第六十三話 「奴」が現れた途端、シリアスが勢いを失う法則
二百を越える規模のリザードマンの群との戦闘経験がある者は、今回の作戦の参加者には存在していなかった。だが、誰もがCランク冒険者の実力と、対人に特化しているとはいえBランク相当の実力を持つ軍人だ。最初こそ数の多さに圧倒されはしたが、時間を置くごとに徐々に勢いを盛り返していた。
騎士団の人間にとって、あるいは『リザードマン』はゴブリンよりも与し易い相手だった。道具を使う程度の知能しかないゴブリンの力任せの攻撃よりも、敵の隙を突こうと武器を操るリザードマンの方が常日頃の訓練の成果を発揮しやすいのだ。
さらに、魔術式を扱える者は、ゴブリン討伐時には使用しなかった魔力をここぞとばかりに発揮する。幻竜騎士団の兵は、魔術を得意とする者でも、原則として近接武器の使用を『義務』づけられている。戦場で一番の武器である魔力が枯渇したときに、わずかでも生き残る確率を高めるためだ。よって、幻竜騎士団の魔術士は、近接戦闘のみでも楽にゴブリンを屠れる実力はあるのだ。ただ、相手がリザードマンともなれば、本領である魔術式を温存する道理はない。魔術式を発動し、リザードマンの群にへと様々な属性の攻撃を降らせる。
冒険者達も同じく負けてはいない。生業柄、スタンドプレーが目立つ者が多かったが、そうでありながらも隣で戦う者に最低限の気は配っており、互いの持ち分を妨害しないように立ち回っている。ある者達は冷静に肩を並べ、即席ながら連携をとって魔獣を撃破していく。
そんな中で獅子奮迅の活躍を見せたのが、槍使いのバルハルトだった。逞しい肉体から繰り出される鋭い突きは、急所に当たれば一撃で絶命、そうでなくとも身体のどこかに当たれば部位欠損を起こす威力。リザードマンも武器や防具で防ごうとするが、その間隙を縫うように槍が突き込まれる。ただの力押しではなく、技量を伴った刺突だ。
「ふぃぃ、この数を相手にするのはちょいと骨が折れるぜ」
一息に三の突きを繰り出し、三体のリザードマンの身体に穴を穿った彼は、槍を旋回させながら身を引いた。前方からリザードマンが剣を振り上げて襲いかかるが槍の回転に巻き上げられ、剣をあらぬ方向へと弾かれる。できた隙に頭部を貫かれて絶命した。柔と剛が混ざり合った流れるような動きは、確かな実力が感じられた。おそらく、冒険者達の中で、Bランクの者を除けばこの槍使いの男がトップかその次の実力を誇っているだろう。
ーーーーちなみに、彼と同等の戦力を秘めている冒険者は、現在気絶中である。
ただ、そんな彼からしても一際目立つ戦果を挙げていたのは、幻竜騎士団の団長であり、元Aランク冒険者と名高い『竜剣』レグルスだった。
「…………アレは本当に人間なのか? オーガの混血だって言われても俺は信じるぞ」
彼の失礼な呟きは分からないでもない。
バルハルトの槍裁きが『柔と剛』の合わせ技とするならば。
レグルスの剣裁きは『剛の極み』だった。
彼の場合、戦い方がゴブリンの時と全く変わらず、巨剣で迫り来るリザードマンを武器や防具ごと薙払い、吹き飛ばしていくのだから。防ぐ防がないの範疇に収まらず、『当たれば終わる』という理不尽極まりない戦い方だ。恐ろしいのは、力任せではあるのだが、下手な力みや硬直を一切見せず、ひたすらに最速で剣を振るい続けているのだ。驚くべきは剣を振るう膂力か、それを支え続けている体力か。それとも切っ先にブレを許さない技量か。正解はその全てだろう。
しかしながら、当の本人は不満を溜め込んでいた。
「大群相手だとやはり『アレ』が欲しいところだな」
現在の状況にうってつけの『装備』は、数ヶ月前の『出来事』で紛失してしまっている。新しく新調しなければならなかったが、最近は何かと忙しくそちらに気を回す余裕はなかった。今更ながらに後悔が募ったが、無くとも多少の手間が増える程度の弊害だ。
「団長ッ、洞窟の方からッ」
部下の声にそちらに視線を向けると、リザードマンよりも一回りでは収まりきらないほどの巨大な魔獣が姿を現した。
体躯そのものはゴブリンの亜種を更に巨大化した風貌。だが、装備は重装甲兵を彷彿させる全身鎧に、手には人間の身体を容易く粉砕しうるほどの巨大な斧を装備していた。露出する頭はゴブリンらしく緑色の肌をしていたが、禍々しさや凶悪さを増していた。
ゴブリンの上位個体である、ジェネラルゴブリンだ。ゴブリンの系統に属してはいるが、ありとあらゆる面でオーガを上回る魔獣である。
加えて、ジェネラルゴブリンはまるで騎兵のように別種の魔獣の背に跨がっていた。ゴブリンの上位個体を背負えるほどの巨体を誇る、大きく発達した後ろ足で大地を踏む大蜥蜴だ。リザードマンと同じ二足歩行ではあったが、前足は後ろ足に比べて小さく、身体も前傾している。地球で言うところの『恐竜』が一番近しいだろう。
「なるほど、あの大蜥蜴がリザードマンの上位個体か」
レグルスの中でようやく筋が通った。でなければ、ゴブリンの上位個体が別系統の魔獣であるリザードマンを率いる道理がない。そして、レグルスの中にあった別の疑問に答えが出た。
(どうしてゴブリンとリザードマンを小分けに出したのだ? ゴブリンとはいえ上位個体ならば他の個体に比べて高い知能を持っているはずだ。ならば、両方の戦力を纏めて運用した方が、こちらとしては遙かに手強かったはずだ)
考えられるとするならば。
(…………ゴブリンどもは囮か?)
ゴブリンとリザードマンが混合した大群ならば、その異常な事態にディアガルの軍上層部も危機感を抱き、もっと規模の大きな部隊を派遣しただろう。冒険者ギルドの方もレイド依頼の定員を増やすか高ランクの冒険者に募集を掛けたに違いない。戦力的な面だけではなく、それ以上のイレギュラーに対応するための人選を行ったはずだ。
だが、実際に集まったのは千のゴブリンとその上位個体を想定した戦力。おそらくリザードマンの二百体(加えて上位個体)だけであっても、この戦力に多少増した程度が集まっただけだろう。
ただし、その両方を同時に相手したとしても、辛うじて対処が可能な範囲である。
(と、すればだ。そろそろ最後の一手が来るか)
レグルスの中に生まれた危惧はすぐさまに現実となった。大蜥蜴に乗ったジェネラルゴブリンと全く同じ個体が、洞窟の奥からまたも現れたのだ。しかも一体やニ体ではなく、ぱっと見でも十は越えている。新たに現れたゴブリンの上位個体に、人間勢に動揺が走った。当たり前である。単体でもBランク適正の魔獣が複数出現したのだ。唯一の救いとすれば、リザードマンの上位個体らしき大蜥蜴に乗っているのは最初の一体だけである所か。
「これが本命か」
レグルスはこの戦場で、初めて背筋に冷たさを感じた。
当初よりは減ってはいたが、それでもリザードマンの数は未だに百を越えている。そこに加えてジェネラルゴブリンが十体以上。内の一体は大蜥蜴に騎乗している。勇猛果敢で知られる幻竜騎士団と歴戦の冒険者達ではあるが、相手にするには数が多すぎる。
(せめて『アレ』が手元にあれば、すぐにリザードマンを殲滅できるというのに)
己の怠惰に、兜の奥でレグルスは歯を軋ませた。このままジェネラルゴブリンと衝突すれば、騎士団にも冒険者達にも多大な被害が出る。下手をすれば全滅の可能性もある。
一番に『撤退』の選択肢が出てくるが、リザードマンの壁は未だに厚く、突破して鉱山の外に脱出するには時間が掛かる。ジェネラルゴブリン達が人間勢に食い込む方が明らかに早い。
多少の事態になら余裕で対処できる自負はあったが、ここまでに異常事態が重なればレグルスも小さな動揺を隠せなかった。そして、僅かばかりに生まれた思考の空白を、魔獣は見逃さなかった。
先頭のジェネラルゴブリンが、騎乗する大蜥蜴と共に高らかに吼えた。斧を片手に振り上げると、猛スピードで駆けだした。目指すは大将首ーーレグルスだ。もしかしたら人間に匹敵するほどの知能が、もっとも警戒すべき相手の隙を好機と判断したのだ。
そしてそれは決して間違いではなかった。大蜥蜴の走る速度は駿馬にも匹敵する。対してレグルスの周囲には味方が大量に布陣している。膂力の上では負けないだろうが、単純な質量差がまるで違う。このまま衝突すれば、レグルスは無事でも勢いに押し負け、ジェネラルゴブリンが味方陣深くに食い込む。そこを切り口に他のジェネラルゴブリンや残ったリザードマンが突き進めば一気に殲滅されかねない。
(支援術式で身体強化して、何とか耐えるしかないッ)
戦場ではあるまじき油断に歯噛みをし、レグルスは瞬時に魔力を練り上げる。発動すればまさしく一騎当千の能力をレグルスに与えるが、数分の後に身体に大幅な反動が返ってくるまさに諸刃の剣。だが、ここで使わなければ全滅は必至。
そして、術式を構築し、いざ発動する。
ーーーーバゴォォォォォォンッッッ!!!
…………寸前に突如として、凄まじい轟音が戦場に響き渡る。
そして次の瞬間。
ーーーーゴガァァァァンッッ!!
上空から飛来した『氷の砲弾』がジェネラルゴブリンの巨体に衝突し、大蜥蜴の背中から吹き飛ばしていた。唐突に背中から重みを失った大蜥蜴は慌てたように停止した。そして、遠く離れた後方にジェネラルゴブリンの巨体を確認すると急いでそちらの方に戻っていった。
レグルスや騎士団、冒険者達だけではなく魔獣の軍勢すら動きを止めた。それまでの戦いの激しさを忘れるほどの静寂が横たわる。
「うぅぅぅん…………何の音でござるか?」
唯一、今の轟音で目が覚めたクロエが憎たらしいほどに暢気な声を上げた。
「氷…………ッ、まさかッ」
レグルスは氷の砲弾が飛来してきた方角に目を向けた。周囲の人間達もその視線に釣られて天を仰ぐ。すると、太陽が輝く蒼天のなかに、なんと人間の姿を発見したのだ。
「やっべ、着地考えてなかったッ」
白い髪と赤い目を持つ『彼』の悲鳴が、レグルスとクロエの耳に滑り込んでいた。
ようやく「奴」の登場までこぎ着けました。
ここからが本番です。
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