結婚しなくちゃ幸せになれない、なんてない。
「結婚しないと幸せになれない」「結婚してようやく一人前」という既成概念は、現代でも多くの人に根強く残っている。その裏で、50歳時未婚率(※1)は増加の一途をたどり、結婚をしない人やみずから選んで“非婚”でいる人は、もはや珍しくないのだ。日本の結婚の現状や「結婚と幸せ」の関係を踏まえ、人生を豊かにするために大切なことを、独身研究家の荒川和久さんに伺った。
「結婚すれば幸せになれる」という考え方は幻想だと、荒川さんは言う。“自分自身の幸せ”は、状態や他者の意見の中にあるわけではない。結婚しなければ、必ずしも不幸になるものでもない。
50歳時未婚率が増え続け、独身者や単身者向けの市場も活況な今、結婚をしないことのデメリットはほとんどない。2040年には独身者が5割近くになるという推計(※2)もあり、「選択的非婚者(みずからの意思で結婚しないことを選んだ人)」も、じわじわとその数を増している。
とはいっても、まだまだ「結婚しないと不幸」「年頃になったら結婚するべき」という押し付けも少なくない中で、揺れ動いている人も多いだろう。日本の結婚の現状を踏まえ、自分らしい幸せをつかみ取るためのヒントを探っていく。
※1 出典:「50歳時の未婚率」とは? 公益財団法人生命保険文化センター
※2 出典:「日本の世帯数の将来推計(全国推計)2018(平成30)年推計」国立社会保障・人口問題研究所
結婚すれば幸せになれるとは限らない。でも、結婚しなくたって、人は必ず幸せになれる
そもそも「誰もが結婚している状態」は、歴史的には異常
50歳時未婚率の増加が止まらない。独身研究家の荒川和久さんが 2020年の国勢調査をもとに作成したデータによると、男性は25.7%、女性は16.4%。1985年時のデータと比べて、男性は6.5倍もの増加を見せた(※3)。荒川氏によると2040年には、独身者が50%近くに上るとの推計も出た。世の中が大きく変わったようにも感じられるが、荒川さんは「そもそも結婚は、当たり前のものではない」と言う。
「昭和・平成に生まれ育った多くの人たちには、自分も大人になったら結婚して子どもを持つものだというイメージがありました。『未婚(いまだ結婚せず)』『既婚(すでに結婚した)』という言葉にも『結婚はどこかのタイミングで当然するもの』という、世の中の思想が表れていますよね。
でも、誰もが結婚するのが当たり前だった“皆婚時代”のほうが、実は歴史的に見れば異常なんです。皆婚時代は、1898年に公布された明治民法が庶民への『家父長制の導入』という、いわば“結婚保護政策”を実施したことに端を発します。それまでは独身者も離婚も多かったのに、みんなが結婚するという空気が出来上がってしまったがゆえに、なんとなく結婚する人がぐっと増えた。わずか5%前後という1980年代までの50歳時未婚率は、そうした風潮が表れただけの数字なんです」
その同調圧力に変化の兆しが見えてきたのは、2000年代に差し掛かる頃。50歳時未婚率がじわじわと高まっていくにつれ、世の中にも「もしかして、誰もが結婚しなくてもいいのではないか?」という気付きが生まれ始めた。
「時代とともに多くなっているのは、結婚をしない人だけではありません。離婚をして独身になる人や、長生きした結果として配偶者と死別し、独身になる人も増えています。平均寿命が短かった時は、未婚から既婚となり、亡くなるのがスタンダードでした。でも今は、たとえ結婚していても配偶者が亡くなった後、30年生きることだって十分にありえる。トータルで見れば、独身として暮らす時間のほうが長いかもしれません。
2040年の日本では、離婚や配偶者との死別も含めた一人暮らしが4割になる(※4)というデータもあります。50歳時未婚率が5割を超え、結婚した人も最後には独身になるケースが多いなら、結婚して誰かと暮らしている状態は『当たり前』ではないんです」
※3 出典: 厚生労働省「50歳時の未婚割合の推移」『平成30年版厚生労働白書-障害や病気などと向き合い、全ての人が活躍できる社会に-』
※4 出典:国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計(全国推計)2018(平成30)年推計」18ページ
「未婚/既婚」と「幸せ/不幸せ」は、関係がない
しかし、社会の状況が変わってきていても、まだ「結婚することが人生の幸せ」「結婚しないと不幸になる」といった固定観念を抱いている人は少なくない。その考え方を、荒川さんは真っ向から否定する。
「独身者より既婚者のほうが幸せである、というデータは確かにあります。でも、そこに『結婚をしたら幸せになれる』という因果関係はない。いい学校に入れば、いい会社に入れば、いい結婚ができたら……など“ある状態に身を置いたら幸せになれる”という考え方は、ただの思い込みなんですね。心理学でも『フォーカシングイリュージョン(幻想に焦点を当てている)』という用語で説明されています。つまり『結婚していないから不幸なんだ』『結婚すれば幸福になるに違いない』とある状態に幸せが存在するはずという思い込みは、何の意味もないんです」
身もふたもないように聞こえるが、荒川さんの続ける「幸せはもっと自己中心的な感情でいい」という言葉には、現状を肯定する優しさもにじむ。
「結婚をしても幸せになるとは限らないけれど、裏を返せば、結婚しなくたって人は幸せになれます。例えば、独身でも夢中になれる趣味を持っている方は、結婚している方と同じくらい幸福度が高いんです。その幸せは自分なりの喜びや社会的な役割があるからこそ感じられるものであり、既婚・未婚という状態だけが幸・不幸の決定要素ではありません。毎日何もすることがなくて退屈で……というほうがよっぽど不幸かもしれない。自分がどんな時にどう幸せを感じるかどうかだけを、物差しにしていればいいんです」
選択が先にあるのではなく、行動が先にある
実際に生涯未婚の人の中には、自分らしい生き方の結果として“結婚を選ばない人”も、たくさんいる。2018年の少子化社会対策に関する意識調査(内閣府)では将来、結婚したいと思いますか?という問いに、男性26.5%、女性24.1%が「結婚するつもりはない」と答えた(※5)。
そうした志向の方々を、荒川さんは「選択的非婚」と呼ぶ。付き合っている人がいた時には結婚を考えていたけれど、交際をやめたら結婚したいと思わなくなった。子どもを産める年齢が過ぎたら、結婚に興味がなくなった……など、環境の変化とともに非婚を選ぶケースも少なくない。特に、40代以降はその数が増える傾向にある。
「選択的非婚を選ぶ人は、結婚していない境遇だけで自分を不幸だとは考えないし、一人の時間も楽しめる。周りの目を気にせずに、自分らしく生きている人々が多いものです。そういう方の増加とともに、市場ではお一人さま向けの“ソロ活需要”も盛り上がってきました。家電でいえば、一人暮らし用の冷蔵庫や炊飯器が登場し、今ではサブスクリプションという選択肢も出てきたのがいい例ですね。一人で楽しめるカウンター席のレストランなんて、これからさらに増えていくでしょう」
単身世帯は経済的でない、暮らしにくい……といった社会も、昔のものとなりつつあるようだ。自分で納得のいく答えを出せた結果なら、いよいよ結婚は必須のものではないと言える。では、周りの押し付けやプレッシャーに惑わされず、自分の選択に自信を持つためには、どうすればいいのだろうか。
「選択に自信を持つというより、何事も行動すれば自信につながるという視座の転換が必要なのではないでしょうか。人生の幸福度はパートナーの有無やその瞬間の環境など相対的なもので、自分一人の決断や選択で思い通り進むものではありません。
しかし、人は自分の行動を後で理屈付けして正当化しようとする傾向があります。むしろ、いつまでも考えすぎて行動を起こせなくなるほうが問題です。失敗したらどうしようと行動を移せない人もいると思いますが、行動しなければ自信も何も生まれません」と、荒川さんは言う。
趣味を楽しんだり仕事に打ち込んだり、日常の充実が先。「結婚する・しない」や「幸せを感じる・感じない」は、その行動の結果なのである。
「落ち込んでいる人への励ましで『笑顔でいたら楽しくなってくるから、笑ってみて』という言葉がありますよね。あれと同じ。笑うという行動をすれば、脳が勘違いして楽しいと錯覚する。
それから、周りに自分の考えを受け入れてもらおうなんて、考えなくていいと思います。そう考えすぎるから、受け入れてもらえるのはなんだろうと人の顔色ばかりうかがうようになる。他人は理解してくれない、もし理解してくれたらもうけもの、くらいの気持ちでいたらいいんじゃないでしょうか。実家に帰ると親御さんが『いつ結婚するの?』『いい人いないの?』とうるさい……なんて話はよく聞きますが、ほんの数十年前は親どころか、会社の上司や先輩までがそういう“おせっかい”をしてくる時代でした。だけど今はセクハラにもなるし、そんなことを言う人はいません。周りの行動も変わってきているんです」
※5 出典:内閣府「少子化社会対策に関する意識調査 【全体版】(PDF版): 子ども・子育て本部 」
超独身国家・日本を、ありのまま見つめて生き抜いていく
ちなみに、独身者や単身者が増えていくことは、ずいぶん以前から推計されていた。目を向ける人がいなかっただけなのだ。
「日本は超高齢社会といわれて久しいけれど、実は超独身社会でもあります。だって、日本の高齢者人口は3,600万人(※6)ほどですが、独身人口は5,000万人に届こうとしている(※7)。社会の仕組みづくりも、むしろそっちをフォーカスしたほうがいいのではないでしょうか。僕がこうした研究や発信を続ける理由は、できるだけ多くの人に、あらゆる視点から今の世の中の事実を把握してほしいから。その事実を正しく理解して世の中を変えていくのは政治家の役目だから、僕の仕事ではありません」
例えば少子化問題をとってみても、正しい状況把握がなされていない。出生率が上がらない理由はさまざまあるけれど、15~49歳の女性人口もその年代の有配偶女性人口も1990年代以降減っているから、というのもひとつだろう。結婚した女性の出産率はさほど下がっていないし、複数人の子どもを持つ夫婦も珍しくない。婚姻率が増えないことが問題なのだから、子育て支援だけを手厚くしてもなかなか結果に結びつかないのだと、荒川さんは指摘する。
「これまでの推計に基づいて考えると、少子化は解消されないと思います。50歳時未婚率の話といい、今までの社会は、そういう不都合な真実から目を背けてきた。でも、隠したままにしておいていい事実なんてありません。事実を事実として一人ひとりがちゃんと見つめることから、社会は少しずつ良くなっていくのではないかと思っています」
思い込みにとらわれず、変化を受け入れ、一人ひとりが自分以外の他者の行動を認め合うこと。現実をフラットにとらえた上で思考を深めていくことが、よりよい未来を切り拓いていくのだろう。
※6 出典:総務省統計局「統計トピックスNo.129 統計からみた我が国の高齢者-「敬老の日」にちなんで-1.高齢者の人口」
※7 出典:総務省統計局「令和2年国勢調査 人口等基本集計結果 結果の概要」
取材・執筆:菅原さくら
撮影:阿部健太郎
ソロ社会やソロ文化、独身男女の行動や消費を研究する「独身研究家」として、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌・Webメディアなどに多数出演。著書に『「一人で生きる」が当たり前になる社会』(ディスカヴァー携書)、『結婚滅亡』(あさ出版)、『ソロエコノミーの襲来』(ワニブックスPLUS新書)、『超ソロ社会―「独身大国・日本」の衝撃』(PHP新書)など。
Twitter @wildriverpeace
みんなが読んでいる記事
-
2023/01/05障がいがあるから夢は諦めなきゃ、なんてない。齊藤菜桜
“ダウン症モデル”としてテレビ番組やファッションショー、雑誌などで活躍。愛らしい笑顔と人懐っこい性格が魅力の齊藤菜桜さん(2022年11月取材時は18歳)。Instagramのフォロワー数5万人超えと、多くの人の共感を呼ぶ一方で「ダウン症のモデルは見たくない」といった心無い声も。障がいがあっても好きなことを全力で楽しみながら夢をかなえようとするその姿は、夢を持つ全ての人の背中を温かく押している。
-
2021/05/27仕事場での女性の服装は女らしくなきゃ、なんてない。石川 優実
男性や女性に限らず、仕事での服装マナーには従うべきという論調がある。女性にとってはパンプス着用やメイクの強制など、それが社会の常識と認識されている節があるが、こうしたルッキズムの問題に取り組む石川優実さんを紹介します。
-
2022/01/12ピンクやフリルは女の子だけのもの、なんてない。ゆっきゅん
ピンクのヘアやお洋服がよく似合って、王子様にもお姫様にも見える。アイドルとして活躍するゆっきゅんさんは、そんな不思議な魅力を持つ人だ。多様な女性のロールモデルを発掘するオーディション『ミスiD2017』で、男性として初めてのファイナリストにも選出された。「男ならこうあるべき」「女はこうすべき」といった決めつけが、世の中から少しずつ減りはじめている今。ゆっきゅんさんに「男らしさ」「女らしさ」「自分らしさ」について、考えを伺った。
-
2023/02/07LGBTQ+は自分の周りにいない、なんてない。ロバート キャンベル
「『ここにいるよ』と言えない社会」――。これは2018年、国会議員がLGBTQ+は「生産性がない」「趣味みたいなもの」と発言したことを受けて発信した、日本文学研究者のロバート キャンベルさんのブログ記事のタイトルだ。本記事内で、20年近く同性パートナーと連れ添っていることを明かし、メディアなどで大きな反響を呼んだ。現在はテレビ番組のコメンテーターとしても活躍するキャンベルさん。「あくまで活動の軸は研究者であり活動家ではない」と語るキャンベルさんが、この“カミングアウト”に込めた思いとは。LGBTQ+の人々が安心して「ここにいるよと言える」社会をつくるため、私たちはどう既成概念や思い込みと向き合えばよいのか。
-
2022/09/22なぜ、「痩せなきゃ」に縛られてしまうのか|人類学者・磯野真穂
時に私たちを縛ってしまう“しなきゃ”という気持ち。その背景について考えるインタビュー企画「“しなきゃ”はこうして生まれる」、今回は「痩せなきゃ」と考えてしまう心理の裏側を、人類学者の磯野真穂さんに教えてもらいました。美容や健康のためにダイエットをすることは、否定されることではありません。しかし「痩せなきゃ」という気持ちが加速すると、過度なプレッシャーから心身のバランスを崩してしまうケースもあります。拒食や過食に悩む人たちへの取材や「痩せ願望」にまつわる研究を通じ、人々の「痩せなきゃ」という願望に向き合っている磯野さん。今回は現代社会にまん延する「痩せ願望」についてお話を伺いました。
「しなきゃ、なんてない。」をコンセプトに、読んだらちょっと元気になる多様な人の自分らしく生きるヒントやとらわれがちな既成概念にひもづく社会課題ワードなどを発信しています。
その他のカテゴリ
-
LIFULLが社会課題解決のためにどのような仕組みを創り、取り組んでいるのか。LIFULL社員が語る「しなきゃ、なんてない。」
-
個人から世の中まで私たちを縛る既成概念について専門家監修の解説記事、調査結果、コラムやエッセイを掲載。