「対馬遠征の先に女子野球の実力と知名度の向上が待っているはず」平成国際大学女子硬式野球部
女子野球界の強豪・平成国際大学(埼玉県)が新たな試みに打って出る。選手個々のレベルアップと、草の根的な女子野球普及のために長崎県対馬市への遠征を行なう。
~話題性だけでなく選手の人間形成にもプラスになるはず
「女子野球全体の底上げと知名度アップに少しでも繋がればと思います」
平成国際大女子硬式野球部(以下平成国際大)の濱本光治監督は女子野球の置かれている現状を踏まえ、対馬遠征への経緯を語ってくれた。
「侍ジャパン誕生やNPBチーム誕生など、女子野球も広がりは見せています。しかし、世間的な知名度は低く、選手の活動環境も厳しい状況が続いている。対馬遠征のことを多くの人に知ってもらい、興味を持ってもらいたいです」
平成国際大は今年の春、大学選手権で2年連続4度目の優勝を飾った女子野球の名門。濱本監督のもとで地道な強化を進めて結果を出している中、新チームとなって最初の大規模活動が対馬への遠征となる。
「知人を通じて、折尾愛真高校女子硬式野球部(福岡)との親善試合を行なう話をいただきました。女子野球は全国高校女子硬式野球選手権大会の決勝戦を甲子園、春の選抜大会の決勝戦は東京ドームで開催しています。また、イチローさんが中心となり盛り上げてくれてもいます。1つでも話題が増えれば良いことです」
12月7日、対馬市がスポーツを通じた町おこし、地域還元を進める活動として同交流試合は開催される。女子野球関係者からすると「話題になって欲しい」という思いは強い。また、「選手には絶対にプラスになります」と付け加える。
「交流試合を行なってすぐに野球が上達するわけではない。初めて訪れる対馬の風景に触れることで人間的な引き出しが増える。現地の人、相手チームと対話することで感じることもある。今後の野球、そして人生に向けて大きな経験になるはずです」
「遠征費は選手の個人負担なので、全員参加という訳にもいきませんでした。しかし、仮に参加者が数名になっても対馬へ行く気持ちを持っていた。相手チームとの合同チームでの交流試合になっても行く価値がある、と思いました」
~いろいろな人たちの野球への向き合い方を知りたい(主将・一谷優奈)
選手たちも今回の対馬遠征を前向きに捉え、今から心待ちにしているという。主将・一谷優奈(3年)は「対馬の人たちや対戦チームの選手の野球との向き合い方を知りたい」と好奇心を高める。
「札幌出身で高校までは北海道内でのプレーが主で、他の地域で挑戦したい思いはずっと持っていた。平成国際大を選んだのも関東地域の女子野球はレベルが高いから。いろいろな場所の野球を知ることが競技者だけでなく、人としてもプラスになると考えました」
小学生1年で軟式野球を始め、中学では学校の部活動と女子クラブチームの両方でプレー。硬式野球となった高校からは実力も右肩上がりとなり、2021年12月には高校女子硬式野球選抜チームの一員として、イチロー氏(元マリナーズ他)率いる「KOBE CHIBEN」とも対戦した。
「イチローさんは雰囲気が他の人とは違う。『人とは違った考えや発想があるからトップに行けるのか』と感じました。プレーを含めた全てで、自分たちが考えつかないようなことをやられている。素晴らしい経験で大きな影響を受け、自分もどんどん挑戦すべきだと改めて気付かせていただきました」
イチロー氏との接触など充実の3年間を過ごした後、進学先に選んだのは平成国際大。新たな地で自分自身がさらに成長するために北海道を離れた。
「女子野球部に専用球場はないですが大学の近場には、田ケ谷サン・スポーツランド野球場、大利根運動公園野球場、加須きずなスタジアムと複数の使えるグラウンドがある。天候が悪くても室内練習場があって年中通してプレーできる環境は大きいと感じます」
「対馬遠征では他地域、他チームの方々に野球との接し方を聞いてみたいです。苦労もあるだろうし、工夫されていることで参考にできることもあるはず。普段の大会同様で部員にとって遠征費負担は大変ですが、何ものにも変えられない価値ある経験になるはずです」
~対馬では1つでも多くのことを吸収したい(マネージャー・大友希実)
対馬遠征に関する事務的部分を任されているのが、今夏からマネージャー業務に専念している大友希実(3年)。普段の練習や試合では裏方に徹し選手のサポート業務を黙々とこなす一方、今回のプロジェクトの中心的な役割を担っている。
「3年になって身体のコンディションを崩し、選手としてプレーできない状態になりました。いろいろ考えたのですが、このチームに残って少しでも役に立ちたいのでマネージャー転向を監督に直訴しました。時期を同じくして対馬遠征の話が決まり、プロジェクトを任されることになりました」
宮城県石巻市出身、小学生の頃に男子に混じってプレーした軟式野球が始まり。2011年の東日本大震災に遭った時も、「野球が支えになった部分もあったと思います」と振り返る。高校からは硬式野球を始め、迷った末に平成国際大への進学を決意した。
「当初は地元に残ることも考えましたが、野球を続けたい思いが強くなり進学を決めました。女子野球部は、部員全員が効率的な時間の使い方を意識しています。例えば、室内練習場を男子が使用していない時間を有効利用するなど、工夫を重ねる必要が常にあります」
授業との兼ね合いもあり、全体練習の機会は限られ自主練習がメインとなる。学内にある男子野球部の室内練習場一角を使うなどして、各自がレベルアップを図る。大友は選手経験を活かしてチームメートを必死に支え続けている。
「練習ではノックを打ったり、打撃投手をやっています。マネージャーですが元々は選手でしたから(笑)。グラウンド確保や部費管理等の会計係は別の部員がやっているので、現場の裏方仕事を全部やっている感じです」
「対馬プロジェクトに関して任せていただいたので、遠征が円滑に進むように全力を尽くしたいです。部員個々が高額な遠征費を負担して行くので、1つでも多くのことを吸収したい。日本の西方の国境近くへ行く機会はあまりないので、そういう意味でも本当に楽しみです」
~遠征費を工面しての遠征では1つでも多くのことを吸収したい
当初は対馬を経由し、すぐ先の隣国・韓国へ足を運び国際交流をする計画もあった。その場合には遠征費が10万円を超えるため、「選手負担としては厳しい」として対馬限定の遠征に落ち着いた。
「普段のアルバイトも週一でできればよい方なので、親にはかなり負担をかけています。10万円を超えるとさすがに厳しかった。どうしても行きたかったので、遠征費を下げていただいて本当に助かりました」(一谷)
「部員の誰もが自身の用具や遠征費等のお金には苦労していて、親に頭を下げて援助してもらっています。今回も本当は全員で行きたかったので残念です。だからこそ行った選手は充実したプラスの時間にしたいです」(大友)
関係各位がアイディアを出し合って動いたことで、遠征費は半額程度まで減らせることができた。部員27人中13人が対馬遠征に参加できるようになったことは1つの朗報だった。
「対馬へ行き、ひと冬越えて選手にどんな変化があるのか。小さなことでもよいので変わってくれれば嬉しいですね」(濱本監督)
対馬遠征は女子野球普及活動の一環も含まれているが、選手個々が何かを得てレベルアップを図ることが最大の目的だ。
「やはり最後は人との縁を大切にして、出会った方々の人間力を吸収して欲しい」と濱本監督は最後に付け加える。
平成国際大女子硬式野球部は、個人とチームの両方で大きく強くなって来季を迎えそうだ。
(取材/文/写真・山岡則夫、取材協力/写真・平成国際大学女子硬式野球部)