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となりのマンガ編集部 第15回:集英社『グランドジャンプ』編集部 作家と二人三脚で、誰かの救いになる作品を

マンガの編集部に赴き、編集者が今おすすめしたいマンガやマンガ制作・業界の裏側などを取材する連載企画「となりのマンガ編集部」。第15回は、集英社『グランドジャンプ』編集部を訪ねました。2011年に『スーパージャンプ』と『ビジネスジャンプ』が合併して誕生した『グランドジャンプ』。最近では実写化作品も多く輩出していますが、それらの制作の裏側はどうなっているのか。編集部の古屋さんにお話をうかがってきました。

取材:マンガソムリエ・兎来栄寿


地に足のついた共同作業が青年誌の魅力

――最初に古屋さんの担当作品を含めた自己紹介をお願いします。

古屋 『グランドジャンプ』編集部という、集英社の中では大人向けのマンガを作る部署にいます。

入社時に『ビジネスジャンプ』という青年マンガ雑誌に配属になりました。そこから2年くらいで『ビジネスジャンプ』と集英社のもうひとつの青年誌『スーパージャンプ』がひとつに統合して『グランドジャンプ』という雑誌になり、そのまま『グランドジャンプ』編集部に所属になりました。

入社から7年間、青年マンガの部署で、その後、少女向けライトノベルのコバルト文庫・ライト文芸のオレンジ文庫という2つのレーベルを持つ小説系の編集部に異動しました。そこで小説の編集を2年間経験し、『グランドジャンプ』に戻って今5年マンガ編集をしています。振り返ると13年もマンガの編集者をさせていただいているんですね。

現在の担当でいうと『ここは今から倫理です。』という作品であったり、ちょっと前まで『ドラフトキング』も担当させていただいていました。他にもギャグマンガなども担当しています。

――『ビジネスジャンプ』時代などは何を担当されていたんでしょうか?

古屋 『ビジネスジャンプ』時代は、実働的には2年間くらいしかやれなかったんですけれども、新入社員だったということもあり、『怨み屋本舗』シリーズを担当させていただきました。栗原先生には、本当に様々なことを教えていただきました。

――『怨み屋本舗』シリーズは今も若手の方々が担当されているんでしょうか? いつも際どそうなネタをたくさん扱っているので、担当編集の方はかなり苦労されているのではないかと思っていたのですが(笑)。

古屋 そうですね、今も割と若手の人間が担当しています。やっていいものといけないものの線引きって最初に学んでおくべきで、私自身、栗原先生の線引きの上手さは編集者としてすごく勉強になりました。栗原先生からしたらご負担だったと思いますが、本当に感謝しています。

『グランドジャンプ』編集 古屋さん

――古屋さんが編集者になられたきっかけを教えてください。

古屋 元々高校のころからすごく本は好きでした。僕、高校出てちょっとフラフラしてから関西の同志社大学に入学してるんですが、そのフラフラした時期を挟んでからの受験勉強を図書館でよくやっていました。そのときに流行りの本など、勉強そっちのけですごくたくさん読んだりして。勉強しろよって話なんですけど(笑)。

そういう経験もあって、編集者という職業は面白そうだなと大学に入る前から意識はしていました。編集者になるためにどうしたらいいかを調べた際に4年制大学を出ていないと基本的には大手出版社に就職できないことがわかったので、4年制大学を目指して入ったというところもあります。

ただ、入学した際は、法学部法律学科に入ったので、1年生のときは何となく法曹界を目指すんだと思ってたんです。でも2ヶ月ぐらいで「この勉強つまらない!」となって(笑)

その後に、明確に一番意識したのはやっぱり就職活動が始まるぞっていうタイミングだった気がします。僕は就職活動で受けたのがほとんど出版社でした。ほかには、写真部に所属していて、写真が好きだったこともあり、写真の通信社を受けたぐらいでした。そのときは小説志望だったんですけど。

――このインタビューでも多くの編集者の方にお話をうかがっていますが、小説志望だったけどマンガに配属されたという方はすごく多いですね。

古屋 同期にも当初の希望とは違う部署に配属になった者はいます。が、本人の意向をまるで無視してという形ではなく、研修などを経て何度かの面談で丁寧に聞き取りを行うなど、人事には本当に親身に適正部署を考えてもらったと感じています。

――編集者になってみて面白い部分・大変な部分を教えていただけますか。

古屋 実際にマンガの編集者になるまでは作品って漫画家の先生が個人の裁量で作られていて、どちらかというと「原稿をいただく」という要素が大きいのかなと思っていたんです。けれども、特に青年誌の作品作りに関しては学校の先生やスカウトマンであったり精神科医だったり現実世界にいる“人間”を描くことが多いので、地に足のついたところで取材や打ち合わせを一緒にやって共同作業で作っていくというところがすごくありました。漫画家さん自身が、作中に登場する職業を経験されているケースは、そうそうないですし、サラリーマンの話は僕たちの方が詳しい場合もあります。そういった関わり方が、青年マンガの編集者の魅力かなと思います。

大変さは、魅力で話した部分と表裏一体で、こういう人に話を訊きたいなと思ってもなかなか訊けなかったり、お話を訊いてもそのまま描いてはいけないことがあったりして。現実と地続きな面を持った、地に足のついた作品だからこそ、本当にちょっとしたことで読者のどなたかを傷つけるかもしれないので、そこはすごく気を遣うところでかなりエネルギーを使うところかなと思います。

――『グランドジャンプ』には『グランドジャンプめちゃ』と『グランドジャンプむちゃ』という姉妹誌がありますが、それぞれの特徴を教えていただけますか。

古屋 僕は『めちゃ』、『むちゃ』ができたときには編集部にいなかったので、創刊時の意図は伝聞にはなりますが。
『むちゃ』前身には、『グランドジャンプPREMIUM』という増刊があって、『むちゃ』は、この血統の中にあるので、割と本誌と地続きの、今までの青年マンガ誌の作りにすごく近い増刊かなと思います。

『めちゃ』に関して言うと、めちゃコミックさんと協力して作らせていただいています。話の内容的には割とHなものも多いんですけれども、めちゃコミックさんの読者は女性の方が多いので、『めちゃ』に関しては女性読者を意識した作品が多い傾向にあります。
一方で、『グランドジャンプ』や『むちゃ』は雑誌の読者が男性の方が大半なので、男性向けに作られている傾向が強いです。

左から『グランドジャンプ めちゃ』『グランドジャンプ むちゃ』『グランドジャンプ』

 

グランドジャンプ』編集部が今推したいマンガ

――今『グランドジャンプ』編集部として推したい作品を教えてください。

古屋 編集部というより個人的になってしまいますが、あえて選ぶなら、NHKでドラマ化をもしていただけた『ここは今から倫理です。』(著・雨瀬シオリ)という作品です。

高校の倫理を教える先生が主人公の話です。作品が生まれたきっかけは、雨瀬シオリさんの前作のラグビーマンガ『ALL OUT!!』で、コーチたちが合宿でお酒を飲む回があって、そこのやり取りがすごく人間臭くてかっこよくて印象に残っていて。それがあって「教師ものをやりませんか」とお声がけさせていただいたんです。

――私もあそこのシーン、すごく大好きです。子供たちが主役のマンガなんですけど、それを支える大人のかっこよさみたいなものも描いて良いですよね。

古屋 そうなんです。生徒たちにとって、スーパーヒーローみたいな教師や監督って、様々な作品に出てくるんですけど、子供に教える大人の葛藤をちゃんと描いている作品って少ないなって思ったんです。その部分をきちんと描ける雨瀬先生に惚れ込んでお願いしに伺いました。そこから、1巻の最後にも書いてありますけど「どの教科にしましょうか?」というのは一個一個検討して始まった作品です。

――そこで最終的に倫理が選ばれたというのも面白いですね。雨瀬シオリさんはラグビーマンガも描けば『ここは今から倫理です。』のような作品もあれば、『結ばる焼け跡』や『松かげに憩う』のような歴史ものもあり、短編もいろいろと描かれていて本当に幅広いなと思います。

古屋 描きたいことに素直な方だなとは思います。私が声を掛けさせていただいた際も、「今、描いておかないと描けなくなるかもしれないので教師もの、描いてみたいです。」とおっしゃっていました。

ここは今から倫理です。』には、スーパーヒーローの教師は出てこないですが、無理に救わない寄り添い方もあると伝える作品ができたなと思います。こういった先生が実際に学校にいることだけで、学校行ってみようかなって思ったり、自分の考え方に向き合ってくれる人もいるんだって気づくことのできる生徒が生まれるだろうなと思える作品だなと感じています。僕も一読者として読ませていただいて、高柳先生のように話を聞いてくれる大人にあの時、いてほしかったなって思ったり、逆に子供の頃は、何も感じなかったけど、あの先生があの時、僕に話そうとしてくれたことは、こういうことだったのかって気づきがあったりしています。否定するでも肯定するでもなく、ただ寄り添ってくれる存在がこの世界にはいるってことに気づかせてもらえる作品だなと。

次は、これも担当作ですが『ドラフトキング』というプロ野球チームのスカウトマンの話です。

僕が小説の部署から戻ってきたときに、3話目まではネームができていて、僕が野球好きというのもあって、担当させていただくことになったんです。連載開始時から5~6年くらい担当させていただいて、取材やドラマ化などで関わりも深く、すごく自分にとって思い入れのある作品です。

スカウトマンの話なので、高校野球だけではなく、大学野球や社会人野球、クラブチームや独立リーグなどの世界も扱います。実は野球をやれる場所ってたくさんあって。いろんな方面からプロ野球に入る道があるけど、大体注目されるのって高校野球がメインですよね。ちょっと野球好きな人で大学野球を追うぐらい。社会人野球になると、多分チームを持っている企業にでも勤めていない限りはほぼ観る機会がないと思うんです。

僕も野球は中学までやっていたんですけど、大学野球や社会人野球はそこまで観なくて、プロ野球や高校野球ぐらいしか観ない一般的な野球好きでした。でも実はすごく面白い世界がひろがっていて。社会人野球のチームやクラブチーム、独立リーグを取材させていただくと、そこの現場現場で全力で野球をやっている方たちがいる。一方で、どうにかして育ててプロ野球選手になってほしいと思ってる人たちがいて。プロ野球に進んだ人から小学校でやめた子にすら、「野球を始めてやめるところまで」の野球人生があるというのはすごく面白いなと。クロマツ先生と二人三脚でいろいろな方にお話を伺いに行って作品を作れたのはすごく面白い経験でした。

実写版『ドラフトキング』のポスター

――野球マンガとしてはすごく斬新な視点から描かれているのも面白いですし、1巻が発売されて表紙を見たときにすごいなと思いました。かっこいい男性やかわいい女の子が作品の顔になることが多い中で、双眼鏡で目も隠れた髭面のおじさんとシンプルな白背景。でも中身は抜群に面白くて、こういうマンガが本当に売れて欲しいと個人的にも長く推させていただいてきましたし、マンバでも人気が高い作品です。

古屋 これは僕の感覚なので合ってるかどうかはわからないんですけれども、すごく時代にも後押しされた作品だなとは思っていまして。僕が入社したときは出版業界が斜陽だと言われて、実際マンガもどんどん部数は落ちている時代だったんです。ディープなマンガ好きな人向けの作品ばかり創るというか、例えば、どんな話を作るにも萌え系のキャラクターを出さなければいけなかったりとか、そういう系統が単行本では売れるという様相だったんです。

けれど、ここ5年から10年の間にデジタルでマンガが読まれるようになって感じたのは、電車の中でみんなが『週刊少年ジャンプ』を読んで、読み捨てていたあの時代の読者が、デジタルで帰ってきてくれた感覚です。家にマンガ用の本棚があってそこに熱心にマンガを集めてくださる方とは別の層の方たちにも、デジタルでは届いて読んでくれるので、そういう方たちとはすごく相性がいい作品だなと。

クロマツ先生がしっかりと人間を描いてくれる作家さんで、登場する選手それぞれの人生に寄り添っていて。社会人になってからプロになる・ならない選択を迫られている選手から、高校生から天才なんだけど学校と合わない子などを描いているので、それってすごく保護者の方は共感しやすい。デジタルでマンガが読まれる時代じゃなかったら、見つけてもらえずにいた作品かもしれないなとは思います。映像化などのタイミングも良かったし、そういう力がある作品なのに見つからなかったものたちが今は見つけてもらえるような時代になって、すごく嬉しいなと。

 

続いては『Shrink~精神科医ヨワイ~』。精神科医のお話です。

心の病気について扱う作品なので、すごく繊細だし、傷ついた人たちや、社会の中で上手く生きられない方たちのエピソードは、すごく殺伐とした雰囲気になりがちです。けれども、主人公の弱井という医師がすごく柔らかい人柄で、救われるところがあります。実際に心の病って治し方の方法論がまだ確実なものができておらず症例に合わせていくしかないところではあると思うんですけど、自分たちが何か回復に向かう方法があるのかもしれないと悩んでいる方に気づいてもらえる作品です。弱っているときには病院に行くって、日本では、ハードルが高いことだと思うので、それに対して踏み出す勇気を与えてくれる作品だと思います。

1話の冒頭でもでてくるのですが、アメリカだと自殺者は日本より少ないですけど精神医療にかかっている人はとても多い。一方、日本では、精神医療にかかっている人は少なく、自殺者の数は多い。悩んでる人がたくさんいるはずなのに、日本では精神医療にかかることへのマイナスイメージから、医療のサポートを受けることができていないことが表れています。
原作者の七海先生は、「日本では精神科への偏見が根強い。精神科は特別なところではなく、受診をためらわなくなるように適切な情報を届けたい。つらさを抱える人が誰かに手を伸ばし、サポートを受けるきっかけになれば」と話していらっしゃいました。
そういうイメージのせいで医療に繋がれない人がたくさんいる現状を変えたいというという思いを持っています。

ちょうどドラマ化も発表され、放送も8月からともうすぐなので、ぜひドラマを入口にするでもよいですし、作品に触れていただけるとうれしいです。誰かの救いになる作品じゃないかと思います。

『Shrink~精神科医ヨワイ~』ドラマ化決定のポスター。

 

ヤングケアラー みえない私』、これは単巻で出ている作品です。

「ヤングケアラー」って最近よく耳にする言葉かなと思うんですが、著者の相葉さんご自身がヤングケアラーとして実際に介護などをされていた方なんです。私自身も昔、祖母と一緒にずっと住んでいて、両親は共働きだったので祖母が認知症になったときに数年面倒を見ながらいろいろやっていた時期もあったので、すごく共感できるところもあります。

世の中で徐々に発信され始めてきたとは思うんですけど、実際に認知症の老人だけではなくて自分の弟だったり妹だったりも含めて実は10代中盤ぐらいの子たちが誰かの面倒を見ながら生活しなければいけないというケースがすごく増えた時代だなと思うんです。

男性も女性も働く世の中になってきて共働き夫婦が増えていく中で、別にそれが悪いというわけではないんですけど、今まで誰かがやっていたことが空白になっていて、それが意外と10代の子たちに降りていってしまっているという誰も言ってこなかったことを言っている作品です。ニュースや新聞記事で知るには、難しさがあるなというときに、マンガってすごく入口としては読みやすいので、ぜひ触れてもらえると嬉しいなと思います。

介護しているときって多分発信する余裕もないと思いますし、それを発信していいのかというのもありますよね。自分の身内だったり、大事な人がうまく生きられなくなってしまっていることや、両親が自分たちのために一生懸命働いてくれてる分、子供の自分たちは妹や弟の面倒を見ているけどそれを辛いと言っていいのか。それって自分の親への悪口になっちゃうんじゃないか、というのもありなかなか声を上げづらいものではあるので。

解決手段はなかなかすぐに提示されるものではないですし、読んだ人がすぐに救われるわけではないとは思うんですけど、同じ悩みを持った人がちゃんといて、それを声に出してくれている人がいるというのは、将来的には何かが解決する動きに繋がるというだけでもちょっと勇気になるのかなと。

今回推していただいた4作品

 

作品のバラエティ豊かな編集部の裏側

――次に『グランドジャンプ』編集部についてお伺いしていきます。編集部は今何人ぐらいでやってらっしゃいますか?

古屋 社員が7人で、フリーの方にも8人ぐらい手伝っていただいてるので大体15人くらいで動いている感じです。

――働き方としてはリモートが増えているんでしょうか。

古屋 そうですね、会社としてリモートできる環境というのはコロナ禍の中ですぐに整備されてすごく助かりました。社内の人間だけではなくて、漫画家さんもデジタルを推し進めた方も多いと思います。それまでは、デジタルでやっていても同じ仕事場に皆さん集まって作業する方たちがほとんどだったんですが、ある程度の信頼関係ができた方は在宅で作業してくださいという風にできる環境になりましたね。

入社当時はまだ原稿を取りに伺って、ハラハラしながら待って大事に抱えて持って帰って、校了作業などをしてました。原稿を失くした伝説も聞いたりしました(笑)。ですが、もうほとんどの方がデータ上でのやり取りなので、メールでいただいて、その場でという。だいぶリモートも編集業界・出版業界全体に根付いてきたなとは思います。

ただ、僕自身は人とは直接会って話をして、打ち合わせするのが一番やりやすいと思っています。もちろん漫画家さんがお忙しいときはお電話だけで打ち合わせということもありますけど、できるだけお会いするようにしています。

何気ない雑談の中から人間らしさやエピソード、みたいなものが生まれることが多いと思っているので、編集部の人間とも作家さんとも極力会って話すようにしています。

――そんな『グランドジャンプ』編集部の中で今流行っているもの・ことはありますか。

古屋 たまたまだとは思いますけど野球好きが集まっていて、プロ野球が開幕してみんな楽しそうにしています。編集長と副編集長は中日ファンで好調を喜んでいて、僕は巨人ファンなので思ったより噛み合わないなと思いながら応援しています(笑)。
(※取材は4月上旬に実施)

去年ぐらいから野球やバスケットボールなどを中心に、軒並みスポーツ人気が高くなって。神宮球場なんて昔はぷらっとその日にチケットを買えたんですけど、今はもう買えなくなってしまって。人気が出るのは嬉しいんですけど、仕事がない日にちょっと行って野球を観て帰るみたいなことができなくなってしまったのは、喜びがないまぜになって複雑です(笑)。

――編集部の方が行きつけのお店や好きなお店があったら教えてください。

古屋 会社近くの「源来酒家」は、校了終わりにみんなで行って楽しく話したり、愚痴ったりしてます(笑)。麻婆麺が有名でランチで食べるなら一番おすすめです。他の料理もすごく美味しいので大皿料理を頼んでみんなでワイワイつまみながらビールを飲むという楽しみ方も良いですね。

――『グランドジャンプ』編集部さんが自慢できることをひとつ挙げるとすると何ですか。

古屋 毛色の違う増刊が2冊あるので、同じ編集部が作ってるのかって思うぐらい幅広い作品を作っている編集部だと思います。少女マンガっぽいものから、もう男しか読まないだろうって言う“男臭い”ものまで何でもやっているので、それは魅力かなと思います。

「新人作家の育成」がメインの仕事というより、他社や他誌に描かれている好きな作品の作家さんに会いに行って、その人に【こういう作品を描いてください】と言って、それが形にできるところは、青年マンガ編集者のすごく楽しい魅力だと思います。

――流石景さんが『グランドジャンプ』で描くんだ、と驚きました。最近では『キャプテン翼』の高橋陽一さんが自分で全部を描くことを断念して原作の方に専念する決断も話題になりましたね。

古屋 レジェンド世代の方たちはいつまで経っても描きたいことがなくならないのが本当にすごいなと思っていて。確かに人生のことと作品を描き終える・出し切ることを考えたら、絵を描いていたら間に合わないよなっていうのはすごく思います。

ああいう選択(ネーム形式での連載)は高橋先生が初めて挑戦されるんだと思うんですが、これからもしかしたらそういう選択肢を取る作家さんも出てくるのかなと。最近はすごく面白い作品でも完結しないで終わった作品がちょくちょく出てきたのもあって。

僕も世代的には『ベルセルク』とか子供のころからすごく好きで読んでいた作品だったので本当にショックでしたし。『バチバチ』などもすごく好きなマンガだったんですけど「ここで……!」と。盛り上がっている途中で期せずして終わってしまった・・・みたいな作品を見ていると、やっぱり読者がいるものなので<描き切る>という意識の部分が漫画家さんにとって大事な時代になったのかなと。

 

広い世界に読まれる今だからこそ、ひとりひとりに寄り添う作品作りを

――「編集者が繋ぐ思い出のマンガバトン」ということで毎回編集者の方の思い出のマンガ作品をお聞きしているんですが、人生を語る上で外せない思い出のマンガを挙げていただけますか。

古屋 ひとつは『SLAM DUNK』です。

自分もバスケットボールではないですけど、運動部でスポーツをやっていたときに「高校生で一生懸命部活をやってる人間の気持ちが、ここまでわかる人がいるんだ!」と興奮しました。初めて読んだのは高校生のときだったので、すでに完結していた作品なのですが、その感情が昔から変わらないものなんだという感動もありましたね。未だにマンガ編集者として悩んだり疲れたりするときには絶対読み返します。

――特に好きなエピソードなどはありますか。

古屋 最後に桜木花道が背中を痛めてから結局自分にとっては今が一番なんだっていう話をしてムリして試合に出ちゃうところですね。今の世の中では、将来を考えて絶対にNGな采配だと思うんですけど、子供の選択を大人が背負ってくれて、一緒にその試合に臨むっていうことをしてくれる大人が当時はいたなとは思います。

選手としてや、その後の人生考えたときには絶対にムリしないほうが、幸せな選択だと思うんですが、同じ状況のときにその覚悟をしてくれる大人が今いるかといったら、すごく減っただろうなと。なので子供の人格を尊重してくれる大人がいるというのはすごく感動したシーンです。

もうひとつは就職活動をしているときに、多分3巻か4巻ぐらいまでしか出ていなかったと思うんですけど、『宇宙兄弟』はすごくインパクトのある作品でした。

僕は高校を出てから3年間ちょっと空白があったので、新卒で就職活動できる最終年ギリギリでした。本当はいろんな企業を受けた方が良かったんですけど、夢見て駄目だったらその後何とかなるだろうって思わせてくれたのが『宇宙兄弟』の六太の生き方でした。最終的に自動車会社へ入ってからまた夢に戻ってくる、そういう生き方もできるじゃんと。大人になってからもう1回再チャレンジできる可能性もあるから、今はまっすぐ好きな出版社1本でやっていこうと思えた作品だったので、それはすごく影響を受けました。

今は完結に向けて動いている感じがするので、どういう終わりになるのかすごく楽しみにしています。

――同じ時代でマンガを作っている次の編集者の方へのバトンといたしまして、何かコメントをお願いします。

古屋 これは僕なりの編集者のあり方というか考え方で、いろんな編集者がいて良いと思います。「1億部売れる作品を作るぞ」っていうのを目標に立てる方もいてもいいと思いますし、編集者の仕事は「作品創りに関わることよりも宣伝することが一番の仕事だ」という考え方でやる方もいらっしゃるだろうし、それぞれの作り方ってあると思うんです。
けど、個人的な作品に対する想いで言うと、誰かの救いになる作品を創ることができれば、それが一番ベストだなと思っていまして。

「1億人に読ませる作品の作りかた」と「100人を救うマンガの作りかた」って全く違うので、個人個人の悩みに寄り添うとどうしても間口を狭めてしまいがちです。
ただ、デジタル市場の発展のおかげで昔よりも遥かに広い世界に向けて、作品を発表できるようになったので100人に1人がその作品に共感したり救われてくれると、日本の人口1億2000万人で考えれば、100人に1人だったら120万人、その中で多分マンガを読む人が10人に1人だったら10万人だし、それぐらいでも、1冊あたり10万部売れれば続けられる作品にはなる。

僕は後者のような作品があっていいと思ってるし、ある程度年齢を重ねた人に向けて作る作品作りとしては、正しい方向性なんじゃないかなって思ってて。子供のころって触れるものの数や場所が少ないので、割とみんな同じものを触れてくれるので少年誌ってすごく読者の方が多いですし、大人になっても読み続けてくれる方も多いので大部数が出てますよね。
逆に、青年誌って大人になると悩みだったりとか人生観が細分化して、個人個人で違うので、焦点を絞って作っていかないとぼんやりしたものになってしまう。誰の心にも残らないし、惰性でアプリを開いたときに1から10まで読んで10番目になってしまう作品になってしまう。それよりは、100万人に読んでもらえなくても1万人が一生懸命に読んでくれる作品ぐらいの感覚で焦点を絞って、意識しつつ作っていくこともすごく大事じゃないかなと思っています。もちろん1億部売れて欲しいですし、売れてくれたら最高なんですけど(笑)。

――何かお知らせなどがありましたらお願いします。

古屋 『ギフト±』のナガテユカさんによる、公安調査庁を舞台にした『ハボウの轍~公安調査庁調査官・土師空也~』という新連載が5月15日発売の『グランドジャンプ』12号よりスタートします。

実際に公安調査庁に取材して、お話を伺っているのですが、こういう組織があったんだっていうのがすごく単純に驚きが多くて。公安というと、恐らく公安警察の方が一般的にはイメージが強いんですけど、逮捕権もなくて銃の所持もできなくて、ただ情報収集のスパイ活動を積極的にしている組織が実は日本国内にあるというのがすごく面白いですよね。人員もお金も全然ないので、世界の諜報機関とは比べ物にならないらしいんですけど、みなさん、すごく優秀なんです。表には出てこないんですけど、ニュースを見ていたりしたときに、この部署を入口に情報が上がったんじゃないかなということが、取材していて感じることもありました。業務内容は話してくれたんですが、核心は全然喋ってはくれないんですけどね(笑)。なので、思いっきりフィクションです。(笑)

こんな業務を担うこんな組織があったのか、と注目してぜひ読んでいただけたら嬉しいなと思います。

――普段『グランドジャンプ』を読んでくださっている読者の方と、このインタビューを読んでくださってるマンバ通信の読者の方にメッセージをお願いします。

古屋 まず『グランドジャンプ』を読んでいる方、いつも読んでいただいて本当にありがとうございます。これからもどんどん面白くて誰かの救いになる作品を作っていけたらと思っていますので、楽しみにしていただけると嬉しいです。

漫画家さん、編集者のいろんなスタイルがあるなかで、誰も折れず読者の方を楽しませたり、心の救いになったり、ちょっとでも勇気づけられたりするものを、全員が真剣に作っているので、その作品の力を少しでも感じていただけると嬉しいです。ぜひこれからもたくさんマンガを楽しんで読んでください。

――本日はありがとうございました。


少年ジャンプ』といえば、最もメジャーで多くの人が読んでいるマンガ雑誌です。しかし、同じ「ジャンプ」という名前を冠していてもまったく違う哲学の下で作られており、少年誌と青年誌における大きな差異というものを改めて感じさせられました。多くの人には支持されなくても、世界の誰かを救う作品を作っていきたいという古屋さん。穏やかな語り口の中にも込められた確かな熱情を感じられて、ますます応援したい気持ちが強まりました。今後、映像化される作品もさらに増えていきそうな『グランドジャンプ』のますますの躍進を楽しみにしています。

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