ほんの2年前までユニクロは、ジーンズ1本を1990円、2990円、3990円の3プライスで売っていた。だが昨年、柳井社長は創業以来初めての一斉値上げに踏み切った。現在、ジーンズの主要ラインナップには4990円の値札もつく。さらに今年の秋冬商品では、一部で大幅な値上げを予定しているとも発表した。値上げ幅を全商品で均すと、およそ1割に達するという。
「値上げの影響はない」
柳井社長は、今年4月の中間決算発表会でそう断言した。実際に、昨年の値上げでは、売り上げは落ちなかった。円安が進み、日本がデフレから脱しつつあるなら、それに合わせて価格を調整するのは当然だ——デフレ経済の申し子である柳井社長は、掘り崩してきた価格の「底」を自ら引き上げることを決めた。
ここで、先の白井氏の指摘を思い出してほしい。安い商品を値上げするのは難しい。脳裏を過るのは、あのマクドナルドがはまったワナだ。
ワクワク感がなくなった
日本マクドナルドは藤田田初代社長時代末期の'02年、ハンバーガーを1個59円にまで値下げし、さらに原田泳幸前社長時代には「100円マック」を打ち出した。こうした徹底的なデフレ戦略が、「マクドナルドは安くて当然」という意識を日本人に植え付けてしまった。
「昨年末の異物混入事件以来、マクドナルドの業績は坂を転げ落ちるように悪化し、今や毎月のように前年同月比で2割以上も売り上げを減らしています。しかし、凋落の真の原因は異物混入ではない。自社のブランドイメージを食い潰し、少しでも値上げすると売れなくなる状況を自ら生んでしまったことなのです」(全国紙経済部デスク)
少なくともユニクロの商品は「安かろう、悪かろう」ではない。だが、あくまでもユニクロは「安物の中では質がいい」だけにすぎないというのが、消費者の率直な感想だ。これから「ユニクロなのに高い」商品が増えたとき、日本人はそれを許すのか。神戸大学経済経営研究所リサーチフェローの長田貴仁氏も言う。
「ユニクロと同じ価格帯には、世界中のファストファッションブランドがひしめいています。その中で1社だけ値上げが続けば、『この金額を払うなら、別にユニクロじゃなくていいや』と離れる消費者が増えるでしょう」
現に店頭では、「ユニクロ、なんか高くなったね」という客の声がすでに聞こえ始めている。
直近の柳井社長の言動を見るに、「モノがよければ、多少値上げしても客はついてきてくれる」と考えている節がある。しかし、この正論さえ常に正しいわけではないのが、商売の難しいところだ。
人は何かを買う時、無意識のうちに「内的参照価格」、つまり「このくらいまでなら出せる」という金額にモノの値段を照らし合わせるという。エルメスで服やカバンを買うときは「20万円出しても仕方ない」となる。だが、良くも悪くも「普通の服」ばかりというイメージが染みついたユニクロでは、1万円払うのも高いと感じる。どうしようもない現実だ。