魔法力が弱くて魔法関係の仕事に就けなかったアレックスだが、ある日、アパートの大屋に、医師のチョココさんを紹介された。獣人の多く暮らすシャーロットタウンで、獣人専門のトリマーをしてくれと言うのだ。チョココさんの協力のもと、試行錯誤しながらトリミングを続けるアレックスは、やがて、人々に必要とされる存在へ成長していく。
長毛ヒト族の牝としては(笑)、ファンタジー世界に暮らす獣人たちが、日々のお手入れをどうしているか、気になっていました。
そうか~、こういう医院があるんですね~💕
種族も毛の長さも、抱えた事情もひとりひとり異なるお客さまに、親切に、丁寧に対応するアレックスの人柄に心をうたれました。学校では落ちこぼれと言われ、友人たちに馬鹿にされていた過去があっても、いつしかそれらを克服し、人々のために努力するアレックスの姿は、やがて後輩たちの目標へと変わっていきます。
心が温かくなるファンタジーです。
実社会では、「優しい」と「頑張っている」は褒め言葉ではないことが多いようです。特筆すべき結果を出していないから「優しい」という耳あたりのいい単語で形容され、目に見える成果がないから「頑張ってはいるらしいんだけどねえ」と陰口をたたかれる。文字通りの意味に解釈して喜んだら、周囲からますます白い目で見られていたりして……。
そんな切ない環境に甘んじたことのある身には、「魔法師」として活躍したいと願いながら肝心の「魔法力」に恵まれないアレックス君が、気になってたまりません。実際、アレックス君は、魔法学校こそ何とか卒業したものの、就職活動は当然ながら全滅。
一度は夢を諦めた彼のところに、わずかな魔力しか必要としない「獣人専門医院のトリマー」というお仕事の話が来ます。さぞやふてくされて働き始めたのかと思いきや、彼は実に幸せそうに自分の仕事に勤しみます。自分の魔法で役に立つことがあったから。それがとても嬉しかったから。
他の魔法師が「馬鹿にするな」と怒るような地味な仕事に誠実に取り組んでいるうちに、アレックス君はいつの間にか無敵の魔力を手にしています。それは、お客さんを幸せな気持ちにする魔法。その魔法の名前は「優しさ」です。
強い魔法力を持つ人に、彼の魔法の価値はなかなか分からないようです。しかし、アレックス君の「優しさ」は、確かに獣人たちに幸せをもたらす強力なパワーを持っています。そして、彼の住むシャーロット・タウンでは、住人みんながこの「優しさ」の価値を知っています。だからこそ、アレックス君の魔法は多くの人に尊重され、それが彼の喜びとなって再び魔法の原動力になる。「優しさ」がうまく循環しているのです。
リアル世界はどうでしょう。「優しさ」を価値あるものとして認めてもらうのは難しいかもしれません。せめて、誰かの「優しさ」を感じた時は心からの敬意を払いたい、そんなことを思わせてくれる、ふんわりと温かい物語です。
トリマーのお仕事の描写がものすごくリアルな点も、物語の可愛さを倍増させています♡
魔法学校をスレスレの成績で卒業し、その魔法力の弱さのため就職に苦労するアレックス君。魔法医師のチョココさんに提案されたのが獣人相手の「トリマー」。微弱な魔法しか必要としないお仕事ではあるけれども、アレックス君はクライアントさんに少しでも心地よく施術を受けてもらえるよう、創意工夫の毎日。それが報われて、お客さんもふんわりと笑顔に、街もほんわかと笑顔に、そして、読者もほんわりと笑顔に。
種類の異なる獣人さんに合わせたサービス、時にトラブルが発生しても、冷静に対処していくアレックス君。ド派手な魔法を使うわけでも何でもないけど、現実の社会でもいるよね、淡々とでも着実に経験値を積んで、気が付くと周囲に頼りにされている人。彼と助手のイライザさんとの関係も、微笑ましくて、彼の鈍さにちょいジレる。
獣人各種の設定における芸の細かさに唸り、ファンタジー世界から透けて見えるリアルにあーあるあると頷きつつ、堅実で良きお点前に満足の一篇でした。