたね。素晴らしかったですよ」
ガヤガヤとうるさい喧騒の中で、ミャロが言ってきた。
「そうでもない」
「では、寮でもよろしくお願いしますね」
「ああ、同じ部屋になれるといいな」
「残念ながら、席次が一位から五位までの生徒は同じ部屋にはならない決まりなんですよ。ルームメイトを啓発していくことも期待されているので」
こいつはなんでそんなことを知っているんだ。
ということは、ミャロは一位から五位までの間ということだ。
大勢生徒がいるなか、五位圏内が偶然に隣り合ったのではないだろうから、ここの席順は成績順になっているのだろう。
一番後ろの列の連中はいたたまれないだろうに。
だとすると、ミャロは俺の隣に座ってるんだから、次席か三席ということになるか。
キャロルがここに座っていれば自明のことだが、分身の術でもつかえるのでなければ、両方の席に座ることはできないので、次席が誰かは謎に包まれている。
ミャロは、話しぶりからも察することができるが、よほど頭の良い子らしい。
あんがい、キャロルを抜いてミャロが二位だったのかもな。
「そうか。それは残念だな。いや本当に」
少し話してわかったが、こいつとは馬が合いそうだ。
「よろしければ、昼食をご一緒しませんか」
さっそく食事に誘われた。
「昼食?」
「入寮は午後からですよ。昼食を済ませてから行くのです」
なるほど、そうだったのか。
初耳だ。
ルークの連絡不足が甚だしい。
ああ、どうするかな。
ルークに相談すれば……。
いや、やめておこう。
スズヤがあんな調子だったから、内々でやったほうがいいだろう。
「お誘いは嬉しいが、しばらく家族とお別れになるからな。家族水入らずで食事をしたいんだ」
俺がそう言うと、
「ああ、そうでしたね。すいません、遠地からいらっしゃっていたことを失念していました」
と、逆に申し訳なさそうに言われた。
そっか。こいつは王都に住んでるんだよな。
言わば官僚の出だから、実家の勤め先は王城のはずだ。
「悪いな。せっかく誘ってもらったのに」
「いいえ」
「機会はこれから星の数ほどあるだろうから。そのときにでも」
「ええ。そうですね。楽しみにしています」
さて、親父でも探すか。
椅子を立って、ミャロに別れの挨拶でも軽くして、父兄の群れに入るかと思ったところで、目の前にいる人物に気づいた。
キャロルだ。
こいつ、なにしに来やがった。
「ちょっと来い」
キャロルはおもむろに俺の手首を掴んで、引っ張った。
なんやねんこいつ。
校舎裏に連れ込む不良か。
「おい」
俺は抵抗しつつ言った。
「なんだっ、私のいうことが聞けんのか」
怒るなよ。
「待て待て、さっきできたばかりの学友と話してる途中だろ。何も言わず立ち去ったら失礼だ」
「むっ……そうか」
キャロルはぱっと手を離した。
「悪いな、ちょっと用事があるらしい」
「ええ、見ていましたので。ボクのことはお構いなく」
ニコッと微笑んだ。
「じゃあな」
「ご健闘をお祈りしています」
ご健闘を祈られた。
これからバトルになるのか。
まだ頬が若干ヒリヒリしてんのに。
「済んだか?」
こっちはこっちで気が短えな。
***
勝手知ったる我が家なのだろう。
キャロルは俺の腕を掴んだまま、迷う様子もなく誰もいない部屋に俺を連行した。
連行したはいいが、薄い陽光が差し込み少しほこりっぽい小さな部屋で、キャロルはなぜか悔し気な表情をするだけで、「あの……」とか「お、お」とか言って話をしなかった。
「その……くっ」
やっぱり話にならないようだ。
なんの話をするつもりなのだろう。
気長に待っていると、キャロルの目に涙が浮かび始めた。
「う……ぐぅ……」
えっ、ちょ。
なんでそうなるの……。
「おい、泣くなよ……一体どうしたってんだ」
「く、悔しい……」
悔し泣きだったのか。
何故だ。
俺にはコイツの頭んなかがさっぱり分からん。
俺にテストの点で負けたのが悔しいんだったら、今ごろになって泣くのはおかしいだろ。
「一体全体、なにが悔しいんだ」
「き、きしゃまにいえるかっ……」
「いいから、言ってみろよ」
俺が催促すると、泣きじゃくっていたが、ややあって話し始めた。
「……きしゃまと張り合って、あんな恥かいて……そのうえきしゃまに情けをかけられて台詞を教えてもらうなんて……はじじゃ……」
もしかして台本を五分足らずで返したのは、俺と張り合ってのことだったのか。
アホの子かよ。
しかしリハーサルでは、一言一句間違えずに言えていたのだから、一度は覚えていたのは間違いないのだが。
くだらん意地の張り合いをして、恥をかいて、結果俺に情けを掛けられて窮地を脱したのが恥だと。
「お前、それを言うために俺をつれてきたのか?」
悔しがる理由は解ったが、なんで俺をつれてきたのかは依然として謎だ。
何の話をしにきたのだろう。
「ち、ちがう……その……礼を言いに来たのだ」
……は?
キャロルはハンカチで涙を拭うと、思いっきり鼻を噛んだ。
ちーんっ
「貴様のおかげで助かった……ありがとう」
「……どういたしまして」
なんだ、お礼をいうために呼び出したのか。
そっか。
なるほど。
***
「……じゃあ」
キャロルは帰ろうとした。
「待てよ」
と引き止めた。
「……なんじゃ」
「その……俺の方も悪かったな、どうも無神経すぎたようだ」
俺がそう謝罪すると、キャロルは俺をじっと睨んできた。
「……なんで謝るんじゃ」
なんで?
「どうも、お前を傷つけてしまったようなんでな」
「傷ついとらんわっ!」
じゃあなんでビンタしてきたんだよ。
「まあ、それだけだ。一応な」
「私が怒ったのはきしゃまが入学したくないとか言ったからじゃ。騎士に誇りも持たぬ不埒者なのに……」
また不埒者って言われた。
前世を含んで、初めて言われたな。
不埒者。
なかなか言われる機会のない言葉だと思うんだが。
「不埒かどうかは知らんが、人間いろいろ事情があるんだよ」
「事情がなんでも、私はお前なんかに負けるわけにはいかんのじゃ。不埒者に負けたとあっては王として面目が立たんわ」
それはどうなんだよ。
「別に負けたっていいだろ」
「いいわけあるか」
なんだこの言い争い。
わしはなんで十歳児と低レベルな言い争いしとるんじゃ。
あ、なんか口調がうつってる。
「お前は騎士じゃなくって王になりたいんだろうが。王は臣下から忠誠を誓われるのが本分なのに、お前はなんでその臣下と強いだの賢いだので張り合っとるんだ」
「王はもっとも強くて賢くなきゃならん。決まっておるわ」
「なにを馬鹿なこといっとるんだ」
そんな完璧超人がいてたまるか。
女が王を務めるような国でよくこんな考えにいたったもんだな。
普通、臣下が女王を担ぎ上げる感じの非ワンマンっぽいスタイルになるんと違うのか。
やっぱり変わりもんなのかもしれん。
「一人の人間の知恵や強さなんぞたかが知れてる。俺も、お前もな」
人間はいくら強くたって一軍相手に一人で勝てるようにはならないし、物理学と生物学、歴史学と法学と数学と、全方面で世界最優秀の学者なんていうのは存在しない。
人間一人にできることなんてたかが知れている。
到れる境地とて、せいぜいが無知の知を知る程度だろう。
「知れておるとしても、不埒者に負けていい道理はない」
「根本から勘違いしてるな」
いい加減面倒になってきた。
「はぁ?」
キャロルは素っ頓狂な声をあげた。
「あんな試験の結果なんぞ、どうでもいいんだよ。勝った負けたと大騒ぎするほどのことか」
入学するだけで十分に面倒だったのに、その上なんでこんな馬鹿馬鹿しい口喧嘩をする羽目になっているのか。
「な、な、な……」
「だいたい、これから王になろうって奴が、試験なんてもんで他人に試されて一喜一憂するなよ。どんなに頭が良かろうが、そんな奴は臣下に振り回されるだけだろ」
部下に試験させられて、点数つけられる社長がどこの世界にいるんだよ。
アホらしい。
自主管理じゃないんだから。
「……こっ、このっ」
なんだ、無礼者とかいわれるのか。
もう勝手にしろ。
「あほーーーーーーーーーー!!! とんまっ、あほっ、かすっ! えっと、あと、あほーーーーー!!!」
俺があっけに取られている間に、王女様はずだだっと走って部屋から出て行ってしまった。