結婚して年月が過ぎ、セックスレスになる夫婦は珍しくありません。国立社会保障・人口問題研究所の調査によると、妻が45~49歳の初婚同士の夫婦のうち、過去1カ月間に性交がない「セックスレス」の割合は72%に上ります。実はこの時期、性交に伴う「痛み」で悩み始める女性も多いといいます。どのように対処したらよいのでしょうか。人には相談しにくい性の悩みを、産婦人科医の高尾美穂さんに聞きました。
弾力性・伸縮性がなくなっていく
クリニックで、性交痛の悩みを相談される患者さんは珍しくありません。
性交痛だけでなく、産婦人科の内診の痛みに悩む方も40代後半ぐらいから増えてきます。例えば、子宮頸(けい)がんの検査は腟(ちつ)を広げるような形で、子宮の入り口の細胞を採るための器具を入れるのですが、「痛い」「怖い」と訴える方は少なくありません。
40代後半ぐらいからこうした悩みが生じるのには、理由があります。
腟はもともと、非常に弾力性・伸縮性があります。出産の時、大きな胎児が通って産まれてくることを思い浮かべていただけるとイメージしやすいかと思います。
この弾力性・伸縮性は、女性ホルモンのひとつ・エストロゲンの働きによって、維持されています。エストロゲンの分泌は、更年期に入ると不安定になり、閉経を迎えるとなくなってしまいます。それに伴って、腟の弾力性・伸縮性も失われていきます。腟の壁が引き伸ばされるような変化には、だんだん弱くなっていくわけです。
特に現在、性交渉があまりない方の場合、子宮頸がん検診で痛みを感じることがあるかと思います。人生で一度も性交渉をせずに過ごすのであれば、子宮頸がんのリスクはほぼありません。ただ、たとえ今は性交渉がなくとも、20代、30代に経験した方は、子宮頸がんのリスクがないとは言えません。痛かったり、しんどかったりするかもしれませんが、検査は受けていただきたいです。診察による痛みなどが心配な場合は、事前に医師に伝えていただければと思います。そうすれば、医師の側も対策を考えることができます。
早めに始めたいホルモン補充療法
一方、性交痛ですが、腟が伸縮しにくくなったところに無理に挿入しようとすれば、皮膚がこすれて、非常にしんどいだろうことは想像できると思います。初交以外の挿入時の痛みの原因は、すべりが悪い場合と、腟が細い場合に大きく分けられるかと思います。すべりが悪い場合には、市販のゼリーなどを使うといった手立てがあります。問題は後者の腟が細くなってしまった場合です。エストロゲンがなくなると、腟の弾力性・伸縮性が失われることで腟が縮み、径も細くなります。
こうした痛みに対して、医学的には「エストロゲンを足す」という対策をとることができます。一般的な「ホルモン補充療法」に当たりますが、非常に効果が高いです。貼り薬、塗り薬、飲み薬などありますが、性交痛の悩みには、腟に直接エストロゲンを足す錠剤も有効です。
重要なのは、ホルモン補充療法を始めるタイミングです。一度、腟の弾力性・伸縮性がなくなり、縮んでしまうと、その後にホルモン補充療法を始めても、もとには戻りません。ほどほどに弾力性・伸縮性がある段階で始める必要があります。更年期世代でこの先の人生も、パートナーと性交渉を持ち続けたいと考えてらっしゃる場合は、生理がまだあるうちから始めていただけるように、早めに産婦人科医にご相談いただければと思います。
また「性交痛」に悩んでらっしゃる方の中には、挿入時ではなく、「奥を突かれるのが痛い」という方もいらっしゃるかもしれません。その場合は、子宮内膜症が原因の可能性もあります。やはり、産婦人科に相談いただければと思います。
パートナーと向き合う時間を
男性側と女性側の性欲は、状況がまったく違うかと思います。
男性ホルモンのテストステロンは、性欲に直結します。テストステロンの分泌量は加齢とともに減りはするので…
この記事は有料記事です。
残り1042文字(全文2667文字)
産婦人科医/イーク表参道副院長
たかお・みほ 産婦人科専門医。医学博士。女性のための統合ヘルスクリニック「イーク表参道」副院長。東京慈恵会医科大学大学院修了。同大学付属病院産婦人科助教をへて2013年より現職。日本スポーツ協会公認スポーツドクター。ヨガ指導者。婦人科診療に携わる傍ら、「全ての女性により良い明日を」をモットーに、医療・ヨガ・スポーツの三つの面から女性の健康に関する専門的な知識を分かりやすく発信している。NHK「あさイチ」などテレビ番組への出演や雑誌、SNSでの情報発信のほか、20年からは音声配信アプリstand.fm(スタンドエフエム)の番組「高尾美穂からのリアルボイス」で毎日、リスナーから寄せられる体や心の悩み、人生相談に回答している。「娘と話す、からだ・こころ・性のこと」(朝日新聞出版)、「女性ホルモンにいいこと大全 オトナ女子をラクにする 心とからだの本」(扶桑社)、「大丈夫だよ 女性ホルモンと人生のお話111」(講談社)、「心が揺れがちな時代に『私は私』で生きるには」(日経BP)、「いちばん親切な更年期の教科書 閉経完全マニュアル」(世界文化社)など著書多数。