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ガエル記

散策

『陽だまりの樹』手塚治虫 九巻「落花の章」その2

ネタバレします。

 

後半は画像にあげた場面、万二郎が平助を伴って登城するところから始まる。

母上の前では乗馬で出たが途中で下馬し平助に馬を引かせて猛然と走っていく。

門前に行くと以前とはまったく違う礼を以て案内され、二の丸お留守居役の勝海舟に迎えられる。

勝は陸軍の歩兵組の重歩兵を農民を訓練することで作り上げようとしていた。

その百姓による軍事訓練を伊武谷万二郎に任せようというのである。

 

弱り果てた万二郎は母の勧めで父が面倒をみていたという永沢村へ行きそこで歩兵を集めることにした。

ところがいざ永沢村へ置くとそこでは無頼の徒が仕掛けた賭け事が蔓延しており村の男たちは困窮していた。

万二郎は村男たちの借金を帳消しにしてやることで歩兵を募ることができたのだ。

が、問題は彼ら農民を短期間で訓練できるかどうかだった。

万二郎は農民兵を並べて歩かせ走らせようとするがすぐにへばってどうしようもない。

それを見ていた平助は「百姓は走るのは苦手でがんす。盆歌を歌わすだ」と言い出す。

万二郎は「軍隊の行進で盆歌を歌えるか」と怒るが平助が「富士の白雪やノーエ」と歌い出すと農民たちは自分たちも覚えたいと言い出し皆で合唱しはじめた。

「きりがない、やめろっ」と万二郎は怒るが歌いながら行進するとこれまでと見違えるように農兵たちがリズムよく歩き出したのだ。

これにはさすがの万二郎も平助に降参した。

 

これ、わたしはまったく知らなかった。

元来歌い継がれた盆歌を農兵訓練の軍歌に定めたというのだ。

韮山代官江川太郎左衛門がジョン万次郎らからメロディがスペイン風の行進曲に似ているということもあって勧められたのだという。

たしかに映画でアメリカの軍隊訓練で歌いながら行進してるのはよく見る。どこでも一緒なのだね。

 

一安心の万二郎にまたもや苦悩の種がまかれる。

訓練を受けている農兵たちが今度は剣術を学びたいと言い出したのだ。

しかし「人を斬ってみたい」などと言い出す農兵らに万二郎は落胆する。

そして「剣を捨ててほしい」と万二郎に望んだおせき殿を思い出し武士は人殺しではない、世の中が変わってしまったんだと嘆く。

 

万二郎は清河八郎に再会する。万二郎は心の中で「好きになれない」と思っている。

その清河は「虎尾の会」という危険をかえりみぬ豪勇の士の集まりを作っており万二郎を誘うのだった。

しかしそれが尊王攘夷の志を持ち異国人を討つのだと知って万二郎は「外国人にも学ぶべきだ」と反論し果し合いと発展してしまうが山岡鉄舟が止めに入り事なきを得る。

 

ところがここで平助がその浪士組の話を聞きこんできて万二郎から離れその浪士組に入りたいと言い出したのだ。

万二郎は不服だったが平助を止めはせず父の衣服と支度金を渡してやった。

 

小石川伝通院で行われた浪士組結成所から戻った平助は中に万二郎が訓練した農兵たちが三人入り込んでいた、と報告する。

驚いた万二郎が伝通院へ向かうとその三人は芹沢鴨から激しい「いじめ」を受けていた。

万二郎は止めにはいり芹沢の怒りを買うが浪士組に押し留められて終わる。

 

山岡鉄舟は浪士組の取り締まりとなったという。芹沢鴨の残忍さを忠告した。

果たして芹沢は万二郎を待ち伏せし人質にしていた農兵の一人を突如斬り殺してしまう。怒った万二郎は芹沢が持つ酒を取って浴びせかけその隙に残ったふたりをつれて駆け出した。

 

なおも怒り狂う芹沢を止めたのは土方歳三だった。

側には近藤勇がいた。

 

数日後、二百三十人余りの浪士組は清河八郎山岡鉄舟たちに率いられ京へ向けて旅立った。

そして芹沢鴨は江戸にはもう生きて戻ることはなかったのである。

 

 

ここにきてやっと普通に考える幕末の面々が登場してきた。

が、ここから知り始めるので幕末がよくわからなくなるのだと思う。

ここまでの話がすごく重要なのだ。

陽だまりの樹』は普通の幕末話のその前の部分が長い。

とてもわかりやすい幕末テキストなのではないだろうか。

少なくとも今回何も知らないというかほんの少ししか知らなかった私にとって本作は最適の教科書になった。

ただし少し前勉強は必要ではある。