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幕間その四 物理的な貸し借りをゼロにする方法

一方その頃なお話

 我で(以下略)。 


 カンナが冒険者ギルドで色々と騒ぎを起こしている頃にまで遡る。


 セラファイド山から城に帰還するなり、フィリアスは『魔神復活』の報を城の上層部にのみ伝えた。


 三百年前、王都を恐怖に陥れた『魔神』の存在は、お伽噺での形でだが国民の大半に浸透している。公式の記録にも残っている『それ』が復活したなどと知れ渡れば大混乱が起きる。『本人』は既に復讐心も失せている口振りだったが、それを国民が知る由もなく、現時点では一部の者に留めておくしかなかった。


 フィリアスは近衛騎士隊の一部を使い極秘の魔神捜索隊を編成させた。相手に敵対の意思が無くとも動向を探る必要がある。霊山の麓にある村にも捜索の手は伸びたが、魔神の影は無かった。強いて言えば捜索隊の様子を興味深そうに眺めている幼い少女が一人だけいたが、些細である。


 さて、最初の大勝負で魔神に軽く返り討ちにあった勇者三人である。


 あれから奮起した三人は一層に戦闘訓練に取り組み、召喚されてから数えて一ヶ月と少しを越える頃には、三人の戦闘能力に限ればBランク冒険者にも劣らない程に上り詰めていた。苦労してそのランクに到達した現役冒険者達が聞けば、嫉妬に発狂したくなる程の上達速度だ。


 環境がよかったのは否定できない。


 美咲の格闘技能と魔術適性、有月の有り余る魔力を十全に発揮するために必要な魔術具の開発には大量の資材が必要であったが、大半は王城の備蓄で賄うことが出来た。


 そこに加えて、王城には莫大な量の魔術関連書籍が保存されており勇者の権限で閲覧可能。単純な魔術式しか扱えなかった美咲はともかく、有月と彩菜はそれらを読み解き様々な魔術式の知識を取り込んだ。もはや、魔術士として腕は宮廷魔術士よりも勝るほどだ。


 もっとも、これらの環境を余さずに利用できたのは、三人の『才能』が飛び抜けていたからである。




「潮時かもしれませんね…………」


 その日の訓練を終えた三人が与えられた客間で団欒していると、会話が途切れるなり彩菜が切り出した。


「潮時…………この城を出るって事?」

「ええ。この世界に呼ばれてから一ヶ月以上が経過しました。一般常識にしても戦闘力に関しても、独り立ちには十分だと思える程度には蓄えが出来ました。これ以上留まれば、下手な情やシガラミが増えて、立場的にも精神的にも抜け出しにくくなります」


 美咲の疑問に、彩菜は続けて根拠を述べた。


「いいのかなぁ。いくら召喚した負い目があるといっても、この城の人たちには沢山世話になったし、その恩を返さないって言うのは…………。それに、僕たちの装備はいわば国の血税で揃えて貰ったといっても過言じゃないし」

「そうよね。そりゃ元々逃げ切る気でいたけど、ここまでして貰って何もいわずに去るのは殆ど泥棒も一緒よねぇ。下手したら盗難の罪で指名手配を貰っちゃいそうだし」


 有月のもっともな言葉に少なからず美咲も同意した。前者は主に感情面。後者は物資的な面でだが。


 そこに、彩菜は用意していたように説明した。


「少なくとも物資の面では心配ありません。少々惜しくはありますが、今日までに私が制作した装備や開発設備は全て分解し元の『素材』にまで還元します。消費して還元のしようが無い資材に関してはここ最近で討伐した魔獣の素材を代替にします。これで私たちと王城の人間の間にある貸し借りはゼロになるはずです」


 セラファイド山から帰還してすぐに、彩菜の提案で、有月達は王都の周辺地域に出回り、ひたすら魔獣を狩り続けていた。実戦の経験を多く積むのが主な目的だったが、魔獣が落とす希少な素材を大量に抱え込むためでもあったのだ。これを使い、返済しようがない消耗した素材の返済に割り当てる。


「でも、それじゃぁ僕たちが戦うための装備が無くなっちゃうよ。まさかまた一から作り始める気?」

「抜かりはありません。今の装備の代わりは返済用とは別にため込んだ素材を作って制作してあります。流石に現在の装備より多少のグレードダウンは強いられるでしょうが、すぐに慣れる程度にまでは抑え込めました」

「あ、相変わらず抜け目がないね、彩菜さん」


 友人の用意周到ぶりに有月も美咲も若干引いた。


「なので、申し訳ないのですが後ほどお二人の装備を持ってきてもらえませんか? いつでも逃亡できるように装備を入れ替えて、城からの素材で作った方は分解してしまうので」 


 彩菜の持つ『元』属性と錬金術を組み合わせれば、三つ以上の金属を混ぜ合わせた合金も、純度百パーセントの状態でそれぞれに分離できるのである。


「でも、装備が変わったら他の人に疑われない?」

「新型を作ったと言っておけば大丈夫でしょう。多少のダウングレードも『慣れていないから』という理由をくっつけておけばそれほど不審に思われないはずです」

「なんでそうもずばずばと言い訳が出てくるのかしらね」

「ハッタリは堂々と言うほどに効果が出るのですよ」

「頼りになるわね、本当に」


 彩菜の策により、最低でも物資的な恩はこれで貸し借り無しにまで至る。後は感情の面で踏ん切りをつければ問題はクリアだ。


「で、でも。僕はこの国の人たちが何かを企んでいるようには思えない。みんな気の良い人達ばかりだったよ。そう焦って逃げ出す必要なんてないんじゃないかな?」

「そうね。少なくとも私たちの身近にいる人達の殆どは善良な人達なんでしょうね」


 有月が尚も留まろうとするのに対し、美咲は含みのある言葉で返した。


「確かに。生活の世話をしていた給仕の人達や訓練に付き合ってくれていた城仕えの兵士達。武官も文官もみんな良い人達ばかりよ。それは否定しないわ」

「じゃあ」

「だからといって、それが国全体が潔白であるのと同然ではないわ」


 もちろん、人間の集合団体である以上、国の全てが潔白なはずがない。上に立つ者ほど清濁を併せ持つ度量が必要になるのは美咲とて理解できる。その典型的な見本のような人物が、彼女の傍には『二人』もいるのだ。


「この国の人達が善良なのは間違いないでしょうね。でも、私はこの一ヶ月の付き合いがあっても、王族であるフィリアスってお姫様を信用できないでいる」

「そんなッ!? フィーは召喚された僕らをずっと助けてくれたじゃないか!」

「そりゃぁ『世界を救うため』という曖昧な理由のために召喚した私たちの機嫌を損ねる訳には行かないでしょうからねぇ。待遇も良くなるでしょ」


 とても思春期の女子高生が出す結論とは思えない。通常なら高待遇に有頂天になり、フィリアス以下王城の人間に全幅の信頼を抱いてもおかしくない。現に有月は殆ど疑いもなくフィリアスを信用しきっていた。


「でも、僕は彼女を信じたい』


 どこまでも『主人公』な有月にやれやれと肩を竦めたくなる他二人。気分は駄目男を見捨てられない女だ。や、恋愛感情は欠片もないが、この友人を見捨てるには深く付き合いすぎていた。


 有月の気持ちだって分かる。様々な面で援助を申し出てくれたフィリアスが悪意を持っているとは通常ならば考えにくい。だが、そうであっても彼女に関しては色々と『謎が多すぎる』。そしてその謎がどうにも『善良な隠し事』には思えないのだ。


((こんな時、カンナ(君)が居てくれれば))


 ヘタレではあるが妙なところで頑固なところがある有月。だが唯一、カンナの言うことは絶対的に従う。二人の少女は同時に、行方知れずの少年に思いを馳せるのだった。




 いざとなれば拘束具で全身グルグル巻きの芋虫状態にして拉致するか、と半ば本気で考える。


 扉をノックする音に、話に没頭していた三人の意識が傾いた。


「勇者様方、フィリアス王女様がお呼びです」


 扉越しに聞こえる侍女の声に三人は話に区切りを付け、呼び出しに応じた。美咲と彩菜は王女に対する不信感を表に出さないように心掛けて部屋を出た。


 侍女の後について行き、会議室に到着。


 中には既にフィリアスが待っていた。


「休憩中の所、申し訳ありませんでした、三人とも」


 フィリアスは侍女に退出を指示し、勇者三人には席に座るように言った。各自が椅子に座る。


「それで、お話って何? わざわざ会議室に呼んだって事は、茶飲み話をするつもりじゃないんでしょ?」


 遠慮のない美咲の言葉に、フィリアスは苦笑気味に言った。


「何かと政務が溜まっていまして。本当ならみなさまとお茶を楽しみたいとは思うのですが」


 愚痴にもならない言葉を前置きに、フィリアスは表情を引き締めすぐに本題に移った。


「皆様、ディアガル帝国をご存じで?」

「確か、竜人族が統治する国家ですよね。領土全体が魔獣の多く生息する危険地帯。一方で、天然資源や魔獣の貴重な素材が豊富な地だと」

「竜人族かぁ…………。水人族と一緒でまだ会ったことないのよねぇ」


 水人族の住処は水際に限られており、内陸部にあるユルフィリア王都に滞在中は会うことは希だ。竜人族はそもそも数が他の種族よりも少なく、大半がディアガル帝国に在中だ。


「それで、そのディアガル帝国がどうしたんだい?」

「…………これは極秘事項になるのですが、彼の地に『魔神」の姿が発見されたとの報告がありました」


 勇者三人は揃って息を呑んだ。


 光属性魔術式の反則気味な支援術式『超強化』を発動させた有月を一方的に戦闘不能に追い込み、美咲と有月の全力を持ってしても歯牙にもかけなかったあの氷の魔神だ。


「それは本当のことなのですか?」

「ディアガル帝国の帝都ドラクニルに、似たような人物を確認したと。滞在中の我が国の者から報告があったのです。彼の者の特徴はまさしく魔神に酷似していた、と」

「随分と曖昧ですね」

「真偽を確かめようとどうにか後を追った様ですが、人混みに紛れて見失ってしまったようです」


 いつの間にか緊張していた肩から力を抜こうと、フィリアスは息をゆっくりと吐き出した。


「ですが、ここ最近の捜索で唯一の報告です。見過ごすには少々情報が少なすぎます」

「ちょっと質問だけど。確かこのユルフィリア王都とディアガル帝都って通常の道程じゃ一ヶ月以上は掛かるんじゃなかったっけ?」

 

 美咲は疑問を口にした。セラファイド山は限られた者以外は進出不可能の地域だ。それを大きく迂回して対岸に到着するには最低でも三週間。そこからさらに二週間以上の行程でようやくディアガル領内に突入できる。

 

 此方から手紙を出したとして、あちらに到着するのは一ヶ月以上先。さらにそこから返信が来ても同じだけ掛かる。知らせを受けてから即座に『魔神の影』を発見できたわけではないだろう。最短で二ヶ月。普通に考えれば報告が返ってくるまで三ヶ月以上の時間が必要になってくる。


「調査を任せた者達には特殊な魔術具を持たせています。これを使用すれば短時間ではありますが瞬時に遠く離れた相手とも会話が可能なのです」

「通信用の魔術具ですね」

「そうです彩菜さん。ただ、この魔術具は制作に希少な素材が必要になり制作難易度も高いので限られた数しか用意できない上、一度使用すると最低三日の魔力充填期間を置かないと再使用できないという欠点がありますが」 

「つまり、魔神の特徴を現地に滞在している『諜報員』に伝え、同じくその諜報員から魔神に酷似した人物を見つけたと、そういうわけですか?」


 フィリアスが近衛騎士隊の一部で編成した調査隊の捜索範囲はユルフィリア国内が限度だ。ならば他の地域の捜索は現地にはなっている者達に任せるしかない。


「諜報員って…………あの映画に出てくるような『スパイ』?」


 いかにも『怪しげ』な役割がこの国に存在しているのか。有月は驚いたように彩菜とフィリアスを交互に見やる。まさか、フィリアスが特殊工作員を他国に送っていたなど信じられない。


 有月の表情から、彼の思い描いているスパイ像を予想した彩菜は溜息を付きたくなった。


「別に不思議ではありませんよ。いくら友好的な付き合いをしている相手とはいえ、情報収集を怠って良い理由にはなりませんから」

「派手なカーチェイスや爆発アクションをするだけがスパイじゃないでしょ。アンタは映画を鵜呑みにしすぎよ」


 学業では非常に優秀すぎるのに、どうして有月の頭の中はこうもお花畑なのだろうか。色々と夢を見すぎである。


「そ、それでフィー。そのチョウホウインさんが魔神さんを見つけたんだよね。それで僕らはどうしたらいいのかな?」


 旗色が微妙に悪くなったのを流石に察し、有月は強引に話題を魔神の件に戻した。


 フィリアスは大きく深呼吸をしてから、真剣な表情で告げた。


「突然で申し訳ないのですが、皆様には『明日の早朝』にディアガル帝国に向けて出発してほしいのです。そして、彼の地で事の真偽を確かめ、もし真実であるならば魔神に接触し、『アレ』の真意を確かめていただきたい」


 彩菜は表情に『険』が混じるのをどうにか堪えた。ほかの二人を見ると、有月は普通に驚いていたが美咲は自分と同じ風だった。


「…………随分とまた急ね、フィー」

「私が同行すればセラファイド山を越えることが出来るので、一ヶ月以上掛かる道程は半分近くにまで短縮できます。ですが、それでも二週間から三週間近くは掛かります。それ以上の時間が経過してしまえば、魔神がほかの地に移動してしまう可能性があります。出立の時間は短ければ短いほど良いはずです。それは美咲さんもおわかりになるはずです」

「そりゃぁ、ね」


 内心の苦みを噛み潰しながら、美咲は平静を努めて頷いた。彩菜は彩菜で舌打ちをする寸前の口内を、意思の力で止めていた。


(装備と設備の分解。新しい魔術具の調整を含めて、二日で終わるのですがね。流石に半日では間に合いそうにありません)


 新装備(劣化コピー品だが)の調整は移動中も可能だが、問題は『分解』の方だ。魔術具開発に使用した設備の多くは大きすぎて移動不可能であり、王城に滞在している最中でしか触れない。そして装備の方も、合金製の素材を多く使用しているだけあって、落ち着いた場所での作業が好ましい。


(…………下手に時間を延ばせば勘ぐられるかも。仕方がありませんね、今日は徹夜で設備の方を徹底的に分解し、装備の方は移動中にすませてしまいましょう)


 強行軍になるが仕方がない。ここを出発すれば帰還できるのは一ヶ月は先になる。寝不足は覚悟しよう。


 頭の中を高速回転させて今日中に成すべき事を組み立てていると。


「分かりました。任せてください。見事に魔神を討ち取って見せます!」

「さすがは私の勇者様です!」


 ……………………どーしてそんなはなしになったんよ。


 思わず『頭痛が痛い』という脳が残念な台詞を導き出したくなるような話の展開だ。美咲を見れば今度は流石に我慢できず、頭痛を堪えるように頭に手をやっていた。


 魔神がディアガル領内にいる真偽と、彼女が何を考えているのかを確かめに行くのではなかったのか。どうして『討伐』などという物騒な台詞を気合いを入れて吐き出しているのだ。


 有月は妙に気合いを入れて握り拳を作り、それを見るフィリアスは熱に浮かされたように頬を赤らめている。その光景だけは非常に絵になるのだが、内実が残念すぎて骨董品屋に捨て値で売っていそうだ。


 どのような会話が成されれば捜索が『討伐』にすり替わっていたのか非常に気になるが、逆に聞くのが怖い。おそらく、三文芝居が過ぎて突っ込みを堪えきれないに決まっている。


((こんな時にカンナ(君)が居てくれればッ!))


 あの少年なら空気を読みつつあえて蹴散らし、盛大な突っ込みをまき散らして場を台無しにしてくれたろうに。


 またも二人の心が重なった瞬間だった。


 こうして、勇者一行はディアガルへと旅立つことになる。


 

ブクマ登録、評価点は随時募集中でございます

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