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日本が成長・発展するにつれて、人びとから忘れられてきた「虐げられた庶民」と「本当の苦痛」

『忘れられた日本人』で知られる民俗学者・宮本常一とは何者だったのか。その民俗学の底流にある「思想」とは?

「宮本の民俗学は、私たちの生活が『大きな歴史』に絡みとられようとしている現在、見直されるべき重要な仕事」だという民俗学者の畑中章宏氏による今を生きる思想 宮本常一 歴史は庶民がつくる』が6刷とロングセラーとなっている。

※本記事は畑中章宏『今を生きる思想 宮本常一 歴史は庶民がつくる』から抜粋・編集したものです。

進歩史観、発展史観に対する疑義

谷川健一が『風土記日本』を企画したとき社内で、「民俗学は体系のない学問」、「階級闘争を捨象している」といった学問そのものにたいする否定的な意があったという(「近代主義への一矢—宮本常一のこと」)。

その当時、民俗学は進歩的知識人や進歩的出版労働者から軽蔑の眼で見られる在野の学で、「マルクス主義のよそおいをしてさえおれば、どんな言動でもまかりとおる時代」が戦後しばらくは続いていた。そのため、民俗学を主軸に企画を立てても、理解が得られにくい時代だったというのだ。

『風土記日本』の編集企画の際、谷川が宮本の話のなかでとくに記憶に残っているのは、「民衆の世界が世間に知られるのは不幸によってである」という言葉だった(宮本常一『女の民俗誌』の谷川健一による解説)。民衆に対するこういった認識は、『日本残酷物語』の第二部『忘れられた土地』の序文のつぎのような一節に反映している。

「昨日まで忘れられていたものが、今日ふたたび民衆の意識にのぼってくるのは多くの場合不幸なできごとを媒介にしていた」