第十二話 細身の人がでっかい武器を使うのって、ファンタジーの醍醐味だよね
やばい、そろそろ貯金(文)が消える。
あの後、こっそり宿の自室に帰還した俺は、とりあえず溜まりに溜まっていた下半身を自家発電で発散した。精神的には兎も角、肉体的にはいろいろと限界だったのだ。とてもではないが次の日の夜まで耐えられる自信がなかった。加えて、明日の夜だと、その翌日の朝にはこの街を出発するのだ。体力的にキツい。二泊三日の関係上、チャンスは初日の夜しかなかったのだ。
とりあえず、一人寂しくスッキリして翌日である。
「うぉらぁッッ」
気合いを乗せながら手甲を装備した右の拳を振るう。狙うは相手の顔面正中だ。
「重いが、正直すぎる」
相対するレアルは冷静に呟きながら、鞘入りの大剣を縦に構えて攻撃を防ぐ。無論これが防がれるのは折り込み済み。本命は右手を引かずにそのまま続けて下から繰り出す左の追撃。だがレアルはこちらも見越していたのか、大剣の角度を調整し、鞘の先端付近で追撃を防いだ。素人相手だとこの時間差上下攻撃はかなり有効なんだが、楽に対処されてしまう。
「狙いは良いが、今度は重さが足りない…………なッ!」
語尾の最後に力を入れ、レアルは剣で受け止めていた俺の拳を弾き飛ばした。両腕にかかる衝撃を堪えきれずに俺は体勢を崩しながら数歩下がる。そこに襲いかかってくる上段からの叩きつけ。
咄嗟に両腕を交錯して受け止めるも、瞬間に腕の交錯点から全身に伝わってくる凄まじい衝撃に膝が折れそうになる。大剣そのものの質量も有るが、それを振るうレアルの膂力が凄まじい。手甲を装備していなければ、俺の腕は粉砕していかもしれない。そうでなくとも至る所の関節が悲鳴を上げていた。頭に受けたわけではないのに脳が揺れ、視界が明滅する。
「のぉぉ…………があッ!」
だが、どうにか根性で意識を保つと、俺は剣を受け止めたまま一歩を踏み込み、右の蹴りを放った。
避けるか、あるいは剣から手を離して腕で受け止めるかするか。とりあえず、距離をいったんはなして仕切り直しにしたい。
ところがなんと、彼女は避ける動作すらせずに、そのまま剣をもう一度振り上げたのだ。
俺の右蹴りが彼女の脇腹に直撃する。足甲を装着し、質量とそれに伴う衝撃力が上がった蹴りをだ。なのに、足に返ってくるのは、大木を相手にしたような感触だ。本当に生身の人間か?
レアルの表情が小さく曇る。痛みを感じていないわけではない。なのに剣を振るう構えは微動だにしなかった。
やばい、と思考した次の瞬間には、剣は振り下ろされていた。
今度は受け止めきれない。もう一度両腕で受け止めるも、その防御ごと俺の躯は地面に叩きつけられていた。
宿の裏庭を借りて行っていた朝の鍛錬は、俺が地面に潰れた時点で終わりを迎えた。
倒れた状態からどうにか状態を起こし、地面に腰を下ろした状態になるが、それが限界だ。疲労と痛みでまだしばらく立てそうにない。一方レアルは、鞘入りの大剣を地面に突き刺し柄に片手を置いているが、それで躯を支えてはいない。普通に直立している。唯一、肩で息をしている所が俺の慰めどころだ。これで涼しい顔されていたらへこむ。
「やはり、防御力が上がれば自然と動きに幅が出るな。特に最後の辺り、右の上段攻撃で目を引き付けてから、左からの下段攻撃。あの動きは中々良かったな」
「普通に受け止められていたんですけど」
「素手ではないが、二刀流との経験は少なからずあるからな。その時に対処法を覚えていなければ受けるのも難しかったな。ただ、言ったとおりにあれは二撃目の重さがなくなる。きちんと防御が出来るなら問題はない。ただ、初見の相手にはかなり有効な一手なのは間違いないだろう。それに驚いたのは、最後の最後に私の一撃を防いだことだ。鞘入りとはいえ、それなりの本気を一度でも防ぐとは思わなかった。君の防御ごと潰すつもりで放ったんだがな」
「あれは体勢の問題だ。上からじゃなくて、横からだったら確実に吹っ飛んでたよ。二回目は堪えきれなかったし」
たった一発で俺の体力は根刮ぎに削られていたのだ。両手両足が未だがくがくと震えている。
「つーか、足甲付きの蹴りを無防備に受けきるってどーなのよ。あの感触は生身じゃなかったんだが」
「苦し紛れで打った蹴りなど、幾ら防具で強度を上げていてもたかが知れている。鍛錬を怠っていない躯であるなら、しっかりと両足を踏ん張っていれば体勢を崩すことはない」
その鍛錬がどの程度なのかが気になる。あのでっかい剣を自在に振り回せるぐらいか? とてもではないが無理だ。
「カンナだって、精霊術で作った武器を振るうだろう。あの大斧を振り回せるんだからな」
「あれは精霊が力を貸してくれるからであって、俺の筋力が上がってるわけじゃないんだよ。でなけりゃ、氷で出来てるからってあんな凶悪な質量を持てるわけがない」
精霊術で生み出した氷の造形物は、それが俺の影響下に有れば、俺がもつに限り質量をあまり感じさせない。お陰でレアルの大剣並に超重量級の武器も割と楽に振るう事が出来る。試しに精霊術で大斧を作り、精霊の加護を取り払ったものを持ち上げようとしたのだが、危うく腰を悪くしそうなほどに重かった。もう一度精霊に頼むと、やっぱり普通に持ち上がった。しかも、俺が扱い易い程度に軽すぎず重すぎず。至れり尽くせりだ。
それに、今回の鍛錬の趣旨は、俺自身の動きを鍛えるためであって、戦闘力の直接向上ではない。精霊術やレアルの付与魔術はなし。あれを使うと、宿の裏庭程度では敷地が狭すぎる。半径五十メートルぐらいのスペースが無いと余所様に迷惑が掛かってしまう。
「そーいやさ」
躯の熱が冷めるのを待っている間、俺は昨晩の出来事を思い出した。内容はとても口に出来ないが、その時の疑問をレアルに問う。
「昨日町中で『氷の魔術』は超難易度って聞いたんだけど、それってほんとうなのか?」
「…………あぁ、そういえばそうだったな。済まない、伝え忘れていた」
あっさりと認めるレアル。
「知っての通り属性魔法は苦手でな。各属性の対処法は覚えていたんだが、その詳細はすっかり教え忘れていた」
属性魔術については、レアルにも婆さんにも、麓の村に滞在していた期間中に教えられていた。地、風、水、火、元、空、氷、雷の八つが、属性魔法の大まかな括りだ。
「この中で、元、空、氷、雷は属性魔法の中で上位属性と呼ばれている。予想の通り、残りの四つよりも制御が困難であり、才能有る限られた者にしか扱えない属性だ」
「魔術が使えるって時点で十分に才能がありそうなんだが」
無能男の代表として言ってみると。
「指先に火を灯したり、避暑のために風を起こす程度なら、ちょっとしたコツさえあれば五歳の子供にだって出来る。が、それが実戦に通用するかと言えば否だ。明確な規定があるわけではないが、最低でも魔獣の一体を魔術のみで制圧できる程度でないと魔術士とは名乗れないな」
「戦闘力で判断してんのか?」
「指先の火程度では魔獣の最低ランクすら倒せないからな」
「魔獣を丸焼きに出来るぐらいの火力が、魔術士としての最低ラインって事か」
「この魔術士の最低レベルをクリアできる者の割合は、人間族で十人に一人か二人程度。種族によってこの割合はまちまちだな。五割を上回る種族もいれば、百人に一人いるかいないかというのもある。…………話がようやく初めに戻るな。で、だ。とりあえず人間族に限定して話を続けるぞ。実戦レベルで魔術を使える者の中でさらに上位四属性を扱える者は、千人に一人ほどだ」
大まかに言えば、人間一万人の内、上位属性を扱える者はたった一人という計算になる。一握りの天才という奴か。
レアルは説明を一旦終えてから、複雑な表情になり。
「まぁ、珍しいと言えば珍しいが、制御が難しいだけあって、それがそのまま実戦に通用するかもまた別だが。術師の中には、そこら辺の上位属性使いよりもよっぽど強い地術使いとかいるからな」
嫌な事でも思い出していたのか、苦虫を摺り潰したような顔になっている。
「今までの話を聞く限り、人前で精霊術を使うのはやめておいた方がいいかもしれないな。珍しいってのはそれだけで人目を引くから」
「あまり隠すのに躍起になって、実戦で使うのを躊躇ったりしないか?」
「生死が関わる場面になったら躊躇無くいくさ。外聞や見栄を張って死にたくはないからさ」
命のやり取りで自重する気は無い。
レアルとの会話を続けている内に、火照っていた躯がいい感じに落ち着いてきた。躯も動ける程度には回復し、俺は膝に手を突いて立ち上がった。空を見上げれば、太陽が天頂にそろそろ到達する。
「いい時間だな。昼飯食ったら消耗品の買い物にいこうぜ」
「相変わらず大した回復力だな。あれだけ疲労していたら、普通は胃が食べ物を受けつけないぞ?」
「しぶとさは俺の数少ない取り柄の一つだからな」
己でも自慢なのか自嘲なのかわからない応えが自然と口から出ていた。
長々と書くのが嫌だったので決着の部分だけを抜粋。それよりも前から二人は訓練を続けていました。
カンナは割とあっさり負けていますが、レアルからしてみれば、今すぐ戦場に放り込んでも大丈夫なレベルだと判断しています。
作者はデッカい武器大好き。キャラクリができるゲームだと、だいたい巨乳さんに斧やらハンマーとか持たせてます。MMORPGとかだとタンク派。ロボット系でも、高機動よりも重装甲ロマン火力をチョイスします。