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5分でわかるシャーロット・パーキンス・ギルマン『黄色い壁紙』サイコホラーとオカルトの境界線

更新:2022.8.8

世界で一番怖い小説をご存じですか? アメリカの女流作家シャーロット・パーキンス・ギルマン『黄色い壁紙』は、サイコホラーとオカルトの境界線を跨ぐ一冊として注目を集めました。 今回は19世紀に活躍した作家シャーロット・パーキンス・ギルマンの傑作ホラー短編、『黄色い壁紙』のあらすじや登場人物、魅力をご紹介していきます。

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『黄色い壁紙』の簡単なあらすじと登場人物紹介

『黄色い壁紙』の舞台は19世紀。

主人公の「私」は産後の療養の為、医師の夫・ジョンが借りた別荘に越してきた若い人妻です。

ジョンは情緒不安定な「私」を心配し、安静にしているように勧めます。「私」はジョンの配慮に感謝する一方で過干渉を疎んじ、早く働きに出たいと願っていました。

ところがジョンは許しません。

子供の世話と家事まで義妹にとられ、暇を持て余した「私」は仕方なく日記を付け始めます。彼女の注意を引いたのは部屋一面に貼られた黄色い壁紙で、やがてその模様の中を這い回る女を見るようになります。

女たちはどこからきたのか?

どこへ行こうとしているのか?

「私」は壁紙の裏を這い回る無数の女の存在を信じ込み、さらにその女たちが壁紙を抜け出して別荘の庭を這い回る光景を目撃。自分もまた壁紙に住む女たちの一人であると妄想をエスカレートさせ、子供部屋に立てこもります。

扉を蹴破ったジョンが目の当たりにしたのは、狂ったように部屋中を這い回る「私」の変わり果てた姿でした。

著者
シンシア・アスキス他
出版日
2006-08-30

モラハラ夫の抑圧と過干渉に悩める産後鬱の妻

『黄色い壁紙』が発表されたのは19世紀末、1892年のアメリカです。本作は人妻の私的な日記の体裁をとった一人称形式で綴られており、フェミニズム文学の先駆けとして重要な位置を占めていました。

すぐ読める短編でありながら、なんともいえない薄気味悪さと後味の悪さに戦慄します。

『黄色い壁紙』の登場人物はほぼ二人、「私」と夫のジョンだけです。家事の手伝いにくる夫の妹にはセリフがありません。

「私」は第一子を出産した直後と言及されていますが、子供の描写はほんの一行程度。名前や性別すら知らされませんでした。

この時点で読者は違和感を覚えるのではないでしょうか?

出産間もない母親なら、もっと我が子の事を気にかけるはずです。よく言えば淡白、悪く言えば無関心。黄色い壁紙が新生児に悪影響を及ぼすのではないかと案じる述懐も、些か唐突な印象は否めません……が、これは無理からぬことです。

義妹に取り上げられ出産以降ろくに世話をさせてもらえてないのに、母性や愛情は芽生えません。

19世紀当時、女性の人権は軽んじられていました。日本ほど保守的で極端ではないにせよ、アメリカでも「妻は夫に従うのが美徳」と信じられてきたのです。

「私」はジョンがどんなに素晴らしい男性で愛情深い夫であるか、そんな彼をいかに愛しているか日記に書き記します。

医者であるジョンの診断に間違いはあり得ません。夫の判断を疑うなんてあるまじき事だと自らを戒め、言われた通りよく食べよく眠りよく運動しようとするも、実は働きに出たがっている「私」の独白は、独善的なモラハラ夫に苦しめられる産後鬱の妻そのものでした。

厄介なのはジョンの過保護が妻への愛情と善意に起因している点。彼は彼なりに妻の体と心を案じ、自分が正しいと信じる回復方法を命じているだけなのです。

ジョンが暴君のようなDV夫なら話はもっと単純だったかもしれません。

周囲は「私」に共感し、気の毒な「私」の境遇に同情してくれたはず。

ところが「私」は裕福な人妻で、誰もが羨む優しく誠実な夫に少しでも不満や疑問を抱いたりした日には、「恩知らず」「身の程を知れ」と叩かれるのが関の山。加えて、「私」には悩みを相談できる人間がいません。

心身に負担をかけるからと親しい友人に会うのを禁じられ、周りは夫の身内で固められている。だからこそ「私はこんなに恵まれて幸せだ、夫は素晴らしい」と自分に言い聞かせるしかないのです。

常に正しく完璧な夫に気難しい病人扱いされ、「早くよくなれ」とプレッシャーをかけられ続ける妻。

見方を変えれば、この四面楚歌の状況こそホラーではないでしょうか?

著者
["アスキス,シンシア", "アスキス,シンシア", "Asquith,Cynthia Mary Evelyn Charteris", "鬼一郎, 倉阪", "南條 竹則", "憲, 西崎"]
出版日

オカルト?サイコホラー?両方の解釈を許す自由度の高さ

『黄色い壁紙』の怖い所は、オカルトとサイコホラーどちらにもとれる点です。

『黄色い壁紙』は「私」の日記の体裁をとっているため、終始「私」の主観に依存して綴られています。

現に壁紙の中の女の存在を認識しているのは語り手の「私」だけで、ジョンには全く見えていませんでした。

狂っているのは「私」と現実どちらなのか?

壁の中を這い回る女は、精神病の女の幻覚に過ぎないのか?

「私」は信用できない語り手です。

中盤以降は狂気に浸蝕され、虚実入り乱れた妄想に取り憑かれていました。

精神状態の悪化に伴い女たちの行動が活発化したのを踏まえれば幻覚説が有力なものの、そう断言してしまうには子供部屋の壁紙だけ不自然に破れていたり、奇妙な点も多いのです。

元々が超自然的な現象なら、「私」は心霊体験を家族に否定され孤立した被害者に他なりません。挙句自らも狂って奇行に走る、救われない結末を迎えます。

黄色い壁紙に取り憑いていたのが本物の幽霊なら、霊感がある「私」にだけ女たちが見れたとする、オカルト方面の解釈も可能なのです。

サイコホラー方面で解釈するなら、最初から最後まで全部「私」の妄想というのも否定できません。夫による善意のモラハラが原因で心を病んだ「私」は、現実には存在しない女たちを壁紙に見出し、そこに自分自身が感じている閉塞感を投影したのです。

あえて正解を書かず読者の想像力に委ねた結末が、『黄色い壁紙』こそ世界で一番怖いホラー小説といわれる所以なのでした。

『黄色い壁紙』をもっと楽しみたい人におすすめの一冊

著者
["ウィリアム・ワイマーク ジェイコブズ", "槙矩, 橋本", "洋史, 宮尾"]
出版日

『黄色い壁紙』をもっと楽しみたい方には、ウィリアム・ワイマーク・ジェイコブズ『猿の手』が収録された『イギリス怪奇傑作集』をおすすめします。

本作は願いを三回叶える猿の手を偶然手に入れた老夫婦と息子に降りかかる惨劇を描いた小説で、恐怖を盛り上げる巧みな演出に唸らされました。『黄色い壁紙』と並んで評価が高い傑作ホラーなので、どちらが怖いか体験してみてください。

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