性別二元論が当たり前、なんてない。―中里虎鉄が語る、ノンバイナリーという性―
編集者、フォトグラファー、ライター、コンテンツディレクターと、肩書きに捉われず多岐にわたり活動している中里虎鉄さん。これまで、ジェンダーを切り口に世の中の当たり前に一石を投じる雑誌「IWAKAN」の創刊や、世界的なマッチングアプリTinderが昨年にオープンした多様なジェンダーについて学べるオリジナルサイト「Let's Talk Gender」を手掛けてきた。
一貫してジェンダーやセクシュアリティについて発信を続ける中里さんは、ノンバイナリーと自認している。まだまだ知らない人も多いジェンダーアイデンティティ、「ノンバイナリー」とは?
出生時に割り当てられた性別と性自認は必ずしも一致しないにも関わらず、それが“普通”とされ、性の多様性は長らく見えないものとされてきた。また、性別二元論が前提とされる中で、書類や調査などで性別の記入を求められる際の選択肢は「男」か「女」しかないことがほとんどだ。しかし現実には、二元論では説明しきれない性的アイデンティティが存在する。ノンバイナリーは、自分の性認識に男性か女性かという枠組みを当てはめないことを指す。本取材では、ノンバイナリーを自認する中里虎鉄さんに話を聞いた。
性自認は、他者ではなく自分をカテゴライズする言葉
子どもの頃を振り返ると、ノンバイナリーという言葉に出合うまでは「男性か女性」という性別しか知らず、「その二つしかないのであれば自分は男性として生きていくんだろうな」と思わざるを得なかったという中里さん。それ以外の可能性を考えることは現実的ではなく、蓋をしていたと話す。セクシュアリティとしては男性が好きだったため、10代の頃はゲイ男性として自認していた。
出生時に割り当てられた性別、性自認に対して疑問を持ち始めたのは21歳の頃。当時のパートナーとのコミュニケーションの中で、男性として扱われることにモヤモヤを感じ始めた。それでも他に選択肢を知らなかったため、その違和感がなんなのかを理解することは難しかったという。
「パートナーとの関係を通して、男らしくいることを求められたとかではないけど、前提として自分が男だと扱われることに違和感を覚え始めました。セクシュアリティについては小さい頃からずっと考えてきたけど、性自認について考え始めたのはその頃です。それから23歳でノンバイナリーという言葉に出合いました」
その当時、イギリスの歌手サム・スミスがノンバイナリーであることをカミングアウトした。「自分のことを男性とも女性とも自認していない」という説明を見て中里さんは、「自分はこれだ」と感じたそうだ。
男性、女性、ノンバイナリー、ぐらいに一つの性別として思ってます
幼少期の頃からセクシュアリティのことで悩むことは多々あったという。異性愛が当たり前の環境で、親からの期待を背負い、“理想の息子像”を壊してはいけないと、自分が男性を好きなことは家族への裏切り行為だと思っていた。学校では、女の子の友人が多かったためか、嫉妬した男子生徒にいじめられることもあった。ゲイというアイデンティティは否定されたりいじめられたりする対象だと考え、周囲に隠していた。そして、その分強くいなければいけないと、攻撃する側に回ってしまうこともあったという。
しかし高校生のときに好きな男の子ができた時に、気持ちを抱えきれず友人に話したそうだ。その友人たちとのコミュニケーションの中で自分のセクシュアリティを受け入れられるようになっていった。一方で、新しい性自認との出合いは、必ずしもプラスなことばかりではなかったという。
「自分の性自認がはっきりした時にやっと自分が感じていたモヤモヤがすっきりしたはずなのに、そうでもなかったんです。なぜならノンバイナリーという言葉が圧倒的に認知されていないから。社会の風潮もそうだし、トイレやお風呂などの公共スペース、役所や病院などの公的手続き時に自分の選択肢がないという事実を突きつけられました。
自分のアイデンティティが明確になれば自分は幸せになれると思っていたのに、その逆でどんどん生きづらくなるっていう感覚はすごくあります。自分がないものにされているんだなって感じてしまう。それに、誰かと初めましての時に必ず男性か女性かのどちらかで判断されるとか、毎日の小さな苦しみが蔓延するようになりました」
中里さんは、ノンバイナリーについて説明する際は分かりやすさのために「男性でも女性でもない」と伝えることが多いそうだが、それはあくまでも中里さんにとってのノンバイナリーの意味であり、それがどんな意味かは人によっても違うという。男性、女性どちらも感じている人もいれば、どちらでもない人もいる。「男性、女性、ノンバイナリー、ぐらいに一つの性別として思ってます」と話す。
「性自認ってただ自分が感じるものじゃないですか。他者をカテゴライズする言葉ではなくて自分をカテゴライズする言葉だと思っています。自分が心地よければ使えばいいし、そうでなければ使わなくてもいいっていうぐらいのもの。
今、私はノンバイナリーという言葉を自分が使うことに対して抵抗感はないけど、他者に説明するときは難しいと感じています。男でも女でもないなら、じゃあなんなの?ってなる人の気持ちも、まぁ分かります。なるべく説明はするようにはしてるけど、初めましての人に出生時に割り当てられた性別について説明する必要はなくない?とも思いますけどね。とりあえず、仲良くなれれば良くない?って思っています」
自分の性自認の変化を常に感じとり、ないものとせずに受け止めてきた
あまりにも性別二元論に基づいて作られたこの社会の中でノンバイナリーでいることは容易ではない。世間・社会の理解、構造変革を急速に推進しなければいけない。そんな中、中里さんは、ノンバイナリーとして自認してよかったことも話してくれた。
「現状の社会では、自分のアイデンティティが明確になることで苦しいこともたくさんあるけど、やっぱり自分自身を理解することって、幸せにつながると思うんです。自分がどう感じるのか、どんな人とどんなふうに関わっていきたいのか、心地いいと思える時間やコミュニケーションってどんなものなのか。それらを考えることは、自分が幸せになる過程でとても大切なこと。私は傷を受けるたびに、自分とたくさん対話して、学び続けています。その度に、『中里虎鉄』という主語で言葉を得ることができて、私の人生のオーナーシップを常に持とうと思えているんです。そう感じられているのは、自分の性自認の変化を常に感じとり、ないものとせずに受け止めてきたからだと思います」
また他にもポジティブな変化として、「性役割からの解放」をあげる。
「ノンバイナリーという性別に性役割はないから、ノンバイナリーだと私を認識している人たちからは性役割を押し付けられなくなったのはあるかも。だから今溢れているジェンダーバイアスをすごく俯瞰して見ることができます。『それってそもそも男性らしさ、女性らしさじゃないよね?』と思えたり、別の言葉に置き換えられたりとか。例えば、男性らしさに集約されているものって権力とかフィジカルなものだったりするから、“男らしい”じゃなくて、そのまま『権力がある』とか『力が強い』とか言えばいいわけで。そういうことが明確になりました」
ノンバイナリーへの理解がない言葉としてよく目にするのが、「性役割から解放されたいだけでしょ」といったものだ。“自分は男性らしさ、女性らしさに当てはまらないから、性役割を押し付けられたくないから、ノンバイナリーと自認している”といった言説だ。中里さんもメディアで自身のジェンダーについて発信した際にそういったコメントの対象になったという。それに関しては、「性役割から逃げたい人がいるなら逃げてもいい」と前置きしたうえで、フェミニズムについて触れた。
「そういったコメントをする人って実は本人も性役割に苦しんでいるのかなって思うんですけど、自分の自認する性別に課せられた役割から解放されるにはきっとフェミニズムが力になってくれると思う。もし性役割で苦しんでいるなら、そこから解放されたいのであれば、フェミニズムを勉強すればいいと思う」
自分の未来の選択肢を他者の中に見ること
日本では、ノンバイナリーの有名人というとまず宇多田ヒカルが思いつくが、中里さんには、誰かロールモデルがいるか最後に伺った。
「ロールモデルってあんまりいないんですよね。要素要素では、友達を含むいろんな人からすごく影響を受けているんだけど…。そのうちの一人として『ル・ポールのドラァグ・レース』に出てくる海外のドラァグクイーンの方はいます。ドラァグ・レース出演後にまた別のアイデンティティにトランスする姿とか見て、自分のこれからの選択肢とか変化を先輩たちの姿から学べています。自分が今後どう生きていくのか、どんなことに直面していくのか全く想像できてなかったけど、ノンバイナリーを自認している先輩たちが歩んでいる姿を見られるのはありがたいなって思う。その人たちがする選択はそれが自分の未来の選択かもしれないって思えるから」
1996年、東京都生まれ。編集者・フォトグラファー・ライターと肩書きに捉われず多岐にわたり活動している。雑誌『IWAKAN』を創刊し、独立後あらゆるメディアのコンテンツ制作に携わりながら、ノンバイナリーであることをオープンにし、性的マイノリティ関連のコンテンツ監修なども行う。
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