2022年10月に「CINEMA」シリーズを構成する製品として「CINEMA 50」や「CINEMA 70s」と同時に発表されたマランツのAVプリアンプ「AV10」、それと対になる16chパワーアンプ「AMP10」がいよいよ発売される。両製品ともに2023年3月下旬発売で、希望小売価格は110万円(税込)。
マランツのAVプリアンプ「AV10」
16chパワーアンプ「AMP10」
各製品の主なスペックは以下のとおり。
「AV10」
●HDMI入力7系統(すべて40Gbps対応)
●最大プロセッシングch数:15.4ch(「9.4.6」構成に対応)
●プリアウト:17.4ch(XLR/RCA)
●Dolby Atmos、DTS:Xのほか、360 Reality Audio、Auro-3D、IMAX Enhancedに対応
●「指向性」サブウーハーモード搭載
●ネットワークオーディオ機能「HEOS(ヒオス)」対応
●Dirac Liveに有償アップデート対応
●寸法:443(幅)×503(奥行)×189(高さ)mm(アンテナを除く)
●重量:16.8kg
「AV10」はパワーアンプを内蔵しないAVプリアンプ。その分、プリアウト(アナログ音声出力)端子はとても充実している。17.4ch分の端子はすべてXLR/RCA両対応。プロセッシング自体は最大15.4chだが、17.4ch分のプリアウトを利用すればDolby AtmosやDTS:Xで使うトップミドルとAuro-3Dで使うトップサラウンド(リスニングポイントの真上あたり)を自動切り替えできる
「AMP10」
●内蔵アンプ数:16ch
●定格出力:200W(8Ω、1kHz、0.05%、ノーマルモード/2ch駆動時)、400W(8Ω、1kHz、0.05%、BTLモード/2ch駆動時)
●ノーマルモードのほか、バイアンプモード、BTLモードを搭載
●寸法:443(幅)×489(奥行)×189(高さ)mm
●重量:19.8kg
16chものパワーアンプをひとつの箱に収めた「AMP10」。2ch分のパワーアンプをブリッジ配線して1ch(モノラル)パワーアンプとして使うBTLモードを搭載するため、実質的には8ch〜16chパワーアンプとして利用できる
各入力端子の近くにモードの切り替えスイッチを装備。「NORMAL」モードのほか、「BI-AMP」と「BTL」モードが用意される。「BI-AMP」とは、写真で言えば「CH1」に入力した信号を「CH1」「CH2」の2つから出力するモード。スピーカーをバイアンプ駆動するのに便利だ。「BTL」は「CH1」と「CH2」の内部回路をブリッジして大出力を得るモード。このとき「CH1」と「CH2」によるステレオアンプは1ch(モノラル)アンプとなる
「AV10」「AMP10」の発売に先立って製品の内覧会が開催されたので、試聴インプレッションとともに当日の様子をお伝えしたい。
製品説明の前に導入として紹介されたのは、マランツのAVプリアンプの歴史。2008年の「AV8003」を皮切りに2012年の「AV8801」、2015年の「AV8802A」、2021年の「AV8805A」など、世代とともに進化を重ねてきた。
「AV8003」ではAVアンプのプリアンプ部とパワーアンプ部を分離することによって、相互干渉の低減と電源の余裕を確保することが趣旨だった。これを根本としてチャンネル間の相互干渉も低減し、理想的なサラウンドの再生を追求することが近年のAVプリアンプが目指してきたことだと言える
そもそも、AVプリアンプになじみがない人も多いはずなので、一般的なAVアンプとの違いについても確認しておきたい。一般的なAVアンプとは、サラウンド再生機能と映像信号処理機能を一体型としたサラウンド(多ch)対応プリメインアンプであると考えれば間違いない。音量調整と増幅までをワンストップで行うサラウンド対応プリメインアンプなので、内蔵アンプの数は増加の一途をたどってきた。
そこで高音質化のために考えられたのが「AV8003」のようにプリメインの「プリ」(=音量調整部)と「メイン」(=増幅部)を分離するという方法だ。2chのオーディオにおいても「プリ」と「メイン」(パワー)アンプを分離するのは一部の好事家向けということを考えると、AVにおいてもこのマニアックさは推して知るべしということになる。
こうしたセパレートタイプのAVアンプを選ぶことには、音質以外にもメリットがある。それは最新規格への対応がしやすいことだ。AVの世界では新規格が登場した際にどうしてもソフトウェアアップデートで対応できず、買い替えを迫られることが多い。AVアンプで新規格の対応の必要があるのはプロセッサーやHDMI端子にまつわることがメインで、これらはAVプリアンプ部分に含まれている。
新規格対応のための買い替えを検討する場合、一体型AVアンプはパワーアンプ部ごと入れ替えることになるが、セパレートされたAVプリアンプを使っていれば、パワーアンプは既存のままでよいということになるのだ。高級AVアンプを購入検討するならば、こうしたことも念頭に置いておくとよいだろう。
AVプリアンプと比べると、下段のマルチchパワーアンプの製品数はかなり少ない。パワーアンプはモノラル(1ch)やステレオ(2ch)製品を接続することも考えられるので、あえて「純正」の組み合わせにこだわるユーザーばかりではないことが理由のひとつだ
2023年のマランツAVアンプのラインアップは写真のとおり。これまでフラッグシップモデルとして展開されていたAVプリアンプ「AV8805A」も併売される
そして2023年の「AV10」と「AMP10」では、現代に合わせたセパレート型AVアンプの再定義を行うべく、「圧倒的な物量と精密な製造技術」が投入されたという。マランツ伝統のディスクリートアンプモジュール「HDAM」を存分に使うことはもちろん、最新のDSP(Digital Signal Processor)、新開発のD/Aコンバーター(DAC)回路、そして新開発のオリジナルD級増幅パワーアンプなどを盛り込み、マランツのAV製品として前例のない高価格の製品に仕上げられた。
まず「AV10」の特徴を見ていこう。キャビネット、HDMIまわりのデジタル回路、D/Aコンバーター回路、プリアンプ回路、どこをとっても既発売のAVプリアンプ「AV8805A」と同じところはない新製品だ。
既発売の「CINEMA 50」などと同様に、最新DSP「Griffin Lite XP」を搭載。信号処理能力を向上させた結果、「AV10」では最大15.4ch分のプロセッシングに対応する。オーバーヘッド(トップ/ハイト)スピーカーの最大アサイン数は6。4つのサブウーハーを使ったベースマネージメント「指向性」モードも搭載する。
D/Aコンバーター素子にはESSテクノロジーの2ch仕様品「ES9018K2M」を採用。15.4ch分(19ch分)同グレードで揃えるため、基板にはこれが10個並ぶ。「AV8805A」では「ES9010K2M」という同じくESSテクノロジーのもう少し安価な素子を使っていたので、パーツのグレード自体も上がっていると言える。
ただし、スペックだけを追い求めても最終的に「よい音」にはならないと考え、一度設計した定数を無視しても音質に効果のありそうなコンデンサーを試すなど、試行錯誤を繰り返したという。
デジタル音声信号の同期を図るマスタークロックは、マランツのハイエンドCD/SACDプレーヤー「SA-10」と同じグレード。また、回路内の遅延差を吸収するクロックバッファは弟機「CINEMA 50」と比較して1000分の1の低ジッター(ノイズ)に抑えられているという。
「AV10」のプリアンプ部には、マランツのオリジナルディスクリートアンプモジュール「HDAM SA-3」を採用する。以前からAVアンプでの「HDAM SA-3」採用案はあったが、予算面での都合もあり、なかなか叶わなかったという。「HDAM」には「HDAM SA-2」というバリエーションがあり、両者にはグレードの差があるというよりは適材適所による使い分けが基本とのこと。「AV10」では予算や回路規模の問題をクリアし、無事適材適所で「HDAM SA-3」を採用できたということのようだ。
実際に「HDAM SA-3」を採用したことで、出力段の増幅精度が向上し、さまざまな機器に接続されるプリアンプとしての基本クオリティを押し上げたという。
ただし、回路規模的には「AV8805A」比で2倍以上となった。「HDAM」だけの問題ではないが、ディスクリート(単体)パーツ1つひとつにこだわればどうしても回路は増大していきがち。そこで、4層のレイヤー基板を使うことで理想的な部品配置と相互干渉の低減に努めた。この基板はインピーダンスの低減にも寄与しているという。
電源部には、「AV10」専用のOFC(無酸素銅)巻き線トロイダルコアトランスを使用。アルミのケースに封入して、同じくアルミのボトムプレートで支える
「HDAM」を含むアナログ回路には、リップル(交流電源の周波数成分からくる乱れ)除去率の高い無帰還レギュレーターを採用。50Hzあたりにどうしてものってくるというリップルに効果があるそうだ
キャビネットは、トップとサイドカバーが独立した格好で、底面は3層のレイヤーで支えられる。フロントパネルは2.5mmのアルミで、操作ボタンなどを収めるトラップドアは8mmのアルミ製。この厚めのトラップドアには高級感たっぷりだ。
また、内部的には電源などのアナログ部、D/Aコンバーターなどのデジタル/アナログ混成回路部、DSPやHDMI関連のデジタル回路部がセクション分けされており、相互干渉を低減する工夫が施されている。
次に「AMP10」は、2chごとにモジュール化されたD級増幅のアンプ基板を8枚搭載した16chパワーアンプだ。先述のとおり、マランツのマルチchパワーアンプはこれまでも存在していたが、16chもの多数のアンプをひとつの製品としてまとめられたのは今回が初のこと。
200W(8Ω)出力のアンプ16個をひとつの箱に収めるにあたり、マランツのプリメインアンプ「PM10」などで得たD級増幅アンプの知見を生かして作られたという。開発に要した時間は足掛け5年。「AV10」同様に、キャビネットから心臓部であるアンプ回路まで一新されたまったくの新モデルだと言える。
何より注目すべきはパワーアンプモジュールだろう。上記のとおり2chごとにモジュール化されたクラスD増幅のパワーアンプは、デンマーク バング&オルフセン アイスパワー(ICEpower)製のパーツをベースにカスタマイズを施したオリジナル品。プリメインアンプ「PM10」などHi-Fi製品で使われていたのはオランダ ハイペックスエレクトロニクス製の「NCore」パワーアンプだったが、カスタマイズが難しいこともあり、最終的にはICEpowerが選ばれたという。
パワーアンプモジュールはICEpower製をベースとしているが、汎用品(左)とはまったく異なるオリジナル品(右)を搭載。この2chモジュールを8枚使い、ch間のクオリティ差のない、16chパワーアンプとした
もちろん、基本的な音質がすぐれていることが選択の大前提にはなっている。デバイスメーカーが供給する汎用モジュールの性能はとても高く、基本的には音質にもすぐれているのだという。ただし、汎用のモジュールとしてできあがったところに手を加えるのは難しく、マランツ新世代のマルチchパワーアンプのために抵抗やコンデンサーを吟味したオリジナル設計を施したカスタムモジュール製作に舵を切ることになった。
単なるパーツグレードの変更にとどまらず、オーディオ性能の向上までを目指して回路の定数変更も含めて検討した結果、ICEpowerから直接購入するICは3点のみ。そのほかはマランツが独自に部品を購入し、自社の白河工場で組み立てを行うことになったそうだ。
発表会で展示されたアンプモジュールのサンプル。左から汎用品、開発中の「AMP10」用モジュール、「AMP10」用モジュールの完成品。開発中と完成品を比べると、むだなワイヤリングを省略していることがわかる
写真の汎用モジュールがセットされた開発中のサンプル機。キャビネットは「AV8805A」を転用したもののようだ
こちらは開発中の「AMP10」用モジュールをセットしたサンプル機。キャビネット内のレイアウトが大きく変わった
そして「AMP10」の製品版。アンプモジュールのワイヤリングが省略されている分、よりすっきりとまとまって見える
ワイヤーの代わりに使ったバスバーは、低インピーダンス化によるノイズの低減や安定した接続に役立つという
「AMP10」では、回路の要所に「HDAM-SA2」を搭載する。クラスD増幅のアンプにはこちらが最適とのことで、内部から発生するノイズ、外来ノイズ双方を遮断するという
サイドとトップカバーを分離した3ピース構造のキャビネットであることは「AV10」と共通。さらに、パワーアンプをシールディングして内部の相互干渉を防ぐなどの工夫が施されている
変動が大きく、大出力も必要となるパワーアンプ出力段のためにはスイッチング電源が充てられる。このほか、入力回路、「HDAM」、セレクターなどのためには専用のアナログ電源も搭載。OFC(無酸素銅)巻き線のトロイダルコアトランスをアルミケースに封入する
D&Mホールディングスの試聴室に設置されたBowers & Wilkinsの「801D4」を中心としたサラウンドシステム。ハイトスピーカーは前後に4本、サブウーハーは3本という豪華な布陣
D&Mホールディングスの試聴室で「AV10」と「AMP10」を組み合わせて再生したサラウンド音声に触れたのだが、これがすさまじかった。Ultra HDブルーレイ「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」は弟機「CINEMA50」の発表時にも同じ部屋で聞いたコンテンツだったが、段違いの迫真性なのだ。
カーチェイスの末に広場にたどり着き、広場の鐘の音が鳴り響く……というシーン。デモンストレーションとしては、最後の鐘の音がリスニングポイントの頭上近くにしっかりと定位する“オン”な表現力を聞かせたいということだったそうだが、シーン冒頭で劇伴が鳴り出したところから力感がまったく違うことに驚いた。あえて聞きどころを示さずとも、すぐにわかるほどの違いだと言える。
最終的には、確かに鐘の音がしっかりと定位するし、空間の中に効果音が貼り付けられる、その位置関係が明瞭に聞き取れた。
TOTOの40周年記念ツアーでのライブ演奏を収めたブルーレイ「40 Tours Around The Sun」でも、深く沈むバスドラムやベースのキレのよさが印象的だ。このソフトはDTS-HD Master Audio 5.1ch。Dolby Surroundを使ったアップミックス再生もリバーブ成分が広がって心地よいものの、このクオリティ感があるのならば、5.1chのキレのよさをダイレクトに楽しみたいと思った。
管理された試聴室という環境があってこその音質だが、「AV10」と「AMP10」のポテンシャルの高さは並ではない。部屋作りも含めて、とことんサラウンドサウンドを追求したい、という人はいちどこのペアを体験いただきたいと思う。