「CDトラポ」ことCDトランスポートとは、CD再生データをデジタル出力するデバイスのこと。一般的にCDプレーヤーは、光ピックアップやサーボモーターなどのメカに加えDACを搭載し、デジタル信号をアナログ信号に変換したうえでRCAなどのポートから出力するが、CDトラポはあえてDACを搭載しない。デジタル信号のまま出力し、DAC回路を搭載するほかのデバイスでアナログ変換することが趣旨のデバイスだからだ。
つまり、CDトラポはデジタル出力オンリーのCD再生装置であり、デジタル/アナログ変換は専用装置たるDACに任せることで音質向上を狙うわけだが、そこにCD再生以外の役割を担わせたらどうなるか...開発者に直接うかがったわけではないが、今回取り上げるShanling「ET3」という製品のコンセプトはそこにあるに違いない。
ネットワーク再生にも使えるShanlingのCDトランスポート「ET3」
「ET3」には、CD再生機構に加えてネットワーク機能がある。DLNAにおけるDMR(デジタルメディアレンダラー)として動作するため、同じネットワーク上にNASなどのDMS(デジタルメディアサーバー)として機能するサーバーがあれば、CDと同じ経路で出力できる。USBメディアをつなげばファイル再生を、さらにBluetoothレシーバー機能を使えばスマートフォンの音声も入力できるから、用途は広い。便宜上「CDトラポ」にカテゴライズされるが、「ネットワークトラポ」としての機能もあわせ持つ柔軟な製品なのだ。
もうひとつ、出力経路の多さも特徴だ。従来CDトラポといえば、COAXかS/PDIFでの出力が一般的だが、「ET3」はさらにUSBとI2S(端子形状はHDMI)をサポートしている。USB出力時には機能しないが、PCM192 - 768kHzおよびDSD64 - 512をカバーするアップサンプリングチップを搭載するから、CDやロッシー音源をハイレゾに変換して聴く、といった使い方も可能になる。
フロントパネルとトップパネル
リアパネルがこちら。COAXやS/PDIFだけでなく、USBやI2S(端子形状はHDMI)、通信用アンテナなどもすべてこちらに配置されている
ところで、Shanlingは2023年夏発売の「EC3」というCDプレーヤーもラインアップしている。A4サイズの筐体デザインは「ET3」とよく似ており、CD機構部はトップローディング方式でカバーはクリアガラス製など共通項も多いが、こちらはDACチップを搭載しRCAなどアナログ出力やヘッドホン出力に対応する。いっぽうでネットワーク再生およびUSB/I2S出力には非対応だから、「ET3」とは似て非なる製品と考えるべきだろう。
一般的なCDトラポ同様、「ET3」にデジタル/アナログ変換回路やアンプは搭載されていないため、再生音を聴くにはUSB DACなどのDAC機器、その先にアンプやスピーカーが必要となる。ただし、ヘッドホンリスニングの場合は「USB DAC機能を備えたDAP」があればOK、USBケーブルでつなげばちょっとしたデスクトップシステムの完成だ。
まずはCDをセット。トップローディング方式は準備にひと手間かかるものの、CDが回転する様子を眺められるのはうれしい。CDDBサーバーには対応しないため、アーティスト名や曲名が自動的に表示されることはないが、CD再生そのものはスムースだ。
CD機構部はトップローディング方式
カバーはクリアガラス製、CDが回転する様子を確認できる
「ET3」とともに借り出したShanling「H5」にUSBで接続し、イヤホンで聴いてみると、以前聴いたようなサウンドが(「H5」レビュー記事はこちら)。USB出力の場合、「ET3」のアップサンプリングは適用されない(バイパスのみ)のため、そのまま「H5」の(DACとヘッドホンアップの)音になるのだから、当然といえば当然だ。
「ET3」のほかにUSB DAC機能を備えるDAPやヘッドホンアンプを用意すれば、デスクトップシステムとして活用できる
専用アプリ「Eddict Player」でソースをネットワーク(DLNA)に切り替えると、今度はディスプレイに曲情報が表示される。アートワークも表示されるので、気分はネットワークプレーヤーだ。ファイル再生にも対応するから、USBストレージを利用してもよいだろう。
各種設定や曲操作には専用アプリ「Eddict Player」を利用できる
USBドライブなどに保存した音源のローカル再生にも対応する
ところで、ネットワーク再生には「Eddict Player」のほかに、DLNA/OpenHome規格に対応するアプリも利用できる。試しに「fidata Music App」でパナソニックのブルーレイレコーダー「DIGA」(CDリッピングしたファイルを保存している)をDMSに、「ET3」をDMRに指定したところ、なんら問題なく再生できた。「ET3」をネットワークプレーヤーとして活用するなら、「Eddict Player」以外のアプリも試してほしい。
「ET3」のもうひとつの目玉が「I2S」のサポート。I2SとはInter-IC Sound、「アイスクェアエス」または「アイツーエス」と呼ばれるIC間のオーディオ信号伝送用デジタル伝送フォーマットで、一般的にはオーディオ機器内部で利用される。I2Sから入力できれば、DACやSoC/FPGAで処理する前の"完全に生"の信号が手に入るわけだから、ここに目を付けるオーディオファンは多い。しかし、I2Sはノイズに弱く、コンポ間の接続には不向きとされる。
Shanlingは、2023年秋発売のデスクトップDAC/アンプ「EH3」からI2Sに着目、対となるコンポとして今回の「ET3」を用意した経緯がある。これまでI2Sベースの接続規格を提唱したオーディオメーカー同様、ノイズ対策を施した専用ケーブルを使うことになるが、端子がHDMIのケーブル(ピンアサインに互換性がないため市販のHDMIケーブルは使えない)を利用するところがポイントだ。
ともに借り出した「EH3」をI2S接続用ケーブル「L8」で接続、「ET3」でNAS上の音源をネットワーク再生したものをヘッドホンで聴いてみたが、これがかなりのインパクト。COAXやUSBといったほかのデジタル接続方式と比較しても音の粒立ち、生々しさ、S/N感は格別だ。聴き慣れた楽曲の場合、"生"の印象が鮮烈でむしろ違和感を覚えてしまうかもしれない。
デスクトップDAC/アンプ「EH3」とI2Sで接続した
実機で確認していないため正確なところは言えないが、説明書で確認するかぎり「L8」のピンアサインはPS Audio方式に準拠しているようだ。CD再生のみならまだしも、ネットワークトランスポートとしても動作する「ET3」は熱心なオーディオファンにも重宝がられるはず。デスクトップで楽しむのもよいが、自慢のオーディオシステムに組み入れスピーカーで聴きたい、そんな気にさせるニューカマーだ。