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亀田興毅氏も太鼓判、車いすボクシングはパラ競技の中心になれる

プロボクシング・WBC(世界ボクシング評議会)の社会貢献イベント『WBC CARES JAPAN in SAITAMA SOKA』(埼玉・草加)が6月11日に開催された。将来的なパラ競技化を目指す車いすボクシングの普及が目的。一般社団法人日本車いすボクシング連盟も設立され着実な歩みを進める中、今回はボクシング専用車いすもお披露目された。

~安全性担保と競技性の両立を目指す

車いすボクシング普及、競技浸透に向けて重要なのが専用グローブ、リング、車いすなど道具の開発。老若男女を問わず誰もが楽しめるものにするため最も重要な部分だ。連盟立ち上げから尽力している一般社団法人・日本ソーシャルスポーツアカデミー代表理事・木村忠義氏が、車いす開発への思いを語ってくれた。

「競技をする人たち、周囲が安心してやれるようにすることが重要。車いすを操作しやすいグローブ、車いすのままリングインできるリングなど1つずつ道具開発もしています。車いすに関しては当初はバスケ用を使っていて、サンドバックを叩くと反作用で下がってしまった。1つずつ開発を進めて形になりつつあります」

「安全性担保が最重要課題でありながら競技性も両立させたい。そのために試行錯誤を重ねています。現状は研究開発費を含めて1台100万円前後のコストがかかります。今後、使用する中で改善点も出てくると思います。もう少し多くのものが固まって来れば、大量生産に移れて車いすの費用も下がると思います」

日本ソーシャルスポーツアカデミー代表理事・木村忠義氏(中)と開発・製作に携わる株式会社松永製作所・結城智之氏(左)、和田卓也氏(右)。

~転倒防止に最大限の注意を払いつつ機動性を確保

今イベントでは開発中のボクシング専用車いすも披露された。開発・製作にあたっているのは株式会社松永製作所(岐阜県養老町)。テニス、バスケットなど競技用車いすを扱う世界的に有名な企業。他競技でのノウハウを大事にしつつボクシングに適した車いすを作り上げている。安全性の担保と競技性を高めるための工夫を同社・結城智之氏が説明してくれた。

「一番の懸念は転倒です。車いす後部にはリアキャスターという転倒防止器具が取り付けてあります。通常は1本ですが後側へ長めにしつつ2本に増やすことで対応します。テニス、バスケットでは俊敏性と持久力の両立が必要で軽量化が求められます。ボクシングもフットワークが重要ですが止まって打ち合うことも多くなります。重量に関して許容範囲内を保ちつつ安全性担保を優先しました」

車いす後部のリアキャスターは後側へ長めにして2本に増やした。

「手(パンチ)が相手選手まで届く必要がある。テニス、バスケット用に比べてバンパーと呼ばれる足を乗せる部分を短くしています。バンパー内部に両足を入れ込むことでパンチが相手選手に届きます。またタイヤの角度も変化させました。競技特性に合わせてテニスは22度、同バスケットは18度です。ボクシングは10度にすることで、前後左右への機敏性を確保しつつ相手との距離を縮められるようにしました」

足を乗せるバンパー部分を短くしてパンチが届きやすくした。

~このまま終わってたまるか

前田秀喜さんは4年前に交通事故で脊髄損傷の大けがを負った。一時は死ぬことすら考えたというが、昨年9月に車いすボクシングと出会い新たな人生を歩み出した。

「これこそが今後のボクシングに必要なこと、公共性、公益性だと思います」(木村氏)

今年2月13日、長崎県・佐世保市でのイベント時に出会った縁で今イベントへ参加。車いすボクシングの重要性、希望を体感しているボクサーが語ってくれた。

「事故に遭って下半身が効かなくなった時には頭が真っ白になりました。どうして良いかわからず、生きているのが辛かった。これは経験した人にしかわからない気持ちだと思います。たまたま知人を通じて車いすボクシングを知りました。最初はここまでのめり込めるとは思ってもいませんでした」

「私は腹筋部分から下が麻痺しています。革命的な治療方法は現状、存在しません。病院に通っても私の下半身は元通りにならない。最近は再生療法なども出てきていますが、私が生きている間に革命的な進歩を遂げるとは思えない。『なんでもやってやろう。このまま終わってたまるか』と思って車いすボクシングを始めました」

「体幹部分の筋力を維持するトレーニングの一環として始めました。最初は車いすを操ることだけで身体も頭もいっぱい。車いすの操作に慣れてきたらパンチを繰り出すことが面白くなってきた。1日1日できることが増えている感覚がある。上手くなっていると思えます。こんな素晴らしい競技、経験はありません。私の生きがいです。車いすボクシングは立ち上がったばかりですが競技自体が成長していってくれれば本当に嬉しい」

長崎から参加した前田秀喜さんと北岡敏治トレーナー。

~年齢や性別を超えたカードを組める

車いすボクシングの理念に賛同、協力を惜しまないのが元3階級制覇王者の亀田興毅氏。ジム経営など多忙を極める中、時間の許す限りイベントに駆けつけ盛り上げてくれる。今回は元WBC女子世界ライトフライ級王者・富樫直美氏とともに、実際に車いすボクシングにも挑戦した。

「子供の頃から下半身を鍛えてきました。でも車いすボクシングでは下半身を使えず、多くの動きを上半身でやらないといけない。そこの違いには戸惑いましたし肉体的に疲れました。でも相手の攻め方を考え、車いすを素早く操ってフットワークを生み出す。そして正確なパンチを繰り出す技術力。そういう部分は通常のボクシングと変わらない。途中からどんどん楽しくなってきました」

「車いすボクシングではKO勝ちは少なくなるのではないでしょうか。ポイント制などの判定で勝負が決まると思います。だからまずは車いすボクシング用のルール整備が重要になります。しっかりとルール整備できたら本当に面白い競技になるのではないですかね。ゲーム性が高まるので誰もが参加しやすくなります」

「ボクシングでは対戦相手の条件を揃えるために階級制を取ります。その必要性がなくなるので幅広い選手が直接対決できる。男性と女性。70代のベテランと10代の若者。ボクシングの元世界チャンピオンと女性。健常者と障害者。様々なカードを組むことが可能になります」

「KOが少なくなればケガが限りなく減る。車いす同士のぶつかり合いはあるけどバッティングはなくなる。出血シーンがゼロに近付くはずです。出血シーンを敬遠する人は多いはずです。そういった人々も惹きつけられ参加しやすくなる。また出血が多い競技のスポンサーを避ける企業もあると思いますが、そういった部分でもサポートしやすくなります」

亀田興毅氏は富樫直美氏と共に車いすボクシングを初体験、今後の可能性を語った。

~ボクシングに公共性、公益性を持たせたい

●小見出し~ボクシングに公共性、公益性を持たせたい

「パラ競技になることで世間的注目、知名度は段違いになります。競技への理解度も深まり環境はどんどん良くなるはずです。そしてボクシングと社会の接点も生まれます。だからボクシングに公共性、公益性を持たせたい。その一環として車いすボクシングを普及させたいと思います。例えばレストランに入った時にスロープがあれば問題ないが階段があれば障害者になる。車いすの人が普通に生活できる社会にしたいのが最大の目的です」(木村氏)

木村氏を含め、車いすボクシングに関わる人々の思いは競技普及のみで完結するものではない。ボクシングの素晴らしさ、可能性を信じており、社会貢献に繋がることを目指す。

元東洋太平洋王者の坂本博之氏や元ムエタイ王者なども参加してイベントは盛り上がった。

「ルールを整備すれば、車いすボクシングは競技として広がる可能性がものすごく大きい。ガシガシぶつかりながらのインファイト、フットワークを磨いたアウトボクシングの両方できる。競技として面白いと思う。また安全性もしっかり担保されているので誰もが楽しめるはず」(亀田氏)

百戦錬磨、世界を知り尽くしたチャンピオンが太鼓判を押してくれた。車いすボクシンングの可能性は無限大。競技普及は多くの人々に楽しみを与えてくれるとともに、何かと世知辛い世の中に少しだけ明るい光を照らしてくれそうだ。

(取材/文・山岡則夫、取材/写真協力・一般社団法人日本車いすボクシング連盟)

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