スマートフォンやモバイル通信とお金にまつわる話題を解説していく「スマホとおカネの気になるハナシ」。今回は、2024年12月26日に実施された、通信キャリアのスマートフォンに課せられた新たな割引規制を取り上げる。各社の端末購入プログラムに規制が課せられるいっぽうで、ミリ波対応スマートフォンには追加の割引が珍しく認められた。しかし事態は楽観できるものではない。
※本記事中の価格は税込を基本としつつ、例外の場合その旨を断わったうえで記載している。
ここ数年来、ある意味で恒例となってきている年末の総務省によるスマートフォン大幅値引き規制。2023年末にいわゆる「1円スマホ」の販売手法が規制されたことは覚えている人も多いかと思うが、2024年末も新たな規制が実施されることとなった。
そのことを示しているのが、同年12月25日までいくつかの携帯電話ショップなどに掲出されていた、「電気通信事業法第27条の3等の運用に関するガイドライン」が改正されるというポスターである。それが何を意味するのかわからない人が多いだけに、このポスターには興味を持った人をショップに来訪させ、規制前にスマートフォンを買い替えてもらう狙いがあったと考えられる。
2024年12月末に入ると、電気通信事業法改正を伝えるポスターがいくつかの携帯電話ショップなどで見られたが、これは政府による新たなスマートフォン値引き規制が始まることを伝えたものだった
では、そのガイドラインが改正されることで何が変わるのか? ひとつはスマートフォンを分割払いで購入し、途中で返却することで安く利用できる「端末購入プログラム」を活用した大幅値引き手法だ。この手法は2023年末に1円スマホが規制された直後より、ソフトバンクが「新トクするサポート(バリュー)」を展開するなどして実施していたものである。
具体的には過去記事を参照いただきたいのだが、要は分割払いで購入した後の返却期間を従来の2年後から1年後に変更。中古市場におけるスマートフォンの売却価値が高いうちに返却してもらうことで、より多くの金額を値引いて実質的な支払額を大幅に引き下げるものだ。当初この仕組みで値引かれていたのは10万円前後のモデルが多かったが、後にソフトバンクは「新トクするサポート(プレミアム)」を展開。オプション料金を追加するなどして値引きするスマートフォンの範囲を高額なハイエンドモデルにも拡大している。
だが、この施策に不満を抱いていたのが総務省で、規制するべく目を付けたのが買取予想価格である。先にも触れたように、端末購入プログラムは返却されたスマートフォンを中古市場に売却して残金を補填する。肝心の買取予想額は購入者に事前に提示される仕組みである。
その買取予想額は従来、携帯各社が自由に決めていた。そのため、買取予想額を高額に設定しておけばその分多くの金額を値引いて販売することもできた。そこで総務省は今回のガイドライン改正で、買取予想額の基準として中古携帯ショップの団体である、一般社団法人リユースモバイルジャパン(RMJ)の買取平均額を用いることを盛り込んだのである。
総務省が2024年12月5日に公開した「電気通信事業法第27条の3等の運用に関するガイドライン」より。従来携帯電話会社が自由に決められた端末購入プログラムの買取予想額だが、改正によりRMJの平均買取額を用いる形に統一された
そしてRMJの買取平均額を基準とした場合、買取予想額は従来携帯大手が設定してきた金額より低くなる傾向にある。そうしたことからソフトバンクなどからは反対意見もあがった。だが、ガイドラインは改正され2024年12月26日から規制が適用されたことで、再びスマートフォンの大幅値引きは封じられたのである。
だがいっぽうで、今回のガイドライン改正ではスマートフォンの値引き規制を緩和している部分もある。それがもうひとつの変更点、「ミリ波」に関するものだ。
ミリ波についても本連載で以前に触れているが、要は周波数が非常に高く大容量通信に適しているが、とても障害物に弱く、基地局から遠くに飛びにくいため広範囲をカバーするのには向いていない周波数帯である。日本では現在ミリ波として28GHz帯が携帯電話会社4社に割り当てられている。しかし、広いエリアのカバーが重視される携帯電話向けとしては非常に使いづらく、対応するスマートフォンの数も非常に少ないことから、現状は整備してもまったくと言ってよいほど使われない“お荷物”のような状況に陥っている。
だが、そのことを問題視しているのが、ミリ波を割り当てた国、ひいては総務省なのである。とりわけ日本ではミリ波、そしてさらに周波数の高い100MHz〜300MHzの「サブテラヘルツ波」など、高い周波数帯の研究開発に力を入れている。そうした背景もあって、その技術開発を促進するうえでもミリ波の積極的な活用を求めているわけだ。
国内では情報通信研究機構(NICT)、そしてNTTドコモなどの携帯電話会社大手が、5Gの次の世代となる「6G」に向け、ミリ波より周波数が高いサブテラヘルツ波などの活用に向けた研究開発を積極的に進めている
だがミリ波の商用利用に関しては、携帯電話会社だけでなくスマートフォンメーカーも対応にとても消極的だ。実際、2024年に国内で販売された新製品で対応機種をあげると、ソニーの「Xperia 1 VI」(SIMフリーモデルを除く)やサムスン電子の「Galaxy S24」「Galaxy S24 Ultra」「Galaxy Z Fold6」、Googleの「Pixel 9 Pro Fold」くらいで、ミドルクラス以下のスマートフォンや「iPhone」の国内販売モデルに対応製品はない。
さらに言えば、Googleは2024年にミリ波対応機種を減らしている。従来ハイエンドモデルでミリ波に対応してきたシャープにいたっては、新機種の「AQUOS R9 Pro」でミリ波対応を取りやめた。対応しても売れないし使われない、むしろコストアップ要因になることからミリ波に対応したくないメーカーのほうが増えている状況だ。
これまでミリ波への対応を続けてきたシャープのフラッグシップモデルも、2024年の新機種「AQUOS R9 Pro」では対応を取りやめている
そこで今回のガイドライン改正に際して、総務省はミリ波の普及促進を狙い、ミリ波に対応したスマートフォンの割引規制を一部緩和する策を打ち出したのである。これまで総務省はスマートフォンの値引き規制一辺倒だったことを考えると、今回の措置は非常に珍しい。
現在のスマートフォン値引き規制は、定価が4万円以下の端末であれば2万円まで、4万円から8万円までであればその50%まで、8万円以上であれば4万円までの値引きが認められている。だが今回のガイドライン改正によって、ミリ波対応端末であればその上限が15,000円引き上げられ、40,000円から110,000円までであればその50%まで、11万円以上の場合は55,000円までに緩和されたのである(いずれも消費税抜き)。
総務省が2024年11月20日に公表した「電気通信事業法施行規則の一部改正」より。今回のガイドライン改正で、ミリ波対応端末は値引き額の上限を15,000円引き上げられることとなった
なお、この規制は恒久的に実施されるのではなく、ミリ波対応端末の普及率が50パーセントを超えたら終了するとされている。総務省内の議論ではミリ波の有無に関係なく、スマートフォン値引き規制を緩和すること自体に反発する声もあり、そうした声に配慮しこのような形が取られたのではないかと考えられる。
しかも、ミリ波に対応するスマートフォンは、そもそもハイエンドモデルの一部に限られており、いずれも非常に高額だ。最も安い「Galaxy S24」でさえサムスン電子のオンラインショップで価格を確認すると12万円以上、ほかの製品は20万円ほど、あるいはそれ以上であることも多い。
そうしたスマートフォンの値引き額を税抜きで15,000円増やしても、正直なところまったく買いやすくはならず“焼け石に水”になるのが筆者の見方である。業界全体で取り組みが後ろ向きとなっているミリ波の利用を本気で促進したいのであれば、対応端末の値引き規制を完全に撤廃し、なおかつ国から補助金を出すくらいの覚悟と取り組みがあってもよいほどだ。
あまりに中途半端すぎるミリ波対応端末の値引き規制緩和、そして端末購入プログラムへの値引き規制強化によって、大幅な円高にでもならない限り2025年のスマートフォン市場は2024年以上に落ち込むことは確実だろう。そして日本のスマートフォン市場が落ち込むことは、メーカーがスマートフォンの投入数をいっそう絞り込み、魅力的な端末が減ることにもつながってくる。消費者の側も危機感を持って市場の動向を見守る必要がありそうだ。