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第七十四話 Cランク実力試験ーー彼の最大の武器とは・・・

かなり真面目なバトル回です。タイトルで遊ぶのはやめておきました。

残虐表現に注意?

 やってきました試験会場。ギルドの登録試験、あるいはルキスと決闘を行った会場と形は近く、だがそれよりもかなり広い作りをした場所だった。


「この会場は、大規模な魔術も想定して作られている。その分頑丈に作られており、戦略級の魔術でもない限り容易には破壊できない」


 途中から逃げるのを諦めた俺はアンサラから解放され、彼の後に続いて歩く。試験の邪魔をしない、という条件の下クロエとおっさんも同伴だ。数少ないAランクの戦いぶりを見られる恰好の機会だ。あるいは俺が無惨にぼろ負けする姿を眺めたいのか。


 試験会場には既に先客がいた。シナディさんだ。


「カンナ様、アンサラ様。お待ちしておりました。私が、今回の試験の立会人を務めさせていただきます。万が一に備えた治療術士でもありますので、存分に戦ってください」


 存分…………ねぇ。


 相手はあのレアルと同等のランクに君臨する強者だ。その強さは、肩を並べて戦うなら心強く、だが正面から向き合うのは自殺行為と思えるほど。とてもではないが『存分』と称せるほど満足な戦いが出来るか、疑問が出てくる。


「実力試験の内容は単純です。お二人に戦ってもらい、カンナ様が戦闘不能になるか、あるいは私かアンサラ様が『待った』を掛けた時点で終了とします。勝敗は合否に関係なく、私とアンサラ様が『基準を満たしている』と判断すれば試験は合格となります」


 簡単なルール説明が終わると、シナディさんは一歩下がった。


「カンナ氏ィィィッッ! 頑張るでござるよぉぉぉ!!」


 会場の隅っこで待機しているクロエから応援の声。隣のバルハルトは両腕を組み、こちらに真剣な眼差しを向けている。これから始まる戦いの一挙動すら見逃さないと目を光らせていた。


「カンナ君」


 正面にて対峙するアンサラが、背中の長剣を抜きながら言う。


「いつかの登録試験の時、あるいは件の決闘騒ぎの時の様に『手札』を隠す必要はない。君の持ちうる全力を持って臨むと良い。でなければ、この試験を行う意味がないのでな」

「……………………」

「手札を隠すのは別に良い。むしろ常套手段だ。だが、切るべき時に迷わずに切れない手札などあって無いも同然だ。この試験は言わば『それら』を試すための恰好の場と考えて貰って良い」


 長剣を正眼に構えると、彼の全身にゆったりと、だが強い『戦意』が漲っていく。レアルのような爆発的な圧力こそ無いが、逆に深く重苦しい空気が伝わってきた。


 最初こそ気乗りのしない試験ではあったが、ようやくここまで来て前向きになってきた。己の強さが現段階でどの程度にまで到達したか。Aランク冒険者直々に判断を下してもらおうではないか。


 元の世界に帰る手立てがまだ見つかっていない以上、しばらくは精霊術の世話になるのだ。レアルと最近は手合わせしていないし、『格上相手』に今の俺がどれだけ通用するか、知っておくのも悪くない。


 両の手、足に装着してある装具の具合を確認しながら言った。


「一つ…………頼みがある」

「何だ? 手心の申し出は受け付けないぞ?」

「この実力試験の内容は、なるべく他言無用に頼む」

「…………つまり、出し惜しみは無いと受け取っても構わないか?」


 俺の全力とはつまり、精霊術を十二分に発揮するという事だ。そうなればこの場にいる全員が、精霊術が魔術とは別の『異端』であると気が付くだろう。何せ魔力が込められていないのだから。だからどうした、という話ではないが、もしかしたらそこから問題が発生する可能性も否定できない。


「いいだろう。最低限、リーディアル様への報告は必要だが、それ以外の者には漏らさないと誓おう。シナディ君もそこの二人も構わないか?」


 反論を述べる者はいなかった。


 了承を得たところで、俺は懐から似非魔術具として以前にも使用した青い宝石を取り出した。そいつを起点に氷を生み出し、お馴染みの大斧を具現した。


「武器をあらかじめ用意しておくのはルール違反じゃねぇよな?」

「構いません。ですが、その一つ以上を生み出すのは控えてください」


 ルキスとの決闘の時もあらかじめ氷の斧を用意していたし、問題にならないのは把握済みだ。


 正直に告白してしまうと、格上の相手と戦うときはなるべく多くの『仕込み』を入れておきたいところだが、そこは諦める。最低限の一手は今しがた出来上がったしな。後は戦っている最中に考えるしかない。


「では、両者ともに構えてください」


 シナディさんがそっと片手を上げる。


 俺は斧を両腕で持って構え、アンサラも集中するように目を細めた。


 ーーーーさて、ここで簡単な復習をしようか。


 アンサラの二つ名は『後より答えを出す者フラガラッハ』。バルハルトが過去に見た彼の戦いぶりから察するに反撃型カウンタータイプ。敵の動きを見極めた上で得物である長剣と左腕に装備した『小盾』でいなし、的確な反撃を加える戦法だ。


 つまり、あえて敵に攻めさせ、致命的な一撃を返すということか。


 相手の土俵は分かった。ならばまず大事なのは相手の土俵に足を踏み入れないことだ。


 斧を持つ腕に力を込める。柄の上部を握る方の腕を小さく引き絞る。


 そして。



「ーーーーーー開始してくださいッッ!」


 シナディさんの手が振り下ろされるのと同時に。


「ふッ!!」


 秘技ーー『武器とは投げるものだ』ッ!


 試験の開始に併せて武器を迷わずに投擲した。


 最低限の腕力に精霊の力を加えれば、殆どノーモーションで十分すぎる威力の投擲が放てる。いくら洞察力に優れていても、行動の『起こり』が見えなければ対処も遅れるだろう。

 

 投擲された武器をアンサラが捌いている隙に、俺の土俵である『遠距離』を形成しようと後方へと飛び退く。これが作戦だ。

 

 だが、Aランク冒険者の行動は俺の予想を軽く突破した。

 

 アンサラは目の前に投擲された斧を、手持ちの剣で軽く受け流しながら踏み込んだ。まるで、最初から俺が斧を投げると分かっていたかのように。


「ふむ、予想通りだな」

「ーーーーッ!?」


 俺の想像を肯定しながら、アンサラがさらに踏み込む。俺が離そうとしていた距離を逆に縮めてくる。長剣の間合いに入り込むなり、後方に飛び退こうとしていた体勢の俺に長剣が振るわれた。


 ーーーーバギンッ。


 手甲の覆われていない左側の二の腕を狙った斬撃は、仕込んでいた反応氷結界の防壁によって阻まれた。僅かに目を見開くアンサラを余所に、俺は斬撃の勢いそのままに吹き飛ばされる。


 衝撃に頭を揺さぶられながらも、俺は地面に転がりどうにかアンサラとの距離を離す。


 ーーーー予定とは随分段取りが異なったが、間合いを離すという事に限れば成功だ。反応氷結界を開始早々に一つ失ったのは痛いが、逆にこれ一つで済んだと安堵するべきか。


「…………自動発動型の魔術式か。上位の魔術士は自身への防御が疎かになる傾向があるが、君には当てはまらない様だ」


 アンサラはすぐに追撃することなく感心したように呟くが、俺は答える間も惜しんでイメージを練り上げる。


 両腕を振り上げ、具現する氷円錐の数はおよそ五十。


「か、カンナ氏。超本気でござるな…………」


 超本気だよクロエ。最初の一手で早々に理解させられた。


 後手だの先手だのを考えていたら、即座に切り捨てられる。強引にでもこちらのペースを作り出さなければ一瞬で終わる!


「全弾ーーーーッ、一斉掃射!」 


『点』ではなく『面』をカバーするように、氷円錐を全て発射する。


「一カ所を狙い撃ちにすれば避けられると判断したか。悪くはないが、甘いな」


 アンサラは迫り来る氷円錐の雨に欠片ほどの動揺も見せず、ゆったりとした足取りで踏み出した。


「ーーーーッ、あれだけの攻撃をッ」


 バルハルトが目の前で起きた光景に驚愕した。アンサラは散歩をするかのような緩やかな足取りで、氷円錐の雨を『通り抜けた』のだ。


「数を増やしすぎたようだな。制御が行き渡らず、僅かばかりに隙間が残っていた。そこを突けば、案外難しくない」


 や、無理だろ!


 と、心の中で突っ込みを入れるがーー。


「ーーーーまだ終わりじゃねぇ!」


 精霊術で生み出した氷は、精霊の加護が抜けるまでは俺の支配下にある。アンサラの背後の地面に突き刺さった氷円錐の一本ーーそこに宿ったままの精霊に命令を下し、アンサラを背後から狙う。


「躊躇無く敵の背後を撃つか。どうやら心構えの甘さは無いらしい。重畳だ」


 アンサラは振り向きすらせず、満足そうに言いながら背後から飛来する氷円錐を半身になって回避する。 


 それを見た俺は愕然とするしかなかった。


 実は、アンサラの背後を狙う一発が本命だったのだ。正確には、氷円錐一斉掃射で動揺を誘い、背後からの一発でさらに時間を稼ぐ予定だったのである。ところが実際には、氷円錐一斉掃射はびっくり回避法でやり過ごし、背後からの一発もまるで効果無し。


(考える時間が致命的に足りねぇ!?)


 この後の展開はまだ考えていなかった。考える時間を作ろうとした事前策は効果を発揮することなく全てが潰されてしまった。


 通常時なら、ここはひたすら手数で押すか防御を固めてどうにかしこう時間を工面するところなのだが。


「ーーーーその時間を与えるわけにはいかんな」


 俺の心の内を先取りする言葉を発しながら、アンサラが再び踏み込んできた。俺は両腕の手甲に氷を纏わせて面積を広げ、防御を固める。繰り出される素早い剣戟を大振りになった手甲で受け止める。踏ん張りを利かせていたおかげで最初の時のように弾かれる事はなかったが、反撃に出られるほどに堪えきれなかった。


 ーーーーバギンッ!


 繰り返される斬撃が氷の手甲をくぐり抜け、右腕の反応氷結界が効果を発揮し砕け散る。


「その様子を見ると使い捨てか。ならば、同じ部位に続けて攻撃を与えればーーーー」


 ……………………ッ、もう氷結界の弱点を見極めたのか。


 そこから続けて右足部、左の脇腹の氷結界も砕かれる。これ以上砕かれると、防御しきれねぇッ。


「こなくそッッ!」


 そこから更に何度か斬撃を受け止めると、俺は氷の手甲を弾けさせ、その礫をアンサラに見舞う。アンサラは装甲が弾けるタイミングを察していたように自ら後ろに飛ぶと衝撃の殆どを逃がし、地に着地すると間髪いれずに突っ込んできた。


 とにかく距離と時間を稼がなければ。俺はバックステップをしながら氷手裏剣を投擲。対してアンサラは踏み込みの速度をいささかも衰えさせず、小盾と長剣を使って迫り来る氷の刃を全て弾き飛ばした。


 またも肉薄するアンサラ。上段から迫り来る刃。また近距離での斬り合いに捕まれば同じ事の繰り返しだ。反応氷結界の結晶も残り少ない。


(これはあんまりやりたくないんだがッ!)


 俺は両腕の氷の手甲に宿った精霊に全力を注いだ。


 意志に答え、俺の躯が両腕の氷に『引っ張られる形』で後方へと一気に運ばれる。単純に後方に飛び退くよりも速度をもった移動。アンサラもこれには反応しきれず、振り下ろされた長剣は空を切った。


「ーーーーっぁぁ、きっついなこれッッ……………………!!」


 両腕の『空中制御』を解除すると、ズキリと、頭の芯に鈍痛が走る。


 要領で言えば、氷円錐を空中に具現し発射しているのと同じだ。そこに俺の躯がくっついていたと考えれば想像しやすいか。


 精霊術を利用すれば、俺の躯ごと氷を動かせるのは先日開発した技『アイスボード』で証明済みだ。ただし、アイスボードをあらかじめ地面を蹴って加速を付けた上で操作しているの比べて、今のはほぼゼロからトップスピードに移行した。初速が無いだけあって精神力の消費も激しい。車で言うところの、ギアをファースト、セカンドを飛ばしてトップに入れたようなものだ。精神エンジンに負担がかかる。


 食べ歩きツアーの最中に思い付いた回避方法なのだが、緊急時には役に立つが多用が出来ない欠陥技に留まっている。

 

 それでも、今までで一番距離を離すことには成功した。


(後先考えてる暇は無いなっ)


 俺は空中に巨大な剣を具現化し、勢いをつけてそのまま地面に突き刺した。次の瞬間、氷剣山波が発動し試験会場の床を飲み込んだ。


「なりふり構わなくなったか」


 剣山の波が襲い来るも、アンサラはどこまでも冷静だった。彼はその場で両足を曲げると勢い良く跳躍した。波打つように地面から突き出す剣山の波を飛び越えると、既に『波』が終わった剣山の先端に、片足で上手に着地した。


 予想外すぎる。氷剣山波は技の起点から順次目標に向かって剣山が突きだしていく技だ。つまり、技の威力が最も高いのは波の最前列であり、そこから後ろは既に波が終わり殆ど静止状態にある。そこに着地すれば理論上は攻撃力は無い。


 しかしまさか静止しているとはいえ、鋭い剣山の先端に着地すると誰が思うか。靴底が特殊な素材で構成されているのか、剣山が刺さる様子もないし、また滑ってバランスを崩す事もない。


 彼はそのままもう一度跳躍すると、俺の頭上に到達した。


 精神の枯渇の影響か、躯が回避行動に移らない。氷の移動を使った緊急回避も精神が持たない。それでも俺は咄嗟に左腕を上空に向け、なけなしの精神力を消費し氷円錐を具現しアンサラへと発射した。


 だが、アンサラはドコまでも俺の予想を越えていく。彼は左腕に装備している小盾を掴むとそれを腕から外し、円盤投げの要領で投げ放ったのだ。


 俺とアンサラの中間点、俺の発射した氷円錐とアンサラが投げた小盾が激突し、双方ともあらぬ方向へ弾き飛ばされた。俺と彼を阻む存在が、なくなる。


 そして。



 ーーーー斬ッ!


「っっっっっ、がぁぁああああああああああああああッッッッ!!」


 上空から振り下ろされた大上段の一刀が、掲げていた俺の左腕を斬り飛ばした。




 灼熱の痛みが切断面から伝わり、口から絶叫が発せられる。自然と足から力が抜け、地面に膝が付く。


 吹き出す鮮血を身に浴びたアンサラは、剣を振り下ろした恰好からゆっくりと立ち上がると、剣から血糊を払い鞘に収める。そしてこちらに背後を向けると、遠くへ弾き飛ばされた盾を拾おうと歩き出す。


「シナディ君。彼の治療をーーーー」


 アンサラの視線がシナディさんに移った。




 俺へ向けてた視線が、完全に外れた。




 まさか、ここまで圧倒的な展開になるとは思っていなかった。


 や、むしろ『ここまで』が順調に行き過ぎたのだ。


 精霊術という強力な武器を手に入れ、目の前に現れた敵は形はどうあれ撃退できていた。心の片隅で『俺も意外とヤレるな』という気持ちを抱いていたのは間違いない。


 だが、格上が相手ではこのざまだ。


 戦いの最中に急成長し、強敵に撃破ーーという展開は確かにお約束だ。だが、悲しいかなその『お約束』を展開するための下地が俺にはない。そんなことが出来るのは『あの天才』ぐらいだ。


 こうして『強者』の前に血に塗れで力尽きるのが結末だ。 



 ーーーーだが。


 

 …………普通に精霊術を使ってもアンサラの反応速度では避けられる。


 

 …………ならば普通でない方法で氷を生み出すしかない。



 …………幸いに、『素材』は絶賛放出中だ。



 …………そいつを凍らせば、最速で威力が出る攻撃ができる。



 …………たかが試験だ。命を賭けるほどのことではない。



 だがーーーーやられっぱなしと言うのは…………面白くない。



 久々に忘れていた。



 俺の最大の武器は、精霊術でも相手の意表を突く作戦でもない。



 ーーーーーー最後の最後まで足掻き抜く…………土壇場根性だ!



(終わりの合図は、まだ聞いてないぞアンサラッッ!)




 激痛をさらなる気迫で消し去り、



「ーーーーーッッ、がぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッ!!!!!」

 


 俺は今度こそありったけの精神力を使って精霊に呼びかけた。


 意図せずに絶叫が迸り、外れていたアンサラの意識がこちらに戻ってしまうが、もう遅い!


 驚愕に彩られた奴の顔面に向けて、既に左腕を向けていた。


 

 断ち切られたままの、左腕を。


 そこから吹き出す鮮血を


 

 宙を舞う血液を『凍結』させ。



 刃に変じてアンサラへと解き放つ!



「ぐぉおッ……………………ッッッ!」


 紅の刃はアンサラの頬を抉る。


 傷を与えた刃と同じ色彩が傷跡から流れ出た。



(腕切られてまで作った傷が、頬の一つかい) 



 多大な悔しさと、小さな小さな満足感を胸に抱いて。


 今度こそ俺は腕の激痛によって意識を失うのだった。

 

ここまで快進撃を続けていたカンナですが、一度メタクソにやられる場面が必要かと思い、圧倒的な敗北を書いてみました。

ただし、潔く負けないのがカンナクオリティです。根性で一矢報いました。


ちなみに今回ちょん切れた腕はちゃんと治るので安心してください。

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