ドイツの自動車メーカーは、精密工学の力によって、中国の高性能車市場を長年にわたって独占してきた。しかし現在、中国のメーカーが高級車の定義を電動化やスマート技術、そして手ごろな価格へとシフトしたことで、ドイツ車は従来の地位を奪われつつある。
新しい中国車の多くは、ドイツのライバル車に似ている。ポルシェのタイカンを模倣した車で人気が高い小米科技(シャオミ、Xiaomi)のSU7などがそうだ。
SU7は、出力とブレーキ性能でタイカンに匹敵するだけでなく、統合型の人工知能(AI)も搭載されており、たとえば、駐車を手助けしたり、ドライバーの好みに合った音楽を流して迎えてくれたりする。おまけに、販売価格はタイカンのほぼ半額である。
その結果、中国の高級車市場を何十年間も支配してきたドイツの自動車メーカーは、今や販売台数が減少している。一方、中国の大手スマートフォンメーカーでもあるシャオミは2024年、SU7を10万台以上も売り上げた。
最も手痛い打撃を被ったのはポルシェだ。2025年1月の報告だと、中国でのポルシェの販売台数は2024年に28%減少。ポルシェは、中国以外の世界各地の市場で販売を伸ばしているものの、中国での落ち込みはこの年の世界全体の販売台数を3%減少させたほど深刻だった。
ドイツの自動車メーカーは長年、他地域での需要の減退を補うために中国市場に依存してきたが、それがドイツ国内での深刻な構造的問題を見逃す事態を招いた。その最たるものが、中国での運転の代名詞となった技術、つまり高度なソフトウェアと、ますます重要になっているAIを搭載した電気自動車の導入に消極的だったことだ。
「ドイツ車だけでなく、米国や日本、韓国の車もそうだが、既存の西側諸国の自動車メーカーは、電動化やソフトウェア主導型車両の分野における中国メーカーの開発動向を見くびっていた」。これは、ドイツのベルギッシュ・グラートバッハにある自動車管理センター所長シュテファン・ブラッツェルの指摘である。
自動車市場の専門家たちの話によると、中国の電気自動車は自動運転や遠隔操作といった進歩したソフトウェアと機能が標準装備になりつつあり、ブランド名で利益を上げることに慣れていた欧州の自動車メーカーに進化を迫る圧力になっている。
ナティクシス・コーポレート&インベストメント・バンキング(Natixis CIB、訳注=フランスの大手金融グループBPCEの中核で、政府機関や大手企業、機関投資家など大口顧客を取り扱う部門)のエコノミスト、ゲーリー・ウンは「中国の消費者は今、自分たちが高級車とみなす車を自国企業が生産できるようになったと認められるようになったのだと思う」と言っている。
ポルシェは2025年2月、財務責任者と販売担当のトップを交代する人事を明らかにした。この2人は、中国市場を含めた業績不振の責任を問われたのだ。
さらに、米大統領ドナルド・トランプが補佐官らに対し、欧州連合(EU)など米国の貿易相手国への新たな関税水準の策定を指示したことで、圧力は高まっている。これは、ポルシェに打撃を与える可能性がある。BMWやメルセデス・ベンツ、フォルクスワーゲンといったブランドなどとは異なり、ポルシェは米国市場向けの車両をすべてドイツ本国から供給しているからだ。
ポルシェは2月の中旬、世界的な需要の減退に伴い、今後数年間にドイツ国内で従業員を最大1900人削減すると発表した。2024年、電気自動車のタイカンの販売台数がほぼ半減して2万836台に落ち込み、ハイブリッド車の新型パナメーラの販売も13%減少したが、これは中国の消費者が見込みほど関心を示さなかったことに一因がある。
ポルシェが抱える問題の深刻さは、中国中部の湖南省長沙市に住むSNSのコンテンツクリエーター、シーキー・フーのような自動車購入者を見ればわかる。彼女が2017年に買った初めての車は、真っ赤なメルセデス・ベンツCLAクーペだった。ところが2024年、シャオミSU7に乗り換えることにしたのだ。
シャオミは、SU7に自動駐車システムや遠隔操作による温度調整などの機能を搭載しており、フーは、それはまさに自分のような若い中国人のドライバーたちが車に求めているものだと語った。「新しい車を選ぶにあたって、私はドイツ車を買うことは考えなかった」
SU7はまだ海外に輸出されていないが、何台かが米国に運び込まれている。フォードのCEO(最高経営責任者)ジェームズ・D・ファーリー・ジュニアは上海からシカゴに輸送させたSU7を半年間運転してみて、「手放したくなかった」と語っている。
シャオミはまた、2025年3月に中国で発売されることになっているSU7ウルトラの簡素化モデルを、ドイツの伝説的なサーキット「ニュルブルクリンク」でテスト走行している。前年10月には、SU7ウルトラがポルシェのタイカンより20秒速いタイムを記録した。「最速の4ドアセダン」の記録を更新したことに業界メディアや自動車ファンたちは興奮し、大喜びした。
ただし、サーキット関係者は、このタイムは比較できないと指摘する。中国車のテスト走行は、基本的に特定の条件や制限を設けず幅広く競う「オープンカテゴリー」での予備的走行だったのに対し、タイカンは市販モデルで厳しい規制のもとでの走行だったからだ。とはいえ、記録が伝えたメッセージは明確だった。
「ドイツの自動車メーカーとして、私たちは価格が高い分、少なくとも同等か、同等以上に革新的である必要がある」と前出の自動車管理センター所長ブラッツェルは言い、こう続けた。「しかし、中国のメーカーは今やドイツと同じくらい革新的だし、なかにはそれ以上に革新的なメーカーも出てきた。私たちは徐々に負けつつあるのだ」(抄訳、敬称略)
(Melissa Eddy)©2025 The New York Times
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