セダンやMTなど、一般的には不人気で斜陽にあるパッケージやメカを愛してやまない自動車ライター、マリオ高野です。今回は、現在もなお「かろうじて」残るセダンの魅力について、自分の思いを述べさせてください。
なお筆者は2台のセダンを所有しており、用途や気分によって乗り分けております。
筆者が1994年2月に新車で購入し、30年以上所有し続けているスバルの初代「インプレッサWRX」。90年代前半当時の2リッター車としては世界的にもトップレベルのハイパワーを誇るAWDセダンであり、走りのよさとセダンの実用性を兼ね備えており、スポーツカー兼ファミリーカーとして重宝しました
筆者が2014年2月に購入したスバル「インプレッサ」(4代目)のセダンモデル「G4」。当時の最廉価グレード「1.6i」(5MT)は169.5万円という安さながら、わずかなカスタマイズでサーキット走行も楽しめる万能性を備えています。セダンならではのコンフォート性の高さにより、低価格車でも快適性は高いです
今の若い人には信じ難いことでしょうが、実はセダンはかつて自家用車の主流だったのです。しかし、90年代に盛り上がったRVブームや、その後のミニバンブームの波に押され人気は下がるいっぽうで、年々販売シェアを失い続け、車種も減るばかりとなりました。
セダン凋落の要因として、とりわけ大きかったのは急激に台頭したミニバンの影響でしょう。大人7〜8人が乗れる圧倒的な室内容積による居住性と、両側電動スライドドアによる乗降性の高さがもたらす家族ウケの強さはすさまじく、ディーラーのショールームで見比べるとセダンは勝負になりません。90年代にミニバンで育った世代にとって、セダンがファミリーカーとしてありえない存在になったのも当然と言えます。
大柄な体躯を誇示し、今や高級車の代名詞となった大型ミニバン(左が「ヴェルファイア」、右が「アルファード」。ともにトヨタ製)
ミニバンの広大な室内はセダンをはるかに凌駕する……
セダンとは、基本的には4枚ドアの3ボックス車のことを指します。3ボックスとは、エンジンルーム、居住空間、荷室のそれぞれが明確に分かれた、文字どおり3つのボックス(箱)で構成されたクルマのレイアウトのことで、真横から見たシルエットは凸型をしています。あるいは、Bピラーと呼ばれる、車体の中央部分の柱状の構造物があるスタイルです。
対照的に、ひとつのボックス(箱)の中にエンジン、居住空間、荷室のすべてが収まっているスタイルのクルマのことを「ワンボックス」、ハッチバックスタイルは「2ボックス」と呼びます。
また、車体の中心部後半(運転席の後部)にエンジンを搭載するミッドシップ車の場合は、フロント部分とリヤのトランク部分に荷室があれば3ボックスに位置付けられます。
ただし、いずれも自動車メーカー各社の間で明確な定義として共有されているわけではありません。1960年代には国際的に2ドアのセダンも数多く存在しましたし、スバルの軽自動車など、過去にはハッチバック車でもセダンと名乗る車種が存在したこともありました。
なお、4枚ドアのセダンでもサッシュと呼ばれる窓枠のないタイプは「ハードトップセダン」と呼ばれる場合もあります。また、高級車になると「サルーン」という呼び名が多く使われます。
ちなみに、「セダン」の語源は、中世の貴族婦人の乗り物「セダンチェア」に由来する、あるいは、ラテン語の「腰掛ける」や「座る」という意味の「sedeo(セデオ)」からきているとされております。
正統セダンのプロポーションを持つBMW「5シリーズ」のセダン。エンジン、居住空間、荷室の3つが完全にセパレートされる
セダンの特徴である、エンジンを収める空間、人のための空間、そして荷室が明確に別の部屋として分けられた3ボックス車は、遮音性を向上させやすいことから、昔から高級車に適していました。現在はワンボックスやSUVなど2ボックスのハッチバックでも十分に上質な居住空間を演出することはできますが、今もなお、セダンには高級車にふさわしい“コンフォート性”を高めやすいという物理的なメリットが残されています。
日本車ではトヨタの「カローラ」や「クラウン」、日産「スカイライン」など、歴史の長いモデルはセダンが中心でありました。
メルセデス・ベンツやBMW、アウディ、ロールスロイスやキャデラックなど、欧米の高級ブランドも長年に渡りセダンモデルがラインアップの中核を担ってきた歴史があり、SUV人気が浸透した今も、これらの欧米高級ブランドのフラッグシップに位置付けられるのはセダンモデルです。
1989年に登場した初代の「セルシオ」(初代レクサス「LS」)は静粛性の高さで世界中の自動車メーカーを震撼させたなど、セダンには歴史的な名車をあげると枚挙にいとまがありません。
トヨタ「セルシオ」の初代モデル。その静粛性は欧米列強のセダンを震撼させた。レクサスブランドでも「LS」として販売されていた
また、セダンはボディ剛性を高めやすいことから運動性能も向上させやすいので、スポーツ性を特化させたエボリューションモデルも綺羅星の如く誕生しています。「AMG」やBMWの「M」シリーズ、アウディの「RS」シリーズなど、欧米の有力メーカーはセダンの超高性能バージョンを常に設定してきました。
日本車ではスバルの初代「インプレッサWRX」や三菱の歴代「ランサーエボリューション」など、「WRC(世界ラリー選手権)」を席巻したスポーツセダンは今も根強い人気を誇ります。
2024年6月現在新車で買える国内外のセダン(一部抜粋)
※以下は、納期遅延などによる受注停止モデルも含まれています
●レクサス
「LS」「ES」「IS」
●トヨタ
「センチュリー」
「クラウン」「カローラ」
●日産
「スカイライン」
●ホンダ
「アコード」
●マツダ
「マツダ6」
「マツダ3」
●スバル
「WRX S4」
●メルセデス・ベンツ
「マイバッハSクラス」
「Sクラス」「Eクラス」
「Cクラス」「Aクラス」
「EQS」「EQE」
「AMG S63」「AMG E53」
「AMG C63」「AMG C43」
「AMG A35」
●アウディ
「A8」「S8」
「A6」「S6」
「A4」「S4」
「A3」「S3」「RS3」
●ポルシェ
「パナメーラ」「タイカン」
●フォルクスワーゲン
「アルテオン」
●BMW
「7シリーズ」「5シリーズ」
「3シリーズ」
「M5」「M3セダン」
「i5」
「アルピナB5」「アルピナB3」
●マセラティ
「クワトロポルテ」
●アルファロメオ
「ジュリア」
●ボルボ
「S90」
「S60」
●ロールスロイス
「ファントム」「ゴースト」
●ベントレー
「フライングスパー」
●ジャガー
「XFサルーン」
●キャデラック
「CTS」
ミニバンやSUVが人気を得るのと同時に、セダンはただ人気を失ったのみならず、「オヤジくさい」または「年寄りくさい」とのネガティブなイメージが年々強まるという、残念な状況にも陥りました。
今の中高年は子どものころにセダンで育っていることからセダンへの抵抗が少なく、子育てが終わるとセダンに回帰する人が一定数いるのですが、そのせいでセダンのオーナー平均年齢は60歳オーバーと言われています。
トヨタの「クラウン」や、メルセデスの「Cクラス」セダンあたりは、フルモデルチェンジのたびにオーナー層の若返りを懸命に図るもまったく成功せず。「クラウン」はついにセダンを諦めてクロスオーバー車に生まれ変わることで存続を図りました(ボディタイプがいくつか用意され、セダン型の選択肢も残されてはいますが……)。
トヨタ「クラウン」は従来セダンを主力とするモデルでしたが、現行型から4つのボディタイプを用意するようになりました。写真はセダンタイプ
輸入車セダンの人気モデル、メルセデス・ベンツ「Cクラス」。クルマの作りは大変よいのですが、昨今はSUVの人気に押されています……
では、衝突安全性においてはどうでしょうか? 車体の前にエンジンを収めるボンネットがあり、後ろには独立したトランクルームをもつ「3ボックス」スタイルのセダンは衝撃を吸収する部位が多いので、衝突安全性では、まだワンボックスやハッチバックに対するアドバンテージがあるように思えます。
そこは今も揺るぎないセダンのメリットとしてあげたいところですが、自動車アセスメントの衝突試験の結果を見ると、最近はミニバンでもランキングの上位に入る高得点をマークするモデルが現れるようになりました。技術の進歩はすさまじいばかりです。
トヨタ「アルファード」「ヴェルファイア」は衝突試験において高得点を記録しました(2023年の自動車アセスメントにおいて)。もはや、ミニバンは安全なクルマと言っても過言ではないかもしれません……
また、車高の高いSUVでは、前からの衝突時にエンジンやミッションなどのパワートレーンを床下に落下させるクリアランスが多く得られるなど、セダンよりもむしろ衝突安全性に有利なケースもあります。
静粛性を始めとするコンフォート性能においても同様です。人のための空間と荷室が明確に別の部屋として分けられた3ボックスのセダンには、ワンボックスやハッチバックからは得られないコンフォート性があるとされてきましたが、今や安めのセダンより、値のはるミニバンやSUVのほうが静かで快適な室内環境が提供されるようになってしまいました。メルセデス・ベンツやレクサスでもミニバンが人気ですし、ロールスロイスやベントレーのような超高級ブランドもSUVをラインアップするにいたっております。
セダンやクーペを作り続けてきたロールスロイスも、SUVの「カリナン」をラインアップに追加しました。それだけ世界的なSUV需要が高まっているのです
このように、昔から言われるセダンのメリットを羅列してみても、積極的に選びたくなるほどの魅力がなくなってしまった事実をつくづく実感してしまう限り。このまま絶滅することはあっても、昔のように自家用車の主流の座を取り戻すことはまずないでしょう。
しかし、だからと言ってセダンがダメになったわけでは決してないし、魅力や価値がなくなったわけでもありません。ミニバンやSUVの出来がよくなったことで相対的にアドバンテージが減少したに過ぎず、今もなおセダンを選ぶ理由と意味は、わずかながらも明確に残っていると言えます。
スポーツカー顔負けの高性能SUVや、運転マニアも納得のハンドリングが味わえるミニバンが増えたとはいえ、やっぱりセダンのほうが運動性能面で有利だと実感する場面は少なくありません。
WRC(世界ラリー選手権)など、ラリー競技では車体後部のモーメントが少ないハッチバック車のほうが旋回性能で有利とする面もありますが、高速安定性を含めた総合的な運動性能では、今もなおSUVやミニバンよりセダンのほうが有利だと言い切れるでしょう。高速移動の速度アベレージが高い欧州では、今でも比較的セダンが多く見られることからも、それがわかります。
2019年に撮影されたフランスの高速道路の様子。我が国に比べ、自家用車ではセダンやステーションワゴンタイプが多く見受けられます
さらに、静粛性などのコンフォート性においても、同じ価格帯で比べれば、やっぱりセダンのほうがわずかにすぐれていることが実感できるはず。ロールスロイスなどの超高級ブランドでもSUV人気が高いとはいえ、従来のセダン型のモデルをやめる気配はないことが、それを証明しています。
あとは「車格」。ミニバンやSUVがどれだけ高性能化、高品質化しても、真の高級車の領域でセダンを凌駕することはまだなさそうです。「レンジローバー」に乗ることが多い英国王室も、公式な場ではセダン型のリムジンに乗ると言われます。
天皇皇后両陛下がご乗用になる御料車も伝統的にセダンタイプであり、「アルファード」やレクサス「LM」が「センチュリー」にとって代わることはないでしょう。セダンに唯一残された生きる道は、超高級車の位置付けかもしれません。
天皇皇后両陛下がご乗用になる御料車は伝統的にセダンタイプの車両です
そんな感じで、今のミニバンやSUVから主役の座を取り戻すことはないにせよ、セダンの存在価値や需要はまだ残されています。
ミニバンやSUVなど、いろいろなタイプのクルマを乗り継いだ人こそ、ふとセダンに戻りたくなったり、セダンの味わいに魅力を感じたりすることはありますし、これからもよいセダンは存続してほしい。そう考えるのは筆者だけではないはずです。
写真:島村英二、トヨタ、メルセデス・ベンツ、BMW、ロールスロイス