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第四十三話 やせい の おぼっちゃんと ごえいA ごえいB が しょうぶ を しかけてきた

面白いサブタイトルが思いつかなかったので。

 

「では、これよりカンナとクロエ、ルキス・アーベルンの決闘を執り行う! 両陣営、構えな!」


 試験官の視線を気にしてばかりもいられない。俺は大斧を両手に、クロエは腰の剣を引き抜いて構えた。あちらも、剣を同じく構える。


 こちらは前に俺が立ち、右斜め後ろにクロエ。


 相手陣営は、護衛の冒険者が盾を前面に押し出す形で両隣に立ち、その後ろに控える形で坊ちゃんが二剣を構えている。立ち位置はちょうど三角形の形だな。


 …………ちろりと、今この瞬間に奴らの足下を凍らせるか迷ったが、即座に否定する。この状況だと、俺の仕業だと発覚する可能性が大だ。これまでのいろいろが同時にバレると不味い。それに、アレは実は結構精神力を使うので突発的に使うには適していないのだ。失敗すると俺自身が無防備になる。


『正々堂々』ってぇのは性に合わないが、真面目にやるとしようか。


「始めッ!」


 戦いの火蓋が切って落とされる。


 俺は開始と同時に踏み込み、前方に待つ二つの壁ーー全身鎧の護衛に向けて大きな横薙を放つ。技量もへったくれも無い全力のフルスイングだ。


 こちらから向かって右の冒険者ーー以降はAと称しようかーーは俺の踏み込みに対して一歩反応が遅れたのがわかった。大斧のでかさは柄だけでも俺の身長並ほどもある。刃の大きさも言わずもがな。大質量を担いでいる筈なのに、そうとは思えない踏み込みの早さが予想外だったのだ。


 結果、ろくな踏ん張りを利かす暇もなく、予め構えていた盾で防ぐのが手一杯。激しい激突音と共に、護衛の片割れーーこちらはBとしようーーが衝撃に耐えられずに後退した。出来れば押し倒したかったところだが、そこまでは望めなかったが。


 視界の端っこに、隣に立っていたもう一人の護衛が剣を振りかぶっているのを確認。さすがは戦闘を職にしているだけある。俺の踏み込みの速度は予想外だったろうが、相方が攻撃を防いでいる間にすぐさまに冷静を取り戻していた。


 普段の俺ならその攻撃は氷の防壁を作って防ぐところだが、今回は手持ちの大斧以外の氷は極力控えなければならない。


 問題はなかった。視界に捉えてから気づいていたのでは間に合わなかったが、気配で既に察していた。護衛の一人を斧で弾いた直後には俺は次の動作に移っていた。体をその場で反転させながら飛び退き、振り下ろされる剣の間合いから外れる。続けて、回転の勢いを殺さずに柄のリーチを存分に利用し、斧を振るう。冒険者BはAの時とは違い、しっかりと構えて斧の一撃を堪える。だが、衝撃はさすがに殺しきれずに動きの硬直を余儀なくされる。


「行けッ、クロエッ!」


 僅かな間ではあったが、護衛A、Bの動きが止まる。その僅かな隙間を縫うように、黒い影が駆け抜ける。クロエが俺が作った護衛の隙間を突破し、後ろに構えていた坊ちゃんに向けて突貫した。


 速いッ! 本人は速度に自信が無いと言っていたが、俺から言わせればまさしく疾風迅雷だ。これで黒狼族の中では落ちこぼれだというのだから恐ろしい。魔力を十全に有する黒狼族の速度が想像もできない。


 俺は辛うじてクロエの動きが見えたが、果たしてあの坊ちゃんはどうか。もしかしたらこれでケリがつくか?


 だが、俺の安易な希望は金属音によって遮られた。クロエは迷いなく坊ちゃんの元へと走り、鋭い踏み込みを乗せて斬撃を放つが、坊ちゃんは両手にそれぞれ携えた二本の剣を交錯させて防いでいた。


「今ので終わると思っていたのか? 先ほども言っただろう、私の実力は既にCランクはあると」

「くッ、ハッタリでは無かったでござるかッ」


 クロエは歯噛みをすると、鍔迫り合いを嫌ってバックステップ。間合いを外そうとするが今度はこちらの番だ、と坊ちゃんがそれに踏み込み、クロエに一撃を返す。クロエは危うげ無くそれを剣で弾き逸らす。続けて繰り出されたもう一方からの攻撃も同じく迎撃する。


「さすがは名高き黒狼族。見事な剣捌きだ」

「貴殿に褒められてもちっとも嬉しくないでござるよ!」


 そこからは押しも押されぬ攻防の応酬が繰り広げられていく。クロエは言うだけあって見事な剣捌きだな。スピードやパワーは置いとくとして、技量に限って言えばレアル並だな。対して坊ちゃんの方もあの下種な性根とは裏腹にクロエの攻撃にしっかりと反応できている。どうやらあの横柄な態度はある程度の実力に裏打ちされているのか。


 と、そんな戦闘が繰り広げられている間、俺はただ単に鑑賞を続けていたわけではない。むしろ割と忙しなく働いていたりする。


 なるべくにクロエと坊ちゃんの一対一の状況を守るために、俺は可能な限り護衛二人の注意を引きつけておく必要がある。MMORPGで言えばタンクの役目だな。


 クロエが護衛二人の壁を突破した直後、坊ちゃんの援護に回ろうとした護衛Aの動きを柄の石突きを背中にブツケて牽制する、背後から迫るBの攻撃は、咄嗟に斧を手放し両手の手甲でガード。剣を防いだまま体当たりを仕掛けて相手を遠ざけ、その隙に手放した斧を回収。隙を突いたようなAの突き出しを、体を前に投げ出して回避。前転の要領で転がってすぐに立ち上がる。


「見た目の通りに堅いなおいッ」


 体当たりを仕掛けたときにブツケた肩が小さく痛む。全身鎧は伊達ではなく、攻撃を仕掛けたこちらがダメージを負ってしまった。しかも、ミスリル合金というのは本当に軽いようで、あれだけ体中に金属を装備しているのに、護衛たちの動きはそうとは思えないほどに俊敏だ。レアルやアガットらとの訓練が無ければ即座に戦闘不能に追い込まれていただろう。精霊術で作った重量無視の大斧と、卓越した気配察知の能力というアドバンテージがなければまず相手にならなかったに違いない。


(だからって、勝てるってわけじゃぁないんだがな)


 人数に劣る側の勝利の鉄則は、正面から戦わないことだ。なのに決闘という形を取る以上、戦闘の開始時点ではその忌むべき真っ正面だ。


 予想外だったのが、護衛等の『お化粧直し』だ。あれがなければ、最初の先制攻撃で少なからずのダメージを与えられただろうに、現時点までほとんど無傷だ。誰も、たかが癇癪から起こった決闘にわざわざ五百万近くもつぎ込むとは思わない。


 あのミスリル合金の鎧がどれほどの防御力を秘めているかは見当も付かない。この場所が屋外であれば、さらに言えば立会人がいない状況であれば『いくらでもやりようがある』のだが、無い物ねだりは不毛だ。


 唯一の露出している頭部だが、こちらを狙うのは躊躇われた。幾ら優秀な事後医療が保証されていても、首の骨が折れたら治療も難しいだろう。大斧の質量がクリーンヒットしたら即死しかねない。


 余談だが、頭部を覆わないのはそれをすると防御力と引き替えに視界が極端に狭まる代償がある。なので、全身を鎧で覆っても頭部だけは剥き出しにする装備は珍しくないとのこと。


 俺を野放しにする方が危険と判断したのか、護衛のA、Bは坊ちゃん等に完全に背を向け、徹底的に俺を相手しようとこちらにつっこんできた。好都合と不都合が半々な状況だ。彼らの『ヘイト』を稼げるのは良いのだが、前述の通りに真正面からの戦いになってしまうからだ。


 護衛Bが大振りに剣を振るう。腕力と遠心力の乗ったそれは威力こそありそうだが事前と事後の隙が非常に大きい。回避自体は問題ないのだが、よけた後に護衛Aがこちらは隙の少ない鋭い一撃を放ってくる。こちらも避けるが直後に衝撃が襲いかかる。盾を構えたBがそれごと体当たりをぶち込んできた。どうにか斧の『面』で直撃を防ぐが、衝撃に負けて俺は吹き飛ばされた。地面に倒れる俺に追撃とAが剣を振り下ろしてくる。横に転がって避けるも、立ち上がったそばからBの攻撃がまたも襲いかかってきた。


 二人の意識が俺に集中すると、途端に攻撃に苛烈さが増した。元々二人一組で活動していたのだろう。攻撃の連携が驚くほどに上手い。どうにも防戦一方に追い込まれていく。


「いづッ!?」


 剣の切っ先を手甲で受け止め損ね、防具が覆っていない腕の部分を掠めた。焼ける痛みの悲鳴を押さえながら、続けてくる攻撃を間合いを外してどうにかやり過ごす。


 戦闘の最中に間が空くが、護衛二人とも坊ちゃんの方に駆け寄るそぶりは見せない。ここで確実に俺を潰す算段だ。


 ちろりと、クロエの様子を伺うと、どうやらこちらは実力が拮抗しているようだ。クロエは巧みな剣の捌きで、坊ちゃんは二本の剣による手数の多さで互いの剣を牽制している。


 両者ともに互いに全意識が集中しているようで、こちらを見る気配はない。つまり、クロエからの援護を求めるのは難しい、あの様子だと、決着が付くのはまだ先だな。


 …………よし、少しだけ縛りを解くか。


 そもそも、縛りプレイで己より強い相手に勝つ方が難しい。


 詮索を受ける危険性は増すが、そこは諦める。たかが決闘とは思うが、あの坊ちゃんの高い鼻をへし折る方が大事だ。ああいった手合いは、調子に乗らせると後が非常に面倒くさいのだ。この場で形だけでも決着をつけておかないと、今後に余計なちょっかいを出される危険性がある。勝ったら勝ったで因縁も付けられそうだが、精神的な優位がとれるだけでも大分違う。これがこの決闘を受けた一番の理由だ。相手がそこら辺の一見さんなチンピラだったらさっさとボイコットかましてたな。


 さて、どのあたりまでなら『許容範囲』であろうか。


 視界に護衛らを収めたまま、己の得物に意識を向けた。


 自然と、柄の中央部に埋め込んだなんちゃって魔術具の宝石に行き着く。この宝石を核にこの氷で出来た大斧は生み出されている、という『設定』だ。


 逆を取れば、これは大斧を生み出す魔術具ではなく、大斧を形作っている氷を生み出す魔術具だ。つまり、この魔術具は氷で武器を生み出すのである。


(よし、言い訳確保!) 


 面目ができあがれば早速実行に移す。


(大斧は言わばごり押し武器だ。だったら今回選ぶべきは)


 俺は思い描いたイメージを、精霊術で出来上がった大斧の先端に集中させていく。すると、斧の刃を形成していた部分の氷が『バキバキ』と音を立てて変形していった。


 護衛の二人だけではなく、立会人をしていた婆さんや試験官、それに治療係として控えていた職員さんも目を大きく見開く中、武器の変貌は続いていく。


 精霊術で予め生み出した物に、新しい変化を与える行為は初めてだったが、存外に上手くいった。結果として出来上がったのは、長い柄に対して横に突きだし、内側に向かって大きな湾曲を持った刃。


 いわゆる『大鎌』である。ファンタジーな武器の、ある意味で代表的な一品だ。悪役な意味で。


 ネタじゃないぞ? この形にしたのにはちゃんと意味がある。


 精霊はやはりいい仕事をしてくれたようで、斧とはまるで違う重心のはずなのに、同じ感覚で振るえそうだ。


 敵の武器が目の前で変貌した事に、護衛AもBも驚きを隠せていない。その隙を迷わずに掴み取る。それまで防戦だった仕返しとばかりに、一気に攻撃を仕掛ける。


 相手はすぐに我に返るが、この一手だけでも成功すれば良い。俺は護衛Aに向けて大上段から大鎌を振り下ろす。Aは避けることこそ出来なかったが、無難に盾を真上に構えて迫り来る大鎌の『柄』を受け止めた。


 ーーーーガツンッ!


 けれども、護衛の背中には大鎌の『刃』が激突していた。


『ショーテル』という湾曲した剣がある。これは刃が半月の弧を描く形状をしており、その湾曲した先端が相手の盾を通り越して直に攻撃するためのトリッキーな武器だ。俺の手の中にある大鎌も同じ性質を持っており、単純に防ごうとすると柄の先から横に延びている鎌の刃が相手の本体に襲いかかるのである。


 ーーーー大斧が真正面からのごり押し武器なら、大鎌は死角からの不意打ちを得意とする武器だ。


 ごり押しか不意打ち。我ながら正々堂々からかけ離れているな。


 護衛の体は全身にミスリル合金の鎧が装備されている。だがそうであっても、意識の外から体に直接攻撃を食らえば一瞬は混乱する。


 背後からの予想外な衝撃に僅かに目を白黒とさせる護衛A。彼の僅かばかりの隙を埋めようとBが咄嗟にカバーする。だが、Bの攻撃を避けつつも、俺はAの足下に大鎌を延ばし、その刃を足に引っかける形に持って行く。


「どりゃッ!」


 離れ際に、大鎌の柄を思いっきり引っ張ってやる。すると、護衛Aは防具のおかげで怪我こそ負わなかったが完全に刃に足を取られて派手に転倒する。派手に転んだ余波で持っていた剣が意図せずに振り回され、それを警戒したBが慌てたように飛び退いた。幾ら鎧を纏っていてもこれは半ば反射的な行動だろう。俺にとっては好都合にほかなら無い。


 倒れた護衛Aに素早く接近し、俺は大鎌の刃を振り下ろし、彼の頭の真横で刃を寸止めした。咄嗟に立ち上がろうとした護衛Aだったが、頭部に突き刺さる寸前の氷の刃によって遮られる。


「婆さんッ!」


 相棒のそばで武器を突きつける俺を狙って、Bが剣を振るおうとするが、それよりも早くに俺は立会人の一人に叫んだ。


「一旦お止めッ!」


 ーーーーガギンッ!


 会場の全域を揺るがす大声量に、この場にいる全員の目が声の持ち主へと向いた。


 いや、護衛Bと、この決闘の副審を担っていた試験官は別だ。試験官はBが振るい俺に届く寸前だった剣を、いつ抜いたのか背中に背負っていた長剣で受け止めていた。


 俺はBの剣が無事に止められた事よりも、それを受け止めた試験官の動きに愕然としていた。剣の達人は一つの踏み込みでメートル単位の移動を可能にするとは聞いたことがあるが、それを間近で見せられるとは思いもしなかった。


 婆さんは倒れた護衛と、その顔の真横に刃を突き刺している俺。それと、Bの剣を受け止めている試験官を見て大きく頷いた。


「そこに倒れている男は戦闘不能と見なすよ。決闘が終わるまであたし等と一緒に見学だ」


 それまでクロエにだけ集中していた坊ちゃんが、婆さんの判定に愕然とした。


「な、なにをいっているのですかッ! その男はまだ動けます! 怪我らしい怪我も負っていないでは無いですかッ」

「ここが戦場だったら、寸止めなんざせずに頭がぶったぎられてるさね」

「決闘を中断することもなかったはずです! 敵を倒した直後の油断を狙うのは戦場として当然ではないですかッ」


 坊ちゃんの文句の矛先は、試験官が護衛Bの攻撃を横から止めさせた点に合わせられたが、今度は婆さんの代わりに試験官が言葉を返した。


「残念ながら、カンナ君は微塵にも油断していなかったさ。証拠に、倒れている彼に刃を突きつけて即座にリーディアル様に声を掛けた。あれがなければ、私は乱入するつもりは毛頭無かったさ。倒れている彼とカンナ君、両者の戦闘不能という判断を下していただろう」


「アタシも副審と同じ判断さ。だから試合を止めたんだ。主審と副審の判断が合致したんだ、異論は認めないよ」

「な、ならばその男の武器はどうなのですか! 決闘の最中に武器の変更を行うなどッ!」


 今度は武器の形状が変化したのがお気に召さないらしい。


「小僧の武器は氷の斧じゃなくて、氷を生み出す魔術具さ。そこに異論があるなら、そもそも決闘を始める前に言っておきな。今更になって『無し』ってぇのは道理があわないよ」


 坊ちゃんの言い分は審判二人によって完全に退けられた。まだ何か言いたげな坊ちゃんをよそに、婆さんは仕切り直しの宣言をした。

斧・槌・大鎌と、主人公らしくない武器が続いていますが、個人的には大好きです。


次回に坊ちゃんとの戦いに決着は付きます。


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