澄み切った清らかな余韻
ドラゴンと過ごした日々の思い出が、しっとりと心に沁みるように語られます。
読み聞かせ目安 高学年 10分
あらすじ
4月のある朝、私と弟が豚小屋に行くと、ポツンとひとり立っているものがいました。
真っ赤な目をした小さなドラゴンの赤ちゃんです!
私と弟は驚きました。
なぜ、そこにドラゴンがやってきたのかはわかりません。
豚の母さんもはじめは驚きましたが、しだいに慣れ、子豚たちと一緒に、おっぱいを飲ませてやるようになりました。 でも、ドラゴンはするどい歯でかみつくので、母さん豚はおっぱいをあげなくなり、私と弟が、毎日えさをやるようになりました。
ドラゴンの好きなえさは、使い残しのろうそくやひも、コルクなどです。
ドラゴンは、一言もしゃべりません。ただ、真っ赤な目でじっと私たちを見ていました。
ドラゴンは、気が強くやんちゃです。
ごちそうの横取りをする子豚を追いかけまわしたり、母さん豚のえさ箱で泳いだりします。
そして、時々、妙に機嫌が悪くなることがあって、私たちが呼んでも聞こえないふりして、小屋のすみっこでワラを噛んだりするのです。
でも私たちは、ドラゴンの世話をしていくにつれ、ドラゴンが大好きになっていきました。
私たちがドラゴンの背中をくすぐると、ドラゴンはとても気持ちよさそうに、目を真っ赤にして嬉しそうな顔をします。
ドラゴンは、いたずらをするときも、自信満々で嬉しそうです。
笑うときは、声をあげずに笑い、赤い目で私たちを見つめます。
ある日、例によって、ドラゴンは機嫌が悪くなり、小屋のすみっこでふてくされていました。そんなドラゴンを弟がからかうと・・・、ドラゴンは泣き出してしまいました。
私は毎年、10月2日になると、ドラゴンと過ごした子どもの頃を思い出します。
なぜならその日は、ドラゴンがいなくなった日だからです。
夕日に赤く染まった牧場で、弟と一緒にドラゴンと豚たちを見守っていた時のことでした。
ドラゴンが、目に涙をいっぱいためて、私の前にやってきて、私のほっぺに鼻先をすりつけました。
そして・・・その後・・・。空高く舞い上がり、夕日に向かって飛んで行ったのです。
空には、ドラゴンの澄んだ歌声が響いていました。
私はその晩、布団の中で、ドラゴンのことを考えて泣きました。
読んでみて…
しっとりと心に沁み入る絵本です。
あまりに静かで落ち着いた絵本なので、はじめは大人向きかなと思いましたが、子どもたちも、このしっとりとしたお話を、しーんと静まり返って聞き入ります。
赤い目のドラゴンと姉弟の出会いは、突然、何の前触れもなくはじまります。
ある日、姉弟が豚小屋に行くと、子豚にまじって真っ赤な目をしたドラゴンがいる。
とても不思議な光景ですが、子どもたちはすんなりと受け入れます。
表紙に、姉弟からえさをもらうドラゴン。表紙見開きに、表情豊かに遊び回るドラゴンの姿が、生き生きと描かれているからでしょうか。ドラゴンがいるという不思議を、訳なく受け入れて、ぐんぐんお話の中へ入っていくようです。
そしてドラゴンの世話をする姉弟と一緒に、強気でいたずらで気難し屋のドラゴンを見ているうちに、どんどんドラゴンが大好きになっていきます。
真っ赤な目をしたドラゴンは、声こそ発しませんが、実に表情豊です。
真っ赤でまん丸な目をきらきらさせて、子豚を追いかけたり、自信満々な顔でえさ箱の中を泳いだり、ふてくされたり、涙したり、そして信頼しきった目でじっと姉弟を見つめたり。
生き生きと描かれたドラゴンの表情から、ドラゴンが姉弟の家の豚小屋で、幸せに暮らしていること、ドラゴンと姉弟の間に、深い愛情と信頼関係が築かれていることがわかります。
テクストは、ドラゴンと別れて数年たったあとの、でもまだおそらく子どもであろう姉である「わたし」の語りによって綴られています。あまり大きな主観は交えず、ドラゴンとの日々を比較的客観的に、過去にあった不思議な思い出として、淡々と語っています。
出来事は、 最初にドラゴンが現れたことと、最後にドラゴンが飛び去ってしまったこと以外、大きな事はなにもありません。
本当に淡々と、そして静かに進んで行く物語ですが、できるだけ主観を排した子どもによる客観的な語りというスタイルが、逆に姉弟とドラゴンの間にあった愛情の交流、深さの度合いをしっとりと繊細に伝えている感じがします。
抑えた語りでありながらも、常に「わたし」のドラゴンにそそがれる視線が、ドラゴンに対する尽きない興味と愛情にあふれているのを感じます。
ドラゴンは別かれるときも、何も言わず、ただ真っ赤な目を涙でいっぱいにして「わたし」を見つめます。
そして飛び立ったとき、はじめて声を出して歌います。
その歌声は、澄み切っていて、きれいで、とても幸せそうだったということです。
ドラゴンにとっても、姉弟との日々が、かけがえのない幸せなものだったことがわかります。
別れの後、姉弟には寂しさがこみあげてきますが、この絵本を読んだあと心に残る、澄み切った清らかな情趣、しっとりといつまでも心に沁み入る余韻の深さは、絵本には類まれなのではないでしょうか。
テクストを書いたアストリッド・リンドグレーン(1907~2002)は、『長くつ下のピッピ』(1945)や『やかまし村のこどもたち』(1947)など、自由に、元気に、体をいっぱい使って遊ぶ子どもを描くのに長けた作家ですが、この絵本のように、しっとりと子どもの内面を描きあげることもできるんだなあと、違った一面を見て感心しました。
この絵本を読み聞かせしたあと、教室はしーんと静まります。
ひとりひとりが浸っている余韻を壊さぬよう、感想など聞かず、そーっと教室を後にします。
ひとりひとりの胸の中で、この余韻をずっと大事に暖めておいてもらえたらいいなと思います。
今回ご紹介した絵本は『赤い目のドラゴン』
アストリッド・リンドグレーン作 イロン・ヴィ―クランド絵 ヤンソン由実子訳
1986.12 岩波書店 でした。
赤い目のドラゴン | ||||
|
ランキングに参加しています。ポチっとしていただけると嬉しいです。
いつもありがとうございます。