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試合がメインじゃない「変化球野球マンガ」|テーマ別に読む[本当に面白いマンガ] 第3回

 セ・パ交流戦が終わり、7月19、20日のオールスターゲームを一区切りとして、プロ野球はシーズン後半戦に突入していく。高校野球も夏の甲子園をめざす地方大会が続々と開幕する。野球ファンにとっては、たまらない季節の到来だ。

 マンガの世界においても、野球はメジャーなテーマのひとつ。古くは巨人の星』『ドカベン』『キャプテンからMAJOR』『ダイヤのA』『おおきく振りかぶって』『ラストイニングまで数多くの名作が生まれてきた。作中の緊迫した試合展開、スーパープレーに手に汗握った経験は誰にもあるだろう。一方で、近年増えてきたのが、試合や勝敗をメインとしない作品だ。たとえばグラゼニ(作:森高夕次・画:足立金太郎/2011年~連載中)は、プロ野球選手のマネー事情を切り口にして画期的だった。今回は、そんな“変化球野球マンガ”の精鋭たちを紹介しよう。

■スカウトマンが主人公の大注目作

クロマツテツロウ『ドラフトキング』(集英社)4巻p45より

 今とりあえずイチオシなのが、クロマツテツロウドラフトキング(2018年~連載中)である。ムロツヨシ主演でドラマ化もされたのでご存じの方も多いだろうが、選手ではなくプロ野球のスカウトマンを主人公に据えたところがまずユニーク。しかも、その主人公が見た目は単なるオッサンで、郷原眼力(ごうはら・オーラ)なんていうキラキラネームのうえに、傲慢で奔放で腹黒く敵も多い完全なヒールキャラなのである。

 しかし、その名のとおり選手の能力を見抜く眼力は超一流。ここで言う「能力」とは、単に「投げる」「打つ」「走る」といった運動能力だけではない。「客が金を払ってでも見たくなるようなロマンが詰まったスケールのでかい選手は何人だって欲しい」が、強いチームを作るためには「野球偏差値が高く優れた野球脳を持つ者」も必要と郷原は言う。そしてまた「俺たちがやるべきことは選手の完成形を予見することだ」とも語る。

 わがままな郷原に手を焼きつつも眼力は認めるスカウト部長の下辺も、そこは同意見だ。わかりやすくすごい選手に目を奪われがちな新人スカウト・神木に対していわく、「ワシらは新人王を獲れる選手が欲しいワケやないねん」「ワシらが発掘すべきはドラフトキングや」。つまり、落合博満やイチローや工藤公康のように、長い目で見てその年のドラフト指名選手の中で最強=キングと呼べる選手を見つけ出すことこそがスカウトの仕事であり醍醐味である、というわけだ。

 職業として野球をやるとはどういうことか。何が選手にとってベストの選択か。カネの問題も含めて、スカウトには選手の人生を左右する責任がある。一見ダーティーで傍若無人な郷原の言動の裏には、選手の将来のために計算し尽くされた戦略と情が隠されている。沖縄の無名高校の怪物ピッチャーや指導者とソリが合わず野球部からドロップアウトした天才のエピソードなどは鳥肌ものだ。

 各話の扉絵で郷原が演じる野球選手のモノマネも楽しい。たまに出てくるプレーシーンも、動きの中でどの一瞬を描くかの選択が素晴らしく、ディープな野球好きであればあるほどシビれること請け合いの理論派野球マンガである。

■球界再編騒動を予見していた(?)先駆的作品

高田靖彦『ボールパークへようこそ』(小学館)1巻p75より
高田靖彦『ボールパークへようこそ』(小学館)1巻p75より

 チームの裏方を主人公に据えるという点では、高田靖彦ボールパークへようこそ(2003年~04年)が先駆けだった。甲子園の優勝投手・門前(もんぜん)弘之はドラフト1位で名門・東京グレイツに入団するも一軍未勝利のまま6年で引退、今はスポーツ用品店で働いている。一方、門前に甲子園進出を阻まれたことから彼を敵視する同期のドラフト5位・矢畑(やばた)晴美は入団後すぐ肩を壊し、1年で自ら退団。が、その後単身アメリカに渡り、打者としてメジャーリーグでスターの座に駆け上がっていた。

 そんなある日、門前は弱小チーム・仙台ファルコンズの新オーナー・鳥塚敏江から現役復帰の誘いを受ける。あまりに唐突な申し出に「冗談はやめてください!」と一蹴する門前。しかし、鳥塚はあきらめない。なぜなら、ダメモトでファルコンズへの移籍を打診した矢畑が、門前を現役復帰させれば交渉の席に着いてもいいとの条件を出してきたからだった。しかし、「あなたは何もわかってない!! プロのマウンドはそんな簡単に出入りしていい所じゃないんです!」と憤る門前。それに対して鳥塚はこう返す。

「……じゃあ聞くがねえ。女に生まれたばっかりに、甲子園を目指すことさえ許されなかった人間の気持ちが、あんたにわかるかい?」

 結局、門前は現役復帰ではなく球団職員として矢畑獲得交渉の任に就くことになる。鳥塚の熱意もさることながら、スポーツ用品店での子供たちの会話からスター選手が次々にメジャーに“流出”してしまう日本球界の危機を実感し、少しでも日本野球の未来に貢献したいとの思いからの行動だった。しかし、矢畑との交渉は一筋縄ではいかず……。

 同作の連載が始まった2003年は星野仙一監督率いる阪神タイガースがぶっちぎりで18年ぶりのセ・リーグ優勝を飾った年だが、翌2004年には近鉄とオリックスの合併問題に端を発した球界再編騒動が起こる。読売ジャイアンツオーナー(当時)の渡邉恒雄の「たかが選手が」発言、選手会による史上初のストライキなど、大揺れに揺れた年だった。最終的には、近鉄とオリックスが合併し、同時に新球団・東北楽天イーグルスが誕生する。

 作中のファルコンズは仙台を本拠地としており、2004年に新球場「仙台野球園」がオープンするという設定は、まるで球界再編騒動を経て楽天イーグルスが誕生するのを予見していたかのよう。楽天の1年目は連戦連敗の最下位だったが、新生ファルコンズも新球場で連戦連敗を喫する。FAや逆指名による戦力格差、球界の盟主を自認する東京グレイツのオーナーの横暴など、当時のプロ野球が抱えていた問題が反映された描写は、今読むと先見の明を感じずにいられない。当時と今では球界の状況は異なるが、作者ならではの骨太な筆致で描かれる人間ドラマは読みごたえありだ。

■「野球部」の生態をリアルかつコミカルに描く

クロマツテツロウ『野球部に花束を』(秋田書店)1巻p46-47より

 前出『ドラフトキング』の作者・クロマツテツロウの初連載野球部に花束を(2013年~17年)も変化球野球マンガだった。野球部出身の作者らしく、部活としての野球部の日常をリアルかつコミカルに描いて人気を博す。2022年にはまさかの実写映画化もされ、野球風に言えばポテンヒット作といったところか。1年生は問答無用の五厘刈り、先輩の言うことには絶対服従、猛烈なしごきに理不尽な規則……。前時代的なブラック部活ネタ満載なのに嫌な気持にならないのは、根底に野球への愛情があるからだろう。

 この手の野球部ものとしては、スズキイッセイ強豪野球部新入部員のありがちな日常(2013年~15年)、ゆくえ高那ちょっとまて野球部(2016年~18年)といった作品もある。前者は本気で甲子園を狙う強豪校ならではのシビアさと才能の残酷さを描きつつも、随所にギャグテイストを盛り込む。後者は地方大会ベスト4が現実的な目標の県立高校で、「3バカトリオ」と呼ばれる1年生の3人を中心にした青春日常コメディ。髪形は自由だし厳しすぎる上下関係やしごきなどのブラック要素もない。高野連と朝日新聞の調査によれば2018年には76.8%を占めた丸刈り強制が今年の調査では26.4%に激減、逆に長髪可が14.2%から59.3%に増加したというから、今はこちらのほうが普通なのかもしれない。

■野球部女子の美しさと切なさと

三島衛里子『高校球児ザワさん』(小学館)1巻p38より

 こうした野球部ものの嚆矢となったのが、三島衛里子高校球児ザワさん(2008年~13年)だ。ルール上は女子でも実力さえあればプロ野球選手にはなれる。が、高校野球では、前述の『ボールパークへようこそ』の鳥塚のセリフのとおり、女子が公式戦に出ることは許されない。それでもマネジャーではなく野球部唯一の女子部員として、男子と同じように練習し、同じように冗談を言って笑う。そんな「ザワさん」こと都澤理紗(みやこざわ・りさ)の日常をスケッチ風に切り取ったショート連作である。

 何よりまずザワさんのキャラがいい。坊主頭なだけで野球部員でもない先輩に二度もあいさつしてしまう天然ボケ。セーラー服の下に野球のアンダーシャツや、何ならスライディングパンツまで着けて登校するほど、色気より野球優先。が、思春期の男子部員には当然気になる存在で、ムダに意識しちゃったり、つい胸のふくらみに目が行っちゃったり。時には「男ン中でチヤホヤされたいだけなんじゃないの」なんて同性の軽侮の的にされたりもする。けれど、ザワさんは無防備なほどマイペースで、読者も含めた周囲のほうが妙な気恥ずかしさを感じてしまう。

 隠しカメラで覗き見しているような視点は一抹の後ろめたさを抱かせ、淡々と描かれる何気ないポーズやしぐさが逆に鮮烈なエロスを放つ。それでいて、高校野球に対する愛情も満載。パワーやスピードで男子に敵わない悔しさを感じることもある。いくら頑張っても公式戦には出られない。練習試合では相手にナメられる。そんな切なさを漂わせながらも、季節の移り変わりとともに描かれる部活風景は詩的ですらある。

■野球好き女子、ここにあり!

水森崇史『東京野球女子百景』(秋田書店)1巻p7より

 ザワさんのように男子に交じってプレーするところまではいかずとも、野球好きの女子は大勢いる。水森崇史東京野球女子百景(2017年~20年)は日常のいろんな場面で野球愛と野球スキルを発揮する女子たちを各1ページで描いた小ネタ集的作品だ。

 遅刻しそうな女子高生が見事なベースランニングから校門に滑り込むもギリギリアウトになったり、合格祈願に来た大混雑の神社で小銭を賽銭箱に遠投したり、渡辺俊介ばりの華麗なアンダースローで水切りの石を投げたり……。とにかくそのフォームの躍動感がすごい。大学生の「ぽちゃ子さん」がいろんな打者のフォームを真似るモノマネシリーズも最高だ。会社のエレベーター、寿司屋、結婚式のブーケトス、行列のできる店など、「そこに野球ネタをぶち込んできたか!」という発想の飛躍にも感心。野球好きならニヤニヤ笑いが止まらないはずである。

 もちろん見るだけでも野球は楽しい。石田敦子球場ラヴァーズ-私が野球に行く理由-』(2010年~12年)は、いわゆる「カープ女子」の草分け的女子たちの姿を描く。ひょんなことから関東の球場で開催されるカープの試合を見るようになった野球素人の女子高生が、「自分に関係ない人がやってる野球」に熱狂する人々の姿に驚き呆れながらも、人生で大事なことを学んでいく。彼女に観戦のイロハを教えるカープ女子二人も、たとえば前田智徳の姿を見て、それぞれの人生で抱える問題を乗り越える力とする。

 ちょっと野球と人生重ねすぎでは? と思う部分もなくはない。が、年季の入った野球ファンなら「そうなんだよ!」と強くうなずくシーンが多々あるはず。「優勝せんチームは応援したらいかんのかねー」「だめじゃあ思うても嫌いになれん」「目を逸らしていたら負けを観なくていいけど勝ちも見逃す」など、心に染みるセリフも多数。続編(スピンオフ)として球場ラヴァーズ-私を野球につれてって-』(2012年~14年)、球場ラヴァーズ-だって野球が好きじゃけん-』(2013年~15年)もある。

 カープ女子に続いて盛り上がったのはベイスターズ女子だ。丸顔めめポテン・ヒット・ガール(2017年~18年)の主人公・佐々木はるこは、雨中の試合を一人で見に行き、布教用の球団公式ドキュメンタリーDVDを持ち歩くほどの熱狂的ベイスターズ女子である。部屋には球団グッズや野球雑誌があふれ、美容院でもスマホの一球速報から目が離せない。チームの勝敗が精神面を大きく左右し、当時の主砲・筒香似の宅配便のお兄さんを見れば「今すぐライト線を狙う感じの素振りをして欲しいよね!!」と目を輝かせる。

丸顔めめ『ポテン・ヒット・ガール』(少年画報社)1巻p9より

 そんなはるこを中心に、横浜ファンの同志、声優オタク、恋愛マスターなど、濃いキャラぞろいの女子たちの日常をハイテンションで描く。趣味の世界の熱い描写は、何かにハマったことのある人なら共感必至。同作が連載された2017年は、奇しくも横浜DeNAベイスターズがCS(クライマックスシリーズ)を勝ち上がり、日本シリーズに進出した年である。CSから日本シリーズにかけての乱高下する感情もまた、野球ファンなら共感必至だろう。

■野球に関わるすべての人に愛を込めて

須賀達郎『ボールパークでつかまえて!』(講談社)1巻p94より

 そして、最新の変化球野球マンガの秀作が、須賀達郎ボールパークでつかまえて!(2020年~連載中)である。会社帰りに球場(千葉マリンスタジアムがモデル)に行くのが唯一の楽しみの野球オタク男子が、フレンドリーすぎるビールの売り子・ルリコと出会う。どぎまぎする彼にやたらちょっかいを出してくる売り子女子……という最初の数話を見たときは、球場を舞台にしただけのゆる~いラブコメかと思った。ところが、回を重ねるごとにどんどん登場人物が増えてくる。

 ルリコの同僚の売り子たちはもちろん、その球場をフランチャイズとする「千葉モーターサンズ」のベテラン選手の妻(元女子アナ)、エースピッチャーの彼女、チェッカー(スタンドや配送所で売り子販売を管理・サポートする係)、売店のバイト店員、警備員、スタンドの常連ファン、ウグイス嬢、球団広報、チアリーダー、マスコット、グラウンド整備員、選手食堂の調理師まで、およそ球場内に存在する人で出てこない人はいないんじゃないかというぐらい多くのキャラが登場するのだ。

 当然、モーターサンズの選手や監督も登場。一応の主人公はルリコだが、大勢のキャラクターがそれぞれの持ち場でそれぞれの思いを抱えながら奮闘する姿を並行して描く。これほど登場人物の多い群像劇もなかなかない。しかも、開幕から激闘のシーズンを経てファン感謝デー、シーズンオフ、自主トレ、翌年のキャンプからまた開幕へと、時間はきっちり流れていく。監督交代やベテランの引退、新人選手の入団、売り子の卒業と新人の加入などの入れ替わりもあれば、恋愛も含めた人間関係の変化もある。そういうエピソードの積み重ねがドラマに厚みを増していく。

 基本的にはコメディタッチながら、いろんな人々の人生の断片をリアルタイムで見ているような生々しさも感じさせる。球場で見る野球の楽しさ、そこで働く人々の喜怒哀楽に、ついつい感情移入してしまう。立場は違えど、みんなに共通するのは「野球が好き」ということ。それは、今回取り上げたどの作品にも言えることだ。

 いやー、野球って本当にいいものですね。

 

【今回ご紹介したマンガの一覧はこちら!】

作品名 / 著者 作品詳細 試し読み ストアでみる
ドラフトキング / クロマツテツロウ 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
ボールパークへようこそ / 高田靖彦 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
野球部に花束を / クロマツテツロウ 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
高校球児ザワさん / 三島衛里子 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
東京野球女子百景 / 水森崇史 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
球場ラヴァーズ ~私が野球に行く理由~ / 石田敦子 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
ポテン・ヒット・ガール / 丸顔めめ 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他
ボールパークでつかまえて!/ 須賀達郎 詳細 試し読み Kindle ebookjapan その他

 

記事へのコメント

ドラフトキング、面白いですよね。
入団を巡る駆け引きや見限られた選手の復活劇など、
見応えがあります。
強面だけど、郷原とはまた違うアプローチで
選手を見守る毒島スカウトも良いですね。

『変化球野球漫画』として、
渡辺保裕先生の『球場三食』を挙げておきます。

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